『1904年のサイバーウォー ~陸自1佐、ノートPC一つで日露戦争の「神」になる~』

月神世一

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EP 11

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聖域(サンクチュアリ)と時限爆弾
1910年(明治43年)、春。
日露戦争の「辛勝」から、4年の歳月が流れていた。
日本は国際的地位を高め、国内は「戦勝国」としての束の間の昂揚(こうよう)に満ちていた。
箱根の山中。
その人里離れた渓谷に、小さな水力発電所が人知れず稼働していた。
その隣に建てられた、粗末だが堅牢な山小屋。
表向きは「地質観測所」とされているが、その実態は、日本の歴史の「異物(いぶつ)」が潜むアジト――坂上真一の「聖域(サンクチュアリ)」だった。
山小屋の内部は、異様だった。
明治の建築物の中に、21世紀の「怪物」が鎮座している。
戦術級ノートPCは、発電所から直接引き込まれた安定した電力供給を受け、この4年間、ほぼスリープモードになることなく稼働し続けていた。
そのモニターを睨む男、坂上真一は、50歳になっていた。
日露戦争時の鋭さは鳴りを潜め、口髭をたくわえ、髪には白いものが目立つ。彼は今、発電所の「管理人・坂田(さかた)」として戸籍を得ていた。
「……児玉さん、あんたは相変わらず元気そうだな」
坂上が、背後の訪問者に声をかけた。
軍服ではなく、上等な和服を着こなした老人が、そこに立っていた。
児玉源太郎。
1906年に「急死」したはずの男。
坂上の救命処置によって歴史から逸脱した彼は、今や軍と政界に睨みを利かせる「長老(フィクサー)」として、水面下で生き続けていた。
「貴様こそ、仙人のような暮らしが板についてきた」
児玉は、PCが映し出す複雑なグラフ(世界情勢のシミュレーション)を一瞥(いちべつ)した。
「……それで、『時限爆弾』の調子はどうだ」
児玉がそう言った瞬間。
静かな山小屋に、その「音」が響いた。
キィィィィィィ……。
ノートPCの内部から聞こえる、甲高い、金属が擦(こす)れるような異音。
冷却ファンが、限界に達している音だ。
「……クソが」
坂上は、慣れた手つきでPCの筐体(きょうたい)の側面を、強く平手で叩いた。
異音は一瞬止まり、また、か細く鳴り始めた。
「……最悪だ」
坂上は、白髪の混じった頭を掻きむしった。
「電力は手に入れた。だが、ハードウェアが死んだら終わりだ。このファン一つ、この時代の旋盤(せんばん)技術じゃ、ベアリングの『球』すら再現できん」
日露戦争の砂埃が、精密機械の内部を確実に蝕(むしば)んでいた。
坂上の「神の力」は、もはや「バッテリー残量」ではなく、「物理的な故障」という、より絶望的で、修理不可能な「死」に脅かされていた。
「SSD(記憶媒体)にも、読み込みエラーが出始めた」
坂上は、画面の隅に表示された「警告(ウォーニング)」マークを指差した。
「俺の『歴史データベース』が、いつ部分的に『欠落』してもおかしくない」
「……急ぐ必要がある、ということだな」
児玉が、本題に入った。
「例の『予測』は、どうなった」
坂上は、キーボードを叩き、AIが解析するヨーロッパの地図を呼び出した。
バルカン半島が、不気味な赤色で明滅している。
「変わらん。1914年。あと4年だ」
坂上は断言した。
「サラエボで、火薬庫が爆発する。世界中を巻き込む『第一次世界大戦』が始まる」
「……止められんか」
「無理だ。これは、人間の『欲望』と『憎悪』の連鎖だ。俺一人で止められる流れじゃない」
坂上は、児玉を見た。
「だが、この戦争で、日本が『何を学ぶか』は、俺たちで操作できる」
坂上は、PCに接続された、この時代にも存在する「印刷機(プリンター)」(活版印刷の技術を応用し、坂上が改造したもの)から、数枚の紙を取り出した。
「児玉さん。あんたの『権力』を使ってもらう」
「この『論文(レポート)』を、正体不明の『海外の最新軍事研究』として、匿名で、ある二人の男に届けろ」
児玉は、その紙を受け取った。
そこには、坂上の「歴史データベース」から引き出された、「未来の結論」が記されていた。
『未来戦における航空機(エアクラフト)の戦略的優位性について』
「航空機……? あの、空飛ぶ見世物(みせもの)か」
「そうだ。4年後の大戦で、そいつは『兵器』になる。大砲を積んだ船(ふね)より、よほど恐ろしいな」
児玉は、レポートに記された「届けるべき相手」の名簿を見た。
「……海軍兵学校の若手……? 山本五十六(やまもといそろく)? 井上成美(いのうえしげよし)?」
「二人とも、今はまだ無名だ。だが」
坂上は、PCの「人物データベース」に映る、二人の若き日の顔写真を見た。
「……奴らは、『大艦巨砲主義』の“病”に感染していない。『航空主兵論』を理解できる、数少ない『頭脳』だ」
「……これで」
児玉は、重々しく言った。
「日本の『病』は、治るか」
坂上は、再び甲高い異音を立て始めたノートPCに、冷や水を浸した布を当てた。
「分からない」
「だが、種を蒔き続けるしかない。この『時限爆弾(PC)』が、完全に沈黙する前に」
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