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EP 13
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欠落(ロスト)
「……シュコー……ハァッ……ハァッ……」
児玉源太郎の息が、先に限界を迎えた。
彼が鞴(ふいご)の手を止めると、ノートPCは即座に危険を察知し、安全のために自ら電源を落とした。
画面がブラックアウトし、山小屋は再び大正の静寂に包まれた。
そこには、「時限爆弾」が二つあった。
一つは、冷却ファンが死に、今や手動でしか冷却できなくなったノートPC。
そしてもう一つは、心臓に持病を抱え、必死の送風で顔面蒼白となった老フィクサー、児玉源太郎。
「……クソが」
坂上真一(54歳)は、黒い画面に映る自分の疲弊した顔を見て、吐き捨てた。
「戦車(タンク)のデータが飛んだ……」
児玉は、床に座り込み、荒い息を整えながら言った。
「……たかが、鉄の車一つの情報だろう。航空機とやらのデータが残っているなら、まだ……」
「たかが、じゃない!」
坂上は、この時代の人間には理解できない絶望に、声を荒げた。
「陸軍(リク)の“病”は何だか分かるか? 『精神論』だ。白兵突撃(バンザイチャージ)だ! それを、未来(さき)で止めるには、『機械化(メカナイズ)』という概念を叩き込む必要があった!」
坂上は、自分の祖父がなぜ「特攻」という精神論の極致で死なねばならなかったのか、その「根」を睨んでいた。
「航空機(ウミ)は山本五十六に蒔いた。だが、陸軍(リク)を『戦車』で変革できなければ、奴らは『歩兵と精神力』に固執し続け、いずれ満州で暴走し、アメリカとの無謀な戦争に突っ込む……! 歴史は、変わらん!」
何より恐ろしかったのは、これだった。
「……SSD(記憶媒体)の物理的破損だ」
坂上は、PCの筐体を撫でた。「今日消えたのは『戦車』のデータだった。明日消えるのは『原子爆弾』のデータかもしれない。明後日には、『1941年12月8日』という日付そのものが、俺のデータベースから『欠落(ロスト)』するかもしれない」
いつ、どの未来の「警告」が失われるか分からない。
彼の「神の力」は、「修理不可能な時限爆弾」から、「いつ爆発するか分からない地雷原」へと変貌したのだ。
「……冷却を、なんとかしなければ」
坂上は、PCの冷却口を睨んだ。
「この鞴(ふいご)では、児玉さん、あんたの命が先に尽きる」
「……水、か」
児玉が、山小屋の外を流れる渓流の音を聞きながら呟いた。
「この発電所は、水力で動いている。その『水』で、直接冷やせんか」
「水冷……」
坂上は、目を見開いた。
21世紀のゲーミングPCでは常識の「水冷式」。
だが、この時代で?
「そうだ……!」
坂上は、アジトの資材を見渡した。
「銅管(どうかん)だ。蒸留酒(ウイスキー)を作るための銅管を、細く加工して……PCのCPUに密着させ、そこに渓谷の『冷水』を循環させる……!」
それは、この時代の技術で可能な、唯一の「恒久的アナログ冷却」だった。
「だが、坂上君」
児玉は、問題の本質を見据えていた。「それでPCが動いても、消えた『戦車』のデータは戻らん。どうする」
「……」
坂上は、答えられなかった。
設計図も、スペックも、全て「欠落(ロスト)」した。彼の頭の中には「戦車という“概念”」しか残っていない。
沈黙する坂上に、児玉が静かに言った。
「貴様は、日露戦争の時、何をした」
「……何が言いたい」
「貴様は、SDR(むせんき)で、ロシア軍の『通信』を盗んだ」
児玉は、世界地図――今まさに戦火に包まれつつあるヨーロッパを指差した。
「第一次世界大戦……。貴様は、この戦場で『戦車』と『航空機』が本格的に使われると言ったな」
坂上は、児玉の意図を理解し、ハッとした。
「……そうだ。データ(設計図)が無いなら……」
「……現物が動いている戦場から、盗めばいい」
第一次世界大戦は、「神の目」を持つ坂上にとって、未来の兵器の「巨大な実験場(ショーケース)」だ。
「戦車」が、どこで、どのように運用され、どのような「戦果」と「弱点」を露呈したか。
「航空機」が、いかにして「偵察」から「戦闘(ドッグファイト)」へと進化するか。
その「全て」が、今、ヨーロッパの戦場で、ノイズまみれの「モールス信号」として飛び交い始めている。
「児玉さん」
坂上の目が、日露戦争時の「司令官」の光を取り戻した。
「銅管を手配してくれ。俺は、このPCを『水冷化』する」
「……そして?」
「そして、俺は『観測者(ウォッチャー)』に戻る」
坂上は、SDRのアンテナを握りしめた。
「ヨーロッパの戦場の『全て』を、ここで傍受し、盗み、解析する。失われた『設計図』ではなく、未来の『思想(ドクトリン)』そのものを、日本に持ち込む」
児玉は、頷いた。
「分かった。その『思想』を受け入れる、陸軍(リク)の『若手』も、俺が探しておこう。山本五十六のような……『変わり者』をな」
二人の「歴史改変」は、ハードウェアの「喪失」という最大の危機を、「発想の転換」で乗り越えようとしていた。
「……シュコー……ハァッ……ハァッ……」
児玉源太郎の息が、先に限界を迎えた。
彼が鞴(ふいご)の手を止めると、ノートPCは即座に危険を察知し、安全のために自ら電源を落とした。
画面がブラックアウトし、山小屋は再び大正の静寂に包まれた。
そこには、「時限爆弾」が二つあった。
一つは、冷却ファンが死に、今や手動でしか冷却できなくなったノートPC。
そしてもう一つは、心臓に持病を抱え、必死の送風で顔面蒼白となった老フィクサー、児玉源太郎。
「……クソが」
坂上真一(54歳)は、黒い画面に映る自分の疲弊した顔を見て、吐き捨てた。
「戦車(タンク)のデータが飛んだ……」
児玉は、床に座り込み、荒い息を整えながら言った。
「……たかが、鉄の車一つの情報だろう。航空機とやらのデータが残っているなら、まだ……」
「たかが、じゃない!」
坂上は、この時代の人間には理解できない絶望に、声を荒げた。
「陸軍(リク)の“病”は何だか分かるか? 『精神論』だ。白兵突撃(バンザイチャージ)だ! それを、未来(さき)で止めるには、『機械化(メカナイズ)』という概念を叩き込む必要があった!」
坂上は、自分の祖父がなぜ「特攻」という精神論の極致で死なねばならなかったのか、その「根」を睨んでいた。
「航空機(ウミ)は山本五十六に蒔いた。だが、陸軍(リク)を『戦車』で変革できなければ、奴らは『歩兵と精神力』に固執し続け、いずれ満州で暴走し、アメリカとの無謀な戦争に突っ込む……! 歴史は、変わらん!」
何より恐ろしかったのは、これだった。
「……SSD(記憶媒体)の物理的破損だ」
坂上は、PCの筐体を撫でた。「今日消えたのは『戦車』のデータだった。明日消えるのは『原子爆弾』のデータかもしれない。明後日には、『1941年12月8日』という日付そのものが、俺のデータベースから『欠落(ロスト)』するかもしれない」
いつ、どの未来の「警告」が失われるか分からない。
彼の「神の力」は、「修理不可能な時限爆弾」から、「いつ爆発するか分からない地雷原」へと変貌したのだ。
「……冷却を、なんとかしなければ」
坂上は、PCの冷却口を睨んだ。
「この鞴(ふいご)では、児玉さん、あんたの命が先に尽きる」
「……水、か」
児玉が、山小屋の外を流れる渓流の音を聞きながら呟いた。
「この発電所は、水力で動いている。その『水』で、直接冷やせんか」
「水冷……」
坂上は、目を見開いた。
21世紀のゲーミングPCでは常識の「水冷式」。
だが、この時代で?
「そうだ……!」
坂上は、アジトの資材を見渡した。
「銅管(どうかん)だ。蒸留酒(ウイスキー)を作るための銅管を、細く加工して……PCのCPUに密着させ、そこに渓谷の『冷水』を循環させる……!」
それは、この時代の技術で可能な、唯一の「恒久的アナログ冷却」だった。
「だが、坂上君」
児玉は、問題の本質を見据えていた。「それでPCが動いても、消えた『戦車』のデータは戻らん。どうする」
「……」
坂上は、答えられなかった。
設計図も、スペックも、全て「欠落(ロスト)」した。彼の頭の中には「戦車という“概念”」しか残っていない。
沈黙する坂上に、児玉が静かに言った。
「貴様は、日露戦争の時、何をした」
「……何が言いたい」
「貴様は、SDR(むせんき)で、ロシア軍の『通信』を盗んだ」
児玉は、世界地図――今まさに戦火に包まれつつあるヨーロッパを指差した。
「第一次世界大戦……。貴様は、この戦場で『戦車』と『航空機』が本格的に使われると言ったな」
坂上は、児玉の意図を理解し、ハッとした。
「……そうだ。データ(設計図)が無いなら……」
「……現物が動いている戦場から、盗めばいい」
第一次世界大戦は、「神の目」を持つ坂上にとって、未来の兵器の「巨大な実験場(ショーケース)」だ。
「戦車」が、どこで、どのように運用され、どのような「戦果」と「弱点」を露呈したか。
「航空機」が、いかにして「偵察」から「戦闘(ドッグファイト)」へと進化するか。
その「全て」が、今、ヨーロッパの戦場で、ノイズまみれの「モールス信号」として飛び交い始めている。
「児玉さん」
坂上の目が、日露戦争時の「司令官」の光を取り戻した。
「銅管を手配してくれ。俺は、このPCを『水冷化』する」
「……そして?」
「そして、俺は『観測者(ウォッチャー)』に戻る」
坂上は、SDRのアンテナを握りしめた。
「ヨーロッパの戦場の『全て』を、ここで傍受し、盗み、解析する。失われた『設計図』ではなく、未来の『思想(ドクトリン)』そのものを、日本に持ち込む」
児玉は、頷いた。
「分かった。その『思想』を受け入れる、陸軍(リク)の『若手』も、俺が探しておこう。山本五十六のような……『変わり者』をな」
二人の「歴史改変」は、ハードウェアの「喪失」という最大の危機を、「発想の転換」で乗り越えようとしていた。
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