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EP 15
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異端児(イノベーター)たち
1917年(大正6年)。
ヨーロッパは、第一次世界大戦という「挽き肉機」の真っ只中にあった。
アメリカが参戦し、戦局は最終局面を迎えようとしていたが、塹壕(ざんごう)の中では未だ毒ガスと機関銃が支配していた。
箱根の「要塞」で、坂上真一(57歳)は「観測者」としての日々を送っていた。
渓流の水で冷却され、安定稼働するノートPC。その画面には、ソンムやヴェルダンで繰り広げられた、人類初の「機械化戦争」のデータが、坂上のAIによって詳細に分析・蓄積されていた。
「戦車(タンク)の運用思想(ドクトリン)、再構築完了」
「航空機による対地支援(クローズ・エア・サポート)の概念、確立」
「国家総力戦(トータル・ウォー)における兵站(ロジスティクス)の重要性、算出完了」
坂上は、この血塗られた「教訓」を、何十枚ものレポートに印刷した。
それは、この時代の軍人が逆立ちしても書けない、「未来の軍事学」の教科書だった。
「……児玉さん」
坂上は、定期的に「電力の様子見」という名目で訪れる児玉源太郎(当時65歳)に、その紙の束を渡した。
「例の二人に、これを。海軍(ウミ)の山本(五十六)とは別のルートで、陸軍(リク)にも『毒』を仕込む」
「……分かった」
児玉は、その重いレポートを受け取った。
数週間後、東京・陸軍大学校。
「―――これは、なんだ」
陸軍大学校の図書室の片隅で、一人の男が、児玉のルートで「匿名」で届けられたそのレポートを読み、戦慄していた。
永田鉄山。陸軍きっての合理主義者(リアリスト)。
彼が読んでいたのは、「欧州大戦における兵站(ロジスティクス)の崩壊」と題された一節だった。
そこには、ドイツ軍がなぜ突破に失敗したか、フランス軍がどうやって持ち堪えたか、その「数字(トン数)」が、まるで戦場の神の視点から書かれたかのように、正確無比に記されていた。
「……精神論ではない。弾丸(たま)と、パンと、ガソリンだ」
永田は、そのレポートが導き出す「結論」――未来の戦争は『国家総力戦』であり、資源と工業力が全てを決する――という思想に、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「……この著者は、何者だ」
永田は、その日から、この「正体不明の論文」を自らのバイブルとし、陸軍内部で「国家総力戦体制」の必要性を説き始めた。
一方、もう一人の「異端児」は、全く別の反応を示していた。
石原莞爾。永田の同期であり、誰もが認める「天才」にして「奇人」。
彼が食い入るように読んでいたのは、坂上が解析した「航空機による戦略爆撃」と「戦車による電撃的突破」の可能性を論じた章だった。
「……これだ」
石原は、薄暗い自室で、そのレポートを手に興奮に打ち震えていた。
「航空機と戦車……これらが成熟すれば、戦争は『殲滅戦』から『決戦』へと回帰する!」
彼は、坂上の「技術的な予測」を、自らの持つ「最終戦争論」という壮大な(そして危険な)思想と、瞬時に結びつけた。
「この新兵器が、世界を統一する『最終戦争』の手段となる。そして、その『覇者』となるのは、日本(やまと)をおいて他にない……!」
坂上のレポートは、石原の「狂気」に、21世紀の「知性」という、最悪の「燃料」を投下してしまったのだ。
箱根の「要塞」。
坂上は、SDRで、彼ら「種を蒔かれた」者たちの、その後の「動向」を傍受していた。
陸軍内部の会議や、彼らが仲間内で交わす通信(電信)だ。
「……まずいな」
坂上は、児玉に報告した。
「永田鉄山は、期待通りだ。彼は『合理性』と『総力戦』の概念を吸収した。彼が陸軍の中枢に行けば、『精神論』の“病”にブレーキをかけられるかもしれん」
「……だが、石原は?」
児玉が、懸念していた男の名を出す。
坂上は、傍受した石原の「論文」の一節を、PCの画面に映し出した。
『……最終戦争ハ不可避ナリ。航空機ト機械化部隊ヲ以テ、満蒙(まんもう)ヲ制圧シ、日米決戦ニ備エルベシ……』
「……あの野郎」
坂上は、吐き捨てた。「俺のデータを、満州侵略と日米決戦の『理論武装』に使いやがった」
「……どうする」
「監視を続けるしかない。奴はまだ若く、力もない。だが……」
坂上は、歴史データベース(史実)の「石原莞爾」の項目を睨んだ。
(こいつが、数年後に『関東軍』に配属された時が……最初の『分岐点』だ)
1918年(大正7年)11月。
SDRが、ヨーロッパ全土に「停戦(Armistice)」のモールス信号が飛び交うのを捉えた。
第一次世界大戦が、終わった。
「……終わったか」
坂上が、この4年間の「観測」を終え、一息つこうとした、その時。
ノートPCの画面の隅。
あの忌まわしい「警告(ウォーニング)」マークが、激しく点滅を始めた。
『ERROR: DATA CORRUPTED. SECTOR 09a...』
(エラー: データ破損。セクター 09a…)
「……またか!」
坂上は、慌ててSSD(記憶媒体)のステータスを確認した。
「戦車」のデータが飛んだ時とは、比べ物にならない「広範囲」のデータが、読み取り不能(ロスト)になっていた。
「……嘘だろ」
坂上の顔が、青ざめた。
「『ヴェルサイユ条約』……『ドイツへの賠償金』……『民族自決』……」
第一次世界大戦の「戦後処理」に関する、膨大なデータが、ゴッソリと『欠落』していた。
「児玉さん……」
坂上は、震える声で言った。
「第二次世界大戦の『火種』が、どう蒔かれたのか……その『詳細(ディテール)』が、見えなくなった」
1917年(大正6年)。
ヨーロッパは、第一次世界大戦という「挽き肉機」の真っ只中にあった。
アメリカが参戦し、戦局は最終局面を迎えようとしていたが、塹壕(ざんごう)の中では未だ毒ガスと機関銃が支配していた。
箱根の「要塞」で、坂上真一(57歳)は「観測者」としての日々を送っていた。
渓流の水で冷却され、安定稼働するノートPC。その画面には、ソンムやヴェルダンで繰り広げられた、人類初の「機械化戦争」のデータが、坂上のAIによって詳細に分析・蓄積されていた。
「戦車(タンク)の運用思想(ドクトリン)、再構築完了」
「航空機による対地支援(クローズ・エア・サポート)の概念、確立」
「国家総力戦(トータル・ウォー)における兵站(ロジスティクス)の重要性、算出完了」
坂上は、この血塗られた「教訓」を、何十枚ものレポートに印刷した。
それは、この時代の軍人が逆立ちしても書けない、「未来の軍事学」の教科書だった。
「……児玉さん」
坂上は、定期的に「電力の様子見」という名目で訪れる児玉源太郎(当時65歳)に、その紙の束を渡した。
「例の二人に、これを。海軍(ウミ)の山本(五十六)とは別のルートで、陸軍(リク)にも『毒』を仕込む」
「……分かった」
児玉は、その重いレポートを受け取った。
数週間後、東京・陸軍大学校。
「―――これは、なんだ」
陸軍大学校の図書室の片隅で、一人の男が、児玉のルートで「匿名」で届けられたそのレポートを読み、戦慄していた。
永田鉄山。陸軍きっての合理主義者(リアリスト)。
彼が読んでいたのは、「欧州大戦における兵站(ロジスティクス)の崩壊」と題された一節だった。
そこには、ドイツ軍がなぜ突破に失敗したか、フランス軍がどうやって持ち堪えたか、その「数字(トン数)」が、まるで戦場の神の視点から書かれたかのように、正確無比に記されていた。
「……精神論ではない。弾丸(たま)と、パンと、ガソリンだ」
永田は、そのレポートが導き出す「結論」――未来の戦争は『国家総力戦』であり、資源と工業力が全てを決する――という思想に、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「……この著者は、何者だ」
永田は、その日から、この「正体不明の論文」を自らのバイブルとし、陸軍内部で「国家総力戦体制」の必要性を説き始めた。
一方、もう一人の「異端児」は、全く別の反応を示していた。
石原莞爾。永田の同期であり、誰もが認める「天才」にして「奇人」。
彼が食い入るように読んでいたのは、坂上が解析した「航空機による戦略爆撃」と「戦車による電撃的突破」の可能性を論じた章だった。
「……これだ」
石原は、薄暗い自室で、そのレポートを手に興奮に打ち震えていた。
「航空機と戦車……これらが成熟すれば、戦争は『殲滅戦』から『決戦』へと回帰する!」
彼は、坂上の「技術的な予測」を、自らの持つ「最終戦争論」という壮大な(そして危険な)思想と、瞬時に結びつけた。
「この新兵器が、世界を統一する『最終戦争』の手段となる。そして、その『覇者』となるのは、日本(やまと)をおいて他にない……!」
坂上のレポートは、石原の「狂気」に、21世紀の「知性」という、最悪の「燃料」を投下してしまったのだ。
箱根の「要塞」。
坂上は、SDRで、彼ら「種を蒔かれた」者たちの、その後の「動向」を傍受していた。
陸軍内部の会議や、彼らが仲間内で交わす通信(電信)だ。
「……まずいな」
坂上は、児玉に報告した。
「永田鉄山は、期待通りだ。彼は『合理性』と『総力戦』の概念を吸収した。彼が陸軍の中枢に行けば、『精神論』の“病”にブレーキをかけられるかもしれん」
「……だが、石原は?」
児玉が、懸念していた男の名を出す。
坂上は、傍受した石原の「論文」の一節を、PCの画面に映し出した。
『……最終戦争ハ不可避ナリ。航空機ト機械化部隊ヲ以テ、満蒙(まんもう)ヲ制圧シ、日米決戦ニ備エルベシ……』
「……あの野郎」
坂上は、吐き捨てた。「俺のデータを、満州侵略と日米決戦の『理論武装』に使いやがった」
「……どうする」
「監視を続けるしかない。奴はまだ若く、力もない。だが……」
坂上は、歴史データベース(史実)の「石原莞爾」の項目を睨んだ。
(こいつが、数年後に『関東軍』に配属された時が……最初の『分岐点』だ)
1918年(大正7年)11月。
SDRが、ヨーロッパ全土に「停戦(Armistice)」のモールス信号が飛び交うのを捉えた。
第一次世界大戦が、終わった。
「……終わったか」
坂上が、この4年間の「観測」を終え、一息つこうとした、その時。
ノートPCの画面の隅。
あの忌まわしい「警告(ウォーニング)」マークが、激しく点滅を始めた。
『ERROR: DATA CORRUPTED. SECTOR 09a...』
(エラー: データ破損。セクター 09a…)
「……またか!」
坂上は、慌ててSSD(記憶媒体)のステータスを確認した。
「戦車」のデータが飛んだ時とは、比べ物にならない「広範囲」のデータが、読み取り不能(ロスト)になっていた。
「……嘘だろ」
坂上の顔が、青ざめた。
「『ヴェルサイユ条約』……『ドイツへの賠償金』……『民族自決』……」
第一次世界大戦の「戦後処理」に関する、膨大なデータが、ゴッソリと『欠落』していた。
「児玉さん……」
坂上は、震える声で言った。
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