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EP 9
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異世界の食卓と、借金返済の味
工房の奥にあるキッチンから、白い湯気と共に甘く芳醇な香りが立ち上っていた。
「火加減よし。蒸らし完了……完璧だ」
英一は鍋の蓋を少しだけずらし、中の様子を確認する。
艶々と輝く白米。米が立つとはこのことだ。工業高校で習ったわけではないが、引きこもり時代、夜中に腹が減って自分で米を炊き続けた経験が、異世界で思わぬ形で役に立った。
「味噌汁は……リリアンさんがくれた『豆腐』と『ネギ』を入れて……」
トントントン、と軽快な包丁の音が響く。
英一の手際は驚くほど良かった。
「へぇ……英一さん、お料理作れるのね? 意外だわ」
隣のコンロで魚を焼いていたマイユが、感心したように覗き込んでくる。
「えっと……引きこもってたから、親が料理を作ってくれなくてさ。それに、徹夜続きのゲーム三昧だったから、家族と生活時間が合わなくて、自分で作るしかなかったんだよ」
英一は苦笑いしながら、味噌を溶き入れる。
「飯はまだか」と怒鳴られて部屋に置いておかれる冷めた弁当より、自分で深夜に作る夜食の方が美味かった。そんな少し寂しい記憶。
「ゲーム? ヒキコモリ? ……よく分かりませんけど、英一さんの世界も大変だったんですね」
「はは、まぁね。でもおかげで簡単な料理なら出来るよ」
「ふふ、頼もしい相棒さんだこと。じゃあ、私はメインディッシュの『ピラニーズの塩焼き』を仕上げるわね!」
工房のダイニングテーブルに、湯気を立てる料理が並べられた。
ふっくらと炊けた白米。ネギと豆腐の味噌汁。そして、脂の乗ったピラニーズの塩焼き。
異世界ファンタジーの工房とは思えない、完璧な「日本の定食」だ。
「それじゃあ……」
「「いただきます!」」
英一とマイユは手を合わせた。
まずは味噌汁。マイユが恐る恐るお椀に口をつける。
「ん……っ!」
マイユの目が大きく見開かれた。
「美味しい~! 何これ、凄く落ち着く味……! それにこの白い四角いの、『トーフ』って言うの? フワフワで、口の中で溶けちゃうわ!」
「味噌はドワーフの口にも合うみたいだな。良かった」
英一も一口すする。
五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことだ。出汁の旨味と味噌の塩分が、疲れた体に活力を与えてくれる。
「この焼き魚も旨いよ。ピラニーズって獰猛な顔して、味は最高だな」
「ええ! リリアンさんに『絶対合うから!』って半ば強引に買わされた『ショウユ』を垂らしてみたんですけど……」
香ばしい醤油の焦げた匂いが、淡白な白身魚の旨味を極限まで引き立てている。
これをおかずに、白米を頬張る。
噛めば噛むほど広がる甘み。
「んん~っ! このお米も最高ですわ!」
「ああ……異世界で和食が食べられるなんて、幸せだな」
二人が至福の時を噛み締めていた、その時だった。
――ドンドンドンッ!!
無粋な音が、工房の鉄扉を叩いた。
またあの男だ。
「……来やがったな」
「英一さん、ご飯の途中ですけど、片付けてきますわ」
マイユは茶碗を置くと、ナプキンで口元を拭い、凛とした表情で立ち上がった。
英一も黙ってその後に続く。
扉を開けると、そこには腕組みをしたラウスが立っていた。
不機嫌そうな顔をしていたが、鼻をヒクつかせ、工房の中から漂う匂いに反応した。
「ん? ……なんだ、妙に良い匂いがしてやがるな」
「何ですか? ラウスさん。夕食時なんですけど」
マイユが冷たく言い放つ。
ラウスはニヤリと笑い、威圧するように一歩踏み出した。
「分かってんだろ? 今日が期限だ。金は用意出来たんだろうな」
工房の中を見回すラウス。
一ヶ月前と同じ、散らかった工場。小娘と、奇妙な服の優男。
金貨100枚などという大金、用意できているはずがない――そう高を括っているのが顔に出ている。
「出来てなきゃ、今すぐここから叩き出して……」
「当然ですわ」
マイユはラウスの言葉を遮り、懐からズシリと重い革袋を取り出した。
「はい、これ。確認してください」
ラウスの胸に袋を押し付ける。
受け取ったラウスの手が、予想外の重さに沈んだ。
「な、何!?」
慌てて袋の紐を解く。
中から溢れ出したのは、夕日を浴びて輝く本物の金貨。
10、20……数えるまでもない。袋がパンパンになるほどの量だ。
「こ、これは……金貨100枚……いや、それ以上あるじゃねぇか!?」
「利子分も色をつけておきましたわ。……数え終わったなら、借用書を返して頂けます?」
マイユが手を差し出す。
ラウスは呆気にとられたまま、震える手で懐から借用書を取り出し、マイユに渡した。
マイユはその紙を確認すると、ラウスの目の前でビリビリに破り捨てた。
「これで文句ありませんわね?」
「ば、馬鹿な……たった一ヶ月で、どうやって……」
「企業秘密です」
マイユはニッコリと、しかし目は笑っていない「商人(あきんど)の顔」で微笑んだ。
後ろに控える英一も、無言でM24を背負い直す。その威圧感に、ラウスはたじろいだ。
「……チッ、覚えてろよ!」
ラウスは捨て台詞を吐くと、金貨の袋を抱えて逃げるように去っていった。
完全にマイユたちの勝利だ。
「さぁ、お帰りなさいませ! 二度と来ないでくださいね~!」
バタンッ! と扉を閉め、鍵をかける。
振り返ったマイユは、英一を見て満面の笑みを浮かべ、Vサインを作った。
「作戦完了です! さぁ英一さん、ご飯の続きを食べましょう!」
「ああ。冷めないうちに頂こう」
借金を完済し、本当の意味で自由になった工房。
その夜の味噌汁は、今までで一番美味しく感じられた。
工房の奥にあるキッチンから、白い湯気と共に甘く芳醇な香りが立ち上っていた。
「火加減よし。蒸らし完了……完璧だ」
英一は鍋の蓋を少しだけずらし、中の様子を確認する。
艶々と輝く白米。米が立つとはこのことだ。工業高校で習ったわけではないが、引きこもり時代、夜中に腹が減って自分で米を炊き続けた経験が、異世界で思わぬ形で役に立った。
「味噌汁は……リリアンさんがくれた『豆腐』と『ネギ』を入れて……」
トントントン、と軽快な包丁の音が響く。
英一の手際は驚くほど良かった。
「へぇ……英一さん、お料理作れるのね? 意外だわ」
隣のコンロで魚を焼いていたマイユが、感心したように覗き込んでくる。
「えっと……引きこもってたから、親が料理を作ってくれなくてさ。それに、徹夜続きのゲーム三昧だったから、家族と生活時間が合わなくて、自分で作るしかなかったんだよ」
英一は苦笑いしながら、味噌を溶き入れる。
「飯はまだか」と怒鳴られて部屋に置いておかれる冷めた弁当より、自分で深夜に作る夜食の方が美味かった。そんな少し寂しい記憶。
「ゲーム? ヒキコモリ? ……よく分かりませんけど、英一さんの世界も大変だったんですね」
「はは、まぁね。でもおかげで簡単な料理なら出来るよ」
「ふふ、頼もしい相棒さんだこと。じゃあ、私はメインディッシュの『ピラニーズの塩焼き』を仕上げるわね!」
工房のダイニングテーブルに、湯気を立てる料理が並べられた。
ふっくらと炊けた白米。ネギと豆腐の味噌汁。そして、脂の乗ったピラニーズの塩焼き。
異世界ファンタジーの工房とは思えない、完璧な「日本の定食」だ。
「それじゃあ……」
「「いただきます!」」
英一とマイユは手を合わせた。
まずは味噌汁。マイユが恐る恐るお椀に口をつける。
「ん……っ!」
マイユの目が大きく見開かれた。
「美味しい~! 何これ、凄く落ち着く味……! それにこの白い四角いの、『トーフ』って言うの? フワフワで、口の中で溶けちゃうわ!」
「味噌はドワーフの口にも合うみたいだな。良かった」
英一も一口すする。
五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことだ。出汁の旨味と味噌の塩分が、疲れた体に活力を与えてくれる。
「この焼き魚も旨いよ。ピラニーズって獰猛な顔して、味は最高だな」
「ええ! リリアンさんに『絶対合うから!』って半ば強引に買わされた『ショウユ』を垂らしてみたんですけど……」
香ばしい醤油の焦げた匂いが、淡白な白身魚の旨味を極限まで引き立てている。
これをおかずに、白米を頬張る。
噛めば噛むほど広がる甘み。
「んん~っ! このお米も最高ですわ!」
「ああ……異世界で和食が食べられるなんて、幸せだな」
二人が至福の時を噛み締めていた、その時だった。
――ドンドンドンッ!!
無粋な音が、工房の鉄扉を叩いた。
またあの男だ。
「……来やがったな」
「英一さん、ご飯の途中ですけど、片付けてきますわ」
マイユは茶碗を置くと、ナプキンで口元を拭い、凛とした表情で立ち上がった。
英一も黙ってその後に続く。
扉を開けると、そこには腕組みをしたラウスが立っていた。
不機嫌そうな顔をしていたが、鼻をヒクつかせ、工房の中から漂う匂いに反応した。
「ん? ……なんだ、妙に良い匂いがしてやがるな」
「何ですか? ラウスさん。夕食時なんですけど」
マイユが冷たく言い放つ。
ラウスはニヤリと笑い、威圧するように一歩踏み出した。
「分かってんだろ? 今日が期限だ。金は用意出来たんだろうな」
工房の中を見回すラウス。
一ヶ月前と同じ、散らかった工場。小娘と、奇妙な服の優男。
金貨100枚などという大金、用意できているはずがない――そう高を括っているのが顔に出ている。
「出来てなきゃ、今すぐここから叩き出して……」
「当然ですわ」
マイユはラウスの言葉を遮り、懐からズシリと重い革袋を取り出した。
「はい、これ。確認してください」
ラウスの胸に袋を押し付ける。
受け取ったラウスの手が、予想外の重さに沈んだ。
「な、何!?」
慌てて袋の紐を解く。
中から溢れ出したのは、夕日を浴びて輝く本物の金貨。
10、20……数えるまでもない。袋がパンパンになるほどの量だ。
「こ、これは……金貨100枚……いや、それ以上あるじゃねぇか!?」
「利子分も色をつけておきましたわ。……数え終わったなら、借用書を返して頂けます?」
マイユが手を差し出す。
ラウスは呆気にとられたまま、震える手で懐から借用書を取り出し、マイユに渡した。
マイユはその紙を確認すると、ラウスの目の前でビリビリに破り捨てた。
「これで文句ありませんわね?」
「ば、馬鹿な……たった一ヶ月で、どうやって……」
「企業秘密です」
マイユはニッコリと、しかし目は笑っていない「商人(あきんど)の顔」で微笑んだ。
後ろに控える英一も、無言でM24を背負い直す。その威圧感に、ラウスはたじろいだ。
「……チッ、覚えてろよ!」
ラウスは捨て台詞を吐くと、金貨の袋を抱えて逃げるように去っていった。
完全にマイユたちの勝利だ。
「さぁ、お帰りなさいませ! 二度と来ないでくださいね~!」
バタンッ! と扉を閉め、鍵をかける。
振り返ったマイユは、英一を見て満面の笑みを浮かべ、Vサインを作った。
「作戦完了です! さぁ英一さん、ご飯の続きを食べましょう!」
「ああ。冷めないうちに頂こう」
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