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EP 1
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破滅のち、路地裏の歌姫
「スカーレット・ル・ローズ! 貴様のような性悪女との婚約は、これをもって破棄とする! 今すぐこのルミナス帝国から出て行け!」
王宮の舞踏会場に、第一王子のヒステリックな声が響き渡る。
周囲を取り囲む貴族たちの冷ややかな視線。嘲笑。そして、王子の隣で勝ち誇った顔をしている聖女気取りの男爵令嬢。
これぞ、乙女ゲームやウェブ小説で擦り切れるほど見た「断罪イベント」のテンプレ。
本来なら、ここで絶望のあまり泣き崩れたり、「無実です!」と喚いたりするのが悪役令嬢の役回りだろう。
けれど、私は違った。
(……よっしゃあああああ!! きたぁぁぁぁぁ!!)
私は心の中でガッツポーズをした。いや、なんなら小躍りしたいくらいだ。
なぜなら、たった今。
王子に「出て行け」と言われたショックで、前世の記憶が完全に蘇ったからだ。
私の前世は、日本の芸能事務所における敏腕(自称)マネージャー。
休みなし、彼氏なし、睡眠時間削りまくりのブラック企業戦士だったけれど……私は「原石」を見つけ出し、トップスターへと磨き上げるあの仕事が大好きだったのだ。
この世界に転生して公爵令嬢スカーレットとなってから十八年。
お妃教育だの、刺繍だの、社交ダンスだの……退屈すぎて死ぬかと思った。
生産性のないお茶会で、愛想笑いを浮かべる毎日にうんざりしていたのだ。
それがどうだ。
婚約破棄? 国外追放?
つまりそれは――「自由」ってことじゃないか!
「謹んでお受けいたしますわ、殿下。どうぞ、その方とお幸せに」
私は扇をパチリと閉じ、優雅にカーテシー(お辞儀)を決めた。
あまりに潔い態度に、王子たちが「えっ?」と間の抜けた顔をするのを尻目に、私は踵を返す。
さようなら、堅苦しい貴族社会。
こんにちは、私のセカンドライフ!
◇
……とは言ったものの。
「現実は甘くないわね……」
一時間後。
私はルミナス帝国の下町、それも治安の悪いスラム街の入り口に立っていた。
実家である公爵家からは即座に勘当。持ち出せたのは、今着ている少し汚れたドレスと、わずかな小銭のみ。
宿無し、金なし、コネなし。
見事なまでの転落人生だ。
だが、私の目は死んでいなかった。
むしろ、獲物を狙う鷹のようにギラギラと輝いている。
(まずは資金がいる。そのためには商材がいる。私が売れる最高の商品はなんだ? 魔導具? 違う、私に技術はない。私が売れるのは――『才能』だけ!)
誰かいないか。
この世界を熱狂させる、とびきりの原石は。
ふらふらと、鼻をつく悪臭と喧騒が混じる路地裏を歩いていた、その時だった。
『――♪ ―――♪』
空気が、震えた。
喧騒がかき消え、世界が一瞬で静寂に包まれたような錯覚。
どこか物悲しく、けれど魂を直接撫でられるような、透き通った歌声。
「……嘘でしょ」
私は鳥肌が立つのを抑えきれず、音のする方へと走り出した。
ヒールが石畳に引っかかるのも構わず、路地を曲がる。
そこは、場末の酒場の裏手だった。
薄暗い路地の隅に、古ぼけた木箱――前世で言うところの「みかん箱」が置かれている。
その上に、一人の少女が立っていた。
ボロボロの麻布を纏っているが、その隙間から見える肌には、宝石のような鱗がついている。
髪は、深海を思わせる深いブルー。
濡れたような瞳が、頼りない街灯の光を反射して輝いている。
人魚族(マーメイド)だ。
海中国家シーランに住むはずの彼女たちが、なぜこんな内陸のスラムに?
彼女の周りには、仕事あがりのドワーフたちが数人、地面に座り込んで聞き入っていた。
普段なら荒くれ者の彼らが、今は赤子のように穏やかな顔をしている。涙を流している者さえいた。
(これは……魔法(バフ)? いや、違う。純粋な『歌の力』だわ)
彼女が歌い終えると、パラパラ……と、わずかな拍手と共に、数枚の銅貨が投げられた。
少女はおどおどしながらそれを拾い集め、大事そうに胸に抱く。
そして、ポケットから硬くなったパンの耳を取り出し、嬉しそうにかじった。
――決まりだ。
私の「マネージャーの勘」が、脳内で警報レベルの音量で叫んでいる。
あれはダイヤの原石なんて生易しいものじゃない。
磨けば世界すら傾ける、惑星級のスターだ。
私は震える足を叱咤し、彼女の前へと歩み出た。
「ひっ……!」
ドレス姿の私が近づいたことで、少女は怯えて身をすくませた。
人買いか、あるいは貴族の気まぐれな虐待か。そんなことを想像したのかもしれない。
私は彼女の目線に合わせるように、その場に膝をついた。
そして、ニッコリと――営業用スマイル全開で手を差し出す。
「素晴らしい歌声だったわ。ねえ、貴女」
「は、はい……?」
「その歌声を、こんな路地裏で安売りして終わらせるつもり? パンの耳をかじるために歌うのは、今日で終わりにしない?」
少女がポカンと口を開ける。
「私と組みなさい。貴女を、このルミナス帝国……いいえ、世界中の誰もが知る『歌姫(アイドル)』にしてあげるわ」
「あ、あいどる……?」
聞き慣れない単語に首をかしげる少女。
私は確信を持って告げた。
「そう。貴女なら世界を獲れる。私が獲らせてみせる。――名前は?」
少女は迷いながらも、私の瞳にある「本気」を感じ取ったのか、小さく唇を動かした。
「……リーザ。リーザ・マリンブルーです」
「いい名前ね。私はスカーレット。これから貴女のプロデューサーよ」
これが、後に伝説となる「悪役令嬢プロデューサー」と「人魚の歌姫」の、最初の出会いだった。
とはいえ。
今の私たちの所持金は、二人合わせても銀貨三枚(約三千円)。
夢を語るには、あまりにも腹が減りすぎていた。
(まずは金だ。金がいる……!)
私の脳裏に、この国で最も金の匂いに敏感な「あの商会」の看板が浮かび上がった。
「スカーレット・ル・ローズ! 貴様のような性悪女との婚約は、これをもって破棄とする! 今すぐこのルミナス帝国から出て行け!」
王宮の舞踏会場に、第一王子のヒステリックな声が響き渡る。
周囲を取り囲む貴族たちの冷ややかな視線。嘲笑。そして、王子の隣で勝ち誇った顔をしている聖女気取りの男爵令嬢。
これぞ、乙女ゲームやウェブ小説で擦り切れるほど見た「断罪イベント」のテンプレ。
本来なら、ここで絶望のあまり泣き崩れたり、「無実です!」と喚いたりするのが悪役令嬢の役回りだろう。
けれど、私は違った。
(……よっしゃあああああ!! きたぁぁぁぁぁ!!)
私は心の中でガッツポーズをした。いや、なんなら小躍りしたいくらいだ。
なぜなら、たった今。
王子に「出て行け」と言われたショックで、前世の記憶が完全に蘇ったからだ。
私の前世は、日本の芸能事務所における敏腕(自称)マネージャー。
休みなし、彼氏なし、睡眠時間削りまくりのブラック企業戦士だったけれど……私は「原石」を見つけ出し、トップスターへと磨き上げるあの仕事が大好きだったのだ。
この世界に転生して公爵令嬢スカーレットとなってから十八年。
お妃教育だの、刺繍だの、社交ダンスだの……退屈すぎて死ぬかと思った。
生産性のないお茶会で、愛想笑いを浮かべる毎日にうんざりしていたのだ。
それがどうだ。
婚約破棄? 国外追放?
つまりそれは――「自由」ってことじゃないか!
「謹んでお受けいたしますわ、殿下。どうぞ、その方とお幸せに」
私は扇をパチリと閉じ、優雅にカーテシー(お辞儀)を決めた。
あまりに潔い態度に、王子たちが「えっ?」と間の抜けた顔をするのを尻目に、私は踵を返す。
さようなら、堅苦しい貴族社会。
こんにちは、私のセカンドライフ!
◇
……とは言ったものの。
「現実は甘くないわね……」
一時間後。
私はルミナス帝国の下町、それも治安の悪いスラム街の入り口に立っていた。
実家である公爵家からは即座に勘当。持ち出せたのは、今着ている少し汚れたドレスと、わずかな小銭のみ。
宿無し、金なし、コネなし。
見事なまでの転落人生だ。
だが、私の目は死んでいなかった。
むしろ、獲物を狙う鷹のようにギラギラと輝いている。
(まずは資金がいる。そのためには商材がいる。私が売れる最高の商品はなんだ? 魔導具? 違う、私に技術はない。私が売れるのは――『才能』だけ!)
誰かいないか。
この世界を熱狂させる、とびきりの原石は。
ふらふらと、鼻をつく悪臭と喧騒が混じる路地裏を歩いていた、その時だった。
『――♪ ―――♪』
空気が、震えた。
喧騒がかき消え、世界が一瞬で静寂に包まれたような錯覚。
どこか物悲しく、けれど魂を直接撫でられるような、透き通った歌声。
「……嘘でしょ」
私は鳥肌が立つのを抑えきれず、音のする方へと走り出した。
ヒールが石畳に引っかかるのも構わず、路地を曲がる。
そこは、場末の酒場の裏手だった。
薄暗い路地の隅に、古ぼけた木箱――前世で言うところの「みかん箱」が置かれている。
その上に、一人の少女が立っていた。
ボロボロの麻布を纏っているが、その隙間から見える肌には、宝石のような鱗がついている。
髪は、深海を思わせる深いブルー。
濡れたような瞳が、頼りない街灯の光を反射して輝いている。
人魚族(マーメイド)だ。
海中国家シーランに住むはずの彼女たちが、なぜこんな内陸のスラムに?
彼女の周りには、仕事あがりのドワーフたちが数人、地面に座り込んで聞き入っていた。
普段なら荒くれ者の彼らが、今は赤子のように穏やかな顔をしている。涙を流している者さえいた。
(これは……魔法(バフ)? いや、違う。純粋な『歌の力』だわ)
彼女が歌い終えると、パラパラ……と、わずかな拍手と共に、数枚の銅貨が投げられた。
少女はおどおどしながらそれを拾い集め、大事そうに胸に抱く。
そして、ポケットから硬くなったパンの耳を取り出し、嬉しそうにかじった。
――決まりだ。
私の「マネージャーの勘」が、脳内で警報レベルの音量で叫んでいる。
あれはダイヤの原石なんて生易しいものじゃない。
磨けば世界すら傾ける、惑星級のスターだ。
私は震える足を叱咤し、彼女の前へと歩み出た。
「ひっ……!」
ドレス姿の私が近づいたことで、少女は怯えて身をすくませた。
人買いか、あるいは貴族の気まぐれな虐待か。そんなことを想像したのかもしれない。
私は彼女の目線に合わせるように、その場に膝をついた。
そして、ニッコリと――営業用スマイル全開で手を差し出す。
「素晴らしい歌声だったわ。ねえ、貴女」
「は、はい……?」
「その歌声を、こんな路地裏で安売りして終わらせるつもり? パンの耳をかじるために歌うのは、今日で終わりにしない?」
少女がポカンと口を開ける。
「私と組みなさい。貴女を、このルミナス帝国……いいえ、世界中の誰もが知る『歌姫(アイドル)』にしてあげるわ」
「あ、あいどる……?」
聞き慣れない単語に首をかしげる少女。
私は確信を持って告げた。
「そう。貴女なら世界を獲れる。私が獲らせてみせる。――名前は?」
少女は迷いながらも、私の瞳にある「本気」を感じ取ったのか、小さく唇を動かした。
「……リーザ。リーザ・マリンブルーです」
「いい名前ね。私はスカーレット。これから貴女のプロデューサーよ」
これが、後に伝説となる「悪役令嬢プロデューサー」と「人魚の歌姫」の、最初の出会いだった。
とはいえ。
今の私たちの所持金は、二人合わせても銀貨三枚(約三千円)。
夢を語るには、あまりにも腹が減りすぎていた。
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