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01.目を覚ませば、いきなりデンジャラスな展開
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足フェチ祭り参加してます\(^o^)/
***
腰から太股を這うように触られている感覚に、ベッドの上で眠っていたブラウスとひざ丈のタイトスカートを履いた女性は、腰を捻って体に触れる手から逃れようとした。
逃げる女性の動きに合わせて、タイトスカートを捲り上げた手はストッキング越しの太股に触れる。
「逃げるなよ」
低く掠れた色気のある声の主は、シーツを掴む女性の手首を掴んで腕の中へ捕らえる。
上半身を屈める彼の動きに合わせて、ベッドがギシリと軋んだ。
「う……うん?」
誰かの息遣いを間近に感じるのに、重たい目蓋は上がってくれない。
何かがおかしいと彼女は感じ、覆いかぶさる相手を押し退けたいのに体は動かない。
スカートの中へ侵入した手は腰から尻の丸みを執拗に撫でる。その厭らしい動きに女性はびくりっと体を揺らした。
ストッキングのウエスト部に誰かの指がかかり、女性の頭の中で警報が鳴り響く。
(これは、なに? 起きなきゃ。はやく、起きなきゃっ!)
最高潮に高まった危機感に背中を押され、閉じた目蓋を抉じ開けた。
「あ、起きた?」
勢いよく目蓋を開いた瞬間、霞む視界に飛び込んできた光景に思考が動かず、女性は呆然となった。
ベッドに寝ている自分の上に覆いかぶさっているのは、さらさらの黒髪に切れ長の瞳の整った顔立ちをした青年。
ストッキングのウエスト部へ右手の指をかけ、左手は女性の右太股を抱えた青年は、彼女が目覚めたことに気付くと目元を猫の様に細めて笑った。
「斎藤、課長?」
「おはよう、麻衣子さん」
何故、勤め先の課長が自分を押し倒しているのか。
回らない頭ではこの状況をすぐには理解出来ず、呆然と麻衣子は青年の名前を口にした。
「起きたのなら、もう遠慮しなくてもいいか」
「氷の課長」と一部の女子社員達から絶大な人気がある、仕事中は愛想笑いすらあまりしないクールな斎藤課長の微笑み。女子社員達が見たら黄色い悲鳴を上げるだろう笑みでも、上に乗られている麻衣子は背筋が寒くなる。
何時かけている黒縁の眼鏡は外し、後ろへ流している前髪が切れ長の目にかかっているせいか、社内で見るよりも幼く見える。仕事中はきっちりと一番上の釦までかけているワイシャツは首元をゆるめているため、彼が上半身を少しだけ浮かした際に綺麗な鎖骨と意外と筋肉が付いている胸元が見えた。
「なん、で課長が? あの、足を離してくれませんか?」
「駄目。これ、破るよ」
混乱する麻衣子のストッキングのウエスト部を掴み、斎藤課長は力を込めて引き裂いた。
ビリッ、ビリリリィー!
「きゃあっ何するのよ!!」
反射的に抱えられていない左足を動かし、斎藤課長の頭目掛けて踵を下ろしていた。
「おっと、足癖が悪いな」
左腕で踵落としをガードした斎藤課長は、楽しそうに口角を上げる。
「大人しそうな見た目なのに、実は気が強いとは。はっ、これがギャップ萌えってやつ?」
独り言を呟き、斎藤課長はクツクツと喉を鳴らす。
ルームランプで照らされた斎藤部長の顔はとても綺麗で、美形の俳優が演じる悪役が悪巧みをしているような、ドラマの1シーンを見ている気になった。
彼が自分の太股を抱えてストッキングの切れ端を手にしていなければ、ベッドへ押し倒されている状況でなければ見惚れてしまったかもしれない。
「これはこれで、滾るな」
薄い唇をペロリと舌なめずりする斎藤課長の手のひらが、剥き出しになった麻衣子の太股の外側へ触れて内側へと撫でる。
確実に貞操が危ういのだと感じ取り、麻衣子の体から血の気が引いていく。
太股の内側を撫で下りた斎藤課長の手は、ついに脹脛へ到達する。
脹脛の外側を撫でる手のひらの感触で、あることを思い出した麻衣子は「あっ」と声を上げた。
焦って両足を動かそうにも、今度は両足ともがっちりと押さえられていて大した抵抗にはならない。
(あぁあー!! 脛!! 絶対にジョリジョリしてるぅー!!)
顔を真っ赤に染めた麻衣子は、心の中で声に出せない叫び声を上げた。
昨日の夜、入浴時にシェーバーでムダ毛の処理はしたとはいえ、直に触れられれば伸びてきた毛の存在が分かってしまう。
逃げ出したいのに押さえ込まれて、万全の状態ではない脹脛を撫で回されるのはもはや拷問だった。
羞恥心から麻衣子の瞳に涙の膜が張っていく。
「ひっ」
震える麻衣子をよそに、下方へ移動した斎藤課長は脹脛に頬擦りをし始める。
伸びた脹脛のムダ毛が彼の頬を擦る感触が直に伝わり、羞恥のあまり麻衣子の瞳から涙が零れ落ちた。
「いやっ止めて! 触らないで!」
「ああ、思った通り最高だよ麻衣子さん。それに、この俺を拒絶する女がいるなんて。はぁ、嫌がられるのもいいものだな」
興奮して目元を赤く染めた斎藤課長は、ニヤーという効果音が付きそうな厭らしい笑みを浮かべ、震える麻衣子の脹脛に舌を這わす。
観賞用なら部署NO1、女子社員憧れの斎藤課長の信じられない一面を知ってしまった上、息を荒くしながら脹脛を舐めるという気持ちの悪いことをされて、麻衣子の嫌悪感は限界点へ到達した。
「いやぁああ!! 変態―!!」
必死で頭の上へ手を伸ばした麻衣子は枕元に置いてあった金属の塊、目覚まし時計を掴むと、脹脛への夢中で頬擦りしている斎藤課長の頭部目掛けて振り下ろした。
ガシャン!!
「ぐっ!?」
目覚まし時計が頭部へ当たる派手な音と、くぐもった呻き声で麻衣子はハッと我に返る。
上半身を起こし右手で持つ目覚まし時計と、麻衣子の股の間へ突っ伏して動かない斎藤課長を交互に見て、全身から一気に血の気が引いた。
「斎藤課長……?」
震える声で呼びかけてもベッドへ突っ伏した斎藤課長はピクリとも反応を示さない。
(ひぃぃ!! 殺っちゃった!?)
目覚まし時計を落として震えだす麻衣子の脳裏に、『痴情のもつれ!?』『男女関係のトラブルか!?』という新聞の三面記事の見出しが浮かぶ。
混乱のあまりに頭の中の三面記事がグルグル渦巻いていき、爆発した。
(せ、正当防衛よ!! こんな変態のせいで犯罪者になんてなりたくない!! こうなったら、逃げるしかないぃ!!)
ベッドから飛び下りた麻衣子は、サイドテーブルへ置かれているバッグとジャケットを掴む。
一度だけベッドを振り返るが、そのまま部屋を飛び出していった。
***
ホテルを出た麻衣子は、スマートフォンの地図アプリでホテルの位置を確認し此処が繁華街の中にあるラブホテルが建ち並ぶ一角だと知る。
早朝の大通りはほぼ無人で、目撃者の少なさに安堵の息を吐く。
激しい動悸で吐きそうになりながら、通りがかったタクシーに飛び乗り自宅アパートへ帰った。
(何だったのアレ。それに、私、斎藤課長を殺しちゃったかもしれない)
自室へ戻り、ベッドへ倒れ込んだ麻衣子は布団をかぶって震える。夢だと思いたいのに、脹脛を舐められた感触は残っていた。
目覚まし時計で殴って昏倒させてしまったのは、先月海外支社から日本へ戻って来た、斎藤隼人課長。
入社してから異例の早さで昇進していった彼は、30代前半という若さで課長に抜擢されるほど仕事が出来る、所謂エリート社員だった。
着任前から社内中の話題をさらい、朝礼で挨拶をした時はその外見の良さから女子社員達の目がギラギラと輝いていた、らしい。らしいというのは、麻衣子は全く彼に興味を持っていないからだ。
高嶺の花?には、お似合いの相手がいると決まっている。アイドル的視点で彼を見る気も無かった。麻衣子の好みは綺麗な顔をしたエリート男性ではない、平凡で普通の枠に収まる庶民的な感覚を持つ男性。
斎藤課長が着任してからひと月の間は直接話す機会はもちろん無く、姿が視界に入った時は目の保養、観葉植物くらいにしか思っていなかった。
ほぼ面識の無い斎藤課長と何故か話すようになったのは、三日前の昼休憩時間から。
その日は朝から最悪だった。
五年近く愛用している脱毛器が壊れてしまい、仕方なく洗面台の下から引っ張り出した剃刀で腕と脹脛のムダ毛の処理をして会社へ向かった。
出勤早々、机の引き出しの角に引っ掛かって伝線したストッキングをトイレで脱ぐはめになり、それだけで気分は落ち込む。昼食休憩に入って直ぐ、近くのコンビニへ走って行った麻衣子は、昼食とストッキングを買い会社へ戻ると急ぎ足でロッカーへ向かった。
パンプスの蒸れ防止でスニーカーソックスだけは履いていたが、スカートの中がスース―しているのはどうにも落ち着かず前方不注意だったのが悪かったのだ。
ロッカールームへ続く廊下の曲がり角を曲がろうとした時、突如目の前に黒い人影が現れた。
ドン!
「きゃあっ!?」
前方から来た人影に弾き飛ばされるように、よろめいた麻衣子は固い床に尻もちをついた。
「うぎゃっ」
強か尻を打ち付けてしまい、色気の全く無い悲鳴を上げて腰を押さえる。
「君は……?」
ぶつかった相手の戸惑う声が聞こえ、顔を上げた麻衣子はそのまま数秒間固まってしまった。
「えぇ、課長?」
ずれた黒縁眼鏡のフレームを人差し指で押さえた斎藤課長は、コンビニ袋から転がり落ちたストッキングを拾い、ストッキングと麻衣子を交互に見て眉を寄せた。
「ありが、あぁ! す、すみませんでした!」
慌てて立ち上がった麻衣子は、斎藤課長のワイシャツにコンビニで買い片手に持っていた珈琲カップの中身がかかってしまっているのに気付き、ギョッと目を開いた。
「お怪我は? それにシャツにシミが、あ、あの、クリーニング代は出しますから」
冷めていたことだけは不幸中の幸い、ではなく混乱した麻衣子は必死で頭を下げる。
斎藤課長の来ているワイシャツは、高級海外ブランド製。かかった珈琲の染みを綺麗にするのには、どれだけの金額がかかるのか。麻衣子の顔色が青くなっていく。
「あ……これくらい、いいよ。替えのワイシャツは持っているしね」
首を動かして、ワイシャツの染みをチラリと見た斎藤課長は何てことないかのように言い、拾ったストッキングを麻衣子へ手渡す。
「それよりも、君の方は大丈夫だった?」
「は、はい」
「じゃあ、気を付けるんだよ」
外見通りのイケメンっぷりを発揮した斎藤課長は、僅かに微笑むと颯爽と去って行った。
最悪な印象を持たれたと思っていたのに、その翌々日に斎藤課長主催の飲み会へのお誘いを受けるとは思ってもいなかった。
恐れ多いと一度は断ったのに、斎藤課長本人に「参加して欲しい」と誘われてしまえば、前方不注意でぶつかってワイシャツを汚した負い目もあり飲み会に参加することを了承してしまったのは、運命の分かれ道だったのかもしれない。
飲み会では、男性陣へのアピールではなく目立たないことを第一に考えて隅の席に座り、ほとんど会話には参加しないで注文や食事の取り分け係に徹していた。
飲み会がお開きとなったら、駅前のラーメン屋で一人豚骨ラーメンを食べて帰ろうと思っていたのに、どうしてホテルのベッドで寝ていたのか。
(なんでこんなことになったんだろう……)
どうにかしてホテルへ行った経緯を思い出そうとしても、飲み会の途中からの記憶はごっそりと抜け落ちていた。
自宅へ戻った麻衣子は、週休休みの二日間をカーテンを閉め切った部屋で頭から毛布をかぶって過ごした。
いつか警察が訪ねて来るのではないかという不安から、少しの物音にも怯え食事は喉を通らずほとんど眠ることも出来ない。
テレビニュースやネットニュースが気にはなっても、怖くて見ることは出来ずに部屋に閉じ籠り、いつか罪悪感でと恐怖で狂ってしまうかもしれないと、震えていた。
***
次話は、20時過ぎに更新予定です。
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腰から太股を這うように触られている感覚に、ベッドの上で眠っていたブラウスとひざ丈のタイトスカートを履いた女性は、腰を捻って体に触れる手から逃れようとした。
逃げる女性の動きに合わせて、タイトスカートを捲り上げた手はストッキング越しの太股に触れる。
「逃げるなよ」
低く掠れた色気のある声の主は、シーツを掴む女性の手首を掴んで腕の中へ捕らえる。
上半身を屈める彼の動きに合わせて、ベッドがギシリと軋んだ。
「う……うん?」
誰かの息遣いを間近に感じるのに、重たい目蓋は上がってくれない。
何かがおかしいと彼女は感じ、覆いかぶさる相手を押し退けたいのに体は動かない。
スカートの中へ侵入した手は腰から尻の丸みを執拗に撫でる。その厭らしい動きに女性はびくりっと体を揺らした。
ストッキングのウエスト部に誰かの指がかかり、女性の頭の中で警報が鳴り響く。
(これは、なに? 起きなきゃ。はやく、起きなきゃっ!)
最高潮に高まった危機感に背中を押され、閉じた目蓋を抉じ開けた。
「あ、起きた?」
勢いよく目蓋を開いた瞬間、霞む視界に飛び込んできた光景に思考が動かず、女性は呆然となった。
ベッドに寝ている自分の上に覆いかぶさっているのは、さらさらの黒髪に切れ長の瞳の整った顔立ちをした青年。
ストッキングのウエスト部へ右手の指をかけ、左手は女性の右太股を抱えた青年は、彼女が目覚めたことに気付くと目元を猫の様に細めて笑った。
「斎藤、課長?」
「おはよう、麻衣子さん」
何故、勤め先の課長が自分を押し倒しているのか。
回らない頭ではこの状況をすぐには理解出来ず、呆然と麻衣子は青年の名前を口にした。
「起きたのなら、もう遠慮しなくてもいいか」
「氷の課長」と一部の女子社員達から絶大な人気がある、仕事中は愛想笑いすらあまりしないクールな斎藤課長の微笑み。女子社員達が見たら黄色い悲鳴を上げるだろう笑みでも、上に乗られている麻衣子は背筋が寒くなる。
何時かけている黒縁の眼鏡は外し、後ろへ流している前髪が切れ長の目にかかっているせいか、社内で見るよりも幼く見える。仕事中はきっちりと一番上の釦までかけているワイシャツは首元をゆるめているため、彼が上半身を少しだけ浮かした際に綺麗な鎖骨と意外と筋肉が付いている胸元が見えた。
「なん、で課長が? あの、足を離してくれませんか?」
「駄目。これ、破るよ」
混乱する麻衣子のストッキングのウエスト部を掴み、斎藤課長は力を込めて引き裂いた。
ビリッ、ビリリリィー!
「きゃあっ何するのよ!!」
反射的に抱えられていない左足を動かし、斎藤課長の頭目掛けて踵を下ろしていた。
「おっと、足癖が悪いな」
左腕で踵落としをガードした斎藤課長は、楽しそうに口角を上げる。
「大人しそうな見た目なのに、実は気が強いとは。はっ、これがギャップ萌えってやつ?」
独り言を呟き、斎藤課長はクツクツと喉を鳴らす。
ルームランプで照らされた斎藤部長の顔はとても綺麗で、美形の俳優が演じる悪役が悪巧みをしているような、ドラマの1シーンを見ている気になった。
彼が自分の太股を抱えてストッキングの切れ端を手にしていなければ、ベッドへ押し倒されている状況でなければ見惚れてしまったかもしれない。
「これはこれで、滾るな」
薄い唇をペロリと舌なめずりする斎藤課長の手のひらが、剥き出しになった麻衣子の太股の外側へ触れて内側へと撫でる。
確実に貞操が危ういのだと感じ取り、麻衣子の体から血の気が引いていく。
太股の内側を撫で下りた斎藤課長の手は、ついに脹脛へ到達する。
脹脛の外側を撫でる手のひらの感触で、あることを思い出した麻衣子は「あっ」と声を上げた。
焦って両足を動かそうにも、今度は両足ともがっちりと押さえられていて大した抵抗にはならない。
(あぁあー!! 脛!! 絶対にジョリジョリしてるぅー!!)
顔を真っ赤に染めた麻衣子は、心の中で声に出せない叫び声を上げた。
昨日の夜、入浴時にシェーバーでムダ毛の処理はしたとはいえ、直に触れられれば伸びてきた毛の存在が分かってしまう。
逃げ出したいのに押さえ込まれて、万全の状態ではない脹脛を撫で回されるのはもはや拷問だった。
羞恥心から麻衣子の瞳に涙の膜が張っていく。
「ひっ」
震える麻衣子をよそに、下方へ移動した斎藤課長は脹脛に頬擦りをし始める。
伸びた脹脛のムダ毛が彼の頬を擦る感触が直に伝わり、羞恥のあまり麻衣子の瞳から涙が零れ落ちた。
「いやっ止めて! 触らないで!」
「ああ、思った通り最高だよ麻衣子さん。それに、この俺を拒絶する女がいるなんて。はぁ、嫌がられるのもいいものだな」
興奮して目元を赤く染めた斎藤課長は、ニヤーという効果音が付きそうな厭らしい笑みを浮かべ、震える麻衣子の脹脛に舌を這わす。
観賞用なら部署NO1、女子社員憧れの斎藤課長の信じられない一面を知ってしまった上、息を荒くしながら脹脛を舐めるという気持ちの悪いことをされて、麻衣子の嫌悪感は限界点へ到達した。
「いやぁああ!! 変態―!!」
必死で頭の上へ手を伸ばした麻衣子は枕元に置いてあった金属の塊、目覚まし時計を掴むと、脹脛への夢中で頬擦りしている斎藤課長の頭部目掛けて振り下ろした。
ガシャン!!
「ぐっ!?」
目覚まし時計が頭部へ当たる派手な音と、くぐもった呻き声で麻衣子はハッと我に返る。
上半身を起こし右手で持つ目覚まし時計と、麻衣子の股の間へ突っ伏して動かない斎藤課長を交互に見て、全身から一気に血の気が引いた。
「斎藤課長……?」
震える声で呼びかけてもベッドへ突っ伏した斎藤課長はピクリとも反応を示さない。
(ひぃぃ!! 殺っちゃった!?)
目覚まし時計を落として震えだす麻衣子の脳裏に、『痴情のもつれ!?』『男女関係のトラブルか!?』という新聞の三面記事の見出しが浮かぶ。
混乱のあまりに頭の中の三面記事がグルグル渦巻いていき、爆発した。
(せ、正当防衛よ!! こんな変態のせいで犯罪者になんてなりたくない!! こうなったら、逃げるしかないぃ!!)
ベッドから飛び下りた麻衣子は、サイドテーブルへ置かれているバッグとジャケットを掴む。
一度だけベッドを振り返るが、そのまま部屋を飛び出していった。
***
ホテルを出た麻衣子は、スマートフォンの地図アプリでホテルの位置を確認し此処が繁華街の中にあるラブホテルが建ち並ぶ一角だと知る。
早朝の大通りはほぼ無人で、目撃者の少なさに安堵の息を吐く。
激しい動悸で吐きそうになりながら、通りがかったタクシーに飛び乗り自宅アパートへ帰った。
(何だったのアレ。それに、私、斎藤課長を殺しちゃったかもしれない)
自室へ戻り、ベッドへ倒れ込んだ麻衣子は布団をかぶって震える。夢だと思いたいのに、脹脛を舐められた感触は残っていた。
目覚まし時計で殴って昏倒させてしまったのは、先月海外支社から日本へ戻って来た、斎藤隼人課長。
入社してから異例の早さで昇進していった彼は、30代前半という若さで課長に抜擢されるほど仕事が出来る、所謂エリート社員だった。
着任前から社内中の話題をさらい、朝礼で挨拶をした時はその外見の良さから女子社員達の目がギラギラと輝いていた、らしい。らしいというのは、麻衣子は全く彼に興味を持っていないからだ。
高嶺の花?には、お似合いの相手がいると決まっている。アイドル的視点で彼を見る気も無かった。麻衣子の好みは綺麗な顔をしたエリート男性ではない、平凡で普通の枠に収まる庶民的な感覚を持つ男性。
斎藤課長が着任してからひと月の間は直接話す機会はもちろん無く、姿が視界に入った時は目の保養、観葉植物くらいにしか思っていなかった。
ほぼ面識の無い斎藤課長と何故か話すようになったのは、三日前の昼休憩時間から。
その日は朝から最悪だった。
五年近く愛用している脱毛器が壊れてしまい、仕方なく洗面台の下から引っ張り出した剃刀で腕と脹脛のムダ毛の処理をして会社へ向かった。
出勤早々、机の引き出しの角に引っ掛かって伝線したストッキングをトイレで脱ぐはめになり、それだけで気分は落ち込む。昼食休憩に入って直ぐ、近くのコンビニへ走って行った麻衣子は、昼食とストッキングを買い会社へ戻ると急ぎ足でロッカーへ向かった。
パンプスの蒸れ防止でスニーカーソックスだけは履いていたが、スカートの中がスース―しているのはどうにも落ち着かず前方不注意だったのが悪かったのだ。
ロッカールームへ続く廊下の曲がり角を曲がろうとした時、突如目の前に黒い人影が現れた。
ドン!
「きゃあっ!?」
前方から来た人影に弾き飛ばされるように、よろめいた麻衣子は固い床に尻もちをついた。
「うぎゃっ」
強か尻を打ち付けてしまい、色気の全く無い悲鳴を上げて腰を押さえる。
「君は……?」
ぶつかった相手の戸惑う声が聞こえ、顔を上げた麻衣子はそのまま数秒間固まってしまった。
「えぇ、課長?」
ずれた黒縁眼鏡のフレームを人差し指で押さえた斎藤課長は、コンビニ袋から転がり落ちたストッキングを拾い、ストッキングと麻衣子を交互に見て眉を寄せた。
「ありが、あぁ! す、すみませんでした!」
慌てて立ち上がった麻衣子は、斎藤課長のワイシャツにコンビニで買い片手に持っていた珈琲カップの中身がかかってしまっているのに気付き、ギョッと目を開いた。
「お怪我は? それにシャツにシミが、あ、あの、クリーニング代は出しますから」
冷めていたことだけは不幸中の幸い、ではなく混乱した麻衣子は必死で頭を下げる。
斎藤課長の来ているワイシャツは、高級海外ブランド製。かかった珈琲の染みを綺麗にするのには、どれだけの金額がかかるのか。麻衣子の顔色が青くなっていく。
「あ……これくらい、いいよ。替えのワイシャツは持っているしね」
首を動かして、ワイシャツの染みをチラリと見た斎藤課長は何てことないかのように言い、拾ったストッキングを麻衣子へ手渡す。
「それよりも、君の方は大丈夫だった?」
「は、はい」
「じゃあ、気を付けるんだよ」
外見通りのイケメンっぷりを発揮した斎藤課長は、僅かに微笑むと颯爽と去って行った。
最悪な印象を持たれたと思っていたのに、その翌々日に斎藤課長主催の飲み会へのお誘いを受けるとは思ってもいなかった。
恐れ多いと一度は断ったのに、斎藤課長本人に「参加して欲しい」と誘われてしまえば、前方不注意でぶつかってワイシャツを汚した負い目もあり飲み会に参加することを了承してしまったのは、運命の分かれ道だったのかもしれない。
飲み会では、男性陣へのアピールではなく目立たないことを第一に考えて隅の席に座り、ほとんど会話には参加しないで注文や食事の取り分け係に徹していた。
飲み会がお開きとなったら、駅前のラーメン屋で一人豚骨ラーメンを食べて帰ろうと思っていたのに、どうしてホテルのベッドで寝ていたのか。
(なんでこんなことになったんだろう……)
どうにかしてホテルへ行った経緯を思い出そうとしても、飲み会の途中からの記憶はごっそりと抜け落ちていた。
自宅へ戻った麻衣子は、週休休みの二日間をカーテンを閉め切った部屋で頭から毛布をかぶって過ごした。
いつか警察が訪ねて来るのではないかという不安から、少しの物音にも怯え食事は喉を通らずほとんど眠ることも出来ない。
テレビニュースやネットニュースが気にはなっても、怖くて見ることは出来ずに部屋に閉じ籠り、いつか罪悪感でと恐怖で狂ってしまうかもしれないと、震えていた。
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