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54.戦争【アルフレート】
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アルフレートは騎士の気配を感じて目を覚ました。夜明け前の暗闇の中、視界に映るのは見慣れたテントの幕だけだ。このテントで寝起きするようになってだいぶ時が経ったが、やはり自分の魔力で守られていない環境で眠るのは未だに苦痛だ。
しかし、ここはバルバード帝国軍と対峙する戦場だ。今の戦況では魔力を個人的な理由で使用することは憚られる。
「公爵様、お目覚めですか?」
「ああ、すぐに出る」
テントの外から騎士の声がかかる。この環境でもアルフレートは六属性持ちの魔法使いとして、かなり優遇されている。一人用のテントを与えられているのは、アルフレートを含め十数人しかいない。そう考えると、文句など言えるわけもない。
睡眠で身体が休まった感覚はないが、魔力さえ回復すれば十分だ。
「公爵様、おはようございます」
「おはよう」
アルフレートが身支度をしてテントから顔を出すと、周囲にピリリとした緊張が走る。テント前で護衛をしていた騎士でさえ、アルフレートと目が合うと恐怖で顔を歪めた。最近では当たり前の状況だが、どうしても慣れない。
「食事をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
アルフレートはわざとゆっくりとした動作でスープを受け取った。アルフレートが右手を素早く動かすと、魔法を使うときの印象と重なり怯える者がいるからだ。やはり、味方であっても強すぎる力は忌避の対象だ。
この戦場がぎりぎり保たれているのは、六属性持ちというありえない力を持つアルフレートのお陰であり罪でもある。アルフレートがいなければ国は無くなっていただろうが、ここまで人が死なずに終戦をむかえていただろう。
『アルが怪我をしていませんように……』
スープを無理やり口の中に流し込んでいると、遠く離れたオキシドラス王国からクラウディアの祈りが届く。今日はいつもより早く目覚めたらしい。
まだ、自分のことを忘れずに居てくれている。そのことがアルフレートを支えてくれていた。
早くドラード王国を平和な国に戻して、クラウディアを迎えに行きたい。アルフレートが必死で生き抜く唯一の理由だ。
『バルバード帝国側にいた聖女たちは排除した。敵兵の中に聖女はもういない』
少し前にそんな報告が軍事会議の中で伝えられた。フロレンツの命令で帝国内に潜伏している密偵から入った情報のようだ。
聖女の研究所や研究員については数年前に見つけ解決していたが、作り出された聖女は厳重に隠されていて手が出せなかった。カタリーナの失敗があるからだろう。戦争に入り聖女が公に姿を表す機会が増え、やっと接触がはかれたようだ。説得に応じた者はオキシドラス王国の密偵に預け、すでに帝国の外に出している。
そのおかげで不死身のように蘇っていた帝国兵も勢いが削がれている。
帝国には元々魔法使いと呼べる者が少ない。騎士団もフロレンツの指示の下、戦争が始まるまでの数年間で強化されている。聖女がいなくなった今、帝国軍との力の差は大きい。敵の撤退は近いというのが騎士団の上層部の見立てだ。
ドン ドカン
アルフレートがパンを食べていると、突然の爆音と共に明けかけた空に火花が散った。この戦争の中でも聞いたことのない規模の爆発だ。
「敵襲です!」
アルフレートは誰かが叫ぶ声を聞きながら、爆音がした方に走り出す。この規模では前線にいる者に被害が出ているのは確実だ。アルフレートが休んている時間に起きたことが悔やまれる。いや、その時を狙っていたのかもしれない。
『敵が弱ってきた時が一番危ない。今一度、気を引き締めろ』
数日前の会議での、騎士団長の言葉が頭をよぎる。
アルフレートは燃え盛る炎を水魔法で消しながら前線に向かう。爆発を受けて蹲る味方の中に見慣れた姿を見つけた。一瞬血の気が引きかけたが、魔法を使っているのが見えて少し落ち着く。視線の先で横たわるディータは、動けないながらも必死で戦っているようだ。
すぐに加勢に行きたいが、混乱する戦場ではなかなか先に進めない。そうしている間に、ディータの頭上に新たな火の玉が飛んでくる。どう考えても、防げそうにない。
「ディータ!」
「アル……フレート……さま?」
アルフレートは魔法で足を強化して走り、無我夢中でディータに覆いかぶさった。アルフレートがギーゼラに弟子入りしなければ、ディータが戦争に来ることはなかった。この状況はアルフレートにも責任がある。
絶対に死なせるわけにはいかない。
アルフレートは魔法で防ごうと火の玉を睨みつけたが間に合いそうにない。目の前に迫るそれはそのまま受けるしかなさそうだ。
覆いかぶさるのではなく、二人とも助かる方法は他にいくらでもあった。焦ったアルフレートのせいだ。なんとかディータだけでも助かることを祈るしかない。
「クラウディア、ごめん。迎えに行けないかもしれない……」
アルフレートの贖罪の言葉は、降り注ぐ炎の轟音にかき消された。
しかし、ここはバルバード帝国軍と対峙する戦場だ。今の戦況では魔力を個人的な理由で使用することは憚られる。
「公爵様、お目覚めですか?」
「ああ、すぐに出る」
テントの外から騎士の声がかかる。この環境でもアルフレートは六属性持ちの魔法使いとして、かなり優遇されている。一人用のテントを与えられているのは、アルフレートを含め十数人しかいない。そう考えると、文句など言えるわけもない。
睡眠で身体が休まった感覚はないが、魔力さえ回復すれば十分だ。
「公爵様、おはようございます」
「おはよう」
アルフレートが身支度をしてテントから顔を出すと、周囲にピリリとした緊張が走る。テント前で護衛をしていた騎士でさえ、アルフレートと目が合うと恐怖で顔を歪めた。最近では当たり前の状況だが、どうしても慣れない。
「食事をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
アルフレートはわざとゆっくりとした動作でスープを受け取った。アルフレートが右手を素早く動かすと、魔法を使うときの印象と重なり怯える者がいるからだ。やはり、味方であっても強すぎる力は忌避の対象だ。
この戦場がぎりぎり保たれているのは、六属性持ちというありえない力を持つアルフレートのお陰であり罪でもある。アルフレートがいなければ国は無くなっていただろうが、ここまで人が死なずに終戦をむかえていただろう。
『アルが怪我をしていませんように……』
スープを無理やり口の中に流し込んでいると、遠く離れたオキシドラス王国からクラウディアの祈りが届く。今日はいつもより早く目覚めたらしい。
まだ、自分のことを忘れずに居てくれている。そのことがアルフレートを支えてくれていた。
早くドラード王国を平和な国に戻して、クラウディアを迎えに行きたい。アルフレートが必死で生き抜く唯一の理由だ。
『バルバード帝国側にいた聖女たちは排除した。敵兵の中に聖女はもういない』
少し前にそんな報告が軍事会議の中で伝えられた。フロレンツの命令で帝国内に潜伏している密偵から入った情報のようだ。
聖女の研究所や研究員については数年前に見つけ解決していたが、作り出された聖女は厳重に隠されていて手が出せなかった。カタリーナの失敗があるからだろう。戦争に入り聖女が公に姿を表す機会が増え、やっと接触がはかれたようだ。説得に応じた者はオキシドラス王国の密偵に預け、すでに帝国の外に出している。
そのおかげで不死身のように蘇っていた帝国兵も勢いが削がれている。
帝国には元々魔法使いと呼べる者が少ない。騎士団もフロレンツの指示の下、戦争が始まるまでの数年間で強化されている。聖女がいなくなった今、帝国軍との力の差は大きい。敵の撤退は近いというのが騎士団の上層部の見立てだ。
ドン ドカン
アルフレートがパンを食べていると、突然の爆音と共に明けかけた空に火花が散った。この戦争の中でも聞いたことのない規模の爆発だ。
「敵襲です!」
アルフレートは誰かが叫ぶ声を聞きながら、爆音がした方に走り出す。この規模では前線にいる者に被害が出ているのは確実だ。アルフレートが休んている時間に起きたことが悔やまれる。いや、その時を狙っていたのかもしれない。
『敵が弱ってきた時が一番危ない。今一度、気を引き締めろ』
数日前の会議での、騎士団長の言葉が頭をよぎる。
アルフレートは燃え盛る炎を水魔法で消しながら前線に向かう。爆発を受けて蹲る味方の中に見慣れた姿を見つけた。一瞬血の気が引きかけたが、魔法を使っているのが見えて少し落ち着く。視線の先で横たわるディータは、動けないながらも必死で戦っているようだ。
すぐに加勢に行きたいが、混乱する戦場ではなかなか先に進めない。そうしている間に、ディータの頭上に新たな火の玉が飛んでくる。どう考えても、防げそうにない。
「ディータ!」
「アル……フレート……さま?」
アルフレートは魔法で足を強化して走り、無我夢中でディータに覆いかぶさった。アルフレートがギーゼラに弟子入りしなければ、ディータが戦争に来ることはなかった。この状況はアルフレートにも責任がある。
絶対に死なせるわけにはいかない。
アルフレートは魔法で防ごうと火の玉を睨みつけたが間に合いそうにない。目の前に迫るそれはそのまま受けるしかなさそうだ。
覆いかぶさるのではなく、二人とも助かる方法は他にいくらでもあった。焦ったアルフレートのせいだ。なんとかディータだけでも助かることを祈るしかない。
「クラウディア、ごめん。迎えに行けないかもしれない……」
アルフレートの贖罪の言葉は、降り注ぐ炎の轟音にかき消された。
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