【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する

五色ひわ

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終章 王子様の決断

17.首謀者

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 ディランはエミリーとともに10日ほどをボードゥアンの屋敷で過ごした。安全のため学院に通えていないエミリーの勉強をみたり、ボードゥアンと魔道士団の今後について話し合ったり充実した日々だったと思う。

 ディランはこのまま事件解決までは、のんびり過ごすつもりでいた。しかし、そう思い通りにはいかず、チャーリーに呼び出されて、今はアングレカム伯爵領にある立派な邸宅の門の前に来ている。

 ディランたちが指輪に導かれて調べたアジトの人間は、サギソウ伯爵というチャーリーが怪しいと睨んでいた家の一つが雇っていた。サギソウ伯爵はあっさりと捕まったが、アングレカム伯爵の指示だったと自供したらしい。サギソウ伯爵は仲間を道連れにすることを選んだようだ。

「七日前、チャーリー殿下の命令書を持って、私がアングレカム伯爵に会いに行きました。しかし、伯爵は立てこもりまして、魅了状態になる者も出たので一旦引いたのです」

 ハリソンが、現場に着いたばかりのディランに状況を説明してくれている。

 アングレカム伯爵領といえば、『誘惑の秘宝』を作っていた『隠れ里』があった場所だ。やはり、伯爵自身も『誘惑の秘宝』に関わっていたようだ。

「他の人間は素直に捕まったからと説得しましたが応じず、このように屋敷を囲んで膠着状態となっています」

 ハリソンが申し訳無さそうにする横で、怪しげな仮面をつけた男が横柄な態度をとっている。魔道士のフードまで被っていて顔が全く見えないのに、態度だけでチャーリーだと分かるのだからすごい。

 暑苦しい姿をさせている原因は、もちろんディランにある。治りが遅い気がするが、ディランの魔力のせいでないことを願う。

「それで、僕は何をすればいいんですか?」

「そうだな。まずは軍の指揮者という立ち位置を演じてもらう。あとは、臨機応変になんとかしろ」

「はい。分かりました」

 ディランは適当な指示に呆れながら返事をする。

 相対する伯爵の身分から軍を動かすためには、それ相応の人物を指揮官に立てる必要がある。姿を見せられないチャーリーの代わりに、ディランが呼ばれたわけだ。 

 ディランは仮設のテントの中で軍人らしい服装に着替える。指揮官らしい立派な装飾がされている特別製だが、ディランにピッタリに作られていた。使う日が来るかも分からないのに、ディランのために誂えてあったのだろう。

「この軍はディラン・シクノチェスが率いている。抵抗は王家への反逆とみなす。100数えるうちに投降しろ!」

 ディランの横でチャーリーが叫ぶ。いつもならトーマス辺りにやらせるのに珍しい。王族を呼び捨てにする部下などいないから、チャーリーもいることを暗に示しているのかもしれない。

 数人の騎士が数字を叫んでいる間に、戦闘の準備に入る。

「トーマスは?」

「魅了状態にされそうな人間は、隣の領地に待機させています。敵に回ると面倒ですからね」

 ハリソンは剣を抜かずに、騎士から木刀を受け取っている。 

「木刀?」

「内部に入った人間の話だと、屋敷の中には魅了状態になった農民も多くいるようなのです。襲ってきたとしても殺すわけにはいかないので、相手の武器によってはこちらを使います。ディラン殿下もお使いになりますか?」

「僕はいいや」

 ディランには、自分を殺そうとする人間を木刀一つで制圧する実力はない。ハリソンもトーマスほどではないが剣の腕は良いのだ。

「3、2、1……」

「突入!」

 チャーリーの声で門が破壊される。崩壊した門の先にいたのは、農具を持った男たちだった。

 ディランは防具すらつけないで向かってくる相手を次々と魔法で気絶させていく。魅了状態になっているので、相手は仲間がバタバタと倒れていっても恐怖心を感じる様子もない。

 気がつくとアングレカム伯爵家の前庭は、気絶した農民だらけになっていた。こちらの軍勢には怪我をした者はいない。

 チャーリーの部隊は、魅了状態にされない者だけを集めたので少数だが、実力差は明らかだった。 

 ディランの役目は、本当に指揮官のふりをするだけになりそうだ。あっという間に前庭を制圧した部隊は、数組に分かれて屋敷の中に突入していく。

 ディランは怪しげな格好をしたチャーリーと共にその様子を庭で傍観していた。狭い屋敷内は連携が重要なので隊員ではないディランは参加しない。農民たちの拘束や輸送の手伝いをしたかったが、今日は一応指揮官なので手伝うなとチャーリーに言われてしまった。

 チャーリーは、次々に入ってくる報告を受けて、テキパキと指示を出している。その姿は美しい顔が見えていなくても凛々しい。これが国を統べる者の貫禄だろう。

 アングレカム伯爵たちは勘違いしているようだったが、ディランを代わりに据える隙などどこにもない。

「私は何も知らない! あの女に魅了状態にされてただけだ!」

 しばらくして、ハリソンと共に拘束された男が出てきた。数回しか会ったことがないが、アングレカム伯爵で間違いないだろう。ディランはチャーリーと共にハリソンのもとへ向かう。

「本当だ、信じてくれ!」

「往生際が悪いぞ」

「ヒィッ、チャーリー殿下!」

 伯爵は、怪しげな風貌なのにチャーリーだとすぐに気がついて怯えた顔をする。隣にいるディランの存在には気づいた様子もない。これでディラン派筆頭だというのだから笑ってしまう。

(兄上が声をかけただけで怯える男に、何ができたって言うんだろう)

 チャーリーがエミリーを使ってまで強引な捜査をしなくても、自滅した可能性が高いように思う。自滅しなくても、ディランが王籍を離れる半年後までに問題を起こしたかは分からない。何か起きたとしても、その後に制圧したほうが楽に対処できたはずだ。

(兄上は何を焦っていたんだろう) 

 黙っているだけで視界から消えていく相手を叩くなんて、チャーリーらしくない行動だ。


 その後、アングレカム伯爵の愛人らしき女も拘束され、『誘惑の秘宝』も無事に発見された。事件にこれ以上の裏がある気配はない。

 農民の魅了状態を解いたり、『誘惑の秘宝』が他に譲渡されていないか調べる必要はあるが、ハリソンを中心に問題なく行われることだろう。

 こうして、ディランに大きな疑問を残しつつ、立てこもり事件はあっさりと解決した。
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