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それぞれの画策
44.言えなくて【フェルディナン】
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フェルディナンは花火の音だけが響く丘の上で、ジョゼフィーヌの存在を確かめるように何度も口づけた。ジョゼフィーヌは、激しい口づけに息ができないのか苦しそうで、花火が終盤を迎え一段と大きな音をあげていても反応すらしなかった。ジョゼフィーヌがフェルディナンだけを感じている。その感覚がフェルディナンをさらに熱くさせていく。
「ん、マルク……息が……」
(マルク?)
ジョゼフィーヌが口づけの合間に洩らした言葉で、フェルディナンは冷水を頭から被ったかのように現実に引き戻された。ぎこちなく応えていた唇も苦しそうな息遣いも『フェルディナン』が受け取っていいものではない。
(マルクか……)
フェルディナンは残酷な現実を突きつけられて、ジョゼフィーヌの身体をゆっくりと引き離した。ジョゼフィーヌの頼りなく見上げてくるチョコレート色の瞳も、今は醜い嫉妬を煽るだけだ。
「……話さなきゃいけないことがあるんだ」
フェルディナンが絞り出した言葉は、思っていた以上に小さく情けないものだった。それでも、伝えなくてはいけないことがある。フェルディナンがジョゼフィーヌを真っ直ぐ見つめると、ジョゼフィーヌがビクッと肩を強ばらせた。
「ジョゼ……」
「待って! マルク。言わないで!」
フェルディナンの声を打ち消すように、ジョゼフィーヌが大きな声を出す。ジョゼフィーヌの必死な表情に、フェルディナンは出鼻を挫かれて目を丸くした。
「ごめんなさい、マルク。私、あなたの友人だって言う言葉に甘えて、ずっと黙っていたことがあるの」
「いや、俺もそのことで……」
「お願い、何も言わないで! もうすぐ解決するの。もうすぐ、縛られているものから自由になれるの。だから、もう少しだけ……」
「じ、自由?」
「うん。だから、もう少しだけ待って。お願い!」
「……」
『縛られているものから自由になれる』
何から?
誰から?
聞かなくても分かる。ジョゼフィーヌは、フェルディナンから自由になれると必死で訴えているのだ。普通の男女ならば、口づけの後に続くであろう言葉を受け入れるため、望まぬ婚約から自由になる日を待ってほしいと……
(そうだよな。分かっていたことだ)
もう、ジョゼフィーヌの中に『フェルディナン』の居場所は残されていない。その事をはっきりと突きつけられて、フェルディナンは目の前が真っ暗になった。
これ以上『マルク』に寄り添うジョゼフィーヌのそばにいては、何をしてしまうか分からない。フェルディナンはポキリと折れた心をなんとかつなぎ合わせて、笑顔を貼り付けた。
「悪い、セリーヌ。今日中に片付けなくてはいけない仕事を思い出した。アンリに送ってもらえ。まっすぐ屋敷に帰れよ」
「え? アンリさん? どこにいるの?」
「アンリ!」
フェルディナンは真っ暗な闇に向かって叫ぶ。驚くジョゼフィーヌを置き去りにして説明もせずに歩き出した。
フェルディナンは護衛が乗ってきた馬を一頭、引ったくるように奪って飛び乗る。不自然に引き攣った笑みを浮かべるアンリが、フェルディナンの乗った馬の近くを通り過ぎていくのを視界の端に見送った。
「や、やぁ。偶然だね。それじゃあ、一緒に帰ろうか」
「は、はい。お願いします」
アンリの場違いに明るい声が丘の上に響く中、フェルディナンは振り返りもせずに馬を走らせた。
先程まで輝いて見えた王都の街が遠く感じる。
(どうすれば、ジョゼフィーヌを王家に縛り付けられるだろう)
明るい祭りの音が近づいてきても、フェルディナンが考えるのは、その一点だけだった。フェルディナンにジョゼフィーヌを手放す選択などできない。こうなった以上、手段は選んでいられない。
婚約は、フェルディナンとジョゼフィーヌの調印により成立したが、王家と侯爵家が交わしたものだ。婚約の継続の決定権は皇帝と侯爵にある。
ジョゼフィーヌの手の中にあるフェルディナンの不義の証拠があれば、王家に恩が売れると侯爵なら積極的に破棄へと動くだろう。証拠の中のフェルディナンが恋人に熱を上げていることは誰が読んでも明らかだ。今更フェルディナンが何を言っても、ジョゼフィーヌが婚約を取りやめたいといえば、皇帝も拒否しない。
そうなると、もう……
フェルディナンは目眩を起こしそうになって、手綱をギュッと握り直した。
(まだ、何か手はあるはずだ)
底のない沼に落ちそうになった心をどうにか引き上げる。全ては証拠を持ったジョゼフィーヌの動き次第。誠実なジョゼフィーヌなら、侯爵や皇帝より先にフェルディナンのもとにやってくるはずだ。
(その時が最後のチャンスだな)
もう一度、目の前で拒絶される痛みは進んで受け入れよう。ジョゼフィーヌを失うことに比べれば大したことではない。
翌日、フェルディナンの予想通り、ジョゼフィーヌから面会を打診する手紙が送られてきた。フェルディナンは了承の返事を送って、ジョゼフィーヌを罠に嵌める算段をはじめる。
ジョゼフィーヌがどんな行動をとっても、フェルディナンから離れられないよう綿密に大胆に。砂粒程の可能性も取りこぼさないよう、フェルディナンは頭を無駄にフル回転させた。
「ん、マルク……息が……」
(マルク?)
ジョゼフィーヌが口づけの合間に洩らした言葉で、フェルディナンは冷水を頭から被ったかのように現実に引き戻された。ぎこちなく応えていた唇も苦しそうな息遣いも『フェルディナン』が受け取っていいものではない。
(マルクか……)
フェルディナンは残酷な現実を突きつけられて、ジョゼフィーヌの身体をゆっくりと引き離した。ジョゼフィーヌの頼りなく見上げてくるチョコレート色の瞳も、今は醜い嫉妬を煽るだけだ。
「……話さなきゃいけないことがあるんだ」
フェルディナンが絞り出した言葉は、思っていた以上に小さく情けないものだった。それでも、伝えなくてはいけないことがある。フェルディナンがジョゼフィーヌを真っ直ぐ見つめると、ジョゼフィーヌがビクッと肩を強ばらせた。
「ジョゼ……」
「待って! マルク。言わないで!」
フェルディナンの声を打ち消すように、ジョゼフィーヌが大きな声を出す。ジョゼフィーヌの必死な表情に、フェルディナンは出鼻を挫かれて目を丸くした。
「ごめんなさい、マルク。私、あなたの友人だって言う言葉に甘えて、ずっと黙っていたことがあるの」
「いや、俺もそのことで……」
「お願い、何も言わないで! もうすぐ解決するの。もうすぐ、縛られているものから自由になれるの。だから、もう少しだけ……」
「じ、自由?」
「うん。だから、もう少しだけ待って。お願い!」
「……」
『縛られているものから自由になれる』
何から?
誰から?
聞かなくても分かる。ジョゼフィーヌは、フェルディナンから自由になれると必死で訴えているのだ。普通の男女ならば、口づけの後に続くであろう言葉を受け入れるため、望まぬ婚約から自由になる日を待ってほしいと……
(そうだよな。分かっていたことだ)
もう、ジョゼフィーヌの中に『フェルディナン』の居場所は残されていない。その事をはっきりと突きつけられて、フェルディナンは目の前が真っ暗になった。
これ以上『マルク』に寄り添うジョゼフィーヌのそばにいては、何をしてしまうか分からない。フェルディナンはポキリと折れた心をなんとかつなぎ合わせて、笑顔を貼り付けた。
「悪い、セリーヌ。今日中に片付けなくてはいけない仕事を思い出した。アンリに送ってもらえ。まっすぐ屋敷に帰れよ」
「え? アンリさん? どこにいるの?」
「アンリ!」
フェルディナンは真っ暗な闇に向かって叫ぶ。驚くジョゼフィーヌを置き去りにして説明もせずに歩き出した。
フェルディナンは護衛が乗ってきた馬を一頭、引ったくるように奪って飛び乗る。不自然に引き攣った笑みを浮かべるアンリが、フェルディナンの乗った馬の近くを通り過ぎていくのを視界の端に見送った。
「や、やぁ。偶然だね。それじゃあ、一緒に帰ろうか」
「は、はい。お願いします」
アンリの場違いに明るい声が丘の上に響く中、フェルディナンは振り返りもせずに馬を走らせた。
先程まで輝いて見えた王都の街が遠く感じる。
(どうすれば、ジョゼフィーヌを王家に縛り付けられるだろう)
明るい祭りの音が近づいてきても、フェルディナンが考えるのは、その一点だけだった。フェルディナンにジョゼフィーヌを手放す選択などできない。こうなった以上、手段は選んでいられない。
婚約は、フェルディナンとジョゼフィーヌの調印により成立したが、王家と侯爵家が交わしたものだ。婚約の継続の決定権は皇帝と侯爵にある。
ジョゼフィーヌの手の中にあるフェルディナンの不義の証拠があれば、王家に恩が売れると侯爵なら積極的に破棄へと動くだろう。証拠の中のフェルディナンが恋人に熱を上げていることは誰が読んでも明らかだ。今更フェルディナンが何を言っても、ジョゼフィーヌが婚約を取りやめたいといえば、皇帝も拒否しない。
そうなると、もう……
フェルディナンは目眩を起こしそうになって、手綱をギュッと握り直した。
(まだ、何か手はあるはずだ)
底のない沼に落ちそうになった心をどうにか引き上げる。全ては証拠を持ったジョゼフィーヌの動き次第。誠実なジョゼフィーヌなら、侯爵や皇帝より先にフェルディナンのもとにやってくるはずだ。
(その時が最後のチャンスだな)
もう一度、目の前で拒絶される痛みは進んで受け入れよう。ジョゼフィーヌを失うことに比べれば大したことではない。
翌日、フェルディナンの予想通り、ジョゼフィーヌから面会を打診する手紙が送られてきた。フェルディナンは了承の返事を送って、ジョゼフィーヌを罠に嵌める算段をはじめる。
ジョゼフィーヌがどんな行動をとっても、フェルディナンから離れられないよう綿密に大胆に。砂粒程の可能性も取りこぼさないよう、フェルディナンは頭を無駄にフル回転させた。
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