46 / 63
それぞれの画策
45.3日後
しおりを挟む
収穫祭の数日後、ジョゼフィーヌはヤマイモ亭で働いていた。混み合う時間帯が過ぎた頃にマルクがお店にやってくる。収穫祭で変な別れ方をして以来なので、ジョゼフィーヌはなんとなく気まずく思いながら、メニュー表を持って近づいた。
「いらっしゃい」
「ああ、この前は突然帰って悪かったな」
マルクが申し訳なさそうに謝るので、ジョゼフィーヌはホッとする。収穫祭の日、マルクの言葉を無理やり遮ったので、怒って帰ったのではないかと不安だったのだ。
『話さなきゃいけないことがあるんだ』
口づけの後に真剣な表情で話す言葉など一つしかない。それが分かって嬉しく感じても、今のジョゼフィーヌには、それを聞く権利はない。ケジメをつけてから、なんの憂いもなくマルクの話を聞きたかった。
穏やかな雰囲気を壊したくなくて、頭に浮かんだ謝罪の言葉は心の中で呟いた。
「気にしないで、仕事大丈夫?」
「ああ、問題ない」
ジョゼフィーヌがにっこり笑ってみせると、マルクもホッとした顔をする。お互いに不安になっていたかと思うとなんだか可笑しかった。
「煮麺を一つ頼む」
「それだけでいいの?」
「ああ」
マルクは、いつもガッツリとした定食を頼むのに煮麺だけとは心配になる。
ジョゼフィーヌは厨房に注文を通すとマルクを盗み見た。白粉で隠しているようだが、よく見るとマルクの目の下には隈ができていて顔色も悪い。痩せて……は、いないようだが雰囲気も暗い気がする。
(仕事、上手くいってないのかしら)
ジョゼフィーヌはマルクに頼ってばっかりだ。何か悩み事があるなら、今度はジョゼフィーヌが相談に乗りたい。だだ、仕事のこととなると話を聞くくらいしかできないが……
ジョゼフィーヌは、マルクが煮麺を食べ終えたのを確認して、おかわりのお茶を持っていく。
「マルク、仕事大変なの? ちゃんと休めてる?」
「そんなに俺が心配か?」
なんだか、マルクが虚ろな目でジョゼフィーヌを見上げてくる。その表情はジョゼフィーヌに心配されることを心底嫌がっているようにしか見えない。
「心配するのは当たり前でしょ。どうして、そんなこと聞くの?」
ジョゼフィーヌはマルクの気持ちを確かめたくて聞いてみたが、冷静に判断したいのに我慢しきれず視界がじんわりと潤む。マルクに拒絶されたら一人ぼっちになってしまう。そんな身勝手な不安が全身を支配していた。
「悪い。ちょっと、うまくいってない案件があってだな……」
マルクは焦ったように言って、ジョゼフィーヌの手を優しく撫でる。その手に勇気づけられて、マルクの瞳をもう一度見つめると、いつものジョゼフィーヌの好きな萌木色の温かい瞳に戻っていた。
「ごめんね。逆に心配かけちゃった」
「気にするな……せっかくだから、一つ頼んでもいいか?」
「何? 私にできることあるの?」
ジョゼフィーヌは嬉しくなってマルクを見つめる。マルクはジョゼフィーヌの手を両手で包むように握って見上げてきた。
「セリーヌにしかできないことだ……」
マルクの瞳は真剣そのもので、ジョゼフィーヌは『頼みごと』が嬉しくて緩んだ頬を引き締めた。
「実は3日後にある人と会うことになっている。俺の人生を決めるような、大切な契約を結ぶつもりだ……セリーヌ、俺の味方でいてくれるか?」
マルクの話はぼんやりしているが、仕事のことだとしたら外部には漏らせないのだろう。
「もちろん。私は何もして上げられないけど、いつでもマルクの味方よ」
ジョゼフィーヌはマルクを励ますようににっこり笑った。ジョゼフィーヌもマルクの優しい瞳には、いつも勇気を貰っている。誰かに味方でいてもらえる事はとっても大切で幸せなことだ。それをジョゼフィーヌに教えてくれたのは、他でもない目の前にいるマルク本人だ。
「マルクの味方か……そうだよな」
マルクは泣きそうな笑顔を浮かべて呟く。
「実は私も3日後に重要な交渉があるの。一緒に頑張ろう。ね?」
マルクを元気づけたくて言ったことだが、ジョゼフィーヌに交渉があるのは嘘ではない。フェルディナンと話し合うことになっているのは、ちょうど3日後だ。大切な用事が同じ日に重なっただけで、なんだか力が貰えるような気がしてくる。
「そうだな。頑張るよ」
マルクは力なく笑ってお店を出ていった。ジョゼフィーヌはその背中が小さく見えて心配になる。それでもジョゼフィーヌにできたのは、ただマルクの成功を祈ることだけだった。
「いらっしゃい」
「ああ、この前は突然帰って悪かったな」
マルクが申し訳なさそうに謝るので、ジョゼフィーヌはホッとする。収穫祭の日、マルクの言葉を無理やり遮ったので、怒って帰ったのではないかと不安だったのだ。
『話さなきゃいけないことがあるんだ』
口づけの後に真剣な表情で話す言葉など一つしかない。それが分かって嬉しく感じても、今のジョゼフィーヌには、それを聞く権利はない。ケジメをつけてから、なんの憂いもなくマルクの話を聞きたかった。
穏やかな雰囲気を壊したくなくて、頭に浮かんだ謝罪の言葉は心の中で呟いた。
「気にしないで、仕事大丈夫?」
「ああ、問題ない」
ジョゼフィーヌがにっこり笑ってみせると、マルクもホッとした顔をする。お互いに不安になっていたかと思うとなんだか可笑しかった。
「煮麺を一つ頼む」
「それだけでいいの?」
「ああ」
マルクは、いつもガッツリとした定食を頼むのに煮麺だけとは心配になる。
ジョゼフィーヌは厨房に注文を通すとマルクを盗み見た。白粉で隠しているようだが、よく見るとマルクの目の下には隈ができていて顔色も悪い。痩せて……は、いないようだが雰囲気も暗い気がする。
(仕事、上手くいってないのかしら)
ジョゼフィーヌはマルクに頼ってばっかりだ。何か悩み事があるなら、今度はジョゼフィーヌが相談に乗りたい。だだ、仕事のこととなると話を聞くくらいしかできないが……
ジョゼフィーヌは、マルクが煮麺を食べ終えたのを確認して、おかわりのお茶を持っていく。
「マルク、仕事大変なの? ちゃんと休めてる?」
「そんなに俺が心配か?」
なんだか、マルクが虚ろな目でジョゼフィーヌを見上げてくる。その表情はジョゼフィーヌに心配されることを心底嫌がっているようにしか見えない。
「心配するのは当たり前でしょ。どうして、そんなこと聞くの?」
ジョゼフィーヌはマルクの気持ちを確かめたくて聞いてみたが、冷静に判断したいのに我慢しきれず視界がじんわりと潤む。マルクに拒絶されたら一人ぼっちになってしまう。そんな身勝手な不安が全身を支配していた。
「悪い。ちょっと、うまくいってない案件があってだな……」
マルクは焦ったように言って、ジョゼフィーヌの手を優しく撫でる。その手に勇気づけられて、マルクの瞳をもう一度見つめると、いつものジョゼフィーヌの好きな萌木色の温かい瞳に戻っていた。
「ごめんね。逆に心配かけちゃった」
「気にするな……せっかくだから、一つ頼んでもいいか?」
「何? 私にできることあるの?」
ジョゼフィーヌは嬉しくなってマルクを見つめる。マルクはジョゼフィーヌの手を両手で包むように握って見上げてきた。
「セリーヌにしかできないことだ……」
マルクの瞳は真剣そのもので、ジョゼフィーヌは『頼みごと』が嬉しくて緩んだ頬を引き締めた。
「実は3日後にある人と会うことになっている。俺の人生を決めるような、大切な契約を結ぶつもりだ……セリーヌ、俺の味方でいてくれるか?」
マルクの話はぼんやりしているが、仕事のことだとしたら外部には漏らせないのだろう。
「もちろん。私は何もして上げられないけど、いつでもマルクの味方よ」
ジョゼフィーヌはマルクを励ますようににっこり笑った。ジョゼフィーヌもマルクの優しい瞳には、いつも勇気を貰っている。誰かに味方でいてもらえる事はとっても大切で幸せなことだ。それをジョゼフィーヌに教えてくれたのは、他でもない目の前にいるマルク本人だ。
「マルクの味方か……そうだよな」
マルクは泣きそうな笑顔を浮かべて呟く。
「実は私も3日後に重要な交渉があるの。一緒に頑張ろう。ね?」
マルクを元気づけたくて言ったことだが、ジョゼフィーヌに交渉があるのは嘘ではない。フェルディナンと話し合うことになっているのは、ちょうど3日後だ。大切な用事が同じ日に重なっただけで、なんだか力が貰えるような気がしてくる。
「そうだな。頑張るよ」
マルクは力なく笑ってお店を出ていった。ジョゼフィーヌはその背中が小さく見えて心配になる。それでもジョゼフィーヌにできたのは、ただマルクの成功を祈ることだけだった。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】イアンとオリエの恋 ずっと貴方が好きでした。
たろ
恋愛
この話は
【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。
イアンとオリエの恋の話の続きです。
【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。
二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。
悩みながらもまた二人は………
ある公爵令嬢の死に様
鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。
まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。
だが、彼女は言った。
「私は、死にたくないの。
──悪いけど、付き合ってもらうわよ」
かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。
生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら
自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。
【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~
吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。
ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。
幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。
仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。
精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。
ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。
侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。
当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!?
本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。
+番外編があります。
11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。
11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
夢でも良いから理想の王子様に会いたかったんです
さこの
恋愛
あれ?ここは?
な、なんだか見覚えのある場所なんだけど……
でもどうして?
これってよくある?転生ってやつ??
いや夢か??そもそも転生ってよくあることなの?
あ~ハイハイ転生ね。ってだったらラッキーかも?
だってここは!ここは!!
何処????
私死んじゃったの?
前世ではこのかた某アイドルグループの推しのことを王子様なんて呼んでいた
リアル王子様いるなら、まじ会いたい。ご尊顔遠くからでも構わないので一度いいから見てみたい!
ーーーーーーーーーーーーーーーー
前世の王子様?とリアル王子様に憧れる中身はアラサーの愛され令嬢のお話です。
中身アラサーの脳内独り言が多くなります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる