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第二章
半分あやかし 半分人間②
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その日、獏はいつものように人間の世界に夢を集めに来ていた。夏の匂いが強くなりはじめた七月のことである。夏は燃えるように暑いこの町も、夜になれば海風のおかげで、いくらか涼しくなる。
月の綺麗な夜だった。だが、今夜はどうにも質の良い夢が見つからない。明け方まで粘ってみたが、結局売り物になりそうな夢は見つからなかった。
粗悪な夢を採集するわけにもいかず、仕方なく西都に戻ろうとしていた朝のことだ。
黒い猫が道路を渡りかけているのが見えた。そのすぐ近くを、車高の高い車が通ろうとしている。猫は車の音に驚いたのか、道路の真ん中でぴたりとその足を止めた。
まったく、危ないやつだ。
獏が思わず猫を助けるために手を差し伸べそうになった時である。真っ白い半袖のシャツを着た少女がぱっと腕を伸ばし、猫を懐に抱き入れた。少女は軽い身のこなしで猫を抱えると、体を丸めて道路のわきにしゃがみこむ。
危ないことをする人間だ、と獏は苦い顔をした。
「あぁ怖かった。もう飛び出そうとしないようにね」
少女が話しかけると、猫はするりと腕の中抜けだした。まったく、それはおまえにいいたい言葉だ、などと獏は思いながら、ひとまず大きな怪我がないことに胸をなでおろした。
少女が立ち上がって歩いていくのを見届けると、獏は自分も帰路につく。なんだかどっと疲れが押し寄せてきた。竜王山の抜け、保守の森に戻ったところで、今しがた見た光景を思い起こしす。
「そういえばあの猫、車が来ることが初めから見えていたように見えたな……」
などと、独り言をこぼす。あの黒猫は、車が来ているのに気が付いてわざと飛び出した。どうやら獏の目にはそう映ったようである。
月の綺麗な夜だった。だが、今夜はどうにも質の良い夢が見つからない。明け方まで粘ってみたが、結局売り物になりそうな夢は見つからなかった。
粗悪な夢を採集するわけにもいかず、仕方なく西都に戻ろうとしていた朝のことだ。
黒い猫が道路を渡りかけているのが見えた。そのすぐ近くを、車高の高い車が通ろうとしている。猫は車の音に驚いたのか、道路の真ん中でぴたりとその足を止めた。
まったく、危ないやつだ。
獏が思わず猫を助けるために手を差し伸べそうになった時である。真っ白い半袖のシャツを着た少女がぱっと腕を伸ばし、猫を懐に抱き入れた。少女は軽い身のこなしで猫を抱えると、体を丸めて道路のわきにしゃがみこむ。
危ないことをする人間だ、と獏は苦い顔をした。
「あぁ怖かった。もう飛び出そうとしないようにね」
少女が話しかけると、猫はするりと腕の中抜けだした。まったく、それはおまえにいいたい言葉だ、などと獏は思いながら、ひとまず大きな怪我がないことに胸をなでおろした。
少女が立ち上がって歩いていくのを見届けると、獏は自分も帰路につく。なんだかどっと疲れが押し寄せてきた。竜王山の抜け、保守の森に戻ったところで、今しがた見た光景を思い起こしす。
「そういえばあの猫、車が来ることが初めから見えていたように見えたな……」
などと、独り言をこぼす。あの黒猫は、車が来ているのに気が付いてわざと飛び出した。どうやら獏の目にはそう映ったようである。
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