君にことほぎ 猫にゆめ

安芸月

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第二章

半分あやかし 半分人間⑦

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「優李」

 聞きなれない声に呼ばれて、優李ははっと飛び起きた。目に映る見慣れない景色に、ここはどこであろうかと、昨晩の出来事を順を追って思い出す。自宅の自分の部屋ではない、見慣れない和室。ここは那沙という獏のあやかしの家だと頭が現状に追い付いてきた。

「優李、目が覚めたか、朝餉あさげの用意ができている、降りてこい」
「那沙さん……でしたよね?」
「大丈夫か? 少し記憶が混濁しているかもしれないな。ここはあやかしの国だ」
「いえ、大丈夫です。きちんと思い出しました。私は昨日、あなた助けてもらった半妖です」

 優李が真面目な顔でそんなことをいうものだから、那沙はわずかに口元を緩めた。

「支度が済んだら降りて来い」

 そういうと那沙は下の階に降りていく。部屋から出ると、階段からご飯や野菜を炊いたような良い香りが立ち上ってきていた。優李は身だしなみを整えると、とんとんと階段を下りる。

 一階にある居間には小さな丸いちゃぶ台が置いてあり、その上に二人分の朝食が用意してあった。野菜の汁物、白いご飯、大根と人参の漬物。それから綺麗に皮を剥かれたりんごまで置かれている。とても美味しそうな朝食だと思った。

「美味しそうですね」
「悪いな、私は肉類を好まないから食事にはあまり取り入れていない。おまえは猫だから肉を食べるのだろうか? 生憎この家には肉類は置いていない、どうしても欲しければ買ってこい、早い店ならばもう開いている」
「いいえ、とんでもない! 十分すぎるほど贅沢な食事です」

 そう優李が答えると、那沙は両の掌を合わせて、いただきます、と呟いた。こういう習慣は人の世と同じらしい。優李も那沙に倣っていただいます、というと、汁物をすすった。
 そういえば、昨日の夜から何も食べていない。空っぽの腹の中に、朝食はするすると詰め込まれていく。優しい味が、体にしみ込んでいく。

「朝餉が済んだら店を開ける準備を手伝え、その後おまえを返してやろう」

 朝食を終えると、那沙は優李を自宅と扉で繋がっている店の方に案内する。一階にある自宅の玄関とは反対方向に付けられた扉の向こうに、夢を売る店があるようだ。

「店の中に蝶がいるんですね、とっても綺麗……」

 優李は店に入るなり声を上げた。見上げた天井には靄が漂い、一匹の蝶が靄の中をふよふよと宛てもなく飛んでいる。勘定台の奥に、天井まで届くほど高くまで備え付けられた棚には、びっしりと瓶が並び、その中に色とりどりの丸い物が収められていた。香ってくる甘い香りから、飴玉なのだろうと優李は推測する。
 だが、どれもこれもおかしいのだ。優李が知っている飴玉とは様子が違う。飴玉の中には、きらきらと砂のようなものが漂っていたり、水のようなものが入っていたり、花の入っているものや、美味しそうな食べ物が浮かんでいるものもある。中には翼の生えた馬が飛び回っている物まであった。

「これが売り物ですか?」

 目を輝かせる優李に、獏は口の端を持ち上げて笑う。

「私は夢売り、これは夢玉という。中に入っているのは夢だ。人間の夢」
「人間の……? 那沙さんはどうしてそんなものを売っているんですか? そもそも夢を形にできるなんて……」
「那沙でいい。おまえは半妖だから夢を見るのだろうが、本来あやかしというものは夢を見ることがない。だが、夢の世界でしか得られないものもある。うつつとは異なる世界を見るために、あやかしたちはここで一夜の夢を買う。娯楽の一つだ。私は獏、夢を取り出すことができるあやかし、夢を飴の中に込めて、売る」

 獏の説明を、優李は真剣に聞いていた。世の中には知らないことがまだまだたくさんあるものだと目を輝かせる。

「私は表を綺麗にしてくる。おまえはあそこに置いてあるほうきで床を掃いてくれ。棚を見てもいいが、瓶を落として割ったりするなよ、片づけが面倒だ」

 いわれて頷くと、優李は勘定台の内側にある箒を取り出して床を掃き始めた。掃除機の類はない。そういえば、電気を使うようなものが店の中には一切ない。家の方にも見当たらなかった。

 掃きはじめた板の床は、濡れてもいないのに湿ったような色をしており、箒でなでるとぼうっと白い光を放った。掃除をしろといったわりには、まったく汚れているように見えない、埃一つない清潔な床だ。そういえば、と、優李は天井を見上げる。ふよふよと漂う靄の中で、蝶が一羽遊ぶように飛んでいる。

 その上はぼんやりと明りが灯っているように見えるが、どうやら蛍光灯やLEDの類ではない。なんというか……光が生きているように見えた。ゆらゆらと炎のように、淡い光が動いているように見える。

 店内を一通り掃き終わると、今度は棚に目をやった。どの瓶の飴玉も本当に綺麗だ。これが人間の夢などとは、俄かには信じられない。そんなことを思っていると、那沙が帰ってきた。

「よし、これでいい。おまえを送っていこう」
「あの、那沙、あやかしの世界には電気の類がないんですね」

 優李は外から戻ってきた那沙に、尋ねた。すると那沙は会得したような顔になる。

「あやかしの国には、電気というものが存在しない。人の世とあやかしの世との乖離が進んだ原因の一つがそれだ」
「そうなのですか?」
「人間というものは、その寿命の短さのせいだろうか、短い時間で様々な物を生み出した。そのさいたる発見が『電気』と『エンジン』というものだろう。私も詳しくないのであまり話してやることはできない。一方で、あやかしの国では精霊たちとの契約が進んだ。あの天井で輝いている灯りも、精霊の力によるものだ」
「精霊……」

 優李はもう一度天井を見つめる。なんて、優しく、美しい明りだろうか。

「那沙も精霊の力を使うことができるんですね」
「もちろんだ。あやかしたちはおまえたちのように学び、経験を積み、皆精霊と契約をすることができるようになる。だが、扱える力の幅は大きく異なる。私は精々五大精霊の下位精霊と契約ができる程度だ」
「それで十分なのでしょう?」
「もちろん、生活には困らない。火や水、灯り……その程度で十分だ」
「その、私もきちんと訓練すれば使えるようになるのでしょうか?」

 優李は微かな望みを抱き、恐る恐る尋ねてみる。その問いかけに、那沙は首を縦に振った。

「もちろん、使える。だが、人の世で使うことはできない。あちらは精霊との繋がりがとても弱くなってしまった。私も向こうでは精霊の力を使うことはできない」
「なるほど、あやかしの国には、むこうとは色々な違いがあることが少しわかりました」
「似ていることもあれば、違うこともある。さぁ、おまえをもとの世界に帰そう」
「那沙、もしも父が良いといったら、もう一度こちらに来てもいいですか?」

 優李の問いかけに、那沙は少し考えてから答える。

「駄目だといっても来るのだろう」
「はい……」
 
 胸の内を言い当てられ、優李は苦笑いをする。那沙は面倒くさそうにため息をついた。

「おまえが、私のもとを離れないと約束するのなら、少しだけなら預かってやってもいい」
「ありがとうございます!」

 那沙の返答に、優李は顔をほころばせる。嬉しそうな優李を見ると、那沙も嫌な気はしなかった。

 那沙の店がある高級住宅街から碁盤の目の道を歩くと、大通りに出た。商店の立ち並ぶ中央寄りの大きな通りは買い物客で賑わっている。那沙は人混みを避け、商店街を迂回すると、落ち着きのある住宅街の通りを通抜けていった。

 優李はあたりをきょろきょろとしながらも、はぐれないよう那沙のあとについていく。立ち並ぶ家々は、どれも立派な瓦屋根を持つ屋敷造りの平屋で、しっかりとした塀に囲まれた豪邸ばかりだ。そういえば、那沙の店は、この辺りの家とは作りが異なっている。洋館風のレンガ造りの家は、異質なものに感じた。
 優李は少し前を歩く那沙に浮かんだ疑問について尋ねることにする。

「那沙の家はどうして洋館みたいなのでしょう?」
「祖父の趣味だ。もとは他の家と似通った屋敷造りの平屋だったが、祖父が好んで建てかえたといっていた。私ももとの家は見たことがない」
「なるほど、なんだかどの家も立派ですね。あやかしというのは皆裕福なものなのでしょうか?」

 那沙の家が洋館風な理由はわかった。今度は他の家についても質問してみる。西都に建ち並ぶ家がすべて屋敷造りともなれば、あやかしの国は余程豊かなのだろうと優李は思った。だが、そんな優李の考えを那沙は一蹴する。

「そんなわけないだろう。このあたりは治安のいい高級住宅街だ。朱雀南区すざくなんくの一部には大きな貧困街もある。警備にあたる朱雀たちが手を焼いている」
「すざくなんく?」
「このあやかしの世界には、いくつかの国がある。ここは黄泉平坂という国の西都という都だ。朱雀南区というのは、この西都の南側にある区域の名前だ。西都はおまえたちの知る京都の町のように碁盤目に作られている。東西南北、大きく四つの区域に分けられ、それぞれ四神にまつわる一族が治め、警備に当たっているのだ。私の店があるのは白虎西区びゃっこせいく、ここら一帯も同じだ。これから向かうのは西の端に位置する保守の森。白虎一族が管理している」

 流れるように説明してくれる那沙の話しは、優李にとってどれも初めて聞くことばかりだ。聞いたことのある単語はあるが、いまいちピンとこない。

 白虎といえば虎、玄武といえば、亀と蛇、くらいの認識しかない。そんな空想上の生き物だと思っていたものが、このあやかしの国では実際に存在するという。驚くことばかりでいちいち驚いていられないというのが正直なところだろう。京都の地理のついても詳しいわけではないが、碁盤の目を模したつくりをしているというのは知っている。

 白虎西区を通り抜けると、西都の町の端が見えてきた。京都に似ているというこの町を抜けると、今度は開けた場所に出る。優李はその景色を眺めて、なんだか牧草地の景色に似ているな、などと思った。

 西都の町は大正時代の街並みのような作りだったが、この野原はなんだか西洋の絵画のように見える。風に揺れる草木がさわさわと音を立てている。
 保守の森が見えたところで、突然那沙が立ち止まった。少し考え事をするように、眉をひそめている。

「何かありましたか?」
「いや、保守の森にも門番がいるのだがな、今日は私の知らない男が任務に当たっているのだ。おまえのことを聞かれたらどう法螺を吹こうかと考えているのだ」
「法螺を吹かなければ良いのでは?」
「おまえのことを半妖だなどと触れ回るわけにはいかない。黄泉平坂には人間を好まない者もいるが、半妖を好まない者はそれ以上に多いのだ」
「それなら、私のことは、その、金華猫でいいのでは?」

 母が金華猫というあやかしであるなら、自分もそれでよいのでは、そんな優李の考えに、那沙は首を横に振る。
 
「それだけではいけない。おまえからは人間の匂いもする。それに、おまえがあやかしであるなら人界に連れて行く理由も考えなければいけない。少し、口裏を合わせろ」
「わかりました」
「おまえは人界に住んでいる金華だ、親はない。この町には夢を買いに来た、私は道しるべをもたないおまえを人の世まで送っていく」

 那沙の言葉に、優李は頷いた。嘘を吐くのは気が引けるがこの場合は仕方がないと腹をくくる。
 二人は門番のいる鳥居の前まで歩みを進める。優李の心臓は緊張しているせいでドクドクと音を立てた。

「安心しろ、あやかしは恐ろしい存在ではない。門番のことも心配無用だ」
「でも、森には悪いあやかしもいるのでしょう?」
「今は烏天狗の警備もある、その数は減っていると思っていい。そもそも悪さを働くあやかしはほんの一部だ。大部分のあやかしは人を取って食ったりもしない。この世界は一部の貧困街を除いて治安もいい、私はあやかしよりも人間の方が余程恐ろしい。短い生に駆られ、思いもよらぬことをする」

 なるほど、と那沙の言葉を吟味しているうちに、門番のいる場所についた。

「お待ちください。あなたは……」

 若い門番は睨むように那沙を見た、そして、後ろにいる優李に視線を向ける。

「私は夢屋。客を人の世まで案内するところだ」
「夢屋……あの高級夢玉を売っているという夢屋ですか? あなたは獏ですね」
「そうだ、おまえは、若い白虎だな……この任に就くのは初めてか?」
「失礼いたしました。本日から勤務になりましたもので、無礼をお許しください」

 そう、白虎の若者は礼儀正しく頭を下げる。

「私はすぐに戻る、通るぞ」
「はい、そちらのあやかしは?」

 白虎はくんくんと鼻をひくつかせる。どうやら優李の匂いを嗅いでいるようだ。

「こちらは私の客人だ、人の世に住む金華猫だ」
「人の世に、なるほど、それで不思議な香りがするのですね。訓練学校時代に嗅ぎ分けました。人間の匂いに似ています」

 若い白虎は再び礼儀正しく敬礼をして、二人を送り出した。鳥居をくぐりぬけた優李は、ほっと息を吐き出して胸をなでおろす。思わず止めていた息をふぅと吐き出した。

「あぁ、緊張しました」
「あれしきのことでなんだ。おまえは海希よりもいくらか肝が小さいようだな」

 那沙はそういって笑った。

「あれしきのことじゃありませんよ。こんなに緊張したのは入試以来です」
「試験のことか?」
「はい、そういえば、あやかしの世界にも学校はありますか? 那沙も通っていましたか?」

 緊張が解けたはずみで、優李はいくらか雄弁になった。優李の問いかけに那沙は肯定の意を示す。

「真面目な生徒ではなかった」
「意外です」
「友人と悪ふざけばかりしていたのだ。なかなか楽しい毎日であった」

 那沙は少し口元を緩めながら、そういったきり、黙った。少し話しすぎたと後悔しているかのように苦い顔をしている。
 那沙はどんどん森の中を進んでいくので、優李はその後を必死で追いかけた。霧に呑まれた保守の森の中は入り組んでいて、山道のような道はない。視界の悪い中、優李は那沙の姿を見失わないように懸命について歩く。
 ふと、突然那沙の足取りがゆっくりとなる。小柄な優李の歩幅が、自分のものとは大きく異なることに気がついたようだ。普通に歩くとこのまま置いて行ってしまう。

 だが、那沙の気配りも虚しく辺りの霧が濃くなり、更に視界が悪くなる。那沙は後ろを歩く優李に声をかけようと振り返った。だが、さっきまで一緒に歩いていたはずの優李の姿が見えない。霧にまかれてしまったのだろうか。

「優李、優李!」

 那沙は鼻をひくつかせて優李の香りを嗅ぎ取ろうとしたが、霧の匂いに紛れて嗅ぐ分けることができない。

「しかたない、戻るか……」

 那沙はため息をついて、早い足取りで来た道を引き返し始めた。
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