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第三章
ヒダル神の失せもの②
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「ここだ」
そう、ヒダル神の案内した洞窟は、奥行きの浅い祠だった。日が照ると中を見渡すことができるのだろうが、生憎の天気である。ヒダル神の灯す灯りで、僅かに辺りが見える程度だ。
ぼんやりとした明りの中で、中に何かを奉ったかのような捧げものが置いてあるのが見えた。
「ここに何があったのか、思い出せないのか?」
那沙の言葉に、ヒダル神は頷いた。
「俺は記憶があいまいなのだ。なぜ山を離れたのか、いつ離れたのか、大切なものが何だったのか、全く分からない。ただ、無くなった、盗られたということは確かだ」
ヒダル神の言葉に那沙は首をひねった。困ったものだとため息をつき、右手を持ち上げるような仕草をして見せる。
「ヒダル神よ、おまえの記憶、少し覗かせてもらうぞ」
「構わない」
承諾を得て、那沙はヒダル神の半透明な額に手を当てた。手を当てた部分から、ぼうっと鈍い光が現れる――
那沙はヒダル神の記憶の中に入り込んだ。
記憶の中で、ヒダル神は真っ暗な闇の中にいた。ここはどこだろうか……そう辺りを凝視しながら那沙は闇の中を歩き回る。――だが、何も見えない。
道しるべは役に立たないらしく、どのくらい歩いたのか、距離も方角も見当がつかない。ただ、無限に続くような暗闇が、広がっている。そう言えば、ここは話に聞くあの場所に似ているな――などと思ったところで、声がした。
「……」
微かに、声が聞こえたような気がして、那沙は辺りを見回すが、やはり何も見えない。
「ヨシ……」
そう、鈴の鳴るような音がした。やはり、何か聞きえる。音のした方角を見ると、坂のようなものがぼんやりと現れた。坂はどんどん下り、その先は真っ暗で何も見えなかった。延々と続く闇……
「ここは……やはりそうか」
那沙は何かを会得したように頷くと、記憶の中を更に歩きはじめた。
暗い山を抜けると、ぼんやりとした景色が次第に山の景色を映し出していく。おそらく、ヒダル神がまだ人間だった頃――遥か昔に見た景色だろう。
そこは、竜王山かと思われたが、どうやら様子が少し違う。
人の世から見た山の景色なのか、下界に映る景色に見覚えがなかった。
山から遥か遠くに離れた場所に、茅葺や藁の屋根の小さな家が点在し、土地の多くは畑や水田になっていた。はるか遠くに、碁盤目に広がる町の景色が広がっている――
眼下の小さな集落には、立派な家は一つだけ、家々の中央あたりに塀で囲まれた瓦造りの大きな平屋があった。
「なるほど、あれは京の町か……つまり」
などと思案していると、突然、がさりと、草むらから音がする。視線の先には、山道を若い男が走っていた。その後ろに、男に手を引かれるようにして走る女の姿が見える。
何かから逃げるように、二人は必死に道のない山の中を走っていた。
男の方は身なりが良かった。上等な黒の着物を身に着けている。一方、女の方は麻の薄い着物を身に着けていた。
その後ろから、少し遅れて何人かの男たちが追いかけてくるのが見えてくる。その手には刃物が握られているようだった。
ぱっと、女が何かを叫んで男の手を離す、那沙にははっきりとその声が聞こえた。男はその反動で勢いのままに転がる。男の目の前で、女の体に刃物が振り下ろされていく……
「どうか、私のことは――」
飛び散る赤い飛沫が、世界の色を奪い、視界は砂嵐のようにぼやけ、白黒の映像になっていく……
記憶はそこで滲み、那沙は再び暗闇の中にいた。
「そうか……」
那沙は苦しそうに眉をひそめる。小さく息を吐いてから記憶の中から出た。ヒダル神の額から手を離すと、那沙の視界には先ほどまでいた祠の中が映った。ヒダル神の額から、ぼんやりとした光は消えている。
「ヒダル神、おまえ、黄泉《よみ》の国から戻ってきたな。記憶があいまいなのは、黄泉返りをしたせいだ、対価として、記憶の一部を持っていかれたのだろう」
那沙は、語りだした。ヒダル神が失くしてしまった真相を――
「生前のおまえを見てきた。おまえ、もともとは人間だったのだな。しかも、随分と昔の人間ではないか、今の時代から少なくとも五百年は前のようであったぞ。まだ保守の森が竜王山とはつながっていない頃の――音羽山とあやかしの世が繋がっていた時の世界のようだった」
那沙の言葉に、優李は目を見開く。
「ご、五百年……!」
「それって長いのか?」
「めちゃくちゃ長いよ~半世紀だよ」
「ハンセイキ?」
要領を得ないリクに優李は「半世紀っていうのはね──」と丁寧に説明を始める。そんな二人の様子を気には止めず、那沙は続けた。
「おまえ、一緒にいた女を殺されていたな。大方身分違いの女と駆け落ちでもしていたのだろう。おまえの身なりはなかなか良さそうたっだ。追っ手を振り切れず、女はおまえの手を離し、死んだ。おまえは未練が残ってあやかしになった。女の方はそのまま成仏したのだろう。そして、この祠だ、この祠が建てられたのはおまえが死んだあとのことだろうな。ここにおまえとその女が供養でもされていたのだろう」
半透明なヒダル神の瞳がゆらゆらと揺れた。記憶を手繰るように瞳を揺らしている。
「数年前の話だ、竜王山で大がかりな祈祷が行われた。数年に一度同じような祈祷が行われている。竜王山に住みつくあやかしたちは軒並み黄泉へ送られてしまった。祈祷が行われるとしばらく山に近寄ることができずに私も毎回困っている。烏天狗達は手間が省けると喜んでいるがな。おまえはその時にでも黄泉に連れて行かれてしまったのだろう。だが、黄泉で女を見つけることができずに、無理やり戻ってきた……そんなところか?」
那沙の言葉に、ゆらゆらと陽炎のように揺れていたヒダル神の体が、わずかに実体を帯びた。
「わからない、思い出せない……大切な人であるはずなのに……!」
苦しむヒダル神を見て、優李は祈る。子供の頃から、強く願うと願いが叶うことがあったから──
どうか、ヒダル神の記憶が戻りますようにと──
すると、朧気だったヒダル神の体が、次第に形を成し始めた。
仕立ての良い黒の着物──ヒダル神は若い男の姿になった。その姿、今しがた那沙が見てきた記憶の中の男と、寸分違わない。
「思い、出した……」
人の姿を成したヒダル神は低い声で呟いた。
「忘れていたのだ、黄泉にたどり着いて、全てを……。ただ、戻らなくてはいけない気がした。彼女が、こちらにいる気がしたのだ……まだ……」
ヒダル神の言葉に、那沙は首を振った。
「女はいない。おまえを守ろうとしたのだろう、自分のことは忘れろと、叫んでいた。そして、おまえの手を離した。あの追っ手は、おそらくおまえの家の家来だろう? 身分の低い女と駆け落ちでもしようとしたおまえのことを追ってきた。女は自分が死ねば全てが終わると思ったようだ。自分は死んで、おまえは家に連れ戻される。おまえだけは殺されることはないと……。それが、叶ったのだ、だから、未練のない女は妖の世界にはいない」
那沙の言葉に、ヒダルガミは膝をつく。
「黄泉で探したかったのだ……彼女を……だが、大きな̪怨念を抱えた俺は黄泉に行くことが出来なかった。無理矢理黄泉へと向かったが、結局見つけることが出来ずにこちらに戻ってきた。こちらに戻ってきたはいいが、朧げな記憶ではどうにもできず――」
「おまえの記憶の中で、黄泉から女の声がしたぞ、ヨシチカと呼んでいた。おまえの名だろう?」
那沙の言葉にヒダル神は穏やかな表情になった。
「あぁ、きっと俺の名だ。俺の名を、呼んでくれていたのだろう。生前、俺は北條義親と名乗っていた。そうだ、思い出した……彼女の顔も、声も……その名も……全て……。彼女は、やはり黄泉にいるのか?」
「おそらく」
那沙は短く答える。
「なぜ、見つからなかったのだろうか……」
「おまえは記憶を失っていた。そして、彼女の方はヒダル神となったおまえのことがわからなかったのだろう。わかるはずなどない、おまえには実体がなかったのだからな……。今の姿なら互いに見つけられるだろう」
那沙の言葉にヒダル神――いや、義親は穏やかに微笑んで頷いた。
「祈祷で急に成仏させられ、準備もできないまま黄泉へ行ったせいでこの地に記憶を残していったのだろう。行き場を失ったおまえの記憶は、拠り所を求めてその祠に宿っていた。だからおまえはこの場所に惹かれたのだ。黄泉で女を探せ、きっと会える」
那沙の言葉に、義親は穏やかに笑った。祠の前に歩み寄ると、額を寄せる。ぱっと光が洞窟中に放たれた。真昼の太陽のように、眩しい光が祠の洞窟の中を満たしていく――
「世話になった」
義親は穏やかな顔で言うと、頭を深く下げた。そして、優李の方を見て少し笑う。
「森に掛けた呪いを解く、優李といったな、おまえのおかげだ。ありがとう」
「いえ、私はなにも、全ては那沙のおかげです」
優李は慌てて両手を振る。義親は術を解くために両の掌を合わせた。だが――
「なぜだ……」
義親は眉間にしわを寄せる。掌を強く合わせたまま、何度も目を瞑り、最後にため息を吐いた。
「だめだ、なぜか術が完全に解けない……」
「なぜ?」
「わからぬ……でも、このままでは人間は森からでることができない」
頭を抱える義親に、那沙は尋ねる。
「まさか、本当にこの祠から何かが持ち去られたのではないだろうか?」
「なにか……とは?」
「わかるわけがないだろう。それが分れば苦労はしない。おそらく、おまえの記憶の欠片が拠っている何かが――」
「まだ、奪われたままだというのか?」
那沙は険しい顔をしながら頷いた。リクが怒ったような声を出す。
「おい、どうすんだよ、掛けたやつが解かなきゃ解けないんだろう?」
「もしくは力の強いあやかしに頼む――という方法もあるがな……」
「俺が探してくる」
そういう義親に、那沙は難しい顔をした。
「おまえは森に憑りついているあやかしだ、おそらくこの森からは出られん」
「じゃあどうすれば……」
表情を曇らせる義親に、那沙は小さくため息を吐いてから告げる。
「仕方ない。私が探してくる」
「よし! そうと決まれば探しに行こうぜ! 俺の鼻が役に立つはずだろ!」
「待ってくれ、この半妖は置いて行け」
リクが威勢よくそう言うと、義親は優李を置いて行けと言い出した。
「この森から人間は出ることができない。きっと半妖も同じだ、連れて行けば迷い、森に食われる」
「なるほど、一理ある。優李、おまえは残れ。心配するな、ヒダル神からはもう悪いあやかしの匂いはしない。単に不安なのだ、一緒にいてやれ。こちらも、おまえは足手まといだ」
「わかりました」
足手まといであることは百も承知だ。迷惑を掛けぬようにと優李は義親と祠に残ることを承諾する。
ヒダル神と待つことに異論はない。ただ心配なのは今日家に帰る予定の父だ。父が帰ってくるまでに家に戻っておきたいと、優李は少し焦りを感じていた。
那沙とリクは匂いを頼りに失せ物を探すことにした。とは言え、おそらく、盗まれてから何日も経っているの。匂いは微かなものになっていた。
リクはフンフンと鼻を鳴らしながら首を捻る。
「人間の匂いがわからなくなってきたな……」
「ここまでくれば目指すは人間の町の方だ。匂いを忘れずに、町に出てから探す」
「そう簡単にいうけどなぁ、あっちは人間の臭いがプンプンするんだぞ。どれが問題の人間なのか、いくら俺の鼻が利くからって難しいに決まってんだろう?」
「だから逆を探すのだ。ヒダル神の匂いの方を探した方が当たりがつきやすい」
「なるほど!」
感心するリクを無視して、那沙はどんどん竜王山を下っていく。途中、獏に姿を変え、その姿を消した。一方リクは犬の姿になる。リクは姿を消すことはできないようだ。
山を下りて、町の中を歩き回る。公園や大型食料品店に神社……リクが辿る匂いの先は、子供がたくさんいる保育園だった。
「俺、ここ知ってるぞ! 子供がたくさんいる場所だ」
「そんなことは見ればわかる。ここは、託児所のような場所だな」
「なんでこんな場所に……」
「決まっている。持ち去った犯人が子供だからだ」
「子供ぉ。ガキが盗みを働く分けねぇだろ!」
「本人たちは盗ったつもりなどなかったのだ。山で迷い、洞窟にたどり着いた。そこで、見つけた祠の中にあったものを面白がって持ち帰った――そんなところだろう」
「なんだよ、見当がついていたなら初めに教えろよ」
「初めから検討をつけていたわけではない、おまえが寄っていった場所をもとに割り出しただけだ。だが、問題はこの中の誰かということ……それから、どうやって手放させるかということだ」
那沙の言葉にリクは難しい顔をして草むらの中から子供たちを凝視する。すると、数人の子供たちが集まっているのが見えた。
遊具の上で、一人の女の子が片手をあげる。握り締めた手の中に、何か入っている。子供はパッと手を開いた。
「じゃーん、みてみて、キレイでしょう!」
「わぁ、なんだなんだ!」
「すごい、ほうせきみたい!」
子供たちが歓声をあげている。その中央にいる子供が、何かを持っているようだ。なにか、碧色の石――
「あれは、翡翠だな」
那沙は目を凝らして子供が手にしている小さな石を凝視する。
「ヒスイ?」
「宝石の一種だ。おそらく――あれだな」
那沙は子供から目を離さずにそうつぶやいた。肩まで伸びた髪を二つに結んでいる女の子だ。
「すごいでしょう、このまえのおやすみにおやまにあそびにいったときに、みつけたの」
「すごーい、きれい! でも、せんせいにみつかっちゃったらおこられちゃうよ?」
「そうだよぉ、おもちゃはもってきちゃだめっていわれてるよ?」
「これはおもちゃじゃないもの、たからもの!」
そこに校舎から先生の声がした。どうやら外遊びの時間が終わったようである。女の子は翡翠をスカートのポケットに入れると走って校舎の中に入っていった。
「さぁて、目星はついたけどどうするかなぁ」
「決まっている、あの子供の家に忍び込んで持ってくる」
「おいおいそれじゃぁ盗人《ぬすっと》じゃねぇか」
「もともとはあの子供の物ではない、取り返すだけだ。おまえは姿を消すことができないから役に立たんな。仕方ない、私が取って来よう」
「おい、ここまで来られたのは俺の鼻のおかげだろうが」
リクのいい分を無視して、那沙は草むらでじっと子供の迎えが来るのを待つことにした。
「ところでよぉ、おまえと優李、どういう関係なの? 嫁?」
「馬鹿なことをいうな。あれの母親が私の古い友人なのだ」
「へぇ、こっちに住んでんの? その金華猫」
「住んでいたのだろう。母は亡くなったと優李はいっていた」
那沙の言葉にリクは眉をひそめた。リクにとってはあの獣医が飼い主であり父親のようなもの――その妻である看護師のことを母親のように慕っていた。彼女が死ぬようなものだと思うと、心がぎゅっと痛くなる。
「優李のことが、可哀想だ」
「そんなふうにいうな、親のいない子供が悲しいとは限らん。そういった子供は悲しみを乗り越える力を得て、幸せを掴んでいるものだ」
「それもそうだなぁ。なぁ、俺でも知ってるぞ、金華猫といえば貴族の一つだろう?」
「ほう、おまえもそれなりにあやかしの国について学んでいるのだな」
那沙は感心したような声を出してから、だがな――と続けた。
「黄泉平坂には十二支とイタチと猫――大きく分けて十四の貴族がある。金華は猫の貴族の一つではあるが、金華の全てが貴族であるというわけではない」
「ふーん。なんか混乱してきた、難しくてわかんねぇなぁ」
首をひねるリクの横で、那沙は黄泉平坂の王の眷属たちのことを考えていた。永く栄華を誇る彼らの中には、王への忠誠を失いつつあるものもいる。
「おまえ、大して俺と見た目変わらねぇのに物知りだなぁ」
「私はかれこれ二百五十年ほど生きている」
「はぁ?」
などと話しをしていると、女の子の迎えが来たようだ。那沙とリクは顔を見合わせてあとをつけていく。翡翠は、相変わらず女の子のスカートのポケットに入っているようだった。
そう、ヒダル神の案内した洞窟は、奥行きの浅い祠だった。日が照ると中を見渡すことができるのだろうが、生憎の天気である。ヒダル神の灯す灯りで、僅かに辺りが見える程度だ。
ぼんやりとした明りの中で、中に何かを奉ったかのような捧げものが置いてあるのが見えた。
「ここに何があったのか、思い出せないのか?」
那沙の言葉に、ヒダル神は頷いた。
「俺は記憶があいまいなのだ。なぜ山を離れたのか、いつ離れたのか、大切なものが何だったのか、全く分からない。ただ、無くなった、盗られたということは確かだ」
ヒダル神の言葉に那沙は首をひねった。困ったものだとため息をつき、右手を持ち上げるような仕草をして見せる。
「ヒダル神よ、おまえの記憶、少し覗かせてもらうぞ」
「構わない」
承諾を得て、那沙はヒダル神の半透明な額に手を当てた。手を当てた部分から、ぼうっと鈍い光が現れる――
那沙はヒダル神の記憶の中に入り込んだ。
記憶の中で、ヒダル神は真っ暗な闇の中にいた。ここはどこだろうか……そう辺りを凝視しながら那沙は闇の中を歩き回る。――だが、何も見えない。
道しるべは役に立たないらしく、どのくらい歩いたのか、距離も方角も見当がつかない。ただ、無限に続くような暗闇が、広がっている。そう言えば、ここは話に聞くあの場所に似ているな――などと思ったところで、声がした。
「……」
微かに、声が聞こえたような気がして、那沙は辺りを見回すが、やはり何も見えない。
「ヨシ……」
そう、鈴の鳴るような音がした。やはり、何か聞きえる。音のした方角を見ると、坂のようなものがぼんやりと現れた。坂はどんどん下り、その先は真っ暗で何も見えなかった。延々と続く闇……
「ここは……やはりそうか」
那沙は何かを会得したように頷くと、記憶の中を更に歩きはじめた。
暗い山を抜けると、ぼんやりとした景色が次第に山の景色を映し出していく。おそらく、ヒダル神がまだ人間だった頃――遥か昔に見た景色だろう。
そこは、竜王山かと思われたが、どうやら様子が少し違う。
人の世から見た山の景色なのか、下界に映る景色に見覚えがなかった。
山から遥か遠くに離れた場所に、茅葺や藁の屋根の小さな家が点在し、土地の多くは畑や水田になっていた。はるか遠くに、碁盤目に広がる町の景色が広がっている――
眼下の小さな集落には、立派な家は一つだけ、家々の中央あたりに塀で囲まれた瓦造りの大きな平屋があった。
「なるほど、あれは京の町か……つまり」
などと思案していると、突然、がさりと、草むらから音がする。視線の先には、山道を若い男が走っていた。その後ろに、男に手を引かれるようにして走る女の姿が見える。
何かから逃げるように、二人は必死に道のない山の中を走っていた。
男の方は身なりが良かった。上等な黒の着物を身に着けている。一方、女の方は麻の薄い着物を身に着けていた。
その後ろから、少し遅れて何人かの男たちが追いかけてくるのが見えてくる。その手には刃物が握られているようだった。
ぱっと、女が何かを叫んで男の手を離す、那沙にははっきりとその声が聞こえた。男はその反動で勢いのままに転がる。男の目の前で、女の体に刃物が振り下ろされていく……
「どうか、私のことは――」
飛び散る赤い飛沫が、世界の色を奪い、視界は砂嵐のようにぼやけ、白黒の映像になっていく……
記憶はそこで滲み、那沙は再び暗闇の中にいた。
「そうか……」
那沙は苦しそうに眉をひそめる。小さく息を吐いてから記憶の中から出た。ヒダル神の額から手を離すと、那沙の視界には先ほどまでいた祠の中が映った。ヒダル神の額から、ぼんやりとした光は消えている。
「ヒダル神、おまえ、黄泉《よみ》の国から戻ってきたな。記憶があいまいなのは、黄泉返りをしたせいだ、対価として、記憶の一部を持っていかれたのだろう」
那沙は、語りだした。ヒダル神が失くしてしまった真相を――
「生前のおまえを見てきた。おまえ、もともとは人間だったのだな。しかも、随分と昔の人間ではないか、今の時代から少なくとも五百年は前のようであったぞ。まだ保守の森が竜王山とはつながっていない頃の――音羽山とあやかしの世が繋がっていた時の世界のようだった」
那沙の言葉に、優李は目を見開く。
「ご、五百年……!」
「それって長いのか?」
「めちゃくちゃ長いよ~半世紀だよ」
「ハンセイキ?」
要領を得ないリクに優李は「半世紀っていうのはね──」と丁寧に説明を始める。そんな二人の様子を気には止めず、那沙は続けた。
「おまえ、一緒にいた女を殺されていたな。大方身分違いの女と駆け落ちでもしていたのだろう。おまえの身なりはなかなか良さそうたっだ。追っ手を振り切れず、女はおまえの手を離し、死んだ。おまえは未練が残ってあやかしになった。女の方はそのまま成仏したのだろう。そして、この祠だ、この祠が建てられたのはおまえが死んだあとのことだろうな。ここにおまえとその女が供養でもされていたのだろう」
半透明なヒダル神の瞳がゆらゆらと揺れた。記憶を手繰るように瞳を揺らしている。
「数年前の話だ、竜王山で大がかりな祈祷が行われた。数年に一度同じような祈祷が行われている。竜王山に住みつくあやかしたちは軒並み黄泉へ送られてしまった。祈祷が行われるとしばらく山に近寄ることができずに私も毎回困っている。烏天狗達は手間が省けると喜んでいるがな。おまえはその時にでも黄泉に連れて行かれてしまったのだろう。だが、黄泉で女を見つけることができずに、無理やり戻ってきた……そんなところか?」
那沙の言葉に、ゆらゆらと陽炎のように揺れていたヒダル神の体が、わずかに実体を帯びた。
「わからない、思い出せない……大切な人であるはずなのに……!」
苦しむヒダル神を見て、優李は祈る。子供の頃から、強く願うと願いが叶うことがあったから──
どうか、ヒダル神の記憶が戻りますようにと──
すると、朧気だったヒダル神の体が、次第に形を成し始めた。
仕立ての良い黒の着物──ヒダル神は若い男の姿になった。その姿、今しがた那沙が見てきた記憶の中の男と、寸分違わない。
「思い、出した……」
人の姿を成したヒダル神は低い声で呟いた。
「忘れていたのだ、黄泉にたどり着いて、全てを……。ただ、戻らなくてはいけない気がした。彼女が、こちらにいる気がしたのだ……まだ……」
ヒダル神の言葉に、那沙は首を振った。
「女はいない。おまえを守ろうとしたのだろう、自分のことは忘れろと、叫んでいた。そして、おまえの手を離した。あの追っ手は、おそらくおまえの家の家来だろう? 身分の低い女と駆け落ちでもしようとしたおまえのことを追ってきた。女は自分が死ねば全てが終わると思ったようだ。自分は死んで、おまえは家に連れ戻される。おまえだけは殺されることはないと……。それが、叶ったのだ、だから、未練のない女は妖の世界にはいない」
那沙の言葉に、ヒダルガミは膝をつく。
「黄泉で探したかったのだ……彼女を……だが、大きな̪怨念を抱えた俺は黄泉に行くことが出来なかった。無理矢理黄泉へと向かったが、結局見つけることが出来ずにこちらに戻ってきた。こちらに戻ってきたはいいが、朧げな記憶ではどうにもできず――」
「おまえの記憶の中で、黄泉から女の声がしたぞ、ヨシチカと呼んでいた。おまえの名だろう?」
那沙の言葉にヒダル神は穏やかな表情になった。
「あぁ、きっと俺の名だ。俺の名を、呼んでくれていたのだろう。生前、俺は北條義親と名乗っていた。そうだ、思い出した……彼女の顔も、声も……その名も……全て……。彼女は、やはり黄泉にいるのか?」
「おそらく」
那沙は短く答える。
「なぜ、見つからなかったのだろうか……」
「おまえは記憶を失っていた。そして、彼女の方はヒダル神となったおまえのことがわからなかったのだろう。わかるはずなどない、おまえには実体がなかったのだからな……。今の姿なら互いに見つけられるだろう」
那沙の言葉にヒダル神――いや、義親は穏やかに微笑んで頷いた。
「祈祷で急に成仏させられ、準備もできないまま黄泉へ行ったせいでこの地に記憶を残していったのだろう。行き場を失ったおまえの記憶は、拠り所を求めてその祠に宿っていた。だからおまえはこの場所に惹かれたのだ。黄泉で女を探せ、きっと会える」
那沙の言葉に、義親は穏やかに笑った。祠の前に歩み寄ると、額を寄せる。ぱっと光が洞窟中に放たれた。真昼の太陽のように、眩しい光が祠の洞窟の中を満たしていく――
「世話になった」
義親は穏やかな顔で言うと、頭を深く下げた。そして、優李の方を見て少し笑う。
「森に掛けた呪いを解く、優李といったな、おまえのおかげだ。ありがとう」
「いえ、私はなにも、全ては那沙のおかげです」
優李は慌てて両手を振る。義親は術を解くために両の掌を合わせた。だが――
「なぜだ……」
義親は眉間にしわを寄せる。掌を強く合わせたまま、何度も目を瞑り、最後にため息を吐いた。
「だめだ、なぜか術が完全に解けない……」
「なぜ?」
「わからぬ……でも、このままでは人間は森からでることができない」
頭を抱える義親に、那沙は尋ねる。
「まさか、本当にこの祠から何かが持ち去られたのではないだろうか?」
「なにか……とは?」
「わかるわけがないだろう。それが分れば苦労はしない。おそらく、おまえの記憶の欠片が拠っている何かが――」
「まだ、奪われたままだというのか?」
那沙は険しい顔をしながら頷いた。リクが怒ったような声を出す。
「おい、どうすんだよ、掛けたやつが解かなきゃ解けないんだろう?」
「もしくは力の強いあやかしに頼む――という方法もあるがな……」
「俺が探してくる」
そういう義親に、那沙は難しい顔をした。
「おまえは森に憑りついているあやかしだ、おそらくこの森からは出られん」
「じゃあどうすれば……」
表情を曇らせる義親に、那沙は小さくため息を吐いてから告げる。
「仕方ない。私が探してくる」
「よし! そうと決まれば探しに行こうぜ! 俺の鼻が役に立つはずだろ!」
「待ってくれ、この半妖は置いて行け」
リクが威勢よくそう言うと、義親は優李を置いて行けと言い出した。
「この森から人間は出ることができない。きっと半妖も同じだ、連れて行けば迷い、森に食われる」
「なるほど、一理ある。優李、おまえは残れ。心配するな、ヒダル神からはもう悪いあやかしの匂いはしない。単に不安なのだ、一緒にいてやれ。こちらも、おまえは足手まといだ」
「わかりました」
足手まといであることは百も承知だ。迷惑を掛けぬようにと優李は義親と祠に残ることを承諾する。
ヒダル神と待つことに異論はない。ただ心配なのは今日家に帰る予定の父だ。父が帰ってくるまでに家に戻っておきたいと、優李は少し焦りを感じていた。
那沙とリクは匂いを頼りに失せ物を探すことにした。とは言え、おそらく、盗まれてから何日も経っているの。匂いは微かなものになっていた。
リクはフンフンと鼻を鳴らしながら首を捻る。
「人間の匂いがわからなくなってきたな……」
「ここまでくれば目指すは人間の町の方だ。匂いを忘れずに、町に出てから探す」
「そう簡単にいうけどなぁ、あっちは人間の臭いがプンプンするんだぞ。どれが問題の人間なのか、いくら俺の鼻が利くからって難しいに決まってんだろう?」
「だから逆を探すのだ。ヒダル神の匂いの方を探した方が当たりがつきやすい」
「なるほど!」
感心するリクを無視して、那沙はどんどん竜王山を下っていく。途中、獏に姿を変え、その姿を消した。一方リクは犬の姿になる。リクは姿を消すことはできないようだ。
山を下りて、町の中を歩き回る。公園や大型食料品店に神社……リクが辿る匂いの先は、子供がたくさんいる保育園だった。
「俺、ここ知ってるぞ! 子供がたくさんいる場所だ」
「そんなことは見ればわかる。ここは、託児所のような場所だな」
「なんでこんな場所に……」
「決まっている。持ち去った犯人が子供だからだ」
「子供ぉ。ガキが盗みを働く分けねぇだろ!」
「本人たちは盗ったつもりなどなかったのだ。山で迷い、洞窟にたどり着いた。そこで、見つけた祠の中にあったものを面白がって持ち帰った――そんなところだろう」
「なんだよ、見当がついていたなら初めに教えろよ」
「初めから検討をつけていたわけではない、おまえが寄っていった場所をもとに割り出しただけだ。だが、問題はこの中の誰かということ……それから、どうやって手放させるかということだ」
那沙の言葉にリクは難しい顔をして草むらの中から子供たちを凝視する。すると、数人の子供たちが集まっているのが見えた。
遊具の上で、一人の女の子が片手をあげる。握り締めた手の中に、何か入っている。子供はパッと手を開いた。
「じゃーん、みてみて、キレイでしょう!」
「わぁ、なんだなんだ!」
「すごい、ほうせきみたい!」
子供たちが歓声をあげている。その中央にいる子供が、何かを持っているようだ。なにか、碧色の石――
「あれは、翡翠だな」
那沙は目を凝らして子供が手にしている小さな石を凝視する。
「ヒスイ?」
「宝石の一種だ。おそらく――あれだな」
那沙は子供から目を離さずにそうつぶやいた。肩まで伸びた髪を二つに結んでいる女の子だ。
「すごいでしょう、このまえのおやすみにおやまにあそびにいったときに、みつけたの」
「すごーい、きれい! でも、せんせいにみつかっちゃったらおこられちゃうよ?」
「そうだよぉ、おもちゃはもってきちゃだめっていわれてるよ?」
「これはおもちゃじゃないもの、たからもの!」
そこに校舎から先生の声がした。どうやら外遊びの時間が終わったようである。女の子は翡翠をスカートのポケットに入れると走って校舎の中に入っていった。
「さぁて、目星はついたけどどうするかなぁ」
「決まっている、あの子供の家に忍び込んで持ってくる」
「おいおいそれじゃぁ盗人《ぬすっと》じゃねぇか」
「もともとはあの子供の物ではない、取り返すだけだ。おまえは姿を消すことができないから役に立たんな。仕方ない、私が取って来よう」
「おい、ここまで来られたのは俺の鼻のおかげだろうが」
リクのいい分を無視して、那沙は草むらでじっと子供の迎えが来るのを待つことにした。
「ところでよぉ、おまえと優李、どういう関係なの? 嫁?」
「馬鹿なことをいうな。あれの母親が私の古い友人なのだ」
「へぇ、こっちに住んでんの? その金華猫」
「住んでいたのだろう。母は亡くなったと優李はいっていた」
那沙の言葉にリクは眉をひそめた。リクにとってはあの獣医が飼い主であり父親のようなもの――その妻である看護師のことを母親のように慕っていた。彼女が死ぬようなものだと思うと、心がぎゅっと痛くなる。
「優李のことが、可哀想だ」
「そんなふうにいうな、親のいない子供が悲しいとは限らん。そういった子供は悲しみを乗り越える力を得て、幸せを掴んでいるものだ」
「それもそうだなぁ。なぁ、俺でも知ってるぞ、金華猫といえば貴族の一つだろう?」
「ほう、おまえもそれなりにあやかしの国について学んでいるのだな」
那沙は感心したような声を出してから、だがな――と続けた。
「黄泉平坂には十二支とイタチと猫――大きく分けて十四の貴族がある。金華は猫の貴族の一つではあるが、金華の全てが貴族であるというわけではない」
「ふーん。なんか混乱してきた、難しくてわかんねぇなぁ」
首をひねるリクの横で、那沙は黄泉平坂の王の眷属たちのことを考えていた。永く栄華を誇る彼らの中には、王への忠誠を失いつつあるものもいる。
「おまえ、大して俺と見た目変わらねぇのに物知りだなぁ」
「私はかれこれ二百五十年ほど生きている」
「はぁ?」
などと話しをしていると、女の子の迎えが来たようだ。那沙とリクは顔を見合わせてあとをつけていく。翡翠は、相変わらず女の子のスカートのポケットに入っているようだった。
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