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第三章
ヒダル神の失せもの③
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女の子は母親と手をつないで坂を上り、見晴らしの良い場所にある家に入った。家に明かりが灯ると、那沙は行くぞ、といってどこかに出かけて行こうとする。一体どこに行こうとするのか――
「どこに行くんだよ?」
「翡翠を取り返す準備だ。記憶を消すあやかし――佐保姫《さほひめ》の協力が必要だ」
「さほひめ?」
尋ねるリクに答えもせずに、那沙は家から離れていく。行き先は古びた神社だった。古びてはいるが、手入れは行き届いているようで、趣ある社の中に、人影が見える――人々が春の神様と呼ぶ佐保姫だ。
あやかしの世から合法的に人界に住まう者がいる。人間に請われて神社や寺に住み着くものたち――佐保姫もその一人である。
那沙は古びた社を訪れていた。住宅街にひっそりと溶け込む小さな社である。
「佐保姫、久しいな」
那沙が声をかけると、真っ白な女が振り返った。長い髪の毛も、睫毛も、肌も抜けるように白い、まるで真珠のよう。瞳だけは黒曜石のように真っ黒だった。
「獏か、どうした、夢を狩るにはまだ早いだろう? ん? 犬を連れているのか」
佐保姫は黒い瞳をリクに向け、不思議そうにつぶやいた。
「頼まれて失せ物を探しているのだ。見つけたのだが、無闇に取り戻して大事にしたくない」
「なるほど」
そう聞いただけで、佐保姫は会得したように深く頷く。
「また私に記憶を消せというのか――だが、今回の件も致し方ないな。おまえには昔から世話になっている、よかろう、その頼み、聞いてやる」
「助かる」
佐保姫はもとより、人の記憶を消す力を持ったあやかしである。それが、どうしたことか、春を呼ぶ神様として祀られているのだ。一説によると、『雪のように降り積もった記憶を溶かす』からだと言われている。
確かに人々の間では、この神社にお願いすると、あったはずのことがなかったことにできると言われているようだ。実際にはそんなに易々願いを聞いてやるわけではないが、この佐保姫、時に気まぐれに人間の記憶を消しているようである。
那沙もかつて、このように佐保姫に人間の記憶を奪ってもらったことがあった。どうしても、消さねばならない記憶を――
佐保姫は社を使い魔に任せて神社から離れる。佐保姫とともに、那沙とリクは女の子の家を目指し、そして、子供が寝付くのを待った――
一方、残された優李は、洞窟の中で義親の話に耳を傾けていた。義親は室町時代の守護大名、一色氏の傍流に仕える武士の家系だったのだという。
「桔梗が殺された後、俺は親の決めた女を娶り、家を継いだ。だが、妻とはずっと不仲だったのだ――子供ももうけず、数年で離縁した。家督は弟に譲り、晩年は音羽山麓にあった寺に出家した。この祠に桔梗の墓を建てたのはほかでもない俺だ。死んでから何年経ったというのか……あの時一緒に死んでやれたらどんなに良かったことか――そんな思念のせいだろうな、今の俺の見た目は桔梗を失った時の姿のままだ」
義親は自分が人間であった頃の記憶を取り戻していた。桔梗というのは、駆け落ちをしようとした娘の名。義親はこの洞窟に自分と桔梗の墓を建て、この洞窟の中で過ごし、果ては餓死したというのである。
死後の世では共にと――願いを込めて。
「心から愛し合っておられたのですね」
「そうだな。なんだか、気恥ずかしい話だ」
「こうしてお話ができることを、嬉しく思います。だって、義親さん、本当は五百年前に亡くなっているのでしょう?」
「それは、おまえが半妖だからだろう。ただの人間には力の弱まった俺の姿など見えない。俺は怨念から力を得ていたあやかしだ。ヒダルガミではなくなった今、いつ消えてもおかしくない」
「自分が半妖だなんてまだ実感がわかないんですけれど……」
「だからといってなにが変わるわけではない、おまえはおまえだろう」
義親の言葉に、優李は温かなものを感じて、「そうですね」と顔をほころばせた。何者であっても、自分が自分ということに変わりはない。
次第に日は落ち、洞窟の中はいっそう暗くになる。人の世でも同様に時間が過ぎているとしたら、父が心配するのではないかと優李は不安に思った。
「あの獏はからは、悲しい匂いがするな」
義親は唐突に話題を変えた。
「那沙のことですか?」
「そう、悲しい匂いがする」
あまりにも漠然とした話に、優李は反応に困ってしまう。だが、確かに――と思うところもあった。
那沙に涼やかな瞳の底には、悲しみの色がうかがえる。
突如、ばさばさという羽音がした。悪いあやかしだろうか……そう思い息を殺していると、話し声が聞こえてくる。
「おい、人間の匂いがしないか?」
森を見回っている烏天狗のようだ。羽音が二つ、洞窟の前で途絶える。優李と義親はどくどくと鳴る心臓の音さえも気になってしまう。優李は思わず息を止めた。
どうか、義親さんが見つかりませんようにと祈る──
「あぁ、この洞窟だろう? この前人間のガキがここで遊んでたって聞いたぞ、他のやつが人の世に返したっていってた。その残り香だろう? 子供は匂うからな」
「そっかぁ?」
ばさばさと羽音が去っていたのを確認してから、優李は思いきり息を吸った。もう限界だった。
洞窟の中が真っ暗になる。人の世でも同様に時間が過ぎているとしたら、父が心配するのではないかと優李は不安に思った。
「やつら烏天狗は中央政府から派遣されている警吏だ。やる気のないやつらで助かったな、見つかったら俺は危うく消されるところだ」
「今回は助かりましたけど、あれでは見回っている意味がないですよね」
「それもそうだ」
二人は顔を見合わせて複雑そうな顔をした。人界との繋がりが以前よりも薄くなっている現代では、森の中でも問題など滅多に起こらない。いいところ迷子くらいなものだ。
数年に一度人間たちが行う祈祷の際に、黄泉の国との間で彷徨うあやかしたちはいっせいに黄泉に送られてしまうので仕事もぐんと減っている。
月明かりが洞窟の外に見え始めた頃、那沙とリクが戻ってきた。那沙の手には月の光に鈍く光る翡翠が握られている。
「遅くなった。ヒダル神、おまえの探していた物を持ち帰ったぞ」
「大変だったぜ。持ち主は子供だった。那沙はちゃっかり子供の夢まで取ってきたんだぜ」
「慈善事業ではないのだ、仕事もする。代わりになるものも置いてきたから問題ないだろう」
リクの文句に、那沙は真面目な顔でそう答えた。
翡翠を返してもらう代わりに、那沙は子供にキラキラと輝く砂のようなものを振りかけていた。夢玉を入れた瓶の底にたまる砂糖のように甘い粉で、振りかけられたものに幸運をもたらすものだ。
那沙から翡翠を受け取った義親は、それを握りしめる。すると、淡い碧色の光が義親を包み込んだ。
「これは、桔梗が俺にくれたものだったのだ……母の形見だと言っていた。俺に、持っていて欲しいと……」
「その女にとっての、契のつもりだったのだろう。おまえに、全てをくれてやるつもりだったのだ」
那沙の言葉に、義親ははらはらと涙を流し始めた。
「そうだ、俺はこれを大切にしていたのだ。だが、妻に見つかって口論になった。妻これを捨てろというのだ。妻からすれば当然の言い分だったのだろう。口論の末離縁した……今思えば、妻は妻なりに俺のことを思っていてくれたのかもしれない。桔梗への嫉妬があったのだ……でも俺は――」
「女を探してやれ、きっと見つかる」
那沙の言葉に、義親は深く頷き、翡翠を握ったまま両の掌を合わせた。ぱっと強い光が洞窟中に放たれ、ぱりん……と何かが割れる音がした。どうやら、術がとけたようである。
「世話になった」
義親は穏やかな顔で言うと、頭を深く下げた。そして、優李たちを見て口を開く。
「ありがとう」
「どうかお気を付けて、黄泉まで迷わないように」
「墨染の川まで出たら、迷うはずがない」
優李の言葉に、義親はそう笑って洞窟を出ていく。月が照らす森の中をゆっくりと歩いて消えていった――西都を南へ下り、黄泉平坂の地を越えて、遥か、黄泉の国を目指して。
「次はおまえの番だ優李、帰るぞ」
那沙は義親が消えるのを見届けてから、洞窟を出た。空を渡る月が明るい。
「さぁて、行くか!」
リクはぶるりと体を震わせてから歩き出した。優李もそれに続く。休んだおかげで、足の疲れはすっかり取れていた。ぬかるんだ地面で滑らないよう、慎重に足を運ぶ。
「月が、大きい……」
優李は空を見上げてそう呟いた。昨夜も思ったことだ、あやかしの国の月は、人の世で見る月よりもずいぶんと大きく見える。
「ここは、人の世とは異なる狭間の世界。見えるものも似て非なるものだ」
「そうなんですね。でも同じように綺麗です」
優李の言葉に、那沙は口の端を持ち上げた。
「おーい、タラタラしてんなよ。夜の森は危ないだろうが、さっさと抜けるぞ」
「はい!」
前を行くリクにせかされて、優李は僅かに早足になった。ズルリと足を取られそうになりながらも、リクに追いつく。
やっとの思いで下山すると、優李はへたりと地面にしゃがみこんだ。
「よく頑張った」
優李の様子を見て、那沙は優しく微笑んだ。
「いえ、面目ないです。運動不足かもしれません。鍛えないと──!」
「優李、そんなんじゃ獣のあやかしを名乗る資格はない。仕方ない、俺が鍛えてやろう! 俺は体力には自信がある」
などと顔を輝かせて言うリクに、優李は苦笑いを返す。
竜王山を下り、人の世に降り立つと、すでに夜明けだった。遠くの空がぼんやりと明るくなり始めている。
「優李、もう黄泉平坂へ行こうだなんて考えるな」
那沙は唐突にそんなことを言い出した。
「どうしてですか?」
「いっただろう、あやかし中には、人間のことも半妖のこともよく思わない輩がいる。危険だと――」
「それは、こちらの世界でも同じようなことがいえると思うんです。人間だって、自分と違う存在には攻撃しがちです。でも、互いのことをよく知ればそんなこともなくなると、私は思っています」
こういう頑固なところは母親似なのだろうと、那沙はため息を吐く。
「父が心配していると思います。私、急いで帰らないと――」
「気を付けて帰れ」
「那沙、リク、本当にありがとうございました!」
那沙とリクに深々とお辞儀をすると、にっと笑顔になってから優李は駆けだした。
視線の先に朝日が昇っていくのが見える。藍色の水のなかに黄色と白の絵の具を溶かしたような、澄んだ空──色の滲んだ景色だと優李は思った。なんて、綺麗な世界だろうと――
残された二人は優李の背を見送る。
「行っちまったな。なんか寂しいな」
「なんだ、優李とは知り会ったばかりだろう?」
「それはそうなんだけどなぁ」
「おかしなやつだ」
呆れた顔をする那沙も、リクと同じようにどこか寂しさを感じていた。その気持ちに気がつくと、心の中で否定する。
優李は人の世で生きるもの、関わり合いになるべきではない――
「それはそうと、リク、なにか私に用があったのだろう?」
那沙に問われてリクは首を傾げた。
「そうだった! すっかり、忘れてたぜ。それがよぉ、配達のお得意さんが、近いうちに星空の夢を見たいとかなんとかいってたからな。仕入れておいてくれ」
「わかった、用意しておく。私はこのまま西都に戻る」
「そっか、じゃぁな那沙」
那沙とリクは反対の方向へと歩き始めた。朝日がまぶしい、人の世にも、新しい朝が来る――
那沙は一人山に戻り、黄泉へと向かった義親のことを思い出す。
今度こそ心の通じた相手と添い遂げることができるだろう──そう思うと義親のことを羨ましいと感じた。
優李が急いで家に帰ると、玄関の鍵は閉まっていた。父の靴はない。もしかして、帰ってこない自分を探しに行っているのではないか――
そんな不安は、ブルルと震えたスマホによって払拭された。送り主は父、時刻は昨日の表記になっている。黄泉平坂は圏外であったので、ずっと受信されていなかったようだ。
『飛行機の関係で帰るのが一日遅れます。心配しないでね』
「良かった……お父さん、まだ家に帰ってなかった」
豆の仕入れに海外に出かけている父は、時折こうやって遅れて帰ってくることがある。いつもは残念だと思うことが、今回ばかりは幸いした。
優李の父親は喫茶店を営む傍ら、コーヒー豆の販売にも力を入れていた。生の豆を仕入れ、店で焙煎する――コーヒーを炒る良い香りがすると、お客さんからも定評がある。
優李はシャワーを浴びると、洗濯機を回した。父が戻ってくるまでに、家のことをしておきたい。
母がいなくなってから、家事のほとんどは優李が担当していた。母が亡くなってすぐは寂しくて仕方がなかった。だが、いなくなった母親の分まで、父は自分を愛してくれていることが十分にわかっていたから、次第にその寂しさも薄れた。
「ただいま優李、遅くなって悪かったね」
父が笑顔で戻ってきたのは、昼過ぎのことだった。
「熱心に現地の人の話を来ていたら飛行機に乗りそびれちゃったんだ。大変だったよ」
そういって穏やかに笑う父に優李は「お父さんらしい」と笑みを返す。
父の土産話を聞きながら、優李は二人分のコーヒーを煎れた。
話が一段落したところで、優李は自分の体験したあやかしの世界ことを話そうと決意した。
笑われるかもしれない、夢を見ていたといわれるかもしれない。でも、なんとなくお父さんだったら信じてくれるかもしれない――そんな思いの方が強かった。
自分の目で見た西都の都、実は母が金華猫というあやかしだったこと。その世界で、母の知り合いだという獏に世話になったこと。そして、あの、黒い猫のこと――語り終えた優李は深呼吸をした。
聞き終えた父親は、小さくため息と吐いてから、困ったように眉を曲げて笑った。
「いつか話さないといけないなって思ってはいたんだ。お母さんのこと――」
「お父さん、もしかして知っていたの……?」
優李の問いかけに、父親は頷いた。
「母さんと出会ったのはこの喫茶店の軒下でね、あれは寒い冬のことで――あぁ、黒猫が丸まってたんだよ。ひどく弱っていたみたいから自宅に連れ帰ったんだ。ご飯をあげて、一晩したらいなくなっていた」
「その猫が、お母さん?」
父はにっこりと微笑む。
「翌日若い女の子が働きたいっていってやってきた。そんなに稼ぎはないし、人を雇うのは難しいって断ったら給料はいらないっていうんだ。代わりに寝泊まりさせてもらえる場所が欲しいなんていうから、お父さんは困ったよ」
「その話知ってる、お母さんから聞いたことがあるよ。そのまま無理矢理住み込んだって、お父さん押しに弱いから……」
少し強引な母のことを思い出して優李は笑う。母は、天真爛漫な人だった――
「あやかしの国から来たって聞いた時は驚いたけど、でもお父さんの目の前には実際にお母さんがいたし、猫の姿にもなって見せるものだから初めは度肝を抜かれたけど、信じるしかなかったよ。お母さんはそれはそれは可愛い黒猫だったんだ。優李にも、いつか話さなきゃって思ってたんだけど……」
「今聞けて良かった!」
優李はそういって父親に笑顔を見せた。自分の話を父が信じてくれたことが嬉しかった。そして、父が母があやかしであると知っていたことに驚いた。
「あのね、お父さん」
優李は自分の心の中に湧き上がってくる望みを言葉にする。
「私、いつかもう一度あやかしの国に行ってみたい。竜王山に消えた黒猫のことが気になるの。もしかしたら、お母さんに関係があるのかもって……」
優李の言葉に、父は一瞬難しい顔をした。それから、困ったように眉を曲げる。
「その黒猫っていうのは危険なあやかしかもしれないだろう? お父さんは行ってほしくない。行ってほしくないけど――優李は母さん似だから止めても無駄かな?」
「ごめんねお父さん……でも私、知りたいの」
父は小さくため息を吐いてから、笑顔になる。
「優李はもう十八になるし、自分のことは自分できちんと判断できるはずだ。でも、危険だと思ったらすぐに逃げること。そして、困ったことがあったたいつでも頼ってきてくれよ」
「ありがとうお父さん! あぁ、だけど今すぐにというわけではないの。私は一人ではあちらの世界には行けないし……いつか、行ける日が来たらのことだから」
「そうか、それならしっかりと心の準備ができそうだ」
優李と父は顔を見合わせて笑った。紅茶の放つ心地よい香りが二人を包む。穏やかな夏の日のことだった。
「どこに行くんだよ?」
「翡翠を取り返す準備だ。記憶を消すあやかし――佐保姫《さほひめ》の協力が必要だ」
「さほひめ?」
尋ねるリクに答えもせずに、那沙は家から離れていく。行き先は古びた神社だった。古びてはいるが、手入れは行き届いているようで、趣ある社の中に、人影が見える――人々が春の神様と呼ぶ佐保姫だ。
あやかしの世から合法的に人界に住まう者がいる。人間に請われて神社や寺に住み着くものたち――佐保姫もその一人である。
那沙は古びた社を訪れていた。住宅街にひっそりと溶け込む小さな社である。
「佐保姫、久しいな」
那沙が声をかけると、真っ白な女が振り返った。長い髪の毛も、睫毛も、肌も抜けるように白い、まるで真珠のよう。瞳だけは黒曜石のように真っ黒だった。
「獏か、どうした、夢を狩るにはまだ早いだろう? ん? 犬を連れているのか」
佐保姫は黒い瞳をリクに向け、不思議そうにつぶやいた。
「頼まれて失せ物を探しているのだ。見つけたのだが、無闇に取り戻して大事にしたくない」
「なるほど」
そう聞いただけで、佐保姫は会得したように深く頷く。
「また私に記憶を消せというのか――だが、今回の件も致し方ないな。おまえには昔から世話になっている、よかろう、その頼み、聞いてやる」
「助かる」
佐保姫はもとより、人の記憶を消す力を持ったあやかしである。それが、どうしたことか、春を呼ぶ神様として祀られているのだ。一説によると、『雪のように降り積もった記憶を溶かす』からだと言われている。
確かに人々の間では、この神社にお願いすると、あったはずのことがなかったことにできると言われているようだ。実際にはそんなに易々願いを聞いてやるわけではないが、この佐保姫、時に気まぐれに人間の記憶を消しているようである。
那沙もかつて、このように佐保姫に人間の記憶を奪ってもらったことがあった。どうしても、消さねばならない記憶を――
佐保姫は社を使い魔に任せて神社から離れる。佐保姫とともに、那沙とリクは女の子の家を目指し、そして、子供が寝付くのを待った――
一方、残された優李は、洞窟の中で義親の話に耳を傾けていた。義親は室町時代の守護大名、一色氏の傍流に仕える武士の家系だったのだという。
「桔梗が殺された後、俺は親の決めた女を娶り、家を継いだ。だが、妻とはずっと不仲だったのだ――子供ももうけず、数年で離縁した。家督は弟に譲り、晩年は音羽山麓にあった寺に出家した。この祠に桔梗の墓を建てたのはほかでもない俺だ。死んでから何年経ったというのか……あの時一緒に死んでやれたらどんなに良かったことか――そんな思念のせいだろうな、今の俺の見た目は桔梗を失った時の姿のままだ」
義親は自分が人間であった頃の記憶を取り戻していた。桔梗というのは、駆け落ちをしようとした娘の名。義親はこの洞窟に自分と桔梗の墓を建て、この洞窟の中で過ごし、果ては餓死したというのである。
死後の世では共にと――願いを込めて。
「心から愛し合っておられたのですね」
「そうだな。なんだか、気恥ずかしい話だ」
「こうしてお話ができることを、嬉しく思います。だって、義親さん、本当は五百年前に亡くなっているのでしょう?」
「それは、おまえが半妖だからだろう。ただの人間には力の弱まった俺の姿など見えない。俺は怨念から力を得ていたあやかしだ。ヒダルガミではなくなった今、いつ消えてもおかしくない」
「自分が半妖だなんてまだ実感がわかないんですけれど……」
「だからといってなにが変わるわけではない、おまえはおまえだろう」
義親の言葉に、優李は温かなものを感じて、「そうですね」と顔をほころばせた。何者であっても、自分が自分ということに変わりはない。
次第に日は落ち、洞窟の中はいっそう暗くになる。人の世でも同様に時間が過ぎているとしたら、父が心配するのではないかと優李は不安に思った。
「あの獏はからは、悲しい匂いがするな」
義親は唐突に話題を変えた。
「那沙のことですか?」
「そう、悲しい匂いがする」
あまりにも漠然とした話に、優李は反応に困ってしまう。だが、確かに――と思うところもあった。
那沙に涼やかな瞳の底には、悲しみの色がうかがえる。
突如、ばさばさという羽音がした。悪いあやかしだろうか……そう思い息を殺していると、話し声が聞こえてくる。
「おい、人間の匂いがしないか?」
森を見回っている烏天狗のようだ。羽音が二つ、洞窟の前で途絶える。優李と義親はどくどくと鳴る心臓の音さえも気になってしまう。優李は思わず息を止めた。
どうか、義親さんが見つかりませんようにと祈る──
「あぁ、この洞窟だろう? この前人間のガキがここで遊んでたって聞いたぞ、他のやつが人の世に返したっていってた。その残り香だろう? 子供は匂うからな」
「そっかぁ?」
ばさばさと羽音が去っていたのを確認してから、優李は思いきり息を吸った。もう限界だった。
洞窟の中が真っ暗になる。人の世でも同様に時間が過ぎているとしたら、父が心配するのではないかと優李は不安に思った。
「やつら烏天狗は中央政府から派遣されている警吏だ。やる気のないやつらで助かったな、見つかったら俺は危うく消されるところだ」
「今回は助かりましたけど、あれでは見回っている意味がないですよね」
「それもそうだ」
二人は顔を見合わせて複雑そうな顔をした。人界との繋がりが以前よりも薄くなっている現代では、森の中でも問題など滅多に起こらない。いいところ迷子くらいなものだ。
数年に一度人間たちが行う祈祷の際に、黄泉の国との間で彷徨うあやかしたちはいっせいに黄泉に送られてしまうので仕事もぐんと減っている。
月明かりが洞窟の外に見え始めた頃、那沙とリクが戻ってきた。那沙の手には月の光に鈍く光る翡翠が握られている。
「遅くなった。ヒダル神、おまえの探していた物を持ち帰ったぞ」
「大変だったぜ。持ち主は子供だった。那沙はちゃっかり子供の夢まで取ってきたんだぜ」
「慈善事業ではないのだ、仕事もする。代わりになるものも置いてきたから問題ないだろう」
リクの文句に、那沙は真面目な顔でそう答えた。
翡翠を返してもらう代わりに、那沙は子供にキラキラと輝く砂のようなものを振りかけていた。夢玉を入れた瓶の底にたまる砂糖のように甘い粉で、振りかけられたものに幸運をもたらすものだ。
那沙から翡翠を受け取った義親は、それを握りしめる。すると、淡い碧色の光が義親を包み込んだ。
「これは、桔梗が俺にくれたものだったのだ……母の形見だと言っていた。俺に、持っていて欲しいと……」
「その女にとっての、契のつもりだったのだろう。おまえに、全てをくれてやるつもりだったのだ」
那沙の言葉に、義親ははらはらと涙を流し始めた。
「そうだ、俺はこれを大切にしていたのだ。だが、妻に見つかって口論になった。妻これを捨てろというのだ。妻からすれば当然の言い分だったのだろう。口論の末離縁した……今思えば、妻は妻なりに俺のことを思っていてくれたのかもしれない。桔梗への嫉妬があったのだ……でも俺は――」
「女を探してやれ、きっと見つかる」
那沙の言葉に、義親は深く頷き、翡翠を握ったまま両の掌を合わせた。ぱっと強い光が洞窟中に放たれ、ぱりん……と何かが割れる音がした。どうやら、術がとけたようである。
「世話になった」
義親は穏やかな顔で言うと、頭を深く下げた。そして、優李たちを見て口を開く。
「ありがとう」
「どうかお気を付けて、黄泉まで迷わないように」
「墨染の川まで出たら、迷うはずがない」
優李の言葉に、義親はそう笑って洞窟を出ていく。月が照らす森の中をゆっくりと歩いて消えていった――西都を南へ下り、黄泉平坂の地を越えて、遥か、黄泉の国を目指して。
「次はおまえの番だ優李、帰るぞ」
那沙は義親が消えるのを見届けてから、洞窟を出た。空を渡る月が明るい。
「さぁて、行くか!」
リクはぶるりと体を震わせてから歩き出した。優李もそれに続く。休んだおかげで、足の疲れはすっかり取れていた。ぬかるんだ地面で滑らないよう、慎重に足を運ぶ。
「月が、大きい……」
優李は空を見上げてそう呟いた。昨夜も思ったことだ、あやかしの国の月は、人の世で見る月よりもずいぶんと大きく見える。
「ここは、人の世とは異なる狭間の世界。見えるものも似て非なるものだ」
「そうなんですね。でも同じように綺麗です」
優李の言葉に、那沙は口の端を持ち上げた。
「おーい、タラタラしてんなよ。夜の森は危ないだろうが、さっさと抜けるぞ」
「はい!」
前を行くリクにせかされて、優李は僅かに早足になった。ズルリと足を取られそうになりながらも、リクに追いつく。
やっとの思いで下山すると、優李はへたりと地面にしゃがみこんだ。
「よく頑張った」
優李の様子を見て、那沙は優しく微笑んだ。
「いえ、面目ないです。運動不足かもしれません。鍛えないと──!」
「優李、そんなんじゃ獣のあやかしを名乗る資格はない。仕方ない、俺が鍛えてやろう! 俺は体力には自信がある」
などと顔を輝かせて言うリクに、優李は苦笑いを返す。
竜王山を下り、人の世に降り立つと、すでに夜明けだった。遠くの空がぼんやりと明るくなり始めている。
「優李、もう黄泉平坂へ行こうだなんて考えるな」
那沙は唐突にそんなことを言い出した。
「どうしてですか?」
「いっただろう、あやかし中には、人間のことも半妖のこともよく思わない輩がいる。危険だと――」
「それは、こちらの世界でも同じようなことがいえると思うんです。人間だって、自分と違う存在には攻撃しがちです。でも、互いのことをよく知ればそんなこともなくなると、私は思っています」
こういう頑固なところは母親似なのだろうと、那沙はため息を吐く。
「父が心配していると思います。私、急いで帰らないと――」
「気を付けて帰れ」
「那沙、リク、本当にありがとうございました!」
那沙とリクに深々とお辞儀をすると、にっと笑顔になってから優李は駆けだした。
視線の先に朝日が昇っていくのが見える。藍色の水のなかに黄色と白の絵の具を溶かしたような、澄んだ空──色の滲んだ景色だと優李は思った。なんて、綺麗な世界だろうと――
残された二人は優李の背を見送る。
「行っちまったな。なんか寂しいな」
「なんだ、優李とは知り会ったばかりだろう?」
「それはそうなんだけどなぁ」
「おかしなやつだ」
呆れた顔をする那沙も、リクと同じようにどこか寂しさを感じていた。その気持ちに気がつくと、心の中で否定する。
優李は人の世で生きるもの、関わり合いになるべきではない――
「それはそうと、リク、なにか私に用があったのだろう?」
那沙に問われてリクは首を傾げた。
「そうだった! すっかり、忘れてたぜ。それがよぉ、配達のお得意さんが、近いうちに星空の夢を見たいとかなんとかいってたからな。仕入れておいてくれ」
「わかった、用意しておく。私はこのまま西都に戻る」
「そっか、じゃぁな那沙」
那沙とリクは反対の方向へと歩き始めた。朝日がまぶしい、人の世にも、新しい朝が来る――
那沙は一人山に戻り、黄泉へと向かった義親のことを思い出す。
今度こそ心の通じた相手と添い遂げることができるだろう──そう思うと義親のことを羨ましいと感じた。
優李が急いで家に帰ると、玄関の鍵は閉まっていた。父の靴はない。もしかして、帰ってこない自分を探しに行っているのではないか――
そんな不安は、ブルルと震えたスマホによって払拭された。送り主は父、時刻は昨日の表記になっている。黄泉平坂は圏外であったので、ずっと受信されていなかったようだ。
『飛行機の関係で帰るのが一日遅れます。心配しないでね』
「良かった……お父さん、まだ家に帰ってなかった」
豆の仕入れに海外に出かけている父は、時折こうやって遅れて帰ってくることがある。いつもは残念だと思うことが、今回ばかりは幸いした。
優李の父親は喫茶店を営む傍ら、コーヒー豆の販売にも力を入れていた。生の豆を仕入れ、店で焙煎する――コーヒーを炒る良い香りがすると、お客さんからも定評がある。
優李はシャワーを浴びると、洗濯機を回した。父が戻ってくるまでに、家のことをしておきたい。
母がいなくなってから、家事のほとんどは優李が担当していた。母が亡くなってすぐは寂しくて仕方がなかった。だが、いなくなった母親の分まで、父は自分を愛してくれていることが十分にわかっていたから、次第にその寂しさも薄れた。
「ただいま優李、遅くなって悪かったね」
父が笑顔で戻ってきたのは、昼過ぎのことだった。
「熱心に現地の人の話を来ていたら飛行機に乗りそびれちゃったんだ。大変だったよ」
そういって穏やかに笑う父に優李は「お父さんらしい」と笑みを返す。
父の土産話を聞きながら、優李は二人分のコーヒーを煎れた。
話が一段落したところで、優李は自分の体験したあやかしの世界ことを話そうと決意した。
笑われるかもしれない、夢を見ていたといわれるかもしれない。でも、なんとなくお父さんだったら信じてくれるかもしれない――そんな思いの方が強かった。
自分の目で見た西都の都、実は母が金華猫というあやかしだったこと。その世界で、母の知り合いだという獏に世話になったこと。そして、あの、黒い猫のこと――語り終えた優李は深呼吸をした。
聞き終えた父親は、小さくため息と吐いてから、困ったように眉を曲げて笑った。
「いつか話さないといけないなって思ってはいたんだ。お母さんのこと――」
「お父さん、もしかして知っていたの……?」
優李の問いかけに、父親は頷いた。
「母さんと出会ったのはこの喫茶店の軒下でね、あれは寒い冬のことで――あぁ、黒猫が丸まってたんだよ。ひどく弱っていたみたいから自宅に連れ帰ったんだ。ご飯をあげて、一晩したらいなくなっていた」
「その猫が、お母さん?」
父はにっこりと微笑む。
「翌日若い女の子が働きたいっていってやってきた。そんなに稼ぎはないし、人を雇うのは難しいって断ったら給料はいらないっていうんだ。代わりに寝泊まりさせてもらえる場所が欲しいなんていうから、お父さんは困ったよ」
「その話知ってる、お母さんから聞いたことがあるよ。そのまま無理矢理住み込んだって、お父さん押しに弱いから……」
少し強引な母のことを思い出して優李は笑う。母は、天真爛漫な人だった――
「あやかしの国から来たって聞いた時は驚いたけど、でもお父さんの目の前には実際にお母さんがいたし、猫の姿にもなって見せるものだから初めは度肝を抜かれたけど、信じるしかなかったよ。お母さんはそれはそれは可愛い黒猫だったんだ。優李にも、いつか話さなきゃって思ってたんだけど……」
「今聞けて良かった!」
優李はそういって父親に笑顔を見せた。自分の話を父が信じてくれたことが嬉しかった。そして、父が母があやかしであると知っていたことに驚いた。
「あのね、お父さん」
優李は自分の心の中に湧き上がってくる望みを言葉にする。
「私、いつかもう一度あやかしの国に行ってみたい。竜王山に消えた黒猫のことが気になるの。もしかしたら、お母さんに関係があるのかもって……」
優李の言葉に、父は一瞬難しい顔をした。それから、困ったように眉を曲げる。
「その黒猫っていうのは危険なあやかしかもしれないだろう? お父さんは行ってほしくない。行ってほしくないけど――優李は母さん似だから止めても無駄かな?」
「ごめんねお父さん……でも私、知りたいの」
父は小さくため息を吐いてから、笑顔になる。
「優李はもう十八になるし、自分のことは自分できちんと判断できるはずだ。でも、危険だと思ったらすぐに逃げること。そして、困ったことがあったたいつでも頼ってきてくれよ」
「ありがとうお父さん! あぁ、だけど今すぐにというわけではないの。私は一人ではあちらの世界には行けないし……いつか、行ける日が来たらのことだから」
「そうか、それならしっかりと心の準備ができそうだ」
優李と父は顔を見合わせて笑った。紅茶の放つ心地よい香りが二人を包む。穏やかな夏の日のことだった。
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