君にことほぎ 猫にゆめ

安芸月

文字の大きさ
14 / 18
第四章

野狐の幸せな記憶①

しおりを挟む
 あやかしの国に迷い込み、那沙というあやかしに出会ったあの日から四年の月日が経った。額に傷のある黒猫には、あの夏の日以来会っていない。優李は大学を中退し、父の遺した喫茶店を切り盛りするようになっていた。

 父は二年前に仕事先で亡くなった。
 父一人子一人、他に身内のない優李はしばらくなにも喉を通らないほど悲しみに暮れていた。それでも生きていかなければいけないと、懸命に悲しみと折り合いをつける日々。

 優李がどうにか一人で生活できるまでに立ち直ることができたのは、近くに優しい気配を感じたから──

 時折寄り添うようにそばにいてくれるその得体の知れないなにか・・・に、優李は心当たりがあった。

「お父さん、お母さん、行ってきます」

 優李は仏壇に手を合わせてから買い出しにいく。初夏の坂の町は日差しが強く、暑さが厳しい。優李は階段を駆け下りながら、商店街へと向かった。
 優李は路地を抜けると、野良猫たちがすり寄ってくる。

「あぁ、ごめんね、今はかまってあげられないの」

 「にゃぁ」と名残惜しそうに鳴く猫たちに声をかけてから、アーケードの中に入っていく。
 駅からほど近い本通り商店街は、地元の人はもちろん、観光客にも人気スポットになっていてにぎわっている。優李も休日になるとお気に入りのカフェに行ったり、雑貨屋さんに行ったりと、何かと訪れる場所である。
 だが、今日はお店を開けなくてはいけないのでゆっくりはしていられない。優李は日用品を買いそろえると、両親に供える分も兼ねて、大好きなドーナツを三つ買う。それから急いで帰路についた。

 坂を駆けのぼっていた時のこと、目の端に、ちらりと黒猫が写った。この辺でいつも見るような黒猫ではない、どこか違和感がある。それは、高校最後の夏に感じたものに似ていた。

「いた……」

 黒猫の気配がした。まだいる――見ると、猫は優李を待っているかのように店の上の方でじっとしていた。

「待って……!」 

 優李が慌てて駆けだすと、猫も走りだす。行く先はやはり竜王山がある方角だった。
 猫は細い路地を抜けて、山の中に入っていく。優李はその背を追いかけた。

「きゃぁ!」

 猫を追いかけて山の中に入った優李は突然何かにつまずいて倒れ込んだ。

「いってぇなぁおい!」

 不機嫌そうな声がする。見れば、目の前に大きな犬がいた。

「ごめんなさい、慌てていたの。猫を追いかけていたから……あなた、もしかしてあやかし?」

 ぐるると威嚇している犬に、優李は素直に謝る。一見普通の犬に見えるが、人の言葉を話すということはただの犬ではないだろう。
 四年前にあやかしというものが実際に存在すると知ったので驚きは少ない。

「おまえ、俺の姿が……って優李?」
「は、はい、私は優李だけど……」
「なんだ優李か! 俺だよ、俺、リク! ちょっと前に一緒にヒダルガミ退治したろう?」

 言われて優李は「あぁ!」と笑顔になる。四年前のことだがリクの感覚だと「ちょっと前」になるらしい。

「犬の姿になると、こんなに可愛いのね」

 犬の姿になったリクは大型犬の類に似ている。優李は思わずリクの首に抱き着いた。頬をすりすりとしてみる。もふもふとした毛の感触が心地いい。

「ふわふわ~もふもふ~」
「おいやめろ! 恥ずかしいだろう!」

 リクが顔を赤らめながらそういうので、優李は慌てて離れた。

「ご、ごめんなさい。つい……」
「つい、じゃねぇだろ。おまえ、仮にも女だろ! 俺は男だから!」
「は、はい。気を付けます」

 リクの意味するところはうまく優李には伝わらなかったが、つまるところ突然抱き着いてはいけないということだろうと優李は気を付けることにした。

「で、おまえ何してんの? なんか前よりちょっといい匂いになってるな」
「あはは、食べないでくださいよ。あの、私、黒猫をおいかけてきたんです」
「なんか、前も思ったけどその話し方気持ち悪いな。おまえ、普通に話せないの?」
「普通にって……どういうことですか?」
「その「ですか」をとれってこと」

 リクの言葉に、優李は遠慮がちに頷く。

「わかり……わかった、敬語はやめるね」
「よし! で、また猫なんか追っかけてんのかよ」
「だって気になるから……」
「で、また迷子になるんだろ? ったく、成長したのは見た目だけか?」
「見た目? あぁ、あれから四年経ったからねぇ。髪の毛の少し伸ばしたから」

 リクの尻尾がもふもふと揺れるものだから、優李は思わず目で追ってしまう。

「なぁ、おまえ、西都に行くなら案内してやってもいいぜ」
「本当!? 良かった! やっぱりあの猫、私を西都に連れて行きたがっているように見えるんだよね。でも私一人じゃ行けないから困ってたんだよ。助かるよ~ありがとうリク!」

 リクの願ってもない申し出に、優李は喜びを露わにした。

「かわりに優李、ちょっと頼まれごとを聞いてくれないか? そしたら俺がきちんと西都まで案内してやる。白虎のやつにもなんとか話をつけてやるよ」
「お安い御用――っていえるような内容だったらいいけど……私で役に立てる?」
「俺より適任だと思う。それがな――」

 リクは少し困ったような顔になってから、頼まれごとの内容を話し始めた。
 
 どうやらリクの主人だった獣医の子供のことらしい。


 「ご主人んとこの海《かい》の元気がないんだ。保育園とかでも、先生や友達を困らせてるみたいで……なんかなぁ、寂しいんじゃないかと思うんだよ」

 リクは心配そうな声で話し続ける。

「ほら、ご主人の奥さんがまた妊娠してんだ。妹が生まれるみたいでさ、俺はすごく楽しみなんだけどなぁ。海は母さんの体調が悪くて遊んでもらえないから寂しそうなんだよ。それで、悪さしてんじゃないかってさ。できることなら俺が遊んでやりたいんだが……ほら、野良犬だと思われるだろう? 迂闊に近づけなくて困ってんだよ」
「私はどうしたらいいかな?」

 見当のつかない優李は首をかしげる。

「だからさ、おまえが俺の飼い主みたいな顔して一緒に来てくれればいいだろう?」
「なるほど、それならお安い御用だよ!」

 想像していたよりもずっと簡易な頼みごとだと思い、優李は快諾した。飼い犬としてなら海をかまうことができると考えたのだろう。リクはあやかしの世界に住み着いてからも、度々人の世に出向き、あの獣医の家族のことをずっと見守ってきた。大事に育ててくれた家族のことを、今でも大切に思っている。

 一度山を降りて、二人――いや、一人と一匹は商店街に戻ってきた。

「首輪とリードを買ってこようか?」

 そう提案する優李に、大型犬の姿をしたリクはぐるると不満そうな声を上げる。

「おまえ、俺の首を繋ぐつもりなのか?」
「飼い犬はみんな繋がれてるものだよ。嫌だとは思うけど、よほどのことがない限り引っ張ったりしないから」

 再びぐるる、と唸ってから、リクはしぶしぶ首輪に繋がれることを承諾して優李と一緒に首輪とリードを買いに行くことにした。

 リクを店の前で待たせて、急いで首輪とリードを買うと、優李はリクの首に赤い首輪をつけ、リードで繋ぐ。

「似合うよリク、素敵!」
「首輪が似合うといわれてもなぁ……」
「あはは、それもそうだよね」

 なんて会話をしてから、犬の散歩よろしく一人と一匹は並んで歩きはじめる。

「私ね、犬も飼ってみたかったんだよ。お母さんが苦手だっていうから飼えなかったけど。あれってやっぱり母さんが猫だからかな? でも、こっちの猫と犬は仲が悪くないよ? 私はむしろ犬も好きっていうか……」

 優李の問いかけにリクはふふんと鼻を鳴らした。

「仲が良いわけないだろう、猫も犬も互いに誇りを守っているのだ、慣れ合ったりはしない」

 王の眷属である十四の貴族は十二支とイタチと猫。どうやら十二支である犬と猫の間にはそれなりの確執があるようだ。もしかしたらイタチも同様なのかもしれない。

「そういうものなんだ、あやかしの世界も大変だね」

 優李は感心しながらも、そうなると半分猫のあやかしである自分のことはどう思っているのだろうかと首をひねった。

優李はリードをゆったりと持って僅かに前を歩くリクについていく。

  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...