75 / 105
百合の葯
プライズルーム -1-
しおりを挟む結婚式の会場である『グランドパーク中山』には二〇分ほどで到着した。
半月前に凛太郎とのランチで訪れたばかりだが、その時と違い、今回はホテルの裏口を通って中に入る。普段目にすることのないホテルの裏側は、コンクリートが剥き出しのシンプルな造りで、とてもあの煌びやかなホテルと同じ場所とは思えなかった。
「ちょっと驚いたでしょ?」
キョロキョロと辺りを窺う咲に、花音が可笑しそうに尋ねる。
「そうですね。いつも目にするホテルのイメージとは全然違うので──ホテルって、良くも悪くも日常とはかけ離れた世界なんですね」
「悪くもっていうのは、あんまりじゃない?」
花音が揶揄うように笑い、台車に積んだ花を荷物置き場に置くと、腕時計を確認した。
「ちょっと時間があるから、先に文乃さんのところへ挨拶に行こうか」と咲を伴って、ブライズルームへと向かう。
ブライズルームは三階のブライダル専用フロアにあるとのことだった。
落ち着いた紫色の絨毯が敷かれ、少し照明を落としたフロアは、黒を多く使用した内装で、高級感を感じさせる。天井を飾るシャンデリアや長い廊下に等間隔で置かれたフラワーアレンジメントが華やかさを添えていた。
その一角、『柴崎家』との立て看板が置かれた部屋のドアを花音がノックする。
すぐに「はーい」とドア越しに女性の声が答えた。
「華村です。ご挨拶に伺いましたが、よろしいでしょうか」
花音が尋ねる。すぐにまた「どうぞ」との声が返ってきた。
失礼します、と花音はゆっくりとドアを開ける。と同時に、目の前を白い壁が覆った。その壁に沿って進むと、二〇畳ほどの白で統一された広い空間が現れ、ロココ調の鏡台や応接セットが置かれていた。全身が映る姿見の横には、ふわふわとした淡いピンク色のドレスが掛けられている。続きになっている奥の部屋には、天蓋付きのベッドまであった。
すでにウェディングドレスに着替え終わっていた文乃は、二人掛けのソファに埋もれるように座っていた。
忙しかったのか、少し疲れが見える。
「本日はおめでとうございます」
花音が恭しくお辞儀をし、祝福の言葉を述べた。
「おめでとうございます」と咲もそれに倣う。
ありがとう、と文乃はとても幸せそうに笑った。
「少しお疲れのようですが、体調のほうは問題ないですか?」
気遣わしげに花音が尋ねる。
そういえば、と咲は文乃のお腹を見つめた。
文乃さんは妊娠をしているのだった。
たしか、今は六ヶ月くらいのはずだ。そろそろお腹が目立ってくる時期なのだろうが、ボリュームのあるスカートでちょうどお腹の膨らみは隠れていた。
「大丈夫よ」
文乃はそう言って愛おしそうにお腹を撫でた。
「でも、この子も緊張しているらしくて、今日は大人しいの」
フフッと笑う。慈愛に満ちたその笑顔は本当に美しく、思わず見惚れてしまう。
「咲ちゃん、どうしたの?」
ぼーっとしている咲を見て、花音が心配そうに声をかけた。
「あ、すみません──文乃さんがあまりにも綺麗で、つい見惚れてしまいました」
「いやだ、咲さんったら。面白いこと言うわね」
文乃は一瞬キョトンとして、それからケラケラと笑った。
「そういえば、武雄くん。素敵なブーケをありがとう」
ソファから立ち上がり、鏡台の横に置かれたローテーブルから白いブーケを取り上げた。
きっとこれが花音の言っていた『キャスケードブーケ』なのだろう。白い薔薇を使ったそれは上のほうがこんもりと丸く、下に向かうにつれ細いラインが綺麗に表現されている。たしかに流れる滝のような形をしていた。ところどころに使われた色違いの薄いベージュの薔薇もアクセントとなっていて素敵だ。
文乃はそのブーケをお腹の辺りに構えると、片手でスカートを摘み、優雅に膝を曲げ、お辞儀をしてみせる。
「お気に召していただけたなら、光栄です」
対して花音も胸に手を当て、紳士のようなお辞儀を返した。
──ここは異国ですか?
咲はそのやりとりに目を奪われ、ボンヤリと二人を眺めた。
──こんなにお似合いの二人なのにどうして別れたのだろう?
ふと、そんな疑問が頭をもたげた。二人の様子を見ていても、今でもとても仲が良さそうだ。お互いが嫌いになって別れたのではないことは、恋愛経験の少ない咲でも簡単に想像がついた。
0
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる