華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
77 / 105
百合の葯

ブライズルーム -3-

しおりを挟む

「それじゃあ、僕たちはそろそろお暇します──行こう、咲ちゃん」

 チラリと時計を見て、花音が言い、部屋の外へ向かう。咲もそれに従い、亮介と文乃も見送りにあとに続いた。

「あ、そうだ」

 ドアノブへ手をかけた花音は思い出したように文乃と亮介を振り返った。

「お花、楽しみにしていてくださいね。僕からの精一杯の恩返しですから」

 口の端を歪め、自信満々に笑う。

「ああ、楽しみにしてる」

 嬉しそうに目を細めた亮介に、花音は大きく頷き、ドアを押し開けた。

「おっと」

 途端に大きな花束を抱えた女性が入り口の前に現れ、ぶつかりそうになる。

「あ、申し訳ありません」

 女性は慌てて謝辞を述べた。服装から、式場のスタッフであることが分かる。

「──文乃さまに花束が届いておりましたので、お持ちしたのですが……」

 花音を見上げ、告げる。

「花束?」

 部屋の中から文乃が疑問の声を上げ、「誰からかしら?」と首を傾げた。

「心当たりがないのですか?」
「ええ。お花は武雄くんに全て任せているし、友達からもそんな連絡は……」

 文乃の答えに、花音の表情がわずかに曇った。

「わかりました。ありがとうございます」とスタッフに礼を述べ、花音は花束を受け取る。

 一礼をして部屋を去ったスタッフの背中を見送り、ドアを閉じた花音は、しげしげと花束を観察した。

「メッセージカード……」

 添えられたメッセージカードに気がつき、手に取る。サッとメッセージカードに目を通した花音の表情が険しさを帯びた。

「……あいつっ」

 ついで押し殺した低い声が漏れ出る。とても花音のものは思えない険のある声だ。咲はビクリと肩を窄めた。
 
「どうした?」

 異変に気づいた亮介が問う。

「二階堂だよ」

 応じる花音の声には、明らかに怒りがこもっていた。

「『ご結婚おめでとうございます。僕からささやかなプレゼントを贈らせていただきます。喜んで貰えると嬉しいです。──二階堂にかいどうさとる

 メッセージカードを読み上げ、花音は忌々しげにそれを握りつぶした。

 ──メッセージを聞いた分には普通のお祝いの言葉のように思えるが。

 しかし、亮介は深刻そうに眉を顰め、

「一体どういうつもりだ……」

 何事かを思案するように顎に手を当てた。文乃を見ると、血の気の失せた顔で立ち尽くしている。

「まったく二階堂の奴っ。こんなものを贈りつけてくるなんて、何を企んでいる?」

 花音はそう呟き、奥歯を噛み締めた。

 ──こんなもの?

 咲は驚いて花音を凝視した。

 ──花束を『こんなもの』呼ばわりするなんて。

 お花のことをとても大切にしている花音さんが、そのお花を蔑むような言葉を吐くことが信じられなかった。

 穏やかだった花音の瞳には、激しい憎悪と冷ややかな侮蔑が混じり合い、浮かび上がる。

 それは決して自分に向けられたものではないと分かっていても、咲は萎縮して、身を縮こませた。

 ──初めて花音さんを怖いと思った。

「──おい、武雄っ」

 亮介が花音に呼びかけ、咲を顎でしゃくる。それで花音はハッとしたように咲を見た。

「あ……咲ちゃん、ごめんね。驚かせちゃったね」

 慌てていつもの穏やかな笑みを取り繕う。

「……大丈夫です」

 咲はフルフルと頭を振った。

「本当に?」

 花音は咲の肩に手を置き、心配そうに顔を覗き込む。

 その表情はすっかりいつもの過保護な花音さんだ。

「本当に、大丈夫です」

 咲はホッとして笑顔を返す。

 そう、と花音は頷き、「ごめんね、怖がらせて」と咲の頭をポンポンと撫でた。

「……おいおい、本日の主役の前でイチャつくなよ」

 二人のやりとりを黙って見ていた亮介が茶化した声を上げる。

 ──そういえばここはブライズルームだった。

 声の方を見ると、生温かい視線の亮介と文乃と目があった。咲はあわあわと顔を赤く染め、俯いた。

 ──全部見られてた……

 恥ずかしい。それに文乃さんにも誤解されたかもしれない。

「別にいいじゃないですか」

 花音は気にした風もなく、亮介に軽口を返すと花束を押し付ける。

「それじゃあ、僕たちはこれで」と咲の手を取り、部屋をあとにした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...