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三本のアマリリス
華村花音の事件 -4-
しおりを挟む「──五年前、法月の兄は飲酒運転でひき逃げ事故を起こした」
ティーカップを両手で持ち上げ、花音が告げる。ティーカップを持つ手がかすかに震えているように見えた。
「被害者は亡くなった。即死だったよ」
「それは……傷ましい事故ですね」
咲は眉を顰めた。そうだね、と花音は頷く。
「そして、法月の兄は逃走中、誤って車ごと海に転落し、死亡した」
「死亡……」
やりきれない結末に、胸が痛む。
遺族からしてみたら、きちんと罪を償って欲しかったのではないのだろうか。
「だけど、どうしてそれで法月さんが二階堂さんを恨むのでしょうか?」
法月の身の上には同情するが、事故を起こしたのは法月の兄であって、二階堂には関係がない。
「──その事故が偽装されたものだったから」
花音は目を細め、チラリと咲を見る。
「偽装?」
そう、と花音は紅茶を一口含んだ。
「事故を起こしたのは二階堂悟。法月の兄は濡れ衣を着せられ、殺されたんだ」
「殺された?」
不穏な言葉に咲は息を呑む。
「まぁ、証拠は掴めなかったんだけどね……」
花音はティーカップをソーサーに戻し、肩を竦めた。
「殺されたって、どうしてそんなこと……」
現実離れしたドラマのような話に、咲は困惑する。
「法月が言ってたんだ……兄が飲酒運転するなんてあり得ないって」
「法月さんが言ってた? 花音さんは法月さんと面識があるんですか?」
文乃の挙式では、そんなふうにはまるっきり見えなかった。
「うん。事故の捜査で話を聞いたことがある。あの頃の彼はまだ少年っぽさが色濃くて、今とはだいぶ様子が違っていたから、名前を聞くまでは気がつかなかったけど」
「そうですか……」
そういえば花音さんが元警察官だったということを思い出す。
「彼らのご両親は飲酒運転の巻き込み事故で亡くなったそうだよ。だから、同じ理由で家族を亡くする人を作りたくないって、法月の兄は絶対に飲酒運転はしなかったらしい」
たしかに法月が兄を信じたい気持ちは理解できるけれど。
「それでも、魔がさすことはありますよね」
咲の言葉に、そうかもね、と花音は視線を逸らし、目を伏せた。膝の上で組まれた手がギュッと握られ、指の先が黄色く染まる。
「だけど、二階堂には理由があった──事故の被害者を殺す理由が」
その瞳には激しい憎悪の光が灯る。ティーカップの水面に映る自分を見つめたまま、花音はさらに指に力を込めた。
「花音さん……」
いつもは穏やかな花音の圧倒的な負の感情を目の当たりにし、咲は口を噤んだ。
「──僕の祖母なんだ」
「えっ?」
「その事故の被害者」
「花音さんのお祖母さま……」
五年前に亡くなったと聞いてはいたけれど。事故で亡くなったとは知らなかった。
花音は口の端を結ぶ。
「──二階堂はね、僕の祖母を恨んでいたの」
俯いたまま、苦しげに告げる。
「それも祖母に非があっての話じゃない。完全な逆恨みだよ」
花音の祖母は駆け込み寺のようなことをしていた。加害者側の人間からしてみれば邪魔な存在だろう。逆恨みだって珍しくはなかったのかもしれない。
──そういえば五年前……
たしか、文乃さんが華村ビルに住んでいた。
「もしかして、二階堂さんは文乃さんのストーカーだったんですか?」
咲の問いに、花音は「そう」と頷いた。
「それでなんですね……」
咲は得心する。
だから二階堂は文乃の挙式をメチャクチャにしようと企んだのだ。
「二階堂はね、祖母が文乃さんを匿ったあともつきまとってたの。それで祖母や僕にやり込められて、最終的に接近禁止命令まで出されてね。相当根に持っていたみたい」
だからって、人を殺そうとまで思うものなのだろうか。
けれど、顔合わせのときの二階堂の様子を思えば、その可能性は充分にあると思った。
あの、人を見下したような態度。目的のためには手段を選ばないやり方。自分以外は駒のように思っているのかもしれない。
「もし仮にそうだったのなら、どうして警察は二階堂さんを捕まえなかったのでしょう?」
それに花音は小さくため息を吐いた。
「事故は夜だったし、車も人通りも少ない道でね。目撃者がいなかったの。それに、祖母を轢いた車には法月の兄が乗っていたからね。飲酒運転で事故を起こした上での単独死亡事故って判断されたんだ」
「そんな……」
「僕も上にもかけあってみたんだけど。どこからか圧力がかかっているらしくて、結局、充分な捜査は出来なかった」
まぁ、どこからの圧力かは想像つくけど、と皮肉に顔を歪めた。
「──だから、僕は警察が嫌になって辞めたんだ」
そう言って肩を竦める。
「法月もおかしなことをしなきゃいいんだけど……」
花音は寂しげに微笑んで、遠くを眺めた。
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