転生したら、犬でした。

香月 樹

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#4 僕は自分の無力さに打ちひしがれた。

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夜が明けて、僕は母親と一緒に荷物を片付けていた。
母親は、いつの間にか僕の自宅から数日分の荷物を持って来ていた。

僕が入院していると連絡があって、入院手続きと顔を見るために病院まで来たが、
目を覚ますまで何日かかるか分からないと言われ、一旦荷物を取りに行ったそうだ。

「とりあえず、箪笥から適当に服を取って、その辺にあった鞄に突っ込んで来た」

と言っていた。
・・・この歳になって、親にパンツ見られるとか恥ずかしいな。。。

母親は勿論そんな事お構いなしで鞄に荷物を詰め込んでいたが、
荷物を詰め込みながら「誰も来なかったわね」とボソッと口にした。

僕に気付かれないだろうと小声で言ったのだと思ったから、
僕もあえて「え?なんて言ったの?」と深く追求する事も、
「みんな忙しいんだよ」と返事を返す事もしなかった。

荷物を詰め込み終えると、母親はその鞄を持って受付ロビーまで運んでくれて、
「退院の手続きしてくるから、これ持ってて」と僕に鞄を返してから受付へ向かった。

そして、手続きを済ませて戻って来ると、「じゃぁ、行こうか」と言って出口に向かった。
僕はそんな母親の後ろを、カルガモの子供のようについて行った。

(いくつになっても母親にとっては、子供は子供だな)

僕はなんだか昔を思い出して懐かしくなった。
よく、「おかあさーん、おかあさーん」と言って母親の後ろをついて回っていたのだ。

病院の建物を出ると母親は僕の方に振り返り、

「じゃぁ、私は帰るから。あんた、もう無理するんじゃないわよ。」

そう言いながら僕の肩をポンポンと叩いて、
いつの間にか電話で呼び出し入口で待機させていたタクシーに乗り込んだ。

そして、窓を開けたかと思うと、

たまには実家に帰って来なさい。ノンビリ出来るし、気分転換になるわよ。」

と言った。

きっと2日も入院してるのに、お見舞いに顔を出しにさえ来ない、
上司や同僚に不信感を抱き、何か違和感を覚えたのかもしれない。

(母さん、昔から勘がいいからなぁ。。。ブラックな会社だって気付いたのかもな。)

「うん、時間が出来たら顔見せに帰るよ。」

僕は一瞬ドキッとしたが、平静を装って右手を振り、バイバイと母親に手を振った。

母親はじゃあねと僕に言ってから「運転手さん、出して」と言いながら窓を閉めたが、
目にはうっすら涙が溜まっているように見えた。

僕は、いい歳の大人が母親に心配かけているな、となんだか申し訳なくなって、
頭をボリボリと軽く掻いた。

母親の乗るタクシーが見えなくなったのを確認してから、
僕は右のポケットからスマホを取り出し、別のタクシーを呼び出した。

確信はない。ただの夢かもしれない。
それでもあの夢は妙に生々しく、とてもリアルに感じた。
今でもそこで見た光景、嗅いだ臭いを鮮明に覚えている。

僕はあの夢を見て以来胸のざわつきが収まらず、
夢で見たあの出来事が、夢だったのか、現実なのか確認せずにはいられなかった。

やがてやって来たタクシーに乗り「〇〇市保健所まで」と運転手に伝えた。
運転手は「はいよ」とだけ返事をし、メーターを倒して車を出発させた。

目的地に向かうタクシーの中で、窓の外を流れる景色をぼんやり見ていたが、
目の前を次々に流れていく都会の摩天楼はどこか無機質に見えたが、
差し込んで来た柔らかい陽の光に照らされたそれは、僅かに温かくも感じた。

「着きましたよ。」

30分ほど走った頃に、目的の「〇〇市保健所」についた。
僕は運転手にお金を渡し、タクシーを降りた。

見た感じ、建物の外見は一般的な役所と変わらないように思えた。
それくらい、保健所だと聞かないと、特別な建物には見えなかった。

(ここだ・・・)

こんな何の変哲も無い建物に保護動物が収監されて・・・。

なんだか少し緊張してきた。
別に悪い事してるわけじゃない、堂々と見せてもらおう。

保健所の入口に入り、入口から真っすぐと延びる廊下の、
向こうを通ったスタッフらしき人に声をかけた。

「すみませーん」

「はーい」

「「「!!!」」」

僕はあまりの衝撃に、胸を強く押さえつけられているかのように息ができなくった。
向こうからやって来たのはあの年配のスタッフだったのだ。

(ゆ、夢じゃなかった!?)

目の前に壁のように立ち塞がり、「お前は殺処分だ」と告げた恐ろしい生き物。。。
僕はあの時の恐怖を思い出し、顔から血の気が引いていくのがわかった。
そして、思わず膝の力がガクンと抜けて、尻もちをつくように座り込んだ。

スタッフは青ざめた顔をした僕を見て「大丈夫ですか?」と声をかけた。

僕は、「だ、大丈夫です」と返すのが精一杯で、
とりあえず息を整えようと気持ちを落ち着かせた。

暫く深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いた頃にスタッフに再度目をやった。

改めて見たスタッフはそびえ立つ壁のように巨大ではなく、
むしろ背は低い方で、穏やかな感じで、そして僕が落ち着くまで待ってくれた優しい人だった。

(処分される犬の立場からしたら、こんな温厚そうなおじさんも恐ろしく見えるって事だな。)

「もう大丈夫そうですね。」

スタッフはそう言うと「それで、何か御用ですか?」と言いながら、
僕を支えて立ち上がらせた。

僕はスタッフに支えられてゆっくり立ち上がり、
「保護犬を見たいので収容所を案内して欲しい」とスタッフに伝えた。

スタッフは「いいですよ、こちらです」と少し離れた建物へ案内してくれた。

案内された建物へ入ると、僕は愕然とした。

廊下に沿って檻が並んでおり、
廊下を挟んだ向かいの壁にはポスターが並んで貼られている。

そしてポスターは飼い主たちにもう一度考え直すよう説得している。
安楽死なんて無い、待っているのはガスで窒息させられて苦しみながら迎える死だ、と。

僕はギュッと胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
夢で見た通りの光景がそこにあったのだ。

僕が、ポスターを見て思わず立ち止まったので、

「飼えなくなった飼い主達は、せめて楽にしてやりたいとここへ連れて来るんですが、
実際は安らかに眠る事なんて出来ず、窒息して苦しみながら死んでいくんです。
死んで良い命なんてないのに、人間の都合で殺されるんです。」

と、スタッフが説明してくれた。

「そう、、、なんですね。。。」

僕はその一言を返すのが精一杯で、思わず込み上げて来る嗚咽を懸命にこらえ、
流れ落ちそうな涙を隠すようにポスターから檻へ顔を向けた。

そこに並ぶ檻は、やはり夢で見たのとまるっきり同じで、
ただ1つ違っていたのは、夢の中で僕がいたあの檻と、
その部屋からみて右隣りには誰もおらず、唯一左隣りの保護犬だけが残っていた。

「ここと、ここには・・・保護犬は居ないんですね。。。」

案内してくれたあのスタッフに涙声でそう言うと、
あぁ、その子たちは、と言葉を続けた。

「先ほど保護ボランティアのスタッフが来て、そこの2匹は連れて行ってくれたんですよ。」

良かった!もう殺処分された訳じゃなかった!!!

先程スタッフに、保護犬たちは苦しみながら死んでいくと聞いてからずっと、
例えようの無い思いに胸を押し潰されそうだったが、助かったと聞いて少しホッとした。

そう喜んだのも束の間、僕はハッとある事に気づいた。

「じゃ、じゃぁ、この犬は・・・?」

唯一残っていた保護犬、あの悟ったように項垂うなだれ、虚ろな目をしていた保護犬、
この犬は一体どうなるのか???

「一定期間を過ぎた後、こちらから動物愛護センターに移されます。
そこでまた里親募集など行い引き取り手を探す事になります。」

その言葉に「良かった、引き取り手さえ見つかればこの犬も助かる!」
と僕は一瞬安堵したが、スタッフは更に言葉を続けた。

「一定期間引き取り手が見つからない場合はそこで殺処分されます。
残念ながらその犬は老犬のため、一定期間後、恐らく殺処分される事になります。」

え!?助からない・・・の?

僕は思わずうつむいた。目からはとめどなく涙が溢れて来た。
僕の胸を締め付ける何かが再び襲って来た。

喜んだ僕は愚かだ。
この犬には、これから安楽死とは名ばかりの苦しみが待っているのだ。

それでも僕の今の生活を考えると、とても飼ってあげられない。

ここの保健所だけでも保護動物は何頭もいる。全国には何万頭だっている。
全部の保護動物を飼ってあげられる訳じゃない。

こんなに近く、例え手を伸ばせば届く距離であっても、何もしてあげられない、
やるせない気持ちと己の無力さに、僕は暫く打ちひしがれた。

スタッフは肩を震わす僕の様子を見て、直面した現実に気を落としていると気づいたのか、
「それでも、2匹は助かったんですよ」と優しく声を掛けてくれた。

そうだ、あの犬は助かったんだ!せめてあの犬だけでも引き取ろう!

僕はそう心に決めていた。
万が一夢じゃなく、現実の事だったら、犬だった自分を引き取ろうと。

僕はスタッフに、あの保護犬を引き取った保護ボランティア団体の事務所の場所を聞いて、
再びタクシーを呼び出しその場所へ向かった。

収監所の建物から出る時、あの老いた保護犬は虚ろな目で真っすぐ僕を見ていたが、
僕は「ゴメン。。。ゴメン。。。」と謝る事しかできなかった。
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