転生したら、犬でした。

香月 樹

文字の大きさ
5 / 8

#5 救われた命の行く末

しおりを挟む
街から遠ざかるようにタクシーで30分ほど行くと
保健所で教えて貰った保護ボランティア団体の建物が見えて来た。

道中、タクシーの窓から見える景色は、僅かながら木々や畑などの自然が見え隠れしていたが、
郊外の鮮やかな緑も、僕の目にはモノクロに見えた。今の気分がそう見せているのかもしれない。

まだ先ほど目の当たりにした現実がショックで、受け止めきれずにいるのだ。

僕が一言「引き取ります」と言えばあの老いたビーグル犬は助かるんだ。
でも、僕の今の生活を考えると2匹も飼えない。。。いや、無理をすれば・・・。

頭の中ではずっと葛藤が続いており、そのせいで僕の心の中はどんよりと沈んでいた。
この感情を表現するには、どういう言葉が適切だろうか、罪悪感?虚無感?悲嘆?失望?
一言では言い表せない気持ちが、僕の胸を締め付ける。

僕は何故こんなにもあの老犬の事が気になるのだろう。
勿論、申し訳ないという罪悪感はある。何も出来ないという虚無感はある。
でもそれ以外に心に引っ掛かるこの思いは何だ・・・ろ・・・う

!!!

そうだ、あの老犬は僕に似ているんだ。
独りポツンと世界に残された絶望感と、全てを諦めた目。そして、哀れだ。
僕がこれまで必死に隠して来た本当の自分、それにそっくりだった。

誰にも愛されず、誰にも必要とされない、孤独で哀れな僕。
あの老犬を見てるとまるで自分を見てるようで、だからこんなにも心を掻き乱されるのか・・・。

それでも、保護ボランティア団体の敷地に入ってタクシーを降りた後、
意を決し、前向きに気持ちを奮い立たせて建物の入口へゆっくりと向かった。

せめてあの犬だけでも救うんだ!

夢で犬の中に居たせいか、その犬の事を自分の分身のように感じていて、
その犬を処分されるという事は、自分の半身を失うようなものだと感じていた。
だから、どうしても命を救いたいと思っていた。

保健所で殺処分から救うという使命は達成されたが、
ここでも引き取り手が見つからなかった場合どうなるかわからない。
だから、一刻も早く自分が引き取りたいと思っていたのだ。

そして、その思いを叶えるべく、この保護ボランティアの事務所へやって来た。

事務所の敷地は、郊外という事もあってとても広くて、
きっと、保護された動物たちのストレスを少しでも和らげようとの配慮なのだろう。

門を入ると、田舎の小学校の校庭ほどの広い庭?が広がり、
事務所と思われる学校のような建物と、
その後方にも保護動物たちが暮らしているであろう建物が何棟も並んでいた。

庭や建物の様子から察するに、この保護ボランティア団体の施設は、
どうやら廃校になった小学校を利用しているようだ。

動物たちが暮らしているであろう建物の横には、
これまた広い芝生のスペースが金網で囲まれていて、
恐らくドッグランとして使用されているのだろう。

ここは保護犬にとって、保健所より遥かに天国のようだ。
ただ、本当の飼い主が見つかるまでは安心できない。

こういったボランティア団体では、少数のスタッフに対し大勢の保護動物が住んでいるため、
ちゃんと飼い主に飼われているペットと比べ、どうしても目が行き届かない。
愛情が足りないとは言わないが、世話をする人手や物資が絶望的に不足しているのだ。

以前ネットで見た物資や寄付を募るそんな広告を、敷地に入ってから僕は思い出していた。

そして、事務所の入口近くに来ると、入口前の広いスペースにはバンが止まっており、
バックドアを開けて、スタッフ数名で連れて来た保護動物をちょうど下ろしているようだった。

今回バンのバックドアから運び出されたケージは2個だった。
恐らくあの保健所から連れてきた2頭が入っているのだろう。

バンの周りには何組かの家族が集まっており、ケージが下される様子を見ていたが、
ある家族が、そのうちの1匹の犬に目が留まったようで、
ボランティア団体のスタッフと思われる人に、抱かせて欲しいとせがんでいるようだった。

スタッフは「ちょっと待って下さいね」と言いながらケージから犬を出し、
「落とさないようしっかり持って下さいね」と言ってその家族に渡した。

家族に渡された保護犬は、まだ若いシベリアン・ハスキーだった。

夢の中では、鏡などで自分の姿を見る機会はなかったが、
何故か僕はこのシベリアン・ハスキーが、夢の中の僕だと確信した。

もう一方のケージの中に居た幼い犬には見覚えがあったので、間違いないだろう。
その幼い犬は、保健所に居た時、隣で誰かを思い焦がれて泣いていたあの柴犬の子だ。

この幼い柴犬にも他の家族が興味を示していたので、
恐らく2匹とも無事に家族が決まるだろう。そう思うと少しは心が晴れた。

そして、僕は暫くこの2匹の様子を見守っていた。

無事に引き取って貰えるのを見届ける事で、
心に残る虚無感や罪悪感を、少しでも拭えればと思っていた。

自己満足といえばそうなのだけど、それでも今の心境のまま帰る事はできなかったから。

幼い柴犬を抱きかかえていた家族は、その柴犬をとても気に入ったのだろう、
早速スタッフに譲渡の手続きをして欲しいと言っていた。

とても優しそうな夫婦と、小学生くらいの女の子の家族で、
この家族に貰われていけば、この幼い柴犬もきっと幸せに過ごせるだろう。

柴犬は相変わらずキャンキャン泣いていたけど、
今の僕にはもう、なんて言っているのか理解出来なかった。

家族は一旦柴犬をスタッフに返すと、

「手続きや、今後の流れを説明しますね。」

と別のスタッフに案内されながら、共に手続きのため建物の中へ入っていった。

シベリアン・ハスキーを抱いていた家族も、引き取りたいとスタッフに申し出ていた。
「ではこちらへ」とスタッフに案内されて、その家族も一旦犬をスタッフに預けてから、
建物の中へ入って行ったが、僕はこの家族の事がとても気になっていた。

先程の家族と同様、夫婦と娘の3人組だが、娘は高校生くらいで、そして車椅子だった。
しかもあの老犬と同じように虚な目をしている。

母親と思われる派手な出立ちの女性が、

「良かったわね。前の子と似たような子が見つかって。」

と、車椅子の少女に話し掛けていたが、少女の表情は全く変わらず、
ずっと虚な目で前だけを見つめていた。

何もかもを諦めてしまったかのような目、あれは心が死んでいる目だ。
そんな目をした少女がとても気になって、僕はその場を離れられなかった。

15分程経って、さっきの2組の家族と、
それぞれの家族を案内していたスタッフが建物の中から出てきた。

「じゃぁ、また後日ご連絡しますね。
簡易審査が通れば自宅訪問、その後、1ヶ月のトライアルになります。」

スタッフがそれぞれの家族に伝えていた。
どうやら譲渡は即日では無く、いくつかのステップを踏まなければならないらしい。 

それならば、、、
と、僕もあのシベリアン・ハスキーの引き取りに名乗りを挙げるため、
車椅子の少女の家族を担当していたスタッフに声を掛けた。

普通であれば譲渡の予約が入った時点で、
僕は身をひいてあのシベリアン・ハスキーとあの家族の幸せを願うところだが、
車椅子の少女の虚ろな目に嫌な予感がして、そのまま渡してしまいたくなかった。

「すいません、先程居たハスキー犬を引き取りたいんですが。」

そう言った僕の言葉に対するスタッフの返事は、

「既に引き取りの予約が決まったので、そちらでのトライアルが済んで、
相性が合わずに引き取らないとなった場合のみ、引き取り希望が出来ます。」

というものだった。一足遅かった。

「直に譲ってくれとお願いするから」とあの家族の連絡先を尋ねたが、
流石にこのご時世だ。個人情報は教えて貰えなかった。

これ以上僕に出来る事は無かった。
シベリアン・ハスキーとあの家族が仲良く元気に暮らすのを祈るばかりだ。

『願わくば、保護犬と接する事であの少女が心を取り戻しますように。。。』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。 ​「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」 ​「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」 ​「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...