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チャプター1:「新たな邂逅」
1-4:「序盤」
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――それから各々はそれぞれの行動に移行した。
穂播と直宇都は新型73式小型トラックに乗って、広場より後方へと下がって行った。鐘霧や朱真は、今しがた到着した隊員等と合流再編成し、神殿の大階段を駆け上がって行く。
そんな中、制刻、鳳藤、河義、策頼等、54普連の面子。そして敢日とGONGは、一度広場の一角で集合した。
「――さて、どうするか。俺達はどうにも、良くも悪くもお客さん扱いって感じだな」
集合した所で、河義が一番にそんな言葉を発する。
「んなら、好き勝手動かせてもらいましょう。ドンパチの所を、冷やかしに行くのもいいでしょう」
その河義の言葉を受けて、制刻はそんな進言の言葉を発した。
「冷やかしって、お前……」
そんな制刻の発言に、鳳藤は呆れた声を上げる。
「いや。だが俺達の側でも、もう少し町の状況を掌握しておくべきかもな」
しかし河義の方は制刻の言葉から、自分達での状況掌握の必要性を鑑み、発した。
「んじゃ、俺等で見てきます。河義三曹は策頼と一緒に、ヘリのお守りを」
それを受け、制刻は自身が観察行動に出る旨を発する。そして続け、河義等にヘリコプターの防護を要請。
「剱、行くぞ」
そして河義の返事も待たずに身を翻し、鳳藤に追従を促しながら、神殿の大階段に向かって歩き出した。
「はぁ、そんな予感はしてた……」
有無をいわさず、制刻に付き合わされる事になった鳳藤は、ため息混じりに吐き出しながら、制刻の身を追う。
「よし。行くぞGONG」
そして敢日とGONGは、当たり前と言うようにそれに続いた。
制刻等3名と1機は、神殿の大階段駆け上がり、大きく仰々しい作りの神殿正面入り口を潜り抜け、神殿内部へと踏み入る。
内部は広く天井の高い作りになっている。そして内部には、先んじて踏み入った鐘霧率いる一班が展開しており、すでに彼等の手によりクリアリングは終えられていた。
「見ろ。彼等皆、装備が最新だぞ」
そんな班の隊員等の姿を見止め、鳳藤が一番に発する。
その言葉通り、鐘霧率いる班の隊員は皆、新型の小銃である〝17式5.56mm小銃〟。もしくは〝17式7.62mm小銃〟を装備。分隊支援火器射手は、MINIMI Mk.3を装備している。
そして他各種装具も、新しい形式の物が多く見受けられた。
「流石の期待の新設連隊だな」
「あぁ」
感嘆の声を零す剱。しかし一方の制刻は、対して興味無さげに生返事を返す。
「そう言えば自由。お前も一時期、77普連に居たんだろう?」
そんな制刻に、今度は敢日が尋ねる言葉を紡ぐ。
制刻は、元の世界で二年前に起きた、ロシアクーデター軍による南樺太侵攻――〝樺太県侵犯事件〟の際、〝部隊間相互教育プログラム〟という施策により、第77普通科連隊に出向していた経歴があった。
「そん時、色々あって穂播さんと拗れたんだろ?」
「何があったんだ……?」
続け敢日は、制刻と穂播との関係性について言及。鳳藤は、困惑と呆れの混じる声で、尋ねる言葉を紡ぐ。
「色々だ」
しかし制刻はそれだけ言い、またしても詳細を話そうとはしなかった。
「貴様ら」
そんな所へ、端から声が掛けられ飛んで来た。各々が視線を向ければ、そこに歩んで来た鐘霧の立つ姿があった。
「我々に同行するつもりか?」
「えぇ。ちと、冷やかしに」
そして寄越された尋ねる言葉。それに対して、制刻は不躾な、そしてふざけた様子でそんな言葉を返す。
「状況掌握のためです……ッ」
そこへ鳳藤が、少し慌てて訂正補足の言葉を差し込む。
「噂通りの問題隊員だな――まぁいい。一緒に来る以上は、協力してもらうぞ」
鐘霧はそんな制刻の態度を前に、少し厳しい顔色で発した後に、そう忠告し命じる言葉を発する。
「いいでしょう」
それに、またも不躾に言葉を返す制刻。
対して鐘霧は最早言葉を返さず、身を翻して制刻から離れた。
「4班、行くぞ」
鐘霧は、神殿内部で警戒態勢を取っていた、班の隊員各員に発し命じる。各員はそれに応じて警戒態勢を解き、先行する鐘霧に続く。
「んじゃ、俺等も行くか」
そして制刻等も、あまり緊張感の感じられない様子で、それに続いた。
鐘霧率いる班――改め4班。そして制刻等は、神殿内部を突っ切って抜け、神殿の反対側へと出る。
出た先では、神殿の土台部より降りるための通用階段が設けられていた。表の荘厳な作りの大階段とは違い、実用性主眼のシンプルな階段であった。そして神殿より先には、町並みが広がっていた。
「階段を降りるんだ」
鐘霧の促しを受け、列を成して階段を下ってゆく4班。そして制刻等もそれに続く。
階段を降り切った先は町路と繋がっており、その町路は神殿より緩やかなカーブを描いて離れ、町並みを割って伸びている。
その町並みを割って伸びる町路の先に、複数の緑色の大きな影――オークの群れが姿を現したのは、その時であった。
「来やがったぜぇ!」
各員はすぐさまその存在を確認。そして代表するように、朱真が声を張り上げた。
「展開しろッ」
ほぼ同時に、鐘霧が指示の声を発し上げる。そして4班各員は飛ぶように散会、町路周辺の家屋や遮蔽物に飛び込みカバー。そして一泊置いた後に、各所各員より射撃行動が開始された。
町路の先より現れたオークは、10体程。内の先陣を切る二体程が、得物の斧をひっさげながら、吶喊を試みようとしたが、その二体はあえなく小銃射撃の餌食となり、地面に崩れた。
「近づけさせるな。ヤツ等の肉薄は脅威だ」
鐘霧が、展開した班員に警告の声を発し上げる。
しかし反して、オーク達はそこから続き吶喊を仕掛ける姿は見せなかった。オーク達は町路の向こうで、身を隠す様子を見せる。そして直後、こちら側へ複数の矢が飛来、襲い来た。
「ッ――気を付けろ。花庭一士、制圧射撃だッ」
襲い来たそれを受け、鐘霧は警告の声を。続けて分隊支援火器射手の隊員に、軽機による制圧射撃を命ずる。
それに呼応し、射手の構えたMINIMI MK.3が発砲を開始、弾幕を町路上に形成する。
さらに4班各員も、矢撃の隙を見ての射撃を再開。町路上を、銃火と矢撃、双方の激しい攻撃が飛び交いだした。
「モンスターズ。うまくカバーしながら戦いやがるな」
一方。鐘霧等同様に周辺遮蔽物にカバーした制刻等は、上がり出した激しい射撃音を聞きながらも、先のオーク達の動きを観察。そして制刻がそんな言葉を零す。
「あぁ、こっちの戦闘形態を学んで、合わせて来てるみたいだ。見た目の割に、なかなかどうして柔軟で、戦術に長けてる」
制刻の言葉に、近くでカバーしている敢日が返す。
オーク達は隊の戦闘形態に対して、見おう見まねな様子ながらも、学び適応していた。敢日はそんなオーク達を評する言葉を紡ぐ。
「頭の回るモンスターか。厄介だな」
そして制刻は、そんな敵の存在に、淡々と呟いた。
その間にも戦闘状況は動き、4班側からの火線弾幕により、オーク達の内の2~3体程が無力化。残るオーク達は身を晒すことを極力避け、クロスボウだけを遮蔽物より突き出し、狙わずの闇雲な矢撃を放ってきている。しかし精度こそ欠けるものの、これ等の矢撃もまた前進押し上げの障害となる、厄介なものであった。
「面倒だな、時間を食われる――陸士長」
制刻の元へ、鐘霧から呼ぶ声が掛けられる。
「役に立ってもらうぞ。迂回して、ヤツ等の側面背後を突けないか試してみろ」
そして鐘霧からは、そんな命じる言葉が寄越された。
「〝樺太事件の特異点〟が、どれ程のものか見せてもらう」
続き、そんな言葉を寄越す鐘霧。それは少しの皮肉と、試すような色の含まれた言葉であった。
「まぁ、いいでしょう」
しかしその言葉に、制刻は不躾に端的に了承する。
「解放、GONGを借りる」
「あぁ」
「GONG。裏庭を突っ切っていくぞ」
そして制刻は敢日に断ると、GONGに向けてそう発した。
現在戦闘の舞台となっている町路に沿って、建ち並んでいる家屋群。その家屋群の裏手には、各家屋の裏庭敷地が隣接し連なり、家屋群を隔てて町路と平行に走っている。この連なる裏庭を突っ切っていけば、オーク達の側面に辿り着き、そこを突けるはずであった。
制刻は遮蔽物としていた荷車を離れ出、先に見える家屋裏手の裏庭へ、設けられていた柵を越えて踏み込んだ。
さらに続いたGONGが柵を壊し、裏庭へと踏み込む。
「GONG。そのまま生垣もだ」
そんなGONGに指示する制刻。
それを受けたGONGは、電子音を鳴らし返事をしたかと思うと、次の瞬間に重鈍そうな動きで駆けだし、その先にあった高い生垣へ吶喊。生垣の一角をなぎ倒し、強引に開口部を作った。
「その調子だ」
GONGはそのまま各家屋の裏庭敷地を隔てる生垣や柵を、その巨体で押し倒し崩壊させ、進路を切り開いていく。
そして幾つめかの柵を踏み倒し、その先に踏み込んだ時であった。
「うおぁ!?」
「な、なんだッ!?」
そこで、二体のオークと鉢合わせた。
オーク達は、突如として現れた異質な物体であるGONGに、驚愕と動揺の様子を見せる。
「――ごぅッ!?」
「ぁッ!?」
しかし直後に、オーク達は立て続けにもんどり打った。そして鈍い悲鳴を上げながら、膝を着き崩れ落ち、オーク達は亡骸となり地面に横たわる。
一方を見れば、GONGの横に小銃を構えた制刻の姿があった。制刻はGONGに続いてこの場に踏み込み、すかさずオーク達に対してヘッドショットを決め、無力化したのであった。
「――考える事ぁ、同じか」
制刻は警戒の意識を引き続き周囲に向けつつも、オーク達の亡骸を見下ろしながら呟く。おそらくこのオーク達も、裏庭を抜けてこちらの側面背後を取ろうとしていたのであろう。
そんな推察をしつつも、制刻とGONGはそこから横に建つ家屋へと、裏口扉を潜り、そして壊して踏み込む。
家屋内を抜けてゆき、町路に面する一室へと抜け、制刻はその窓際で一度カバー。その窓から外を覗けば、そこには見事に、4班と対峙中であるオーク達の無防備な側面や背中が見えた。
「よぉし――」
静かに一言呟く制刻。制刻は窓より小銃の銃身を突き出し、引き金に力を込める。
――そして無慈悲な射撃が、オーク達を横薙ぎにし、あるいは背中を襲った。
「な、なんだ――ぐぁッ!?」
「後ろだ――ぎぇぁッ!?」
背後側面を取られての強襲。襲い来た銃弾に、オーク達は次々に横殴りにされ、あるいは背を食われ崩れ落ちる。
弾倉中の弾をばら撒き切り、小銃は程なくして弾切れを起こす。
しかしその時にはすでに、まだ残るオーク達も態勢を大きく崩し、遮蔽物より身を晒していた。そしてそんな所を、町路の向こうより来る4班の攻撃に、ことごとく撃ち抜かれて、亡骸へと加わって行った。
「――ラインガン4、クリアだ。正面に出るから撃つな」
程なくして、町路上に動くオークの姿は無くなった。制刻が4班へ再び要請を送り、4班からの射撃が停止。町路上は静けさを取り戻す。
それを確認した後に、制刻は警戒しながらも窓を乗り越え、町路上へと出る。
その先に広がっていたのは、そこかしこに崩れ散らばった、いくつものオーク達の死体であった。
「モンスター相手とは言え、気分のいいモンじゃないな」
一帯を見渡していた制刻の所へ、背後から声が聞こえた。見れば、先の家屋の玄関口より踏み出て来る、敢日と鳳藤の姿がそこにあった。制刻とGONG同様に、裏庭を抜けて追いついてきたのだろう。
「まぁな」
敢日の言葉に、制刻は淡々と返す。
さらに程なくしてその場に、4班の隊員らが、前進し合流して来た。隊員等は先までオーク達が陣取っていた一帯へ展開し、警戒姿勢を取る。
「まだいるかもしれん、注意しろ」
そして最後に鐘霧が到着し、指示の声を発し上げた。
「二尉。とりあえずは、こんなモンです」
制刻は、その追いついてきた鐘霧に対して、そんな軽口混じり報告を発して向けた。
「よくやったが、まだ序の口だ」
それに対して鐘霧は、ストイックな口調でそんな評価の言葉を返して来た。
「イシムラ、こちらラインガン4。攻勢箇所より流出して来た敵は、迎撃した。これより押し上げ、攻勢箇所での戦闘に合流する」
そして鐘霧は、指揮官用無線機を用いて報告の通信を上げる。報告相手は、戦闘団本部で戦闘状況、情報を統括している直宇都だ。
《了解ラインガン4。攻勢突出地点では現在ラインガン5及び6-1が交戦中。しかし包囲体制は十分ではありません。急ぎ合流願います》
報告に対して直宇都の声で、了解の旨と要請の言葉が返って来た。
「了解、終ワリ――聞いたな?行くぞ」
鐘霧は要請を了承して通信を終えると、前進再開の声を上げた。
鐘霧の声に応じ、4班は隊伍を組み直して町路上を前進を開始。制刻等も、それに続いた。
緩やかなカーブを描く町路を駆け前進する、鐘霧等4班と、制刻等。
その途中で各々の耳が、銃撃音を捉える。それは進むにつれて大きくなり数を増やし、激しさを増す。
そして制刻等の進む町路は、程なくして開けた一帯へと通じ出た。
その場は、二等辺三角形の形状をした、一辺が100m及び50m程の一帯。制刻等が出たのは、その内片方の100m辺の丁度真ん中。
等しい二辺の頂点側――東側にはいくつかの家屋が立ち、その各家屋からは陣取った77戦闘団の各班による、激しい銃火が発されている様子が見える。
そして50m辺側――西側には教会のような建物が建ち、その内部や周辺には目測20体以上のオーク達が陣取り、矢撃などを放つ姿が。さらには一帯のど真ん中、銃火の中を無謀も同然の吶喊を仕掛ける、多数のゴブリンの姿が見えた。
一帯は苛烈な戦闘の繰り広げられる只中であり、制刻等はそのど真ん中に出たのであった。
「ッ――展開しろッ!」
鐘霧はその光景に一瞬気圧されるが、すぐに気を取り直して班員に命じる。それに応じて、飛ぶように周辺へ散会、身を隠し配置展開する班員各員。
ちなみに制刻等はすでに各個の判断で先んじて、カバー体勢に入っていた。
「ラインガン5へ、こちらラインガン4。戦闘現場に到着した。現在一帯の南側――そちらの左手に居るッ」
一帯の状況を観察確認しながら、味方部隊へ到着を伝える通信を送る鐘霧。彼の視線の先では、一帯のど真ん中を吶喊するゴブリン達が。そして東側にある家屋の二階より発される、おそらくMINIMI Mk.3の物であろう機銃掃射により、そのゴブリン達がことごとく惨殺される姿が見えた。
《ラインガン4へ、こちら5ヘッド。増援に感謝する。そのまま、そこからの敵の流出を抑えて欲しいッ》
呼びかけた味方部隊である5班からは、感謝の言葉と共に、要請が寄越され来る。
直後――西側にある教会の付近で小爆発が上がり、その場に居た3体程のオークが巻き込まれ、千切れ吹き飛んだ。
再び東側に視線を戻せば、家屋の影に、60㎜迫撃砲(B)――M6C-210コマンドーを置き構えた隊員の姿が見え、それがオーク達を吹き飛ばしたのであろう事が伺えた。
「――了解、5ヘッドッ――瓜樹士長、花庭一士ッ。そこの家屋を抑えて配置しろッ」
鐘霧は味方部隊の要請に了解の返答を返し、それから班員の内の2名に、すぐ傍にある家屋を抑え、そこに陣取るよう命じる。
「剱、オメェも行け。上に上がって、支援しろ」
「あ、あぁ」
それに便乗し、制刻は選抜射手である鳳藤に、家屋上階に上がって射撃支援を行うよう促す。鳳藤はそれに戸惑いつつも答え、カバーを解いて家屋へと向かっていった。
「おい、こっちに来たぞ!」
それと入れ替わりに、班員の内の朱真から声が上がった。
見れば銃火が激しく飛び交う一帯の中、一部のゴブリン達がこちらに流れ向かって来る姿が見えた。
さらにそこへ加えて、そんなゴブリン達の背後、教会の方向より火の玉が飛来。飛来した火の玉は幸い、4班の頭上を掠めるだけで飛び去って行ったが、飛び来たそれは班員を少なからず驚かした。
「ヤツ等、摩訶不思議までかまして来るのか」
おそらくオーク達が放ってきた魔法現象に、制刻は先の様子をしげしげと観察しながら零す。
「あぁ。見た目の割に多芸みたいだな」
それに対して、敢日が軽口で返す。
ゴブリン達の吶喊も、襲い来た火の玉も、敵モンスター達の決死の攻勢行動であった。しかしそれ等は、制刻等及び4班各員の開始した迎撃行動を前に、脆くも崩れ去った。
吶喊して来たゴブリン達は、しかし次には、配置を終えた分隊支援火器射手のMINIMI Mk.3の掃射を。そして各々の開始した射撃を真正面から受ける形となり、バタバタとなぎ倒されていった。
そして4班員の内の1名が、先に飛来した火の玉の、その軌道から打ち出された地点を推測。その飛来元に向けて、17式5.56mm小銃を――正確にはその銃身下に装着された、アンダーバレルグレネードランチャー、ベレッタGLX-160を突き出し構え、狙いをつけてその引き金を引いた。
ランチャーより撃ち出された40mmグレネード弾は、教会を囲う垣根の一角に、飛び込み炸裂。そこに身を隠していた、魔法発動者であるオークを、垣根ごと吹き飛ばした。
「またやられタッ!」
「囲まれてルッ!」
果敢な突出攻勢を仕掛け、町内での巻き返しを図ろうとして来たオーク達。しかし残存兵力に過ぎない彼らのそれには限界が見えだし、そして態勢の整った隊側の強力な火力を前に、オーク達は瓦解しつつあった。
「ふんばれッ!」
「ヤツ等が来るッ!」
しかしオーク達が後退する様子は無い。そして、オーク達の元よりそんな言葉が零れ聞こえて来た。
「今の聞こえたか?」
そんな零れ聞こえたオーク達の言葉を聞き留め、敢日はネイルガンで五寸釘をばら撒きながらも、制刻に向けて尋ね発する。
「あぁ。何かを企んでやがる」
制刻は小銃への再装填を行いながら、オーク達の企みを推察し呟く。
――ドン、ドン。――と。
何かの音が聞こえ来たのはその直後であった。
音源は、西側に建つ、オーク達の陣取る教会の向こう。一定間隔で響き聞こえるそれは、徐々にその数を増す。
そして――ヌォ――と。
教会の影より、巨大なそれは姿を現した。
それは、身長おそらく3mを越える、人型の――しかし人ではない巨大な生物。太い手足に、肥満という表現では足りないほどに出た腹。それは、トロルとよばれるモンスターであった。
現れたのは、計4体のトロル。そのいずれもが、その身を完全に隠せる巨大な盾を片腕に。そしてもう片方の腕には、棒の先に棘の生えた鉄球を付けた鈍器――いわゆるモーニングスターを装備していた。
「おいおい――ッ。またヤバそうなデカブツが出て来たぞッ!」
そんなトロル達の出現に、敢日が声を張り上げる。
「トロルだッ。あれはトロルだ!」
続け鐘霧が、その正体、名称を発し上げた。
その現れたトロル達は、一定の間隔を空けて布陣。手にしていた巨大な盾を各方へ向けると、それを地面へドスンと降ろす。そうしてその巨体の足先から頭までを完全に隠すと、盾を摺りながら、隊側に向かっての前進を開始した。
《これを待ってたのかッ――5ヘッドより各ユニット、アレを止めろッ。アレに火力を向けろッ!》
5班の長から、無線越しに寄越された要請の声。それを合図に、各方各員より、トロル達に向けて攻撃が開始された。各隊員の各小銃射撃が。各方に配置した軽機による掃射が、それぞれの銃火がトロル達に注がれる。
しかし、そのいずれもが、トロル達の構える巨大な盾に阻まれた。
《ッ、お互いを守ってやがるッ》
無線上に、5班の長からの、悪態の声が上がる。
トロル達は、その巨大な盾で自らを守るだけでなく、巧みに互いを守り合い、各方からの攻撃を見事に防いでいた。
そんな所へ、トロル達の内の一体の元で、爆発炸裂が起こる。4班の隊員の、ベレッタGLX-160から放たれた、40㎜グレネードの着弾炸裂だ。
一瞬、爆煙に包まれるトロルの身体。――しかし、爆煙が晴れて散った向こうに現れたのは、盾こそ焼け焦げ凹んだ跡が見えるものの、依然健在のトロルの姿であった。
「マジかよ……ッ!」
グレネード弾を放った射手の隊員から、苦々しい声が上がる。
「ラインガン4より5。アレを止めて倒すには、生半可な火器ではダメだッ」
そして傍らで鐘霧が、5班に向けて、訴える言葉を送る。
《あぁ、分かっているッ。こちらで対戦車火器を準備する。各ユニット、それまで時間を稼いでくれッ》
5班の長からは、少し焦った様子での、要請の言葉が寄越された。
「つったって、アレ止まんねぇぞッ」
そんな要請の言葉が寄越されたものの、しかしトロル達を足止めする事も容易な事ではなく、朱真が弾をばら撒きながらも、困惑の声を上げている。
「剱。あのメタボのデカブツに、ヘッドショットを決められねぇか」
一方。制刻は支援射撃位置に付いている鳳藤に向けて、トロルに対しての頭部狙撃ができないかを、通信で尋ねている。
《ッ、ダメだッ。頭まで完全に盾で隠してる、狙えない……ッ!》
しかし鳳藤からは、狙撃は不可能である旨が、焦燥混じりの言葉で帰って来た。
「しゃぁねぇ。解放」
それを聞いた制刻は、呟いてから、敢日に促す言葉を送る。
「あぁ――GONG」
敢日はその意図を理解し、呼応。そして、後方で身を隠し待機していたGONGを呼んだ。
GONGは機械音を鳴らして、カバーする敢日の元まで歩き出て来る。そして敢日の隣に陣取り、その巨体を低くして申し訳程度に遮蔽物に隠す。
態勢を完了させると、GONGは左アームを翳し突き出し、そこに搭載されるリニアガンを起動展開させ、構える姿勢を取った。
それから一瞬の間が訪れる。それは、照準のための空白。
――次の瞬間。異質な衝撃音が、GONGより響きあがった。
同時に、GONGの左アームが、そしてボディが、後退する。
異質な音は、リニアガンの射撃音。そしてGONGの動きは、その射撃の衝撃を受け止めた物だ。
そして、周囲の各々の視線は、その先のトロル達へと向く。
4体のトロルの内の、先頭中央に位置し前進していた1体。そのトロルの持つ盾に――いや、その奥に隠れていたトロルの胴に、大穴が空いていた。
リニアガンの撃ち出した弾は、見事にトロルの身を盾ごと貫いて見せたのだ。
その身に大穴を開けたトロルは、直後に身を崩し、倒れ、音と砂煙を上げる。
そしてその倒れたトロルの向こうに位置していた、もう一体のトロルが、援護を無くしてその身を、制刻等や4班へと晒した。
「今だ、やるんだッ!」
発し上げられたのは、鐘霧の指示の言葉。
その身を晒したトロルが、爆煙に包まれたのはその瞬間であった。ベレッタGLX-160射手による、再びの40㎜グレネード攻撃が、トロルを襲ったのだ。
煙が晴れれば、その身にクレーターのような損傷を作り、膝を着いたトロルの姿が、そこに現れた。
「二体ダウンッ!」
二体のトロルの無力化を確認し、声を張り上げる鐘霧。
しかし衝撃は、さらに立て続く。
制刻や4班から見て最奥に位置していたトロルの元で、先のグレネード着弾時のそれよりも、より大きな爆煙が轟音と共に上がった。
それは、東側家屋群に陣取る5班よりの、84㎜無反動砲カールグスタフからの攻撃であった。
爆煙に包まれるトロルの巨体。そして爆煙が晴れた時、そこにあったのは、大穴の空き放り出された巨大な盾、そして千切れ散らばったトロルの身体であった。
《三体目、ダウンッ》
三体目のダウンを告げる5班からの報告が、通信上に上がる。
現れ前進して来た4体のトロルの内、3体が強火力の投射により崩れ、無力化された。残るは1体のみ。
「――オ゛ォオオオオオッ!!」
しかし、その残る一体となったトロルから、雄たけびが上がり聞こえ来たのはその時であった。
そのトロルは、それまで摺っていた巨大な盾を持ち上げ構える。そして、もう片腕に持っていたモーニングスターを振り上げ回すと、鈍重な動きでしかし駆けだした。
それは吶喊行為。その迫る先は、制刻等と4班の方向だ。
「まずいッ!てき弾、対応しろッ!」
トロルのその巨体を持っての肉薄は、大変な脅威となる。その姿を見た鐘霧は、てき弾――グレネードランチャー射手への対応攻撃を命じる。
「装填中ですッ!」
しかし間が悪かった。
先に発射を行ったばかりのグレネードランチャーは、現在装填中であり即応は不可能であった。そうこうしている間にも、トロルは4班の元へ距離を詰めて来る。
「ッ――各員撃て!対応しろッ!」
発し上げ命じる鐘霧。しかし命じられるまでもなく、班の各員はすでにトロルに向けて、射撃行動を始めていた。各小銃弾が、軽機の銃火が、迫るトロルのその巨体に殺到する。
しかしトロルは、驚異的な姿を見せた。
「――グォオオオッ!!」
巨大な盾の隙を抜け、銃弾群はトロルの巨体の各所を傷つけた。5.56㎜弾がトロルの脚を貫き傷つけ、7.62㎜弾がその腹に食い込んだ。
しかしそれらを以てしても、トロルは動きを止めない。トロルは自らを奮い立たせる雄たけびを上げ、駆け進み続けた。
《ラインガン4、危険だッ!近すぎて炸裂火器が撃ち込めないッ、退避し距離を取れッ!》
そこへ5班からの警告要請の声が、各員のインカムに届く。
その通信の通り、トロルはすでに4班の間近まで迫っており、無反動砲や軽迫撃砲等の炸裂火器の投射は、危険な域に達していた。グレネードランチャーに至っては、この間合いでは安全装置が働き炸裂しないだろう。
「ッ――退避ッ!後退を――」
鐘霧は、班の各員に向けて退避の支持を張り上げようとした。
――しかし、その時であった。
鐘霧の横を、何者かが通り抜けた。その人影は、遮蔽物となっていた木箱を軽々と踏み飛び越えて見せる。
その正体は、他でもない制刻であった。
「ッ!陸士長!?」
その姿に、鐘霧は驚きの声を上げる。それも無理はない。
制刻は、退避を促そうとしていた矢先に、反対に遮蔽物の向こうへと繰り出し、トロルの前へと身を晒したのだから。
「解放、剱。露払いを頼む」
当の制刻は、驚く鐘霧には返事を返さずに、インカムを用いて敢日や鳳藤に向けて、要請の言葉を送る。
そして視線を起こせば、そこには迫り来た、トロルの巨体があった。すでにその距離は、トロルがその腕に持つ、凶悪な得物の間合い。
直後、その腕に持たれたモーニングスターが振り上げられる。
「ッ!おい――ッ!」
鐘霧より発し上げられた声。それと同時に、得物は制刻に向けて振り下ろされる――
――しかし、その凶悪な得物は、制刻の身を直撃する事はなかった。
「っと」
見れば、制刻は軽快な動きで、モーニングスターを回避していた。片足を軸に、その身体を斜め後方へ捻り引いてる。
そして目標を失ったトロルのモーニングスターは空を切り、地面に落下。鈍い音と砂煙が上がる。
「グォッ――!?」
自身の攻撃か空振りに終わった事に、目を向くトロル。
――鈍い衝撃音が上がったのは、その瞬間。
そしてトロルはその身、その太い脚に、鈍い衝撃と鈍痛を覚えた。
見れば、制刻が片脚を突き出し、トロルの太い脚に蹴り入れ、折り崩していた。制刻は回避行動から続き、トロルに向けて脚撃を繰り出し放ったのだ。
さらに制刻はそこから連続動作で、自身の足先を、折り崩したトロルの脚の後ろへ回す。
「ほれ」
そして払われた制刻の脚。それは、なんとトロルのその太い脚を、いとも簡単に掬い上げて見せた。
トロルの巨体は、掬い上げられ一瞬だけ宙へ浮かぶ。そして次の瞬間、その巨体は空を仰ぎ、音と土煙を上げて、尻と背からドシンと地面に落ちた。
「オォ――!?」
その身に何が起きたのか、理解が追い付いていないのだろう、仰向けに地面に沈んだトロルは、その目を見開いている。
しかし、そのトロルの視界を、何かの影が覆う――
「――キョォッ!?」
――瞬間、トロルのその大口から、しかし反した乾いた音が――悲鳴が上がった。
トロルの首は、あってはならない方向まで曲がり、トロルは白目を剥いて口から泡を零し、そして――絶命していた。
それを成したのは、今なおトロルの頭を踏みつける戦闘靴。――その主は、他でもない制刻。
制刻は、転倒させたトロルの頭部を踏み抜き、その首をへし折り絶命させたのだ。
「――やれやれ」
制刻は、トロルの無力化を確認して脚を放すと、気だるげに一言零す。
「エピックヘッドよりラインガン5。最後のデカブツは仕留めた、後は頼めるか」
そして制刻は、インカムを用いて5班へと、報告と要請の通信を送る。
《……ッ!あ、あぁ……了解だ。これよりこちらで対応、押し上げる……!》
5班の長からは、少し間をおいての返信が返って来た。おそらく、制刻がその身一つでトロルを無力化した事に、呆気に取られていたのだと思われる。
5班の陣取っている東側家屋からは残るオーク達に向けて射撃行動が再開される。そして同時に、家屋からは5班及び6班の隊員等が駆け出て来た。
「組ごと左右に展開!」
「接近のし過ぎに気を付けろ!」
隊員等は一帯へと進出展開。押し上げ、残敵の掃討を開始。
「やられた!トロル共が全滅ダッ!?」
「ひ、引けェッ!」
対するオーク達は、増援のトロル達の全滅を前に、戦意を失ったのだろう。これまで保っていた体勢を瓦解させ、逃走を開始。しかしそんな無防備を晒したオーク達の背に、各方からの射撃や軽迫撃砲の着弾炸裂が襲い、オーク達は殲滅されていった。
「――制刻陸士長」
そんな様子を眺めていた制刻。そこへ声が掛けられ振り向けば、背後に難しい顔をしてそこに立つ、鐘霧の姿があった。
「デカブツ一体、無力化しました」
その鐘霧に向けて、どこか不躾な様子で報告の言葉を発する制刻。
「ッ――貴様の実力は確かなようだ。――だが、連携を軽視して突出する真似は控えろ」
そんな制刻に対して鐘霧は、制刻の先の行動を評しながらも、同時に忠告の言葉を叩きつけた。
「急だったんでね。今後、気を付けましょう」
対する制刻は、受けたその言葉にしかし、本当にその気があるのか怪しい、淡々とした返事を返した。
その制刻を前に、鐘霧は引き続きの難しい表情を作っていたが、程なくして視線を外し、インカムに手を当て通信を始めた。
「――イシムラ、こちらラインガン4。5及び6と合流し、突出して来た敵を無力化、押し返した」
《了解ラインガン4。その場は5、6に任せ、そちらはパルスライフル・コマンドの元へ向かってください》
鐘霧は戦闘団本部へ報告を上げ、それに応じた本部の直宇都から、了解の言葉と引き続きの行動要請が寄越される。
「了解イシムラ、終ワリ――4班、聞いたな?行くぞ」
鐘霧はそれを了承し、通信を終える。そして周辺に展開していた4班各員に向けて、指示の声を発し上げた。
4班の隊員は集合して隊伍を組み直し、それまで戦闘の行われていた一帯を縦断。その先の路地へと駆け込んで行く。
「さて。俺等も引き続き、ご一緒するか」
「まだ、序盤を過ぎた辺りという所か……」
一方で、同様に合流再編していた制刻等。その中から、敢日が冗談交じりの声で発し、続け鳳藤が呟き零す。
「行くぞ」
そんな二人に制刻が促し、制刻等は4班の後を追った。
穂播と直宇都は新型73式小型トラックに乗って、広場より後方へと下がって行った。鐘霧や朱真は、今しがた到着した隊員等と合流再編成し、神殿の大階段を駆け上がって行く。
そんな中、制刻、鳳藤、河義、策頼等、54普連の面子。そして敢日とGONGは、一度広場の一角で集合した。
「――さて、どうするか。俺達はどうにも、良くも悪くもお客さん扱いって感じだな」
集合した所で、河義が一番にそんな言葉を発する。
「んなら、好き勝手動かせてもらいましょう。ドンパチの所を、冷やかしに行くのもいいでしょう」
その河義の言葉を受けて、制刻はそんな進言の言葉を発した。
「冷やかしって、お前……」
そんな制刻の発言に、鳳藤は呆れた声を上げる。
「いや。だが俺達の側でも、もう少し町の状況を掌握しておくべきかもな」
しかし河義の方は制刻の言葉から、自分達での状況掌握の必要性を鑑み、発した。
「んじゃ、俺等で見てきます。河義三曹は策頼と一緒に、ヘリのお守りを」
それを受け、制刻は自身が観察行動に出る旨を発する。そして続け、河義等にヘリコプターの防護を要請。
「剱、行くぞ」
そして河義の返事も待たずに身を翻し、鳳藤に追従を促しながら、神殿の大階段に向かって歩き出した。
「はぁ、そんな予感はしてた……」
有無をいわさず、制刻に付き合わされる事になった鳳藤は、ため息混じりに吐き出しながら、制刻の身を追う。
「よし。行くぞGONG」
そして敢日とGONGは、当たり前と言うようにそれに続いた。
制刻等3名と1機は、神殿の大階段駆け上がり、大きく仰々しい作りの神殿正面入り口を潜り抜け、神殿内部へと踏み入る。
内部は広く天井の高い作りになっている。そして内部には、先んじて踏み入った鐘霧率いる一班が展開しており、すでに彼等の手によりクリアリングは終えられていた。
「見ろ。彼等皆、装備が最新だぞ」
そんな班の隊員等の姿を見止め、鳳藤が一番に発する。
その言葉通り、鐘霧率いる班の隊員は皆、新型の小銃である〝17式5.56mm小銃〟。もしくは〝17式7.62mm小銃〟を装備。分隊支援火器射手は、MINIMI Mk.3を装備している。
そして他各種装具も、新しい形式の物が多く見受けられた。
「流石の期待の新設連隊だな」
「あぁ」
感嘆の声を零す剱。しかし一方の制刻は、対して興味無さげに生返事を返す。
「そう言えば自由。お前も一時期、77普連に居たんだろう?」
そんな制刻に、今度は敢日が尋ねる言葉を紡ぐ。
制刻は、元の世界で二年前に起きた、ロシアクーデター軍による南樺太侵攻――〝樺太県侵犯事件〟の際、〝部隊間相互教育プログラム〟という施策により、第77普通科連隊に出向していた経歴があった。
「そん時、色々あって穂播さんと拗れたんだろ?」
「何があったんだ……?」
続け敢日は、制刻と穂播との関係性について言及。鳳藤は、困惑と呆れの混じる声で、尋ねる言葉を紡ぐ。
「色々だ」
しかし制刻はそれだけ言い、またしても詳細を話そうとはしなかった。
「貴様ら」
そんな所へ、端から声が掛けられ飛んで来た。各々が視線を向ければ、そこに歩んで来た鐘霧の立つ姿があった。
「我々に同行するつもりか?」
「えぇ。ちと、冷やかしに」
そして寄越された尋ねる言葉。それに対して、制刻は不躾な、そしてふざけた様子でそんな言葉を返す。
「状況掌握のためです……ッ」
そこへ鳳藤が、少し慌てて訂正補足の言葉を差し込む。
「噂通りの問題隊員だな――まぁいい。一緒に来る以上は、協力してもらうぞ」
鐘霧はそんな制刻の態度を前に、少し厳しい顔色で発した後に、そう忠告し命じる言葉を発する。
「いいでしょう」
それに、またも不躾に言葉を返す制刻。
対して鐘霧は最早言葉を返さず、身を翻して制刻から離れた。
「4班、行くぞ」
鐘霧は、神殿内部で警戒態勢を取っていた、班の隊員各員に発し命じる。各員はそれに応じて警戒態勢を解き、先行する鐘霧に続く。
「んじゃ、俺等も行くか」
そして制刻等も、あまり緊張感の感じられない様子で、それに続いた。
鐘霧率いる班――改め4班。そして制刻等は、神殿内部を突っ切って抜け、神殿の反対側へと出る。
出た先では、神殿の土台部より降りるための通用階段が設けられていた。表の荘厳な作りの大階段とは違い、実用性主眼のシンプルな階段であった。そして神殿より先には、町並みが広がっていた。
「階段を降りるんだ」
鐘霧の促しを受け、列を成して階段を下ってゆく4班。そして制刻等もそれに続く。
階段を降り切った先は町路と繋がっており、その町路は神殿より緩やかなカーブを描いて離れ、町並みを割って伸びている。
その町並みを割って伸びる町路の先に、複数の緑色の大きな影――オークの群れが姿を現したのは、その時であった。
「来やがったぜぇ!」
各員はすぐさまその存在を確認。そして代表するように、朱真が声を張り上げた。
「展開しろッ」
ほぼ同時に、鐘霧が指示の声を発し上げる。そして4班各員は飛ぶように散会、町路周辺の家屋や遮蔽物に飛び込みカバー。そして一泊置いた後に、各所各員より射撃行動が開始された。
町路の先より現れたオークは、10体程。内の先陣を切る二体程が、得物の斧をひっさげながら、吶喊を試みようとしたが、その二体はあえなく小銃射撃の餌食となり、地面に崩れた。
「近づけさせるな。ヤツ等の肉薄は脅威だ」
鐘霧が、展開した班員に警告の声を発し上げる。
しかし反して、オーク達はそこから続き吶喊を仕掛ける姿は見せなかった。オーク達は町路の向こうで、身を隠す様子を見せる。そして直後、こちら側へ複数の矢が飛来、襲い来た。
「ッ――気を付けろ。花庭一士、制圧射撃だッ」
襲い来たそれを受け、鐘霧は警告の声を。続けて分隊支援火器射手の隊員に、軽機による制圧射撃を命ずる。
それに呼応し、射手の構えたMINIMI MK.3が発砲を開始、弾幕を町路上に形成する。
さらに4班各員も、矢撃の隙を見ての射撃を再開。町路上を、銃火と矢撃、双方の激しい攻撃が飛び交いだした。
「モンスターズ。うまくカバーしながら戦いやがるな」
一方。鐘霧等同様に周辺遮蔽物にカバーした制刻等は、上がり出した激しい射撃音を聞きながらも、先のオーク達の動きを観察。そして制刻がそんな言葉を零す。
「あぁ、こっちの戦闘形態を学んで、合わせて来てるみたいだ。見た目の割に、なかなかどうして柔軟で、戦術に長けてる」
制刻の言葉に、近くでカバーしている敢日が返す。
オーク達は隊の戦闘形態に対して、見おう見まねな様子ながらも、学び適応していた。敢日はそんなオーク達を評する言葉を紡ぐ。
「頭の回るモンスターか。厄介だな」
そして制刻は、そんな敵の存在に、淡々と呟いた。
その間にも戦闘状況は動き、4班側からの火線弾幕により、オーク達の内の2~3体程が無力化。残るオーク達は身を晒すことを極力避け、クロスボウだけを遮蔽物より突き出し、狙わずの闇雲な矢撃を放ってきている。しかし精度こそ欠けるものの、これ等の矢撃もまた前進押し上げの障害となる、厄介なものであった。
「面倒だな、時間を食われる――陸士長」
制刻の元へ、鐘霧から呼ぶ声が掛けられる。
「役に立ってもらうぞ。迂回して、ヤツ等の側面背後を突けないか試してみろ」
そして鐘霧からは、そんな命じる言葉が寄越された。
「〝樺太事件の特異点〟が、どれ程のものか見せてもらう」
続き、そんな言葉を寄越す鐘霧。それは少しの皮肉と、試すような色の含まれた言葉であった。
「まぁ、いいでしょう」
しかしその言葉に、制刻は不躾に端的に了承する。
「解放、GONGを借りる」
「あぁ」
「GONG。裏庭を突っ切っていくぞ」
そして制刻は敢日に断ると、GONGに向けてそう発した。
現在戦闘の舞台となっている町路に沿って、建ち並んでいる家屋群。その家屋群の裏手には、各家屋の裏庭敷地が隣接し連なり、家屋群を隔てて町路と平行に走っている。この連なる裏庭を突っ切っていけば、オーク達の側面に辿り着き、そこを突けるはずであった。
制刻は遮蔽物としていた荷車を離れ出、先に見える家屋裏手の裏庭へ、設けられていた柵を越えて踏み込んだ。
さらに続いたGONGが柵を壊し、裏庭へと踏み込む。
「GONG。そのまま生垣もだ」
そんなGONGに指示する制刻。
それを受けたGONGは、電子音を鳴らし返事をしたかと思うと、次の瞬間に重鈍そうな動きで駆けだし、その先にあった高い生垣へ吶喊。生垣の一角をなぎ倒し、強引に開口部を作った。
「その調子だ」
GONGはそのまま各家屋の裏庭敷地を隔てる生垣や柵を、その巨体で押し倒し崩壊させ、進路を切り開いていく。
そして幾つめかの柵を踏み倒し、その先に踏み込んだ時であった。
「うおぁ!?」
「な、なんだッ!?」
そこで、二体のオークと鉢合わせた。
オーク達は、突如として現れた異質な物体であるGONGに、驚愕と動揺の様子を見せる。
「――ごぅッ!?」
「ぁッ!?」
しかし直後に、オーク達は立て続けにもんどり打った。そして鈍い悲鳴を上げながら、膝を着き崩れ落ち、オーク達は亡骸となり地面に横たわる。
一方を見れば、GONGの横に小銃を構えた制刻の姿があった。制刻はGONGに続いてこの場に踏み込み、すかさずオーク達に対してヘッドショットを決め、無力化したのであった。
「――考える事ぁ、同じか」
制刻は警戒の意識を引き続き周囲に向けつつも、オーク達の亡骸を見下ろしながら呟く。おそらくこのオーク達も、裏庭を抜けてこちらの側面背後を取ろうとしていたのであろう。
そんな推察をしつつも、制刻とGONGはそこから横に建つ家屋へと、裏口扉を潜り、そして壊して踏み込む。
家屋内を抜けてゆき、町路に面する一室へと抜け、制刻はその窓際で一度カバー。その窓から外を覗けば、そこには見事に、4班と対峙中であるオーク達の無防備な側面や背中が見えた。
「よぉし――」
静かに一言呟く制刻。制刻は窓より小銃の銃身を突き出し、引き金に力を込める。
――そして無慈悲な射撃が、オーク達を横薙ぎにし、あるいは背中を襲った。
「な、なんだ――ぐぁッ!?」
「後ろだ――ぎぇぁッ!?」
背後側面を取られての強襲。襲い来た銃弾に、オーク達は次々に横殴りにされ、あるいは背を食われ崩れ落ちる。
弾倉中の弾をばら撒き切り、小銃は程なくして弾切れを起こす。
しかしその時にはすでに、まだ残るオーク達も態勢を大きく崩し、遮蔽物より身を晒していた。そしてそんな所を、町路の向こうより来る4班の攻撃に、ことごとく撃ち抜かれて、亡骸へと加わって行った。
「――ラインガン4、クリアだ。正面に出るから撃つな」
程なくして、町路上に動くオークの姿は無くなった。制刻が4班へ再び要請を送り、4班からの射撃が停止。町路上は静けさを取り戻す。
それを確認した後に、制刻は警戒しながらも窓を乗り越え、町路上へと出る。
その先に広がっていたのは、そこかしこに崩れ散らばった、いくつものオーク達の死体であった。
「モンスター相手とは言え、気分のいいモンじゃないな」
一帯を見渡していた制刻の所へ、背後から声が聞こえた。見れば、先の家屋の玄関口より踏み出て来る、敢日と鳳藤の姿がそこにあった。制刻とGONG同様に、裏庭を抜けて追いついてきたのだろう。
「まぁな」
敢日の言葉に、制刻は淡々と返す。
さらに程なくしてその場に、4班の隊員らが、前進し合流して来た。隊員等は先までオーク達が陣取っていた一帯へ展開し、警戒姿勢を取る。
「まだいるかもしれん、注意しろ」
そして最後に鐘霧が到着し、指示の声を発し上げた。
「二尉。とりあえずは、こんなモンです」
制刻は、その追いついてきた鐘霧に対して、そんな軽口混じり報告を発して向けた。
「よくやったが、まだ序の口だ」
それに対して鐘霧は、ストイックな口調でそんな評価の言葉を返して来た。
「イシムラ、こちらラインガン4。攻勢箇所より流出して来た敵は、迎撃した。これより押し上げ、攻勢箇所での戦闘に合流する」
そして鐘霧は、指揮官用無線機を用いて報告の通信を上げる。報告相手は、戦闘団本部で戦闘状況、情報を統括している直宇都だ。
《了解ラインガン4。攻勢突出地点では現在ラインガン5及び6-1が交戦中。しかし包囲体制は十分ではありません。急ぎ合流願います》
報告に対して直宇都の声で、了解の旨と要請の言葉が返って来た。
「了解、終ワリ――聞いたな?行くぞ」
鐘霧は要請を了承して通信を終えると、前進再開の声を上げた。
鐘霧の声に応じ、4班は隊伍を組み直して町路上を前進を開始。制刻等も、それに続いた。
緩やかなカーブを描く町路を駆け前進する、鐘霧等4班と、制刻等。
その途中で各々の耳が、銃撃音を捉える。それは進むにつれて大きくなり数を増やし、激しさを増す。
そして制刻等の進む町路は、程なくして開けた一帯へと通じ出た。
その場は、二等辺三角形の形状をした、一辺が100m及び50m程の一帯。制刻等が出たのは、その内片方の100m辺の丁度真ん中。
等しい二辺の頂点側――東側にはいくつかの家屋が立ち、その各家屋からは陣取った77戦闘団の各班による、激しい銃火が発されている様子が見える。
そして50m辺側――西側には教会のような建物が建ち、その内部や周辺には目測20体以上のオーク達が陣取り、矢撃などを放つ姿が。さらには一帯のど真ん中、銃火の中を無謀も同然の吶喊を仕掛ける、多数のゴブリンの姿が見えた。
一帯は苛烈な戦闘の繰り広げられる只中であり、制刻等はそのど真ん中に出たのであった。
「ッ――展開しろッ!」
鐘霧はその光景に一瞬気圧されるが、すぐに気を取り直して班員に命じる。それに応じて、飛ぶように周辺へ散会、身を隠し配置展開する班員各員。
ちなみに制刻等はすでに各個の判断で先んじて、カバー体勢に入っていた。
「ラインガン5へ、こちらラインガン4。戦闘現場に到着した。現在一帯の南側――そちらの左手に居るッ」
一帯の状況を観察確認しながら、味方部隊へ到着を伝える通信を送る鐘霧。彼の視線の先では、一帯のど真ん中を吶喊するゴブリン達が。そして東側にある家屋の二階より発される、おそらくMINIMI Mk.3の物であろう機銃掃射により、そのゴブリン達がことごとく惨殺される姿が見えた。
《ラインガン4へ、こちら5ヘッド。増援に感謝する。そのまま、そこからの敵の流出を抑えて欲しいッ》
呼びかけた味方部隊である5班からは、感謝の言葉と共に、要請が寄越され来る。
直後――西側にある教会の付近で小爆発が上がり、その場に居た3体程のオークが巻き込まれ、千切れ吹き飛んだ。
再び東側に視線を戻せば、家屋の影に、60㎜迫撃砲(B)――M6C-210コマンドーを置き構えた隊員の姿が見え、それがオーク達を吹き飛ばしたのであろう事が伺えた。
「――了解、5ヘッドッ――瓜樹士長、花庭一士ッ。そこの家屋を抑えて配置しろッ」
鐘霧は味方部隊の要請に了解の返答を返し、それから班員の内の2名に、すぐ傍にある家屋を抑え、そこに陣取るよう命じる。
「剱、オメェも行け。上に上がって、支援しろ」
「あ、あぁ」
それに便乗し、制刻は選抜射手である鳳藤に、家屋上階に上がって射撃支援を行うよう促す。鳳藤はそれに戸惑いつつも答え、カバーを解いて家屋へと向かっていった。
「おい、こっちに来たぞ!」
それと入れ替わりに、班員の内の朱真から声が上がった。
見れば銃火が激しく飛び交う一帯の中、一部のゴブリン達がこちらに流れ向かって来る姿が見えた。
さらにそこへ加えて、そんなゴブリン達の背後、教会の方向より火の玉が飛来。飛来した火の玉は幸い、4班の頭上を掠めるだけで飛び去って行ったが、飛び来たそれは班員を少なからず驚かした。
「ヤツ等、摩訶不思議までかまして来るのか」
おそらくオーク達が放ってきた魔法現象に、制刻は先の様子をしげしげと観察しながら零す。
「あぁ。見た目の割に多芸みたいだな」
それに対して、敢日が軽口で返す。
ゴブリン達の吶喊も、襲い来た火の玉も、敵モンスター達の決死の攻勢行動であった。しかしそれ等は、制刻等及び4班各員の開始した迎撃行動を前に、脆くも崩れ去った。
吶喊して来たゴブリン達は、しかし次には、配置を終えた分隊支援火器射手のMINIMI Mk.3の掃射を。そして各々の開始した射撃を真正面から受ける形となり、バタバタとなぎ倒されていった。
そして4班員の内の1名が、先に飛来した火の玉の、その軌道から打ち出された地点を推測。その飛来元に向けて、17式5.56mm小銃を――正確にはその銃身下に装着された、アンダーバレルグレネードランチャー、ベレッタGLX-160を突き出し構え、狙いをつけてその引き金を引いた。
ランチャーより撃ち出された40mmグレネード弾は、教会を囲う垣根の一角に、飛び込み炸裂。そこに身を隠していた、魔法発動者であるオークを、垣根ごと吹き飛ばした。
「またやられタッ!」
「囲まれてルッ!」
果敢な突出攻勢を仕掛け、町内での巻き返しを図ろうとして来たオーク達。しかし残存兵力に過ぎない彼らのそれには限界が見えだし、そして態勢の整った隊側の強力な火力を前に、オーク達は瓦解しつつあった。
「ふんばれッ!」
「ヤツ等が来るッ!」
しかしオーク達が後退する様子は無い。そして、オーク達の元よりそんな言葉が零れ聞こえて来た。
「今の聞こえたか?」
そんな零れ聞こえたオーク達の言葉を聞き留め、敢日はネイルガンで五寸釘をばら撒きながらも、制刻に向けて尋ね発する。
「あぁ。何かを企んでやがる」
制刻は小銃への再装填を行いながら、オーク達の企みを推察し呟く。
――ドン、ドン。――と。
何かの音が聞こえ来たのはその直後であった。
音源は、西側に建つ、オーク達の陣取る教会の向こう。一定間隔で響き聞こえるそれは、徐々にその数を増す。
そして――ヌォ――と。
教会の影より、巨大なそれは姿を現した。
それは、身長おそらく3mを越える、人型の――しかし人ではない巨大な生物。太い手足に、肥満という表現では足りないほどに出た腹。それは、トロルとよばれるモンスターであった。
現れたのは、計4体のトロル。そのいずれもが、その身を完全に隠せる巨大な盾を片腕に。そしてもう片方の腕には、棒の先に棘の生えた鉄球を付けた鈍器――いわゆるモーニングスターを装備していた。
「おいおい――ッ。またヤバそうなデカブツが出て来たぞッ!」
そんなトロル達の出現に、敢日が声を張り上げる。
「トロルだッ。あれはトロルだ!」
続け鐘霧が、その正体、名称を発し上げた。
その現れたトロル達は、一定の間隔を空けて布陣。手にしていた巨大な盾を各方へ向けると、それを地面へドスンと降ろす。そうしてその巨体の足先から頭までを完全に隠すと、盾を摺りながら、隊側に向かっての前進を開始した。
《これを待ってたのかッ――5ヘッドより各ユニット、アレを止めろッ。アレに火力を向けろッ!》
5班の長から、無線越しに寄越された要請の声。それを合図に、各方各員より、トロル達に向けて攻撃が開始された。各隊員の各小銃射撃が。各方に配置した軽機による掃射が、それぞれの銃火がトロル達に注がれる。
しかし、そのいずれもが、トロル達の構える巨大な盾に阻まれた。
《ッ、お互いを守ってやがるッ》
無線上に、5班の長からの、悪態の声が上がる。
トロル達は、その巨大な盾で自らを守るだけでなく、巧みに互いを守り合い、各方からの攻撃を見事に防いでいた。
そんな所へ、トロル達の内の一体の元で、爆発炸裂が起こる。4班の隊員の、ベレッタGLX-160から放たれた、40㎜グレネードの着弾炸裂だ。
一瞬、爆煙に包まれるトロルの身体。――しかし、爆煙が晴れて散った向こうに現れたのは、盾こそ焼け焦げ凹んだ跡が見えるものの、依然健在のトロルの姿であった。
「マジかよ……ッ!」
グレネード弾を放った射手の隊員から、苦々しい声が上がる。
「ラインガン4より5。アレを止めて倒すには、生半可な火器ではダメだッ」
そして傍らで鐘霧が、5班に向けて、訴える言葉を送る。
《あぁ、分かっているッ。こちらで対戦車火器を準備する。各ユニット、それまで時間を稼いでくれッ》
5班の長からは、少し焦った様子での、要請の言葉が寄越された。
「つったって、アレ止まんねぇぞッ」
そんな要請の言葉が寄越されたものの、しかしトロル達を足止めする事も容易な事ではなく、朱真が弾をばら撒きながらも、困惑の声を上げている。
「剱。あのメタボのデカブツに、ヘッドショットを決められねぇか」
一方。制刻は支援射撃位置に付いている鳳藤に向けて、トロルに対しての頭部狙撃ができないかを、通信で尋ねている。
《ッ、ダメだッ。頭まで完全に盾で隠してる、狙えない……ッ!》
しかし鳳藤からは、狙撃は不可能である旨が、焦燥混じりの言葉で帰って来た。
「しゃぁねぇ。解放」
それを聞いた制刻は、呟いてから、敢日に促す言葉を送る。
「あぁ――GONG」
敢日はその意図を理解し、呼応。そして、後方で身を隠し待機していたGONGを呼んだ。
GONGは機械音を鳴らして、カバーする敢日の元まで歩き出て来る。そして敢日の隣に陣取り、その巨体を低くして申し訳程度に遮蔽物に隠す。
態勢を完了させると、GONGは左アームを翳し突き出し、そこに搭載されるリニアガンを起動展開させ、構える姿勢を取った。
それから一瞬の間が訪れる。それは、照準のための空白。
――次の瞬間。異質な衝撃音が、GONGより響きあがった。
同時に、GONGの左アームが、そしてボディが、後退する。
異質な音は、リニアガンの射撃音。そしてGONGの動きは、その射撃の衝撃を受け止めた物だ。
そして、周囲の各々の視線は、その先のトロル達へと向く。
4体のトロルの内の、先頭中央に位置し前進していた1体。そのトロルの持つ盾に――いや、その奥に隠れていたトロルの胴に、大穴が空いていた。
リニアガンの撃ち出した弾は、見事にトロルの身を盾ごと貫いて見せたのだ。
その身に大穴を開けたトロルは、直後に身を崩し、倒れ、音と砂煙を上げる。
そしてその倒れたトロルの向こうに位置していた、もう一体のトロルが、援護を無くしてその身を、制刻等や4班へと晒した。
「今だ、やるんだッ!」
発し上げられたのは、鐘霧の指示の言葉。
その身を晒したトロルが、爆煙に包まれたのはその瞬間であった。ベレッタGLX-160射手による、再びの40㎜グレネード攻撃が、トロルを襲ったのだ。
煙が晴れれば、その身にクレーターのような損傷を作り、膝を着いたトロルの姿が、そこに現れた。
「二体ダウンッ!」
二体のトロルの無力化を確認し、声を張り上げる鐘霧。
しかし衝撃は、さらに立て続く。
制刻や4班から見て最奥に位置していたトロルの元で、先のグレネード着弾時のそれよりも、より大きな爆煙が轟音と共に上がった。
それは、東側家屋群に陣取る5班よりの、84㎜無反動砲カールグスタフからの攻撃であった。
爆煙に包まれるトロルの巨体。そして爆煙が晴れた時、そこにあったのは、大穴の空き放り出された巨大な盾、そして千切れ散らばったトロルの身体であった。
《三体目、ダウンッ》
三体目のダウンを告げる5班からの報告が、通信上に上がる。
現れ前進して来た4体のトロルの内、3体が強火力の投射により崩れ、無力化された。残るは1体のみ。
「――オ゛ォオオオオオッ!!」
しかし、その残る一体となったトロルから、雄たけびが上がり聞こえ来たのはその時であった。
そのトロルは、それまで摺っていた巨大な盾を持ち上げ構える。そして、もう片腕に持っていたモーニングスターを振り上げ回すと、鈍重な動きでしかし駆けだした。
それは吶喊行為。その迫る先は、制刻等と4班の方向だ。
「まずいッ!てき弾、対応しろッ!」
トロルのその巨体を持っての肉薄は、大変な脅威となる。その姿を見た鐘霧は、てき弾――グレネードランチャー射手への対応攻撃を命じる。
「装填中ですッ!」
しかし間が悪かった。
先に発射を行ったばかりのグレネードランチャーは、現在装填中であり即応は不可能であった。そうこうしている間にも、トロルは4班の元へ距離を詰めて来る。
「ッ――各員撃て!対応しろッ!」
発し上げ命じる鐘霧。しかし命じられるまでもなく、班の各員はすでにトロルに向けて、射撃行動を始めていた。各小銃弾が、軽機の銃火が、迫るトロルのその巨体に殺到する。
しかしトロルは、驚異的な姿を見せた。
「――グォオオオッ!!」
巨大な盾の隙を抜け、銃弾群はトロルの巨体の各所を傷つけた。5.56㎜弾がトロルの脚を貫き傷つけ、7.62㎜弾がその腹に食い込んだ。
しかしそれらを以てしても、トロルは動きを止めない。トロルは自らを奮い立たせる雄たけびを上げ、駆け進み続けた。
《ラインガン4、危険だッ!近すぎて炸裂火器が撃ち込めないッ、退避し距離を取れッ!》
そこへ5班からの警告要請の声が、各員のインカムに届く。
その通信の通り、トロルはすでに4班の間近まで迫っており、無反動砲や軽迫撃砲等の炸裂火器の投射は、危険な域に達していた。グレネードランチャーに至っては、この間合いでは安全装置が働き炸裂しないだろう。
「ッ――退避ッ!後退を――」
鐘霧は、班の各員に向けて退避の支持を張り上げようとした。
――しかし、その時であった。
鐘霧の横を、何者かが通り抜けた。その人影は、遮蔽物となっていた木箱を軽々と踏み飛び越えて見せる。
その正体は、他でもない制刻であった。
「ッ!陸士長!?」
その姿に、鐘霧は驚きの声を上げる。それも無理はない。
制刻は、退避を促そうとしていた矢先に、反対に遮蔽物の向こうへと繰り出し、トロルの前へと身を晒したのだから。
「解放、剱。露払いを頼む」
当の制刻は、驚く鐘霧には返事を返さずに、インカムを用いて敢日や鳳藤に向けて、要請の言葉を送る。
そして視線を起こせば、そこには迫り来た、トロルの巨体があった。すでにその距離は、トロルがその腕に持つ、凶悪な得物の間合い。
直後、その腕に持たれたモーニングスターが振り上げられる。
「ッ!おい――ッ!」
鐘霧より発し上げられた声。それと同時に、得物は制刻に向けて振り下ろされる――
――しかし、その凶悪な得物は、制刻の身を直撃する事はなかった。
「っと」
見れば、制刻は軽快な動きで、モーニングスターを回避していた。片足を軸に、その身体を斜め後方へ捻り引いてる。
そして目標を失ったトロルのモーニングスターは空を切り、地面に落下。鈍い音と砂煙が上がる。
「グォッ――!?」
自身の攻撃か空振りに終わった事に、目を向くトロル。
――鈍い衝撃音が上がったのは、その瞬間。
そしてトロルはその身、その太い脚に、鈍い衝撃と鈍痛を覚えた。
見れば、制刻が片脚を突き出し、トロルの太い脚に蹴り入れ、折り崩していた。制刻は回避行動から続き、トロルに向けて脚撃を繰り出し放ったのだ。
さらに制刻はそこから連続動作で、自身の足先を、折り崩したトロルの脚の後ろへ回す。
「ほれ」
そして払われた制刻の脚。それは、なんとトロルのその太い脚を、いとも簡単に掬い上げて見せた。
トロルの巨体は、掬い上げられ一瞬だけ宙へ浮かぶ。そして次の瞬間、その巨体は空を仰ぎ、音と土煙を上げて、尻と背からドシンと地面に落ちた。
「オォ――!?」
その身に何が起きたのか、理解が追い付いていないのだろう、仰向けに地面に沈んだトロルは、その目を見開いている。
しかし、そのトロルの視界を、何かの影が覆う――
「――キョォッ!?」
――瞬間、トロルのその大口から、しかし反した乾いた音が――悲鳴が上がった。
トロルの首は、あってはならない方向まで曲がり、トロルは白目を剥いて口から泡を零し、そして――絶命していた。
それを成したのは、今なおトロルの頭を踏みつける戦闘靴。――その主は、他でもない制刻。
制刻は、転倒させたトロルの頭部を踏み抜き、その首をへし折り絶命させたのだ。
「――やれやれ」
制刻は、トロルの無力化を確認して脚を放すと、気だるげに一言零す。
「エピックヘッドよりラインガン5。最後のデカブツは仕留めた、後は頼めるか」
そして制刻は、インカムを用いて5班へと、報告と要請の通信を送る。
《……ッ!あ、あぁ……了解だ。これよりこちらで対応、押し上げる……!》
5班の長からは、少し間をおいての返信が返って来た。おそらく、制刻がその身一つでトロルを無力化した事に、呆気に取られていたのだと思われる。
5班の陣取っている東側家屋からは残るオーク達に向けて射撃行動が再開される。そして同時に、家屋からは5班及び6班の隊員等が駆け出て来た。
「組ごと左右に展開!」
「接近のし過ぎに気を付けろ!」
隊員等は一帯へと進出展開。押し上げ、残敵の掃討を開始。
「やられた!トロル共が全滅ダッ!?」
「ひ、引けェッ!」
対するオーク達は、増援のトロル達の全滅を前に、戦意を失ったのだろう。これまで保っていた体勢を瓦解させ、逃走を開始。しかしそんな無防備を晒したオーク達の背に、各方からの射撃や軽迫撃砲の着弾炸裂が襲い、オーク達は殲滅されていった。
「――制刻陸士長」
そんな様子を眺めていた制刻。そこへ声が掛けられ振り向けば、背後に難しい顔をしてそこに立つ、鐘霧の姿があった。
「デカブツ一体、無力化しました」
その鐘霧に向けて、どこか不躾な様子で報告の言葉を発する制刻。
「ッ――貴様の実力は確かなようだ。――だが、連携を軽視して突出する真似は控えろ」
そんな制刻に対して鐘霧は、制刻の先の行動を評しながらも、同時に忠告の言葉を叩きつけた。
「急だったんでね。今後、気を付けましょう」
対する制刻は、受けたその言葉にしかし、本当にその気があるのか怪しい、淡々とした返事を返した。
その制刻を前に、鐘霧は引き続きの難しい表情を作っていたが、程なくして視線を外し、インカムに手を当て通信を始めた。
「――イシムラ、こちらラインガン4。5及び6と合流し、突出して来た敵を無力化、押し返した」
《了解ラインガン4。その場は5、6に任せ、そちらはパルスライフル・コマンドの元へ向かってください》
鐘霧は戦闘団本部へ報告を上げ、それに応じた本部の直宇都から、了解の言葉と引き続きの行動要請が寄越される。
「了解イシムラ、終ワリ――4班、聞いたな?行くぞ」
鐘霧はそれを了承し、通信を終える。そして周辺に展開していた4班各員に向けて、指示の声を発し上げた。
4班の隊員は集合して隊伍を組み直し、それまで戦闘の行われていた一帯を縦断。その先の路地へと駆け込んで行く。
「さて。俺等も引き続き、ご一緒するか」
「まだ、序盤を過ぎた辺りという所か……」
一方で、同様に合流再編していた制刻等。その中から、敢日が冗談交じりの声で発し、続け鳳藤が呟き零す。
「行くぞ」
そんな二人に制刻が促し、制刻等は4班の後を追った。
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