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チャプター1:「新たな邂逅」

1-3:「確執」

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 離脱し遺跡を後にしたKV-107は、そこから北に向けて進路を取った。

「ラインガン3、こちらステイシス。こっちも822に拾われて、なんとか離脱した」
《了解ステイシス、無事で何よりだ。向こうで会おう》

 機内では、敢日がバブルキャノピーより眼下地上を見降ろしながら、無線通信を行っている姿がある。
敢日の視線の先、飛行するヘリコプター左手下方の地上に、軽装甲機動車2輌と、73式中型トラック1輌からなる車輛隊の走行する姿が見えている。先んじて遺跡より離脱した、第77戦闘団から発された合流部隊の物であった。

「やれやれ、とんだドッキリだったな」

 地上車輛隊との通信を終えた敢日は、外へ向けていた視線を機内へ戻して、発する。

「アレを、あのまま放ってはおけんぞ」

 そんな敢日に対して、制刻は先のベイルサークを放置してきた事を、懸念する言葉を発する。

「分かってる、もう一度退治に行く必要があるだろう。だが、ちゃんと火力装備を整えてだ」

 そんな制刻の懸念に、敢日も承知している旨を返す。しかしそれには、入念な準備を整えての出直しが必要である事を、付け加えた。

「――しかし、同じ部隊にいると聞いてたからもしやと思ったが、やっぱりだったな」

 そこから敢日は、表情を明るく変えて視線を移す。そして機内に居る各員の中の、鳳藤の姿を目に止め、言葉を紡ぐ。

「剱ちゃんも、自由と一緒だったか」

 そして敢日は彼女を下の名前で呼び、そんな言葉を発した。
 敢日と鳳藤もまた、元より互いを知る中であったのだ。

「えぇ、どうも……解放さん」

 しかし、明るい様子で声を掛けた敢日に対して、鳳藤は何かあまり愉快ではなさそうな色を見せ、濁すような返事を返した。

「あらら、まだ苦手に思われたままか」

 そんな鳳藤の態度を見て、敢日は何か困ったように発する。

「解放」

 そこへ、制刻が両者を隔てるように割って入り、二人を微かにだが遠ざけた。

「っと、自由」

 そんな制刻の見せた行動に、敢日はまた何か困ったような様子を見せる。

「なぁ――制刻、いいか?」

 しかしそんな所へ、また別方より、少し遠慮がちな声が割り込んだ。制刻等各々が視線をそちらへ向ければ、そこに話しかけるタイミングを伺っていたらしい、河義の姿があった。

「こちらの方は?民間の方のようだが……」

 そして河義は、敢日の姿を失礼のないように示しながら、尋ねる言葉を発する。

「あぁ。失礼、河義三曹」

 その言葉から、制刻は彼に対していくつかの説明がまだであった事に気付き、まず端的にだが謝罪の言葉を発する。

「これは、解放――敢日あす 解放はなつ。俺のダチです」

 そして敢日の姿を親指で示しながら、河義に彼を紹介する言葉を発した。

「ご友人?」
「えぇ。件の、作業着のヤツの企みで、俺等同様にぶっ飛ばされて来たらしい」

 再び疑問の言葉を上げた河義に、制刻は続け説明の言葉を紡ぐ。

「解放。この人ぁ、河義三曹。俺の直の上官だ」

 そして制刻はそこから変わって今度は、敢日に自分の上官である河義を紹介した。

「自由の上司さんですか。こいつが、大分迷惑かけてるでしょう」

 紹介を受けた敢日は、笑いながら、そんなまるで親のようなムーブを河義に見せる。

「あぁ、はい……あ、いえ」

 対する河義は反応に困ったのか、そんなぼやけた返事を返した。

「それと、あのロボットは……?」

 次いで河義は、視線を機体貨物室の中央に移しながら尋ねる。そこには、ボディの腰、尻にあたる部分を床面に降ろして着き、巨体に反したまるで子供のような姿勢で鎮座している、GONGの姿があった。
 その傍には少し屈んで立つ策頼の姿もあった。そして策頼は動物でも見守るような眼で、視線をGONGの見上げてくるモノアイと合わせている。

「GONG――解放が作った、自立型ユニットです。元はあんなにデカくなかったが」

 GONGに関する疑問には、制刻が淡々とした口調で答えた。

「作ったって……はぁ、驚く事ばかりだ」

 先のベイルサークの出現に始まり、立て続いた異質な色々の登場。それらに対して河義は深く考える事がしんどくなったのか、割り切るようにそんな台詞を発した。

「――そろそろ、我々からもいいか?」

 話が一段落したところで、またしても別方向より、声が割り込まれてきた。
 声の発生源は、機内貨物室のコックピット側。各々が視線をそちらに向ければ、コックピット側に、二名の陸隊隊員の立つ姿があった。
 その二名の隊員は、先に遺跡に降り立った時までは、居なかったはずの隊員であった。
 よくよく見れば、その迷彩服の右肩に付けるワッペン――方面隊標識には、南樺太の地が刺繍により記されている。それが、彼等が〝樺太方面隊〟の所属隊員であり、制刻等とは別部隊の隊員である事を示していた。

「あちらさんは?」

 制刻が、その見慣れぬ隊員等について、尋ねる言葉を零す。

「我々は77戦闘団。私は、鐘霧かねきり二尉だ」

 しかし制刻等の側の誰かが発する前に、樺太方面隊隊員の二名の内の片方が、自らの所属と性階級を名乗る言葉を寄越した。鐘霧とその名乗った男性隊員は、その名乗りの通り、迷彩服の襟に二等陸尉の階級章を付けていた。

「あぁ、向こうさんの面子か」

 その名乗りから、制刻は彼等が合流予定であった第77戦闘団の隊員であると知る。

「そうだ。君達を案内するために、こちらに便乗させてもらっている」

 続けそう説明する鐘霧。彼等は先に見えた車輛隊の要員であったが、制刻等の案内のために彼等二人はヘリコプターに移って来たとの事であった。

「なぁ、アンタ」

 鐘桐の隣にいた隊員が、制刻へ声を掛けながら前へ出て来たのはその時であった。
 若い陸士長で、なにやら少し声に抑揚が付いている。

「アンタ、制刻さんだろ?〝樺太事件の特異点〟の」

 陸士長は制刻の名を尋ね、そして続けてそんな二つ名のような物を口にして見せた。

「あぁ、まぁな」

 そんな唐突な問いかけに、対する制刻は何か面倒くさそうな様子を見せながら、適当に肯定の言葉を返す。

「わぁお、スゲェや」

 制刻の肯定の回答に、若い陸士長はうわずった様子でそう発する。

「ロクなモンじゃねぇぞ」

 しかし制刻は反して、何か嫌な事を聞いたかのように顔を顰め、そしてそんな言葉を零した。

朱真しゅま士長、後にするんだ」

 そこへ鐘霧が、咎める言葉を発すると同時に、割り出て来た朱真という名らしい陸士長を下がらせる。しかし朱真は、「へへ」と悪びれもせずに笑いを零すだけであった。

「到着までは、そこまで時間はかからない。しかしその間に少しでも、互いの情報の交換整理をしておきたい」

 鐘霧はそう説明と、要望の言葉を発する。
 制刻、河義等もそれに同意し、両者は情報の交換を始めた。



 情報の交換は、まず双方の部隊がどれほどの人員装備を有するのかの確認から始められた。
 鐘霧の言によれば、転移して来た第77戦闘団が現在有するのは、まず3個普通科中隊。
そして戦闘団に付随していた戦車中隊から、戦車が6両。
さらに1個野砲科射撃中隊。
そして他、高射砲科部隊や施設科部隊、後方支援部隊等。
 加えて、数機のヘリコプターも転移に巻き込まれ、戦闘団と行動を共にしているとの事であった。

「大分、欠けていますね……」

 しかし、その説明を鐘霧より聞いた河義は、そんな言葉を浮かべた。

「そうだ。転移して来た時、我々は不完全な編成となっていた」

 鐘霧は河義のその言葉を肯定、そしてそんな表現の言葉を発する。
 第77戦闘団の基幹となっている第77普通科連隊は、本来は7個普通科中隊を基幹とする、巨大連隊であった。さらに戦闘団を編成する際には、その隷下に戦車中隊や野砲科大隊を編成するのが通例だ。
 しかし今しがた説明された編成は、本来第77戦闘団があるべき姿の、半数にも満たない数であった。

「何か転移に制約でもあるのか?」

 河義は、そんな推察の言葉を発する。そして、転移の元凶である作業服の人物の、知り合いであるという制刻の姿を見る。

「推察するより、ねぇですが」

 しかし視線を向けられた制刻は「知りたいのは俺の方だ」とでも言うような投げやりな様子で、言葉を返した。

「しかし、それでも(軽)区分の普通科連隊に相当します。当初の私達と比較すれば、かなりの戦力です」

 そこへ鳳藤が言葉を挟む。その言葉通り、中隊規模――正面戦力だけで言えば、小隊に毛が生えた程度で飛ばされてきた54普通科連隊からすれば、第77戦闘団の戦力は、大変に強力な物であった。

「戦闘団は、現在はどなたが指揮を執られているんですか?」

 河義は続いて、その戦闘団の指揮官を尋ねる。河義等の54普連のように、本来の指揮官が不在で、代理者が指揮を執っている可能性もあったからだ。

「指揮は、連隊長――戦闘団長の穂播ほはり一佐が執っている」

 しかし、鐘霧の口からはそう回答が発される。どうやら第77戦闘団は、本来の指揮官である戦闘団長が一緒に転移して来たようであった。

「あぁ、チクショウ。やっぱり穂播か」

 だが直後、傍からそんな悪態の言葉が上がった。その主は、他でもない制刻。制刻は、その歪で不気味な顔を、より顰めて面倒臭そうな色を作っていた。

「あぁ、言ってたよな。お前、あの一佐さんと、厄介があったんだろう?」

 そこへ、敢日から揶揄うような言葉が飛ぶ。
 それ等の言葉から、制刻とその穂播という指揮官は、何か確執か因縁があるらしい事が伺えた。

「一等陸佐と?一体何があったんだ?」

 上級幹部との因縁があるらしき事を聞き、鳳藤が困惑と呆れの混じった様子で、制刻に尋ねる言葉を発する。

「愉快な話じゃねぇ」

 しかし制刻は端的にそれだけ言い、詳細を話そうとはしなかった。

「面白い事になりそうだな」

 そして敢日が、再び揶揄う言葉を発した。



 それから程なくして、飛行するKV-107の航路の先に、第77戦闘団が拠点とする仮設駐屯地が姿を現した。
 広がる平原の只中に、数多の天幕が立ち並んでいる。そして車輛が並び、あるいは動き行きかう姿が上空からでも見えた。
 しかしKV-107はそんな仮設駐屯地の上空へ到達したかと思うと、そのまま通り過ぎてしまった。
 鐘霧の事前の説明では、戦闘団長である穂播一佐は現在2個中隊と共に、この仮説駐屯地よりさらに北方に存在する、〝綿包の町〟という町に居るという。そして正しくはその2個中隊は、その町で〝展開〟しているとの話であった。
 KV-107は仮設駐屯地よりさらに北方へしばらく飛ぶ。そしてやがて、その綿包の町であろう、城壁に囲まれた町がその先に姿を現した。
 機が接近するにつれて、その全容が露になる。それなりの大きさを持つが、これまで見て来た物と比較しても大きく変わる所は無い、この世界ではよく見られる形式の町。
 しかし今現在は、大変に目を引くものがあった。町の各所からは、煙――火の手が上がっていたのだ。さらに町の北側に視線を向ければ、北側に走る城壁は、大きく崩壊して開口した場所が何か所もあった。最早、城塞としての機能は失われているように見える。

「酷いな……」

 それ等の光景に、貨物室の窓から町を見下ろしていた鳳藤が呟く。
 鐘霧からの説明によると、この町では現在第77戦闘団と、オークの軍勢との間で戦闘が行われている真っ最中なのであるとの事であった。
 ――第77戦闘団がこの町を発見接触したのは、今から二日前。
 その時点で町はすでに、攻めて来たオークの軍勢により城壁を破られて雪崩れ込まれ、陥落の直前であったという。そこへ町を訪れた偵察隊が、自衛、住民の保護、各理由もあって戦闘に介入。それが始まりとなり、戦闘団は町への部隊の本格的な投入、介入を決断。昨日から2個中隊が投入され、町の奪還、および掃討作戦が現在行われているとの事であった。

「――あの神殿前の広場。あそこに着陸してください」

 町の上空へと進入したKV-107。そのコックピットでは鐘霧が機長等に、着陸地点を指示していた。
 町のほぼ中心部には、大きな土台の上に作られた、仰々しい神殿施設が存在していた。神殿前には大きく幅広い階段が伸び、その麓からは広大な石畳みの広場が広がっている。
 その広場の一角には、UH-1Jヘリコプターの着陸駐機している姿が見えた。
 KV-107はその神殿前広場の上空へ進入し、ホバリング体勢に移行。高度を落とし、広場の一角に着陸脚を着き、着陸した。
 着陸に伴いエンジンが停止され、ローターの回転音が収まっていく。それを聞きながら、制刻等はランプドアを踏んで降機、外へと繰り出した。

「――あれは、武装型か」

 降機し、バラバラと機外へ繰り出た各々の内、河義からそんな声が上がる。彼の視線は、先に駐機するUH-1Jの、その装備に向いていた。
 駐機するUH-1Jのその胴の両サイドには、物々しい武装装備が搭載されていた。
 まず74式7.62mm車載機関銃が、左右2門づつ計4門。それに、7連装ロケットポッドが左右1門づつ。そして、ドアガンとして左右に旋回式の12.7mm重機関銃が1門づつ。
これは、正式名称〝78式ヘリコプター装備システム〟――いわゆるサブシステムと呼ばれる物であった。
 そんな河義始め、各々は降機してまず、周囲に観察視線を走らせている。

「――」

 しかしそんな中、制刻だけは険しい表情で、まっすぐ一点へ視線を向けていた。

「どうした、自由。――あぁ」

 敢日はそんな制刻に気付いて背後から声を掛けるが、制刻の視線を追いかけ見えた物から、その理由を理解した。
 制刻等の視線の先、広場のおよそ中央に、そこに立つ二人分の人の姿が見えた。
 一人は、1型迷彩服を纏い戦闘帽を被った壮年の男性隊員。もう一人は、2型迷彩服を纏った20代半ば程の女性隊員だ。
 二名は、歩みこちらへと近づいて来る。
 そして先を歩む壮年の男性隊員は、制刻の前に詰め寄るように近づき立った。その1型迷彩服の両襟には一等陸佐の階級章が付けられており、胸の名札には穂播の名が記されている。
 そう。その壮年の男性隊員こそ、これまで名の上がっていた、第77戦闘団団長、穂播一等陸佐であった。

「制刻――貴様のようなヤツが、まだ陸隊に在籍していたとは驚きだ」

 その穂播は、厳つくも威厳を感じさせる顔を、しかし顰めて制刻を睨みつけると、開口一番にそんな皮肉込められた台詞を、制刻に吐きつけた。

「樺太のドンパチ後のゴタゴタで、任期で辞め損ねたんだ。あぁ、どっかの誰かのおかげもあってな」

 対する制刻は、その歪な眼を冷たい色にして穂播を見つめ返すと、そう皮肉気の言葉を発して叩き返した。
 何か不穏な様子を感じ、視線を向けていた周りの各員が、凍り付いたのはその瞬間であった。
 河義や鳳藤は顔を真っ青に染め、鐘霧や朱真は目を見開いている。策頼も、喜怒哀楽の希薄なその顔に、しかし少しの驚きの様子を見せていた。
 その理由は、当然今のやり取り――いや、制刻の態度言葉が原因であった。
 制刻のそれは、陸士長が一等陸佐に取っていい態度では無かった。
 周辺の空気が凍る中、しかし制刻と穂播は気にも留めずに互いを睨み合う。
 そしてしかし敢日と、穂播と共に歩いてきた女性隊員だけは、何かやれやれと言った、もしくは呆れた様子をその顔に見せていた。

「さがってろ」

 しかし穂播当人は、制刻のそのあってはならない態度に、怒ったり咎めたりする様子などは見せなかった。そして圧の籠った忌々し気な台詞で、一言命じ促す言葉だけを発した。
 そして穂播は制刻の横を抜けて、その先に立つ鐘霧の前へと立つ。

「あぁ、二尉。ご苦労だったな」

 そして鐘霧に向けて、荘厳ながらも語調を少し崩した声で、労いの言葉を掛けた

「いえ」

 先のやり取りに驚いていた鐘霧は、しかし掛けられた声に返答と敬礼を返す。

「そして、君が54普通科から来た隊員か?わざわざここまで来たもらって、すまないな」

 それから穂播は続け、傍にいた河義の姿を見止め、河義が54普連からの合流要員であると察すると、彼に向けても労う言葉を発した。

「いえ。54普連の河義三曹であります。こちらが大変な状況にある事は、伺っています」

 声を掛けられた河義は、敬礼を返してまず自身の所属性階級を名乗り、そして労いに対する言葉を返す。

「そうだ。現在戦闘団は、この町の掃討作戦中なのだ。詳しい事を説明しよう」

 そこまで言うと穂播は身を翻し、鐘霧や河義を先導するように歩き、再び制刻の横を抜けて通る。

「敵の殲滅撃退への道筋は出来ている。しかしそれを成すには、まず当面に乗り越えなければならない状況がある――」

 鐘霧達を連れながら歩き横を抜ける穂播の声が、制刻等の耳にも零れ聞こえる。

「そりゃ大変だ」

 それを聞き留めた敢日が、穂播等の視線を追いながらポツリと呟いた。

「自由……!お前……ッ!」

 そこへ制刻等の背後から声が飛ぶ。振り向けば、そこに顔を青く染めた鳳藤の姿があった。

「なんて事を……!相手は一等陸佐だぞ……!?」
「言ったろ。ヤツとは厄介があるってな」

 困惑と驚愕の混じった声で発して来る鳳藤に対して、しかし制刻は淡々とそんな言葉を返す。

「だからって……」

 それでも尚食い下がろうとする鳳藤。

「相変わらずね、自由」

 しかしそんな所へ、別方より透る声でのそんな言葉が聞こえ来た。
 制刻等が視線を前に戻せば、そこに声の主――先に穂播と共に居た、女隊員の姿があった。
 身長は160m前半。長い黒髪をポニーテールにまとめ、前髪の下には整った顔立ちと、キリリとした目が見える。
 凛とした印象を受ける、かなりの美人であった。

「よぉ、三尉ィ。オメェも、久しぶりだな」

 そんな女隊員に向けて、制刻はどこか皮肉の込められた挨拶を発する。

「これが見えないの?今は、二尉よ」

 それに対して女隊員は、明らかな不機嫌の様子をその顔に浮かべ、そして自の纏う2型迷彩服の襟を、掴み示して見せる。そこには彼女の言葉通り、二等陸尉の階級章が付けられていた。

「そういうあなたこそ――噂には聞いていたけど、予勤から降ろされたのね」

 そして女隊員は、嘲るような顔を作り、言葉を寄越す。
 それは、過去に降任された事のある制刻の経歴を突く発言であった。

「あぁ、おかげで面倒が減った。オメェみてぇに、尻尾降って階級に縋るヤツの気が、より知れなくなったぜ」

 しかし対する制刻は、そんな言葉と共に女隊員を嘲り返した。
 返されたそれに女隊員は気分を害したのか、ムッとした様子をその顔に作る。そしてピリとした空気が、両者の間に流れる。

「ちょ……――」

 そんな両者の間へ、鳳藤が仲裁のために割って入ろうする。しかし――

「――敵だぁーーッ!!」

 周辺一帯に、そんな叫び声が響き渡ったのは、その瞬間であった。
 声の主は朱真。周辺にいた各々は彼を見、そしてすぐさま彼の視線を追う。
 その視線の先、大階段を上がった先に立ち構える、神殿の正面。そこより、何体ものオークがワラワラと駆け出てくる姿が見えた。そしてほぼ同時に、こちら側の周辺各所に、いくつもの矢が飛び来て地面に突き刺さった。

「チィッ」

 制刻が悪態を吐き、それを合図とするかのように、各員は飛ぶように散り駆けた。
 各々はそれぞれ、近場にあった倒れた銅像や、その台座。止まってた新型73式小型トラックや、その他遮蔽物と使える物に駆け飛び込み、身を隠す。
 そして制刻等は各々の装備火器を突き出し構え、射撃――戦闘行動を開始。一帯に発砲音が響き上がり出した。

「ッ――要点だけ説明するぞッ。我々は現在、町の8割を奪還掌握している。だが今朝方、観測ヘリが北方よりこちらに迫る、敵の大規模な増援を確認したッ」

 戦闘が開始された中、小型トラックに屈み身を隠した穂播は、同様にその場に居る鐘霧や河義に、説明の声を張り上げ始める。

「同時にそれに呼応し、町の北西まで追い込んでいた敵残存が、再攻勢を仕掛けて来た。現在連中は、町の中心部の一角に突出して来ているッ」

 現状に始まり、続き敵の動きを説明する穂播。

「一匹、弾いたッ」
「左から固まってくるぞッ!」

 一方、倒れた銅像の影の方から、制刻や敢日の発し上げる声が聞こえ来る。目をやれば制刻等が、神殿の階段を下ってくるオークを撃ち仕留める姿や、指し示す姿が見える。

「対して我が方からは、補給に戻った戦車小隊が間もなく戻ってくる。野砲科のFHも現在陣地転換中、対戦車ヘリも出動準備中だ。だが、これ等には少し時間がかかる。それまでは、現戦力で敵増援を留めなければならないッ」
「ワンダウン!」
「正面、ばら撒けッ!」

 続く穂播の説明の中、状況は動く。鳳藤から一体仕留めた事を告げる声が上がる。さらに敢日からは促す声が上がり、それに応じて制刻が身を乗り出し、小銃を薙ぐ動きで撃ち、弾をオークの群れへばら撒く姿を見せる。

「町内を突出して来た敵に対しては、2個班が現在対応中だ。しかし抑え込みはまだ不完全だ。この、襲ってきた連中も、そこをすり抜けて来たのだろうッ」

 穂播は説明の言葉を発しながら、忌々し気な様子で腕を突き出し、今襲い来ているオーク達を指し示す。
 そんな所へ、広場――展開する制刻等の背後に、一台の軽装甲機動車が荒い運転で走り込んで来た。停車した軽装甲機動車からは3名程の隊員が降りてきて、展開。戦闘に加わる。
 さらに車上ターレットに着く隊員が、搭載されたFN MAGを旋回させ、オークの群れに向けて掃射を開始した。

「ダウン、ダウンッ!」
「あと、二匹ッ」

 機銃掃射を始め増えた火力数により、オーク達はより加速してその数を減らしてゆく。
 さらに一体仕留めた鳳藤から声が上がる。制刻は的確な射撃を行いながらも、オークの残存数を掌握し、発し上げる。

「鐘霧二尉。貴様は今来た班を率い、まずは町中の戦闘に合流、突出して来た敵を押し返し、鎮圧しろ。それが片付いたら、町の北で展開する第3中隊に合流。防護線に加わり、こちらの増援到着まで、敵の増援を押し留めるのだ」

 穂播は鐘霧に向けて、今しがた到着した一班を指し示しながら、これよりの一連の行動を命じる。

「情報は、直宇都(なおうど)二尉が統括提供している。彼女から情報支援を受けろ」

 そして穂播は、背後の先で荷車を遮蔽物に身を隠す、先の二尉の女隊員――直宇都と言うらしい彼女の姿を指し示して発する。

「えぇ、一佐――ですが、ここは危険です!はやく後方へ退避を……!」

 その直宇都からは、そんな要請の言葉は発して寄越される。しゃがみ身を隠す彼女は、襲撃にどこか臆しているらしい様子を見せていた。

「――他に、即応できる増援は?」

 一連の説明を聞いた後に、鐘霧は穂播に向けてそんな質問を返す。

「寝ぼけているのか?そんな都合の良い物は無い、貴様らが即応するのだッ」

 しかし問う言葉に、穂播はピシャリと言い放ち返した。
 そして一度周囲へ目を向ける穂播。襲撃を仕掛けて来たオークの一隊は撃退され、広場と神殿周辺は静けさを取り戻していた。

「町の各所で各隊が戦闘中だ、識別には気を付けろ。――いいな、かかれ」

 そして穂播は最後に忠告の言葉を発し、鐘霧に行動開始を命じる。鐘霧はそれに少し難しい顔を見せながらも、了解の敬礼を返した。

「河義三曹。悪いが、君等も自分の身は自分で守ってもらうぞ」
「了解です」

 続き、隣に居た河義にそう発する穂播。戸惑いながらも返された河義の返事を聞くと、穂播はカバーを解いて身を翻し、その先へと歩き向かった。
 その先に居たのは、警戒を維持しながらも、同様にカバーを解いて周囲を見渡す、制刻等。

「――制刻。貴様がどうしようと勝手だが、私達の邪魔だけはしてくれるな」

 穂播は制刻の元へ詰め寄り立ち、制刻を睨むと、そんな忠告の一言を発して叩きつけた。

「手が足りねぇんじゃねぇか?」

 そんな穂播に対して、制刻は独特の重低音の声色で、皮肉気な煽る言葉を投げ返す。

「私の隊を、舐めるな」

 その煽りに、穂播は一言端的に返す。

「敢日さん。言っても無駄かもしれないが、君も出来れば大人しくしている事だ。そうでなければ、安全は保障しかねる」

 続けて穂播は、制刻の背後に居た敢日に、忠告の言葉を送る。

「肝に命じておきます」

 対して敢日はそんな台詞を、しかしあまり真剣みの感じられない様子で返した。
 穂播はそれ以上言葉を紡ぐ事は無く、身を翻してその場を離れていった。
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