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チャプター1:「新たな邂逅」
1-2:「超常的激突」
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先のホール空間を出て、制刻と敢日の二人、そしてGONGは、遺跡内を通る通路を進み、遺跡からの脱出を目指す。そして足を進めながらも、二人は互いの身に起こった事、これまでの経緯などの情報を交換し合った。
聞く所によると、敢日は仕事中に超常現象に遭遇し、GONG共々この異世界に転移して来たとの事だ。ちなみに補足すると、彼の職業はエンジニアである。
そしてこの異世界の地に降り立ってすぐに、これより合流予定である第77戦闘団の部隊と遭遇合流。そのまま保護回収されたとの事であった。
しかし、この敢日 解放という男は、ただ保護に甘んじてじっとしているような男ではなかった。異世界に飛ばされ混乱状態にありながらも調査を余儀なくされた部隊に、敢日は遠慮なしに首を突っ込み、それに半ば無理やり協力。部隊と行動を共にしてきたとの事であった。
そして今回制刻の前に現れた理由も、合流を試みる部隊が制刻の所属する54普連である事を知った事。作業服と白衣の人物の言から、制刻が来る可能性が高いと踏んだ事。それらの事から、半ば無理やり合流のための部隊に同行して来た結果だとの事であった。
「ラインガン3、こちらステイシス。分断孤立していた隊員と、発見合流した。現在遺跡より脱出中」
遺跡の外では第77戦闘団より出向いてきた一部隊が、すでに到着し待機しているらしい。敢日は今は、インカムを用いて、その部隊へ報告の通信を行っている。
《了解ステイシス。こちらもヘリコプター及び向こうの部隊と合流した。敢日さん、なるべく急いで下さい》
無線の向こうからは、そんな言葉が返り送られてくる。どうやら外でも、河義等とKV-107が、第77戦闘団の部隊と合流を果たしたようだ。
「了解、急ぐ。ステイシス、終ワリ」
「何をそんなに急いてる?」
通信が終わった所で、制刻は敢日に尋ねる。
無線のやり取りを聞くに、第77戦闘団の部隊も、敢日も、何かこの遺跡からの脱出を急いているようだった。
「あぁ、そっちはまだ遭遇してないのか。ここには、厄介なヤツ等がいるのさ」
「何?」
敢日のその言葉を訝しむ制刻。しかし詳細を聞くより前に、歩んでいた通路に終わりが見え、前方に開けた空間が見えた。二人は一度会話を中断。意識を切り替え警戒の姿勢へ移行。そして見えた空間へと踏み込んだ。
出た先は、長方形のホール空間であった。高い天井には明り取りの窓が見え、これまでよりも視界がいくらか明瞭になる。
「クリアだ」
「あぁ」
その空間の確保へ視線を向け、互いに異常無しの言葉を発し合う二人。
――ドゴン、と。何かを叩くような鈍い音が響いたのは、その直後であった。
二人は同時に音の発生源へ視線を送る。音の発生源は、空間の奥側にある両開きの扉。瞬間、再びドゴンと音が響くと同時に、その両扉が向こう側よりたわみ変形した。
「チッ」
「おいでなすった」
悪態を吐く制刻と、呟く敢日。
そして二人はそれぞれ、近くに散らばり倒れていた長椅子や机に飛び込み、それらを遮蔽物としカバー体勢を取る。その後ろでは、GONGも身構える姿勢を取る。
――直後に、たわんだ両扉は向こう側より音を立てて吹き飛び、破られた。そしてその開口部から、複数の存在が姿を現した。
現れ踏み込んで来たのは、2m近くの身長と、見るからに強靭そうな体躯を持つ、緑色の肌をした者達。――オークであった。
「見つけたゾ!」
「殺せ!」
オークの数は計3体。いずれもその手に斧を獲物として持っている。
そんなオーク達は、まず真っ先に大きなGONGの姿を見つけると、そんな明らかに敵意に満ちた言葉を発して寄越した。
「さぁ、始めるぞ!」
敢日が景気の良い口調で発したのは、その瞬間だ。
彼は同時に、遮蔽物としていた長机より最低限身を出すと、手にしていた何かを突き出し構えた。一見銃のようにも見える何らかの機械。それは、ネイルガン――釘打ち機であった。
それも一般に流通している物のようには見えず、かなり武骨な外観をしていた。それもそのはず、そのネイルガンは、敢日が一から自分で作成した物であった。
敢須は、そのネイルガンを突き出すと同時に、トリガーに駆けていた指を引く。瞬間、ガンガン――という衝撃音が鳴り響いた。
「――ギェァっ!?」
音が鳴り響いたとほぼ同時に、オークの内の先頭にいた一体が、悲鳴を上げて打ち倒れる。
ネイルガンの発した音は、装填されていた五寸釘を撃ち出す音――。その撃ち出された数本の五寸釘が、オークの頭部を打ち貫き、倒したのだ。
「ゴォッ!?」
そこから間髪入れずに、別のオークが悲鳴を上げ、打ち倒れる。
制刻が敢日に続き、遮蔽物より小銃を構え突き出し発砲。二体目のオークを仕留めたのだ。
「ギョッ!?」
制刻はそのまま流れるように再照準し、三体目のオークを狙い発砲。ヘッドショットを決め、三体目のオークを仕留めて見せた。
踏み込んで来た三体のオークは、制刻等に接近することもままならないまま、残らず撃ち倒された。
「クリア」
踏み込んで来た三体のオークの無力化。そしてそれ以上の敵の存在は無い事を確認し、敢日が声を上げる。
そして二人はカバー状態を解除し、死体となり倒れたオーク達へと近づく。
「あぁ。緑のモンスターか」
制刻は、襲撃者の正体を改めて確認し、そう一言呟く。
「お前も、もう遭遇した事があるのか?」
その呟きを聞き、敢日が尋ねる言葉を寄越す。
「あぁ、前の戦いで一度。――ただ、そん時ぶつかったモンスターのおっさんは、話の通じるヤツだったがな」
制刻は、先日の邦人回収作戦の際に相対交戦した、オークの警備兵ヴェイノの存在を思い返しながら、そんな説明の言葉を発する。
「ほぉ、そんなヤツもいるのか。こっちが遭遇したのは、見れば襲ってくるような、血気盛んなヤツばかりだぜ」
その説明を聞いた敢日は、意外そうな反応を示し、そして続けて足元のオーク達の死体を一瞥しながらそう説明する。
「違いが気になる所だな。まぁ、襲ってくる以上は、押し退けるしかあるめぇ」
敢日のその言葉に対して、制刻は淡々とそんな旨を発して見せた。
そこから切り替え、二人は先にオーク達が破った扉の方向を見る。破られた廊下の向こうには、長い通路が伸びている様子が見えた。
「行くぞ」
制刻は促し、そして歩み、先に破られた開口部より通路へ踏み込もうとした。
「――うぉおおッ!」
開口部の向こう側。死角より大きな影が飛び出して来たのは、その時であった。
オークが一体潜んでいたのだ。
現れたオークの振り上げられた腕には、斧が握られている。そしてオークは、雄たけびを上げながら制刻に、その斧を叩き下ろそうとした。
――しかし、パシ――と、オークの振り下ろした腕は、何かの音と共に動きを急に止めた。
「!?」
それはそのオークにとっても予想外の出来事であり、オークは目を剥く。見れば、オークの腕は、制刻の右手に掴まれ止められていた。
「――ごぅッ!?」
そして次の瞬間、オークの巨体がくの字に曲がって宙に浮かび、オークの口から苦し気な声が零れた。
オークの腹部に、自由の繰り出した左腕の拳が入り、めり込んでいた。
叩き込まれた制刻の拳により、一度勢いにより宙に浮かんだオークの身体。しかし得物を握る方の腕を制刻に捕まえられているため、すぐに勢いを殺されだらりとぶら下がる。
そして腹を打たれた事により脱力したオークの手から、得物の斧が落ちた。
「相変わらず、怪物じみてるな」
襲撃を易々と回避し、そしてオークを無力化して捕まえて見せた制刻に、背後の敢日が感心と呆れの混じった声を寄越す。
「――おい、前ッ!」
しかし直後、敢日の口から警告の声が上がった。
「――っと」
瞬間、それに呼応した制刻は、捕まえていたオークの身体を、通路の先に向けて突き出し翳す。
「ぎゃぁ……ッ!?」
直後、身体を突き出されたオークは悲鳴を上げた。
見れば、オークの身体には複数本の矢が突き刺さっていた。
そして通路の先に視線を向ければ、通路の奥に、また別の数体のオークが現れていた。そのオーク達は、その手にクロスボウを持つ姿を見せている。襲い来た矢は、そのオーク達が放った物であった。
「ッ――新手、クロスボウ持ちか――GONGに先行させる!」
敢日は身を隠し、そして新手のオーク達のステータスを推察分析。今の一本道という環境と、相手が飛び道具持ちという状況から、通路をGONGに先行突破させる案を言葉にする。
「いや、いい。俺が行く」
しかし制刻は、敢日の発したその案を取り下げた。
そして捕まえていたオークを持ち直し、その頭部を左手で鷲掴みにして、そのオークの身体をまるで盾にするように突き出した。
それはオークの巨体を利用した、肉の盾であった。
オークの身体を盾として構えた制刻は、そこから通路をヅカヅカと歩み始めた。
通路の先に現れたオーク達からは、再びクロスボウにより矢が放たれ襲い来る。しかし飛来した矢は制刻に届く事は無く、肉の盾とされたオークに阻まれ、その身体にドスドスと突き刺さる。
「やべ……やべてくで……」
肉の盾とされたオークからは、濁った苦し気な声で、懇願の言葉が寄越される。それが仲間であるオーク達に向けられた物か、制刻に向けられた物でるかは不明であったが、制刻は構わず通路を突き進む。
程なくして制刻は通路を進み切る。その向こうに布陣していたオーク達には、迫る制刻の姿に動揺する様子が見える。制刻は、空いていた右手で弾帯に差していた鉈を抜くと、歩む速度を上げ、そしてそんなオーク達の元へと踏み込んだ。
通路の先に布陣していたオークは二体。内の一体が、慌てて得物をクロスボウから斧に取り換え、制刻にそれを振るおうとする。
「――ゲェッ!?」
しかしそれよりも前に、そのオークから歪な悲鳴が上がった。見れば、制刻の叩き下ろした鉈が、オークの頭に叩き下ろされてその脳天を真っ二つに割っていた。
「なぁ!?こいつッ!」
残るもう一体のオークが、声を上げながら、手にしていた斧を振り下ろす。――その斧は次の瞬間、肉を割く感触をオークの手に伝えた。
「やっ――」
それが敵の身体を割いた感触だと確信し、オークは声を上げかける。しかしそのオークは、次の瞬間に驚愕し目を見た。
「ぁが――」
オークの目の前にあったのは、首に斧を突き立てられた、同胞であるオークの姿。それは肉の盾とされていたオークだ。
制刻は、肉の盾としていたオークの身体を突き出し、襲い来た斧撃を防いで見せたのだ。
「そんな――ぎゃげッ!?」
驚愕の声を上げかけた、斧を振るったオーク。しかしそんなオークの声は、次に悲鳴へと変わった。見れば、鉈を掴んだまま降ろされた制刻の右手拳が、オークの頭頂部に落ちて、叩き潰していた。
オークの頭頂部は割れ、眼球が飛び出す。そしてオークは真下にストンと崩れ落ち、しばらくピクピクと痙攣した後に、動かなくなった。
「これだけか」
制刻は、それ以上敵がいない事を確認して発する。
「ぁ――びょッ」
そして、最早虫の息であった肉盾としていたオークの頭部を、それを掴んでいた右手に力を込めて、破砕。オークは頭部を構成するパーツを飛び散らせ、絶命。
制刻は最後に、絶命したオークの身体を放って退け、そして血と脳漿で汚れた自身の右手を、ピッピと払った。
「自由。――また、頼もしい限りだな……」
通路の突破、及びオーク達の無力化が終わった所へ、敢日とGONGが追い付いてきた。そして敢日は、常識外れな手段での突破劇を見せた制刻に対して、再び感心と呆れの混じった台詞を発して見せた。
「どうやら、出口のようだ」
そんな敢日の台詞を意にも介さず、制刻は到達した通路奥の、さらに向こうを視線で示しながら発する。
通路を抜けきった先には、そこそこの広さの空間が広がっており、正面の壁には大扉が設けられている様子が確認できる。大扉からは微かに光が漏れている事から、そこが出口――玄関口であろう事が推察できた。
「やっとか」
ため息交じりに発する敢日。
二人は正面大扉へと駆け寄り、そして蹴りを叩き込んで大扉をこじ開けた――
大扉が蹴破られて勢いよく開かれ、制刻と敢日はその向こうへと踏み出た。
それまでの薄暗い環境から一転し、視線の向こうに太陽光に照らされた明るく開けた空間が広がる。推察道理、大扉の向こうは外へと通じていた。
繰り出た先は、テニスコート四面分程の広さの、寂れた庭園のような空間が広がっていた。どうやらこの場が、この遺跡の正面入り口施設であるようだ。
そして丁度踏み出た制刻等の耳に、バタバタという音が届き聞こえる。
その次の瞬間、背後遺跡施設の死角より、KV-107が現れ、轟音を響かせながら、制刻等の真上を飛び抜けて行った。
KV-107はそこから庭園上空で旋回を開始する。そしてその直下の庭園の各所では、そんなKV-107の姿に驚き蠢く、いくつもの姿があった。
庭園の各所に見えたのは、いずれもオーク達であった。
庭園内に展開していたのであろうオーク達は、しかし突然に現れたKV-107に動揺する様子を見せている。そして慌てクロスボウを向け、旋回するKV-107に向けて矢を放つ姿を見せる。
一方のKV-107からは、そのキャビンドアに設置搭載されている74式7.62mm車載機関銃を持っての、オーク達に向けての機銃掃射が開始された。
「歓迎が、いちいち手厚いな」
その光景を眺めながら、制刻は待ち構えていた多数のオークの姿に対しての、そんな感想を淡々と零す。
そして零しながらも制刻と敢日は、近場にあった壁や、朽ち倒れた石の柱等に身を隠してカバー。そして二人はそれぞれ小銃とネイルガンを突き出し構え、オーク達に向けて発砲を開始した。
《――ステイシス、こちらラインガン3。こちらにもオークの群れが流れてきて、交戦状態にある。あまり長居はできない、合流までどれくらいかかりそうだ?》
遺跡の外で待機している第77戦闘団の部隊より、無線通信が来たのはそのタイミングであった。どうやら向こうもオーク達との交戦が始まったらしい。合流を急かす言葉が寄越される。
「ラインガン3、こっちは外の庭園に出たが、そこで多数のオークと鉢合わせた。現在交戦中、合流にはまだ少しかかる」
通信には敢日が応じ、こちらの状況を説明する声を返す。
「ちょっと待てよ――トランス822。そっちで、俺達を回収できないか?」
続いて敢日は、上空を旋回飛行するKV-107に向けて、そんな要請の言葉を送る。
《822よりステイシス。地上の敵をいくらか片づけてくれれば、隙をついての回収は可能だ》
KV-107からは、要請に対して条件付きではあるが肯定の言葉を返して来た。
「よし――ラインガン3、俺達はヘリに拾ってもらう。そっちは先に離脱してくれ」
ヘリコプターによる回収収容である事の確認が取れると、敢日は先の第77戦闘団の部隊に向けて、先んじての離脱を促した。
《了解、ステイシス。すまないが、先に離脱させてもらう》
第77戦闘団の部隊からは、了承の言葉が返された。
それを聞き届けた後に、敢日はネイルガンを構え直して、戦闘行動を再開する。
「三匹」
そこへちょうど、何体目かのオークを射撃で仕留めた制刻が、声を上げた。
「ヤツら、崩れて来た」
射撃体勢から一度カバー体勢に戻りながら、制刻は呟く。
その言葉通り、制刻等の攻撃と上空KV-107からの機銃掃射により、オーク達はその数を減らして、態勢を崩しつつあった。
「押し上げるぞ」
「あぁ」
制刻が発し、敢日が呼応する。
そして二人とGONGは、遮蔽物を飛び出して正面に向けて駆けだした。目指すは、庭園の中央にある噴水。
姿勢を低くして駆け抜け、制刻等は程なくして噴水に到達。そして制刻は駆ける速度のまま、噴水の縁に足を掛けて、勢いよくその向こう側へと飛び乗り越えた。
噴水は枯れており、その内側にはそこに身を隠していた、複数のオークの姿があった。
オーク達は突っ込んで来た制刻に、驚き目を剥いている。
制刻は、そんなオーク達の内の一番近くにいた一体に、飛び込んだ勢いのまま飛び蹴りを入れた。
「ごぁッ!?」
オークは蹴とばされ、悲鳴を上げる。
そして噴水の床面に、踏まれて叩き付けられるオーク。制刻はそこから連続動作で、オークの頭部を片足を突き出し、思い切り踏みつけた。
「ギュェッ」
オークの首はあってはならない方向に曲がり、そしてその口からおかしな悲鳴が上がった。それはオークの断末魔であった。
「な!?――こいつ!」
その光景に、近くにいたオークは驚愕し目を剥くが、しかし同時に斧を振りかぶって、制刻へ対応しようとした。
「ごぉッ!?」
しかしそのオークは、次の瞬間に頭を何かに鷲掴みにされた。
GONGだ。
制刻に続いて噴水内に踏み込んだGONGが、そのアーム先の大きな五指で、オークの頭を捕まえたのだ。
「もぼ!?――こきょッ」
そしてGONGは、藻掻くオークを両アームで掴み、まるで雑巾でも絞るようにオークの頭を捻じって折った。
オークからの口からは音とも悲鳴ともつかないものが上がる。そしてGONGは、死体となったオークを放って捨てた。
「な、なんだこいつ等!?」
踏み込んで来た異質な存在等。そして瞬く間に無惨に屠られた仲間の姿に、残るオーク達は大きく狼狽える。
「糞ッ――ぎゃッ!?」
「ひ、引け――ぎぇぁ!?」
残ったオーク達は、狼狽えつつも斧を手に掛かってこようとする。または逃げようとするなど、それぞれの反応を見せた。
しかしそんな彼等は、次の瞬間には次々に言葉を悲鳴に変えて、打ち倒れ崩れていった。
「ダウンッ」
それは敢日の手による物であった。
最後に噴水に到達した敢日が、ネイルガンでオーク達の身を撃ち抜き無力化したのであった。
噴水内のオーク達を一掃した制刻等は、しかしそこで息を着く事はせず、すかさず噴水内に散らばり、各所にカバーする。
「後どんなモンだ?」
「各方に、1~2匹づつってトコだな」
制刻の尋ねる言葉に、敢日は周辺を観察しながら返す。庭園内に展開していたオーク達は、大分その数を減らしていた。
「これならいけそうか――822。敵はいくらか減らした、着陸できるか?」
《ステイシス、行けそうだ。庭園の出入り口に着陸する》
敢日の呼びかけ尋ねる言葉に、ヘリコプターからはそれを肯定する言葉が返される。
そしてKV-107は、庭園の出入り口の真上で、ホバリングに移行する様子を見せた。
「よし――自由、行くぞ」
その様子を見てから、敢日は制刻に促す。
「――いや、後ろを見ろ」
しかし、制刻はその言葉に呼応せず、背後を促す視線と言葉を発した。
制刻の視線を追い、敢日が見たのは、先程自分等も出て来た遺跡の玄関口。そこから、複数体のオークが駆け出て姿を現す様子が見えた。
「チッ、新手か!」
新たに増えたオークの姿に、忌々しく発し上げる敢日。
「――あん?」
しかし、続き制刻が、訝しむ声を発した。
その理由は、新手のオーク達の様子にあった。オーク達の注意は制刻等には向いておらず、遺跡の玄関口に向いてる。そしてオーク達の様子は、よく見れば何かから逃げているように見えた。
「なんか変だぞ――」
敢日もそれに気づき、声を零しかける。
――次の瞬間であった。遺跡の玄関口に隣り合う壁が、まるで爆破でもしたかのように吹き飛び崩壊したのは。
「おあッ!?」
突然のそれに、敢日は思わず声を零す。
壁の崩壊により、玄関口付近には砂埃が舞い上がる。その直後、砂埃の向こうから――〝それ〟は現れた。
「――クォオオオオオオオギャァアアアアアアアアアッ!!!」
そして響いたのは、まるで機械音と聞き違うような、歪な鳴き声――否、咆哮。
――現れたのは、歪な姿の怪物であった。
それは、全高が3mはあろうかという、巨大な存在であった。
四肢を持ち、二足歩行をするその姿は、大雑把には人に似ている。
しかし、その全身を覆う表面肌は赤黒く、まるで固まった溶岩のように荒々しい。胴と四肢は残らず太く分厚く、嫌でも強靭である事が予想できる。頭部、その顔の造形は、名状しがたい程、歪で険しく恐ろしい。
これまでのオーク達ですら、かわいく虚弱に見える程の、怪物であった。
「なんだありゃぁッ!?」
明らかな脅威と分かる、しかし正体不明のモンスターの登場に、敢日は思わず声を荒げ発する。
「また、ヤバそうなのが出て来たな」
対する制刻は、淡々と呟く。
「ッ――822、タンマだ!なんかヤバそうなのが出て来たッ!」
敢日は顔を顰めながら、慌てヘリコプターに向けて、着陸を中止するよう要請の通信を送る。
「ベイルサーク!」
「ベイルサークだッ!」
そんな制刻等の一方。逃げ出して来たオーク達や、庭園に残っていたオーク達から、そんな声が上がり聞こえてくる。
どうやら現れた怪物の名は、ベイルサークと言うらしい。
「ギィイイイイイイイイギャァアアアアアアアアッ!!!」
そのベイルサークは、再び機械音にも似た咆哮を、その禍々しい口より上げる。
そして、身構えたかと思った次の瞬間。その場から、爆発的なまでの加速でその巨体を飛び出した。
その巨体でなぜそこまでの物が可能なのか。ベイルサークは凄まじい速度勢いで、その巨体を直進させる。
そしてその先に居た、逃げようとしていた二体のオークへと、その巨体を突貫させた。
「――ヴェォ!?」
「ノ゛ォ!?」
二体のオークは、ベイルサークの巨体に轢き飛ばされた。
妙な悲鳴とも音ともつかないそれが上がり、その身体は一直線に飛ぶ。そして先にあった庭園を囲う石壁に、二体仲良く叩きつけられた。
嫌な音と共に砂煙が上がり、そしてそれが晴れたその場には、壊れた人形よりも酷い状態となった、二体のオークの歪な死体が出来上がっていた。
「おおおッ!」
直後、別方向から雄たけびが上がる。見れば、一体のオークが斧を振りかぶりながら、果敢にベイルサークに切りかかっていた。
ベイルサークの懐に踏み込み、振り上げられた斧がその肌に叩きつけられる。
――しかし上がったのは、カキンという、頼りない音であった。
オークが叩き下ろした斧は、しかしベイルサークの信じがたい強靭な肌の前には文字通り歯が立たず、傷一つ付ける事なく受け止められ、そして刃こぼれを起こしていた。
「な!」
果敢にベイルサークに挑んだオークは、しかしその結果に目を剥く。
――そのオークの身を、あまりにも巨大すぎる暴力が襲った。
「――きぇぼッ!」
次の瞬間、オークから何かひしゃげるような音が上がり聞こえる。いや、それはひしゃげる音で正しかった。見ればオークの頭部と肩が、ひしゃげあるいは凹んでいたのだ。
ベイルサークの振り下ろしたその巨大な拳が、オークの身体をそうさせたのだ。
「――ぺでゅッ!あ゛げッ!ヴぇぇ゛ッ!?」
そこから連続的に振るわれる、ベイルサークの拳。それを受けるオークの身から、本能的に恐怖感を煽るような、耳を塞ぎたくなるような、歪な悲鳴が立て続けに上がる。
そして程なくしてベイルサークが拳を振り下ろすのをやめた時、その足元にあったのは、比喩ではなくミンチとなった、オークだった物であった。
「わぁぁ!?」
「に、にげロッ!」
仲間の末路に、残るオーク達は戦意を失ったのか、逃げ出し始める。
「――」
そして、オーク達の末路を見てしまった敢日は、思わず言葉を失い、目を剥いてベイルサークを見つめていた。
「激しいヤツだな」
制刻だけは、また淡々とそんな呟きを発する。
ベイルサークの顔が、制刻等の方を見たのはその直後であった。
「ッ――まずいッ!」
ベイルサークがこちらに気付いた事に、敢日は驚愕から意識を取り直して発する。
「解放、さがれ――俺がやる」
そんな敢日に対して、制刻が促し発したのはその時であった。
「はぁ!?やる、って――」
その言葉が何を意味するかは、さすがに分かった。しかしそれが本気の発言かを疑い、敢日は荒んだ声を上げかける。
「――ギュィイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアッ!!!」
しかしそれよりも早く、ベイルサークがまたしてもの咆哮を上げた。そしてベイルサークは次の瞬間、再び爆発的な加速で、制刻目がけて突貫して来た。
凄まじい速度で制刻に迫るベイルサーク。
そして――ドゴンッ――という鈍い音が響きあがった。
「ッ――!?」
一瞬、それが制刻が吹き飛ばされた音である事を覚悟する敢日。しかし直後に飛び込んで来た光景に、敢日はまた別の理由で目を剥いた。
「――とぉ」
制刻は無事であった。そして制刻は、片足を前方に突き出す姿勢を取っている。その足の履く戦闘靴の底が、なんと突貫して来たベイルサークの巨体を、受け止め押し留めていたのだ。
「ギェアアアアアアッ!!」
制刻の超常的ムーヴで受け止められた、ベイルサークの巨体。
しかし突貫を止められた事がベイルサークの気を害したのか、ベイルサークは咆哮を上げて制刻に浴びせる。
「チッ」
それを不快に感じ、制刻は舌打ちを打つ。
「ッ――冗談が過ぎてるぜ!――GONGッ!」
一方、そんな光景に目を奪われていた敢日は、そこで再び意識を取り直すと、GONGに向けて促す声を発する。
GONGはそれに電子音を上げて呼応。
飛び出し、そして制刻と競り合うベイルサークに、その真横より全身を持って掴みかかり、取り付いた。両アームでベイルサークの頭を掴み、片腕を抑えるGONG。ベイルサークを羽交い絞めにする算段だ。
「ギェアアアアアッ!!」
しかしベイルサークは激しく暴れてそれに抵抗。そして腕を振り回す。
そのすさまじい腕力は、GONGの巨体をいとも容易く引きはがし、そしてGONGの身は振り払われ、放り投げられた。
「GONGッ!」
放り投げられたGONGは、弧を描いて飛び地面に落ちた。幸い、先のオーク達のように無残な姿になる事は無かったが、降り飛ばされ落ちたその姿に、敢日は思わず声を上げる。
「ギェィアアアアッ!!」
一方、ベイルサークはまたも叫びあげる。そして、先にオークをミンチに変えた拳を、制刻に向けて振り下ろした。
「チィッ」
制刻の口から零れる舌打ち。
直後――ドッ――という衝撃音が、両者の間で上がった。
見れば、ベイルサークの振り下ろした拳を、制刻は片腕で掴み受け止めていた。
「ギュィィィィェアアアアアッ!!!」
拳を受け止められた事が不満なのか、再び不快そうな叫び声を上げるベイルサーク。
「うるせぇヤツだな、そんなに悔しいか?」
対する制刻は、競り合いながらもベイルサークを煽る言葉を発する。
――ガギ、と。ベイルサークの頭部を何かが襲い、金属音が上がったのはその時であった。
「自由、飛べッ!」
同時に、制刻に促す言葉が届く。
そして立て続く、ベイルサークを襲う衝撃と金属音。
見れば、敢日がネイルガンをフルオートで撃ち、ベイルサークの頭部に五寸釘の雨を注いでいた。
「!」
制刻は、すぐさま敢日の要請に呼応。
五寸釘の雨に注意の逸れたベイルサークの拳を離し、そしてその胴を蹴って後ろへと飛び、退避した。
一方、ネイルガンの撃ち出した五寸釘の雨は、ベイルサークの注意を一瞬反らしたものの、ダメージはまったく通っていなかった。
そしてネイルガンが釘切れを起こして五寸釘の雨が止むと、ベイルサークはその凶悪な顔で敢日を向き睨む。
「GONG、やれッ!」
しかし瞬間、敢日は声を張り上げた。
――何か異質な音が一瞬、一体に響き渡ったのは、それと同時であった。
「――ギュェィァアアアアアアアアアアッ!!!」
そして直後、ベイルサークが強烈な叫び声を上げた。
それはこれまでの咆哮とは異なる物。――明確な、悲鳴。
その理由は、ベイルサークの左肩にある。――そこには、大穴が空いていた。
「通った!ナイスだGONG!」
ベイルサークに明確なダメージが通った様子に、敢日は発し上げ、そして庭園の一角へと振り向く。
そこには、先に投げ飛ばされたGONGの、立ち構える姿があった。
そしてGONGは構える姿勢で左アームを突き出している。そのアーム先からは、さらに円柱状の何かが突き出ていた。
それは、GONGの搭載火器であるリニアガンであった。
このリニアガンより撃ち出された弾が、ベイルサークの身に大穴を開けたのであった。
「ギェアアアアッ!!!」
ダメージに痛みを覚えているのか、その場で暴れ狂うベイルサーク。その注意は、制刻等から反れていた。
「よし、今のうちに離脱だ!」
それをチャンスと見た敢日は、飛び退いた先で丁度体勢を取り直した制刻の元へ駆け寄り、その肩を掴んで促す。
「離脱?ヤツを仕留めないのか?」
しかし制刻は、敢日のその言葉に疑問と意義の声を返す。
「危険だ!リニアガンはすぐに二発目は撃てない、無理に相手をするより、離脱すべきだ!」
そんな制刻に、敢日は説明と説得の言葉を発する。
「ッ、しゃぁねぇ」
制刻は、ベイルサークを仕留めずに離脱する事に抵抗があったが、しかし敢日の言葉を受け入れる。
「822、今そっちに行く、拾ってくれ!」
敢日がヘリコプターに回収要請の一報を送る。そして制刻と敢日は身を翻し、庭園の出入り口に向けて駆けだした。
庭園を突っ切り駆ける二人。途中で、GONGも合流して来る。程なく制刻等は庭園出入り口に到達。その向こうに、機体後部をこちらに向けて、高度を地上ギリギリまで下げたKV-107の姿が見えた。
「――ギャァアアアアアアアアアアッ!!!」
背後より、咆哮が聞こえ来たのはその時であった。
振り返れば、ベイルサークがこちらを見て叫び上げる姿が見える。そして直後、ベイルサークは爆発的に身を撃ち出し、制刻等を追い猛ダッシュを仕掛けて来た。
「来やがったッ!」
発し零す敢日。
制刻等は庭園出入り口の門を潜り抜け、遺跡の敷地外へと脱出。そしてホバリング姿勢で待つ、KV-107の元へと辿り着いた。
「急げッ!」
「早く!」
開かれ降ろされた後部ランプドアには、河義や鳳藤の姿があった。河義等は、急ぎ機に飛び乗るよう促し、そして手を差し出してくる。
「GONGを先に!」
「え、うわ!」
制刻と敢日は、先にGONGを収容させるべく、その巨体をランプドアに上らせた。河義等はまだGONGの事は知らなかったのか、真っ先に乗り込んで来た巨大なロボットに、驚く声を上げる。
どうにかGONGの身体を乗せて機体貨物室に押し込ませ、そして制刻と敢日もランプドアに足を掛けて踏み、機上へと乗り込む。
そして振り向けば、向こうよりベイルサークが凄まじい速度で駆け、迫ってくる姿が見えた。
「乗ったぞ!離脱だーッ!」
敢日はコックピットに向けて張り上げ叫ぶ。
《了解》
対して機長からの返答が無線上に上がり聞こえ、そして機体はエンジン出力を上げる。
ベイルサークは庭園入口を体当たりで破壊し、ヘリコプターの元へと突貫して来る。
あとわずかな距離で、ベイルサークがヘリコプターへと到達しようと言う所で、ヘリコプターはホバリングから上昇に転じ、空へと舞い上がった。
KV-107が上昇離脱した直後、先まで機体があった場所に、ベイルサークの身が突っ込んで来た。ベイルサークはまるで機械のような体の軋む音を立てて、急停止する。
まさに間一髪の所であった。
「――ギュァアアアアアアアアアッ!ギャァアアアアアアアアアッ!!!」
ベイルサークはその場で天を仰ぎ、ヘリコプターに向けて咆哮を発し上げる。自らを傷つけた存在を仕留められなかった事を悔やみ、去ってゆくその姿に怒りと憎しみをぶつけるかのように。
「ひとまず、お預けだ」
制刻はランプドア上から眼下を見下ろし、機体の上昇離脱に伴い小さくなってゆくベイルサークに向けて、そんな言葉を投げて発した――
聞く所によると、敢日は仕事中に超常現象に遭遇し、GONG共々この異世界に転移して来たとの事だ。ちなみに補足すると、彼の職業はエンジニアである。
そしてこの異世界の地に降り立ってすぐに、これより合流予定である第77戦闘団の部隊と遭遇合流。そのまま保護回収されたとの事であった。
しかし、この敢日 解放という男は、ただ保護に甘んじてじっとしているような男ではなかった。異世界に飛ばされ混乱状態にありながらも調査を余儀なくされた部隊に、敢日は遠慮なしに首を突っ込み、それに半ば無理やり協力。部隊と行動を共にしてきたとの事であった。
そして今回制刻の前に現れた理由も、合流を試みる部隊が制刻の所属する54普連である事を知った事。作業服と白衣の人物の言から、制刻が来る可能性が高いと踏んだ事。それらの事から、半ば無理やり合流のための部隊に同行して来た結果だとの事であった。
「ラインガン3、こちらステイシス。分断孤立していた隊員と、発見合流した。現在遺跡より脱出中」
遺跡の外では第77戦闘団より出向いてきた一部隊が、すでに到着し待機しているらしい。敢日は今は、インカムを用いて、その部隊へ報告の通信を行っている。
《了解ステイシス。こちらもヘリコプター及び向こうの部隊と合流した。敢日さん、なるべく急いで下さい》
無線の向こうからは、そんな言葉が返り送られてくる。どうやら外でも、河義等とKV-107が、第77戦闘団の部隊と合流を果たしたようだ。
「了解、急ぐ。ステイシス、終ワリ」
「何をそんなに急いてる?」
通信が終わった所で、制刻は敢日に尋ねる。
無線のやり取りを聞くに、第77戦闘団の部隊も、敢日も、何かこの遺跡からの脱出を急いているようだった。
「あぁ、そっちはまだ遭遇してないのか。ここには、厄介なヤツ等がいるのさ」
「何?」
敢日のその言葉を訝しむ制刻。しかし詳細を聞くより前に、歩んでいた通路に終わりが見え、前方に開けた空間が見えた。二人は一度会話を中断。意識を切り替え警戒の姿勢へ移行。そして見えた空間へと踏み込んだ。
出た先は、長方形のホール空間であった。高い天井には明り取りの窓が見え、これまでよりも視界がいくらか明瞭になる。
「クリアだ」
「あぁ」
その空間の確保へ視線を向け、互いに異常無しの言葉を発し合う二人。
――ドゴン、と。何かを叩くような鈍い音が響いたのは、その直後であった。
二人は同時に音の発生源へ視線を送る。音の発生源は、空間の奥側にある両開きの扉。瞬間、再びドゴンと音が響くと同時に、その両扉が向こう側よりたわみ変形した。
「チッ」
「おいでなすった」
悪態を吐く制刻と、呟く敢日。
そして二人はそれぞれ、近くに散らばり倒れていた長椅子や机に飛び込み、それらを遮蔽物としカバー体勢を取る。その後ろでは、GONGも身構える姿勢を取る。
――直後に、たわんだ両扉は向こう側より音を立てて吹き飛び、破られた。そしてその開口部から、複数の存在が姿を現した。
現れ踏み込んで来たのは、2m近くの身長と、見るからに強靭そうな体躯を持つ、緑色の肌をした者達。――オークであった。
「見つけたゾ!」
「殺せ!」
オークの数は計3体。いずれもその手に斧を獲物として持っている。
そんなオーク達は、まず真っ先に大きなGONGの姿を見つけると、そんな明らかに敵意に満ちた言葉を発して寄越した。
「さぁ、始めるぞ!」
敢日が景気の良い口調で発したのは、その瞬間だ。
彼は同時に、遮蔽物としていた長机より最低限身を出すと、手にしていた何かを突き出し構えた。一見銃のようにも見える何らかの機械。それは、ネイルガン――釘打ち機であった。
それも一般に流通している物のようには見えず、かなり武骨な外観をしていた。それもそのはず、そのネイルガンは、敢日が一から自分で作成した物であった。
敢須は、そのネイルガンを突き出すと同時に、トリガーに駆けていた指を引く。瞬間、ガンガン――という衝撃音が鳴り響いた。
「――ギェァっ!?」
音が鳴り響いたとほぼ同時に、オークの内の先頭にいた一体が、悲鳴を上げて打ち倒れる。
ネイルガンの発した音は、装填されていた五寸釘を撃ち出す音――。その撃ち出された数本の五寸釘が、オークの頭部を打ち貫き、倒したのだ。
「ゴォッ!?」
そこから間髪入れずに、別のオークが悲鳴を上げ、打ち倒れる。
制刻が敢日に続き、遮蔽物より小銃を構え突き出し発砲。二体目のオークを仕留めたのだ。
「ギョッ!?」
制刻はそのまま流れるように再照準し、三体目のオークを狙い発砲。ヘッドショットを決め、三体目のオークを仕留めて見せた。
踏み込んで来た三体のオークは、制刻等に接近することもままならないまま、残らず撃ち倒された。
「クリア」
踏み込んで来た三体のオークの無力化。そしてそれ以上の敵の存在は無い事を確認し、敢日が声を上げる。
そして二人はカバー状態を解除し、死体となり倒れたオーク達へと近づく。
「あぁ。緑のモンスターか」
制刻は、襲撃者の正体を改めて確認し、そう一言呟く。
「お前も、もう遭遇した事があるのか?」
その呟きを聞き、敢日が尋ねる言葉を寄越す。
「あぁ、前の戦いで一度。――ただ、そん時ぶつかったモンスターのおっさんは、話の通じるヤツだったがな」
制刻は、先日の邦人回収作戦の際に相対交戦した、オークの警備兵ヴェイノの存在を思い返しながら、そんな説明の言葉を発する。
「ほぉ、そんなヤツもいるのか。こっちが遭遇したのは、見れば襲ってくるような、血気盛んなヤツばかりだぜ」
その説明を聞いた敢日は、意外そうな反応を示し、そして続けて足元のオーク達の死体を一瞥しながらそう説明する。
「違いが気になる所だな。まぁ、襲ってくる以上は、押し退けるしかあるめぇ」
敢日のその言葉に対して、制刻は淡々とそんな旨を発して見せた。
そこから切り替え、二人は先にオーク達が破った扉の方向を見る。破られた廊下の向こうには、長い通路が伸びている様子が見えた。
「行くぞ」
制刻は促し、そして歩み、先に破られた開口部より通路へ踏み込もうとした。
「――うぉおおッ!」
開口部の向こう側。死角より大きな影が飛び出して来たのは、その時であった。
オークが一体潜んでいたのだ。
現れたオークの振り上げられた腕には、斧が握られている。そしてオークは、雄たけびを上げながら制刻に、その斧を叩き下ろそうとした。
――しかし、パシ――と、オークの振り下ろした腕は、何かの音と共に動きを急に止めた。
「!?」
それはそのオークにとっても予想外の出来事であり、オークは目を剥く。見れば、オークの腕は、制刻の右手に掴まれ止められていた。
「――ごぅッ!?」
そして次の瞬間、オークの巨体がくの字に曲がって宙に浮かび、オークの口から苦し気な声が零れた。
オークの腹部に、自由の繰り出した左腕の拳が入り、めり込んでいた。
叩き込まれた制刻の拳により、一度勢いにより宙に浮かんだオークの身体。しかし得物を握る方の腕を制刻に捕まえられているため、すぐに勢いを殺されだらりとぶら下がる。
そして腹を打たれた事により脱力したオークの手から、得物の斧が落ちた。
「相変わらず、怪物じみてるな」
襲撃を易々と回避し、そしてオークを無力化して捕まえて見せた制刻に、背後の敢日が感心と呆れの混じった声を寄越す。
「――おい、前ッ!」
しかし直後、敢日の口から警告の声が上がった。
「――っと」
瞬間、それに呼応した制刻は、捕まえていたオークの身体を、通路の先に向けて突き出し翳す。
「ぎゃぁ……ッ!?」
直後、身体を突き出されたオークは悲鳴を上げた。
見れば、オークの身体には複数本の矢が突き刺さっていた。
そして通路の先に視線を向ければ、通路の奥に、また別の数体のオークが現れていた。そのオーク達は、その手にクロスボウを持つ姿を見せている。襲い来た矢は、そのオーク達が放った物であった。
「ッ――新手、クロスボウ持ちか――GONGに先行させる!」
敢日は身を隠し、そして新手のオーク達のステータスを推察分析。今の一本道という環境と、相手が飛び道具持ちという状況から、通路をGONGに先行突破させる案を言葉にする。
「いや、いい。俺が行く」
しかし制刻は、敢日の発したその案を取り下げた。
そして捕まえていたオークを持ち直し、その頭部を左手で鷲掴みにして、そのオークの身体をまるで盾にするように突き出した。
それはオークの巨体を利用した、肉の盾であった。
オークの身体を盾として構えた制刻は、そこから通路をヅカヅカと歩み始めた。
通路の先に現れたオーク達からは、再びクロスボウにより矢が放たれ襲い来る。しかし飛来した矢は制刻に届く事は無く、肉の盾とされたオークに阻まれ、その身体にドスドスと突き刺さる。
「やべ……やべてくで……」
肉の盾とされたオークからは、濁った苦し気な声で、懇願の言葉が寄越される。それが仲間であるオーク達に向けられた物か、制刻に向けられた物でるかは不明であったが、制刻は構わず通路を突き進む。
程なくして制刻は通路を進み切る。その向こうに布陣していたオーク達には、迫る制刻の姿に動揺する様子が見える。制刻は、空いていた右手で弾帯に差していた鉈を抜くと、歩む速度を上げ、そしてそんなオーク達の元へと踏み込んだ。
通路の先に布陣していたオークは二体。内の一体が、慌てて得物をクロスボウから斧に取り換え、制刻にそれを振るおうとする。
「――ゲェッ!?」
しかしそれよりも前に、そのオークから歪な悲鳴が上がった。見れば、制刻の叩き下ろした鉈が、オークの頭に叩き下ろされてその脳天を真っ二つに割っていた。
「なぁ!?こいつッ!」
残るもう一体のオークが、声を上げながら、手にしていた斧を振り下ろす。――その斧は次の瞬間、肉を割く感触をオークの手に伝えた。
「やっ――」
それが敵の身体を割いた感触だと確信し、オークは声を上げかける。しかしそのオークは、次の瞬間に驚愕し目を見た。
「ぁが――」
オークの目の前にあったのは、首に斧を突き立てられた、同胞であるオークの姿。それは肉の盾とされていたオークだ。
制刻は、肉の盾としていたオークの身体を突き出し、襲い来た斧撃を防いで見せたのだ。
「そんな――ぎゃげッ!?」
驚愕の声を上げかけた、斧を振るったオーク。しかしそんなオークの声は、次に悲鳴へと変わった。見れば、鉈を掴んだまま降ろされた制刻の右手拳が、オークの頭頂部に落ちて、叩き潰していた。
オークの頭頂部は割れ、眼球が飛び出す。そしてオークは真下にストンと崩れ落ち、しばらくピクピクと痙攣した後に、動かなくなった。
「これだけか」
制刻は、それ以上敵がいない事を確認して発する。
「ぁ――びょッ」
そして、最早虫の息であった肉盾としていたオークの頭部を、それを掴んでいた右手に力を込めて、破砕。オークは頭部を構成するパーツを飛び散らせ、絶命。
制刻は最後に、絶命したオークの身体を放って退け、そして血と脳漿で汚れた自身の右手を、ピッピと払った。
「自由。――また、頼もしい限りだな……」
通路の突破、及びオーク達の無力化が終わった所へ、敢日とGONGが追い付いてきた。そして敢日は、常識外れな手段での突破劇を見せた制刻に対して、再び感心と呆れの混じった台詞を発して見せた。
「どうやら、出口のようだ」
そんな敢日の台詞を意にも介さず、制刻は到達した通路奥の、さらに向こうを視線で示しながら発する。
通路を抜けきった先には、そこそこの広さの空間が広がっており、正面の壁には大扉が設けられている様子が確認できる。大扉からは微かに光が漏れている事から、そこが出口――玄関口であろう事が推察できた。
「やっとか」
ため息交じりに発する敢日。
二人は正面大扉へと駆け寄り、そして蹴りを叩き込んで大扉をこじ開けた――
大扉が蹴破られて勢いよく開かれ、制刻と敢日はその向こうへと踏み出た。
それまでの薄暗い環境から一転し、視線の向こうに太陽光に照らされた明るく開けた空間が広がる。推察道理、大扉の向こうは外へと通じていた。
繰り出た先は、テニスコート四面分程の広さの、寂れた庭園のような空間が広がっていた。どうやらこの場が、この遺跡の正面入り口施設であるようだ。
そして丁度踏み出た制刻等の耳に、バタバタという音が届き聞こえる。
その次の瞬間、背後遺跡施設の死角より、KV-107が現れ、轟音を響かせながら、制刻等の真上を飛び抜けて行った。
KV-107はそこから庭園上空で旋回を開始する。そしてその直下の庭園の各所では、そんなKV-107の姿に驚き蠢く、いくつもの姿があった。
庭園の各所に見えたのは、いずれもオーク達であった。
庭園内に展開していたのであろうオーク達は、しかし突然に現れたKV-107に動揺する様子を見せている。そして慌てクロスボウを向け、旋回するKV-107に向けて矢を放つ姿を見せる。
一方のKV-107からは、そのキャビンドアに設置搭載されている74式7.62mm車載機関銃を持っての、オーク達に向けての機銃掃射が開始された。
「歓迎が、いちいち手厚いな」
その光景を眺めながら、制刻は待ち構えていた多数のオークの姿に対しての、そんな感想を淡々と零す。
そして零しながらも制刻と敢日は、近場にあった壁や、朽ち倒れた石の柱等に身を隠してカバー。そして二人はそれぞれ小銃とネイルガンを突き出し構え、オーク達に向けて発砲を開始した。
《――ステイシス、こちらラインガン3。こちらにもオークの群れが流れてきて、交戦状態にある。あまり長居はできない、合流までどれくらいかかりそうだ?》
遺跡の外で待機している第77戦闘団の部隊より、無線通信が来たのはそのタイミングであった。どうやら向こうもオーク達との交戦が始まったらしい。合流を急かす言葉が寄越される。
「ラインガン3、こっちは外の庭園に出たが、そこで多数のオークと鉢合わせた。現在交戦中、合流にはまだ少しかかる」
通信には敢日が応じ、こちらの状況を説明する声を返す。
「ちょっと待てよ――トランス822。そっちで、俺達を回収できないか?」
続いて敢日は、上空を旋回飛行するKV-107に向けて、そんな要請の言葉を送る。
《822よりステイシス。地上の敵をいくらか片づけてくれれば、隙をついての回収は可能だ》
KV-107からは、要請に対して条件付きではあるが肯定の言葉を返して来た。
「よし――ラインガン3、俺達はヘリに拾ってもらう。そっちは先に離脱してくれ」
ヘリコプターによる回収収容である事の確認が取れると、敢日は先の第77戦闘団の部隊に向けて、先んじての離脱を促した。
《了解、ステイシス。すまないが、先に離脱させてもらう》
第77戦闘団の部隊からは、了承の言葉が返された。
それを聞き届けた後に、敢日はネイルガンを構え直して、戦闘行動を再開する。
「三匹」
そこへちょうど、何体目かのオークを射撃で仕留めた制刻が、声を上げた。
「ヤツら、崩れて来た」
射撃体勢から一度カバー体勢に戻りながら、制刻は呟く。
その言葉通り、制刻等の攻撃と上空KV-107からの機銃掃射により、オーク達はその数を減らして、態勢を崩しつつあった。
「押し上げるぞ」
「あぁ」
制刻が発し、敢日が呼応する。
そして二人とGONGは、遮蔽物を飛び出して正面に向けて駆けだした。目指すは、庭園の中央にある噴水。
姿勢を低くして駆け抜け、制刻等は程なくして噴水に到達。そして制刻は駆ける速度のまま、噴水の縁に足を掛けて、勢いよくその向こう側へと飛び乗り越えた。
噴水は枯れており、その内側にはそこに身を隠していた、複数のオークの姿があった。
オーク達は突っ込んで来た制刻に、驚き目を剥いている。
制刻は、そんなオーク達の内の一番近くにいた一体に、飛び込んだ勢いのまま飛び蹴りを入れた。
「ごぁッ!?」
オークは蹴とばされ、悲鳴を上げる。
そして噴水の床面に、踏まれて叩き付けられるオーク。制刻はそこから連続動作で、オークの頭部を片足を突き出し、思い切り踏みつけた。
「ギュェッ」
オークの首はあってはならない方向に曲がり、そしてその口からおかしな悲鳴が上がった。それはオークの断末魔であった。
「な!?――こいつ!」
その光景に、近くにいたオークは驚愕し目を剥くが、しかし同時に斧を振りかぶって、制刻へ対応しようとした。
「ごぉッ!?」
しかしそのオークは、次の瞬間に頭を何かに鷲掴みにされた。
GONGだ。
制刻に続いて噴水内に踏み込んだGONGが、そのアーム先の大きな五指で、オークの頭を捕まえたのだ。
「もぼ!?――こきょッ」
そしてGONGは、藻掻くオークを両アームで掴み、まるで雑巾でも絞るようにオークの頭を捻じって折った。
オークからの口からは音とも悲鳴ともつかないものが上がる。そしてGONGは、死体となったオークを放って捨てた。
「な、なんだこいつ等!?」
踏み込んで来た異質な存在等。そして瞬く間に無惨に屠られた仲間の姿に、残るオーク達は大きく狼狽える。
「糞ッ――ぎゃッ!?」
「ひ、引け――ぎぇぁ!?」
残ったオーク達は、狼狽えつつも斧を手に掛かってこようとする。または逃げようとするなど、それぞれの反応を見せた。
しかしそんな彼等は、次の瞬間には次々に言葉を悲鳴に変えて、打ち倒れ崩れていった。
「ダウンッ」
それは敢日の手による物であった。
最後に噴水に到達した敢日が、ネイルガンでオーク達の身を撃ち抜き無力化したのであった。
噴水内のオーク達を一掃した制刻等は、しかしそこで息を着く事はせず、すかさず噴水内に散らばり、各所にカバーする。
「後どんなモンだ?」
「各方に、1~2匹づつってトコだな」
制刻の尋ねる言葉に、敢日は周辺を観察しながら返す。庭園内に展開していたオーク達は、大分その数を減らしていた。
「これならいけそうか――822。敵はいくらか減らした、着陸できるか?」
《ステイシス、行けそうだ。庭園の出入り口に着陸する》
敢日の呼びかけ尋ねる言葉に、ヘリコプターからはそれを肯定する言葉が返される。
そしてKV-107は、庭園の出入り口の真上で、ホバリングに移行する様子を見せた。
「よし――自由、行くぞ」
その様子を見てから、敢日は制刻に促す。
「――いや、後ろを見ろ」
しかし、制刻はその言葉に呼応せず、背後を促す視線と言葉を発した。
制刻の視線を追い、敢日が見たのは、先程自分等も出て来た遺跡の玄関口。そこから、複数体のオークが駆け出て姿を現す様子が見えた。
「チッ、新手か!」
新たに増えたオークの姿に、忌々しく発し上げる敢日。
「――あん?」
しかし、続き制刻が、訝しむ声を発した。
その理由は、新手のオーク達の様子にあった。オーク達の注意は制刻等には向いておらず、遺跡の玄関口に向いてる。そしてオーク達の様子は、よく見れば何かから逃げているように見えた。
「なんか変だぞ――」
敢日もそれに気づき、声を零しかける。
――次の瞬間であった。遺跡の玄関口に隣り合う壁が、まるで爆破でもしたかのように吹き飛び崩壊したのは。
「おあッ!?」
突然のそれに、敢日は思わず声を零す。
壁の崩壊により、玄関口付近には砂埃が舞い上がる。その直後、砂埃の向こうから――〝それ〟は現れた。
「――クォオオオオオオオギャァアアアアアアアアアッ!!!」
そして響いたのは、まるで機械音と聞き違うような、歪な鳴き声――否、咆哮。
――現れたのは、歪な姿の怪物であった。
それは、全高が3mはあろうかという、巨大な存在であった。
四肢を持ち、二足歩行をするその姿は、大雑把には人に似ている。
しかし、その全身を覆う表面肌は赤黒く、まるで固まった溶岩のように荒々しい。胴と四肢は残らず太く分厚く、嫌でも強靭である事が予想できる。頭部、その顔の造形は、名状しがたい程、歪で険しく恐ろしい。
これまでのオーク達ですら、かわいく虚弱に見える程の、怪物であった。
「なんだありゃぁッ!?」
明らかな脅威と分かる、しかし正体不明のモンスターの登場に、敢日は思わず声を荒げ発する。
「また、ヤバそうなのが出て来たな」
対する制刻は、淡々と呟く。
「ッ――822、タンマだ!なんかヤバそうなのが出て来たッ!」
敢日は顔を顰めながら、慌てヘリコプターに向けて、着陸を中止するよう要請の通信を送る。
「ベイルサーク!」
「ベイルサークだッ!」
そんな制刻等の一方。逃げ出して来たオーク達や、庭園に残っていたオーク達から、そんな声が上がり聞こえてくる。
どうやら現れた怪物の名は、ベイルサークと言うらしい。
「ギィイイイイイイイイギャァアアアアアアアアッ!!!」
そのベイルサークは、再び機械音にも似た咆哮を、その禍々しい口より上げる。
そして、身構えたかと思った次の瞬間。その場から、爆発的なまでの加速でその巨体を飛び出した。
その巨体でなぜそこまでの物が可能なのか。ベイルサークは凄まじい速度勢いで、その巨体を直進させる。
そしてその先に居た、逃げようとしていた二体のオークへと、その巨体を突貫させた。
「――ヴェォ!?」
「ノ゛ォ!?」
二体のオークは、ベイルサークの巨体に轢き飛ばされた。
妙な悲鳴とも音ともつかないそれが上がり、その身体は一直線に飛ぶ。そして先にあった庭園を囲う石壁に、二体仲良く叩きつけられた。
嫌な音と共に砂煙が上がり、そしてそれが晴れたその場には、壊れた人形よりも酷い状態となった、二体のオークの歪な死体が出来上がっていた。
「おおおッ!」
直後、別方向から雄たけびが上がる。見れば、一体のオークが斧を振りかぶりながら、果敢にベイルサークに切りかかっていた。
ベイルサークの懐に踏み込み、振り上げられた斧がその肌に叩きつけられる。
――しかし上がったのは、カキンという、頼りない音であった。
オークが叩き下ろした斧は、しかしベイルサークの信じがたい強靭な肌の前には文字通り歯が立たず、傷一つ付ける事なく受け止められ、そして刃こぼれを起こしていた。
「な!」
果敢にベイルサークに挑んだオークは、しかしその結果に目を剥く。
――そのオークの身を、あまりにも巨大すぎる暴力が襲った。
「――きぇぼッ!」
次の瞬間、オークから何かひしゃげるような音が上がり聞こえる。いや、それはひしゃげる音で正しかった。見ればオークの頭部と肩が、ひしゃげあるいは凹んでいたのだ。
ベイルサークの振り下ろしたその巨大な拳が、オークの身体をそうさせたのだ。
「――ぺでゅッ!あ゛げッ!ヴぇぇ゛ッ!?」
そこから連続的に振るわれる、ベイルサークの拳。それを受けるオークの身から、本能的に恐怖感を煽るような、耳を塞ぎたくなるような、歪な悲鳴が立て続けに上がる。
そして程なくしてベイルサークが拳を振り下ろすのをやめた時、その足元にあったのは、比喩ではなくミンチとなった、オークだった物であった。
「わぁぁ!?」
「に、にげロッ!」
仲間の末路に、残るオーク達は戦意を失ったのか、逃げ出し始める。
「――」
そして、オーク達の末路を見てしまった敢日は、思わず言葉を失い、目を剥いてベイルサークを見つめていた。
「激しいヤツだな」
制刻だけは、また淡々とそんな呟きを発する。
ベイルサークの顔が、制刻等の方を見たのはその直後であった。
「ッ――まずいッ!」
ベイルサークがこちらに気付いた事に、敢日は驚愕から意識を取り直して発する。
「解放、さがれ――俺がやる」
そんな敢日に対して、制刻が促し発したのはその時であった。
「はぁ!?やる、って――」
その言葉が何を意味するかは、さすがに分かった。しかしそれが本気の発言かを疑い、敢日は荒んだ声を上げかける。
「――ギュィイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアッ!!!」
しかしそれよりも早く、ベイルサークがまたしてもの咆哮を上げた。そしてベイルサークは次の瞬間、再び爆発的な加速で、制刻目がけて突貫して来た。
凄まじい速度で制刻に迫るベイルサーク。
そして――ドゴンッ――という鈍い音が響きあがった。
「ッ――!?」
一瞬、それが制刻が吹き飛ばされた音である事を覚悟する敢日。しかし直後に飛び込んで来た光景に、敢日はまた別の理由で目を剥いた。
「――とぉ」
制刻は無事であった。そして制刻は、片足を前方に突き出す姿勢を取っている。その足の履く戦闘靴の底が、なんと突貫して来たベイルサークの巨体を、受け止め押し留めていたのだ。
「ギェアアアアアアッ!!」
制刻の超常的ムーヴで受け止められた、ベイルサークの巨体。
しかし突貫を止められた事がベイルサークの気を害したのか、ベイルサークは咆哮を上げて制刻に浴びせる。
「チッ」
それを不快に感じ、制刻は舌打ちを打つ。
「ッ――冗談が過ぎてるぜ!――GONGッ!」
一方、そんな光景に目を奪われていた敢日は、そこで再び意識を取り直すと、GONGに向けて促す声を発する。
GONGはそれに電子音を上げて呼応。
飛び出し、そして制刻と競り合うベイルサークに、その真横より全身を持って掴みかかり、取り付いた。両アームでベイルサークの頭を掴み、片腕を抑えるGONG。ベイルサークを羽交い絞めにする算段だ。
「ギェアアアアアッ!!」
しかしベイルサークは激しく暴れてそれに抵抗。そして腕を振り回す。
そのすさまじい腕力は、GONGの巨体をいとも容易く引きはがし、そしてGONGの身は振り払われ、放り投げられた。
「GONGッ!」
放り投げられたGONGは、弧を描いて飛び地面に落ちた。幸い、先のオーク達のように無残な姿になる事は無かったが、降り飛ばされ落ちたその姿に、敢日は思わず声を上げる。
「ギェィアアアアッ!!」
一方、ベイルサークはまたも叫びあげる。そして、先にオークをミンチに変えた拳を、制刻に向けて振り下ろした。
「チィッ」
制刻の口から零れる舌打ち。
直後――ドッ――という衝撃音が、両者の間で上がった。
見れば、ベイルサークの振り下ろした拳を、制刻は片腕で掴み受け止めていた。
「ギュィィィィェアアアアアッ!!!」
拳を受け止められた事が不満なのか、再び不快そうな叫び声を上げるベイルサーク。
「うるせぇヤツだな、そんなに悔しいか?」
対する制刻は、競り合いながらもベイルサークを煽る言葉を発する。
――ガギ、と。ベイルサークの頭部を何かが襲い、金属音が上がったのはその時であった。
「自由、飛べッ!」
同時に、制刻に促す言葉が届く。
そして立て続く、ベイルサークを襲う衝撃と金属音。
見れば、敢日がネイルガンをフルオートで撃ち、ベイルサークの頭部に五寸釘の雨を注いでいた。
「!」
制刻は、すぐさま敢日の要請に呼応。
五寸釘の雨に注意の逸れたベイルサークの拳を離し、そしてその胴を蹴って後ろへと飛び、退避した。
一方、ネイルガンの撃ち出した五寸釘の雨は、ベイルサークの注意を一瞬反らしたものの、ダメージはまったく通っていなかった。
そしてネイルガンが釘切れを起こして五寸釘の雨が止むと、ベイルサークはその凶悪な顔で敢日を向き睨む。
「GONG、やれッ!」
しかし瞬間、敢日は声を張り上げた。
――何か異質な音が一瞬、一体に響き渡ったのは、それと同時であった。
「――ギュェィァアアアアアアアアアアッ!!!」
そして直後、ベイルサークが強烈な叫び声を上げた。
それはこれまでの咆哮とは異なる物。――明確な、悲鳴。
その理由は、ベイルサークの左肩にある。――そこには、大穴が空いていた。
「通った!ナイスだGONG!」
ベイルサークに明確なダメージが通った様子に、敢日は発し上げ、そして庭園の一角へと振り向く。
そこには、先に投げ飛ばされたGONGの、立ち構える姿があった。
そしてGONGは構える姿勢で左アームを突き出している。そのアーム先からは、さらに円柱状の何かが突き出ていた。
それは、GONGの搭載火器であるリニアガンであった。
このリニアガンより撃ち出された弾が、ベイルサークの身に大穴を開けたのであった。
「ギェアアアアッ!!!」
ダメージに痛みを覚えているのか、その場で暴れ狂うベイルサーク。その注意は、制刻等から反れていた。
「よし、今のうちに離脱だ!」
それをチャンスと見た敢日は、飛び退いた先で丁度体勢を取り直した制刻の元へ駆け寄り、その肩を掴んで促す。
「離脱?ヤツを仕留めないのか?」
しかし制刻は、敢日のその言葉に疑問と意義の声を返す。
「危険だ!リニアガンはすぐに二発目は撃てない、無理に相手をするより、離脱すべきだ!」
そんな制刻に、敢日は説明と説得の言葉を発する。
「ッ、しゃぁねぇ」
制刻は、ベイルサークを仕留めずに離脱する事に抵抗があったが、しかし敢日の言葉を受け入れる。
「822、今そっちに行く、拾ってくれ!」
敢日がヘリコプターに回収要請の一報を送る。そして制刻と敢日は身を翻し、庭園の出入り口に向けて駆けだした。
庭園を突っ切り駆ける二人。途中で、GONGも合流して来る。程なく制刻等は庭園出入り口に到達。その向こうに、機体後部をこちらに向けて、高度を地上ギリギリまで下げたKV-107の姿が見えた。
「――ギャァアアアアアアアアアアッ!!!」
背後より、咆哮が聞こえ来たのはその時であった。
振り返れば、ベイルサークがこちらを見て叫び上げる姿が見える。そして直後、ベイルサークは爆発的に身を撃ち出し、制刻等を追い猛ダッシュを仕掛けて来た。
「来やがったッ!」
発し零す敢日。
制刻等は庭園出入り口の門を潜り抜け、遺跡の敷地外へと脱出。そしてホバリング姿勢で待つ、KV-107の元へと辿り着いた。
「急げッ!」
「早く!」
開かれ降ろされた後部ランプドアには、河義や鳳藤の姿があった。河義等は、急ぎ機に飛び乗るよう促し、そして手を差し出してくる。
「GONGを先に!」
「え、うわ!」
制刻と敢日は、先にGONGを収容させるべく、その巨体をランプドアに上らせた。河義等はまだGONGの事は知らなかったのか、真っ先に乗り込んで来た巨大なロボットに、驚く声を上げる。
どうにかGONGの身体を乗せて機体貨物室に押し込ませ、そして制刻と敢日もランプドアに足を掛けて踏み、機上へと乗り込む。
そして振り向けば、向こうよりベイルサークが凄まじい速度で駆け、迫ってくる姿が見えた。
「乗ったぞ!離脱だーッ!」
敢日はコックピットに向けて張り上げ叫ぶ。
《了解》
対して機長からの返答が無線上に上がり聞こえ、そして機体はエンジン出力を上げる。
ベイルサークは庭園入口を体当たりで破壊し、ヘリコプターの元へと突貫して来る。
あとわずかな距離で、ベイルサークがヘリコプターへと到達しようと言う所で、ヘリコプターはホバリングから上昇に転じ、空へと舞い上がった。
KV-107が上昇離脱した直後、先まで機体があった場所に、ベイルサークの身が突っ込んで来た。ベイルサークはまるで機械のような体の軋む音を立てて、急停止する。
まさに間一髪の所であった。
「――ギュァアアアアアアアアアッ!ギャァアアアアアアアアアッ!!!」
ベイルサークはその場で天を仰ぎ、ヘリコプターに向けて咆哮を発し上げる。自らを傷つけた存在を仕留められなかった事を悔やみ、去ってゆくその姿に怒りと憎しみをぶつけるかのように。
「ひとまず、お預けだ」
制刻はランプドア上から眼下を見下ろし、機体の上昇離脱に伴い小さくなってゆくベイルサークに向けて、そんな言葉を投げて発した――
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