―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

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チャプター1:「新たな邂逅」

1-1:「予期せぬ者」

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 草原が広がり、なだらかな丘が連なり、時折森や林の生い茂る光景が広がっている。
 長閑な景色を見せるその一帯。
 ――しかしそんな光景をかき乱すかのように、異質な音声が響き渡っていた。
 一帯の上空には、異質な物体の飛ぶ姿があった。
 巨大な縦長の胴を持ち、その頭上でまた異質な翼のような物を回転させ、けたたましい音を響かせている。そして驚くべき速度で、広がる地形の上空を飛び抜けて行った。


 その飛ぶ物体は、〝KV-107ⅡA-5〟救難ヘリコプター。通称〝バートル〟と呼ばれた。


 日本国陸隊に所属する有事官、〝制刻ぜいこく 自由じゆう〟。異質――いや、はっきり言って酷く醜く、禍々しい外観を持つ人物である制刻は、現在機上の人であった。
 制刻の現在身を置いているのは、〝日本国航空隊、航空救難団、豊原救難隊〟の保有する、KV-107ⅡA-5(以降KV-107)の内部貨物室。その左右に配された座席の上だ。
 対面の座席には、制刻の同僚隊員で、現在の相方。大変に麗しい容姿の女隊員である、〝鳳藤ほうどう つるぎ〟の座す姿がある。

「はぁ、驚く事の連続だ」

 その鳳藤が、おもむろにそんな一言を呟いた。

「あぁん?」

 それに制刻は、訝しむ色を浮かべて一言返す。

「今の状況さ。戦闘機が現れた事だけでも驚いたのに、その上基地に戦闘団、さらには護衛艦までもが転移して来るなんて」
「あぁ、まぁな」

 呟いた言葉について、その理由を発し説明して見せた鳳藤。それを聞いた制刻は、しかし対して興味が無さそうに、そんな一言を返した。


 制刻始め、日本国隊の一個中隊がこの異世界に転移して来てから、2週間程の期間が経過していた。
 異世界の地の調査を進め、その途中で発覚したこの世界に迷い込んだ日本国民を回収保護するために、作戦を展開した日本国隊。その作戦が成功し、ひと段落着いた矢先に飛び込んで来たのは、新たに転移して来た別部隊からの無線での呼びかけや、護衛艦発見の報であった。
 制刻等の所属する中隊を率いる、井神いのかみ一曹は、これ等の部隊と早期に合流する必要性があると判断。そして各方へ、合流を図るための部隊が差し向けられたのであった――


 制刻と鳳藤も、そんな各方へ差し向けられた部隊の一端であった。
 彼らがこれより接触を図ろうとしているのは、〝日本国陸隊、樺太方面隊、第77戦闘団〟を名乗る無線通信を飛ばしてきた部隊だ。その部隊はどうにも、現在制刻等の中隊の展開している〝紅の国〟より北に位置する、隣国の〝笑癒の公国〟という国の領地内に居るらしい。すでに合流地点は取り決められ、制刻等を乗せたKV-107は、その合流地点に向かって飛んでいる最中であった。

「味方が増える事は心強いが……何か、さらなる出来事の前触れのような気がして、ならないな……」

 鳳藤は、少し不安げな表情を見せ、そんな懸念の言葉を発する。

「まぁ、十中八九、これ以上のゴタゴタを見越してのモンだろうよ。腹括っとけ」

 それに対して自由は、どこか他人事のような淡々とした口調で、そんな言葉を返した。

「――しかし77戦闘団。77普連か――ちと、面倒な予感がする」

 続け制刻は、歪な造形の顔を少し顰めて、そんな呟く言葉を発する。

「面倒?何が?」
「少しな」

 鳳藤が怪訝な色で尋ねるが、制刻はそれに詳細を答える事は無く、適当にごまかすだけであった。

「制刻、鳳藤」

 そんな所へ、二人を呼ぶ声が響き超えた。
 二人がそれぞれ声を方向へ視線を向ければ、機内貨物室をコックピットの方向より歩いて来る。一人の男性隊員の姿があった。
 人の良さそうな顔立ちに、平均的な身長体躯。纏う3型迷彩服の襟には、三等陸曹の階級章を付けている。
 彼は、制刻と鳳藤の所属する、〝第54普通科連隊、第2中隊、第1小隊、第4分隊〟の分隊長であった。すなわち制刻等の直接の上官であり、名を河義かわぎと言った。

「目的地が見えた、降りる準備をしろ」

 河義は二人に向けて発する。その言葉は、KV-107が合流予定地点へ間もなく到着する事を、告げる物であった。

「了解です」

 河義の発した準備指示に、鳳藤は了解の承諾の返事を返して立ち上がる。

「了解――どれ」

 一方の制刻は、河義に対して端的に言葉を返すと、座席の背後に振り向く。そこには、機体側面に設けられた捜索用のバブルキャノピーがあり、制刻はそこから外部を覗き見る。
 そこからは、眼下周辺の地形が一望できた。
 制刻は広がる光景を一瞥した後に、機体の進行方向に視線を向ける。
 その向こうに見えたのは、小高い丘。そしてその麓から何かの建造物が突き出て、ポツンと存在している様子が確認できた。

「あれか」

 それが事前に知らされていた目的地の目印であり、制刻はそれを見て一言呟き、そしてバブルキャノピーから頭を離して視線を機内に戻した。
 すでに河義と鳳藤は、貨物室の後部へと向かっていた。制刻はしかし急く様子もみせず、自分のペースで自身も機体後部へと向かう。
 機体後部の解放されたランプドア上には、また二名の隊員の姿が見えた。
 内一名は、このKV-107の機上整備員である航空隊の隊員。そしてもう一名は、身長190㎝を越えているであろう、長身で体躯の良い陸隊隊員だ。

策頼さくら。目的地が見えた、準備してくれ」

 河義が呼びかけると、二名の内の長身の陸隊隊員の方が、呼応し振り向く。すると、被った88式鉄帽のその下に、堅気かどうかを疑うほどの、大変に恐怖感を煽る顔立ちが覗いた。

「了解」

 その策頼と呼ばれた堅気離れした顔立ちの隊員は、しかし反した静かで端的な返答を、河義に寄越した。彼もまた、制刻等の所属する4分隊の隊員であった。
 機体後部に集合した、河義を筆頭とする4分隊各員は、降機に備えて各々の装備の確認を始める。

「おっと」

 その最中、機体が大きく傾き、河義が声を上げた。目的地上空に到達した機体が、旋回を始めたようだ。それに伴い、解放された機体後部から見える景色も、目まぐるしく変化を見せる。
 旋回行動を終えた後に、機体は先程見えた丘の麓の建造物の真上で、ホバリング体勢に移行。ランプドアの眼下に、建造物が見える。そして機体は徐々に高度を下げて地面が近づき、程なくして機体底面に備えた着陸脚を地面に接地させた。

《ジャンカー4へ。降着よし、降機よし》

 着陸時に一瞬伝わり来た振動が収まると同時に、各々の付けたインカムから音声が流れ聞こえ来る。コックピットで操縦を預かる機長からの、降機を許可する通信だ。

「了解――よし、GO」

 機長からの通信に返した河義は、続いて各員に向けて発し上げる。それを合図に、制刻等は降機を開始した。
 先んじて策頼と鳳藤が、順にランプドアを踏んで機外へと飛び出してゆく。そして着陸したKV-107の後方に駆け出て展開。それから、鳳藤は〝93式5.56mm小銃〟を。策頼は〝M870MCS〟ショットガンをそれぞれ確保へ向けて構え、警戒の姿勢を取る。
 それから続き、制刻が悠々とした様子でランプドアを踏んで機体より降り、最後に河義が降りる。そしてノシノシと歩き進んで来る制刻と、その後ろから続いて来る河義。どっちが指揮官か、分かった物ではなかった。

「クリア!」
「クリア」

 先んじて降りて警戒態勢を取った鳳藤と策頼が、それぞれの方向に敵性存在、障害が無い事を確認して、報告の声を上げる。

「了解」

 それに対して河義が、自身も周辺に視線を走らせながら、返答の声を発した。

「辺鄙なトコだな」

 一方の制刻は、周辺を何かつまらなそうな様子で先を見ながら発する。
 制刻の視線の先に見える光景は、先程上空から確認した物と同じ、聳える小高い丘と、その麓に存在する建造物。正しく言えばその建造物は、小規模な遺跡のような物であった。
 石造りの床が申し訳程度に広がり、風化して崩れあるいは倒れた柱が、所々見える。そして丘の麓に何か入口のような物が見えた。
 制刻の発言通り、辺鄙な場所と言う表現が似合う場所だ。
 その辺鄙な場所を合流地点と定め、降り立ったのにはもちろん理由があった。


 隊は先日、この異世界に迷い込んだ日本国民を保護回収した際に、同時にその国民が身を寄せていた、勇者一行の少女達を保護回収していた。
 その勇者である少女達は、この世界を脅かす存在である魔王を討つべく、この世界に散らばる魔王に対抗しうる〝力〟を探す事が使命であるらしい。
 そしてその彼女達の目指していた、ある一つの〝力〟が眠っていると噂される場所。それが丁度、隊の現在駐留する草風の村と、新たに転移して来た第77戦闘団の所在地の、中間に存在していたのだ。
 隊は、戦闘団との合流を図る上で、副次的にその〝力〟の回収が可能であると判断。勇者の少女達に回収の代行を申し出る。少女達は、当初は自分達の手で回収する事に意義があると考えているらしく、隊の申し出を断った。しかし彼女達の体調体勢が万全でない事、他合理性等を隊側より説かれ、最終的には折れて申し出を承諾。
 こうして回収を、隊――制刻等が請け負う事となったのであった。


「トランス822、周辺に脅威は確認できず」

 周辺をしげしげと見渡す制刻の横では、河義がインカム通信でKV-107の機長に向けて、報告を上げている。

「これより施設の調査に向かいます――よし、行くぞ」

 報告の通信を終えると、河義は各員に向けて支持の声を発し上げる。それを受けて、各員は前進を開始した。
 警戒を維持しつつ、石造りの床に踏み込み、そのまま丘の麓にある遺跡の入口らしき所の傍まで進む4名。
 近寄り見れば、入り口には扉もなく、薄暗い内部の光景が外からも微かに見える。

「ライト付けろ。策頼、先行してくれ」
「了」

 各々は、それぞれ装備火器のオプションであるライト。もしくはサスペンダーを利用して身に着けた、L型ライトを点灯させる。
 そして先行の指示を受けた策頼が、ショットガンを構え直し、一番手で内部へと踏み込んだ。

「――クリア」

 少し間をおいて、入口の向こうより策頼の報告の声が聞こえ来た。

「よし、続け」

 それを聞き、河義は他の各員に続け命ずる。各々は順に内部へと踏み込んだ。
 内部へ踏み込み、各々は視線とライトの明かりを各方へ向けて、内部空間の全容を把握する。踏み込んだ先は、小規模な体育館程の広さの空間が広がっていた。
 所々に申し訳程度の装飾は見られるが、基本は良く言えばシンプル。悪く言えば殺風景な内装であった。

「――ん?」

 各々が各方へ観察の眼を向ける中、制刻は薄暗い空間の奥に、何かを見つける。

「どうした?」
「奥に、なんかあります」

 その様子に気付き尋ねて来た河義に、制刻は返しながらも奥側へとズカズカ歩んでゆく。
 そして程なくして辿り着いた、空間の最奥。そこにはシンプルな台座のような物があり、そしてその上には、巨大な剣が鎮座していた。刀身だけで、2mは越えようかという程の大剣であった。

「あった。ありました」

 制刻は、河義に向けて発し上げ伝える。
 それこそがおそらく、回収目標である〝力〟と思われた。

「ほんとか?」
「えぇ、剣です。埃被ってやがる」

 河義の尋ねる言葉に、どこか白けた様子で返しながら、制刻はその大剣の柄を掴む。
 大剣はその大きさに違わぬ重量を持っていたが、しかし制刻はまるで小枝でもつまみ上げるかのように、片手でその大剣を持ち上げ掲げて見せた。

「あっさりだな。本当に目標の物なのか?」

 あまりにもあっさりと見つかった回収目標に、鳳藤からは訝しむ声が飛んでくる。

「じゃあ見てみるか?オメェ、剣の類には詳しかったろ」

 そんな鳳藤に、煽るようなセリフで返す制刻。そして制刻は、身を翻して台座の前を離れようとした。
 ――制刻が不穏な気配を覚えたのは、その瞬間であった。

「ッ」

 それを感じると同時に、制刻は身を半歩後退させる。
 ――頭上より巨大な質量が落ちてきて、盛大な衝撃音と土煙が上がったのはその瞬間であった。

「――チッ」

 落ちて来たのは、巨大な石造りの壁であった。
 落下の衝撃で上がった土煙に巻かれながら、制刻は舌打ちを打つ。

「うっわッ!?」
「わぁ!?」

 同時に、現れた壁により分断された空間の向こうより、微かに驚きの声が聞こえる。河義や剱の物であろう。
 罠――直後に制刻は、そんなワードを浮かべていた。

《――おい、制刻!無事か!?》

 少しの間をおいてから、制刻の身に着けるインカムより、河義の安否を問う声が飛び込んで来る。

「えぇ。幸い薄っぺらくは、なっちゃぁいません」

 聞こえ来た焦りの混じった問いかけの声に、対する制刻は、いつもと変わらぬ淡々とした様子で、無事である事を告げる返答を返す。

《これは……!》
「罠でしょう。すんなり行くかと思ったら、そうはいかねぇようだ」

 河義は、驚き困惑している様子の声を寄越す。対する制刻は、どこか皮肉気で他人事のような様子で、そんな言葉を発する。そして同時に、周辺にライトの明かりを向けて観察を始める。

《ッ、少し待つんだ。……持ってきた爆薬だけで、吹き飛ばせるか……?》

 一方、通信からは河義のそんな零す言葉が聞こえ届く。河義は、爆薬により壁を爆破しての、合流を試みようと算段しているようだ。

「――いや、ちょいタンマ」

 しかしそこへ、制刻はそれを差し止める声を上げた。そして制刻のその視線は、空間の端の一角へと向いている。制刻は、そこへと歩み近寄る。

「――ひょっとしたら、別ルートで抜けられるかもしれません」
《何?》

 そして発された制刻の言葉。それに、無線の向こうからは河義の訝しむ声が返された。

「こっちの端っこに、どっかに繋がってるっぽいルートがあります。これを利用して、脱出できるかもしれません」

 寄越された訝しむ声に対して、そう説明の言葉を紡ぎ送る制刻。
 その言葉通り、制刻の歩み寄った先――空間の端には、人一人が通れる程の開口部があり、そこからどこかへ繋がっているらしき通路が伸びていたのだ。

《しかし――こんな罠があったんだ!その先も、危険かもしれないぞ!》

 しかし、河義からは制刻の案に対する、懸念の声が寄越される。

「えぇ、でしょう――しかし、この壁は持ってきた爆薬だけでは、穴は開けらんねぇでしょう。こっちを試してみるしかない」

 だが制刻は、河義に向けてそう進言の言葉を返した。

《本気か……?》
「えぇ」

 河義から寄越された問う声に、制刻は端的に返す。

《――……了解。十分気を付けろ》

 少し考えたのだろう、沈黙を置いた後に、河義からは折れるような承諾の返答。そして警告の言葉が寄越される。それは、これまで危機的な事態を、超常的なまでの行動で乗り越えて来た制刻を、信用して寄越された言葉であった。

「どうも。そっちは、ヘリまで退避しといてください」

 それに対して制刻は、シレッとした様子で言葉を返し、続け河義等へ退避を要請。そこまで発すると、通信を終えた。

「――んじゃ、行くか」

 制刻はそこで一度呟くと、一歩踏み出し開口部を潜る。
 そしてその奥へと続く通路を、進み始めた。



 遺跡内部を通る、薄暗く不気味な通路。そこを制刻は、先に入手した大剣を小枝のように片手の手先で弄びながら、悠々と進んでゆく。
 その通路をしばらく進んだ所で、それは起こった。
 制刻が進路上の床のある一点を踏んだ瞬間、そこが微かに沈み込む。――それは、仕組まれた罠の発動スイッチであった。
 床が踏まれた瞬間に制刻の頭上より、いくつもの大きく鋭利な針の突き出た、剣山状の釣り天井が勢いよく落下して来た。襲い来たそれは、制刻の身を貫き潰す――
 ――事は無かった。
 見ればなんと、制刻は空いていた片腕を掲げ上げ、その指先で剣山の針先を摘まんで、釣り天井を止めていたのだ。

「こりゃ怖ぇ」

 本当にそう思っているか怪しい、端的な一言。
 それと同時に、釣り天井を止めた腕を軽く振るう制刻。
 すると釣り天井の支えの縄が切れ、釣り天井は制刻の背後へと投げ飛ばされ、激しい音を立てて損壊した。
 背後で無残な姿となった釣り天井を一瞥した後、制刻は進行を再開した。



 またしばらく進んだ所で、再び制刻を罠が襲った。
 不自然に側面に窪みのできた通路を進行中、その窪みより、巨大なハンマーが襲い来たのだ。
 ハンマーは制刻の身を打ち、壁に叩き付けてその身を潰す――
 ――事は無かった。

「ん」

 制刻は、側面より襲い来た巨大なハンマーに向けて、拳を作った片腕を突き出した。
 勢いよく襲い来たハンマーは、制刻の拳に衝突。
 ――結果押し負けたのは、ハンマーの方であった。
 制刻の突き出した拳は、ハンマーの正面を思い切り凹ませ、そしてその勢いを殺して襲留めて見せたのだ。

「ほれ」

 そして制刻は、そんな一言と同時に拳をさらに少し突き出し、ハンマーを押し戻す。
 ハンマーはそこから凄まじい勢いで押し戻され、その先の壁に激突。壁にめり込み埋まり、その役目を果たさなくなった。
 制刻は片手に摘まんだ大剣を弄りながら、さらに進む。



 いくらか遺跡内を進んだ時、制刻は背後に何か大きな音を聞いた。

「あ?」

 振り向く制刻。その目に映ったのは、通路を転がってくる巨大な岩石であった。
 勢いよく転がりくる岩石は、通路幅いっぱいの大きさだ。左右に避けられる空間は無い、走って前方に逃げるしかない。

「あぁ、やぁれやれ」

 しかし制刻はそんな一言を発すると、あろう事か転がり来る岩石に向けて、正対して立ち構えた。
 岩石は瞬く間に転がり接近。制刻の鼻先まで迫る。
 次の瞬間には、制刻は岩石にペシャンコに押しつぶされてるだろうと思われた。
 しかし――
 ――ドゴン――と、凄まじい衝撃音が上がった。
 見ればなんと、制刻は拳を真正面に突き出し、それが岩石に叩き込まれていた。そして驚く事に、岩石は制刻の拳に押しとどめられ、停止していたのだ。
 否、それだけではない。
 直後に、岩石にピシピシと亀裂が走る。そう見えた刹那、巨大な岩石は崩壊し、無数の欠片に変わり崩れ落ちたのだ。
 そう――制刻の拳骨が、巨大な岩石を叩き割ったのだ。
 制刻は、つまらなそうに砕け散った岩石だった欠片を一瞥。

「どうにも、これを取りに来た人間を、試してるみてえだな」

 それから手先に持っている大剣に視線を落として、そんな一言を呟いた。
 そして身を翻し、さらに進む。



 そんな調子で、制刻は遺跡内部を突き進んでいった。
 時に落とし穴を一跳躍で越え――
 時に降り注いだ毒矢を、全部片手で払い落し――
 時に襲い来た巨大な鎌を、人差し指と中指だけで止め、そしてねじ伏せ――
 制刻は悠々と、そして淡々と、危険溢れる遺跡内部を何事も無いように進んでいった。



 そうしてダンジョンを踏破し切った制刻は、その行きついた先に、堅牢な鉄扉を発見する。

「――どぉら」

 その鉄扉は、制刻のかました蹴りによって、盛大に蹴り破られた。
 蹴り破られ、バタンと音と土煙を立てて倒れる鉄扉。制刻はその鉄扉を踏んで、隔てられていた向こう側の空間へと踏み入った。
 踏み入った先に広がっていたのは、円形のこじんまりとしたホール状の空間。壁に沿っていくつか扉があるのみで、他に特徴的なものは見られない。

「アトラクションは、終わりか?」

 そんな空間の様子を見渡しながら、同時にこれまで遭遇して来た多種多様な罠を思い返しつつ、制刻は呟く。
 しかし、異変が起こったのはその時であった。
 空間の床から、微かにだがピシピシと音が聞こえる。そして制刻が視線を降ろせば、床面には亀裂が走っていた。制刻がそれを見止めた瞬間、亀裂は加速度的に大きくなり、床面を浸蝕してゆく。
 まずい――そう思い制刻が退避しようとした瞬間、床はその全面が崩落を起こした。

「チィッ!」

 その崩落はこれまでのような罠ではなく、遺跡の老朽化が引き起こした物であった。脆くなっていた遺跡に、先の扉を蹴破った衝撃がとどめを刺したらしい。
 制刻は崩落に巻き込まれ、舌打ちを打ちながらも、瓦礫となった床面と共に落下。
 落下した下階は、似たようなホール空間であった。幸いそこまで高さは無く、制刻は宙空で体勢を立て直し、下階の床に難なく着地して見せた。

「――ッ!」

 しかし着地した瞬間、制刻は別の嫌な気配を感じ取る。そして真上に視線を向けた瞬間、今度は先程までいた上階の天井が、立て続いて崩落した。

「――チクショウ」

 立て続いた事態に、悪態を吐く制刻。
 ――その直後、崩落し瓦礫となった天井が、雪崩のように制刻の身に降り注ぎ、襲った。
 瓦礫が降り注ぎ、土煙が盛大に上がり、制刻の姿が消える。
 しばらくして土煙が収まると、その場には降り積もった瓦礫が山を形作っていた。

「――あぁ、ったく」

 制刻の身体は、その降り積もった瓦礫の中にあった。幸いにして負傷などこそしていなかったが、不覚を取り埋まってしまった事に、制刻は再び悪態を吐く。
 そしてこの気分の悪い生き埋め状態から、早急に脱出すべく、自身に降り積もった瓦礫の山を退けようとした。
 ――しかし、制刻が何かの物音。そして気配を瓦礫の向こうに感じ取ったのは、その瞬間であった。

「ッ」

 反射的に、息を潜める制刻。
 済ました制刻の五感が掴み捉えたのは、間違いなく何者かが空間に踏み込んで来た気配であった。それも複数。
 河義等、あるいは合流予定の部隊の可能性も無いではなかったが、敵意のある存在である可能性も捨てきれない。
 万が一を鑑み、制刻は引き続き息を潜め、瓦礫の向こうの者達の動きに、注意を向ける。

「――ここなのか?――よし〝GONG(ゴング)〟、どかしてくれ」

 瓦礫の向こうより、何者かのそんな声が聞こえ来たのは、その直後であった。
 続いて、瓦礫の向こうより物音が聞こえ始める。
 そして程なくして、積もった瓦礫の一部が外側より崩れる。――そのできた開口部より、強烈な光が差し込んだ。

「ッ」

 突然差し込んだ光に、制刻はおもわず顔を顰める。
 しかしそれも束の間。次の瞬間、制刻の胴は何かにむんずと掴み抱かれ、そして瓦礫の中より引っ張り出されたのだ。
 制刻の胴を掴んだのは、何か腕のような物。瓦礫より引っ張り出された制刻は、そのままその腕に高々と持ち上げられる。
 そして制刻は、そこで初めて自信を瓦礫中より引っ張り出した、その存在を眼下に見止めた。
 ――それは、異質な物体であった。
 全高は2.5m程。人の形を模した姿をしているが、その身体を構成するのは、金属、プラスチック、樹脂等。頭部らしき部分にはモノアイが備わり、先に制刻を照らした光――ライトが瞬いている。
 明らかに生き物ではない。機械――端的に表現すれば、〝ロボット〟であった。
 188㎝ある制刻のその身体を、しかし機械の腕で悠々と抱き上げるそのロボット。
 異質で仰々しい姿だが、しかし害意らしき物は感じられない。感情でもあるのかその姿は、制刻を見つけ出した事を、何かうれしそうにしているように感じられた。

「やっぱり当たりだったな」

 ロボット抱き上げられながら、少しばかり状況を訝しんでいた制刻。しかしその耳が、傍からの声を捉えた。
 そちらに視線を移し見下ろす制刻。
 そこに立っていたのは、一人の男性であった。
 身長は180㎝前半程。その身には濃い青色のツナギを纏っている。厳ついが端正な顔立ちをしていて、整えたスポーツ刈りに揉み上げ、蓄えた顎鬚が特徴的。
 それらの外観、顔立ちから、まず間違いなく日本人であった。

「――〝解放はなつ〟?」

 その男性の姿を見止めた制刻の口から、より訝しむ様子で、そんな一言が発されたのはその時であった。
 それは、そのツナギ姿の男性の名前に他ならなかった。
 〝敢日あす 解放はなつ〟。
 彼は、制刻の知る人物――否、それ以上の関係であった。彼は制刻の幼馴染であり、そして親友である人間であった。

「GONG」

 その敢日が発した一言。それに応じ、ロボットは制刻の身体を降ろして放す。

「――どういう事だ――どうしてここにいる、こんな所で何してる?」

 降ろされた制刻は、そこからまず真っ先に敢日に近づき、そして怪訝な様子で言葉をぶつけた。
 制刻が怪訝に思うのも無理はなかった。
 敢日は、元居た世界――日本にいるはずなのだから。

「なんだ、〝アイツ〟から話が行ってないのか?」

 言葉を向けられた敢日は、何か意外そうな様子を見せて、制刻に言葉を返す。

「ヤツか――ったく」

 〝アイツ〟。その言葉が、作業服と白衣の人物――制刻等をこの異世界に転移させた元凶を示す物である事は、すぐに分かった。そして制刻は、その姿を思い返して悪態を吐く。

「自由。お前が何か異世界で大変な事に挑むから、手助けをしてやって欲しいとか言ってたぞ?」

 敢日は、おそらく作業服と白衣の人物より聞き及んだらしい内容を、制刻に話して見せる。

「アイツ」

 まるで制刻が自主的にこの異世界へ介入したような、事実と若干ズレのあるその内容を聞き、制刻は憎々し気に零した。

「解放まで巻き込みやがって」

 そして、親友までその企みに巻き込んだ事を、憎むように零す制刻。

「はは、アイツらしいな」

 一方の敢日は、特段気にした様子は無いように笑って見せた。
 異世界転移の元凶である、その作業服と白衣の人物は、二人の共通の知り合いであった。

「まったく――」

 小さくため息を吐く制刻。しかし忌々しく思う一方で内心では、ひょっとしたら二度と会えないかと覚悟していた親友と、再会できた事を少なからず嬉しくも思っていた。

「――所で、これはGONGか?」

 制刻は、そこで話題を切り替え、傍で鎮座するロボットへ視線を送りながら尋ね発する。
 GONG――それはそのロボットの名前であった。
 GONGは、敢日がその手で作り上げた、自立型のロボットだ。
 しかし制刻は、また少し訝しむ様子でGONGを見つめている。その理由は、制刻の記憶にあるGONGの姿と、今の姿が大きく変わっていたからであった。
 制刻の知るGONGは、縦横60㎝程の大きさの、浮遊型のボットであるはずであった。しかし今のGONGの姿は記憶の物とはかけ離れ、まるで機械で模したゴリラだ。

「あぁ、重作業用のボディを作ってみたんだ。大分、頼もしくなっただろう?」

 制刻の尋ねる言葉に、敢日は自慢げに説明して見せ、そしてGONGの近寄りそのボディをポンと叩く。それに合わせるかのように、GONGは独特の電子音を鳴らしながら、頭部モノアイで制刻へと振り向いた。

「オメェも、相変わらずだ」

 そんな敢日に対して、制刻は感心と呆れの混じった様子で呟いた。

「さて、他にも色々話したいトコだが、移動しながらにしよう。――ここから早いトコ、脱出した方がいい」

 それから敢日はそう促す。

「その得物は、GONGに運んでもらうといい」

 敢日は、制刻の手の持つ大剣を指し示しながら言う。
 制刻がその大剣を差し出すと、GONGはそれを受け取る。そしてそのボディの背中に設けられた、ペイロード・サポートシステムのデバイスの一つである、クリップアームに大剣を挟んで背負って見せた。

「おし、行くぞ」
「あぁ」

 そして二人と一機は、この遺跡からの脱出を開始した。
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