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チャプター1:「新たな邂逅」

1-7:「Steel Monsters」

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 モンスター達を追い立て押し返しながら、町の中を突き進んだ90式戦車と制刻等。
 その先には、塊を成して後退――いや逃げてゆくモンスター達が見える。そんなモンスター達に向けて、戦車から同軸機銃による機銃掃射が叩き込まれ、またモンスター達がバタバタと倒れてゆく。しかし最早、モンスター達は倒れる同胞には見向きもせず、その亡骸を踏み越えて逃げてゆく。
そのモンスター達の向こうには、すぐ先まで迫った町の城壁が見えていた。
 城壁の各所は、ライマクの巨体により破られ崩落し、大きく開口。最早城壁としての役目を成していない様子が、ありありと見える。
 しかし、そのモンスター達の侵入口であった崩落部に、今やモンスター達は押し返され、そして我先にと逃走のために殺到していた。

「崩落部で渋滞してる。叩き込め」

 そんなモンスター達を見ての、戦車長の無慈悲な言葉。
 直後、最早何度目かもしれぬ咆哮を、砲身が上げる。
 そして一瞬後。戦車長の視線の先、城門の崩落開口部で、爆炎が上がった。
 爆炎は、その場に群がっていたモンスター達を無慈悲に蹴散らし、そして舞い上げる。崩落開口部には、幾つものモンスター達だった物が散らばる。一息で絶命する事のできなかったモンスター達がそこかしこに横たわる。
 そして、辛うじて難を逃れたモンスター達が三々五々に逃げ散るが、そんな彼等は90式戦車と班からの、機銃掃射や各個射撃により、零すことなく丁寧に撃たれ攫えられていった。

「――追い出したな」

 ついに侵入したモンスター達を追い出し、あるいは無力化することに成功し、敢日は息を吐きつつ呟く。

「あぁ、だがまだだ」

 しかしそれに、制刻がそんな言葉を返す。

「――開口部周辺、沈黙。このまま突っ込む」

 そこへ、隣で一度停止していた90式戦車の車上から、戦車長の言葉が響き聞こえる。
 90式戦車は再発進し、モンスター達の浚えられた、城門の崩落開口部へ踏み込む。崩落により積もった瓦礫を踏み潰し、乗り越える90式戦車。そして制刻や鐘霧等も、警戒しつつそれに随伴する。
 積もった瓦礫を越えて開口部を潜り、90式戦車と制刻等は、城門の向こうへと出た。
 同時に少し離れた別の城壁崩落個所より、先に分かれた浜明の乗る90式戦車と、随伴の普通科班も姿を現す。
 各々が出たその先に広がっていたのは――見えるはずの平原を未だ埋め尽くす、モンスターの軍勢。
 この世界の住人からすれば、絶望するしかない光景。しかし――
 各々がその光景を視界に居れた瞬間であった。
 その光景のど真ん中で、複数の爆煙が上がった――

「とぉっと」
「うぁッ!」

 突然発生した、複数の連続的な爆煙。
 それは、それまで行われていた、迫撃砲小隊の81㎜迫撃砲L16や、90式戦車のラインメタル120㎜L44戦車砲の砲撃すら、越える大きさの物。
 黒く巨大な爆煙が見えると同時に、爆音とビリビリとした衝撃波が、制刻等の元にも伝わりくる。
 それを凌ぎ視線を戻せば、爆炎が上がったモンスターの軍勢のど真ん中では、幾つもの大穴があいている。そしてその周辺は、身体を大きく削がれ倒れたライマク。それに、爆ぜた果実の粒の如く散らばる、無数のモンスターの死骸があった。

「やっと配置したようだな」

 そんな光景を視線の先に、制刻がある予測を口にしながら零す。
 その予測は、当たっていた。
 今しがたの爆煙。――それは、町より遠方に展開配置した、陸隊野砲科隊の、〝155㎜りゅう弾砲FH70〟からの砲撃が成したものであった。
 そんな制刻の呟きの直後、モンスター達の軍勢の各所で、また別種の爆炎が上がった。

「ッ――今度はどこから……ッ?」
「あっちだな」

 鳳藤が上げた、今の別種の砲撃の出元を勘ぐる声。それに、敢日が一方向を示しながら返す。
 敢日が示したのは、町の東方向。その先に見える、町から1km程離れた所にある、なだらかな丘の頂上。
 そこに、新たに現れた2輌の90式戦車の姿が見えた。
 さらに反対側、町の西手を見れば、そちらの先にも同様に2両の90式戦車が見える。
 戦車小隊本隊の登場だ。
 戦車小隊は、町の東西より回り込み、モンスターの軍勢を挟撃するための位置についていたのだ。そして位置に付いたそれぞれの戦車から、りゅう弾砲に続いての砲撃が行われ、モンスターを襲ったのであった。

《――ニュー・アライヴァル4-1および2。こちらは、ニュー・アライヴァル3-1。町の城門に、そちらの姿を確認している。状況知らせ》

 そこへ、通信上に音声が飛び込み聞こえて来る。
 現れた戦車小隊の小隊指揮官より通信だ。町の城門より現れたこちらの姿を見止め、状況説明を求める通信を送ってきたようだ。

《4-1より3-1。こちらは、先程町内で遊撃中だった班と合流。たった今、流れ込んでいた敵を、町より叩き返した所です》

 通信上には浜明の声が上がり聞こえ、戦車小隊指揮官に向けて、状況報告の言葉が返される。

《了解――4-1および2は、その場を維持し、引き続き敵勢力へ向けての火力投射を実施せよ。間違っても敵中に突っ込むな、FHの砲撃に巻き込まれる》

 戦車小隊指揮官から返ってくる、指示と忠告の音声。
 それが聞こえた直後。正面に見える敵の軍勢の中で、再びいくつもの巨大な黒い爆煙が上がった。155㎜りゅう弾砲FH70からの、さらなる砲撃だ。

「ヒュゥ」

 再びの光景と、伝わり来た衝撃波に、敢日が口を鳴らす。
 しかし、サプライズはさらに続く。
 砲撃音が収まった直後。入れ替わりに、バタバタという空気をかき乱すような音が、その場の各員の耳に届く。

「おっとぉ?」
「大盤振る舞いだな」

 その音に、敢日が声を零し、制刻は端的に呟く。
 制刻等の背後の城壁の影より、グァ――と、何か巨大な影が真上に姿を現したのは、その瞬間であった。

「ッ――航空支援だッ!」

 上空から叩き付けるように、風圧と爆音が降り注ぐ。それに少し顔を顰めながら、鳳藤が真上を見上げて声を張り上げる。
 制刻等の真上には、怪鳥――〝AH-56Wチーフ対戦車ヘリコプター〟の巨体があった。
 AH-56シリーズの最終発展形。
 初期型と比べ、よりシャープになったボディやキャノピー周りが特徴的。
 その機体の腹面には、コックピット直下に、固定武装であるXM140 30㎜機関砲を収めたターレットを。緩やかな逆ガルを描く巨大なスタブウィング両翼には、AGM-114ヘルファイア対戦車ミサイル、ハイドラ70ロケット弾ポッド、90式空対空誘導弾 AAM-3等。多種の火器装備を、ふんだんに搭載している様子が見えた。
そんな凶悪な怪鳥が2機。状況へのとどめと言わんばかりに、制刻等の真上へと現れ、ホバリングを始める。

《――地上誘導班へ。こちらエンド・オブ・デイズ71及び72。位置に付いた、ターゲットの指示願う》

 そして無線に、真上のAH-56Wの搭乗員からの物であろう音声が、流れ聞こえてくる。それは地上誘導班に、目標を示すことを求める物だ。

《エンド・オブ・デイズ各機、こちらプラズマカッター1-0。攻撃範囲をマーカーで指定する、その範囲へ投射してくれ》

 呼びかけに対して、該当の誘導班より返答が上がり返る。

《――確認した。開始する》

 少し間を置き、AH-56W搭乗員からの了解の声が無線上に聞こえる。そして同時に、制刻等の真上の機が、その腹に備えた30㎜機関砲のターレットを旋回させる様子を見せる。
 瞬間、その機関砲が咆哮を上げた。
 撃ち出された30㎜機関砲弾の成す火線は、隊形を組み未だ迫ろうとしているモンスター達の、最前列に飛び込む。そして隊形を組んでいたモンスター達を、弾き飛ばしてミンチに変えた。
 機関砲ターレットはそこから旋回して、縫い目を描くように機関砲弾を撃ち込んで行く。それに合わせて、ゴブリンを中心とする前列のモンスター達は、面白いように弾け飛んで肉片へと変わって行った。
 さらに、制刻等より少し先でホバリングするもう一機のAH-56Wからは、空気を切る独特の音が響き聞こえる。そのスタブウィング下に搭載するロケットポッドに納められたハイドラ70ロケットの、撃ち出される音だ。
 撃ち出されたハイドラ70ロケットは、モンスター達の隊列の後段に縫い線を作るように着弾。そこに配置していた弓兵隊や投石器を、舞い上げミンチや残骸へと変えた。
 ただでさえ苦戦強いられていたモンスター達の所へ始まり襲った、容赦ないりゅう弾砲攻撃。
 そして、攻める側であるはずだった自分達を囲い始め、理解が及ばぬ息の強力な攻撃を仕掛けて来た、正体不明の鋼のモンスターや、死の怪鳥。
 これ等を前に、モンスター達は完全に統制、戦意を失った。
 絶望の光景を作り出していたはずのモンスター達。しかし今をもって立場は一転。モンスター達は、狩られる側へ、恐怖し絶望する側へと落とされたのだ。

「これで、ようやく終わりか?」

 もはや、陸隊による一方的な虐殺と化した一帯へ視線を向けながら、ネイルガンを肩に構え、やれやれと言った様子で発する敢日。
 瞬間、横に鎮座していた90式戦車が主砲を討ち、衝撃音が響く。

「ここはな。面倒は、こっから盛りだくさんだ」

 その砲撃音を対して気にもせずに、制刻は敢日に向けて、端的にそんな言葉を返した。



「――再照準要請、座標、4_3_1!」
《4_3_1、了解――》

 場所は先の、羽双始め第3中隊各隊の展開配置する、北側城壁上へ。
 その一角に、観測手と無線手からなる1チームの配置した姿がある。
 彼等は、先程この場に到着した、野砲科隊のFO――前進観測班だ。
内の観測手が、双眼鏡を構えて先に見えるモンスターの大群を見ながら、無線手の背負う無線機から繋がり伸びるマイクに、声を発し上げている。

《――発射》

 その相手、無線から聞こえる声は、町より遥か離れた位置に展開した、野砲科隊射撃中隊。その射撃中隊より返される、合図の声。
 直後、ヒュゥゥ――という風を切るような音が、背後頭上より響き聞こえる。そして――
 モンスターの大群の一角で、本日何度目かの、黒い爆煙が立て続いて巻き上がった。
 それは155㎜りゅう弾の着弾炸裂。それによりまたモンスターの隊列が、千切れ、消し飛ぶ。

「弾着、有効確認ッ」
《了解――再装填完了。次、どうぞ》
「了解。次目標、5_2_4――」

 前進観測班は到着来、このやり取りを繰り返していた。
 観測手が砲撃目標を判断。無線を用いて射撃中隊本隊へ座標データを送り、それを元に射撃中隊の保有する4門の155㎜りゅう弾砲FH70は照準――砲撃。
 そして155㎜りゅう弾が、モンスター達に死の槌となって降り注ぎ、彼等をその場より消し去った。
 モンスター達の命を消し去る、恐怖と死の導き。
 それが前進観測班員の手によって、作業的に行われている一方。

「――敵、第1~3派までは壊滅。第4、5も半数以上を削ぎ、行動不能に陥った模様。現在第6派を目標に火力投射中ですが、敗走する者も多数確認。すでに軍団としての戦闘行動能力は無いと思われます」

 また城壁上の一角では、インカムを用いて通信やり取りを行う、羽双の姿があった。

《了解だ。増援到着まで、よく持ちこたえた、三佐》

 通信の相手は他でもない、彼女の上官であり戦闘団長である穂播だ。

「各員の奮闘のおかげです。――これ以降、射撃中隊の砲撃は停止。ヘリコプター隊と戦車小隊を主に、各個撃破へ移行したいと考えます」

 穂播から評する言葉に、羽双はそう返す。そしてこれ以降の動きを、言葉にして無線の向こうに送る。

《三佐。敵残存勢力を、包囲する事はできるか?》

 しかしそれに対して穂播からは、そんな尋ねる言葉が寄越された。

「包囲ですか?戦車隊と連携し、中隊の装甲車輛も投入すれば、不可能ではありませんが……――敵の捕縛をお考えですか?」

 寄越された問いかけに、羽双はまずそれの可否を答える。そして穂播の考える所を推察し、それを言葉にして尋ね返した。

《情報源は多く確保しておくに、越した事はない》

 それを肯定、そしてその意図を説明する端的な言葉が、穂播より返される。

《戦闘団長!敵残存、未だ抵抗続く。デカブツが押し上げてきます!》

 無線の向こうに、同時にそんな張り上げる別の声が聞こえたのは、その時であった。さらには銃撃の音も、無線の向こうより聞こえてくる。

《押さえろ、火力を惜しむな。完膚なきまでに叩き潰せッ》

 それに返す穂播の声が、無線より零れ聞こえてくる。町内では未だ掃討作戦が継続中のようであり、そしてどうやら穂播は、自身も戦闘の場に身を置いているらしい。

《――捕縛は状況が許す限りで言い、判断は任せる》

 そして再び、無線より羽双に向けての言葉が返って来る。

「了解です」
《頼むぞ。イシムラ・コマンド、終ワリ》

 最後にそう言葉を交わし、そして通信は終えられた。

「――戦車隊へ通信を開いてッ」

 そして羽双は、近場に待機していた通信手へ、指示の声を張り上げた。



 城壁上で第3中隊の各員が急かしく動いている中、その中にポツポツと、立ち尽くす人影が見受けられる。この町の騎士団の副団長ルーレイを始めとした、騎士達だ。
 彼等は皆一様に、城壁の先で広がる光景に身を奪われ、硬直していた。

「こんな……」

 先程まで広がっていたはずの、迫るモンスターの軍勢。町に迫っていた、絶望を体現したような光景。
 それが、今や跡形もないほどに崩れている。
 いや、そんな表現では生ぬるい。
 突如として現れた、地を進む鋼鉄の怪物や、凄まじい羽ばたき音を立てて飛び回る怪鳥により、攻撃、いや――〝喰らわれていた〟。
 鋼鉄の怪物がモンスター達を囲み始め逃げ道を塞ぎ、その嘴から放つ火がモンスターを舞い上げる光景が。
 死の怪鳥がモンスター達の真上を悠々と飛び交い、吹き飛ばしてゆく光景が。
 ルーレイ達には、それ等の存在が、モンスター達を啄み喰らっているように思えていたのだ。

「ルーレイさん」

 もはや驚きも過ぎて固まっていたルーレイに、その背後より声が掛けられる。ルーレイが振り返れば、そこに羽双の姿があった。

「我々の増援が到着しました、もう大丈夫です」

 そして羽双はルーレイに向けてそう発する。

「増援……ではやはり、あれ等の地を行く怪物や、怪鳥も……ホハリ閣下の配下のものなのですか……?」

 羽双の言葉を受け、ルーレイは震えた声で、そして穂播の名を出してそう尋ねる。

「穂播は戦闘団を預かってる身に過ぎませんが――いえ、全て私たちの手勢のものです」

 羽双は正しい所を説明しようと仕掛けた。しかし今その所は些細な事であろうと思い、言葉を途中で止め、そして肯定の言葉を紡いだ。
 そして両者の視線は、再び城壁の向こうへ向く。
 先では戦車小隊各車や、町内より出動した普通科の各装甲車両が、各方よりモンスターの軍勢の包囲を始めていた。
 ――そしてそれから少しの後。モンスターの軍勢は、陸隊の手によりほぼ壊滅。捕縛できたモンスターはごく少数にとどまり、戦闘は終結した――



 戦闘が終結してからおよそ一時間後。
 町の外では戦闘後処理が。町内でもわずかに立て籠る残敵の掃討が続いているが、部外者である制刻等は先んじて撤収。町に到着して始めに降り立った、神殿前の広場へと戻って来ていた。
 先に駐機していたUH-1Jはすでに修理調整を終えて飛び去り、今は制刻等を運んで来たV-107だけが駐機している。
 そしてその傍に、陸隊の保有する各車両とは様相の異なる、一台の乗用車が停まっていた。
 堅牢そうな外観が特徴的な、シルバーのSUV――三菱パジェロだ。
 これは他ならぬ敢日の愛車であり、彼は愛車のパジェロと一緒に、この異世界に飛ばされて来たのであった。
 今、そのラゲッジスペースに繋がる後部扉は開け放たれ、その前に制刻や敢日、鳳藤、GONGの立つ姿があった。

「また、色々持ち込んで来たな」

 制刻はパジェロの内部を覗きながら、呟く。
パジェロのラゲッジスペースから後席に駆けては、さまざま荷物や工具機械類が、ぎっしりと詰められ占められていた。

「あぁ。仕事帰りだったのもあるが、他にも色々一緒に飛ばされて来ててな」

 それに対して、敢日は内部の荷物を漁りながら答える。パジェロに積まれた荷物は全て、エンジニアである敢日の仕事道具であった。

「お前のハザードプロテクタもあるぞ。どうする、着替えるか?」

 敢日はラゲッジスペース内の一角に積まれている、何やら武骨で物々しい服を示して、制刻に尋ねる。
 それは、制刻がプライベート時の〝荒事〟の際に愛用している、ハザードプロテクタであった。

「いや、今はやめとこう。一応、今は陸隊に所属してる立場だからな」

 しかし制刻は、今の自身の立場を鑑み、敢日の発案を断った。

「……また、得体の知れない物ばかり……」

 そんなやり取りを交わす二人の背後では、鳳藤が訝しみそして若干呆れた様子で、得体の知れない荷物や工具機械類で占められた、パジェロの内部を覗き込んでいる。

「お、剱ちゃん。興味あるかい?」

 そんな様子の鳳藤に気付いた敢日は、視線を彼女へと移し、陽気な笑みを浮かべて言葉を掛けた。

「ッ……い、いえ……」

 しかし対する鳳藤は、敢日に対する苦手意識をその顔にあからさまに浮かべて、言葉を濁す様子を見せる。

「解放」

 そしてそこへ、両者を割って遠ざけるように、制刻が間に押し入った。

「っとぉ、自由」

 制刻のその行為に、敢日は少し驚きそして困ったような声を上げる。

「ッ……私は、外させてもらう」

 そして鳳藤は、何か逃げるようにその場を外し駆けて行った。

「――解放。ヤツには、あまり近づくな」

 去って行った鳳藤の姿を一瞥した後、制刻はその禍々しい顔に少し険しい色を浮かべて、敢日に向けてそんな忠告のような言葉を発する。

「お?どしたどしたぁ?剱ちゃんに近づかれて、嫉妬しちまったか?」

 そんな制刻に対して、敢日は揶揄う様にそんな言葉を紡ぐ。

「解放ッ。俺ぁ、マジメな話をしてんだ」

 しかし対する制刻は、その顔をより険しくし、そんな訴えるような言葉を敢日にぶつけた。

「――はぁ」

 制刻のその様子に、敢日はその様子を大きく変えた。
 彼は小さく溜息をつくと、先までの揶揄う様子の表情を、何か悲し気な物に変えて、制刻の眼を見つめ返す。

「――自由。お前、まだ剱ちゃんと〝拗れた〟ままなのか?」

 そしてそのままの表情で、そんな言葉を制刻に向けて発した。

「こっち来て最初見た時には、折り合いが付いたのかと思ったんだがなぁ……」
「仕事上、表面ツラを取り繕ってただけだ」

 続け発せられる、呟くような敢日の言葉。対する制刻は、それに端的に返す。

「なぁ、いい加減〝あの事〟は水に流そうぜ。ほら、〝俺〟は今もこうしてピンピンしてるだろ?」

 敢日は、制刻に対してそんな促す言葉を発し、続け自身の身を両腕を広げてアピールする動作をしてみせた。

「当然だ。オメェに取り返しのつかねぇ事が起きてたら、俺ぁとうに――鳳藤(ヤツ)を潰してる」

 しかしその投げかけに対して制刻は、険しい顔のまま、そんな物騒な言葉を吐いて見せた。

「お前……」

 そんな制刻の言葉に、敢日は悲しみ、困惑、呆れのない交ぜになった表情を作り、言葉を零す。

「とにかく、ヤツにあまり近づくな」

 制刻は敢日とそれ以上やり取りを続けるつもりは無いらしく、一言忠告の言葉だけを発すると、身を翻してパジェロの傍を離れて行く。

「……やれやれ――自由」

 敢日はため息混じりに呟くと、パジェロの後部扉を閉じて、制刻の後を追った。



 制刻等のやり取りが行われていた一方。
 神殿前広場の一角には、穂播や羽双。他、77戦闘団の隊員数名が、ルーレイ始め町の騎士団の騎士達と相対している姿があった。

「ホハリ閣下、ハネフタ殿。それに皆さん。あなた方のおかげで、この町は魔物の軍勢より救われました。あぁ、しかし……今の私達は、言葉でしかお礼申し上げる事ができません……」

 ルーレイは、ホハリ等に対して心苦しそうな声で、そんな言葉を紡ぐ。

「ルーレイさん、誤解なさらぬよう。我々は、あなた方に物品対価を求める目的で、事態に介入したわけではありません。己の正義に従い、行動したに過ぎません」

 しかし対する穂播は、変わらぬ荘厳な態度姿勢で、ルーレイに向けてそう言葉を返す。

「それに。まだ終わりではありません」

 そして穂播は続け、ルーレイに向けてそんな言葉を紡いだ。
 穂播はそれから隣に立つ羽双に目配せを送る。それを受けた羽双は、手にしていたタブレット端末を操りつつ、穂播の言葉を引き継ぐ。

「生き残った住民の方々の、治療、他各種支援には、まだ時間が掛かります。それに――現れたモンスターの軍団の出どころも突き止めなければ。北方へ、偵察隊を組んで発出します」

 羽双は、戦闘団の取るべきこれからの動きを、口にして説明して見せる。

「まさか……皆さん、この町にまだお力を貸していただけると申すのですか……!」

 穂播や羽双の言葉を聞き、その言葉の意味する所を理解したルーレイは、驚きの様子を作って言葉を返す。

「当然です。介入した以上、半端な状況のまま引き上げる事は出来ません。それに、モンスターの軍勢の存在は我々にとっても脅威だ。その脅威が去ったと断定するには、まだ早すぎる。我々は、さらなる行動を起こさなければならない」

 そのルーレイの言葉を穂播は肯定。そしてさらに説明の言葉を並べた。

「――そういう訳だ。河義三曹」

 ルーレイに対する説明回答を終えた穂播は、それから横へと視線を向け、発する。穂播の視線の先には、端でその場に同席し、それまでのやり取りを聞いていた、河義の姿があった。

「我々は、まだこの地を離れる事は出来ない。君達の元への合流は、まだしばらく先になるだろう。その旨を君達の指揮官、代表者に伝えて欲しい」

 穂播は河義にそう伝え、彼に知らせの言葉を託す。

「了解しました、穂播一佐。お預かりし、確実にお伝えします」

 河義はそれを受け取り、言葉を返した。

「――っと、丁度いいトコかな?」

 両者が言葉を交わし終えた所で、別方よりそんな別の声が聞こえ、場に割り込んだ。穂播磨や河義が声の聞こえた方向に目を向ければ、先よりこちらに歩んで来る敢日、そして制刻の姿が見えた。

「失礼、一佐さん。一緒に、〝あの件〟を伝えないとと思って」

 内の敢日は、会話に割り込んだ事を詫びると同時に、そんな言葉を穂播に向けて発する。

「あの件?」

 それに、河義が疑問の色を浮かべて言葉を返す。

「もちろんだ。今から伝えるつもりだった。――河義三曹。我々は現在、敢日さんの他にもう一人、日本国民の民間人を保護している。帰る前に一度、後方の仮設駐屯地に寄って、その人を一緒に連れて行って欲しい」

 その疑問には、穂播が答えた。
 穂播は河義に向き直ると、そんな説明の言葉を紡いで見せた。

「もう一人の……民間人ですか?」

 その説明の言葉に、しかし河義は少しの驚きの、一層の怪訝な色をその顔に浮かべて返す。

「そうだ。敢日さん同様に、転移に巻き込まれた人だ。そちらには、航空基地が丸ごと転移して来ていると聞く。そちらの方が安全で、何かと利便も良いだろう」

 そんな河義に穂播は続き説明し、そして付け加えた。

「お守りを、こっちに押し付けようってか」

 そんな所へ、端から皮肉気な言葉が飛び来る。その主は、他でもない制刻であった。

「制刻!」

 制刻のその礼節も何も無い言葉態度に、河義が咎める言葉を発し上げる。さらに穂播も、鋭い眼差しで制刻を睨む。
 しかし制刻はどこ吹く風だ。

「そう言うなよ、自由。そのもう一人ってのが、俺等にも無関係じゃないんだ」

 そんな両者の間へ、敢日が宥めるようなジェスチャーを取りながら間に入る。そして同時に、そんな言葉を紡ぐ。

「何より――剱ちゃんには、どうしても合わせておかなくちゃならない人でな」

 そして敢日は、先んじてこの場に合流し、端で待機していた鳳藤の姿を見つけて見止め、そう発して見せる。

「え……私に?」

 唐突に自身の名前を上げられ、さらには予期せぬ話を投げられ、鳳藤は若干の驚きの様子で言葉を零した。
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