上 下
9 / 52
チャプター1:「新たな邂逅」

1-8:「再開とまたも確執、そして相棒と昇任」

しおりを挟む
 制刻等は、戦いの舞台であった綿包の町を発し、後方の77戦闘団の仮設駐屯地へと向かう事となった。
 河義と策頼は、KV-107にて先んじて発ち、空路で仮設駐屯地へ向かった。
 そして制刻、敢日、鳳藤の三名とGONGは、敢日の愛車であるパジェロを用い、陸路での肯定を取っていた。
 現在、敢日のパジェロは、仮設駐屯地へ一度戻る77戦闘団の車輛隊に同伴し、その最後尾に着いて平原を通る轍を進んでいる。
 ちなみにパジェロの後ろには、走行モードへとその姿を変形させたGONGが追走していた。
 パジェロの車内では、運転席で敢日がハンドルを操り、助手席には制刻が。そして荷物で占められていた後席に、どうにか作ったわずかなスペースに、鳳藤のいささか窮屈そうにしている鳳藤の姿があった。

「……あの、解放さん。私に合わせたい、その民間人の人というのは……?」

 そんな現状にいささか難儀しつつも、鳳藤は運転席で愛車を操る敢日に向けて、戸惑いの混じった様子で質問の言葉を送る。

「すぐ分かるよ。きっとビックリするぜ」

 しかし敢日はそれに明確な答えを寄越す事は無く、何か悪戯っぽい口調で、そんな台詞を寄越した。



 程なくして車輛隊とパジェロは、仮設駐屯地へと到着した。
 傍に87式偵察警戒車の鎮座する出入り口を抜けて通り、同伴していた車輛隊と分かれ、天幕や車輛、各種機器機材が並びひしめく中を、パジェロは縫い進んで行く。
 そしてパジェロは、仮設駐屯地のおよそ中心部付近に乗り入れ、その一角で停車した。

「着いたぞ、ここだ」

 運転席側から、他の二人に促しながら敢日が先んじて降り立つ。

「で、剱に合わしてぇ民間人ってぇのは?」

 続き助手席側から降り立った制刻が、パジェロの車体越しに、敢日に向けて尋ねる。

「――ぁ」

 しかしその時、制刻の背後よりそんな零された声が聞こえた。
 それは、制刻と同時に後席より降り立った、鳳藤より零されたもの。彼女の視線は、パジェロより先の一方向を向いてる。
 鳳藤の視線を追った先。そこに建つ天幕の前に、一人の人――女性の姿があった。
 ハーフと思しき色白で整った顔立ちと、緩やかなロールをかけた長く淡い色の金髪が目を引く、美少女と言って過言ではない女性。

「あぁ」

 鳳藤に続いてその金髪の美少女の姿を目に止めた制刻は、何か納得したように、そしてどこか興味無さげな様子で、一言呟き零す。

「そんな事……」

 その傍ら、微かに目を見開き、そんな言葉を零す鳳藤。
 そして直後、鳳藤はその金髪の女性に向けて、小走りで駆けだしていた。
 慌て急くように駆けた鳳藤は、間もなくその金髪の女性の前へと辿り着き、相対。そのキリリとした鋭く特徴的な瞳を、また凛とした女性の瞳と合わせる。

「……よろいさん……ッ」

 そして鳳藤は、その金髪の女性を名前と思しき物で呼ぶと、同時に女性の元へと踏み込む。そして自身より小柄な女性の身体を、その両腕で抱きしめた。

「剱様――」

 そして金髪の女性――鎧と呼ばれた彼女は、それを当然と言った様子で受け入れる。そして鳳藤を下の名で呼び、そのか細い腕で鳳藤の身を抱き返した。

「会いたかった……ッ、ひょっとしたら、もう会えないかと……ッ」

 泣き出しそうなまでの声色で、腕中の金髪の女性に向けて、そんな言葉を告げる鳳藤。そんな鳳藤をまるで宥めるように、金髪の女性、鎧は、鳳藤の背を優しく撫でた。
 それから少しの間、互いの身体を抱き合っていた両者。
 やがて鳳藤は一度腕を解いてから、金髪の女性の肩を抱き直し、その顔に視線を落とす。

「……しかし……どうして鎧さんも、この世界に……?」

 そして、抱いた疑問を、戸惑いながらも腕中の金髪の女性に問う。

「それに、その恰好は……?」

 続き鳳藤は、金髪の女性のその姿恰好を見て、また戸惑いの声を上げる。彼女はその麗しい容姿と大変に不釣り合いな、濃い青色のツナギをその身に纏っていた。

「えぇ、全てお話いたしますわ。剱様――」

 鳳藤のその疑問に答えるべく、金髪の女性は、その口より説明の言葉を紡ぎ始める。
 ――彼女は名を、〝龍宮艶りゅうぐうえん よろい〟と言う。
 その淡い金髪と顔立ちから来る印象は、一見、この異世界の民と見まがう程であるが、それは彼女が日本人とドイツ人のハーフであることが所以であり、彼女は日本国籍を有するれっきとした日本国民であった。
 そして、彼女――龍宮艶は、鳳藤と〝非常に近しい〟間柄の人間であった。
 そんな彼女が、なぜこの異世界の地にいるのか。
 聞けば大まかな所は、制刻や鳳藤等、そして敢日と同じであった。
 龍宮艶は元の世界――日本で自らの仕事に従事していた最中に、突如として異常現象に巻き込まれた。そして気付けばこの異世界の只中に転移させられていたとの事であった。
 突然の理解の及ばぬ事態状況に、驚き困惑し、そして恐怖すら覚えた龍宮艶。
 そんな彼女の前に現れたのが、他でもないパジェロに乗った敢日であったという。付け加え明かせば、敢日と龍宮艶も、元より互いを知る中であった。
 そして龍宮艶は敢日により拾われ、さらにその後に二人は、同じく転移して来ていた陸隊の77戦闘団と合流。回収保護されたとの事であった。

「解放様にお会いできなければ、私はどうなっていた事か……この作業着も、解放様からお貸し頂いたものですの」

 龍宮艶はその時の事を思い返しながら発する。そして付け加え、今のツナギ姿の出所と理由を説明して見せる。

「鎧ちゃん。最初会った時はスーツ姿だったからな」

 そんな所へ、背後より別の声で説明の言葉が飛び来る。鳳藤が振り返れば、そこに敢日と制刻の姿があった。

「鎧ちゃんには少し似合わないが、ツナギの方が何かと楽かと思ってな」
「解放様、そして隊の皆様には、救われそして良くしていただいておりますわ」

 敢日が続け説明し、それに続いて龍宮艶は敢日や陸隊に感謝する言葉を紡ぐ。

「そ、そうですか……」

 しかしそれを受けた鳳藤は、何か少し難し気で、面白くなさそうな様子の言葉を零した。

「そして――自由様も、お久しぶりですわ」

 そんな鳳藤の様子には気付いていない様子で、龍宮艶はその視線を制刻へと移すと、制刻を下の名前で呼び、挨拶の言葉を紡ぐ。
 制刻と龍宮艶もまた、元より互いを知る間柄であった。

「ん?あぁ」

 しかし対する制刻は、何か興味無さそうな、というよりも少し不快感のような物すら見せて、龍宮艶の言葉に適当な返事を返す。

「別に、好き好んで会いたくはなかったがな。アンタもそうだろ」

 そしてどころか、突き放すように、そんな不躾な言葉を発して見せた。

「おい、自由ッ!」

 そんな制刻の態度に、敢日が咎める声を発する。しかし制刻はその姿勢を揺るがす様子は無い。

「自由様……確かに、〝あの件〟は簡単に解ける事柄ではないと、理解しています。しかし――」

 一方の龍宮艶は、その顔色に少し悲し気な様子を浮かべ、制刻に向けて一歩近づこうとした。
 しかしその刹那。龍宮艶の行く手を阻むように、一本の腕が差し出された。
 差し出された腕の主は、鳳藤だ。
 鳳藤はまるで龍宮艶の身を庇う様に立ち、そして制刻に向けて鋭く険しい視線を向けている。

「鎧さん。コイツに、こんな醜悪な存在に近づいてはダメです――ッ」

 そして、制刻をまるで仇敵でも前にしたかのように評し、龍宮艶に向けて警告の言葉を発する。

「ハッ。こっちから、お断りだ。誰が好き好んで、近づきたがるか」

 一方の制刻は、鳳藤達に向けて、まるで煽るようにそんな言葉を端的に発して見せた。

「自由ッ!」
「剱様ッ!」

 そんな互いに煽り悪態を飛ばし合った両者に向けて。敢日は制刻に、龍宮艶は鳳藤に向けて、それぞれ咎める言葉を発し上げる。しかしそれをもってなお、制刻と鳳藤は互いを睨みあったままだ。

「自由。私は忘れていないぞ――お前が、鎧さんにしようとした事をッ」

 そして鳳藤は、制刻を睨んでそんな言葉を飛ばす。

「相変わらず、被害者面か。オメェ等が、解放にした事は棚上げか」

 対する制刻は、呆れと微かな怒りの混じったような口調で、またも煽るように言葉を返した。

「剱様!自由様も!おやめください!」
「あぁッ――失敗したか……ッ?折り合いどころじゃないッ。俺等四人が揃ったせいで、ぶり返しちまったか……ッ」

 そんな二人に向けて、龍宮艶は制止し収めるべく言葉を発し上げる。そして敢日は片手を額に当て、苦々しくそんな言葉を零す。
 明かせばこの四人。過去に大きな諍いがあり、決して良好な間柄では無かった。
 特に制刻と鳳藤は、その心の内では互いを忌み嫌っていた。これまでは曲がりなりにも同部隊員で同じ脅威を相手取る立場という事で、最低限のラインを維持し、間柄を保ってきた。
 しかし今回。過去の諍いのキーとなった、それぞれの大事な存在。敢日と龍宮艶を伴い相対した事がスイッチとなり、互いへ抱いていた負の部分が、再燃してしまったのだ。

「おい、どうした!?」
「何をしてるの?揉め事?」

 そんな、一触即発の空気が漂っていた所へ、端より別の声が飛び来た。
 敢日や龍宮艶がそちらを振り向き、制刻や鳳藤も相対したまま、視線だけでそちらを向く。
 その先あったのは、先んじてKV-107で仮設駐屯地に到着していた、河義と策頼。そして先に綿包の町で相対した、女幹部の直宇都の歩いて来る姿であった。

「おい、何があった?」

 その中から、制刻と鳳藤の直接の上官である河義が駆け寄ってきて、両者の間に割って入り、そして状況を尋ねる。

「ッ……なんでもありません――鎧さん、行きましょう!」

 しかし鳳藤は河義の質問に回答する事は無く、背後に居た龍宮艶の腕をやや荒々しく掴むと、彼女を引っ張って連れ、その場を立ち去った。

「あ!――ちょっとそんな、剱様!――み、皆様!すみません、また後程――!」

 龍宮艶は戸惑いながらも、しかし力で勝る鳳藤に引っ張られ連れて行かれてしまう。龍宮艶からは皆に向けた謝罪の言葉が聞こえ、やがて二人の姿は建ち並ぶ天幕の中へと消えてしまった。

「……な、なんだって言うんだ?おい、制刻……?」

 そんな様子を呆気に取られて見送った河義は、それから制刻に向けて再度尋ねる言葉を発する。

「こっちの事です。他所に、話す事じゃねぇ」

 しかし制刻もまた、そんな言葉を零すだけで、詳細を説明する様子は見せなかった。

「?……よく分からんが……今の人が、穂播一佐の言っていた、もう一人の民間人か?鳳藤の知り合いなのか?」

 良く知れない状況に戸惑いつつも、河義は今しがた鳳藤と一緒に去って行った龍宮艶の姿を思い返し、推察の言葉を発する。

「えぇ」

 その疑問には、傍で額に頭を当てていた敢日が答える。

「鎧ちゃん――あの金髪の子は、剱ちゃんの〝許嫁〟なんですよ――」

 敢日の口から紡がれたのは、そんな説明であった。

「な、なんですって……?い、許嫁……?」

 しかし、敢日の口から出て来た予測していなかったワードに、河義はより困惑し、そして訝しむ様子を見せた。

「本当なの?龍宮艶さんも、今の陸士長も、どっちも女じゃない」

 続け、直宇都も同様に、同様に訝しむ様子を見せて零す。

「あぁ、本当さ。あの二人は、どっちも実家がハンパじゃない良いトコでさ。その関係で色々家同士の面倒な取り決めがあって、その上で決められた事なんだと」

 河義や直宇都の発した疑問の言葉に、敢日は噛み砕いた説明をしてみせた。

「……待って。あの陸士長、鳳藤って言ったわよね?まさかあの鳳藤?」

 そこで、何か思い当たった様子で、直宇都が鳳藤の名字を口に出す。

「あぁ、そうさ」
「驚いた。名家中の名家じゃない……」

 敢日の肯定の言葉。それを受けて、直宇都は驚いた様子で発する。
 明かせば鳳藤の実家は、歴史深く、そして各方に多大な発言力を持つ家柄であった。それは、歴史の教科書に名が出て来る程の。

「なんでそんなトコの娘が、陸隊で陸士なんてやってるのよ……?」

 それを知った直宇都は、どこか呆れにも近い様子で、傍らにいた、鳳藤の同僚である制刻に尋ねる。

「ヤツの事なんざ、知るかよ」

 しかし制刻は、不躾にそう返すだけだった。

「ちょっと待てよ……じゃあ、民間人の彼女の方。龍宮艶と言ったが……まさか龍宮艶財閥か?」

 続き今度は、河義が何かに思い当たり、驚きの様子で発する。
 それは、龍宮艶の出身を明かす物。龍宮艶もまた、巨大な財力や影響力を持つ所を実家とする身であった。

「とんでもない、お嬢様達じゃない……」

 それを聞き、感嘆の声を上げる直宇都。

「まったく……信じられない。鳳藤に龍宮艶よ?まともな神経なら、喧嘩を売るなんて間違ってもしない相手よ。何があって、あの子達に何をしたわけ……?」

 そして再び制刻を見て、呆れと微かに恐ろし気な色を見せながら、発し尋ねる直宇都。

「ヤツ等が、ふざけた事をしでかして来ただけだ」

 しかし制刻は、漠然とそんな言葉を返すだけだった。

「――今や、〝身等主義〟の拡大台頭で、どちらも大分、影響力を失ったと聞いてますが」

 そんな所へ、それまで状況を見守っていた策頼が唐突に言葉を発し、そんな台詞を割って入れる。

「どうでもいい。俺からすりゃ、どっちも、ヤツ等も、気色悪ぃだけだ」

 しかしその言葉にも、制刻は端的に返す。

「んで、水に流した覚えもねぇ。まだ何かしでかすようなら、今度こそヤツ等の全部を潰す」

 続き、いつも通りの口調で、しかしどこか冷たくそんな言葉を発して見せる制刻。

「自由……ッ」
「解放。オメェに何か危害が及ぶようなら、なおさらだ」

 困った様子で声を掛けた敢日。
 制刻はその敢日をまっすぐ見据え、そして発した。



 結局その後、制刻と鳳藤の間は拗れたまま、各種作業行動や調整は進められる事となった。
 制刻、河義等、54普連の4分隊は、敢日と龍宮艶の民間人二名を、豊原基地の出現したスティルエイト・フォートスティートまで送り届ける事が、新たな任務となる。
 龍宮艶の身は、鳳藤と河義が護衛し、KV-107にて先んじて豊原基地まで移送される事となった。
 そして敢日に関しては、彼の愛車のパジェロとGONGの事もあるため、陸路で別ルートを取る事となった。これには、制刻と策頼が同伴し、護衛する。
 すでに敢日側の準備調整は終わっており、今現在4分隊の各々は、離陸発進準備の整ったKV-107の傍で、龍宮艶の出発準備完了を待っている所であった。

「申し訳ありません!お待たせ致しました!」

 そんな所へ程なくして声が聞こえ、そして龍宮艶が荷物を手に、慌て駆けながら姿を現した。恰好は引き続き、敢日から借り受けたツナギ姿だ。

「あぁッ、鎧さん!そんなに慌ててはダメですッ。転んで何かあったら……!」

 現れた龍宮艶に、鳳藤がいの一番に駆け寄り、そんな言葉と共に龍宮艶の手を取る。

「んもう、剱様……」

 過保護な様子を見せる鳳藤に、龍宮艶は困った様子で言葉を零し返す。

「ゆっくりで大丈夫ですよ。あなたのペースで」

 そんな所へ、後ろに居た河義がフォローの言葉を飛ばす。

「いえ、ご迷惑はかけられませんわ」

 その河義に、龍宮艶は改まった態度姿勢を作り、そう返す。

「ええと、あなた様が剱様――いえ、鳳藤の上官様であられる河義様で?」

 そして龍宮艶は、鳳藤の身内のような振る舞いで、河義にその名前身分を確認する言葉を紡ぐ。

「はッ。河義三曹です。これより豊原基地まで、龍宮艶さんの護衛を務めさせていただきます」

 河義は敬礼と共に、龍宮艶の言葉を肯定。そして自身の役割を説明する言葉を紡いで見せた。

「こちらこそ、何卒よろしくお願いいたしますわ」

 対して龍宮艶は、優雅な動作で上体を下げ、挨拶の言葉を返して見せた。

「では、問題ないようでしたら、早速ヘリコプターへの搭乗を――」
「あ、ごめんなさい。少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」

 挨拶を終え、河義は早速、龍宮艶へKV-107への搭乗を促そうとした。しかし、龍宮艶はその途中でそんな願う言葉を挟んだ。
 そう言うと、龍宮艶は隣に立つ鳳藤へと向き直る。

「――こちらを、剱様にお渡ししておかなければと思いまして」

 そして龍宮艶は、手に下げていた旅行鞄と共に持っていた、布袋に包まれている細長い何かを、持ち直して鳳藤の前へと差し出した。

「鎧さん――これは、まさか――ッ」

 それを目の前に差し出されると、鳳藤は少し驚いた色で、しかしその正体に気付いた様子を見せる。
 鳳藤は龍宮艶の手よりそれを受け取り、布袋を解いてその中身を取り出した。

「やっぱり……ッ。私の、〝誠皇まことすめらぎ〟ッ」

 布袋より姿を現し、鳳藤が手にしたそれ。
 それは、日本刀であった。
 そして鳳藤の口から、その日本刀に与えられた名らしき物が紡がれる。
 続け、鞘に収まった刀を、慣れた手つきで抜き、その刀身を露にする。露となったのは、美しく光を反射する刀身。見る者が見れば、それだけでその刀が、かなりの業物である事が分かるだろう。

「まさか、また私の手に……ッ」

 まるで旧友との再会を喜ぶように、手にし翳したその日本刀――誠皇の刀身に視線を走らせる鳳藤。
 それもそのはず。誠皇は、鳳藤が幼き頃に与えられ、依頼愛用して来た、相棒だったのだから。

「私がこの世界に来た時に、一緒に手元にありましたの」

 龍宮艶が、その鳳藤の相棒が、この世界に在る理由経緯を言葉にする。

「ふふ。この異世界まで、鎧さんと共に私を追って来たのか?」

 それを聞き、鳳藤は少し妖艶に微笑み、誠皇に語り掛ける。

「相変わらず、オメェに似たイキり散らかしたシロモンだな」

 しかしそんな所へ、無粋をお手本にしたような、煽るような声が飛んだ。
 主は、他でもない制刻だ。
 鳳藤が振り向けば、少し離れた所で、淡々と、そして白けた様子で制刻が視線を向けていた。

「フン。品の無い工具類を武器として好む、お前には分かるまいッ」

 その制刻に対して、鳳藤は優雅なまでの動きで誠皇を鞘に納めながら、不敵な色を浮かべて言葉を返した。

「自由……ッ」
「剱様……」

 そんな煽り合いの応酬を繰り広げた制刻と鳳藤を前に、敢日と龍宮艶は呆れあるいは困った様子で、手先を額に当てた。



 面倒で鬱陶しい一悶着も区切りがつき、ようやくKV-107は、河義、鳳藤、そして龍宮艶の三名を乗せて、仮設駐屯地を発った。
 仮設へリポートを離陸し、徐々に高度を上げ小さくなってゆくKV-107。
 その後部ランプドアには、手を振る河義の姿が見え、敢日や策頼も地上よりそれに返しながら、KV-107を見送っていた。

「――所で。オメェはなんで、さっきから付きまとってんだ?〝染麗そまれ〟」

 そのKV-107が空の向こうに消えて見えなくなった所で、それまでそれをいつもの読めない不気味な顔で見送っていた制刻が、口を開いた。
 〝染麗〟という名前らしき物を口にし、呼びかけた相手は、隣に立つ一人の女隊員。
 女幹部の、直宇都であった。
 染麗というのは、彼女の下の名であった。

「私も、あなた達に同行するからよ」

 制刻より不躾に投げかけられた質問に、顔宇都はどこか高飛車な色を無駄に滲ませながら、そう返す。

「あん?」
「私は連絡幹部として、あなた達の帰路に同伴、向こうの部隊に合流します。これは、穂播一佐の命令よ」

 訝しむ声を発した制刻に、直宇都はその詳細を紡ぎ、説明して見せた。

「あぁ――また面倒なヤツが増える」

 その説明により彼女が一緒に居る理由を理解、そして制刻は皮肉気な言葉を、端的に吐き捨てる。

「ふん、こっちの台詞よ」

 それに対して、直宇都も同様に不機嫌そうに言葉を返す。

「おいおい、こっちも面倒事かよ……」

 そして端からそのやり取りを見ていた敢日から、呆れと困惑の混じった声が零れて来た。

「ともかく、そういう訳だから。――あぁ、それと……」

 そこで直宇都は話しを区切ると、自身の纏う迷彩服の胸ポケットに手を伸ばす。

「これを、あなたに渡しておくわ」

 そしてポケットより何か折りたたまれた封筒を取り出し、それを制刻へ突きつけるように差し出した。

「あぁ?」

 差し出されたそれに、制刻は訝しむ色を浮かべる。

「あんだこりゃ?」
「見れば分かるわ」

 疑問の声を発した制刻に、対する直宇都は何か、気に入らなそうな様子でそう返す。
 制刻は訝しみつつも、差し出された封筒を荒く受け取る。封筒には複数の何かが入っている様子で、制刻は封筒を広げ開いて、その中身を自身の手の平に開けた。

「あぁん?こりゃぁ――」

 制刻の手の平に落ちて姿を現したの物、それは、2つ一組の布辺であった。
 色は濃い緑色。将棋の駒を連想させる、縦長の五角形の形状をしている。
 それは陸曹の階級章の物――いや、厳密には違った。
 陸曹の階級章は、三等陸曹なら一本のくの字が。二等陸曹なら二本、というように、階級に応じた数のくの字が、刺繍されているはずである。
 しかしその階級章には、一本のくの字も刺繍されておらず、尖った上部に桜のマークだけが刺繍されていた。
 あまり見ない、いささか変わった階級章――これは、〝予勤〟階級者。
 正式名称、〝准曹予備勤務者たる士〟に着用が義務付けられる階級章であった。
 補足すればこの階級は、陸隊において三等陸曹と陸士長の間に置かれる物であり、陸軍時代における伍長勤務上等兵に類似した物である。

「あなたを、予勤に戻すそうよ。これも、穂播一佐の判断よ」

 階級章に視線を落として、訝し気な色を浮かべている制刻に向けて、直宇都は引き続きのつまらなそうな口調で、そう発して見せた。

「穂播が?一体何を企んでやがる?」

 制刻は、元々この予勤階級者であった。しかし過去に身を投じた樺太事件の際に、上層部と諍いが起こり、それによって陸士長への降任を受けた身であった。
 そんな自身へ、今唐突に舞い込んだ昇任、いや復任とも言うべき話。
 しかし制刻はそれを正直に素直に受け取る取る事はせず、より訝しむ色を浮かべた。
 それもそれを判断したのは、自身と確執のある穂播だと言う。制刻の疑いも、無理は無かった。

「人聞きの悪いことを言う物じゃないわ。穂播一佐は、これまでと今回のあなたの行動を、評価しているのよ」

 そんな制刻に、直宇都は説明の言葉を紡ぐ。
 穂播には、先の戦闘での制刻の活躍。さらには河義を通じて、この異世界に降り立って以来の行動活躍も伝えられていたそうだ。
 穂播はそれ等の功績を鑑み、制刻を予勤に戻すことを決定したようだ。

「まぁ、卑しくも〝樺太事件の特異点〟なんて呼ばれているんだから、その自覚を持てという忠告の意味もあるのかも知れないけど」

 直宇都は説明に付け加えるように、どこか皮肉気な様子でそんな言葉を付け加える。

「いい?表立っては厳しく接しているけど、心内では穂播一佐は、あなたの事を評価し、そして気にかけているのよ。あなたも変にやさぐれてないで、その辺りを考えてみる事ね」

 そして厳しい顔を作り、そんな忠告の言葉を制刻へ叩きつけた。

「ハッ」

 しかし制刻は、その言葉を端的に嘲笑の様子で一笑。そして直宇都との間合いを一歩詰め、その顔を微かに険しくする。

「ヤツはあん時、俺を――いや、残された味方を、まとめて吹き飛ばしたんだぞ?そんなヤツが、信用できるかよ」

 そしてそう言葉を紡ぎ、直宇都に叩きつけ返した。

「ッ!それは――!」

 制刻の言葉に対し、直宇都は少し気圧されつつも、反論の言葉を返そうとする。

「ゴタゴタ、価値観を交わす気はねぇ。一緒に来るなら、とっとと準備を終えろ」

 しかし制刻は、直宇都の反論を遮り突っぱねる。
 そして彼女に促すと、身を翻してその場を立ち去った。
しおりを挟む

処理中です...