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チャプター3:「Steel Wing」《航空隊編》
3-1:「異空の異翼」
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――日は数日経過し、舞台となる場所も動く。
この地翼の大陸北東部に寝そべるように領地を持つ大国、〝雲翔の王国〟。その中南部に、他諸国の領地に捻じ込むように突出し、各国と国境を隣接する地域がある。
西には先に戦闘の舞台となった〝笑治の公国〟。南には、先日に日本国民回収保護作戦の舞台となった、そして現在も54普通科連隊始め各隊が拠点を置く〝紅の国〟。東にはそのさらに東に内海を望む、〝奏波の王国〟という国もある。
そんな特徴的な入り組み方をする地域の、その上空を――亜音速で飛ぶ飛行体があった。
アルミニウム合金を主体として形作られた、丸みを帯びながらも流れるようなシルエットのそのボディには、シルバーやオレンジの塗装が施されている。
そして二つのノズルから轟音を立てて推進を得るそれは――ジェット機。
T-4中等練習機であった。
その所属は、航空隊の北部航空方面隊、第14航空団、第1飛行隊。
同隊に連絡機として配備されていた当機は、しかし先日の異世界への転移現象――〝ウェーヴ2〟により。配備部隊の所在する〝豊原基地〟ごと、この異世界の地へと転移してきたのであった。
そんな経緯を有するT-4は転移以来、偵察観測機の役割を担い、この異世界の空を各方へと飛んでいた。
そして今も同様。周辺の観測調査のために、この雲翔の王国中南部地域の空を飛行していたのであった。
「――予定進出地点はここまでだが、特段発見は無かったな」
そのT-4の二人乗りタンデム式コックピットの前席、機長席で言葉が零される。
その主は現在機体の操縦を預かり、機長を務める第1飛行隊所属のパイロットである、東という名の一等空尉だ。
「無線傍受も、ここまで無しです」
その東の後ろ、後席からも声が届く。声の主は現在副機長を務め、同時にレーダーや無線に注力する役割を担う、薬師寺という名の三等空尉。
二名はあらかじめ立案されたルートに沿い、ここまで偵察観測飛行を。同時にレーダー観測や無線傍受を行ってきたが、本日にあってはここまで成果は上がっていなかった。
「ったく。この世界に来てから、ヒヤヒヤしっぱなしだ」
ぼやく声を上げる東。
現在、隊が置かれている状況は異常事態であり。まして先んじて転移し活動していた味方部隊からは、この異世界のさらにはこの近隣地域の情勢は非常にきな臭いものであるとの報がもたらされていた。
その上、今飛んでいる雲翔の王国からは音信が途絶えているも同然との現状も伝わっており。情報を収集するためには手段を選び、四の五の言っている状況では無かった。
しかし、現在東等と搭乗するT-4が行っているのは端的に言って領空侵犯に他ならない。そしてこの時に領空侵犯を伴っての偵察観測行動は、この異世界に転移して以来すでに何度も行われており。
東のそれは連日続くそれに、少しの懸念を抱いてのぼやきであった。
「今日は帰ろう」
そして東は後席の薬師寺に向けて発し、操縦桿を倒そうとした。
「了――いや、待ってください!」
しかし。了解の返答を返しかけた薬師寺が、それを止めて制止の声を発し上げたのはその時であった。
「レーダーに影ッ。方位020、複数ッ」
「何ッ」
薬師寺が伝えるは、レーダーが何かを捉えた事を訴えるもの。東もそれを受け操縦席側のレーダースコープに視線を落とせば、スコープは確かに示された方位に複数の〝影〟を映し出していた。
東はすぐさま視線を起こし、キャノピー越しに機外へと視線を向ける。
発見した影はほぼ機体と同位、その進行方向に位置する。亜音速で飛行するT-4はその間にもみるみる捉えた影へと接近しており、間もなく肉眼で視認できてもおかしくなかった。
「――ッ!あれかッ」
そして右斜め前方のやや下方、その先に東はパイロットの持つ良視力でそれを見つけた。
「あれは――ッ?」
続け同じくそれを見つけたであろう薬師寺が、しかし訝しむ声を発する。
二人が視認したのは、T-4よりやや低い位置の宙空を飛び交う、大小無数の物体。
まず見えたのは、一際目立つ巨大な飛翔生物。
優に全長20mは越えているであろうそれは、鷹のような鷲のような姿全形を持っている。そしてその腹には、馬車の作りに似たゴンドラのようなものを下げている様子が見えた。
さらにそれより小さい――と言っても体長3~4mはあるであろう、同じく鷹か鷲に似た飛翔生物が数体、20m級の飛翔生物を取り巻くように飛んでいる。
それらはこの異世界で〝グルフィ〟と呼ばれる大型鳥類であった。
「鳥か……?それと?」
T-4の操縦席の後席で、双眼鏡を構えた薬師寺が観察を続けながら零す。
その大小のグルフィ達をまるで煽り掠めるように飛び交う、およそ20体前後のまた特質の異なる飛翔生物が見える。
それは龍、そして虫だ。
何体かの飛龍。そして何体かの蜂類を思わせる、しかしまた体長3~4mはある飛翔生物が、どれもグルフィ達にしつこく付きまとうように飛び交っている。
「あれは――」
さらに目を凝らしよくよく観察する。
グルフィに、そして飛龍や蜂型モンスターにはいずれもその背に乗る影が見える。
数体のグルフィには人間、この世界によくみられる軽防具装備を纏う姿が遠目にも微かに分かる。
そして飛龍や蜂型モンスターに乗るは、屈強な体躯の緑肌の人型モンスター――オーク。一部には指揮官級がオーガ。さらには狼のような頭も持つ人型モンスター――コボルドなどが見えた。
そして、グルフィに乗る人間達と、飛龍や蜂型モンスターに乗るオークやコボルド達は。矢を飛ばし掠め合い、時に接近し得物を交えている。
戦い――いや正しくはグルフィを扱う人間達が、モンスター達に襲われていた。
「デカい鷹の方は人が乗ってる。他はモンスター――襲われてるのかッ?」
その光景を観測した薬師寺は、苦い口調で簡潔な説明の台詞を紡ぎ、同時に推察の言葉を零す。
「そう見るのが自然そうだなッ」
東はそれに同意の言葉を返す。
「鷹の方の旗色が悪そうです。割り入りますか?」
「管制がOK出すかなッ?」
薬師寺からの進言の言葉。それに疑問の声を呟きながら、東は無線のスイッチを入れて通信を開いた。
「ブルースよりコンダクター。あー――北方、〝雲翔の王国、乱雲公領〟の上空で複数の飛翔体に遭遇」
ブルースは当T-4を。コンダクターは個人所有領、スティルエイト・フォートスティートにある豊原基地の管制を示す。その管制に向けて、機の現在位置と事象との接触をまず告げる東。
「複数勢力による戦闘中と目測。内片方はモンスター勢力、もう一方はこれに襲われ逃走中と思慮。当機は介入を必要性を認むッ」
続け詳細をかいつまみ。そして進言の言葉を管制へと一報。
《――コンダクターよりブルース、待つんだ。貴機は非武装機だ、流石にリスクが大きいと見る》
しかし、管制から返り来たのは待ったの声だ。
実の所――この異世界の地に各部隊が転移して来てからいくらかの時間が経ち。同時にここまで、大小はあるが少なくない事象に部隊は遭遇して来ており。今にあっては交戦、介入のラインは良く言えば柔軟、悪く言えば緩いものになっているのが現実であった。
もっともこれにあっては異世界に転移して来てからというより。元の世界で発生した〝樺太事件〟以来、日本国隊――いや日本国に見えた変化特性であったが。
しかしそれでも非武装機であるT-4での戦闘への介入は、リスク有と管制は待ったを掛けたのだ。
《待機中の戦闘機隊を発進させる、それまで貴機は観測に従事せよ》
「――そう余裕扱いた事も言ってられなさそうだが」
管制からは指示の言葉が続け寄こされるが、それを聞きつつも薬師寺は呟く声を上げる。
「二、いや三匹がこっちに来る。――ッ、あっち体当たりを食らったぞッ」
続け視認したものを言葉にする薬師寺。見ればモンスター達の操る飛龍や蜂型モンスターの内の三匹ほどが、こちらに気付いたのだろう群れを離れて向かって来る様子が見え。同時に大型グルフィの側ではその腹に抱くゴンドラに、一体の飛龍が体当たりで襲う姿が見えた。
「コンダクター、こちらも発見された、数体が接近中。さらに向こうの内、襲撃を受けている側も危機的状況にあると見る。少なくとも時間稼ぎが必要とみる、許可求む」
それを同じく見つつ、東は管制に向けて状況報告の言葉を。そしてもう一押しと言うように進言の言葉を通信に上げる。
《――了解だコンダクター、介入を許可する》
それに一拍置いた後に。何かやれやれと言ったような声色で、管制から許可の声が寄こされた。
《ただし無理、深追いはするな。引きどころを違えるなよ》
「了解――ブルース、交戦に入る――ッ」
続け管制より寄こされた忠告の言葉。それに東は了解と、行動を告げる言葉を返す。
そして同時に東の預かる操縦桿が倒され、T-4はその機体を傾け旋回。
その機首を飛翔生物たちの群れ飛び交う方向へと向け、そこに割り込むべくジェットエンジンを吹かした。
大型グルフィが抱き下げるゴンドラ。それがドゴと音を上げて揺れ、軋む音を立てた。
「――っぅッ!?」
その内部。適度に上品な内装で飾られ、乗客用の席が並ぶその内の一角で。そこに小さく座る華奢な体が、その衝撃に身を竦ませ声に鳴らない悲鳴を上げた。
そこに座るは14~5歳程と思しき可憐な姿の存在。格好はある地の学び舎で学生が纏う制服。眩しい金髪に過剰になり過ぎない程のロールを作り、その髪で凛とした美麗な顔を飾っている。
しかし今。その美麗な顔は怯えた色を作り、そしてゴンドラに設けられた窓より外を見る。その向こうに見えるは、ゴンドラを抱くグルフィと並行して飛ぶ一体の飛龍。そしてそれに跨り操る恐ろしい姿のオーク。
直後、そのオークの操る飛龍が急接近しゴンドラに体当たりを敢行。ゴンドラが再び大きく揺れて軋む。ゴンドラを抱く大型グルフィは、先程から魔物達による襲撃を受けていた。
「っぅ!」
またの衝撃。そして魔物を目の前にした恐怖に、その子は再び声にならない悲鳴を上げる。
「シュクエ様!」
そんな所へその子へ声が飛び、そしてシュクエと呼ばれたその子は肩を抱かれて席より外され、何者かに抱き留められた。
シュクエを抱き寄せたのは、長身だが美麗な姿顔立ちの侍女。
「シュクエ様を奥へ!」
さらに二人を庇うように現れたのは、また美麗な姿顔立ちの女執事。
二人はどちらもシュクエに使える従者。侍女はその身でシュクエを抱き庇い、女執事は手にしていたクロスボウを窓より突き出し、外の飛龍や魔物へ向けて放つ。
――シュクエは霧羽(きりは)侯爵領という雲翔の王国内にある一領地の、同伯爵の子であった。
しかしその領地は、突如として群を成して襲来した魔物の軍勢の襲撃を受け、その詳細の目的も分からぬままに大混乱に陥ったのだ。そしてそれはまだ一日も経過せぬ先の出来事。
その最中でシュクエは着の身着のまま、いつもの朝のように通う学園へと赴く仕度の最中に、両親より領地からの脱出を命ぜられ。用意された大型グルフィに、執事や侍女達にほぼ放り込まれる勢いで乗せられ脱出させられた。
しかし、そこへ襲来した魔物の軍勢の一部が、追手として追いすがり。そして襲われながらの逃避行となった現在に至ったのであった。
「ッぅ!?」
そんなシュクエ達を運ぶグルフィを襲う、三度目の振動。
外では少ない護衛兵たちが必死に抵抗し、大型グルフィからも騎乗兵や従者達が抵抗を行っているが。魔物達はそれをあざ笑うかのように、獲物を嬲り狩りでも楽しんでいるかのような攻撃を仕掛けて来ていた。
「っぅ……お父様、お母様……!」
そんな、絶望的とも言っていい状況。
シュクエは自身を庇う侍女の腕の中で、目を瞑り願い助けを求めるように両親を呼ぶ。
「――ッ!」
しかしそのシュクエの耳が、戦いの騒音の中に、何か別種の音を聞いたのはその時。
それは一瞬の後に明確に、そして聞いたことも無い異音へと変貌。
――直後。何か凄まじい速度の気配が、シュクエ達の乗るグルフィの真上を劈くような轟音を伴い飛び抜けた。
「っ、何が……!?」
「今のは!?」
突然のそれに、女執事や侍女は驚愕と警戒の色を見せる。
「……ぁ」
しかしその中でシュクエは、ゴンドラの窓の向こうの宙空に、見たことも無い飛行体――T-4の姿を見止めた――
この地翼の大陸北東部に寝そべるように領地を持つ大国、〝雲翔の王国〟。その中南部に、他諸国の領地に捻じ込むように突出し、各国と国境を隣接する地域がある。
西には先に戦闘の舞台となった〝笑治の公国〟。南には、先日に日本国民回収保護作戦の舞台となった、そして現在も54普通科連隊始め各隊が拠点を置く〝紅の国〟。東にはそのさらに東に内海を望む、〝奏波の王国〟という国もある。
そんな特徴的な入り組み方をする地域の、その上空を――亜音速で飛ぶ飛行体があった。
アルミニウム合金を主体として形作られた、丸みを帯びながらも流れるようなシルエットのそのボディには、シルバーやオレンジの塗装が施されている。
そして二つのノズルから轟音を立てて推進を得るそれは――ジェット機。
T-4中等練習機であった。
その所属は、航空隊の北部航空方面隊、第14航空団、第1飛行隊。
同隊に連絡機として配備されていた当機は、しかし先日の異世界への転移現象――〝ウェーヴ2〟により。配備部隊の所在する〝豊原基地〟ごと、この異世界の地へと転移してきたのであった。
そんな経緯を有するT-4は転移以来、偵察観測機の役割を担い、この異世界の空を各方へと飛んでいた。
そして今も同様。周辺の観測調査のために、この雲翔の王国中南部地域の空を飛行していたのであった。
「――予定進出地点はここまでだが、特段発見は無かったな」
そのT-4の二人乗りタンデム式コックピットの前席、機長席で言葉が零される。
その主は現在機体の操縦を預かり、機長を務める第1飛行隊所属のパイロットである、東という名の一等空尉だ。
「無線傍受も、ここまで無しです」
その東の後ろ、後席からも声が届く。声の主は現在副機長を務め、同時にレーダーや無線に注力する役割を担う、薬師寺という名の三等空尉。
二名はあらかじめ立案されたルートに沿い、ここまで偵察観測飛行を。同時にレーダー観測や無線傍受を行ってきたが、本日にあってはここまで成果は上がっていなかった。
「ったく。この世界に来てから、ヒヤヒヤしっぱなしだ」
ぼやく声を上げる東。
現在、隊が置かれている状況は異常事態であり。まして先んじて転移し活動していた味方部隊からは、この異世界のさらにはこの近隣地域の情勢は非常にきな臭いものであるとの報がもたらされていた。
その上、今飛んでいる雲翔の王国からは音信が途絶えているも同然との現状も伝わっており。情報を収集するためには手段を選び、四の五の言っている状況では無かった。
しかし、現在東等と搭乗するT-4が行っているのは端的に言って領空侵犯に他ならない。そしてこの時に領空侵犯を伴っての偵察観測行動は、この異世界に転移して以来すでに何度も行われており。
東のそれは連日続くそれに、少しの懸念を抱いてのぼやきであった。
「今日は帰ろう」
そして東は後席の薬師寺に向けて発し、操縦桿を倒そうとした。
「了――いや、待ってください!」
しかし。了解の返答を返しかけた薬師寺が、それを止めて制止の声を発し上げたのはその時であった。
「レーダーに影ッ。方位020、複数ッ」
「何ッ」
薬師寺が伝えるは、レーダーが何かを捉えた事を訴えるもの。東もそれを受け操縦席側のレーダースコープに視線を落とせば、スコープは確かに示された方位に複数の〝影〟を映し出していた。
東はすぐさま視線を起こし、キャノピー越しに機外へと視線を向ける。
発見した影はほぼ機体と同位、その進行方向に位置する。亜音速で飛行するT-4はその間にもみるみる捉えた影へと接近しており、間もなく肉眼で視認できてもおかしくなかった。
「――ッ!あれかッ」
そして右斜め前方のやや下方、その先に東はパイロットの持つ良視力でそれを見つけた。
「あれは――ッ?」
続け同じくそれを見つけたであろう薬師寺が、しかし訝しむ声を発する。
二人が視認したのは、T-4よりやや低い位置の宙空を飛び交う、大小無数の物体。
まず見えたのは、一際目立つ巨大な飛翔生物。
優に全長20mは越えているであろうそれは、鷹のような鷲のような姿全形を持っている。そしてその腹には、馬車の作りに似たゴンドラのようなものを下げている様子が見えた。
さらにそれより小さい――と言っても体長3~4mはあるであろう、同じく鷹か鷲に似た飛翔生物が数体、20m級の飛翔生物を取り巻くように飛んでいる。
それらはこの異世界で〝グルフィ〟と呼ばれる大型鳥類であった。
「鳥か……?それと?」
T-4の操縦席の後席で、双眼鏡を構えた薬師寺が観察を続けながら零す。
その大小のグルフィ達をまるで煽り掠めるように飛び交う、およそ20体前後のまた特質の異なる飛翔生物が見える。
それは龍、そして虫だ。
何体かの飛龍。そして何体かの蜂類を思わせる、しかしまた体長3~4mはある飛翔生物が、どれもグルフィ達にしつこく付きまとうように飛び交っている。
「あれは――」
さらに目を凝らしよくよく観察する。
グルフィに、そして飛龍や蜂型モンスターにはいずれもその背に乗る影が見える。
数体のグルフィには人間、この世界によくみられる軽防具装備を纏う姿が遠目にも微かに分かる。
そして飛龍や蜂型モンスターに乗るは、屈強な体躯の緑肌の人型モンスター――オーク。一部には指揮官級がオーガ。さらには狼のような頭も持つ人型モンスター――コボルドなどが見えた。
そして、グルフィに乗る人間達と、飛龍や蜂型モンスターに乗るオークやコボルド達は。矢を飛ばし掠め合い、時に接近し得物を交えている。
戦い――いや正しくはグルフィを扱う人間達が、モンスター達に襲われていた。
「デカい鷹の方は人が乗ってる。他はモンスター――襲われてるのかッ?」
その光景を観測した薬師寺は、苦い口調で簡潔な説明の台詞を紡ぎ、同時に推察の言葉を零す。
「そう見るのが自然そうだなッ」
東はそれに同意の言葉を返す。
「鷹の方の旗色が悪そうです。割り入りますか?」
「管制がOK出すかなッ?」
薬師寺からの進言の言葉。それに疑問の声を呟きながら、東は無線のスイッチを入れて通信を開いた。
「ブルースよりコンダクター。あー――北方、〝雲翔の王国、乱雲公領〟の上空で複数の飛翔体に遭遇」
ブルースは当T-4を。コンダクターは個人所有領、スティルエイト・フォートスティートにある豊原基地の管制を示す。その管制に向けて、機の現在位置と事象との接触をまず告げる東。
「複数勢力による戦闘中と目測。内片方はモンスター勢力、もう一方はこれに襲われ逃走中と思慮。当機は介入を必要性を認むッ」
続け詳細をかいつまみ。そして進言の言葉を管制へと一報。
《――コンダクターよりブルース、待つんだ。貴機は非武装機だ、流石にリスクが大きいと見る》
しかし、管制から返り来たのは待ったの声だ。
実の所――この異世界の地に各部隊が転移して来てからいくらかの時間が経ち。同時にここまで、大小はあるが少なくない事象に部隊は遭遇して来ており。今にあっては交戦、介入のラインは良く言えば柔軟、悪く言えば緩いものになっているのが現実であった。
もっともこれにあっては異世界に転移して来てからというより。元の世界で発生した〝樺太事件〟以来、日本国隊――いや日本国に見えた変化特性であったが。
しかしそれでも非武装機であるT-4での戦闘への介入は、リスク有と管制は待ったを掛けたのだ。
《待機中の戦闘機隊を発進させる、それまで貴機は観測に従事せよ》
「――そう余裕扱いた事も言ってられなさそうだが」
管制からは指示の言葉が続け寄こされるが、それを聞きつつも薬師寺は呟く声を上げる。
「二、いや三匹がこっちに来る。――ッ、あっち体当たりを食らったぞッ」
続け視認したものを言葉にする薬師寺。見ればモンスター達の操る飛龍や蜂型モンスターの内の三匹ほどが、こちらに気付いたのだろう群れを離れて向かって来る様子が見え。同時に大型グルフィの側ではその腹に抱くゴンドラに、一体の飛龍が体当たりで襲う姿が見えた。
「コンダクター、こちらも発見された、数体が接近中。さらに向こうの内、襲撃を受けている側も危機的状況にあると見る。少なくとも時間稼ぎが必要とみる、許可求む」
それを同じく見つつ、東は管制に向けて状況報告の言葉を。そしてもう一押しと言うように進言の言葉を通信に上げる。
《――了解だコンダクター、介入を許可する》
それに一拍置いた後に。何かやれやれと言ったような声色で、管制から許可の声が寄こされた。
《ただし無理、深追いはするな。引きどころを違えるなよ》
「了解――ブルース、交戦に入る――ッ」
続け管制より寄こされた忠告の言葉。それに東は了解と、行動を告げる言葉を返す。
そして同時に東の預かる操縦桿が倒され、T-4はその機体を傾け旋回。
その機首を飛翔生物たちの群れ飛び交う方向へと向け、そこに割り込むべくジェットエンジンを吹かした。
大型グルフィが抱き下げるゴンドラ。それがドゴと音を上げて揺れ、軋む音を立てた。
「――っぅッ!?」
その内部。適度に上品な内装で飾られ、乗客用の席が並ぶその内の一角で。そこに小さく座る華奢な体が、その衝撃に身を竦ませ声に鳴らない悲鳴を上げた。
そこに座るは14~5歳程と思しき可憐な姿の存在。格好はある地の学び舎で学生が纏う制服。眩しい金髪に過剰になり過ぎない程のロールを作り、その髪で凛とした美麗な顔を飾っている。
しかし今。その美麗な顔は怯えた色を作り、そしてゴンドラに設けられた窓より外を見る。その向こうに見えるは、ゴンドラを抱くグルフィと並行して飛ぶ一体の飛龍。そしてそれに跨り操る恐ろしい姿のオーク。
直後、そのオークの操る飛龍が急接近しゴンドラに体当たりを敢行。ゴンドラが再び大きく揺れて軋む。ゴンドラを抱く大型グルフィは、先程から魔物達による襲撃を受けていた。
「っぅ!」
またの衝撃。そして魔物を目の前にした恐怖に、その子は再び声にならない悲鳴を上げる。
「シュクエ様!」
そんな所へその子へ声が飛び、そしてシュクエと呼ばれたその子は肩を抱かれて席より外され、何者かに抱き留められた。
シュクエを抱き寄せたのは、長身だが美麗な姿顔立ちの侍女。
「シュクエ様を奥へ!」
さらに二人を庇うように現れたのは、また美麗な姿顔立ちの女執事。
二人はどちらもシュクエに使える従者。侍女はその身でシュクエを抱き庇い、女執事は手にしていたクロスボウを窓より突き出し、外の飛龍や魔物へ向けて放つ。
――シュクエは霧羽(きりは)侯爵領という雲翔の王国内にある一領地の、同伯爵の子であった。
しかしその領地は、突如として群を成して襲来した魔物の軍勢の襲撃を受け、その詳細の目的も分からぬままに大混乱に陥ったのだ。そしてそれはまだ一日も経過せぬ先の出来事。
その最中でシュクエは着の身着のまま、いつもの朝のように通う学園へと赴く仕度の最中に、両親より領地からの脱出を命ぜられ。用意された大型グルフィに、執事や侍女達にほぼ放り込まれる勢いで乗せられ脱出させられた。
しかし、そこへ襲来した魔物の軍勢の一部が、追手として追いすがり。そして襲われながらの逃避行となった現在に至ったのであった。
「ッぅ!?」
そんなシュクエ達を運ぶグルフィを襲う、三度目の振動。
外では少ない護衛兵たちが必死に抵抗し、大型グルフィからも騎乗兵や従者達が抵抗を行っているが。魔物達はそれをあざ笑うかのように、獲物を嬲り狩りでも楽しんでいるかのような攻撃を仕掛けて来ていた。
「っぅ……お父様、お母様……!」
そんな、絶望的とも言っていい状況。
シュクエは自身を庇う侍女の腕の中で、目を瞑り願い助けを求めるように両親を呼ぶ。
「――ッ!」
しかしそのシュクエの耳が、戦いの騒音の中に、何か別種の音を聞いたのはその時。
それは一瞬の後に明確に、そして聞いたことも無い異音へと変貌。
――直後。何か凄まじい速度の気配が、シュクエ達の乗るグルフィの真上を劈くような轟音を伴い飛び抜けた。
「っ、何が……!?」
「今のは!?」
突然のそれに、女執事や侍女は驚愕と警戒の色を見せる。
「……ぁ」
しかしその中でシュクエは、ゴンドラの窓の向こうの宙空に、見たことも無い飛行体――T-4の姿を見止めた――
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