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チャプター4:「異海に轟く咆哮」《海隊編》

4-8:「かまくら、〝う〟つ!」

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「――ッ。艦長、システムから高エネルギーアラートッ。投射元ボギーッ!」

 継続し響く各主砲の号音に混じり、コンソールに着く海士長が報告警告の声を発し上げたのはその時。
 しかし報告に聞くまでも無く。都心は上空の竜の動き変化を見て捉え。そして只ならぬ気配をその身で感じ取っていた。

「――各員、構えろ」

 一言。肉声と通信越しに、端的に備え命じる一言を紡ぐ都心。


 ――直後。その衝撃が艦を全体を襲った。



 艦へ襲い、落ちたもの――それは、漆黒の一線。
 表現するなら、闇色のレーザー光線。
 上空の竜より撃ち放たれた、今も続くそれが。艦を守る異力フィールドを直撃し、凄まじい異物同士の衝突の音と、衝撃を生み出していた。

「ッ゛――!?」
「――ッ!」

 艦全体を襲い揺らす凄まじい振動。
 それに由比やシンクレーから、苦くしかし堪える声が零れ聞こえる。

「ッ――フィールド、稼働率61%、安定率58%まで低下ッ。ステータス、グリーンからイエローまで低下ッ!」

 コンソールの海士長から端的ながらも荒げた声で。異力フィールドのステータス変化が報告として上がる。
 闇のレーザーの威力は、先の闇の球体のそれを明らかに上回っている。

「ヤロォァッ!」

 操舵士の一等海曹は上空の竜を負けじと凄まじい形相で見上げながらも、操舵ハンドルをなんとしてもと言った様相で維持している。

「――堪えろ、そして押し続けろ」

 その最中で。
 都心だけは腕を組み仁王立ちの姿勢で構え。そして淡々と命ずる言葉を上げる。

《――武蔵!いくらなんでも無茶だ、退避するんだッ!》

 そこへ、通信越しに透るしかし荒げた声が飛び込んで来る。
 それは後方の護衛艦なにわの艦長、湊邸からの物。関係の良好とは言えない両者だが、腐っても同期。状況光景を護衛艦かまくらの、そして都心の危機と見止め、退避を促す通信を寄こしたのだ。
 同時にかまくらの真上を複数の飛翔体、ミサイルが飛び抜ける。かまくらを援護するため、なにわが撃ち放ち寄こしたSAMだ。
 しかし上空の漆黒の竜へと向かったSAMは、いずれもその漆黒の翼に退けられその効果により無力化され、軒並み明後日の方向で爆散した。

《ッぅ――武蔵ッ!》

 後方でそれを観測したのだろう、苦く零された声を寄こす湊邸。そして再び退避を訴え、都心の名を叫びあげる。

「否――ここで脅威つわもの討つこそ、このかまくら。踏みとどまり、押し通すは今ぞッ!」

 しかし都心は、己が貫くべき信念の元。引かぬ解答を端的に返す

《――CICより艦長!全甲板発射機、〝抗生誘導弾〟を今装弾ッ。照準調整次第発射方ッ!》

 そこへなにわの湊邸から入れ替わりに届くは、CICの砲雷長からの報告。
 前甲板に視線を落せば。艦橋直下に装備されるMk,13発射機に、弾薬庫よりホイストにより揚弾されたミサイル体がセットされる瞬間が見えた。そして発射機は垂直の姿勢から動作傾斜、仰角を取りながら上空の竜の方向へと旋回する。
 その側面を見せた発射機の腹に、下がるミサイル体――〝抗生誘導弾〟の姿がよりはっきりと見える。
 ターターやスタンダードとは異なる外観。濃灰色で全体を塗装し、特筆すべきはその表面に走る、青白く発光するライン。

「――」

 都心はその姿を一目見、そして手元のコンソールの画面に視線を落とす。
 画面の一点に、カーソルにより選択強調された文字列がある。

 ――[反特性現象抗生誘導弾 〝ターター/スタンダード・ホナー《ターター/スタンダードへの敬意》〟]――

 おそらく抗生誘導弾に名付けられた名称。名付けたのは、あの作業服と白衣の異質な人物以外考えられない。
 ふざけているのか。それとも、あの人物なりの各所各方への本気の敬意なのか。
 都心はその文字列を手元に、内心で訝しむ。
 しかしすぐにその雑念を脳裏より消し去り、艦橋眼下の発射機に視線を向ける。

《――Launch(発射)――ッ!》

 CICの砲雷長から知らせ合図の声が届いたのは瞬間。


 そして――抗生誘導弾が衝撃音を轟かせた。


 抗生誘導弾は、おそらく動力もジェットやロケットの類ではないのだろう。異質な音と衝撃派を発生させ、発射機より撃ち出され飛び出した――



「――……!」

 顎をかっ開き、闇の成す一線を吐き降ろし続けるオグロヒュム。
 その顔には少しの苦悶が見える。非常に強力なものである闇の一線は、しかしその代償としてオグロヒュム自身の身体にも大きな負担を強いるのだ。
 しかしどうだ――その驚異的なまでの闇の一線をもってしても、眼下の灰色の巨艦を覆い守る、青く透き通る膜を貫くことは敵わず。巨艦自体にはそれを続かせることすらできずにいた。
 そして絶え間なく撃ち上がり襲い来る飛翔体が、オグロヒュムの漆黒の翼に穴を開け消失させ、合わせての炸裂がその体を傷つける。

「ォ゛ォ……――!」

 しかし、オグロヒュムは気付け耐えるように、その目を掻き開く。
 眼下の灰色の巨艦は、最早疑いようのない強大で凶悪な脅威。だからこそ、仕える魔王の元へ辿り着かせてはならぬ。ここで踏みとどまり、そして屠らねばならなかった。

「――!」

 しかしその時。
 オグロヒュムは眼下の巨大船の前甲板に動きを見る。
 そこより撃ち放たれ来るは、また別種の飛翔体。
 筒より放たれ、音の速度で飛び来る、いくらか自らの意思で飛び動くことを可能とするらしき、細長い物体。
 これまでも、それもまたオグロヒュムの身を襲い来たが。しかしそれらにあってはオグロヒュムの闇の翼を前に悠々と退け、脅威にたるものでは無かった。
 「また小手先で邪魔立てするか」。今のギリギリの状況下で来たそれに、オグロヒュムはそんな忌々し気な感情を一瞬浮かべる。

「――ッ!?」

 しかし――直後にオグロヒュムは、それを覚え感じた。
 巨船より放たれ、飛び来る飛翔体が発する――凶大で歪な感覚に。本能か、直感か。それを眼前に、形容し難い不気味な感覚が、とてつもない危機感が己が全身を駆け巡った。

「ッ!!」

 それに襲われたオグロヒュムは、その首を、顎の方向を咄嗟に変え。闇の一線を巨船から外して、己が身に迫る飛翔体へと向けた。
 しかし――何という事だ。
 闇の一線は、その飛翔体の切っ先とぶつかった瞬間に消失した。
 瞬間にオグロヒュムは驚愕し、そして理解する。その飛翔体もまた、己が身を襲い翼を消滅せしめた攻撃と、同じ特性を持つのだと。
 そして飛翔体はオグロヒュムの吐き浴びせる闇の一線を、消し去り退け払うようにして。その凄まじい速度で、一瞬後にはオグロヒュムの眼前まで到達。
 オグロヒュムを重ね覆い守っていた漆黒の翼を、いとも容易く消滅せしめて大穴を開け――その切っ先が、オグロヒュムの眼を見つめる。

(――魔王様――闇皇様――申し訳ありません――)

 それが、己が最後とオグロヒュムは知った。
 そして脳裏に浮かべ紡いだは。仕え敬愛する魔王や闇皇竜の姿と、主達へ己が力足らずを詫びる謝罪の言葉。

 ――そして。異質なしかし比類なき衝撃が、オグロヒュムの体を消滅へと誘った――



 ――護衛艦かまくらの上空で、異質な衝撃現象が巻き起こった。

 端的に言えば爆発。しかし火薬類を用いたそれとはまるで様相が異なる。電子的とも、鈍い鐘を打つ音とも取れ。しかしいずれも適切とも言えない大音。
 そして上空を見上げれば。波とも可視化された電気とも表現できそうな、青白い透き通ったそれが。宙空で巨大な球体状に拡散し、波紋のようなそれを描いている。

 ――それこそ。かまくらより撃ち放たれた反特性現象抗生誘導弾が、上空で炸裂し。敵性存在である漆黒の竜を討った証であった。


「――……ボギー、高度を下げ――いや、墜ちて行きます!」

 ブリッジで観測の海曹から声が上がる。
 異質な炸裂が描かれ広がる宙空の直下を見れば。力なく落ちてゆく漆黒の体がそこに見えた。
 それは間違いなく脅威存在である漆黒の竜。しかし闇で形成した巨大な翼は、すでに消失して失われ。その頭を下に真っ逆さまに海へと墜ちてゆく。
 明らかな、墜落の様。
 そして、直後にはその身を海面へと落とし。儚げな水柱を上げた。

「ボギー……落水ッ」

 観測の海曹がそれを認め、少し訝しむ様子で言葉を上げる。

《――CICよりブリッジ。ボギーはレーダー上よりロスト、艦近辺に他機影無し。ダメージコントロールからアラート無し……》

 CICの砲雷長からも半ば呆けた色の声で、各種報告が上がってくる。

「――竜。ただ静かに眠れ」

 状況動性を見守り静寂に包まれていたブリッジ内であったが、それを破ったのは都心。
 その言葉は、刃違えた漆黒の竜へ、追悼の意を示すもの。

「――ドォッらァ!!やってやっぜェァッ!」

 そして、ブリッジ全体にビリビリと響く号声が上がる。操舵士の一等海曹の勝利を喜ぶ雄たけびだ。

「ッぅー――CICッ。もう一度各部署に被害、負傷者が出ていないか確認をッ。第二派もありうる、警戒継続ッ」

 副艦長の由比はそこで気を取り直して。CICに、他各所各員へ指示命令の言葉を張り上げる。
 極限の程であった戦闘からの終結に、気を持って行かれていたブリッジ内が意識を取り直し。態勢再構築のために慌ただしく再び動き始める。

《一番砲、二番砲――抗生弾使用の各部署から異常報告無し。機関部からも――》
「威力フィールド、稼働率90%、安定率87%。ステータス、ブルーまで回復」

 CICの砲雷長や。ブリッジコンソールの海士長からは、それぞれ各所各機構の状態が報告として上がってくる。
 それを聞きながら。都心はと言えば、また腕を組み脳立ちの姿勢で立ち構えている。

「艦長!」

 そんな都心へ掛けられるは、シンクレーからの声。
 ゴブリン独特のしわがれた声と、その獰猛そうな顔には。しかし漆黒の竜の撃破を間の足りにしての、驚きと感嘆の色が現されている。

「――どこまでを知る、何をさせたい。くるへる科学者」

 しかし都心は、仁王立ちの姿勢のまま何かを考え言葉を零している。
 それは。自分等をこの異世界に導いた、作業服と白衣の者の、その腹の内を勘繰るもの。

「――だがいいだろう。この武蔵、その腹積もり喰ろうてやる。――見ているか。その一つ、仕果たしたぞ――」


 そしてしかし。都心は何か腹をくくった様子で。
 直後にはその虎もかくやという形相に、静かで不敵な笑みを浮かべて見せた――
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