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チャプター4:「異海に轟く咆哮」《海隊編》
4-13:「日本国海隊、海上艦隊 異界の海に結集す」
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戦闘海域より戻って来た護衛艦かまくら、なにわ、第1魚雷・ミサイル艇隊各艇からなる戦闘群は護衛艦せきがはらの隊と合流。
さらに後方よりは――〝ぼうそう型汎用支援艦、AGE-4601 ぼうそう〟が追い付き合流。
前甲板にアイランドを、中から後甲板に掛けてヘリコプター甲板を持つ、諸外国のドック型揚陸艦の姿に似るこの艦は。魚雷・ミサイル艇等を始めとする小型艦艇の運用、作戦展開を支援する事を一つの目的として建艦された汎用艦だ。
小型艦艇を一時的に収用整備するためのウェルドックや。小型艦艇の運用行動を陸上より支援するMLS部隊(後方支援車輛群)をさらに搭載支援するための、車輛積載空間設備を装備する。
さらにその特性から支援対象は小型艦艇に留まらず。多用途支援艦任務、揚陸輸送支援などいくつにも及ぶ。
一つ一つのスペックは専門の艦艇に引けを取るが。多岐に渡る支援運用を可能とする〝なんでも屋〟であった。
その汎用支援艦ぼうそうにより、戦闘より無事戻った第1魚雷・ミサイル艇隊の3隻は収容を受け。艇、乗員ともその身体を休ませる一時を無事迎えていた。
また一方。
航行する護衛艦せきがはらに、その後方より接近する航空機がある。
それまで後方上空より、そのレーダーによる情報提供支援を行っていた、E-1B早期警戒機だ。
E-1Bは護衛艦せきがはらを追いかけ追い付くように飛行進路を取りながら、徐々にその高度を下げる。目指すは、せきがはらの甲板上に斜め7°の傾斜を形作るアングルドデッキ。
《ウェーザーリポート、進入コース適正、そのまま》
「了解――」
大変な危険と緊張を伴う着艦行程。それがせきがはらのコントロールとE-1Bコックピットの綿密な連携の元に進む。
そしてE-1Bはせきがはらの元へと辿り着き、その甲板へ脚――着陸ギアを叩きつけるまでのそれで着けた。直後には、E-1Bの降ろしていた着艦フックが、アングルドデッキ上に張られたワイヤーを捕まえる。
E-1B内の各搭乗員には凄まじい衝撃が襲う。
荒々しい芸当。着艦が〝制御された墜落〟と例えられるのも頷けるそれ。その墜落に等しい帰路を無事完了し、E-1Bは自らの帰する場所へと脚を確かに付けた。
待機していたデッキクルーの海隊隊員の誘導手助けを受け、アングルドデッキの着艦ライン上より外れ。甲板端でその帰りを待っていた、S2F-1対潜哨戒機やC-1JA輸送機などの同系列機に迎えられ。無事役割を完遂したE-1Bは、その翼を休める時を迎えた。
「……なんなんですの……」
そんな海上の各光景を眼下に眺めながら。呆けたまでの声を漏らしてまう少女の身が上空に在った。
それは先に立入検査隊により保護された、侯爵家の娘リーディット。
保護され戦闘群に一旦回収された彼女は、それから海隊側の要請と、彼女本人側の希望の一致もあって。海隊の最高位階級者である基代や、大公国保安軍の将軍のゴスネスと面会、知る限りの事情の提供交換や調整を行うために、護衛艦せきがはらへと移動することとなった。
しかしその上で彼女と、伴うことになった数名の執事従者は皆。移送のためのHSS-2Dに乗せられ機上の人となり、そしてその状況光景に心を持って行かれることになったのであった。
「一体……――ッ!」
そんな状況心情にあるリーディットは、しかし次に何か。ヘリコプターのローターの号音とはまた全く異なる、凄まじい轟音をその耳に聞いた。
ローターの回転音に隠されギリギリまで気づけなかった、劈くようなそれ。微かに驚き目を剥き、そして視線を走らせでその出所を探れば。
今乗るHSS-2Dの窓より見える向こうの空の、より少し高い高度に――その白い鏃は見えた。
信じられぬ速度で向こうへ飛び去っていく飛行物体。
その正体は――〝F-8EJ改高速洋上哨戒機〟。
チャンス・ヴォート社製の超音速戦闘機、それが日本国海隊により高速洋上哨戒機の名目で導入され運用されるものだ。遠くに飛び去るそれの、しかし翼にはそれを示す赤い日の丸が見える。
他の艦艇や各隊と同様、元の世界で任務に当たっている最中に転移に巻き込まれたもの。現在は、遠くに同じく転移して来た日本国航空隊の豊原基地に間借りしてそこを拠点としている。
「リーディット様……あ、あれは……?」
同じくそれを見ていた、リーディットの隣のシートに座す若い侍女が、ポカンとした色で答えを求める声を寄こす。
「……もう、知らない……」
しかしそれを求められたリーディットは、何か疲れたという様子で窓より視線を外し。その片手を己の顔に当てがった。
一度合流し、一部は収容回収を受けた戦闘群――艦隊の各艦、各機各艇。
しかしこれで全て終わりではない。この異世界のこの大陸を取り巻く事態は、大きく多くは未だ進行中であり五里霧中だ。
転移して来た海隊艦隊は、剣と拳の大公国領内の一つの港に間借りしてそこを拠点としている。
先の戦闘に矢面に立って戦った護衛艦かまくら、護衛艦なにわ、そして汎用支援艦ぼうそうより回収補給を受けた第1魚雷・ミサイル艇隊の各艇は一度そこへ帰還し。
そこで待つ補給艦より補給他を受け、次への準備待機状態に入る。
しかし入れ替わりに、また別の各隊各所が新たな行動に入るのだ。
今、艦隊の上空を飛び抜け去ったF-8EJ改もその内の一手。F-8EJ改はこの内海周辺の広域調査索敵のための出撃したものだ。
さらに、艦隊の内より護衛艦うみぎりは一隻離脱。
艦に戻った艦長の太丈の指揮の元、うみぎりはまた内海の主要域の繰り出して警戒及び偵察の任に当たる。
そして護衛艦せきがはらも、少し後方へ移動こそするが。その艦載機を持っての各種作戦行動を継続、同時に展開する〝全海隊機〟への支援を提供する。
航空機搭載護衛艦せきがはらは、限定的ではあるが超音速艦上機――すなわち今飛び去ったF-8EJ改等の運用も可能ではあった。
搭載するカタパルトの出力スペック、他機構機能の事情から。運用される機体はその装備搭載量に極めてタイトな制約を受けるため、せきがはらは超音速艦上機を常時搭載する事こそ無かったが。
広大な海での〝とまり木〟として、必要時の発着艦及び補給支援を提供する事は可能であり。その特性は決して軽んじられるものではなかった。
そのそれぞれは各々の特性役割の元。これよりの任務及び備えるための行動に移るべく、続く動きを始めた。
内海である翼包海を北側に見て、寝そべる様に存在する剣と拳の大公国の領地。
その内海に面する領地北側海岸線の、ど真ん中と最西の間程に、海に突き出た大きな半島がある。 さらにその隣はくびれこそげるように湾を作り、また他にも中小の半島や湾が近お延に存在。その地ではその地形を利用した、巨大な港町が栄えていた。
「鏃備えの港湾」と住まう人々に飛ばれるその港町。
巨大船から艀まで、民間船から軍艦まで。商船、工船、漁船。数多のこの世界の主流である帆船から、少しのこの国の新鋭船である蒸気船まで。
ありとあらゆる船が行き交い営み、賑わいを見せるこの港町。
しかしここ最近。この港町は少し異な空気に包まれていた。
海に突き出る多くの桟橋で。海に面する家々、商店、港業関係の各施設で。行き交う、あるいは停泊するあらゆる船の船上で。密、散の差はあれど人だかりができ、そして少しの騒めきが時折上がっている。
その人だかり多くはこの港町の住人、いくらかは仕事や旅で訪れた人々。人、獣人、亜人までその人種種族は雑多様々。
そしてしかし。そのいずれもが、今はある〝存在〟への見物人となっていた。
彼等彼女等の視線の先、港より少し離れた海域に存在するもの。
それは――巨大な姿を見せる灰色の船団。数週間前に突如としてこの海へ現れた、異世界から来たという異質な艦隊。
――日本国海隊の各群各隊に所属する、各艦船の停泊する姿であった。
今まさに少し遠くで動き出し、特に人々の目を集め出しているのは。この世界の巨艦の象徴であった戦列艦が、しかしまるごと二隻以上すっぽり収まってしまいそうな程の巨艦。
――とわだ型補給艦の2番艦。AOE-423 ときわ、だ。
その巨艦は船上に構えるマストかと思えたそれ――明かせば補給用門型ポスト――に帆を張るでもなく。かと思えば石炭蒸気船のように黒煙をもうもうと上げるでもなく。
その巨体を動かし始めたのだ。
また別方。そこに停泊するは、今の補給艦ときわに少し艦影が似るも、一回り以上小型の灰色の艦。
いまでこそ静かに停泊しているその艦であるが。
その艦は先日、港に隣接する砂浜にその鼻面を盛大に乗り上げたかと思えば。その船首を怪物の大口の如く開き、その腹より馬無しに動く馬車や物々しい怪物を吐き出し。
港に一際の騒ぎを起こした存在であった。
その正体は――みうら型輸送艦の1番艦、LST-4151 みうら。
先日一時的に搭載車輛の積載し直しの必要が出たみうらは、その際に行ったビーチングによって。
今は砂浜で船体を休めているエアクッション艇1号型の10番艇。LCAC-2110 エアクッション艇10号と一緒に、(もちろん事前に許可を取り調整は行ったがそれでも)美麗な砂浜を物々しく騒がせたのであった。
さらに、港に現れて以来。
日々何かを調査しているのか、小舟を降ろし伴い何かしらに勤しんでいる艦。
――しょうなん型海洋観測艦、AGS-5106 しょうなん。
今、見物の人々に特に近い所を横切っていく艦。
――ひうち型多用途支援艦、AMS-4303 あまくさ。
そしてさらに。
今、港町に居る中では一番の巨船であり、しかしここまでの艦とは違い少し彩鮮やかな船がある。
先の輸送艦みうらが船体を寄せて、みうらにお守をされるように一緒に停泊する一番の巨船。その正体は、有事の際に海隊や陸隊に輸送支援を提供する、民間船舶会社の保有するRO-RO船。
その船名を、「すてがまり」と命名されていた。
などなどなど、etsets――
ともかく日本の、日本国海隊の各艦船各機を始めとする存在が、その動く様子が。
異世界の港町の人々を、日々騒がせ、興味を集めていた。
「――お集りの皆さん、海への転落などには気を付けてください」
そんな各艦各船を見物に集まった異世界の人々の人だかりの最中を、注意喚起のものである言葉を上げる重低音の声がある。
人だかりを縫い抜けて現れたのは3m近い巨体、その正体はトロルの亜人種。
纏うは大公国保安軍の軍人のものである、カウボーイハットそのものな帽子が特徴の、西部劇の保安官のような服装。
トロルは、この鏃備えの港湾に置かれる保安軍事務所に詰める駐屯軍人であった。
日本国海隊艦隊がこの港町に現れて以来、程度の差はあれど連日起こる見物の騒ぎ賑わいの中での、揉め事面倒等の予防防止のための警邏巡視に。
トロルの彼は本日も従事している最中であった。
「はぁ」
その職務を行いつつ、小さくため息を吐く彼。
「ご迷惑をかけますね、ジャーラ軍曹」
そんなトロルの彼を名と階級で呼び、そんな詫びる言葉を掛ける言葉が隣から飛ぶ。
トロルの彼改めジャーラ軍曹と並んで歩く、一人の青年が声の主。そしてその姿は海隊仕様の迷彩服であり、襟には三等海曹の階級章。その声の主である青年海曹は、言葉に反して他人事感のあるの呑気な顔をそこに浮かべていた。
彼は海洋観測艦しょうなんの乗員である。そして今は、ジャーラと一緒にこの港町の警邏巡回の役割を務めている。
この港町を巻く騒ぎの元凶となってしまった海隊艦隊は。それにより治安維持、トラブル対応への負担を強いられる保安軍への配慮として、その補助のための人員を各艦艇より出していたのだ。
「まったくだよ、ススク」
青年海曹改め、ススク――栖好三曹の呑気な声での謝罪に。ジャーラは気づかうでもなくズパッと、事実その通りだと言うように言葉を返す。
しかしそれは本気で憤っているものでは無いものであると示すように。次にジャーラはそのトロル特有の大きな手中にある、今しがた露店で購入した二本の果実飲料の瓶の、その栓を片手間に器用に開けて見せ。
内の一本を「ホレ」と栖好に寄こし渡してくれた。
隊員軍人の職務の姿としてはお行儀のよいものではないが。二名はわずかな間の一服だと、人並みに混ざり隠れ、それぞれ飲料を口にしながら進む。
「うん?あ」
その途中。栖好が岸壁より伸びる桟橋の一つのその先に、何かを見止めた。
桟橋の先には見物人である人々の姿が複数見えるが、その内に中心に様相の異なり目を引く一人の人物が居た。
その人物を中心とした人の塊を見止め、栖好とジャーラは桟橋を踏みその元へと歩み進む。
男女人種種族混ぜこぜのその集団は桟橋の端に陣取り、何か荒っぽく笑い上げ会話を交わしている。その中心に居て、桟橋に腰かけて一際豪勢に笑っているは、今に目に留めた様相の異なる一人の壮年に近い男性――日本人だ。
しかし姿格好は海隊のそれではない。纏う服装はシンプルな船舶従事者の作業服に、袖と胸にワッペンと企業会社名を記した刺繍が見える。
「来甘さん、また一人で降りて来たんですか」
その日本人男性に背後より、名と合わせそんな声を掛ける栖好。
「――んお?おーぅ栖好ちゃんッ。お疲れさんにごッ」
声に振り向き、そして栖好の姿に気付いた来甘と呼ばれたその男性は。次にはオーバーなまでの色と声量、腕を翳し上げる動作で、そんな労う旨の言葉を発し返して来た。
この来甘と言う男性は、その姿様子が示す通り日本人ではあるが日本国隊隊員ではない。民間人、そして今も向こうの会場に見えているRO-RO船「すてがまり」を保有する船舶会社の社員であり、そして船長であるのがその素性正体であった。
「窮屈とは思いますが安全上、一人でほっつき歩くのは良いとは言えないんですが」
そんな挨拶を一番に寄こして来た来甘に対して、一方の栖好は少し困ったように零す。
来甘は海隊各艦船と同様、この異世界に自身の預かる船ごと転移して来た身である。そしてしかし豪胆な性格気質である彼は、この異世界に降り立っても物怖じする事は無く。海隊へお節介に片脚を突っ込む域で協力、転移初期の混乱からの脱出に力添えし。
そしてこの港町の海に「すてがまり」の錨を降ろしてからは、丘を、港町を堂々と闊歩し散策する日々を送っていた。
海隊としては保護の義務がある民間人である来甘に、まだまだ未知数な事が多々あるこの異世界の地で迂闊に動く事はしてほしくないのだが。
来甘はそれで大人しくしているような人間では無く。
そして本人が思ってかは知らないが、その豪胆っぷりがハリボテでは無い事を証明するように。先日は入った酒場で絡んで、いやほぼ襲って来た荒くれ者の集団を、単身片端から退けて見せる大立ち回りを見せ。かと思えば事態が収まれば、その襲って来た荒くれ者達となぜか仲良くなり、夜明けまで飲んだくれゲラゲラ笑い上げる豪気と頑丈さを見せつけて見せたのだ。
「ちっと見逃しちくれや。船の上は好きだが、陸でも騒がんと身が湿気っちまうんよ」
そんな来甘は、栖好の頼むようにそんな言葉を上げ願うと。また彼を囲う集団と荒っぽくも楽し気に会話を再開する。
「はぁ、やれやれ」
そんな来甘の背を見ながら、栖好はまた困ったように零し。同時に内心では「大人しくしている人ではないだろうし、何か別の形の配慮が必要かな」と言った事を考え浮かべる。
「――おッ。見ぃッ、武蔵の坊が帰って来おったッ」
その来甘が、一際高揚した声を発し上げたのはその時。
口にした武蔵の名は、他ならない護衛艦かまくら艦長の都心を示すもの。来甘は、都心の実家が営む船舶運航会社とは長い付き合いがあり、その所以で都心の事もまた良く見知った身であったのだ。
そしてその声と合わせて、翳され示された来甘の指先を辿れば。
海の向こうに、その都心の預かる護衛艦かまくら始め各艦のシルエットが見えた――
護衛艦かまくらや護衛艦なにわ、第1魚雷・ミサイル艇隊各艇に汎用支援艦ぼうそうは。
準備待機からそれを迎えた多用途支援艦あまくさや、内火艇など各支援担当による誘導、手助けを受けつつ。
補給を受けに入る、ないし所定の位置に錨を降ろす等の態勢に移行して行った。
「――一仕事終わりだな」
浮かび待機する一隻の内火艇の船上で、一人の二等海尉が零し一息着く姿を見せている。
その内火艇はミサイル護衛艦なにわの搭載艇であり、本艦停泊のための誘導警戒補助のために一度降ろされその任に着き。今はそれをほぼ終え、母艦が錨を降ろして収容してくれる態勢になるのを待っている所であった。
「フレイクさん、ありがとうございました」
その母艦の護衛艦なにわの動きを視線の端に見つつ、同時に二尉は内火艇の船首側へと視線を向けて、何者かの名と一緒に礼の言葉を向ける。
その内火艇の船首には、そこに立つある者の特異な姿があった。
その姿、シルエットは人にいくつかの共通点を持ちながらも。しかし同時に大きく異なる特徴を多数見せていた。
まず目を引くはその肌。鮮やかな淡い紺色で、てかり滑らかなそれは、クジラやイルカ、もしくはサメか。いずれかの水生生物と同種のそれ。後ろ腰からはまたクジラやサメのものである、先端にヒレを有する大きな尻尾を有し。手足にも同じくヒレが見える。
そして、二尉の声に反応して振り向いたその顔立ちは。またクジラやサメ類のように尖り突き出た、人のものとは大きく異なるそれであった。
しかし。その身体や顔立ちは特異さを覚えながらも、同時にそのラインには不思議な美麗さを感じさせるものがあった。
さらにその顔立ちには、目尻が釣り上がりながらも美麗な眼目元が映え。そしてその水生生物の特徴を有する顔立ちを、少し長めのショートカットに整えられた、淡く眩い銀髪が彩っている。さらにその髪からはまたヒレが犬猫の耳のように覗いている。
さらに水生生物の肌を持つその身体は、絶妙なバランスの胸筋や腹筋、筋肉で彩られ。その身体は材質は不明だが、インナーアーマないし競技用水着のような、体のラインの出る衣装で包まれている。
その人物は、水生生物――シャチの獣人であった。
性別は男性であるが、その容姿顔立ちは中性的な魅力を醸している。
「いや、構わないよ。これが仕事だ」
そのシャチの獣人、二尉からフレイクと呼ばれた彼は。二尉の掛けた礼のものである言葉にそんな一言で返す。
フレイクはこの海域に住処住居を持ち、そしてこの海を行き交う船の水先案内人を務める事を、主な生業とする者であった。
そして今も。付き合いのある船乗りを介して受けた、日本国海隊からの依頼の元。護衛艦の入港のための水路案内を勤め上げた所であったのだ。
「まぁ、未だに驚く事は多いけどな」
フレイクは続け、入港をほぼ終えた各艦船を見渡しつつ。そんな感嘆と呆れ半々と言った呟きを零した。
「――ふぁっ。フレイク、こっちも終わったよー」
そんな所へやや唐突に。内火艇のすぐ傍の海面より、そんな声と共に別の存在が姿を現した。
続く動きで内火艇の船舷に手を掛け膝を掛け、船上に上がって来たのはまた別の水生生物の獣人。
フレイクと同じく尻尾やヒレ。そして淡い水色のてかり滑らかな肌が特徴。
しかし豊かな乳房とふっくらした体つきが、その獣人がメス――女性である事を示していた。
その身体はまた材質不明の、こちらは競泳水着のようなデザインの衣装で包まれ。
顔立ちはフレイクよりも微かに丸みが主張し、垂れ気味の目尻と合わせて人懐っこさを醸し出している。そしてロングの青色の髪がそれを彩り、両耳のようなヒレが覗く。
明かせばその女獣人は、サメの獣人であった。
「お疲れ」
「テュリィさん、ありがとうございます。お手数をおかけします」
その現れた彼女にフレイクは端的に労う声を掛け。二尉はその彼女の名であるそれを呼び、また礼の言葉を掛ける。
テュリィはフレイクの同僚の水先案内人であり、彼女もまた護衛艦の誘導案内の仕事を今終えて来た所であった。
「お手数だなんて、これが仕事だし。良い報酬をもらってるし、何より面白い仕事だと思ってるよー」
二尉の掛けた言葉に、テュリィは気さくな色でそんな言葉を返す。
彼女は海隊に協力を提供する一連の仕事に、驚きもありつつも面白みを感じている様子であった。
(――ふふひ)
そんな方や――。
フレイクやテュリィは気付いていないが、その二人に注視される怪しい視線があった。
その視線の主は、内火艇の操舵席で操舵を預かる女二等海曹。
その彼女は何や妙な、いや明らかに下心のある視線でフレイクやテュリィの。その容姿、身体を舐めるように見つめている。
(シャチのオスケモにサメのメスケモっ――ふっひひ。異世界ってたまんないね~~っ)
そして女海曹は内心でそんな事を思い浮かべていた。
はっきり言えば。女海曹は己がフェチズムにダイレクトに突き刺さる、水生獣人の彼等彼女等の姿に欲情していたのだ。
その整ってはいる顔をしかしごまかせないレベルで綻ばせ。いや、最早隠す気もないのかペロと舌なめずりでもしそうな域で、舐るように水生獣人の彼等彼女等の肢体を見つめ堪能していた。
「……」
そんな女海曹の下卑たまでの内心に。フレイクやテュリィと異なり、二尉は嫌でも気づいて渋く呆れた顔を浮かべていた。
そして警告を含めて少し冷たい目で女海曹を見てやると。女海曹は「ヤベっ」とでも零しそうな様相を見せ、そして顔を逸らして口笛を吹く真似事を始めた。
「ほぁっ!前の空飛ぶ船っ」
そんないささかよろしくない諸々をよそに。テュリィは上空を仰いでそんな言葉を発し上げる。
その視線を追って見上げた上空に見えたのは。港町の上空、少し高めの高度を飛び抜けて行くシルエット。
それは先日に、おかしな形の船と思いきや。海原より大空へ飛び立つ姿を見せて人々を仰天させた存在。
――救難飛行艇、新明和US-2だ。
その機もまた、続き展開される調査索敵行動に参加するその一端であった。
「まだインターバルだな。また忙しくなりそうだ」
上空を飛び抜け任務に赴くUS-2のその姿を見上げながら。二尉はこの異界の海でのさらなる動きを予想し、そんな一言を呟いた。
さらに後方よりは――〝ぼうそう型汎用支援艦、AGE-4601 ぼうそう〟が追い付き合流。
前甲板にアイランドを、中から後甲板に掛けてヘリコプター甲板を持つ、諸外国のドック型揚陸艦の姿に似るこの艦は。魚雷・ミサイル艇等を始めとする小型艦艇の運用、作戦展開を支援する事を一つの目的として建艦された汎用艦だ。
小型艦艇を一時的に収用整備するためのウェルドックや。小型艦艇の運用行動を陸上より支援するMLS部隊(後方支援車輛群)をさらに搭載支援するための、車輛積載空間設備を装備する。
さらにその特性から支援対象は小型艦艇に留まらず。多用途支援艦任務、揚陸輸送支援などいくつにも及ぶ。
一つ一つのスペックは専門の艦艇に引けを取るが。多岐に渡る支援運用を可能とする〝なんでも屋〟であった。
その汎用支援艦ぼうそうにより、戦闘より無事戻った第1魚雷・ミサイル艇隊の3隻は収容を受け。艇、乗員ともその身体を休ませる一時を無事迎えていた。
また一方。
航行する護衛艦せきがはらに、その後方より接近する航空機がある。
それまで後方上空より、そのレーダーによる情報提供支援を行っていた、E-1B早期警戒機だ。
E-1Bは護衛艦せきがはらを追いかけ追い付くように飛行進路を取りながら、徐々にその高度を下げる。目指すは、せきがはらの甲板上に斜め7°の傾斜を形作るアングルドデッキ。
《ウェーザーリポート、進入コース適正、そのまま》
「了解――」
大変な危険と緊張を伴う着艦行程。それがせきがはらのコントロールとE-1Bコックピットの綿密な連携の元に進む。
そしてE-1Bはせきがはらの元へと辿り着き、その甲板へ脚――着陸ギアを叩きつけるまでのそれで着けた。直後には、E-1Bの降ろしていた着艦フックが、アングルドデッキ上に張られたワイヤーを捕まえる。
E-1B内の各搭乗員には凄まじい衝撃が襲う。
荒々しい芸当。着艦が〝制御された墜落〟と例えられるのも頷けるそれ。その墜落に等しい帰路を無事完了し、E-1Bは自らの帰する場所へと脚を確かに付けた。
待機していたデッキクルーの海隊隊員の誘導手助けを受け、アングルドデッキの着艦ライン上より外れ。甲板端でその帰りを待っていた、S2F-1対潜哨戒機やC-1JA輸送機などの同系列機に迎えられ。無事役割を完遂したE-1Bは、その翼を休める時を迎えた。
「……なんなんですの……」
そんな海上の各光景を眼下に眺めながら。呆けたまでの声を漏らしてまう少女の身が上空に在った。
それは先に立入検査隊により保護された、侯爵家の娘リーディット。
保護され戦闘群に一旦回収された彼女は、それから海隊側の要請と、彼女本人側の希望の一致もあって。海隊の最高位階級者である基代や、大公国保安軍の将軍のゴスネスと面会、知る限りの事情の提供交換や調整を行うために、護衛艦せきがはらへと移動することとなった。
しかしその上で彼女と、伴うことになった数名の執事従者は皆。移送のためのHSS-2Dに乗せられ機上の人となり、そしてその状況光景に心を持って行かれることになったのであった。
「一体……――ッ!」
そんな状況心情にあるリーディットは、しかし次に何か。ヘリコプターのローターの号音とはまた全く異なる、凄まじい轟音をその耳に聞いた。
ローターの回転音に隠されギリギリまで気づけなかった、劈くようなそれ。微かに驚き目を剥き、そして視線を走らせでその出所を探れば。
今乗るHSS-2Dの窓より見える向こうの空の、より少し高い高度に――その白い鏃は見えた。
信じられぬ速度で向こうへ飛び去っていく飛行物体。
その正体は――〝F-8EJ改高速洋上哨戒機〟。
チャンス・ヴォート社製の超音速戦闘機、それが日本国海隊により高速洋上哨戒機の名目で導入され運用されるものだ。遠くに飛び去るそれの、しかし翼にはそれを示す赤い日の丸が見える。
他の艦艇や各隊と同様、元の世界で任務に当たっている最中に転移に巻き込まれたもの。現在は、遠くに同じく転移して来た日本国航空隊の豊原基地に間借りしてそこを拠点としている。
「リーディット様……あ、あれは……?」
同じくそれを見ていた、リーディットの隣のシートに座す若い侍女が、ポカンとした色で答えを求める声を寄こす。
「……もう、知らない……」
しかしそれを求められたリーディットは、何か疲れたという様子で窓より視線を外し。その片手を己の顔に当てがった。
一度合流し、一部は収容回収を受けた戦闘群――艦隊の各艦、各機各艇。
しかしこれで全て終わりではない。この異世界のこの大陸を取り巻く事態は、大きく多くは未だ進行中であり五里霧中だ。
転移して来た海隊艦隊は、剣と拳の大公国領内の一つの港に間借りしてそこを拠点としている。
先の戦闘に矢面に立って戦った護衛艦かまくら、護衛艦なにわ、そして汎用支援艦ぼうそうより回収補給を受けた第1魚雷・ミサイル艇隊の各艇は一度そこへ帰還し。
そこで待つ補給艦より補給他を受け、次への準備待機状態に入る。
しかし入れ替わりに、また別の各隊各所が新たな行動に入るのだ。
今、艦隊の上空を飛び抜け去ったF-8EJ改もその内の一手。F-8EJ改はこの内海周辺の広域調査索敵のための出撃したものだ。
さらに、艦隊の内より護衛艦うみぎりは一隻離脱。
艦に戻った艦長の太丈の指揮の元、うみぎりはまた内海の主要域の繰り出して警戒及び偵察の任に当たる。
そして護衛艦せきがはらも、少し後方へ移動こそするが。その艦載機を持っての各種作戦行動を継続、同時に展開する〝全海隊機〟への支援を提供する。
航空機搭載護衛艦せきがはらは、限定的ではあるが超音速艦上機――すなわち今飛び去ったF-8EJ改等の運用も可能ではあった。
搭載するカタパルトの出力スペック、他機構機能の事情から。運用される機体はその装備搭載量に極めてタイトな制約を受けるため、せきがはらは超音速艦上機を常時搭載する事こそ無かったが。
広大な海での〝とまり木〟として、必要時の発着艦及び補給支援を提供する事は可能であり。その特性は決して軽んじられるものではなかった。
そのそれぞれは各々の特性役割の元。これよりの任務及び備えるための行動に移るべく、続く動きを始めた。
内海である翼包海を北側に見て、寝そべる様に存在する剣と拳の大公国の領地。
その内海に面する領地北側海岸線の、ど真ん中と最西の間程に、海に突き出た大きな半島がある。 さらにその隣はくびれこそげるように湾を作り、また他にも中小の半島や湾が近お延に存在。その地ではその地形を利用した、巨大な港町が栄えていた。
「鏃備えの港湾」と住まう人々に飛ばれるその港町。
巨大船から艀まで、民間船から軍艦まで。商船、工船、漁船。数多のこの世界の主流である帆船から、少しのこの国の新鋭船である蒸気船まで。
ありとあらゆる船が行き交い営み、賑わいを見せるこの港町。
しかしここ最近。この港町は少し異な空気に包まれていた。
海に突き出る多くの桟橋で。海に面する家々、商店、港業関係の各施設で。行き交う、あるいは停泊するあらゆる船の船上で。密、散の差はあれど人だかりができ、そして少しの騒めきが時折上がっている。
その人だかり多くはこの港町の住人、いくらかは仕事や旅で訪れた人々。人、獣人、亜人までその人種種族は雑多様々。
そしてしかし。そのいずれもが、今はある〝存在〟への見物人となっていた。
彼等彼女等の視線の先、港より少し離れた海域に存在するもの。
それは――巨大な姿を見せる灰色の船団。数週間前に突如としてこの海へ現れた、異世界から来たという異質な艦隊。
――日本国海隊の各群各隊に所属する、各艦船の停泊する姿であった。
今まさに少し遠くで動き出し、特に人々の目を集め出しているのは。この世界の巨艦の象徴であった戦列艦が、しかしまるごと二隻以上すっぽり収まってしまいそうな程の巨艦。
――とわだ型補給艦の2番艦。AOE-423 ときわ、だ。
その巨艦は船上に構えるマストかと思えたそれ――明かせば補給用門型ポスト――に帆を張るでもなく。かと思えば石炭蒸気船のように黒煙をもうもうと上げるでもなく。
その巨体を動かし始めたのだ。
また別方。そこに停泊するは、今の補給艦ときわに少し艦影が似るも、一回り以上小型の灰色の艦。
いまでこそ静かに停泊しているその艦であるが。
その艦は先日、港に隣接する砂浜にその鼻面を盛大に乗り上げたかと思えば。その船首を怪物の大口の如く開き、その腹より馬無しに動く馬車や物々しい怪物を吐き出し。
港に一際の騒ぎを起こした存在であった。
その正体は――みうら型輸送艦の1番艦、LST-4151 みうら。
先日一時的に搭載車輛の積載し直しの必要が出たみうらは、その際に行ったビーチングによって。
今は砂浜で船体を休めているエアクッション艇1号型の10番艇。LCAC-2110 エアクッション艇10号と一緒に、(もちろん事前に許可を取り調整は行ったがそれでも)美麗な砂浜を物々しく騒がせたのであった。
さらに、港に現れて以来。
日々何かを調査しているのか、小舟を降ろし伴い何かしらに勤しんでいる艦。
――しょうなん型海洋観測艦、AGS-5106 しょうなん。
今、見物の人々に特に近い所を横切っていく艦。
――ひうち型多用途支援艦、AMS-4303 あまくさ。
そしてさらに。
今、港町に居る中では一番の巨船であり、しかしここまでの艦とは違い少し彩鮮やかな船がある。
先の輸送艦みうらが船体を寄せて、みうらにお守をされるように一緒に停泊する一番の巨船。その正体は、有事の際に海隊や陸隊に輸送支援を提供する、民間船舶会社の保有するRO-RO船。
その船名を、「すてがまり」と命名されていた。
などなどなど、etsets――
ともかく日本の、日本国海隊の各艦船各機を始めとする存在が、その動く様子が。
異世界の港町の人々を、日々騒がせ、興味を集めていた。
「――お集りの皆さん、海への転落などには気を付けてください」
そんな各艦各船を見物に集まった異世界の人々の人だかりの最中を、注意喚起のものである言葉を上げる重低音の声がある。
人だかりを縫い抜けて現れたのは3m近い巨体、その正体はトロルの亜人種。
纏うは大公国保安軍の軍人のものである、カウボーイハットそのものな帽子が特徴の、西部劇の保安官のような服装。
トロルは、この鏃備えの港湾に置かれる保安軍事務所に詰める駐屯軍人であった。
日本国海隊艦隊がこの港町に現れて以来、程度の差はあれど連日起こる見物の騒ぎ賑わいの中での、揉め事面倒等の予防防止のための警邏巡視に。
トロルの彼は本日も従事している最中であった。
「はぁ」
その職務を行いつつ、小さくため息を吐く彼。
「ご迷惑をかけますね、ジャーラ軍曹」
そんなトロルの彼を名と階級で呼び、そんな詫びる言葉を掛ける言葉が隣から飛ぶ。
トロルの彼改めジャーラ軍曹と並んで歩く、一人の青年が声の主。そしてその姿は海隊仕様の迷彩服であり、襟には三等海曹の階級章。その声の主である青年海曹は、言葉に反して他人事感のあるの呑気な顔をそこに浮かべていた。
彼は海洋観測艦しょうなんの乗員である。そして今は、ジャーラと一緒にこの港町の警邏巡回の役割を務めている。
この港町を巻く騒ぎの元凶となってしまった海隊艦隊は。それにより治安維持、トラブル対応への負担を強いられる保安軍への配慮として、その補助のための人員を各艦艇より出していたのだ。
「まったくだよ、ススク」
青年海曹改め、ススク――栖好三曹の呑気な声での謝罪に。ジャーラは気づかうでもなくズパッと、事実その通りだと言うように言葉を返す。
しかしそれは本気で憤っているものでは無いものであると示すように。次にジャーラはそのトロル特有の大きな手中にある、今しがた露店で購入した二本の果実飲料の瓶の、その栓を片手間に器用に開けて見せ。
内の一本を「ホレ」と栖好に寄こし渡してくれた。
隊員軍人の職務の姿としてはお行儀のよいものではないが。二名はわずかな間の一服だと、人並みに混ざり隠れ、それぞれ飲料を口にしながら進む。
「うん?あ」
その途中。栖好が岸壁より伸びる桟橋の一つのその先に、何かを見止めた。
桟橋の先には見物人である人々の姿が複数見えるが、その内に中心に様相の異なり目を引く一人の人物が居た。
その人物を中心とした人の塊を見止め、栖好とジャーラは桟橋を踏みその元へと歩み進む。
男女人種種族混ぜこぜのその集団は桟橋の端に陣取り、何か荒っぽく笑い上げ会話を交わしている。その中心に居て、桟橋に腰かけて一際豪勢に笑っているは、今に目に留めた様相の異なる一人の壮年に近い男性――日本人だ。
しかし姿格好は海隊のそれではない。纏う服装はシンプルな船舶従事者の作業服に、袖と胸にワッペンと企業会社名を記した刺繍が見える。
「来甘さん、また一人で降りて来たんですか」
その日本人男性に背後より、名と合わせそんな声を掛ける栖好。
「――んお?おーぅ栖好ちゃんッ。お疲れさんにごッ」
声に振り向き、そして栖好の姿に気付いた来甘と呼ばれたその男性は。次にはオーバーなまでの色と声量、腕を翳し上げる動作で、そんな労う旨の言葉を発し返して来た。
この来甘と言う男性は、その姿様子が示す通り日本人ではあるが日本国隊隊員ではない。民間人、そして今も向こうの会場に見えているRO-RO船「すてがまり」を保有する船舶会社の社員であり、そして船長であるのがその素性正体であった。
「窮屈とは思いますが安全上、一人でほっつき歩くのは良いとは言えないんですが」
そんな挨拶を一番に寄こして来た来甘に対して、一方の栖好は少し困ったように零す。
来甘は海隊各艦船と同様、この異世界に自身の預かる船ごと転移して来た身である。そしてしかし豪胆な性格気質である彼は、この異世界に降り立っても物怖じする事は無く。海隊へお節介に片脚を突っ込む域で協力、転移初期の混乱からの脱出に力添えし。
そしてこの港町の海に「すてがまり」の錨を降ろしてからは、丘を、港町を堂々と闊歩し散策する日々を送っていた。
海隊としては保護の義務がある民間人である来甘に、まだまだ未知数な事が多々あるこの異世界の地で迂闊に動く事はしてほしくないのだが。
来甘はそれで大人しくしているような人間では無く。
そして本人が思ってかは知らないが、その豪胆っぷりがハリボテでは無い事を証明するように。先日は入った酒場で絡んで、いやほぼ襲って来た荒くれ者の集団を、単身片端から退けて見せる大立ち回りを見せ。かと思えば事態が収まれば、その襲って来た荒くれ者達となぜか仲良くなり、夜明けまで飲んだくれゲラゲラ笑い上げる豪気と頑丈さを見せつけて見せたのだ。
「ちっと見逃しちくれや。船の上は好きだが、陸でも騒がんと身が湿気っちまうんよ」
そんな来甘は、栖好の頼むようにそんな言葉を上げ願うと。また彼を囲う集団と荒っぽくも楽し気に会話を再開する。
「はぁ、やれやれ」
そんな来甘の背を見ながら、栖好はまた困ったように零し。同時に内心では「大人しくしている人ではないだろうし、何か別の形の配慮が必要かな」と言った事を考え浮かべる。
「――おッ。見ぃッ、武蔵の坊が帰って来おったッ」
その来甘が、一際高揚した声を発し上げたのはその時。
口にした武蔵の名は、他ならない護衛艦かまくら艦長の都心を示すもの。来甘は、都心の実家が営む船舶運航会社とは長い付き合いがあり、その所以で都心の事もまた良く見知った身であったのだ。
そしてその声と合わせて、翳され示された来甘の指先を辿れば。
海の向こうに、その都心の預かる護衛艦かまくら始め各艦のシルエットが見えた――
護衛艦かまくらや護衛艦なにわ、第1魚雷・ミサイル艇隊各艇に汎用支援艦ぼうそうは。
準備待機からそれを迎えた多用途支援艦あまくさや、内火艇など各支援担当による誘導、手助けを受けつつ。
補給を受けに入る、ないし所定の位置に錨を降ろす等の態勢に移行して行った。
「――一仕事終わりだな」
浮かび待機する一隻の内火艇の船上で、一人の二等海尉が零し一息着く姿を見せている。
その内火艇はミサイル護衛艦なにわの搭載艇であり、本艦停泊のための誘導警戒補助のために一度降ろされその任に着き。今はそれをほぼ終え、母艦が錨を降ろして収容してくれる態勢になるのを待っている所であった。
「フレイクさん、ありがとうございました」
その母艦の護衛艦なにわの動きを視線の端に見つつ、同時に二尉は内火艇の船首側へと視線を向けて、何者かの名と一緒に礼の言葉を向ける。
その内火艇の船首には、そこに立つある者の特異な姿があった。
その姿、シルエットは人にいくつかの共通点を持ちながらも。しかし同時に大きく異なる特徴を多数見せていた。
まず目を引くはその肌。鮮やかな淡い紺色で、てかり滑らかなそれは、クジラやイルカ、もしくはサメか。いずれかの水生生物と同種のそれ。後ろ腰からはまたクジラやサメのものである、先端にヒレを有する大きな尻尾を有し。手足にも同じくヒレが見える。
そして、二尉の声に反応して振り向いたその顔立ちは。またクジラやサメ類のように尖り突き出た、人のものとは大きく異なるそれであった。
しかし。その身体や顔立ちは特異さを覚えながらも、同時にそのラインには不思議な美麗さを感じさせるものがあった。
さらにその顔立ちには、目尻が釣り上がりながらも美麗な眼目元が映え。そしてその水生生物の特徴を有する顔立ちを、少し長めのショートカットに整えられた、淡く眩い銀髪が彩っている。さらにその髪からはまたヒレが犬猫の耳のように覗いている。
さらに水生生物の肌を持つその身体は、絶妙なバランスの胸筋や腹筋、筋肉で彩られ。その身体は材質は不明だが、インナーアーマないし競技用水着のような、体のラインの出る衣装で包まれている。
その人物は、水生生物――シャチの獣人であった。
性別は男性であるが、その容姿顔立ちは中性的な魅力を醸している。
「いや、構わないよ。これが仕事だ」
そのシャチの獣人、二尉からフレイクと呼ばれた彼は。二尉の掛けた礼のものである言葉にそんな一言で返す。
フレイクはこの海域に住処住居を持ち、そしてこの海を行き交う船の水先案内人を務める事を、主な生業とする者であった。
そして今も。付き合いのある船乗りを介して受けた、日本国海隊からの依頼の元。護衛艦の入港のための水路案内を勤め上げた所であったのだ。
「まぁ、未だに驚く事は多いけどな」
フレイクは続け、入港をほぼ終えた各艦船を見渡しつつ。そんな感嘆と呆れ半々と言った呟きを零した。
「――ふぁっ。フレイク、こっちも終わったよー」
そんな所へやや唐突に。内火艇のすぐ傍の海面より、そんな声と共に別の存在が姿を現した。
続く動きで内火艇の船舷に手を掛け膝を掛け、船上に上がって来たのはまた別の水生生物の獣人。
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その身体はまた材質不明の、こちらは競泳水着のようなデザインの衣装で包まれ。
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明かせばその女獣人は、サメの獣人であった。
「お疲れ」
「テュリィさん、ありがとうございます。お手数をおかけします」
その現れた彼女にフレイクは端的に労う声を掛け。二尉はその彼女の名であるそれを呼び、また礼の言葉を掛ける。
テュリィはフレイクの同僚の水先案内人であり、彼女もまた護衛艦の誘導案内の仕事を今終えて来た所であった。
「お手数だなんて、これが仕事だし。良い報酬をもらってるし、何より面白い仕事だと思ってるよー」
二尉の掛けた言葉に、テュリィは気さくな色でそんな言葉を返す。
彼女は海隊に協力を提供する一連の仕事に、驚きもありつつも面白みを感じている様子であった。
(――ふふひ)
そんな方や――。
フレイクやテュリィは気付いていないが、その二人に注視される怪しい視線があった。
その視線の主は、内火艇の操舵席で操舵を預かる女二等海曹。
その彼女は何や妙な、いや明らかに下心のある視線でフレイクやテュリィの。その容姿、身体を舐めるように見つめている。
(シャチのオスケモにサメのメスケモっ――ふっひひ。異世界ってたまんないね~~っ)
そして女海曹は内心でそんな事を思い浮かべていた。
はっきり言えば。女海曹は己がフェチズムにダイレクトに突き刺さる、水生獣人の彼等彼女等の姿に欲情していたのだ。
その整ってはいる顔をしかしごまかせないレベルで綻ばせ。いや、最早隠す気もないのかペロと舌なめずりでもしそうな域で、舐るように水生獣人の彼等彼女等の肢体を見つめ堪能していた。
「……」
そんな女海曹の下卑たまでの内心に。フレイクやテュリィと異なり、二尉は嫌でも気づいて渋く呆れた顔を浮かべていた。
そして警告を含めて少し冷たい目で女海曹を見てやると。女海曹は「ヤベっ」とでも零しそうな様相を見せ、そして顔を逸らして口笛を吹く真似事を始めた。
「ほぁっ!前の空飛ぶ船っ」
そんないささかよろしくない諸々をよそに。テュリィは上空を仰いでそんな言葉を発し上げる。
その視線を追って見上げた上空に見えたのは。港町の上空、少し高めの高度を飛び抜けて行くシルエット。
それは先日に、おかしな形の船と思いきや。海原より大空へ飛び立つ姿を見せて人々を仰天させた存在。
――救難飛行艇、新明和US-2だ。
その機もまた、続き展開される調査索敵行動に参加するその一端であった。
「まだインターバルだな。また忙しくなりそうだ」
上空を飛び抜け任務に赴くUS-2のその姿を見上げながら。二尉はこの異界の海でのさらなる動きを予想し、そんな一言を呟いた。
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