―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター1:「異世界への降着 ―異質な〝ヤツ〟と中隊―」

1-9:「一撃で決めろ」

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「エナちゃん、どこだ!?」
「クソ……俺達が目を離さなければ……」

 廃村内を駆けるエティラとセネの姿がある。
 エナ少女を探す彼等は、山賊達を倒しながら廃村内を進み、隊よりも少し早く廃村の東端にたどりついていた。

「おい、あれ!」

 その時、エティラは視線の先、暗闇の中に微かに動く影を捉える。目に見えて大柄のそのシルエットは、遠目にも山賊の頭の物だと判別できた。

「待て!」

 エティラ等は山賊の頭の背中に向けて制止の言葉を叫ぶ。その言葉に、山賊頭の頭は歩みを止め、首をエティラ達の方向へと向けた。

「は、なんだお前等か――雑魚たった二人足止めできねぇとは、使えねぇ手下共だぜ」

 二人の姿を目に留めた山賊の頭は、忌々し気に発する。

「強がりを言うな!もうお前の配下は残っていないぞ!大人しくするんだ!」

 そんな山賊の頭に向けて、セネは剣先を向けて言い放つ。

「へへ。大人しくするのはどっちかなぁ――」

 下卑た笑いを浮かべた山賊頭は、振り向き、その体の表をエティラ達へと向けた。

「「な!?」」

 目に飛び込んで来た光景に、二人は声を上げる。そこには、彼等が探していた少女、エナの姿があった。

「ぉ、ねえちゃん……」

 彼女は山賊の頭の腕に首を絞められ、苦し気に死ながら山賊の体の前にぶら下がっている。

「へへ、お前等はこれに弱いよなぁ?ヘタな真似をすれば、こいつがどうなるか分からないぜぇ?」

 山賊の頭はエナの体を見せつけるようにしながら、エティラ達に向けて発する。

「クソ……下衆野郎が……」

 その光景に、エティラは言葉を零し、歯ぎしりをした。

「こっちだ!」

 その時、背後から声がする。
 鷹幅率いる3分隊2組が、周辺の制圧を終え、エティラ達より少し遅れてこの場に到着したのだ。

「あれは!」

 部隊の先頭にいた鷹幅は、その場の光景を見て状況を察する。

「おっと来たかぁ。これが見えてんなら、お前等も下手な真似はすんじゃねぇぞぉ?」

 山賊の頭は鷹幅達の向けて発する。

「ッ!」
「よせ、威嚇するな!」
「しかし!」

 横で小銃を構えようとした樫端を、鷹幅は制止する。

「各ユニットへ!廃村の東端で非常事態発生――」

 そして鷹幅はインターカムを口元に手繰り寄せ、通信を送る。
 一方で、エティラとセネは手を出せない状況に悔しさを浮かべながら、山賊の頭と対峙を続けていた。

「やめるんだ!放してやれ!その子はまだ子供だぞ!」
「へへ、そうはいくかよぉ。お前等のせいで俺の山賊団はめちゃくちゃだぁ。せめてコイツを売って足しにでもしねぇとなぁ」

 セネの発した言葉に、山賊の頭は笑いを浮かべてそんな言葉を返す。

「貴様ぁ……ッ!」

 セネは今まさに飛び掛からんと言った様子で、山賊の頭を睨みつける。

「ふん、そうだなぁ――お前が身代わりになるってんなら、このガキは放してやってもいいが?」

 そんなセネに対して、山賊の頭はそんな提案の言葉を投げかけた。

「な!?」

 山賊の頭のその言葉に、目を見開いたのはエティラだ。

「気性は荒いが、お前もなかなかの上玉だ。結構な金を生み出してくれるだろうなぁ」
「ふざけるな!そんな事、認められるわけないだろう!」

 山賊の頭の言葉を聞き、エティラは叫ぶ。

「だったら、このガキを連れてくまでだ」

 言いながら山賊頭は後ろ足で一歩下がる。

「待て!……分かった、私が身代わりになろう……」
「な……!?セネ!?」

 その時セネから発せられた言葉に、エティラは彼女の方を向いて、再び目を剥いた。

「へっへっへ、利口な選択じゃねぇか。なら、こいつを嵌めてこっちに来な」

 山賊の頭は下品な笑い声を上げると、持っていた手枷をセネの足元に投げて寄越す。

「ぉねえちゃん……ダメ……」

 そんなセネの姿を見て、エナがか細い声で発する。

「うるせぇ!お前は黙ってろ!」
「ぐぅ……!」

 山賊の頭が、セネの首を締め上げる。

「よせ!今行くから、その子を傷つけないでくれ……!」

 セネは山賊の頭へ懇願の声を上げる。そしてセネは剣を捨てて足元の手枷を拾い上げると、自らの腕にその手枷を嵌めた。

「よすんだセネ!」
「ごめんエティラ。エナちゃんを救うにはこれしかないんだ……」

 言って、山賊の頭の元へ歩き出すセネ。

「クソ……セネぇッ!」

 そんな彼女の背中を目に、エティラは苦し気な叫び声を上げる。



 ――パーンと、乾いた爆ぜるような音が響いたのはその瞬間だった。



 突然の音に、エティラとセネは驚く。
 否、彼等が驚いてる理由は、別にあった。

「ぐぁぁ……!?」

 目の前にいた山賊の頭が、自らの左肩を抑えて苦しみ悶える声を上げていた。
山賊頭は肩からは、一筋の血が流れている。そして山賊頭は、その腕からエナの小さな体を落とす。

「何が……!?」

 困惑するエティラ達。その彼等の耳が、今度は異質な唸り声のような物を聞く。

「あれは!」

 その正体は、小型トラックのエンジン音であった。
 廃村の奥から走行して来た小型トラックが、エティラ達の横を駆け抜ける。そして未だ苦しむ山賊の頭の横を駆け抜ける。その瞬間、後席から車外へ身を乗り出していた策頼が、エナの体を両手で掴み、小型トラックの荷台へと引きずり込んだ。
 小型トラックはそのまま走り抜けて、その先でスピードを落とす。そして旋回し、鷹幅やエティラ達の所へと戻って来た。

「よし。対象を包囲拘束しろ」

 鷹幅が発し、小型トラックと入れ替わりに、隊員等が山賊の頭を拘束するべく駆けてゆく。

「成功したな――皆、よくやってくれた」

 鷹幅はフゥと息を吐きながら呟く。そして小型トラック上の策頼と、ハンドルを握っていた鳳藤に言う。ここまでの各員の一連の動きは、全て鷹幅が指示した物であった。

「どうも」
「えぇ、ありがとうございます」

 鷹幅の労いにそれぞれ返す策頼と鳳藤。

「不知窪、お前もよくやってくれた」

 そして鷹幅は、続いてインターカムに向けて言葉を発した。



 事態発生の現場から少し離れた位置にある小屋の屋根の上。
 そこに一人の隊員の姿があった。
 それなりの高身長で、顔の頬はやや痩せこけており、鋭い眼が特徴の隊員。そして三曹の階級章を付け、その胸にはレンジャー記章を付けている。
 屋根の傾斜を遮蔽物として腹這いの姿勢でその場に陣取り、〝99式7.7㎜小銃〟を構えている。
 これは旧軍時代の九九式小銃が、太平洋戦争終結後に再び採用、及びマイナーチェンジを受けて再生産され、陸隊に配備された物であった。
 そしてその小銃の銃口からは、白い一筋の煙が上がっていた。

「やれやれ」

 隊員は、99式7.7㎜小銃の上に装着された狙撃用スコープから顔を外すと、どこか気だるそうに呟く。

《不知窪、お前もよくやってくれた》

 そんな彼の耳につけられたインターカムに、鷹幅の声が響く。山賊の頭の肩を狙撃したのは、他ならぬ彼であった。

「一、選抜射手にこんな特殊部隊の真似事みたいなこと、させないでほしいんですがねぇ」

 不知窪と呼ばれた三曹は真顔のまま、労いの言葉に対してやや不服そうに答えた。



「エナちゃん!」

 セネは小型トラックへと駆けより、その荷台へ半身を乗り出す。そして荷台の上に居たセネの体を抱きしめた。

「今のも……あんた等がやったのか……?」

 セネと共に駆けて来たエティラが、鷹幅に尋ねる。

「えぇ。危険を伴う案でしたが、これが最適だと思い、隊員に狙撃させました」
「うわッ!」

 隊員の叫び声が、それぞれの耳に聞こえたのはその時だった。視線を向ければ、隊員等の包囲の中央で、手負いの山賊の頭が暴れていた。

「ぬがぁぁ……ふざけやがってぇ……ッ!」

 痛みの影響で激情し、大斧を滅茶苦茶に振り回す山賊の頭。
 山賊の頭の腕力により振るわれる斧の威力は凄まじく、包囲している隊員等は、うかつに近づく事が出来ないでいた。

「は、発砲許可を……!」

 包囲していた隊員の一人である樫端が、発砲許可を求めようとする。

「うわッ」

 しかしそんな彼を、背後から伸びた太い腕が退けた。
 他ならぬ制刻であった。
 制刻は樫端の横を抜けると、大斧を振り回す山賊へと歩み寄って行く。

「え――ちょ、制刻さん!?」

 樫端は驚き、制止の声を掛ける。しかし制刻は構わず、山賊の頭の大斧の間合いへと踏み込んだ。

「こぉの野郎ぉぉぉッ!」

 そして山賊の頭が叫びながら振り上げた大斧が、制刻の体を切り裂く――かに見えた。

「――あ、あぁ……!?」

 しかし、制刻の体が切り裂かれる事は無かった。山賊の頭の表情は、激昂から困惑それに変わる。山賊の頭の大斧を持つ腕は、振り下ろされるその途中で止まっていた。いや、止められていた。制刻の翳した左腕が、山賊の頭の腕を受け止めていたのだ。

「が……!なんで、動かねぇんだ……ッ!」

 山賊の頭は必死に腕を動かそうとするが、人並み外れた腕力を誇るはずの彼の腕は、ビクともしなかった。

「ふざけ――ごぼッ……!?」

 そして次の瞬間、山賊の頭の鳩尾に鈍痛が走る。見れば、制刻の放った膝蹴りが、親族の頭の腹部に思い切り入っていた。山賊の頭は、脱力して崩れ落ちて両膝を地面に着く。

「投降しろ」

 その山賊の頭に向けて、制刻は淡々と一言発する。

「ごほ……く、くそ……分ぁったよ……」

 投降をすんなり受け入れる山賊の頭。その言葉を聞き、制刻は彼の腕を放す。

「……なんてなぁッ!!」

 その次の瞬間、相手が油断したであろう隙を突いて、大斧の刃を突き立てに掛かった。

「――ごえッ!?」

 しかし、直後に上がったのは山賊の頭の掠れた悲鳴であった。
 見れば、山賊の頭の首元に、鉈が深く刺さっている。
 その鉈の柄を握っているのは制刻だ。
 制刻に隙など無かった。制刻は、山賊の頭の大斧が自身の体に届くよりも早く、弾帯に挟んでいた鉈を繰り出し、山賊の頭の首へと突き立てたのだ。

「ぁ……か……」
「チャンスはやった」

 声にならない声をその口から零す山賊の頭に、制刻は淡々と言い放つ。
 そして鉈を引き抜く。
 山賊の頭は、鉈が引き抜かれた事によりできたその首の深い切断面から、鮮血を勢いよく噴き出し、そして地面へと崩れ落ちる。制刻は亡骸と化した山賊の頭の体を、つまらなそうに見下ろしていた。

「陸士長」

 そこへ、背後から声が掛かる。振り向けば、鷹幅二曹が小走りで駆けてくる姿が見えた。

「あぁ、すいません鷹幅二曹。野郎、小賢しい手を使って来たんで、思わず反射で殺っちまいました」
「……最後までこの男は脅威だった。仕方が無いか……」

 鷹幅は少し複雑な心境なのだろう、若干渋い表情でそう言った。

「なんてヤツだ……」

 そして少し離れた位置からはエティラ達が、制刻の姿を半ば恐ろしい物を見るような目で、眺めていた――。



 その後、小隊は廃村およびその周辺の索敵調査を実施。山賊の集団が完全に無力化された事と、取り残された住民が居ない事を確認し、山頂の廃村から撤収した。
 昇林の町の、避難区画のバリケード前まで戻って来た小隊を迎えたのは、万が一に備え、町の住民を守るために残った一個分隊。
 そしてロナ少年や町長達の姿だった。
 小型トラックが彼等の前に停車し、それに乗せられていたエナ少女が、隊員の手助けを受けつつ降ろされた。

「お父さん、お母さん……!」

 小型トラックを降りた彼女は、発しながら町長の元へ駆け寄る。町長は駆け寄って来た少女の体を抱き留め、強く抱きしめる。その横では、町長の妻でエナの母親らしき女性が、流れる涙を拭っていた。
 しばらく家族と抱擁を交わし合ったエナは、そこで自分を見つめる視線に気づく。
 視線の主はロナ少年だ。
 エナは家族の元を離れると、彼の元へと駆け寄る。

「……エナ、ごめん……僕、何もできなかった……」

 エナを前にして、ロナは今にも泣き出しそうな声で言う。

「エナがさらわれたのに、何も……」

 ついに少年の目からは涙が零れる。
 しかしその直後、エナの指先が少年の目元へと伸び、零れた涙を掬った。

「!」
「泣かないで、ロナ」

 そしてエナは、ロナの手を取って優しい声で言う。

「聞いたよ。わたしを助けに来ようとしてくれたって――ありがとう――」
「エナ……良かった、本当に良かった――」

 そして少年と少女は、手を取り合い、共に再開を喜ぶ涙を流した。



 町へ戻った小隊は、夜を徹して町の防護と周辺の哨戒、および怪我人の手当てなどの各種支援を行った。
 結果、残党による襲撃、残党との会敵などは無く、町に対する山賊の脅威は完全に排除されたと判断された。
 この町での役割は終わり、小隊は高地の陣地へ帰投することとなった。
 各員が撤収準備を行っている中、鷹幅と河義は町長と話をしていた。

「本当に申し訳ありません。恩人であるあなた方を手ぶらで帰らせてしまうなんて……」

町長は心底申し訳なさそうな表情で言う。

「とんでもありません。町がこのような状況なのです、そこから物品を巻き上げることなど、とてもできません」

 対する鷹幅はそう返す。
 本来の町への来訪目的は物資補給であったが、現在の昇林の町の状況から、隊はそれを断念する事となった。

「俺達からも何かあげられれば良かったんだが」
「私たちはただの貧乏な旅人だからな……」
「結局、何から何まであんた達には、してもらいっ放しだったな……」

 町長の横に居たエティラとセネが、苦々しい表情で発する。

「そんな事言わないで下さい。皆さんからは、情報を提供していただきました。我々にとってはこれも大きな収穫です」

 河義は申し訳なさそうな顔を崩さない町長やエティラ達に言う。

「そのお言葉に甘えさせて頂くしかない事が、心苦しい限りです……。

 町が元に戻った暁には、ぜひとももう一度おいでください。町を上げて歓迎させていただきます」

「私達も、町の一日も早い復興を願っています」

 町長の言葉に鷹幅が返す。
 そして町長やエティラを始め、町の人々に見送られながら、小隊は町を後にした。



 小隊を収容した車輛の列は、装甲戦闘車を先頭に大型トラック二車が続き、車列の両脇に小型トラックが散会して警戒に当たる陣形を取って、帰路を進んでいる。

「ぬぁーあ。結局、慈善事業しに行っただけかよ」

 車列の左側に位置する小型トラックの上で、皮肉の込められた声が上がる。声の主は他でも無い竹泉だ。彼は後席のシートにだるそうに背を預けている。

「竹泉」

 そんな竹泉に対して、助手席の河義から咎める声が上がる。

「仕方がないだろう。あんな状況の町から、物資を融通してもらうわけには行かなかったんだ」
「あぁ、そうでござんすねぇ。俺が悪ぅございました!」

 河義の叱りつける言葉に、竹泉は反省の色など微塵も見られない謝罪の言葉で答えた。

「まったく……」
「まぁしかし、今回はしゃぁねぇとして、次の手を早いトコ打たにゃぁなりません」

 ため息交じりに発した河義に、言葉を掛けたのは制刻だ。

「確かに――それはそうだな」

 先日のミーティングでもあった通り、現在の隊の食糧事情は余裕があると言えるものではなく、必然、状況改善のために浪費できる時間も多くは無い。隊は、限られた時間で状況を打開しなければならなかった。

「んでもって、この世界はきな臭さに事かかねぇようです。動かなきゃならねぇ以上、今後も面倒ごとに巻き込まれる可能性は高いでしょう」
「こんな事態が今後も続くっていうのか……?」

 制刻の発言に、運転席でハンドルを握る鳳藤が返す。

「必ずと言う訳ではないだろうが……想定の上で行動しなければならないだろうな。この世界で、俺達の常識は通用しないようだからな」

 鳳藤の言葉に、今度は河義が返す。

「けっ、やれやれだぜ」

 会話を聞いていた竹泉が、片手を翳しながら悪態を吐く。
 やがて彼等の視線の先に、隊が野営地を置く高地が見えて来た。



 小隊が高地の野営地へと帰投し、指揮所用の業務用天幕内では、三度主要な各隊員が集合し、今後の方針について話し合いが行われていた。

「近隣の町からの補給が望めなくなった以上、より遠くへ足を延ばさざるを得ません」

 発したのは、女三曹の帆櫛だ。
 彼女はその腕に抱いていたタブレット端末を長机の上に置き、画面に表示されたこの世界の地図の画像を指し示しながら、説明を始める。
 すでに補給が望めそうな、次に来訪すべき場所の目星はつけられていた。
 ピックアップされたのは二つの町。
 一つは先に訪問した昇林の町をさらに東に行き、その先にある連峰を越えた所にある町。
 かなり大きな町の様であり、物資の調達が可能な望みがあったが、連峰と国境をを越えなければならない事から、危険性が懸念された。
 もう一つは隊が野営地を置く高地から、北西に進んだ所にある町。
 この町は、昇林の町が救援を求めに使者を送った町でもあった。規模は中程度だが、地図上に障害物らしき物は確認できず、何より町は騎士隊の常駐地なっているとの情報が得られており、治安の高さが期待できた。

「東の方の町はハイリスクハイリターンってとこか……安全性を考えるなら後者か?どう思う、井神さん?」

 そこまで帆櫛の説明を聞いた小千谷二尉が、タブレット端末に目を落としながら発する。

「いえ、時間的に猶予があるとは言えません。ここは思い切って、両方に部隊を向けましょう」

 尋ねられた井神はそう答えた。

「成程、それも有りか。で、部隊編成はどうする?山を越えなければならないのなら、いっそ東へはヘリで行くか?」

 小千谷の発案に、しかし帆櫛が「いえ」と言葉を返す。
 情報によれば、連峰は馬車で往来が可能な道が通っているという事。そして何より、万が一の際に緊急展開できるのはヘリコプターだけであることから、ヘリコプターは待機願いたいという旨が、帆櫛の口から小千谷に伝えられた。

「成程な、了解」

 続けて帆櫛は各方へ向かわせる部隊の概要説明に入る。
 東の国境を越えた先にある町へは、防護と機動性を兼ね合わせた、現状唯一の装輪装甲車である82式指揮通信車をAPC代わりとして使用し、向かわせる事。そして北西の町には高機動車を、念のため重火器を搭載して向かわせる事。そして人員は、今日まででこの異世界においての戦闘を経験した者を中心に編成する事が説明された。



 野営地の一角にある衛星隊用天幕。
 その中に、一人の男性隊員の姿があった。
 長身で、やや狡猾そうな顔立ちが特徴的で、袖には一士の階級章と、赤十字の腕章を付けている。衛生科の所属である彼は、今現在、各衛生用器具の消毒、整備等を行っていた。

「あ、いたいた。みねさん」

 そんな彼を呼ぶ声が、天幕の出入り口から聞こえる。
 峰と呼ばれた彼がそちらへ目を向ければ、天幕の入り口に一人の女隊員が立っていた。
 身長は150㎝もなく、一見すれば中高生と間違えそうな顔立ち。髪は後頭部で結って短いポニーテールにしている。袖には二士の階級章を付け、そして峰と同じく赤十字の腕章を付けていた。

「あぁ、出蔵でくら。どうした」

峰はそんな彼女を出蔵と呼び、尋ねる。

重田しげた一曹が、集まってくれだそうです」
「了解、行くよ」

 峰は作業に切りを付けると、出蔵と共に天幕を出た。
 天幕を出た先では、二人の隊員が待ち構えていた。
 一人は一曹の階級を付けた中年の隊員。先程出蔵が重田と呼んでいたのは彼だ。
 もう一人は一士の階級章を付けた、小麦色に日焼けした隊員。
 どちらも峰等と同様に、赤十字の腕章を袖に付けている。この場に集った彼等は、皆衛生科の所属する衛生隊員であった。

「すまんな皆、作業中に集まってもらって」

 重田は皆が集まった事を確認すると、話し始めた。

「昨日、普通科の小隊が向かった町では、物資食料の確保ができなかった話は聞いてるな?」

 重田の言葉に各員は「えぇ」「はい」といった言葉を返す。

「そこで、物資食料の補給のため、さらに二方向に部隊を向けることになったそうだ。そして、それに衛生隊員を各一名づつ、同行させる事となったらしい」

 その説明に、各員は今度は「成程」「はぁ」等といった言葉を返した。

「で、今からその割り振りを言うぞ。着郷つくに一士は北西方面偵察隊、出蔵二士は東方面偵察隊に同行するようにとのことだ」

 指名を受けた、着郷と言う名の小麦色の隊員と、出蔵はそれぞれ了解の返事を返す。

「そして、俺は留守番というわけですか」

 そして峰が発した。

「ひょっとしたら、異世界の様子を見に行けるかと、期待したんですがね」

 峰は続けて、少し残念そうな笑みを浮かべて発する。

「そう腐るな、峰。今の君はとても大事な存在なんだ」

 そんな渡に、重田は説くように発する。
 峰――。彼は外科医としての医師免許を保有する人物であり、すなわち外科医としての技能を持つ人物であった。
 しかし、彼の隊での身分は医官等ではなく一介の衛生隊陸士だ。彼は医師免許を保有しながら、一般隊員として入隊した変わり者であった。

「もう医療には関わるまいと思っていたんですがね」

 重田の言葉に、今度はどこか寂しそうな表情で発する峰。
 医師としての立場を捨てて入隊した理由を、当人は語る事は無かったが、そこにあまり愉快ではない過去がある事は明白であった。
 陸隊は彼の技能を惜しみ、峰を衛生隊へ配属させたが、峰としては衛生隊への配属も不服とする事であり、まして再び医師としての活動を期待される事など、重し以外の何物でもないのだろう。しかし、飛ばされて来た隊には医官が存在せず、そんな状況下で医師としての資格技能を持つ峰を、遊ばせておく選択肢は無かった。

「思う所はあるだろう。だが理解してくれ」

 重田は「あまり困らせないでくれ」と懇願するような様子で言う。
 重田は峰の直接の上司というわけでは無かった。
 いや、そもそもここにいる衛生隊員4人全員が、同一部隊の所属ではなかった。
 重田は隊病院の技官。出蔵は駐屯地業務隊の衛生科。着郷は本部管理中隊の衛生小隊。そして峰は後方支援連隊の衛生隊所属であり、たまたま居合わせた別所属の四人が、何の因果か共に異世界へと飛ばされてしまい、臨時に衛生科として纏まり班をなしているに過ぎなかった。
 そしてそんな臨時の集まりを、その場でたまたま最高階級者だったという理由で音頭を取らされている重田からすれば、峰というデリケートな存在の操縦は困難にも程があった。

「分かっていますよ。ちょっと言ってみただけです」

 しかし幸いと言うか峰自身、現状での己の存在の重要性は理解していた。峰は困り顔の重田に言うと、小さく微笑んで見せた。

「すまんな」

 そんな峰に重田はホッとした様子で返す。

「よう、峰。あんまり周り困らすなよ」
「お土産もらって来ますから」

 そして着郷が揶揄うように言い、出蔵がどこか呑気な口調で言った。

「分かってる。楽しみにしてるよ」

 峰はそんな二人にそう返した。
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