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チャプター11:「Silent Search」
11-2:「彼女達への魔の手」
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運び屋のヘリナンと別れた水戸美達は、ひとまず落ち着くべく手頃な宿屋を見つけていた。
「はぁ……」
あてがわれた部屋に入ると、水戸美は声を零しつつベッドに腰を下ろした。
「院生さん、疲れちゃった?」
「ちょ、ちょっと。馬に乗るなんてあんまりなかったもので……」
心配し尋ねるファニールに、水戸美は遠慮がちにしかし肯定する。
「今夜はゆっくり休んでくれ。この町を出たら、次の町までしばらくかかるからな」
クラライナは言いながら部屋の窓を開け放つ。
「所でさクラライナ。門の警備、見た?」
「嫌でも目に付く。城壁周りの警備が異様に物々しかったからな」
「そもそもさ、この町全体がなんだが異様に物々しいよね」
言葉を交わしながら、ファニールはクラライナが開けた窓から外を見る。
この凪美の町はそこまで大きな町ではない。しかし窓から見えるこの町を囲う城壁は、町の規模とは不釣合いなほどに堅牢な物だった。
「この国に入る前に、この紅の国の成り立ちは聞いたろう?」
「うん、三つの国の緩衝地帯として生まれたんだっけ?珍しいよね」
「かつてこの町は三大国の国境の境目にあったらしい。保有していたのは雲翔の王国で、当時は大事な城塞だったそうだ。ただ国境が変わってからは、その役目も無くなったそうだが」
この紅の国の歴史を語って見せるクラライナ。
「それなのにあの物々しさ?なんかあったのかな?」
「分からないな。もしかしたら先の噂がらみかもしれないが……あまり長い居はしないほうがいいかもな」
「そっかー……じゃ、聞き込みも先送りだね」
クラライナの言葉を受け、ファニールは残念そうにそんな言葉を零す。
「聞き込みって、燐美さん達の探してる武器や道具についてですか?」
それを聞き留めた水戸美は、尋ねる声をファニールに掛ける。
「うん、それもあるんだけど……できればね、院生さんの帰る方法についても詳しく調べたかったんだ」
「え……私の?」
しかし次に返された言葉に、水戸美は疑問の色を浮かべた。
「言っていただろう?院生さんは異世界から飛ばされて来たと。もしかしたらその原因は転移魔法に関わるものかもしれない。それに関してどこかで調べようと思っていたんだ」
「転移魔法……そんなのもあるんですね」
クラライナが説明の言葉を発し、水戸美はその言葉中のワードを聞き留め、感心の言葉を零す。
「うん、ある場所から別の場所まで一瞬で移動できる能力。……といっても、あくまで〝この世界の中で〟での話あって、異世界に行ける魔法ってのは、ボク達も聞いた事ないんだけどね。あはは……」
クラライナからの説明を引き継ぎ発し発したファニールは、しかし最後に付け加えて困り笑いを浮かべて見せる。
「だが無いと決まったわけでもない。とにかく調べてみない事には始まらない……と思ったんだが……ミトミさんにも話したとおり、この国は国勢が不安定だ。腰を据えて調べるには向かない」
「実際、昨日の町もここもそんな雰囲気じゃないもんね。昨日の町でそれとなく聞いてみたけど、相手にされないわ、鼻で笑われちゃうわで……。あ、ミトミさんの名前は出さなかったから安心して」
「え?」
ファニールの最後の言葉に、水戸美の顔に疑問が浮かぶ。
「町で行方不明が起こっているという噂は聞いただろう?そんなよくない噂が飛び交う国内で、ミトミさんの話を下手に出して、君の存在を変に目立たせる事は、避けるに越したことは無い」
「あ、そうか……ごめんなさい、私そんな所まで気が回ってなかった……」
「ミトミさんが謝ることではないさ。普通に生活している分には、本来気にするような事ではないからな」
説明を聞いての水戸美の申し訳なさそうな言葉に、クラライナはフォローの言葉を入れる。
「そうそう……それにそう言うボク自身達は、魅光の国の勇者だって各町で名乗っちゃって、いっつも目立ってるんだけどね」
「私達はしょうがないだろう。身分の提示、証明は全ての国の勇者に共通する義務だ。勇者の名を偽り、不貞を働く輩もいると聞くからな、まったく……」
呟き、溜息を吐くクラライナ。
「まぁ、私達が身分を明かす分には、大丈夫だと思う。私達が自ら名乗るのは抑止の意味もあるから」
「抑止ですか?」
そして続けてのクラライナの言葉。それに水戸美は、再び疑問の声を上げる。それに対してクラライナは説明を紡ぐ。
ファニール達を含め各国の勇者には、対魔王軍連合に参加している数十カ国からの後押し、支援があるのだという。その後ろ盾を持つ勇者に手を出せば、連合加盟国を全て敵に回す事になる。クラライナはその事を説明し、その事から勇者に手を出してくる輩はまずいないだろうと、水戸美を安心させる言葉を発した。
「そうなんだ……」
感心した様子の水戸美を前に、クラライナは何か少し得意げな表情を見せる。しかし一方で、ファニールは少し呆れの混じった表情で、麗氷の騎士を見ていた。
「……なーんか麗氷、組織の大きさを盾にする小悪党みたい」
「なッ!?そ、そんなつもりはない!院生さんを安心させようとしただけだ!」
「へぇー」
慌て弁明の言葉を並べるクラライナを、ファニールは意地悪そうなジト目で見ている。
「わ、私は分かってますよ……!?ありがとうございますクラライナさん」
そこへ、水戸美は戸惑いつつもフォローの言葉を入れた。
「と、とにかく!そういう事だし、私達もついている。ミトミさんが心配するような事はないから、安心してくれ。……ただ、いった通りミトミさんの転移の原因調査については、少し先になりそうなんだ」
「わかりました、それはしょうがないですよね」
クラライナは仕切り直して水戸美に安心するよう告げ、そして同時に少し申し訳なさそうに断りの言葉を紡ぐ。対して水戸美は、別段気にした様子はないように、了承の言葉を返した。
「じゃあ、ちょっと休憩したら買出しに行くけど、それまでは休んでて。ボク達は下でちょっと聞き込みをしてくるから」
そしてファニールは水戸美に断り、ファニールとクラライナは部屋を出て行った。
部屋を出たファニール達は、廊下を歩きながら言葉を交わす。
「ねぇクラライナ。ミトミさんには少し先って言ったけど、具体的にはどれくらいかかると思う?」
「そうだな……この国を出て、笑癒の公国のどこかの町で腰を据えて調べられればと思っているが……少なくとも10日20日程度では無理だろうな」
ファニールの言葉に、クラライナはそう推測の言葉を返す。
「だよね。それに隣の国がまともな国ならいいけど、ここみたいだったらどうする?」
「そうでないと祈りたいが……どうだろうな。栄と結束の王国を出た時点ではまだ穏やかだったのに、大陸を東に行く程にきな臭さが酷くなってゆくからな。各町の空気は重くなり、よろしくない輩を見かける率も増える」
「院生さんの時含めて、四回も盗賊みたいなのと出くわしたからねー……正直ボク達の国って、このご時勢ではかなり平和なほうだったよね」
「私達の心与の大陸は、魔王軍の拠点から一番遠い大陸だからな。むしろ今は、この大陸の状況のほうが普通なんだろう……」
いくらかの言葉を交わした後に、少しの間押し黙る二人。
「……もしさぁ、笑癒の公国でもゆっくりできないようなら、ミトミさんを連れて魅光の王国に戻ろうかと考えてるんだ」
「ッ!なんだって……?」
しかし次に発されたファニールの提案の言葉に、クラライナは驚く様子を見せた。
「だってそれしかないじゃん。このままミトミさんを連れて対魔王戦線に合流するなんてできないし、かといってミトミさんを見知らぬ土地に置いてくなんて論外だし」
「それはそうだが……勇者としての使命はどうなる!?」
「その時は院生さんの件が終わってから再出発すればいいじゃない。ほら、道中調べ切れなかった宝具の情報とかもあったしさ」
「そんな悠長な事を……!だいたい、何もそこまでする事は……!」
ファニールのそれ等の提案に対して、声を少し大きくして訴えかけるクラライナ。
「ひょっとしてさぁ……クラライナってミトミさんの事疑ってる?」
「!」
しかしそこへのファニールからの問いかけに、クラライナは言葉を詰まらせた。
「……正直、疑問に思っている所はある。確かに不思議なものをいくつも見せられたが、異世界だなんて……ミトミさんの手前はっきりとは言わなかったが、正直鵜呑みにはできない」
「まぁ、ボクもそのへんはピンと来てないよ。でもさ、いちばん今の事態を信じられてないのはミトミさんだと思うんだよね。ミトミさんの不安な表情は何度か見たでしょ?あれは本当にどうしたらいいか分からないって顔だったよ」
「確かにそうだが……」
ファニールの説く言葉に、しかしクラライナは納得し切れないといった様子を見せる。
「それにさ。ナイトウルフを相手にした時、危険を顧みずに助けに来てくれたじゃない?ボク達だって恩があるし、そんな人一人助けられないようじゃ、ボク達に世界なんて救えないよ?」
そんなクラライナに向けて、ファニールは続け言葉を紡ぐ。
「そうだな……どうにも私は、先の事しか見えていなかったようだ」
その言葉に、クラライナは少し考えた後に、ファニールに同意する言葉を紡ぐ。そして彼女は、自分の顔を両手で軽く叩いた。
「しかし、いきなり帰国はさすがに話が飛びすぎだ。もし笑癒の公国で目処が立たない様なら、月詠湖の国まで引き返し、そこで院生さんの転移について調べてはどうだ?」
「あ、それいいね」
「はぁ、まったく……」
クラライナの考えを改めての提案に、軽い口調で答えるファニール。そんな彼女に、クラライナは少し呆れた様子で零した。
それから三人は町の市場へと出て、買出しに取り掛かった。この町を出れば、しばらく物資の補充はのぞめなくなるため、二手に分かれて、必要なものを負担にならないギリギリまで買い集めて回る。
「よし、薬の類はこんなところかな?」
そして今、薬品店の建物から、ファニールと水戸美が出てきた所だった。いくつかの用品店を回ったため、ファニールが持つ袋は荷物で膨らんでいる。
「あとは、なんでしたっけ?」
「乾燥食品の買い足しだね、それで最後。そこを回ったら麗氷と合流して、早めに夕食にしよう」
そう言いながら、ファニールは歩き出そうとする。
「とっ!?」
しかし荷物を持ち直しながら歩き出そうとしたファニールは、荷物の重さに引っ張られて少しバランスを崩した。
「まずっ!」
「あ、燐美さん!」
倒れかけたファニールの後ろに、とっさに水戸美が回りこむ。そしてファニールの体は、水戸美によって抱きとめられた。
「っとー、ごめんごめ……あ……」
その時、水戸美の腕の中でファニールが見たのは、彼女を見つめる水戸美の凛とした瞳だった。
「大丈夫ですか、燐美さん?」
「へ?……あ!うん、あ、ありがと……」
ぎこちない返事をしながら、ファニールは水戸美の体から起き上がった。
「あ、いけない荷物が」
ファニールが倒れたときに、薬の包みがいくつか落下してしまったらしく、水戸美はそれを拾い集めにかかる。
「こっちにも、ああ、あっちにも落ちてる……あわわ」
通行人に謝りつつ、せかせかと包みを集める水戸美。しかし焦るばかりで、とても手際よく回収できているとは言い難かった。
「……ぷ、あはは」
そんな水戸美の姿に、ファニールは思わず噴き出した。
「!、ど、どうしたんですか?」
「ああ、ゴメンゴメン」
水戸美に謝罪しながら、ファニールは手早く落下した薬の包みを回収する。
「いやね、水戸美さんて変わってる娘だなーって思ってさ」
「へ?」
「ああ、気を悪くしたらゴメンね?でも、水戸美さんって背は高めだし、顔立ちもキリッとしてて、正直かっこいい女の人じゃない?それなのに、なんていうか……性格や行動はかなりかわいいからさ」
「かわッ!?」
その言葉に、水戸美その顔は真っ赤に染まった。
「か、からかわないで下さい、燐美さん!」
「えー?ボクは本当にかわいいと思うよ?」
「そ、そんな事ないですよ……」
水戸美は赤くなった顔をうつむけ、集めた薬の包みを握り締める。
「あはは、ごめんごめん。さ、早く買出しを終えて、麗氷と合流しようか」
「よし、買い漏らしはないな。勇者様達はまだか……」
一方のクラライナは、買出しを終えて一足先に待ち合わせ地点で待っていた。
「少し早かったか?分担した量は変わりないはずなんだが……」
クラライナが呟いたその時だった。
「とッ!?」
突然、クラライナに何者かがぶつかって来た。視線を降ろすと、ローブを纏った人物がクラライナの眼の前にいた。
「き、君……危ないぞ!」
眼の前の人物に注意するも、目の前の人物はひどく息を荒げている。
「お、おい君?大丈夫か……?」
様子のおかしいその人物に、麗氷はとまどいつつも声をかける。
「はぁッ……た、助けてくださいッ!」
次の瞬間にその人物は、叫びながらクラライナにすがり付き、その顔を上げた。
「!」
フードの中に見えたのは、端麗な顔立ちの金髪の女性。そしてフードの端に見えたのは、人の物とは違う、長く尖った耳だった。
(エルフ……!?)
ぶつかって来た人物の正体、そして突如求められた助けにクラライナは困惑する。
「お願いです!どうか、どうかお助けを!」
「落ち着くんだ!一体どうしたというんだ?」
クラライナはエルフの女性の肩を掴み、酷く動揺する彼女を落ち着かせる。
「す、すみません……私の、私の旅の仲間が――さらわれ囚われたんです!」
「な……なんだって?」
エルフの女性の言葉を聞き、クラライナはより困惑した。
「あなたも旅の御方とお見受けします!腕に覚えがおありなのでしたら、どうかお助けを!」
しかしクラライナの心情に構わず、エルフの女性は必死に言葉を並べ、助けを求めてくる。
「待って!落ち着いて、まずはいきさつを話してくれ。そしてここの警備隊に報告を……」
「ダメ!警備隊はダメです!」
エルフの女性は、剣幕を見せてクラライナの提案を拒否した。
「ここの警備隊はダメなんです!あぁ……どうしてこんな事に……!」
否定の言葉に続け、エルフの女性は酷い動揺の様子を見せる。
「どうか、どうかお力添えを!このままでは、私の仲間が……!」
そして不安と焦燥に染まった顔で、クラライナに押し迫った。
「く……!」
その様子にクラライナは狼狽する。
(どうする?何か並みの事態ではなさそうだぞ。私一人では危険かもしれない……せめて勇者様と二人で……!)
クラライナは周辺を見渡す。しかし周辺にファニール達が来ている様子は無かった。
「お願いします!ああ、このままではッ!」
困惑するクラライナに、エルフの女性は縋る。
「ッ!……分かった、場所を教えてくれ!」
クラライナはエルフの女性に案内され、人気の無い方へと走って行く。
「着いた……こ、この先です!」
たどり着いた先で、エルフの女性が示したのは路地の入口だ。人一人が通れるほどの狭さで、エルフの女性は路地の向こう側を指し示す。
「この先に馬車が止まっていて、私の仲間が……!」
「分かった、私が先に行く」
クラライナが先に路地へ入り、後からエルフの女性が続く。路地の反対側へたどり着き、クラライナは路地から少しだけ顔を出す。出た先は、両脇を建物に囲われた薄暗く細い道だった。そして、路地の出入り口から少し離れた所に、一台の馬車が止まっていた。
「な……!」
馬車の周囲には数名の人間の姿があったが、クラライナはその者達の井出達を確認して、目を剥いた。その者達が纏うのは、この町、この国の警備隊組織の用いる軍服であった。
「あれは、この国の警備隊じゃないか……!」
先に居る者達の正体に、驚きそして表情を歪めつつも、先の様子の観察を続ける。
周辺を見張っているらしい警備兵達の奥には、エルフの少女が一人、そして人間の男の子と女の子の二人の姿が見える。三人はいずれも皆、手枷をはめられ、猿轡を噛まされていた。
「ひどい……あのエルフの娘が君の仲間かい?」
「はい、そうです……」
「しかし、どうしてこんな事に?それも警備隊が……」
「わかりません……私達は一昨日この街に入ったんですが、昨日からあの子の姿が見えなくなって。探し回っていたら……」
「……聞き及んでいた不穏な失踪の噂……まさか警備隊が、国が関わっていると言うのか……!?」
あまり考えたくはなかった、しかしそう考えざるを得ない光景を前に、クラライナは苦い声を零す。
「私も信じられませんでした……でも……あぁ、どうしてこんな事に……!」
今にも泣きそうな声で言いながら、エルフの女性は両手で顔を覆う。
(警備隊を相手にすることになるか。歓迎し難いが……しかし、あの子達を見捨てるわけにはいくまい……!)
クラライナは国の組織を敵に回す事に一瞬躊躇を見せたが、しかし囚われた子達を助け出す事には代えられないと、決断し覚悟を決める。そしてクラライナは再度路地から先を覗き、周囲の状況を観察する。
(見張りは三人か……行ける)
そう判断したクラライナは、エルフの女性に振り返る。
「大丈夫、君の仲間は私が助ける。安全になるまで君はここにいるんだ、いいね?」
「はい……」
クラライナはエルフの女性を安心させるように発し、言い聞かせる。
「……よし」
そしてクラライナは意を決し、路地を飛び出し、馬車に向けて走り出した。
少しの間をおいて、馬車の周りの見張りの警備兵がこちらに気付く。しかし彼等は、突然表れたクラライナに対して、少し驚いたような表情こそ見せたものの、武器を構えたりなどの動作は一切見せなかった。
(?)
クラライナは不可解に思いながらも、抜剣し、見張りの者達の間近まで迫る。
すると彼等はようやく顔色を変え、剣を抜こうと鞘に手をかけた。
(反応が遅れただけか……馬鹿者、もう遅い!)
だが相手が剣を抜く前に、クラライナは相手の懐まで踏み込み、剣を大きく振った。
「あがぁッ!?」
振り払われた剣は見張りの警備兵の一人の、その腹面をばっさりと切り裂いた。
切り裂かれた警備兵は鮮血を噴出して倒れる。
「なッ!?クソッ!」
側にいたもう一人の警備兵が、起こった事態に驚愕しつつも抜剣。剣をクラライナに向けて、切りかかってくる。
「はッ!」
だが攻撃がクラライナに当たることは無かった。クラライナは地面を踏み切り跳躍、警備兵の真上を通り越した。
「な!?」
そして警備兵の後ろの建物の壁に足を着き、反転。背後から警備兵の体を切り裂いた。
「ぎゃぁッ!?」
地面に着地し、クラライナは最後の一人を睨む。
「ひッ!?」
「お前で最後ッ!」
最後の兵に切りかかろうと、クラライナは剣を振り上げながら走り出す。だが突如、真上から、クラライナの眼の前に別の人影が現れた。
「!」
警備兵とクラライナの進路上に割って入ったその影は、クラライナの振り下ろした剣を受け止めた。
(新手!?)
「隊長ッ!」
後ろに居る警備兵が現れた男をそう呼ぶ。どうやらこの男が隊長らしい。
一度剣を交えた後、クラライナと新手の警備兵はお互い後ろへと飛び退く。クラライナは飛び退いた直後、さらに後ろへ大きく跳躍した。
背後にある建物の二階付近まで跳躍した彼女は、壁に足を着くと、剣を構えて、水泳の蹴伸びのように体を撃ち出した。クラライナの体は、地面にいる警備兵を突き刺すべく直進する。だが、剣が警備兵の体を貫こうとする直前、警備兵の姿が突如消えた。
「!?」
クラライナは即座に剣を引き、地面に着地する。視線を上に向けると、向かいの建物の二階付近に警備兵の姿があった。
「な!?」
麗氷は再度地面を踏み切り跳躍、上空へ逃げた警備兵を追いかける。だが、敵の警備兵は麗氷と同じように建物を蹴り、未だ空中にいるクラライナ目掛けて切りかかって来た。
「ッ!しまった!」
軽率な行動だったと思いながら、クラライナは剣撃を受ける。クラライナは衝撃で突き飛ばされたが、反対側の建物の壁に足を着き、体勢を立て直した。
(迂闊だった。しかし、この動き……まさかこいつ、加護を受けている!?)
先程から、クラライナや相手の警備兵が見せている超人的な動きは、教会などの大魔法を発動できる機関から、加護を受けて者のみができるもの。そして、その加護を受け、尚且つ何らかの力として物に出来るのは、勇者の血を引く者にしかできない事だった。
(勇者の血を引くものが、人さらいに関与を……?なんて世の中だ!)
考えながらもクラライナは再び体を撃ち出し、警備兵に切りかかる。だが、今度は敵の警備兵に剣撃を受け止められ、ダメージを与える事は出来なかった。
「クソッ!もう一度だ!」
その調子で、お互いは建物の間を行き交い、何度か剣撃を交わす。しかし、両者共に決定打と成り得る一撃を決める事はできなかった。
(く、このままでは埒が空かない……隙ができるが、攻撃強化をかけるしかないか)
今度は相手の警備兵が空中に体を撃ち出し、切りかかってくる。しかしクラライナは、その攻撃を受け止めず、跳躍してその場から逃げ出した。
「!」
突如逃げに入ったクラライナを、敵は怪訝に思ったが、武器を構え直し、クラライナを追う。
「貫く力、切り裂く力、力の加護を刃とこの腕に――」
クラライナは敵の追撃を回避しつつ、空中を逃げ回りながら、攻撃強化を詠唱する
「……よしッ!」
詠唱が完了したタイミングで、建物の壁に足を着ける。
振り返ると、敵はクラライナを追って、空中へ飛び出した所だった。その空中に居る敵に向って、クラライナは自らの体を撃ち出した
「!」
逃げ回っていたクラライナの突然の反転に、敵は空中で剣を構え、防御の姿勢を取る。
「はぁぁぁぁぁぁッ!」
クラライナは敵の構えた剣に、思いっきり剣撃を振り下ろした。強化魔法をかけた剣の破壊力は、敵の剣をいとも容易く真っ二つに砕いて見せた。
「ッ!がぁッ!?」
同時に加えられた衝撃は敵警備兵を吹き飛ばし、吹き飛ばされた敵警備兵は背後の建物の一階付近に激突。壁が土埃を上げて崩落し、敵警備兵は屋内へと叩き込まれた。
「はぁ……!やったな……」
手ごたえを感じながら、クラライナは地面に着地。着地したクラライナは、墜落した商会隊長にとどめを刺すべく。崩れた壁に近寄ろうとした。
「う、動かないでッ!」
しかし、その時唐突に背後から声がした。
「な!」
振り返ったクラライナの目に飛び込んできたのは、先程の残っていた警備兵が、エルフの少女にナイフを突きつけている光景だった。
「こ、この卑怯者ッ!」
「うぅ……うるさいです!そこから動かないで!剣を遠くへ投げて、腹這いになって!」
「く……」
クラライナは言われたとおりに剣を地面に投げる。
「よし、そのまま地面に……!」
体を屈め、まず膝を地面に突くクラライナ。そして手を突く振りをして、地面に落ちていた小石を手に握った。
「……そこだッ!」
石を掴むと同時に麗氷は体を起こし、兵に向けて瞬時に投げ放った。
「ッ!ヅッ!?」
警備兵の短剣を握る手に石が命中し、短剣が地面へと落ちる。クラライナはそれと同時に警備兵の間近まで駆け込み、警備兵の腹に膝を叩き込んだ。
「ぐぅッ!?」
叩き込まれた警備兵は吹き飛び、地面に叩き付けられた。痛みに悶絶しており、しばらくは起き上がれないだろう。
「よし……君、大丈夫か?」
警備兵の無力化に成功したクラライナは、周囲に残敵がいない事を確認。そして、座り込んでいたエルフの少女の前に屈み、声を掛けながら、付けられている猿轡を外してやる。
「んぷ……は、はい……大丈夫です……」
「そうか、よかった……」
エルフの少女の言葉に、クラライナはその顔に安堵の色を見せる。
「はい――あんたのせいで顔に傷がつかなくて、本当によかった」
しかし、エルフの少女からは、次にそんな台詞が吐き出された。
「は?」
唐突なその言葉に、クラライナは理解が及ばず声だけを零す。
「――負に捕らわれ、膝を折れ」
そんなクラライナを前に、エルフの少女は小さく言葉を紡いぐ。――クラライナを突如、異常なまでの脱力感が襲ったのはその瞬間であった。
「――な……!?」
唐突に襲い来た身体への異常。それによりクラライナは体を支える事ができなくなり、膝を突き、地面に突っ伏した。
「まったく……顔に当たったらどうしてくれるのよ」
一方のエルフの少女は、嵌められた手枷を、自身の手でいとも容易くはずして立ち上がった。
「うぁ……な、なんだ……これ……」
自身を襲う脱力感に苛まれながら、唐突な事態に困惑の声を上げるクラライナ。
「なかなかに素敵でしたよ、魅光の王国の騎士様?」
「……え!?き、君は……!」
そんなクラライナの前に、エルフの少女の脇から声と共に現れる人影。それは、助けを求めてきたはずのエルフの女性だった。
「名演技だったわよ、ルミナ」
「ありがとうございます、マイリセリア様ぁ」
エルフの女性は称する言葉を発しながら、エルフの少女の頭を撫でる。それを受けながら、エルフの女性の褒め言葉に猫なで声で答えるエルフの少女。彼女の発したマイリセリアという名は、このエルフの女性の物であるようだ。
「ど……どういう、事だ……」
「あら、いちいち説明しなきゃ分からないかしら?あなたは騙されたって事。私達は、あの人達に協力して一芝居うったって分け。まー、正直不本意ではあったんだけどね」
困惑と苦しさの混じる声で問うクラライナに、マイリセリアは気に入らなそうな表情を見せつつ答える。そして先程クラライナに殴り飛ばされた警備兵を指し示した。
「ッ……う……」
痛みに悶えていた生き残りの警備兵だったが、腹を抑えながら、どうにか立ち上がる様子を見せる。その時、被っていた帽子が脱げ、帽子内にしまいこんでいた長い髪と、つばに隠れていた、可憐な少女の物である目元が露になった。
「うぅ、隊長……!」
彼女は隊長の叩き込まれた建物へと駆け寄り、崩れた壁の中へ叫ぶ。
「隊長!大丈夫ですか、隊長!」
「……大丈夫だ」
呼び掛ける声に、崩落した壁の向こうより返事が聞こえ来る。そして屋内に積もった瓦礫の中から、隊長である警備兵が瓦礫を押しのけ這い出てきた。
「隊長、お怪我は!?」
「後でいい……おい!一体どういう事だ!?」
這い出てきた隊長は、自分の負った傷の確認もせずに、マイリセリアへと詰め寄る。
「手はずでは捕縛対象が馬車に気を奪われているうちに、あんたらが確保するはずじゃなかったのか!?」
「あらごめんなさい。ちょっとこの娘の技量がどれ程のものか、見ておきたかったものだから。後で、勇者の子を捕まえる時に役立つかもしれないし」
「貴様……ッ、ふざけるな!そのために我々を実験台にしたというのか!?」
隊長はマイリセリアの胸倉を掴み挙げる。
「だって、あんなに簡単にやられちゃうなんて思わなかったもの。もう少し粘ってくれるとおもったのに、残念だわ」
「言わせておけばッ!――痛……!」
激昂する隊長だったが、痛みに襲われ体勢を崩す。
「隊長、ダメです!先に傷の手当を!」
「ああ……」
隊長は生き残りの警備兵の少女に付き添われ、馬車の方へと歩いて行った。
「あいつ、汚い手でマイリセリア様のお召し物を……!」
一方、エルフの少女のルミナは、マイリセリアの襟元を直しながら、隊長たちを睨む。一方、先の少女警備兵も隊長に肩を貸しつつ、マイリセリア達を振り向き、睨みつけていた。
「闇魔法……貴様等、ダークエルフ……?」
そんな所へ、クラライナが声を絞り出し、マイリセリア達の意識は彼女へと向く。
「はーあ?ダークエルフ?あたしたちのどこが、あんな汚い肌の連中に見えるのよ?」
「見ての通り、私達は正真正銘、純潔のエルフよ」
クラライナの言葉に、ルミナが気分を害したように発し上げ、そしてマイリセリアが答える。
「じゃあなぜ、こんな……私を騙したのか?勇者様を捕らえるとは、どういう……」
「いちいちうるさい騎士様ね。私達にも色々事情があるの、あなたに全部説明する義理は無いわ。――ルミナ」
「はい」
「ッ!やめ……んぐッ!?」
クラライナは、少女エルフに猿轡と手枷を着けられ拘束される
「ああ、そうそう一つだけ教えてあげる。あの子供二人は偽者じゃないわ。本当に、口封じか何かで捕まえられたみたいね」
「んん……!?」
マイリセリアの視線を追うと、馬車のすぐ傍に、地面に座り込む二人の子供の姿が見えた。
子供たちは、不安と恐怖がない交ぜになった顔でクラライナを見つめていた。
「あなたの素敵な救出劇も、全て嘘ではなかったという事よ。どう、少しは慰めになったかしら?」
「んぐ……むぐぅッ!」
「はいはい、お怒りなのは分かったわ。ねぇ!この子、とっとと運んじゃってくれない?」
マイリセリアはクラライナとのやり取りをそこで切り、先の隊長の方へ向けて声を飛ばす。
「ねぇ、ちょっとぉ?」
「分かってる!」
そんな呼び掛けに、隊長は怒気の混じった声を返した。屈む姿を見せる隊長。その足元には、切り殺された警備兵の亡骸があった。
「ヒュリリ、あの騎士と子供達を馬車に乗せておけ。俺は近くの詰め所まで応援を呼びに行く……」
「はい……」
「くそ……こんな所で。よりにもよって、こんな不名誉な任務で……!」
苦し気な声を零しながら、その手で亡骸の目を閉じる隊長。
「あらら、慈悲深いのね」
そこへ歩み寄って来たマイリセリアが、隊長の背後から遺体を覗き込み、ふざけた態度で言った。隊長はそんなマイリセリアを睨みつける。
「あら、そんな怖い顔しないでよ。あなたのその姿に、きっとあなた達の神様も心打たれてるわ。そして二人とも天国に導いてくださるわよ」
そんな事を言うマイリセリアだが、口調には真剣味など欠片も感じられない。
「……行き先は地獄だけさ……」
隊長は立ち上がり、マイリセリアに振り返る。
「俺達も、あんた達もなッ!」
そしてマイリセリアに指先を突きつけ、帽子を直しながらその場から立ち去った。
「……ふん、人間ってやっぱり気に入らないわ」
「はぁ……」
あてがわれた部屋に入ると、水戸美は声を零しつつベッドに腰を下ろした。
「院生さん、疲れちゃった?」
「ちょ、ちょっと。馬に乗るなんてあんまりなかったもので……」
心配し尋ねるファニールに、水戸美は遠慮がちにしかし肯定する。
「今夜はゆっくり休んでくれ。この町を出たら、次の町までしばらくかかるからな」
クラライナは言いながら部屋の窓を開け放つ。
「所でさクラライナ。門の警備、見た?」
「嫌でも目に付く。城壁周りの警備が異様に物々しかったからな」
「そもそもさ、この町全体がなんだが異様に物々しいよね」
言葉を交わしながら、ファニールはクラライナが開けた窓から外を見る。
この凪美の町はそこまで大きな町ではない。しかし窓から見えるこの町を囲う城壁は、町の規模とは不釣合いなほどに堅牢な物だった。
「この国に入る前に、この紅の国の成り立ちは聞いたろう?」
「うん、三つの国の緩衝地帯として生まれたんだっけ?珍しいよね」
「かつてこの町は三大国の国境の境目にあったらしい。保有していたのは雲翔の王国で、当時は大事な城塞だったそうだ。ただ国境が変わってからは、その役目も無くなったそうだが」
この紅の国の歴史を語って見せるクラライナ。
「それなのにあの物々しさ?なんかあったのかな?」
「分からないな。もしかしたら先の噂がらみかもしれないが……あまり長い居はしないほうがいいかもな」
「そっかー……じゃ、聞き込みも先送りだね」
クラライナの言葉を受け、ファニールは残念そうにそんな言葉を零す。
「聞き込みって、燐美さん達の探してる武器や道具についてですか?」
それを聞き留めた水戸美は、尋ねる声をファニールに掛ける。
「うん、それもあるんだけど……できればね、院生さんの帰る方法についても詳しく調べたかったんだ」
「え……私の?」
しかし次に返された言葉に、水戸美は疑問の色を浮かべた。
「言っていただろう?院生さんは異世界から飛ばされて来たと。もしかしたらその原因は転移魔法に関わるものかもしれない。それに関してどこかで調べようと思っていたんだ」
「転移魔法……そんなのもあるんですね」
クラライナが説明の言葉を発し、水戸美はその言葉中のワードを聞き留め、感心の言葉を零す。
「うん、ある場所から別の場所まで一瞬で移動できる能力。……といっても、あくまで〝この世界の中で〟での話あって、異世界に行ける魔法ってのは、ボク達も聞いた事ないんだけどね。あはは……」
クラライナからの説明を引き継ぎ発し発したファニールは、しかし最後に付け加えて困り笑いを浮かべて見せる。
「だが無いと決まったわけでもない。とにかく調べてみない事には始まらない……と思ったんだが……ミトミさんにも話したとおり、この国は国勢が不安定だ。腰を据えて調べるには向かない」
「実際、昨日の町もここもそんな雰囲気じゃないもんね。昨日の町でそれとなく聞いてみたけど、相手にされないわ、鼻で笑われちゃうわで……。あ、ミトミさんの名前は出さなかったから安心して」
「え?」
ファニールの最後の言葉に、水戸美の顔に疑問が浮かぶ。
「町で行方不明が起こっているという噂は聞いただろう?そんなよくない噂が飛び交う国内で、ミトミさんの話を下手に出して、君の存在を変に目立たせる事は、避けるに越したことは無い」
「あ、そうか……ごめんなさい、私そんな所まで気が回ってなかった……」
「ミトミさんが謝ることではないさ。普通に生活している分には、本来気にするような事ではないからな」
説明を聞いての水戸美の申し訳なさそうな言葉に、クラライナはフォローの言葉を入れる。
「そうそう……それにそう言うボク自身達は、魅光の国の勇者だって各町で名乗っちゃって、いっつも目立ってるんだけどね」
「私達はしょうがないだろう。身分の提示、証明は全ての国の勇者に共通する義務だ。勇者の名を偽り、不貞を働く輩もいると聞くからな、まったく……」
呟き、溜息を吐くクラライナ。
「まぁ、私達が身分を明かす分には、大丈夫だと思う。私達が自ら名乗るのは抑止の意味もあるから」
「抑止ですか?」
そして続けてのクラライナの言葉。それに水戸美は、再び疑問の声を上げる。それに対してクラライナは説明を紡ぐ。
ファニール達を含め各国の勇者には、対魔王軍連合に参加している数十カ国からの後押し、支援があるのだという。その後ろ盾を持つ勇者に手を出せば、連合加盟国を全て敵に回す事になる。クラライナはその事を説明し、その事から勇者に手を出してくる輩はまずいないだろうと、水戸美を安心させる言葉を発した。
「そうなんだ……」
感心した様子の水戸美を前に、クラライナは何か少し得意げな表情を見せる。しかし一方で、ファニールは少し呆れの混じった表情で、麗氷の騎士を見ていた。
「……なーんか麗氷、組織の大きさを盾にする小悪党みたい」
「なッ!?そ、そんなつもりはない!院生さんを安心させようとしただけだ!」
「へぇー」
慌て弁明の言葉を並べるクラライナを、ファニールは意地悪そうなジト目で見ている。
「わ、私は分かってますよ……!?ありがとうございますクラライナさん」
そこへ、水戸美は戸惑いつつもフォローの言葉を入れた。
「と、とにかく!そういう事だし、私達もついている。ミトミさんが心配するような事はないから、安心してくれ。……ただ、いった通りミトミさんの転移の原因調査については、少し先になりそうなんだ」
「わかりました、それはしょうがないですよね」
クラライナは仕切り直して水戸美に安心するよう告げ、そして同時に少し申し訳なさそうに断りの言葉を紡ぐ。対して水戸美は、別段気にした様子はないように、了承の言葉を返した。
「じゃあ、ちょっと休憩したら買出しに行くけど、それまでは休んでて。ボク達は下でちょっと聞き込みをしてくるから」
そしてファニールは水戸美に断り、ファニールとクラライナは部屋を出て行った。
部屋を出たファニール達は、廊下を歩きながら言葉を交わす。
「ねぇクラライナ。ミトミさんには少し先って言ったけど、具体的にはどれくらいかかると思う?」
「そうだな……この国を出て、笑癒の公国のどこかの町で腰を据えて調べられればと思っているが……少なくとも10日20日程度では無理だろうな」
ファニールの言葉に、クラライナはそう推測の言葉を返す。
「だよね。それに隣の国がまともな国ならいいけど、ここみたいだったらどうする?」
「そうでないと祈りたいが……どうだろうな。栄と結束の王国を出た時点ではまだ穏やかだったのに、大陸を東に行く程にきな臭さが酷くなってゆくからな。各町の空気は重くなり、よろしくない輩を見かける率も増える」
「院生さんの時含めて、四回も盗賊みたいなのと出くわしたからねー……正直ボク達の国って、このご時勢ではかなり平和なほうだったよね」
「私達の心与の大陸は、魔王軍の拠点から一番遠い大陸だからな。むしろ今は、この大陸の状況のほうが普通なんだろう……」
いくらかの言葉を交わした後に、少しの間押し黙る二人。
「……もしさぁ、笑癒の公国でもゆっくりできないようなら、ミトミさんを連れて魅光の王国に戻ろうかと考えてるんだ」
「ッ!なんだって……?」
しかし次に発されたファニールの提案の言葉に、クラライナは驚く様子を見せた。
「だってそれしかないじゃん。このままミトミさんを連れて対魔王戦線に合流するなんてできないし、かといってミトミさんを見知らぬ土地に置いてくなんて論外だし」
「それはそうだが……勇者としての使命はどうなる!?」
「その時は院生さんの件が終わってから再出発すればいいじゃない。ほら、道中調べ切れなかった宝具の情報とかもあったしさ」
「そんな悠長な事を……!だいたい、何もそこまでする事は……!」
ファニールのそれ等の提案に対して、声を少し大きくして訴えかけるクラライナ。
「ひょっとしてさぁ……クラライナってミトミさんの事疑ってる?」
「!」
しかしそこへのファニールからの問いかけに、クラライナは言葉を詰まらせた。
「……正直、疑問に思っている所はある。確かに不思議なものをいくつも見せられたが、異世界だなんて……ミトミさんの手前はっきりとは言わなかったが、正直鵜呑みにはできない」
「まぁ、ボクもそのへんはピンと来てないよ。でもさ、いちばん今の事態を信じられてないのはミトミさんだと思うんだよね。ミトミさんの不安な表情は何度か見たでしょ?あれは本当にどうしたらいいか分からないって顔だったよ」
「確かにそうだが……」
ファニールの説く言葉に、しかしクラライナは納得し切れないといった様子を見せる。
「それにさ。ナイトウルフを相手にした時、危険を顧みずに助けに来てくれたじゃない?ボク達だって恩があるし、そんな人一人助けられないようじゃ、ボク達に世界なんて救えないよ?」
そんなクラライナに向けて、ファニールは続け言葉を紡ぐ。
「そうだな……どうにも私は、先の事しか見えていなかったようだ」
その言葉に、クラライナは少し考えた後に、ファニールに同意する言葉を紡ぐ。そして彼女は、自分の顔を両手で軽く叩いた。
「しかし、いきなり帰国はさすがに話が飛びすぎだ。もし笑癒の公国で目処が立たない様なら、月詠湖の国まで引き返し、そこで院生さんの転移について調べてはどうだ?」
「あ、それいいね」
「はぁ、まったく……」
クラライナの考えを改めての提案に、軽い口調で答えるファニール。そんな彼女に、クラライナは少し呆れた様子で零した。
それから三人は町の市場へと出て、買出しに取り掛かった。この町を出れば、しばらく物資の補充はのぞめなくなるため、二手に分かれて、必要なものを負担にならないギリギリまで買い集めて回る。
「よし、薬の類はこんなところかな?」
そして今、薬品店の建物から、ファニールと水戸美が出てきた所だった。いくつかの用品店を回ったため、ファニールが持つ袋は荷物で膨らんでいる。
「あとは、なんでしたっけ?」
「乾燥食品の買い足しだね、それで最後。そこを回ったら麗氷と合流して、早めに夕食にしよう」
そう言いながら、ファニールは歩き出そうとする。
「とっ!?」
しかし荷物を持ち直しながら歩き出そうとしたファニールは、荷物の重さに引っ張られて少しバランスを崩した。
「まずっ!」
「あ、燐美さん!」
倒れかけたファニールの後ろに、とっさに水戸美が回りこむ。そしてファニールの体は、水戸美によって抱きとめられた。
「っとー、ごめんごめ……あ……」
その時、水戸美の腕の中でファニールが見たのは、彼女を見つめる水戸美の凛とした瞳だった。
「大丈夫ですか、燐美さん?」
「へ?……あ!うん、あ、ありがと……」
ぎこちない返事をしながら、ファニールは水戸美の体から起き上がった。
「あ、いけない荷物が」
ファニールが倒れたときに、薬の包みがいくつか落下してしまったらしく、水戸美はそれを拾い集めにかかる。
「こっちにも、ああ、あっちにも落ちてる……あわわ」
通行人に謝りつつ、せかせかと包みを集める水戸美。しかし焦るばかりで、とても手際よく回収できているとは言い難かった。
「……ぷ、あはは」
そんな水戸美の姿に、ファニールは思わず噴き出した。
「!、ど、どうしたんですか?」
「ああ、ゴメンゴメン」
水戸美に謝罪しながら、ファニールは手早く落下した薬の包みを回収する。
「いやね、水戸美さんて変わってる娘だなーって思ってさ」
「へ?」
「ああ、気を悪くしたらゴメンね?でも、水戸美さんって背は高めだし、顔立ちもキリッとしてて、正直かっこいい女の人じゃない?それなのに、なんていうか……性格や行動はかなりかわいいからさ」
「かわッ!?」
その言葉に、水戸美その顔は真っ赤に染まった。
「か、からかわないで下さい、燐美さん!」
「えー?ボクは本当にかわいいと思うよ?」
「そ、そんな事ないですよ……」
水戸美は赤くなった顔をうつむけ、集めた薬の包みを握り締める。
「あはは、ごめんごめん。さ、早く買出しを終えて、麗氷と合流しようか」
「よし、買い漏らしはないな。勇者様達はまだか……」
一方のクラライナは、買出しを終えて一足先に待ち合わせ地点で待っていた。
「少し早かったか?分担した量は変わりないはずなんだが……」
クラライナが呟いたその時だった。
「とッ!?」
突然、クラライナに何者かがぶつかって来た。視線を降ろすと、ローブを纏った人物がクラライナの眼の前にいた。
「き、君……危ないぞ!」
眼の前の人物に注意するも、目の前の人物はひどく息を荒げている。
「お、おい君?大丈夫か……?」
様子のおかしいその人物に、麗氷はとまどいつつも声をかける。
「はぁッ……た、助けてくださいッ!」
次の瞬間にその人物は、叫びながらクラライナにすがり付き、その顔を上げた。
「!」
フードの中に見えたのは、端麗な顔立ちの金髪の女性。そしてフードの端に見えたのは、人の物とは違う、長く尖った耳だった。
(エルフ……!?)
ぶつかって来た人物の正体、そして突如求められた助けにクラライナは困惑する。
「お願いです!どうか、どうかお助けを!」
「落ち着くんだ!一体どうしたというんだ?」
クラライナはエルフの女性の肩を掴み、酷く動揺する彼女を落ち着かせる。
「す、すみません……私の、私の旅の仲間が――さらわれ囚われたんです!」
「な……なんだって?」
エルフの女性の言葉を聞き、クラライナはより困惑した。
「あなたも旅の御方とお見受けします!腕に覚えがおありなのでしたら、どうかお助けを!」
しかしクラライナの心情に構わず、エルフの女性は必死に言葉を並べ、助けを求めてくる。
「待って!落ち着いて、まずはいきさつを話してくれ。そしてここの警備隊に報告を……」
「ダメ!警備隊はダメです!」
エルフの女性は、剣幕を見せてクラライナの提案を拒否した。
「ここの警備隊はダメなんです!あぁ……どうしてこんな事に……!」
否定の言葉に続け、エルフの女性は酷い動揺の様子を見せる。
「どうか、どうかお力添えを!このままでは、私の仲間が……!」
そして不安と焦燥に染まった顔で、クラライナに押し迫った。
「く……!」
その様子にクラライナは狼狽する。
(どうする?何か並みの事態ではなさそうだぞ。私一人では危険かもしれない……せめて勇者様と二人で……!)
クラライナは周辺を見渡す。しかし周辺にファニール達が来ている様子は無かった。
「お願いします!ああ、このままではッ!」
困惑するクラライナに、エルフの女性は縋る。
「ッ!……分かった、場所を教えてくれ!」
クラライナはエルフの女性に案内され、人気の無い方へと走って行く。
「着いた……こ、この先です!」
たどり着いた先で、エルフの女性が示したのは路地の入口だ。人一人が通れるほどの狭さで、エルフの女性は路地の向こう側を指し示す。
「この先に馬車が止まっていて、私の仲間が……!」
「分かった、私が先に行く」
クラライナが先に路地へ入り、後からエルフの女性が続く。路地の反対側へたどり着き、クラライナは路地から少しだけ顔を出す。出た先は、両脇を建物に囲われた薄暗く細い道だった。そして、路地の出入り口から少し離れた所に、一台の馬車が止まっていた。
「な……!」
馬車の周囲には数名の人間の姿があったが、クラライナはその者達の井出達を確認して、目を剥いた。その者達が纏うのは、この町、この国の警備隊組織の用いる軍服であった。
「あれは、この国の警備隊じゃないか……!」
先に居る者達の正体に、驚きそして表情を歪めつつも、先の様子の観察を続ける。
周辺を見張っているらしい警備兵達の奥には、エルフの少女が一人、そして人間の男の子と女の子の二人の姿が見える。三人はいずれも皆、手枷をはめられ、猿轡を噛まされていた。
「ひどい……あのエルフの娘が君の仲間かい?」
「はい、そうです……」
「しかし、どうしてこんな事に?それも警備隊が……」
「わかりません……私達は一昨日この街に入ったんですが、昨日からあの子の姿が見えなくなって。探し回っていたら……」
「……聞き及んでいた不穏な失踪の噂……まさか警備隊が、国が関わっていると言うのか……!?」
あまり考えたくはなかった、しかしそう考えざるを得ない光景を前に、クラライナは苦い声を零す。
「私も信じられませんでした……でも……あぁ、どうしてこんな事に……!」
今にも泣きそうな声で言いながら、エルフの女性は両手で顔を覆う。
(警備隊を相手にすることになるか。歓迎し難いが……しかし、あの子達を見捨てるわけにはいくまい……!)
クラライナは国の組織を敵に回す事に一瞬躊躇を見せたが、しかし囚われた子達を助け出す事には代えられないと、決断し覚悟を決める。そしてクラライナは再度路地から先を覗き、周囲の状況を観察する。
(見張りは三人か……行ける)
そう判断したクラライナは、エルフの女性に振り返る。
「大丈夫、君の仲間は私が助ける。安全になるまで君はここにいるんだ、いいね?」
「はい……」
クラライナはエルフの女性を安心させるように発し、言い聞かせる。
「……よし」
そしてクラライナは意を決し、路地を飛び出し、馬車に向けて走り出した。
少しの間をおいて、馬車の周りの見張りの警備兵がこちらに気付く。しかし彼等は、突然表れたクラライナに対して、少し驚いたような表情こそ見せたものの、武器を構えたりなどの動作は一切見せなかった。
(?)
クラライナは不可解に思いながらも、抜剣し、見張りの者達の間近まで迫る。
すると彼等はようやく顔色を変え、剣を抜こうと鞘に手をかけた。
(反応が遅れただけか……馬鹿者、もう遅い!)
だが相手が剣を抜く前に、クラライナは相手の懐まで踏み込み、剣を大きく振った。
「あがぁッ!?」
振り払われた剣は見張りの警備兵の一人の、その腹面をばっさりと切り裂いた。
切り裂かれた警備兵は鮮血を噴出して倒れる。
「なッ!?クソッ!」
側にいたもう一人の警備兵が、起こった事態に驚愕しつつも抜剣。剣をクラライナに向けて、切りかかってくる。
「はッ!」
だが攻撃がクラライナに当たることは無かった。クラライナは地面を踏み切り跳躍、警備兵の真上を通り越した。
「な!?」
そして警備兵の後ろの建物の壁に足を着き、反転。背後から警備兵の体を切り裂いた。
「ぎゃぁッ!?」
地面に着地し、クラライナは最後の一人を睨む。
「ひッ!?」
「お前で最後ッ!」
最後の兵に切りかかろうと、クラライナは剣を振り上げながら走り出す。だが突如、真上から、クラライナの眼の前に別の人影が現れた。
「!」
警備兵とクラライナの進路上に割って入ったその影は、クラライナの振り下ろした剣を受け止めた。
(新手!?)
「隊長ッ!」
後ろに居る警備兵が現れた男をそう呼ぶ。どうやらこの男が隊長らしい。
一度剣を交えた後、クラライナと新手の警備兵はお互い後ろへと飛び退く。クラライナは飛び退いた直後、さらに後ろへ大きく跳躍した。
背後にある建物の二階付近まで跳躍した彼女は、壁に足を着くと、剣を構えて、水泳の蹴伸びのように体を撃ち出した。クラライナの体は、地面にいる警備兵を突き刺すべく直進する。だが、剣が警備兵の体を貫こうとする直前、警備兵の姿が突如消えた。
「!?」
クラライナは即座に剣を引き、地面に着地する。視線を上に向けると、向かいの建物の二階付近に警備兵の姿があった。
「な!?」
麗氷は再度地面を踏み切り跳躍、上空へ逃げた警備兵を追いかける。だが、敵の警備兵は麗氷と同じように建物を蹴り、未だ空中にいるクラライナ目掛けて切りかかって来た。
「ッ!しまった!」
軽率な行動だったと思いながら、クラライナは剣撃を受ける。クラライナは衝撃で突き飛ばされたが、反対側の建物の壁に足を着き、体勢を立て直した。
(迂闊だった。しかし、この動き……まさかこいつ、加護を受けている!?)
先程から、クラライナや相手の警備兵が見せている超人的な動きは、教会などの大魔法を発動できる機関から、加護を受けて者のみができるもの。そして、その加護を受け、尚且つ何らかの力として物に出来るのは、勇者の血を引く者にしかできない事だった。
(勇者の血を引くものが、人さらいに関与を……?なんて世の中だ!)
考えながらもクラライナは再び体を撃ち出し、警備兵に切りかかる。だが、今度は敵の警備兵に剣撃を受け止められ、ダメージを与える事は出来なかった。
「クソッ!もう一度だ!」
その調子で、お互いは建物の間を行き交い、何度か剣撃を交わす。しかし、両者共に決定打と成り得る一撃を決める事はできなかった。
(く、このままでは埒が空かない……隙ができるが、攻撃強化をかけるしかないか)
今度は相手の警備兵が空中に体を撃ち出し、切りかかってくる。しかしクラライナは、その攻撃を受け止めず、跳躍してその場から逃げ出した。
「!」
突如逃げに入ったクラライナを、敵は怪訝に思ったが、武器を構え直し、クラライナを追う。
「貫く力、切り裂く力、力の加護を刃とこの腕に――」
クラライナは敵の追撃を回避しつつ、空中を逃げ回りながら、攻撃強化を詠唱する
「……よしッ!」
詠唱が完了したタイミングで、建物の壁に足を着ける。
振り返ると、敵はクラライナを追って、空中へ飛び出した所だった。その空中に居る敵に向って、クラライナは自らの体を撃ち出した
「!」
逃げ回っていたクラライナの突然の反転に、敵は空中で剣を構え、防御の姿勢を取る。
「はぁぁぁぁぁぁッ!」
クラライナは敵の構えた剣に、思いっきり剣撃を振り下ろした。強化魔法をかけた剣の破壊力は、敵の剣をいとも容易く真っ二つに砕いて見せた。
「ッ!がぁッ!?」
同時に加えられた衝撃は敵警備兵を吹き飛ばし、吹き飛ばされた敵警備兵は背後の建物の一階付近に激突。壁が土埃を上げて崩落し、敵警備兵は屋内へと叩き込まれた。
「はぁ……!やったな……」
手ごたえを感じながら、クラライナは地面に着地。着地したクラライナは、墜落した商会隊長にとどめを刺すべく。崩れた壁に近寄ろうとした。
「う、動かないでッ!」
しかし、その時唐突に背後から声がした。
「な!」
振り返ったクラライナの目に飛び込んできたのは、先程の残っていた警備兵が、エルフの少女にナイフを突きつけている光景だった。
「こ、この卑怯者ッ!」
「うぅ……うるさいです!そこから動かないで!剣を遠くへ投げて、腹這いになって!」
「く……」
クラライナは言われたとおりに剣を地面に投げる。
「よし、そのまま地面に……!」
体を屈め、まず膝を地面に突くクラライナ。そして手を突く振りをして、地面に落ちていた小石を手に握った。
「……そこだッ!」
石を掴むと同時に麗氷は体を起こし、兵に向けて瞬時に投げ放った。
「ッ!ヅッ!?」
警備兵の短剣を握る手に石が命中し、短剣が地面へと落ちる。クラライナはそれと同時に警備兵の間近まで駆け込み、警備兵の腹に膝を叩き込んだ。
「ぐぅッ!?」
叩き込まれた警備兵は吹き飛び、地面に叩き付けられた。痛みに悶絶しており、しばらくは起き上がれないだろう。
「よし……君、大丈夫か?」
警備兵の無力化に成功したクラライナは、周囲に残敵がいない事を確認。そして、座り込んでいたエルフの少女の前に屈み、声を掛けながら、付けられている猿轡を外してやる。
「んぷ……は、はい……大丈夫です……」
「そうか、よかった……」
エルフの少女の言葉に、クラライナはその顔に安堵の色を見せる。
「はい――あんたのせいで顔に傷がつかなくて、本当によかった」
しかし、エルフの少女からは、次にそんな台詞が吐き出された。
「は?」
唐突なその言葉に、クラライナは理解が及ばず声だけを零す。
「――負に捕らわれ、膝を折れ」
そんなクラライナを前に、エルフの少女は小さく言葉を紡いぐ。――クラライナを突如、異常なまでの脱力感が襲ったのはその瞬間であった。
「――な……!?」
唐突に襲い来た身体への異常。それによりクラライナは体を支える事ができなくなり、膝を突き、地面に突っ伏した。
「まったく……顔に当たったらどうしてくれるのよ」
一方のエルフの少女は、嵌められた手枷を、自身の手でいとも容易くはずして立ち上がった。
「うぁ……な、なんだ……これ……」
自身を襲う脱力感に苛まれながら、唐突な事態に困惑の声を上げるクラライナ。
「なかなかに素敵でしたよ、魅光の王国の騎士様?」
「……え!?き、君は……!」
そんなクラライナの前に、エルフの少女の脇から声と共に現れる人影。それは、助けを求めてきたはずのエルフの女性だった。
「名演技だったわよ、ルミナ」
「ありがとうございます、マイリセリア様ぁ」
エルフの女性は称する言葉を発しながら、エルフの少女の頭を撫でる。それを受けながら、エルフの女性の褒め言葉に猫なで声で答えるエルフの少女。彼女の発したマイリセリアという名は、このエルフの女性の物であるようだ。
「ど……どういう、事だ……」
「あら、いちいち説明しなきゃ分からないかしら?あなたは騙されたって事。私達は、あの人達に協力して一芝居うったって分け。まー、正直不本意ではあったんだけどね」
困惑と苦しさの混じる声で問うクラライナに、マイリセリアは気に入らなそうな表情を見せつつ答える。そして先程クラライナに殴り飛ばされた警備兵を指し示した。
「ッ……う……」
痛みに悶えていた生き残りの警備兵だったが、腹を抑えながら、どうにか立ち上がる様子を見せる。その時、被っていた帽子が脱げ、帽子内にしまいこんでいた長い髪と、つばに隠れていた、可憐な少女の物である目元が露になった。
「うぅ、隊長……!」
彼女は隊長の叩き込まれた建物へと駆け寄り、崩れた壁の中へ叫ぶ。
「隊長!大丈夫ですか、隊長!」
「……大丈夫だ」
呼び掛ける声に、崩落した壁の向こうより返事が聞こえ来る。そして屋内に積もった瓦礫の中から、隊長である警備兵が瓦礫を押しのけ這い出てきた。
「隊長、お怪我は!?」
「後でいい……おい!一体どういう事だ!?」
這い出てきた隊長は、自分の負った傷の確認もせずに、マイリセリアへと詰め寄る。
「手はずでは捕縛対象が馬車に気を奪われているうちに、あんたらが確保するはずじゃなかったのか!?」
「あらごめんなさい。ちょっとこの娘の技量がどれ程のものか、見ておきたかったものだから。後で、勇者の子を捕まえる時に役立つかもしれないし」
「貴様……ッ、ふざけるな!そのために我々を実験台にしたというのか!?」
隊長はマイリセリアの胸倉を掴み挙げる。
「だって、あんなに簡単にやられちゃうなんて思わなかったもの。もう少し粘ってくれるとおもったのに、残念だわ」
「言わせておけばッ!――痛……!」
激昂する隊長だったが、痛みに襲われ体勢を崩す。
「隊長、ダメです!先に傷の手当を!」
「ああ……」
隊長は生き残りの警備兵の少女に付き添われ、馬車の方へと歩いて行った。
「あいつ、汚い手でマイリセリア様のお召し物を……!」
一方、エルフの少女のルミナは、マイリセリアの襟元を直しながら、隊長たちを睨む。一方、先の少女警備兵も隊長に肩を貸しつつ、マイリセリア達を振り向き、睨みつけていた。
「闇魔法……貴様等、ダークエルフ……?」
そんな所へ、クラライナが声を絞り出し、マイリセリア達の意識は彼女へと向く。
「はーあ?ダークエルフ?あたしたちのどこが、あんな汚い肌の連中に見えるのよ?」
「見ての通り、私達は正真正銘、純潔のエルフよ」
クラライナの言葉に、ルミナが気分を害したように発し上げ、そしてマイリセリアが答える。
「じゃあなぜ、こんな……私を騙したのか?勇者様を捕らえるとは、どういう……」
「いちいちうるさい騎士様ね。私達にも色々事情があるの、あなたに全部説明する義理は無いわ。――ルミナ」
「はい」
「ッ!やめ……んぐッ!?」
クラライナは、少女エルフに猿轡と手枷を着けられ拘束される
「ああ、そうそう一つだけ教えてあげる。あの子供二人は偽者じゃないわ。本当に、口封じか何かで捕まえられたみたいね」
「んん……!?」
マイリセリアの視線を追うと、馬車のすぐ傍に、地面に座り込む二人の子供の姿が見えた。
子供たちは、不安と恐怖がない交ぜになった顔でクラライナを見つめていた。
「あなたの素敵な救出劇も、全て嘘ではなかったという事よ。どう、少しは慰めになったかしら?」
「んぐ……むぐぅッ!」
「はいはい、お怒りなのは分かったわ。ねぇ!この子、とっとと運んじゃってくれない?」
マイリセリアはクラライナとのやり取りをそこで切り、先の隊長の方へ向けて声を飛ばす。
「ねぇ、ちょっとぉ?」
「分かってる!」
そんな呼び掛けに、隊長は怒気の混じった声を返した。屈む姿を見せる隊長。その足元には、切り殺された警備兵の亡骸があった。
「ヒュリリ、あの騎士と子供達を馬車に乗せておけ。俺は近くの詰め所まで応援を呼びに行く……」
「はい……」
「くそ……こんな所で。よりにもよって、こんな不名誉な任務で……!」
苦し気な声を零しながら、その手で亡骸の目を閉じる隊長。
「あらら、慈悲深いのね」
そこへ歩み寄って来たマイリセリアが、隊長の背後から遺体を覗き込み、ふざけた態度で言った。隊長はそんなマイリセリアを睨みつける。
「あら、そんな怖い顔しないでよ。あなたのその姿に、きっとあなた達の神様も心打たれてるわ。そして二人とも天国に導いてくださるわよ」
そんな事を言うマイリセリアだが、口調には真剣味など欠片も感じられない。
「……行き先は地獄だけさ……」
隊長は立ち上がり、マイリセリアに振り返る。
「俺達も、あんた達もなッ!」
そしてマイリセリアに指先を突きつけ、帽子を直しながらその場から立ち去った。
「……ふん、人間ってやっぱり気に入らないわ」
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4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
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