―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター12:「Battle of Wind Route」

12-2:「Bloody Valley」

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「……ぐッ……!」

 落馬した親狼隊隊長、トイチナは痛む体を起こし、周囲を見渡す。
 ――地獄絵図だった。
 負傷者の悲鳴がそこかしこで上がっている。
 周囲に仲間の亡骸がいくつも転がり、血の水溜りがそこらじゅうにでき、吹き飛ばされ、千切れた人間の〝部品〟があちこちに散らばっている。夜空に撃ち上がった光源によって、それらははっきりと照らされ、トイチナの目に飛び込んできた。

「トイチナ、トイチナ!しっかりしろ!」

 そんなトイチナの元へ、頭領が駆け寄ってきた。

「頭領……今のは、ボルカレイナ攻撃ですか……!?」

 たった今起こった攻撃がなんなのか、トイチナは思い当たる魔法を口にする。
 ただ、今の攻撃が自分が口にした魔法とは別物であろうことは、内心では彼も分かっていた。

「分からん、それにしては妙だ。火炎弾が飛来するのも見えなかった……とにかくここを離れなければ!」

 トイチナは頭領の助けを受け、体を起こす。
 周囲では攻撃を逃れたものの、突然の事態に浮き足立っている傭兵達の姿が見えた。

「頭領!指示を下さい!一体どうすれば――」

 次の瞬間だった。
 ブシュ――と、視界の先で指示を求めていた傭兵が、突然頭から血を噴き出して倒れたのは。

「!?」

 驚いたのも束の間、彼の付近にいた他の傭兵達も、同様に体から血を噴き出し、次々と倒れて行く。

「頭領!」

 トイチナは咄嗟に、自分を支えてくれていた頭領に体当たりをし、近くの馬の亡骸へと倒れさせる。そして自身も馬の亡骸の影に倒れこんだ。

「身を隠せーッ!生きてる者は身を隠せーッ!」

 倒れこむと同時に、トイチナは周囲にいる味方に大声で叫んだ。その指示に、周囲の生き残っていた傭兵達は遮蔽物へ身を隠してゆく。遅れた何名かが、謎の攻撃に食われ、血を噴き出した。

「ッ、すまん……!今のはなんだ!?」

 頭領は自分を庇ってくれたトイチナに例を言い、そして尋ねる。

「不明です!いきなり血を噴き出しました!矢の類かレイニ系の飛晶魔法か……?……イレマ!崖の上の魔力反応を調べろ!」

 トイチナは、後ろで別の馬の亡骸に身を隠している、術師のイレマに向けて叫んだ。

「やってます……ッ!もう谷全域を調べてます!」

 イレマは縮こまった体勢で馬の亡骸に隠れ、水晶の入った箱を手に、術を発動していた。

「反応はあったか!?」
「まったくないです!どうして!?あんな攻撃があったのに、術者らしい魔力をどこにも感じられない!」

 イレマからは悲鳴にも近い声で返答が返ってきた。

「魔法ではない……となると」

 トイチナは馬の亡骸からわずかに顔を出す。彼の視線が向くのは、先ほどラミが何かいると言った崖の上。一瞬、崖の上で光が瞬き、何かが爆ぜるような音がする。

「今のは……ヅッ!」

 そしてわずかに間を置いてから、周囲の地面が突然抉られ、馬の亡骸が血を噴き出し、謎の衝撃が伝わってきた。

「……やはり崖の上からの攻撃です!魔力の反応が無いとなると、恐らく武器による攻撃だと思われます」
「そうか……しかし、谷全域にまったく魔力が感じられないというのが気になる。先ほどの攻撃の正体は……?」

 頭領が考えている途中で、再び謎の攻撃が襲って来た。そして遠くで仲間が、倒れて行くのが見える。

「糞!」
「ッ、考えるのは後か。この場をなんとかしなければ、攻撃も撤退もままならん」

 呟くと、頭領は一度息を吸い、そして大声を発した。

「動ける隊はいるかー!?崖に向けて防御体制!隊ごとに分散して展開しろーッ!」

 その指示は、狙われていなかった、もしくは遮蔽物に隠れてやり過ごしていた傭兵達の耳に届く。
 そして彼等は再び動き出した。
 動き出した傭兵達は、まず各所で4~6名ほどのグループを作り出した。彼等は皆、その手に鉄製の大きな盾を持っている。展開する途中で、またしても何人かの傭兵が血を噴いて倒れるが、今度は傭兵達は怯まずに、行動し続ける。
 彼等はそれぞれの場所で集結すると、横一列並び、立てひざを突いて盾を構え、防御体制を完成させた。その一連の動作は、まるで機動隊が展開して行くようだった。

「何人か、頭領のために盾を!」

 トイチナは頭領を守るために、周囲の傭兵に声をかける。
 すると、一番近くにいた傭兵グループが駆け寄ってきて、頭領やトイチナ、近場にいた仲間を守るように、盾を構えて周囲を固めた。
 傭兵グループの八割がたが防御体制を完成させつつあった時、一番突出していたグループに攻撃が加えられた。彼等の構える盾にいくつもの強い衝撃が走り、金属同士がぶつかり合う音が響いた。

「ッ……大丈夫だ、防げます!」

 だが加えられた攻撃は盾を貫通せず、傭兵達は健在だった。

「よし、弓兵!整った隊から崖の上へ攻撃を始めろ!トイチナ、念のため各隊へ術者を向わせ、防御上昇の魔法を施させろ。それとレイニシルダとマーヴェウォイルを使える者が生きていたら、それも準備もさせるんだ!」
「了解!術者の者で無事なものは返事をしろー!」

 頭領から指示を受け、トイチナはそれを成すために行動を始めた。
 一方、各傭兵グループは次の動きに移る。盾を構えた傭兵の背後には、3~5名の者が弓兵が控えていた。彼等は盾に隠れながら弓を構え、崖の上目掛けて矢を解き放った。
放たれた矢が崖の上へ注ぎ込まれる。すると、崖の上からの攻撃が止んだ。

「よし、効いてるぞ!続けて――」

 続けて弓を引こうとする傭兵達。
 ――だが、攻撃が止んだのは一瞬でしかなかった。

「――ごッ」

 事態は、一番突出しているグループで発生した。
 一人の傭兵の構えていた盾が、凄まじい衝撃と共に貫通され、ほぼ同時に、盾の主である傭兵の上半身がはじけ飛び、臓器を飛び散らせた。

「なッ――ごげッ!?」

 さらに彼の横に並んでいた傭兵達も、同様に衝撃に襲われ、順番に次々と弾き飛んで行く。

「た、盾を!そんな……ぎゃッ!?」

 そして盾による防護を失い、剥き出しになった弓兵達も粉砕されて行く。

「馬鹿な……ッ!盾ごと貫通されている!?」

 その様子は頭領も目撃していた。

「糞ッ、エーナ隊下がれェ!トイチナ、防御魔法はまだかッ!」
「まもなく完了です!」

 後方から、トイチナの声が返ってきた。
 崖から比較的離れた位置で、二つの傭兵グループが防御体勢を取っている。両グループの背後では、それぞれ術師が魔法発動のための詠唱を行っていた。
 彼等は、ミルシーダと言われる防御魔法を、傭兵達に施していた。この魔法は、人や物の硬度、防御力を上げる事ができ、今はグループの傭兵達と、彼等の持つ盾にこの魔法が施されていた。

「――立ち向かう者たちに、鋼にも勝る加護をッ。ミルシーダ完了です!」
「ウォト隊、リンナ隊!前へーッ!」

 術者が詠唱を終えると同時に、トイチナが号令を出す。
 攻撃を受けたの傭兵グループの生き残りが後方へと下がり、それと入れ替わるように、二つのグループは列を保ったまま一番前へと進み出た。一番前へと進み出た二つの傭兵グループに、先ほどの攻撃が襲い掛かる。

「ぐッ!?」

 何人かの傭兵が、盾越しに凄まじい衝撃に襲われる。

「……効くぜ…!なんて攻撃だ…!」

 だが彼等は無事だった。
 衝撃に痺れる様な感覚を覚えた傭兵達だったが、防御魔法を施された盾は攻撃を防ぎ切り、傭兵達はその場に踏みとどまった。

「行けるぞ、攻撃!」

 そして後ろに追従していた弓兵達が、崖の上に向けて弓を引いた。

「防いだか……だが、まだ威力があるようだな」

 一連の様子を見ていた頭領は、そう呟く。

「頭領!」

 そこへトイチナが駆け込んできた。

「トイチナ、レイニシルダとマーヴェウォイルを使える者はいたか?」
「それぞれを使えるマイニとヒストが生きてました。しばしお待ちを」

 展開している傭兵グループの元へ、盾を持った三人の傭兵に守られながら、二人の術者が走って行くのが見える。彼等は傭兵グループの背後にたどり着くと、魔法詠唱を始める。
 ――そして十数秒後、傭兵団全体を、青い半透明と緑の半透明の二種類のドームが覆った。



 塹壕陣地のスポットに据えられた92式7.7mm重機関銃が、キツツキのそれにも例えられる独特の発砲音を響かせている。保弾板に整えられた7.7㎜弾は給弾口より吸いこまれ、そして銃口から眼下へと撃ち込まれて行く。
 眼下には、先の迫撃砲からの砲撃によって防御体制を崩され、各所で身を晒している傭兵達。

「………」

 版婆の操る92式7.7mm重機関銃は、そんな彼等へは無慈悲に銃弾を注ぎ込み、浴びせていた。

「三曹、左ッ側にまだ固まってます!」
「見えてる、喚くな」

 傍らにいる、相方で給弾補佐の柚稲(ゆいな)一士が張り上げる。対して、それに端的に返す版婆。
 大多数の傭兵は馬の亡骸やわずかな岩場、窪みなどに身を隠して行ったが、逃げ遅れた傭兵の姿が所々に見られた。その中でも敵の固まっている所に照準を合わせ、押し鉄を押す版婆。そして照準を覗きながら、重機自体を少しづつ旋回させてゆく。それだけで、照準の先では傭兵達が一人また一人と亡骸となり、ぬかるんだ地面へと身を沈めていった。

「二曹。敵、展開行動を再開!」

 だが傭兵達も当然、一方的に攻撃され続けるつもりなど無いようだ。
 峨奈から、動き出した傭兵を確認しての、報告が上がる。砲撃が終わってから約一分、混乱状態からいくらか統制を取り戻したのか、傭兵団は再び防御体勢への展開を始めた。

「展開をさせるな、動き出した敵を優先して攻撃しろ」

 長沼の指示に、各機関銃が行動を始めた傭兵に狙いを付け、発砲する。狙われ、撃ち抜かれた傭兵は地面へと倒れてゆく。
 だが、それを目の当たりにしても、生き残った傭兵達は止まらなかった。銃撃を逃れた傭兵達は各所で集合し、こちらに向けて盾を構え、防御体制を取る姿を見せた。

「敵に十数名の損害、しかし行動は継続中!」
「こけ脅しが効くのは最初だけか」

 恐れを知らぬ敵の行動に、長沼は言葉を零す。

「クソ」

 その横では、樫端が悪態を吐きながら自身の小銃を構える。一番近い位置で横並びになった傭兵グループを狙い、発砲。しかし、撃ちだされた5.56mm弾は、傭兵達の構えた分厚い盾に跳ね返されてしまった。

「チクショウ!」
「落ち着け樫端。落ち着いてよく狙――隠れろ!」

 樫端を落ち着かせようとした峨奈。だが彼は途中で言葉を切り、叫んだ。それと同時に樫端を塹壕内に押し込み、自らも塹壕内へ身を隠した。

「うッ!?」

 その直後、傭兵達の放った無数の矢が飛来、塹壕の上を矢が掠めていった。

「脅かしてくれる……!最前列の敵グループより攻撃、敵は攻撃態勢を完了させています!」

 峨奈は攻撃に冷や汗をかきながら、長沼に報告を上げる。

「香故(こうこ)三曹、50口径で彼等を黙らせろ」

 長沼が指示を向けたのは、12.7mm重機関銃に着く、冷たい瞳が特徴的な一人の陸曹。

「了解」

 香故と呼ばれた彼は、長沼の指示に端的に呼応。12.7mm重機関銃を操作し照準を付け、押し鉄に力を込める。そしてその銃口より、12.7mm弾が傭兵達に向けて吐き出され始めた。
 撃ち出された12.7mm弾は傭兵グループの元へ到達すると、分厚い盾を、そして盾の主である傭兵を容易に貫き、盾の破片と傭兵の血肉を四散させた。香故が重機関銃を旋回させると、横並びで並んでいた傭兵達は次々と血を飛び散らせ、肉片を辺りにばら撒いて行く。

「恨むなよ」

 香故は表情を崩さずに淡々と、一言呟いた。

「敵隊列に動きあり。最前列のグループが後退、代わって後方のグループ二つが前に出ようとしています」

 峨奈の報告の声。12.7mm重機関銃の銃撃を受け、最前列に位置していたグループの生き残りが後退してゆく。それと入れ代わりに二つのグループが前へと出てきた。

「各小銃手は後退するグループに対応しろ。機関銃、前に出てきたグループに攻撃を集中」

 各小銃手は、下がってゆく傭兵達の後退を阻止するべく発砲を始める。
 12.7mm重機関銃は照準を、後退を始めたグループから前に出てきた傭兵グループへと移し、再び唸り声を上げた。
 撃ちだされた12.7mm弾は、先ほど同様、傭兵達を弾き飛ばし、肉片に変えるものと思われた。しかし――

「!」

 傭兵達は倒れなかった。
 撃ち出された12.7mm弾は、確かに傭兵達の元へと到達し、彼等の構える盾に命中。彼等に凄まじい衝撃を与えた。
 だがそれだけだった。
 彼等は一人として倒れる事も血を噴き出すこともなく、いまだにその場で盾を構え続けていた。

「今の見たか?」
「50口径が……防がれた?」

 眼下で起こった事態に、香故と、補佐の女隊員が怪訝な声を上げる。

「そんなことが――チッ!」

 続き零されかけた香故の声は、しかし再び飛来した矢の群れに妨げられる。重機関銃からの銃撃が一瞬途絶えたところを応射が来たのだ。

「攻撃を絶やすな。効果が無いわけではない、牽制を続けろ」

 長沼は隊員等に攻撃続行の指示を飛ばす。

「二曹!」

 だが指示を出した直後に、隣にいた峨奈が叫んだ。

「?」

 峨奈の声を聞くと同時に、長沼は視界に妙な違和感を覚えた。
 眼下の谷間の光景が、まるで色つきのガラスやスクリーン越しに見ているように、霞みだしたからだ。
 そしてそれが錯覚ではなくその通りなのだと分かる。
 違和感はしだいにはっきりと光景として現われる。谷間にいる傭兵団全体を覆うように、緑の半透明のドームが。そしてその緑のドームをさらに覆うように、青い半透明が現われた。

「あれは――どういう事だ?」
「ドーム……?CG……じゃないよね……?」

 突然現われた正体不明のドームに、壕の各所から訝しむ声が上がる。

「ッ、気味の悪い」

 そこへ香故が発し、12.7mm重機関銃の押し鉄を押し、ドームに向けて発砲する。撃ち出された12.7mm弾は半透明のドームを通過し、中にいる傭兵団へと届く。切り撃ちで十発以上撃ち込まれた弾は、そこに数名分の死体を築くはずだった。
 が――

「あ?」

 弾が注ぎ込まれた地点に、倒れた者は一人も居なかった。
 弾の半数近くは傭兵達の盾に防がれたようだ。いや、それでも盾の隙間を縫って後ろの傭兵達へと届いた弾があり、それらは傭兵達にそれなりの損害を与えるはずだった。
 だが、塹壕側から見る限り、狙われた傭兵達にそのような様子はなかった。

「嘘でしょ……?」
「冗談が過ぎる」

 横からの相方の女隊員の困惑の声。それを聞きながらも、香故は再び押し鉄を押し、ドームに向けて12.7mm弾を数発撃ち込む。しかし、やはり有効打が与えられている様子はなかった。

「各機関銃、ドーム内への発砲は控えろ。近づく敵だけを警戒、ムダ弾を使うな――小銃手、後ろの弓兵だけを狙え。殺傷できなくとも牽制にはなるはずだ」

 長沼は困惑する隊員等を制し、指示を飛ばす。

「二曹、あのドーム――」
「分かっている。おそらく弾の威力が殺されている」

 長沼と峨奈は言葉を交わしながらも、ドームの観察を続ける。

「………」

 その時、落下して行く照明弾が長沼の視界に入った。
 照明弾は先に外側の青色のドームをくぐり、続いて内側の緑のドームを通過する。その通過した瞬間、照明弾の光は極端に弱くなった。

「あの二つのドーム、どちらもエネルギーを減少させているのか?だが物体そのものは消滅していない……――樫端」

 少しの間考えた後、長沼は口を開く。

「迫撃砲隊に再度砲撃準備を要請」
「え?は、はい!」
「四耶三曹」

 樫端に指示を出した後、今度は対戦車班を構成する内の、一人の陸曹に声をかける。

「は」

 四耶と呼ばれた、彫の深い顔が特徴の三曹は、落下して行く照明弾に変わり、新たな照明弾を71式66mmてき弾銃を用いて撃ち出した所だった。
 その四耶に向けて、長沼は発する。

「あのドームに向けて、一発撃ちこめ――」


 傭兵団は二種類の半透明のドームに覆われたの空間の中で、防御体制を取っていた。
 依然として崖の上からは、異質な鏃が無数に放たれてくる。しかし術師たちが施した各種魔法によって、攻撃の脅威度は低下していた。
 今、傭兵団を覆っている二つのドーム。
 その内の、外側を覆う青い半透明のドームは、レイニシルダと呼ばれる魔法で、ドームを通過した物体の運動エネルギーを大きく低下させる働きを持つ。この効果によって強烈だった異質な鏃の衝撃は、投石程度にまで抑えられていた。
 そして傭兵達自身に施された防御魔法、ミルシーダ。これは単純に、施された対象の硬度と衝撃を吸収する力を上げる物だ。これにより傭兵達は、生身ながら鎧を纏ったような効果を得ていた。そして、無機物には本来効果を発揮しないこの魔法だが、傭兵達の盾には魔法結晶が埋め込まれており、この結晶を媒介に、盾は本来の物よりもさらに高い防御力を得ている。
 これらの魔法により作り出された環境が、傭兵団の強力な守りとなっていた。

「手を休めるな!ウォト隊、リンナ隊、キキリ隊は攻撃を続けろ!タナマ隊とルキ隊は負傷者の回収を急げ!」

 強靭な防御要塞となった空間の中心で、頭領は指示を飛ばしている。

「トイチナ、攻撃魔法は?」
「アイネ隊がスティアレイナの準備にかかっています」
「急がせろ」

 防御体制が整い、傭兵団は攻撃に転じ始めていた。
 弓兵は、次々に弓を引き、丘の上に攻撃を加えて行く。逆に丘の上からの攻撃は、魔法防御による無力化を察してか、若干収まっていた。

「頭領、敵の攻撃が収まっています。攻撃魔法の実行と同時に、ここから撤退しましょう」
「いや、攻めるぞ」

 トイチナは撤退を具申をしたが、頭領はそれを却下し、正面の敵陣地を攻める旨を伝えた。

「し、しかし!先ほどの爆裂攻撃がまたいつ来るか!」
「だからだ!先ほどの攻撃の正体、そしてどこまで届くのか皆目不明だ。レイニシルダやマーヴェウォイルで防げるという保障も無い」

 反論するトイチナに、頭領はまくし立てて理由を説明する。

「だが、あの威力だ。懐に潜り込めば下手に使えない可能性はある。攻撃が収まっている今のうちこそ……」

 頭領の台詞は唐突に上がった爆音に遮られた。魔法の壁に覆われた空間の内側、展開する傭兵団の左端で爆煙が上がった。

「クソォ!きやがったッ!」
「おちつけー!下手に動けば敵の餌食だぞ、体勢を崩すなー!」

 頭領は大声を張り上げてから、爆炎があがった箇所を見る。その場にいた数名の傭兵が直撃を受けて死亡、さらに近くにいた数名が負傷したようだった。

「ッ、マーヴェウォイルでも防げんかぁ!」

 忌々しそうに唸る頭領。
 マーヴェウォイルという魔法は、熱、光、電気など、力学的エネルギー以外の主だったエネルギーに対して効果を発揮する。火炎弾や雷攻撃など、何らかのエネルギーによる殺傷効果を期待する魔法攻撃に対して、
マーヴェウォイルにより発生した緑のドームは、これらの持つ攻撃力を大きく低下させる事ができる。これは魔法攻撃だけでなく、火矢などにも有効であった。
 だが、今さっき傭兵団に襲い掛かった攻撃には、マーヴェウォイルによる威力の低下が見られなかった。
 それを除いても、傭兵達はミルシーダによる防御力の底上げを受けている。
にもかかわらず、直撃を受けた傭兵達はただでは済まず、周囲に居た者も重傷を負った。

「どういう攻撃なんだ!?こんなものガーディエ系魔法かもっと上位のシルダ系魔法でもなければ防げません!」
「うろたえるな!今この場にない物をねだっても何もならん!聞けー!崖の麓、敵の死角まで移動するぞ!キキリ隊、ルキ隊はただちに前進!ウォト隊、リンナ隊の弓兵は前進を援護しろ!」

 頭領は叫ぶトイチナを叱咤、傭兵達に次の指示を飛ばす。
 だが頭領が発した直後、音が聞こえた。
 先ほど響き渡った音と同じ、風が吹く音とも、口笛の音ともつかない奇妙な音。

「この音ッ!急げぇ!さらに攻撃が来るぞォ!」

 頭領が発した瞬間、爆音が響いた。
 傭兵団を覆うドームの内側で複数の爆煙が上がり、各所で傭兵達の体が舞い上がった。

「臆するなーッ!この攻撃は必ず当たるわけではなーいッ!」

 再び統制を崩しかけた傭兵団に、頭領は怒号を飛ばす。
 頭領は爆煙が上がる瞬間を観察し、爆煙の内のいくつかは、あまり効果的ではない場所で上がっている事に気付いた。不確定要素で、気休めの域を出ないが、頭領の言葉は傭兵達の心理的負担をわずかにだが軽くした。

「確実に行動しろ!キキリ隊、ルキ隊!防御魔法の外に出たら、死角まで決して足を止めるなッ!」

 頭領の言葉を受け、傭兵は必死の前進を開始する。

「ウォト隊、リンナ隊!援護の手も絶やすな!タナマ隊、負傷者を運び出せるように準備をしておけ!」

 爆裂攻撃が続く中で、各傭兵グループは与えられた指示を確実にこなしてゆく。
 ――だが、ひとつの爆煙があがった直後、事態は起こった。

「!」

 傭兵団を覆っていた青と緑、二つの半透明のドームがゆっくりと姿を消して行く。

「頭領!リンナ隊付近で爆炎を確認!」
「マイニとヒストがやられたのか、クソ!」

 爆煙は魔法の壁を張っていた術者を襲い、主を失ったことによって、二つの魔法はその力を維持できなくなったのだ。

「全隊、ただちに前進ッ!全ての隊は二手に分かれて前進しろーッ!」

 もちろん予想できていた事だった。頭領はすぐさま全グループに別の指示を飛ばす。

「崖下にたどり着いたら再結集し――」

 しかしその最中に、頭領達の近くで爆煙が上がった。

「うぁッ!?」
「ヅッ!」

 頭領やトイチナ、そして二人の周りで盾を構えていた傭兵達が体勢を崩す。そして――

「――ガッ!?」

 次の瞬間、頭領の体を謎の鏃が貫いた。

「なッ!?頭領ッ!!」

 頭領は血と肉片を胸部から飛び散らせた、地面に倒れる。

「しまった!そんなッ!」
「頭領!」

 トイチナが頭領へ駆け寄り、傭兵達はあわてて頭領の周囲を固め直す。

「……い、行け……指揮を執れ……!」

 口から血を流し、かすれた声で頭領はトイチナに言う。

「ダメです、頭領!!」
「たの……む……」

 最後にそう言葉を紡ぐと、頭領はそれ以上動く事はなくなった。

「………」
「親狼隊長ッ!」
「クソォッ!前進だ!崖の下まで避難しろ、走れェッ!」



「迫撃砲弾、第5派着弾を確認。敵部隊に損害多数!」

 てき弾、迫撃砲弾による攻撃は有効だった。
 傭兵団の周囲に現われたドームは、物体が通り抜ける瞬間にそのエネルギーを減少させる効果をもつようだった。逆を言えば物体が完全に遮断される事は無く、撃ち込まれた66mmてき弾はドームの内部に入り込んで炸裂、傭兵にダメージを与えた。
 炸裂兵器による有効打が確認され、迫撃砲による第二次攻撃が敢行された。迫撃砲弾はドームによって、落下速度に多少の影響を受けながらも、傭兵団の元へと着弾。傭兵達へ爆煙と破片を届ける役目をしっかりと果たした。

「見ろ、ドームが消えて行く」

 そして降り注いだ迫撃砲弾の一発が、ドームを出現させていた何らかの装置、もしくはオペレーターを排除したらしい。傭兵団を覆っていたドームは、頭頂部より溶けるように崩壊して行き、やがて完全に消滅した。

「二曹!敵部隊、さらに二グループが突撃を開始!」

 66mmてき弾が撃ち込まれた直後から始まっていた傭兵団の突撃は、砲撃による損耗、そして魔法による防御を失った事により、一層激しさを増した。

「うッ!」

 いくつかの傭兵グループは、弓矢で味方の前進を援護するべく、砲撃に晒されるのを覚悟で踏みとどまっていた。彼等の放つ矢が、塹壕の上を掠めてゆき、隊員から声が上がる。

「あの中で、まだこれだけの矢を飛ばしてくるか!?」
「焦るな。こちらは接近する敵の排除を優先、後方の敵グループは迫撃砲に任せろ」

 峨奈の苦い声と、長沼の落ち着かせ、指示を送る言葉。
 弓兵の援護の下、苛烈に突撃を敢行する傭兵達。対する塹壕の隊員等は、激しい弾幕と砲火でこれを迎え撃った。

「中央右側のグループ、誰か対応しろ!」
「こちらで吹き飛ばす、待っていろ」

 各機関銃と小銃、そしててき弾は眼下の傭兵達に激しい攻撃を加える。各員は必死に銃の引き金を引き、重機関銃の押し鉄に力を込める。

「盾を持ってる奴等が厄介だねぇ……!まだこっちの弾を防いでる!」
「しつこく狙って行く。もう魔法の恩恵は無い、突き崩すぞ」

 重機関銃補佐の女隊員が唸り上げ、香故はそれに対して淡々と発し、12.7㎜重機関銃を操る。
 盾を持つ傭兵達の中には、その防御効果でいくらか銃撃を耐え凌ぐ者もいた。だがそういった者達も、集中砲火によって押し切られるか、てき弾や迫撃砲弾の直撃を受け、吹き飛ばされる。
 そうして傭兵達は激しい攻撃に次々と傷つき、数を減らして行く。
 ――しかし、傭兵達は突撃を止めなかった。
 銃弾を受けて仲間が倒れ、砲弾の爆炎や破片で自身が重症を負いながらも、彼等は足を止める事も、弓を引く手を休める事も無かった。

「……なんてやつらだ」

 そんな彼等の姿に、塹壕のどこかからそんな声が上がった。
 勇敢な突撃の末、銃撃の隙を付いて崖の下へたどり着くチラホラと現われ出す。それに合わせて、後方で弓矢での援護を行っていたグループも、体勢を解いて散会、こちらへと走り出した。

「敵残存戦力、大多数がこちらへ接近しつつあり」
「迫撃砲隊に砲撃停止を要請。これ以上、有効な攻撃は望めない。こちらからの銃撃のみで敵を叩く」

 長沼の指示が無線で迫撃砲部隊へ送られ、迫撃砲からの砲撃が停止。谷間に迫撃砲弾による爆煙が上がらなくなる。
 対して、塹壕からの傭兵達に対する攻撃はより苛烈さを増した。

「版婆三曹、左側からの突撃に対応しろ」

 長沼から、92式7.7mm重機関銃を操作する版婆に指示が下る。

「了解」

 版婆はその指示に一言返した。

(いい加減にして欲しいぜ――)

 内心で悪態を浮かべながらも、版婆は指定された目標を照準に捉え、押し鉄に力を込める。
 保弾板に並ぶ7.7mm弾が、重機横の給弾口に吸い込まれ、銃口から吐き出される。
 92式7.7重機関銃は一人、二人、三人と傭兵達を薙ぎ倒し、保弾板に並ぶ30発の7.7mm弾を全て吐き出した。

「次の保弾板、装填します!」
「ちょい待ち、銃身が限界だ」

 見れば、重機の銃身が熱を持ち、雨粒が銃身に落ちるたびに、小さな煙が上がっている。

「92重、銃身を交換する!」
「了解。その間はこっちで押さえる、急げよ」

 版婆は周囲に銃身の交換に入る旨を告げ、作業に取り掛かる。

「換えの銃身、用意しとけ」

 補佐の柚稲にそう言い、重機の銃身を取り外そうとした時だった。
 眼下の、照明弾に照らされた谷の中。肉眼でも見えるギリギリ距離に――それは見えてしまった。
 両足共に太股より下を失い、苦痛に顔を歪ませながら這いつくばっている、一人の傭兵の姿が。

「――イカれてる」
「版婆さん?どうしました?」
「なんでもない、急ぐぞ」

 訝しむ柚稲にそう答え、版婆は可能な限り急いで作業を進め、銃身の交換を完了させる。

「交換完了、攻撃再開する」

 交換の終わった重機に新しい保弾板を装填し、銃を旋回させる。版婆が真っ先に狙ったのは今しがたの、両足を失い、今も苦痛に苛まれている一人の傭兵。彼を苦しみから解放すべく、押鉄に力を込めた。重機から撃ち出された7.7mm弾が、傭兵の体を貫く。そして彼を苦しみから解放すると同時に、彼の命を終わらせた。

「………」

 版婆それを見届けた後、自身の役割を全うするべく、重機を他の目標へと向ける――



 防御魔法レイニシルダが消え、守りを失った傭兵達は、攻撃から身を隠すべく崖下の死角へ向けて走る。
 だが敵も接近を易々と許すはずは無かった。
 レイニシルダの消失により、本来の破壊力を保ったままの異質な鏃が、傭兵達へと牙を剥く。崖下を目指して駆ける傭兵達は、次々と鏃の餌食となり倒れてゆく。盾を手に、鏃の猛威を耐え凌ぎながら前進する傭兵の姿も合ったが、彼等も集中攻撃により押し切られるか、爆炎に吹き飛ばされ、屍となっていった。

「ハァッ……ッ!」

 その死の雨の中を、親狼隊長トイチナはなんとか潜り抜け、崖下の死角へと飛び込んだ。

「ゲホッ……クソッ!」

 死角に逃げ込んだトイチナは背後を振り返る。
 ここに至るまでの道、そして先ほどまで展開していた空間には、味方の亡骸が無数に横たわっていた。

(!?、あれは……)

 その惨劇の目に、目を引くものがあった。未だに先の場所に留まり続け、防御体制を取り続けているグループがいたのだ。
 盾を構えた数名が攻撃に耐え続け、その彼等の後ろからは、弓兵が矢を放ち続けている。だが数は片手で数えられるほどにまで減っていた。そして生き残っている者達も、一人、また一人と苛烈な攻撃に押し切られ、やがて最後の一人がぬかるんだ地面に身を横たえた。

(……!)

 他の仲間の前進を援護するため、最後までその留まり果敢に戦い続けた傭兵達。彼等は仲間のためにその身を投げ打ったのだ。

(俺のせいだ……俺が頭領の不安を理解して、迂回に賛成してれば……!)
「親狼隊長!」

 悔いる暇も無く、トイチナを呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、そこに頭領の側近であった少年の姿があった。

「メナか、ここに何人たどり着いた!?」
「わかりません……ただ、ここにいる人達だけで全部のようです……」

 泣きそうな顔で答えた少年。
 トイチナは周囲を見渡す。
 崖下に確認できる傭兵の人数は、本来の半数以下。しかもその中には負傷している者が多数見受けられた。
 空間防御魔法レイニシルダの消失した後も、傭兵達には個々にかけられたミルシーダ防御魔法の効果は残っていたのだが、襲い来る強力な攻撃を無力化するには、防御魔法だけでは荷が重すぎた。それどころか、半端な防御力の上昇は傭兵達に即死を許さず、あちらこちらから重傷者の呻き声が上がっていた。

「ッ………聞けー!無事な者は頭上を警戒しろ!」

 惨状に一瞬表情をゆがめたトイチナだったが、彼は嘆く前に声を張り上げた。

「アイネ隊、無事だな!すぐにスティアレイナを準備しろ!メナ、負傷者に治癒魔法だ!」

 生存者の中に魔法隊の姿を確認し、指示を飛ばす。同時に側近の少年に負傷者の治療を命じた。

「レバナ、瞬狼隊はどうなった?」

 トイチナは側にいた傭兵に、先行していた瞬狼隊の安否を尋ねる。

「ダメです……」

 尋ねられた傭兵は、言いながら谷の出口付近を指し示す。出口の近くには、30騎近くの騎兵が横たわっているのが見えた。爆炎か鏃か、どういった攻撃に遭い倒されたのかは分からないが、本隊を助けるために引き返したところを狙われたようだった。

「クソ……リムン!」
「はい!」

 トイチナは一人の傭兵を呼び寄せる。

「衛狼隊まで伝令に走ってくれ。崖沿いに行けば、敵の鏃に狙われる危険は無いはずだ。今のわが隊の状況を伝えてくれ」
「分かりました!」

 むろん、この状況下で本当に危険が無いなどとは、命じたトイチナも、命じられたリムンという傭兵も思ってはいない。しかしそれを承知の上で、リムンは伝令に走り、トイチナは彼を見送った。

「皆、しっかりしろッ!じき衛狼隊が来る、それまで持ち堪えるんだ!」

 伝令を見送った後、トイチナは生き残りの傭兵達を鼓舞するため、再び声を張り上げる。

「親狼隊長、お聞きしてもよろしいいでしょうか……?」
「なんだ?」

 鼓舞のための声を上げた直後、トイチナに問いかける声。先ほどトイチナが瞬狼隊の安否を尋ねた、レバナという傭兵だ。

「頭領はどうなされたんです?」
「………」

 険しい表情で問いかけてきたレバナ。彼だけでなく、他の傭兵達も、あるいは不安げな表情で、あるいは険しい表情でこちらに視線を向けている。
 対して、トイチナはすぐには返答できなかった。今このタイミングで頭領の死を告げていいのかと。
 いや、傭兵達も内心では頭領の死を察しているのだろう、しかしそれを今はっきりと口にしていいものかと。

「………ッ!あの野郎共ォッ!」

 沈黙はトイチナではなく、他の傭兵の怒声により破られた。トイチナの思考もわずか一瞬の物だったが、それよりも傭兵達の心に怒りの火が灯るほうが早かった。

「ぶっ殺してやるッ!」

 一人の傭兵が崖の上へ罵声を放つと、武器を掴み崖へと手をかけたのだ。

「クソォッ!殺してやるッ!」
「行くぞ、あいつらを倒すんだッ!」

 そして怒りは他の傭兵達へと伝播した。
 頭領の死を察し、激昂した傭兵達が、各々の武器を手に次々と崖を上りだした。

「な!バカ、よせッ!」

 トイチナは怒声にも近い声で制止したが、怒りで冷静さを失った彼等の耳には届かなかった。

「ッ、俺達も行くぞ!」
「親狼隊長、怪我人を頼みます!」

 そして怒りに任せて上って行った者達を見捨てられず、数名の傭兵が彼等を追いかけてゆく。生き残りの中から計20名以上の傭兵が崖を上って行き、しばらくして崖の上から戦いの音が響き出した。

「………クソ!アイネ隊、スティアレイナ発動を急げ!」



「ぐげッ!」

 一人の傭兵が小銃弾を身に受け、悲鳴を上げて崖の上から落下してゆく。

「糞ッ……!」
「まだ来るぞ!宇桐、右だ!右から上ってくる!」
「分ぁってる!今やる!」

 塹壕陣地の一角で、若い隊員である、普通科の町湖場や施設科の宇桐が、声を張り上げ飛ばし合い、そして戦闘行動を行う姿がある。
 崖下に潜り込んだ生き残りの傭兵達は、崖を上り、塹壕へと肉薄攻撃を仕掛けてきた。
 塹壕陣地の隊員等はそれを阻止するべく応戦する。接近戦のため、手榴弾やてき弾などの炸裂兵器の使用はもちろん、重機関銃も有効な運用は出来ず、各員は手持ちの火器での応戦を強いられた。

「クソ!なんなんだ!」

 MINIMI軽機射手である町湖場は、接近する傭兵に軽機を撃ち対応しながら悪態を吐く。

「ぐぶッ!」
「三人目、いい加減に――!」

 目前に迫った傭兵を射殺し、町湖場は次の目標を探そうとする。

「町湖場、まだいるぞ!」

 だが彼に警告の声が投げかけられた。

「ッ!」

 倒した傭兵の背後から、もう一人の傭兵が姿を現れる。そしての手に握られた斧が、町湖場へと振り下ろされた。

「ヅッ!」

 町湖場とっさにMINIMI軽機を両手で掲げ、傭兵の斧を受け止めた。

「おおおおおおッ!」
「あああッ……!」

 初撃を凌いだ町湖場だったが、傭兵の込める力にジリジリと押される。町湖場自身も決して貧弱ではない体躯の持ち主だが、眼の前の屈強な傭兵の腕力は、それのさらに上を行っていた。

「――ぎゅべッ!?」

 だが、その屈強な傭兵が叫び声と共に真横へ吹っ飛んだ。

「大丈夫か?」

 町湖場の窮地を救ったのは、ショットガンを手にした香故であった。

「はぁッ……!すいません!」
「視界を広く保て。崖の上に頭を見せた奴は即座に撃て、攻撃の隙を与えるな」

 町湖場に端的に告げる香故。
 その間も、次々に崖の上へと上ってくる傭兵達。しかし、塹壕への肉薄を成し得た傭兵は決して多くは無く、ほとんどの傭兵は、崖を上り切った直後の無防備な瞬間を狙われ、火器の餌食となっていった。

「怯むな食らいつけぇ!」
「うぁぁぁぁッ!」

 それでも傭兵達が怯む事は無かった。
 彼等は仲間が倒される瞬間の、隊員側の注意が逸れるわずかな隙を突いて、塹壕への肉薄攻撃を試みてきた。

「はぁッ……!イカレてんのかこいつ等!?」

 そんな傭兵達を迎え撃ちながら、叫び声を上げる隊員がいる。
 施設科の宇桐だ。
 死を恐れず肉発攻撃を仕掛けてくる傭兵達に向けて、目を血走らせながら小銃の引き金を引いている。

「あれだけ仲間を殺されたんだ、そりゃ頭に血も上るだろうさ」

 そんな彼に、横で再装填中の樫端が返す。宇桐に対して彼のそれは、こんな状況下にもかかわらず、どこか緊張感の欠けた口調だった。

「何冷静に言ってやがる、早く撃てよ!」
「分かってる!」

 捨て身の肉薄攻撃を仕掛けてくる傭兵達。対して塹壕陣地の隊員等も、小銃や散弾銃を手に必死の迎撃を続ける。

「冷静に対応しろ、問題が発生したらすぐに援護を頼め」

 長沼は隊員等に逐一指示を出しながら、自身も小銃を手にし、冷静に襲い来る傭兵に対応していた。――直後、そんな長沼の耳に、谷を挟んだ対岸の第11観測壕からの通信が届いた。

《L1聞こえるか?こちらスナップ11、そちらの様子が見えてる。現在重機にてそちらの崖際を照準してる、援護が必要か?》
「いや、待機しろスナップ11。こちらはすでに白兵距離だ、誤射の危険が大きい。敵の残存はそう多くないはず、この攻撃は長続きしないはずだ」
《了解》

 長沼の予測は正しかった。
 傭兵達の攻撃は熾烈な物だったが、それは一過性のものであり、そう長くない時間の後に衰えを見せ出した。

「ぎゃぎッ!?」

 そして塹壕陣地の一角で、発砲音と悲鳴が同時に上がる。
 香故がショットガンを撃ち放ち、重機関銃の間近に迫った傭兵が散弾を全身に受けた。そして撃たれた傭兵は崖から落下して行く。

「――収まったか」

 静かな声で発する香故。
 それを最後に塹壕からの発砲音は収まり、崖を上って肉薄攻撃を仕掛けてくる傭兵の姿も無くなった。



「万物の命に祝福を、来たりしこの時に光を、在りし力にさらなる雄々さを纏わせ、意志をより高みへ導きたまえ――」

 一人の女傭兵が、魔法発動のための呪文を詠唱している。地面には分厚い魔道書を置かれ、そこに綴られた文を目で追いながら、少しでも早く詠唱を完了させるべく口を動かしている。

「まだかかるか?」
「もう少し、後1ページです!」

 トイチナの問いかけに、女傭兵の隣にいる相方の傭兵が答える。

「急げ」

 術師を急かし、トイチナは崖を見上げる。
 先ほどまで崖の上から聞こえていた戦闘の音が消えた。そして上っていった傭兵達が戻って来る事はなかった。いや、正しくは数人が亡骸となって戻ってきたのだが。

「全滅か……」

 呟き、トイチナは視線を降ろす。彼の脇には、崖の上の敵に殺され、落下してきた傭兵の亡骸が横たわっている。

「……このままでは終わらさんぞ……!」

 トイチナは亡骸に手を置き、小さく声を漏らした。

「できた!」

 その直後、術師の女傭兵が詠唱を終えた。

「お願い!」
「任せろ!」

 彼女は隣にいた相方に視線を送り、相方は彼女に代わって詠唱を始めた。

「鋼よ、心をも貫く鋼よ!愚かなる者達の頭上に、冷徹な裁きを降らせたまえ!」



「収まった……今ので全滅したのか?」

 峨奈が訝しげな表情で呟き声を発する。
 塹壕の隊員等は敵の攻撃が収まった後も、武器を構えたまま警戒を続けている。彼等の目前には、肉薄攻撃の末に息絶えた傭兵達の体が、いくつも横たわっていた。

「スナップ11、こちらジャンカーL1長沼。そちらから、こっちの崖下の様子を確認できるか?」
《待って下さい……崖下に十数名ほど確認できます。崖を上ろうとする人影はありませんが、未だに動きがあります。注意してください》

 長沼の呼びかけに対岸の第11観測壕から報告が返される。

「了解――各員、まだ敵に動きがあるぞ。次の攻撃を企てているのかもしれない、警戒を怠――」
「チクショウ!なんなんだよ!」

 長沼の声を遮り、荒い声が上がったのはその時であった。そして塹壕陣地の各員の視線が、そちらを向く。

「いい加減あきらめろよ、突っ込んできても死ぬだけだってわかんねぇのかよ!」

 声の主は施設科の宇桐だ。
 先ほどの傭兵達の勇敢とも無謀とも言える突撃、そして今、目の前に広がる亡骸の山。地獄のような光景が宇桐の感情を揺さぶり、激昂という形で表に現われたのだ。

「宇桐、落ち着けよ……」

 隣にいた町湖場が宇桐を宥める。しかし宇桐の感情が収まりを見せることはなかった。

「チクショウ……そんなに死にたいなら、止めを刺してやる!」

 そして彼は叫び声を上げると同時に、武器を手に塹壕から飛び出した。

「宇桐一士!」
「宇桐!おいッ!」

 長沼や町湖場が制止の声を掛けるも、彼に聞く耳は無い。
 宇桐は塹壕と崖の縁の間の、2メートルもない空間へと乗り出すと、サスペンダーにぶら下げた手榴弾を掴む。先に崖下に手榴弾を投げ落とし、その後に小銃で掃射をする算段だ。掴んだ手榴弾を引っ張り、サスペンダーの金具に繋がっているピンが抜け、安全レバーがはじけ飛ぶ。

「終わりだァッ!」

 手にした手榴弾を崖下へ投げつけるべく、叫び声と共に腕を大きく振り上げた。そして――

「――ァ」

 ドスッ――と、彼の喉元に鈍い衝撃が走った。

「ぇ」

 唐突に自分の体に生じた違和感。口からは掠れた声が漏れる。

「な、ぁ?」

 自分の体に目を落とす宇桐。彼の喉仏の下、胸骨の真上には、鋭いツララ状の鉱石が深々と突き刺さっていた――。

「宇桐ッ!」

 背後から彼の名を呼ぶ声。その声を合図とするかのように、〝それ〟は始まった。
 大小無数のツララ状の鉱石が、今もなお降り続けている雨に同調するかのように、周囲に降り注ぎ出したのだ。

「――身を隠せ、壕に潜れッ!」

 長沼は即座に声を張り上げ、退避の指示を出す。それを受けた隊員等は、塹壕へと身を隠す。ただ一人を覗いては――

「宇桐ーッ!」

 倒れた宇桐の元へ向けて、町湖場が塹壕から飛び出した。

「町湖場一士!危険だ、やめろ!」

 長沼が冷淡な声で制止を命じたが、町湖場は聞かなかった。
 宇桐の体へ這いよった町湖場は、まず真っ先に、宇桐の手から零れ落ちた手榴弾を拾い上げて投げ捨てる。一瞬の間の後に、手榴弾は空中で爆発した。

「宇桐!」

 そして宇桐の体に手を回し、彼の体を塹壕へ引きずり込もうとする。

「がぁッ!」

 だがそんな彼に鉱石の雨は容赦なく降り注ぎ、その内の一本が町湖場の右腕に突き刺さる。

「ッ……!」

 激痛が走るも、町湖場は手を離さず、宇桐の体を引っ張り続けた。

「ヅッ!……あぁッ!」

 鉱石はさらに左足を貫き、わき腹を抉る。
 十秒にも満たない時間、わずかな幅を移動する間に、身を晒した町湖場の体は酷く傷ついてゆく。しかし傷を負いながらも、町湖場は宇桐の体を塹壕に引きずり塹壕へと戻って来た。

「町湖場!無茶を」

 戻って来た町湖場へ香故が手を借し、塹壕内へ二人を引きずり込む。

「ッ、衛生隊員、来い」
「分かってます!」

 香故の上げた言葉に、待機していた衛生隊員の着郷が呼応。狭い塹壕を縫って二人の元へ駆け寄る。

「!」

 二人の様子を目の当たりにして、着郷は一瞬息を呑む。しかしすぐさま意識を切り替え、手前にいた町湖場の応急処置に掛かった。

「俺は、いい……宇桐を見てやってくれ……!」

 手当てを始めた着郷に向けて、町湖場が苦痛交じりの声でそう発した。

「……」

 しかし着郷はそれを無視して町湖場手当てを続ける。

「おい!聞いてるのか……!宇桐の手当てを……!」
「もう話すな。大人しく手当てを受けていろ」

 自分の要求を無視した着郷に対して、町湖場は言葉を荒げて、再度要求しようとした。だが香故の静かで、しかし有無を言わさぬ声がそれを遮り、制した。
 そして香故が視線を落とした先には、宇桐の体が横たわっている。彼の体には、喉元に刺さった鉱石を始め、体中に大小いくつもの鉱石が痛々しく突き刺さり、血が流れ出ている。
 しかし、今最も大事なのはそこではなかった。宇桐のその瞳は、開いたまま虚空を見つめていた。
 瞬き一つすらすることなく。

「―――ふざけやがって」
「………」

 香故は一言だけそう零す。
 そして宇桐の身の反対側にいたウラジアが、宇桐の開いたままの目を静かに閉じた。
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