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ハインミュラー家の人々 結

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「これを飲んで下さい。まず3グラムを、そして一時間ごとに3グラムづつ、計10回繰り返します。
今、午後5時ですから午前3時には飲みきってください」

ベアトリクスの部屋でガブリエラに薬の袋を渡し注意事項を説明する。

「眠って目が覚めたらきっと、全てが良くなっています」

ベアトリクスは目を細めて小さく頷く。
ガブリエラが肩を支えて、一度目のメイヤクソウを服薬した。
それだけでも少し効いたのだろうか、浅い呼吸が深くなった。

クリスタが居間に戻ると、夕食の支度をしているのか双子とルドガーはいなかった。
いたのは黒い皮張りの高級なソファーに座ったヴィクトールだけだった。
体を折り曲げ両手を額の上で組み何かを考えているのだろうか、何回か大きなため息をついていた。

「あ、クリスタ。お疲れ様」

そしていつの間にか呼び捨てにされているのだが、もう気にしないことにした。

「あなたもお疲れのようね」

「いや、そんなことはないけど……」

「話してみれば?」

「え?……………何を…………」

クリスタはあまり人の気持ちや感情に興味はない。
だが、心療心理の学習を通じていくらか他人の発するサインを感じ取れるようにはなっていた。

「思ってることを話して」

「…………………」

ヴィクトールは一度黙り、天井を見つめそれからクリスタを見た。

「あのまま、ベアトリクス婦人が死んでしまっていたらと思うと、怖かった……。そんなことになったらあいつはもう………」

こんな顔をする彼をクリスタは初めて見た。

「調査書見たよね……ローラントは、兄と弟を続けて亡くしてる。顔にこそ出さないが、酷いもんだったよ。ほんとにね、生きる屍……」

そう言って、ふふと自嘲気味に笑う。

「ベアトリクス婦人も辛かったと思う。だけど、ローラントが自分自身を責めてはいけないと、心を殺して頑張ってた、だから…………オレは今、ここにキミがいてくれて本当に嬉しい、みんなを救ってくれて本当に嬉しいんだ」

ヴィクトールが真っ直ぐにクリスタを見ている。

「私はすべきことをしているだけよ。あえていうならそうね、あなたは私をここに連れてきたことを誇っていいわ」

両の眼を大きく開き、破顔するヴィクトールの瞳は新緑の力強さを思わせる綺麗な色をしていた。

夕食を終え、ようやく自分の部屋に案内されたクリスタは、思いの外自分が疲れていたことに気づいた。
ベッドに体を横たえると、程なく睡魔が襲ってくる。

「少し休んで、ガブリエラと交代しな……いと……」

そうしてクリスタの意識ははるか彼方へと飛んだ。


********



朝5時、夜中に目を覚ましたクリスタがガブリエラと交代してから五時間が経っていた。
この最後の服薬が終われば取り敢えずは安心していいだろう。
朝日が差し込む部屋でベアトリクスの顔に血の気が戻っているのを確認する。
ヒトツキソウの匂いももう残っていない。
あとは…………。

まだ結構時間がある。
クリスタは朝日を浴びながら精一杯背伸びをし、深呼吸をした。




午後12時を少し回った頃、ボレル医術士とヒルダが現れた。
朝方来た警邏の二人は書斎の方に隠れてもらっている。
ヴィクトールにも一緒にいてもらった。

そしてクリスタは2階の窓から様子を伺う。

ヒルダは今日も派手な格好だった。
よくわからない大きな花柄のワンピースに真っ赤なパンプス、石畳に時折足を取られ転げそうになっている。

「こんにちは~~!」

クリスタはあわてて室内2階の踊場に身を潜め、動向を見守る。
付き添いの方が先に玄関から入るってどうなの?
ボレルはその後から小さくなって入ってきた。

ルドガーも双子も目を合わせないし、挨拶もしない。
いつもと変わらないように接して、とお願いしたけれどこれが通常ならヒルダの心臓は鉄で出来てるんじゃないの?

ヒルダもボレルも構うことなく、2階に上がって行く。
クリスタはベアトリクスの部屋と続きになっている部屋に飛び込み、扉をほんの少し開けておいた。

トントンとノックが二回。
いつも返事はないのか、不躾にヒルダが乗り込んできた。

「こんにちは!調子はどうですかぁ?お義母様ー」

ベアトリクスに付き添っているガブリエラがあからさまに敵意を剥き出しにしている。

「あなたは下がってちょうだい!診察の邪魔よ!ねぇせんせい?」

気持ち悪い声を出したヒルダの口角がくっと上がった。
ボレルは聞いているのかいないのかヒルダに背を向け、今日の分の投薬をテーブルのトレイにのせた。
そして、診察をしようとベアトリクスに近づいたその時、何かに気付き狼狽しはじめた。

「あ、そ、んな……馬鹿な……」

ゆっくりと後退りするボレル。
ガブリエラはボレルの退路を絶つためドアの近くに移動した。
そんなことを気にも止めないヒルダはベアトリクスの今日の分の薬をトレイに乗せて運び始める。

「待ちなさい!!」

その声は合図だった。
隣の部屋からクリスタが、ベアトリクスの部屋の扉から警邏の二人とヴィクトールが飛び込んだ。

クリスタはヒルダがトレイにのせた薬を取り上げ、警邏がボレルとヒルダを一時拘束する。

「離しなさい!はなせ!」

半狂乱になったヒルダは腕をブンブン振り回している。

クリスタはボレルの薬の包みを開け、スンと匂った。
そして、念のためフラスコに作っておいた試薬で毒物反応テストをする。

まちがいない、これは。

「これはヒトツキソウですよね!この毒物を一般の医術士が扱うことは許されていません!医術士ボレル何か仰りたいことは!?」

呆然としていたボレルは目の焦点を徐々に合わすと、クリスタを見て言った。

「娘がさらわれている………」

「なん、ですって?!」

「その女の父親に監禁されている!脅されてたんだ。大奥様を毒殺して、この家を乗っ取るためのそいつらの計画だ……こんなこと……したくなかった………」

「大変!ヴィクトール、彼の娘を探しだして!」

「わかってる!この地域の陸軍を総動員する!警邏隊にも出動要請を頼む」

警邏隊の二人は頷くとヒルダとボレルを手際よく縛り動けないようにした後、急いで隊詰所に戻っていった。


ベアトリクスの部屋に、クリスタ、ガブリエラ、ルドガー、イーリス、イレーネ、ヒルダ、ボレルが残されている。
うるさいからと猿轡を噛まされたヒルダは相変わらずうーうーと耳障りな声を出している。

一時間程たった頃、警邏隊の一人が帰ってきてボレルに言った。

「お嬢さんはエマという名前ですか?」

ボレルははっと顔をあげ答える。

「はい、はい!そうです!娘は無事でしょうか?!」

「ええ、先程無事に保護されましたよ。ケガもなく元気です」

ボレルは床に座り込むと額を床に擦り付け、何度も何度もすみませんと繰り返した。

「ボレルさん、証言してもらえるわよね?ヒルダと父親の罪の件」

真っ赤になった額を上げ、クリスタを見たボレルは苦役から解放されたような目をして言った。

「もちろんです。私は医術士として失敗しましたが、人間としてはもう失敗したくない!」


********



警邏隊に連行されていった二人はこれから詰所で取り調べられ、グノーセントの本所に送られ、司法局によって裁かれる。ボレルにはまだ酌量の余地があるが、ヒルダ親子はもう外に出てくることはないだろう。



長い2日間だった……
自分の身に何が起きてるのか、何に巻き込まれてるのかわからなくなってくる。
あーなんかもうどうでもいいかな、眠い………。
ゆっくり寝てから考えよう。
クリスタはベッドの上に四肢を放り出し、呆れるほど早く眠りに落ちた。


クリスタが目覚めたのは次の日のお昼だった。
丸1日寝たことになる。
何度か双子が起こしに来てくれたみたいだが、何をしても起きる気配がなかったらしく、生存確認だけして帰ったとか。
ヴィクトールはクリスタが起きる少し前にザクセンに出発したらしい。
最後に会いたいとか言ってたようだがこれ以上休めないと泣く泣く帰っていった、とルドガーが言っていた。

驚いたのは大奥様、ベアトリクス。
もともと丈夫な人だったのか、起きるとすぐに活動しはじめ貯まっていた仕事を速攻片付けたのだ。

クリスタは病人でないベアトリクスにこの日のお昼に会った。

「クリスタさん、本当にありがとう。あなたがいなかったら死んでたわね」

「そうですね、きっとみなさん犯人はわかってたんでしょうけど、毒物が特定できなければ大奥様を救えなかったでしょうから」

全く謙遜しないクリスタをベアトリクスは喜々として見つめる。

「ありがたいこと!ローラントがあなたのような優秀で美しい女性と結婚するなんて!これでハインミュラー家も安泰ね」

はは、とクリスタは愛想笑いを浮かべる。

「それで、大奥様、私……」

「あら、嫌だ」

医術実習の件を言い出そうと思ったのだが……突然のベアトリクスの言葉に息を飲んだ。

「お義母様とよんで!!」

へ?とおかしな声が出た。予想外の言葉にクリスタの思考が一瞬停止する。
キラキラと笑顔を輝かせクリスタの言葉を待つベアトリクス。
これを言わねば、次の話はさせてもらえまい。

「お、おかーさま?」

声がうわずった………
うふふふとベアトリクスが笑うと、後ろにいたルドガー、ガブリエラ、イーリスとイレーネも一様に笑った。











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