純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第三章 怪・事件

⑫呪札

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車で待つこと約10分。
まず帰ってきたのは次郎太だ。
彼は呪札らしき紙をヒラヒラとさせながら、後部座席に乗り込んだ。

「おかえり、次郎太。首尾は?」

「ただいま、サユリさん。上々だよ。ターゲット宅の呪札は玄関の靴箱の底に貼ってあってね、すぐに見つけられたよ」

そう言うと、次郎太はファサッと前髪をかきあげた。
といっても、人型の時ほどの毛量がないので些か滑稽である。

「そう、良かった。それで、呪札ってどんなの?」

私は身を乗り出して、次郎太が持っている紙を覗き込んだ。
それは、神社で貰う御札のように美しい墨で書かれているけど、どこか禍々しい雰囲気を持っている。
ミミズの這ったようなお決まりの文字で、私には何を書いているかさっぱりだった。
でも、その中になんとかわかる文字を発見した。

「ええと……長井……雄市……ん?これって、名前……よね?」

「そうだよ。俺の行った家は長井さん宅だったからね。つまり、呪う側はピンポイントで狙ったことになる」

「あ!それで、他の家族には影響が無かったわけね」

「ああ。対象範囲が狭い方が効きがいいんだ。こういった呪いを良くわかってるやつだよな。誰だか知らないけどね!」

次郎太は肩を竦めて言った。
だけど、その声には多少の怒りが滲んでいる。
いつもの彼とは違って語尾が強かったのを私は聞き逃さなかった。
普段自分にしか興味のない彼も、やっぱり誰かが苦しんでるのは辛いらしい。
結構優しいところあるじゃん!
そう思って、つい次郎太の頭をよしよしと撫でてしまった。

「……サユリさんっ!?」

すると、驚いた顔で次郎太がこちらを向く。
恥ずかしいからやめてくれ?
子供じゃないんだからな?
いろいろな返答を考えてみた……が!

「セットが乱れるじゃないか!」

ーーーそうだった。
どうしてこの一番あり得る返答を考えなかったのか……。
次郎太は手で器用に髪型を直すと、やれやれという顔で私を見た。
明らかに、これ、謝罪を求められている。

「ごめんなさい……」

「次からは気をつけてくれよ?」

何で怒られているんだろう……。
さっきまでほっこりとしていたのが嘘のように、私の心は荒んでいった。

やがて一之丞が、次に三左が無事に帰ってきて、この一帯での仕事は終わった。
今度は場所を川沿いの中流に移して、ミッションを開始する。
この中流付近の農家さんは、お米を作っている所が多く敷地も本宅も馬鹿みたいに広い。
そのため、車で本宅の近くまで行き、三匹で一軒ずつ呪札を探すことにした。
その方が広い本宅を短時間で探せるからだ。
作戦名は『スリー(T)アタック(A)・シューティングスター(S)』
もちろん考えたのは三左である。
スリーアタックはまだしも、シューティングスターって何だ?
そんなもやもやした思いを抱えながら、私は車で一之丞達を待った。


ここでは30分ほど時間を費やし、TAS作戦は終了した。
広くて苦労したみたいだけど、三匹は呪札から漂う邪気を感じ取り、最短でミッションをこなしたようである。
この一帯の呪札を回収出来れば、残る地区はあと一つ。
民さんが住む銀龍川上流である。

「がんばったね、皆。あと少しだからね!」

運転しながら私は言った。
ちらりと助手席を見ると、一之丞の顔色が悪いのに気付いた。
集会所から妖力を使いっぱなしだったし、もう力尽きる寸前なのかもしれない。
良く見ると、頭のお皿も乾いているようだ。
次郎太と三左にはまだ余力がありそうで、後部座席で取った呪札の枚数を競い合っていた。

「ね?きゅうり農家さんちはこれからだよね?」

三左が後部座席から身を乗り出した。

「そうよ。あと5分くらいで着くから」

「……ねぇ、サユリちゃんと民さんって……仲がいいの?」

「えっ?うん、まぁ……」

畏まって聞いてくる三左は、いつもとどこか違っていた。
何かそわそわするような、落ち着かない様子である。

「川の上流のビニールハウスで、きゅうり沢山作ってるんだよねぇ?それから茄子とかピーマンも」

「……そうだけど……何でそんなに詳しいの?」

室内ミラーを直しながら、私は三左を見た。
民さんのことを、彼らに詳しく話したことはないはずだ。
きゅうり農家であることも、さっき話したのが初めてだと思う。
それなのに、三左が知ってるのは何故だろう。
ミラー越しの三左は私の質問に答えなかった。
ただ「ん、まぁ、ちょっとね」と言葉を濁すと、静かに窓の外に目を向けた。















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