純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第三章 怪・事件

⑬月の輝く夜だから

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川沿いの一本道を上流へ向かって進むと、やがて3軒ほどの集落が見えてきた。
そこに、民さんの自宅とビニールハウス、成岡さんの自宅と畑がある。
あとの一軒は、武田さんと言って、白菜やキャベツなどの葉物を栽培している家だ。
左へ曲がるとその集落へ、真っ直ぐに行くとカッパーロのある浅川池へ。
そのちょうど分岐点にあたる短い橋の上に、私は車を止めた。

「さて、残るは3軒だけど……」

「僕、民さんの家に行く」

私の言葉に被せるように三左が言った。
いつになく強く言い切る様子に、少しの違和感を覚えて振り返ると、三左とバッチリ目があった。
その目が強い意思に満ちているのを見て、私は三左に任せることにした。

「うん!じゃあ、お願いね。あとは次郎太と一之丞で……あー……」

助手席の一之丞はもうダウン寸前だった。
目は半分開いているけど、焦点がまるで合ってない。
これはもう動くのは無理そうだ。

「悪いけど、次郎太、あと2軒行ってくれる?」

「構わないよ?俺はまだ妖力が余ってるしね!」

次郎太は助手席の一之丞を窺いながら、軽く頷き了承した。

「お願いね!じゃあ、これで最後だから頑張って行こう!!」

車の中で小さく鬨の声を上げると、次郎太と三左は勢い良く飛び出して行った。

一之丞と2人きりになり、私は持っていたミネラルウォーターを一口飲んだ。
その時、あることを思い付いた。
一之丞の皿にミネラルウォーターを垂らしてみるのはどうだろう?と。
回復しないかもしれないけど、この状態は気の毒すぎる。
少しでも元気になればそれでいい、と、ミネラルウォーターのキャップに水を入れ、そっと一杯垂らしてみた。
すると、水は瞬く間に吸収され、カピカピだった皿はほんの少し潤った。

「ん……サユリ殿……?」

一之丞はポツリと呟くと大きく目を開いた。
ミネラルウォーターの効果かどうか、その目はちゃんと焦点が合っている。
彼は一度私を見て、どこにいるのかを確認すると、体を起こして後部座席を振り返った。

「次郎太と三左はどこであるか?」

「今、呪札を剥がしに行ってるよ。これで最後だから、一之丞は休んでて?」

優しく言うと、一之丞は項垂れて大きなため息をついた。

「すまぬ。些か調子に乗りすぎたやもしれん」

「謝ることないよ!今日は大活躍だったもんね。霧を発生させたり、四尾と戦ったり、呪札を剥がしたり……本当に一之丞はすごかったね」

私は持っていた法被を一之丞に掛けた。
水に濡れた体や顔を拭ったりしたから、法被は結構濡れている。
でも、干からびた一之丞にはその湿り気が心地よいみたいだった。

「すごくなどない……我らの父と比べると、雲泥の差。混ざりものなど、所詮この程度である」

「混ざりものだなんて……どうしても、一之丞はその事に拘るのね。妖怪だって、人だって、どっちだって、同じ一之丞じゃない?もっと自分を誇ってもらいたいのに」

フロントガラスから見える大きな月を眺め、私は言った。
隣の一之丞は、黙ったまま何も答えない。
それでも構わず話を続けた。

「ほら見て。大きな月だよ?」

「……そうであるな」

「月は変化するよね?新月から満月まで。その姿を全然違うものに変える」

「…………」

「でも姿が違うからといって、やっぱり月は月で……何も変わらないんだよ」

見上げた月は、下弦の月だった。
隣を見ると、一之丞もその月を同じ様に見上げている。
例えが解りづらかっただろうか?
簡単に言えば、一之丞は一之丞だよって言いたかっただけなのだ。

「月は……悲しくはないのだろうか?」

一之丞は独り言のように呟いた。

「何で?」

「自分の姿が欠けていくのが、悲しくはないのだろうか?」

「悲しくないんじゃない?」

「何故そう思うのだ?」

「だって、どの姿でも変わらず愛でてもらえるもん。半月も三日月も満月も、どれも綺麗だから」

そう言って笑う私を、一之丞はじっと見た。
あまりにもじっと見つめられ過ぎて、冷や汗が出る。
彼がこんなに見つめるのは、きゅうりくらいのもの。
……お腹が空きすぎて、私がきゅうりに見えてきた、とか?
いや、まさか。
いくらなんでもそんなことは、と思いながらもほんのちょっと一之丞から距離をとった。

「サユリ殿は前に人型の私が好きといったろう?」

一之丞はこちらを凝視したままスッと姿勢を正し、助手席に正座した。

「うん。(顔が)好きよ」

「人であるから人型の方が良いのではないか?カッパ姿の私でも、人型の私のようにでて頂けるのであろうか?」

「うん。でるよ?カッパ姿も(案外)可愛いと思うし、手触りも(案外)最高だし?」

それを聞くと一之丞は赤面した。
さっきまでの話のどこに赤面ポイントがあったのかは謎だ。
でも、彼の自信無さげで卑屈な様子が今は感じ取れない。
きっと話の内容を理解してくれたんだと、私は胸を撫で下ろした。

「う、うむっ!そうであるか!ならば、これからはもっと頑張らねばならぬな!この私の双肩にサユリ殿の未来がかかっているのだから!」

「はい?」

胸を撫で下ろした途端、新たな疑問が沸き上がる。
どうして一之丞の双肩に、私の未来が関係あるんだろう?
頑張ると言っても一体何を……はっ!ひょっとして!?恩人である私の為に、妖術でイケメン大富豪を連れて来てくれるとか?
私の妄想は一気に膨らんだ。
その隣では同じ様にムフフと妄想を繰り広げるカッパがいたのだけど……私は全く気付いていなかったのである。































 
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