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百合
秋と言えば、紅葉のように頬を染めて
しおりを挟む彼女とは、大学に入ってからの付き合いだった。
最初はただの友達で、そのうち恋人として付き合いだした。
卒業して、就職し、この先もずっと変わらぬ日々が続くとそう思っていたんだ。
『――ごめんね。今まで有り難う』
泣きながらそう言って、彼女は私の前から去って行った。
好きな人が出来たと、その人と結婚するのだと。
「いつかこうなるとは思ってたけどね」
一人ごちると、白い息が秋の空に消えていく。
ビュウっと強い風が吹き、ロングコートが捲れ上がった。
肩までの髪がぶわっと乱れて、耳につけたイヤリングが夕日の明かりで煌めいた気がした。
――秋と言えばなんだったか、そうだ食欲の秋とか読書の秋とか。
(私は別れの秋だな……)
しみじみそう思って、落ちていた紅葉を踏みつけると、乾いたクシャリという音。
その音を確かめながら進み、夕焼けに染められた街は、家路に向かう人の波で今日も忙しない――なのにとても、寂しく見えた。
雑踏から抜けて、川岸の公園へ入ると、公園の周りを流れる川面は橙色へと染まりキラキラと光る。
それを柵の向こうから眺めて歩いた。
「寒いな」
思わずポケットに手をつっこむ。
あぁそう言えばと、寒いと言った彼女の手をとって、ポケットの中で手を繋いだりもしたっけ。
今思えば少女漫画みたいな事をしていたなと、ちょっと恥ずかしく、けれどもうそんな彼女がいない事が、少し寂しい。
(昔から、好きになってもらうことだけなら……苦労したことないんだけど)
結局は性別の壁がものをいうのだ。
「結構本気だったんだけどな」
終わる時はいつも一瞬だ。
――歩いていると、学校帰りなのか塾帰りなのか、ランドセルを背負った子供達が楽しそうに駆けながら通り過ぎて行く。
(可愛いなぁ)
子供が好きだった彼女。
友達だった頃から言っていた。血の繋がった家族に憧れると。
きっとこれから二人で幸せな家庭を築いていくだろう。
そしてあの優しい瞳で嬉しそうに微笑んで、素敵な母親になるのだろう――。
そうやって彼女がこれからの人生を歩んでくれるのならば、私は何もいらない。
(もう、あの美味しい手料理を食べれないのは残念だけど)
自分が作ったのより、彼女の家庭的な味の方が好きだった。
少し薄味のみそ汁、食欲をそそる出汁の匂いを思い出して、胸が少し締め付けられる。
そう言えば、以前私を好きだと言ってくれた彼はどうしているだろうか。
今思うと彼を選ぶべきだったのか……人としては嫌いじゃなかった。
――そんな事を考え歩いていると、ベンチにうずくまるように座る女性が眼に入った。
何かを我慢するようにうつむき頼りなく肩が揺れる。
私はその人に近づくと「まいったフラれた」と言って、隣にドカっと座る。背もたれに腕を広げて空を見上げた。
あまり暗くなるとここは街灯も少なく、人通りもなくなる。
(……ここに一人きりだと、危ないからなぁ)
いきなり隣に座った私がよほど予想外だったのだろう。
先にそこに座っていた人物はびくりと肩を震わし、怯えたように此方を伺っている。
「あんたは? 何かあった?」
ただ空を見上げながらそう聞いた。
暫し間があいて、あぁダメかなと思った時。隣からわっと泣きじゃくる声。
「彼氏にフラれちゃったあああああ~うわあああん! バカ、バカバカバカバカバカバカバカ男ー!!」
しおらしく泣いているかと思えば、いきなり大声で捲し立てられた。
この人には悪いが、少し心のなかで笑ってしまう。
清純そうなしとやかな服装に、黒髪の長髪が乱れて、隠れていた桃色の頬と真っ赤に泣き腫らした瞳、そして少し崩れたメイク。
なんとなく、彼女の服装と髪型がその中身と不釣り合いな気がした。
(……彼氏の好みにでも合わせてたのかな)
鞄からまだ清潔なハンカチを取り出し差し出すと、それを奪うようにひったくり、顔を何度も拭きだす。
更にポケットティッシュも渡してやれば、それで思いっきり鼻をかんだ。
「アイツ浮気してたのよ! なんでそんな事したのよって聞いたら私の飯がマズイからだって……信じられる!? そんな事でって感じ!」
怒りと悲しみのままに吐き出される言葉。
よほど悔しいだろう。
私はただ隣でその言葉を静かに受け止めた。
「私だってねこれでもどりょくしてんのよ! 少しでも美味しいのをづぐっでだぜるようにって……この間だってちゃんと料理ぎょうじついってそんで、つぐって、そんでそんで、もう男なんて男なんて男なんてもう知らない好きになんてならない」
ぐちゃぐちゃになった感情、それを表すような感情的な言葉。
うんうんと聞いて。
だんだんと言葉尻が小さくなっていく様子を不憫に思い「そうだよね。あんたは頑張ったよ」と背中をさすると、急に立ち上り声を張り上げた。
「だいいちお前も少しは作れよ!」
「作ってあげようか?」
今気付いたかのように、その人は「え?」と、私を振り向いた。
「男は懲り懲りなんでしょう。お試しで一ヶ月私と付き合ってみない?」
なんてことはない、ただの気紛れだ。
偶然同じ日にフラれたもの同士、仲良くするのも悪くないだろう。
「え、え?」
困惑するその人に、私は冗談のように言う。
「まぁそれはともかく、私、そこそこ腕のいい料理人でさ、作るのも好きだし味も保証する。だから苦労はさせないと思うけど、もうこんな時間だし」
「のった!」
まだ最後まで話していないというのに、その人は涙で真っ赤に腫らした眼で真剣に言う。
あっという間に泣き止んだその姿にこっちが少し面食らった。
「そう?」
手を差し出すと、何故かムッとした顔で「お腹空いた」と言いって、手をぎゅっと握ってくる。
その手は寒空の下にどれだけいたのかと思う程に冷たい。
「もうこうなったらなんでもいいわ! ついでにあなたに教えてもらって、うんと上手くなってやる! そんでもってそんでもって~!」
ハイハイと言いながら、これは朝まで飲み明かすコースだなと、家にワインがあるのを思い浮かべ、ふと気付く。
そう言えば――彼女と出会ったのは去年の今日かと。
ビュウっと強い風が吹き、二人ぶんのロングコートがぶわっと捲れる。
秋と言えばなんだったか、そうだ食欲の秋とか読書の秋とか。
(私にとっての秋は……出会いの秋かもな)
私はまだぐちぐち言うその人の手を引く。
繋いだ手から徐々に温もりが広がるのを感じながら彼女へ言った。
「それじゃあ、別れと出会いのパーティーでもしようか」
すると、その人は頬を膨らませて、
「あなた、さっきから台詞がちょっとくさいよね」
なんて、紅葉のように頬を染めてそう言った。
秋と言えば、紅葉のように頬を染めて end
――翌朝、ソファーで目覚めたその人が私を見て、心底驚いてあんぐりと口を開いたその様子は、今でも笑い話の一つだ。
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