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13.(最終話)
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「――随分と早いお帰りだな、アンジェラ」
「ひっ!」
玄関ホールには、既にお父様が腕組みをして待ち構えていた。その少し後ろには、何故かにこにこと笑顔のお母様。
お父様の表情はまるで魔人のようで、恐ろしさに思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
恐怖に竦み上がる私を抱き上げたまま、シリウス様は平然とにこやかな顔でお父様の元へ歩み寄った。そしてそのまま器用に腰を折る。
「ご無沙汰しております、フォルジュ侯爵。いくら怪我の治療のためとはいえ、大切なお嬢様を長い間引き留めてしまい申し訳ありませんでした」
シリウス様の挨拶に、お父様はしばらくの間むっつりと唇を引き結んで黙ったまま、私の包帯も何も巻かれていない足を見つめる。
明らかに不機嫌なその表情に、私が息を詰めて見守っていると、やがてお父様が押し殺したような低い声を発した。
「……責任は、きちんと取って頂けるのでしょうな」
「それは勿論。お許しを頂けるのであれば、今すぐにでも」
どうやらお父様は、シリウス様と一夜を過ごした事で名実ともに『傷物』となった私を心配して下さっていたらしい。
お父様は、爽やかな笑顔で躊躇なく答えるシリウス様をしばらく睨みつけていらしたが、やがて私へと視線を向けた。
「アンジェラ、おまえはそれで本当にいいのか? このままシリウス殿と結婚する事に後悔はないのだな?」
「……っ」
厳しい声で問われて、一瞬声が詰まる。けれども、ここははっきりと自分の気持ちを伝えなければ、と腹に力を込めた。
これ以上怪我している振りを続けていても仕方ないので、シリウス様の二の腕を軽く叩いて床に下ろしてもらうと、姿勢を正してお父様に向き合う。
「後悔はありません。私はシリウス様を心からお慕いしていますし、このままシリウス様と結婚したいと思っています」
真っ直ぐに目を見てそう答えると、お父様は少しの間厳しい顔をしていらしたけれど、やがて安堵したように微かに笑った。
「……そうか、ならばいい」
てっきり、怒られるとばかり思っていたのに。
なんだか肩透かしをされたようで戸惑っていると、不意にお母様がくすくすと笑い出した。
「ふふふ、あなたったら。だから私は申し上げたじゃありませんか。シリウス様はアンジェラの初恋の人なんだから、心配はいりませんよ、って」
「いや、しかしだな……」
「お、お母様⁉︎ 何を仰ってるんですか……⁉︎」
突然とんでもないことを言われて、私は悲鳴のような声を上げてしまう。
お母様がどうしてそんなことを知っているのだろう。
お母様は、顔を真っ赤にして狼狽える私をうきうきと楽しげな顔で見た。
「あらだってアンジェラ、あなた昔から王宮から帰るといつもシャルル王子そっちのけでシリウス様の話ばかりしてたじゃないの。『シリウスさま大好き!シリウスさまのおよめさんになりたい!』とも言ってたわね。憶えてないの?」
お、憶えてません……!
それって何歳くらいの時の話なんだろう。小さな子供の時の発言なんて責任持てないんですけど!
「……へえ? そうなんだ。アンジェラがそこまで僕を思ってくれてたなんて知らなかったな」
いかにも嬉しそうな、シリウス様の声。
私は恥ずかしさのあまり、出来ることなら消え入りたい思いだった。
「それなのにこの人ったら、シャルル王子との婚約をあっさりお受けしてきてしまうのだもの。あの時は本当に失望したものですわ」
「そ、そんな事を言ったって、陛下からの直々の申し入れを断れる訳がないだろうが!」
お母様にため息を吐きつつちらりと横目で見られて、お父様が焦って反論する。その後、私の視線に気付いてごほんとわざとらしい咳をした。
「……私とて、アンジェラに意に染まぬ婚約を強いてしまったこと、すまなかったと思っているのだ。王子と婚約していた頃のおまえは、正直あまり幸せそうではなかったからな。シリウス殿との婚約もお前のために良かれと思って勝手に受けてしまったが、本当にそれで良かったのか気になっていた。だから、おまえがシリウス殿を選ぶと言うのならば、それでいい。――シリウス殿、どうか娘を幸せにしてやって下さい」
そう言って、お父様がシリウス様に向かって頭を下げる。
「お父様……」
思わぬ言葉に、胸がじんと熱くなる。
お父様がそんな風に心配して下さっていたなんて、全く知らなかった。
「わかりました。フォルジュ侯爵のお言葉を深く心に刻み、僕の全身全霊をかけてアンジェラを幸せにすると誓います」
シリウス様もまた真剣な表情でお父様に向きあい、深く頭を下げる。俯いたその背中を、私は感動に目を潤ませながらただひたすら見つめていた。
「――ところで侯爵、一つご相談が。婚約披露と結婚式を予定よりできる限り早めたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「……え? それは別に構いませんが……」
そして、二人がお互いに顔を上げた直後にシリウス様からそんな提案を受けたお父様は、怪訝そうな顔をしつつも頷いた。
シリウス様はこちらを振り向くと、私に向かって輝くような笑顔を浮かべてみせる。
「良かった! アンジェラ、お義父上の許可も頂けたことだし、来週婚約披露、そして来月結婚式でいいかな? 一応あれでも王子だから婚約披露はシャルルに先を譲ったけど、結婚式は僕たちが絶対先に挙げようね」
「え、ちょっと待ってください。それはいくらなんでも早過ぎませんか……⁉︎」
結婚を早めたいとは確かに言われていたけれど、まさかそんなに早くなるとは思っていなかったので、思わず慌ててしまう。
シリウス様はにこにこと晴れやかな笑顔のままで私の肩を抱いた。
「実はミセス・ローズのドレス工房には既に話をつけてあるんだ。シャルル達に負けないくらい豪華で美しいドレスを作ろう。そして君を今まで馬鹿にしてきた奴ら全てに早く、君の美しさと君が既に僕のものであることを見せつけてやるんだ。ああ、楽しみだなあ」
ミセス・ローズのドレス工房と言えば、予約を取るのも難しいと言われる国一番の人気工房だ。それが何故既に話がついているのだろう。
もしかして、元からそのつもりだった……?
シリウス様はそんな私の疑惑などお構いなしに、上機嫌で私の頬に口付けようとする。
それを横で見守るお父様の顔がひきつった。
「シリウス殿、結婚は認めましたが、だからと言って私の目の前で遠慮なくいちゃついていいとは言っておりません! 式までは節度というものを守って頂きたい……!」
「は、はいっ!」
お父様の怒りに満ちたその声に、私はバネで弾かれるようにしてシリウス様の傍から離れる。
「あらまあ、うふふ」
いかにも楽しそうなお母様の笑い声と、苦虫を噛み潰したかのような顔のお父様。
そしてそんな私の姿を見て、シリウス様はいかにも楽しそうに声をあげて笑ったのだった。
「ひっ!」
玄関ホールには、既にお父様が腕組みをして待ち構えていた。その少し後ろには、何故かにこにこと笑顔のお母様。
お父様の表情はまるで魔人のようで、恐ろしさに思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
恐怖に竦み上がる私を抱き上げたまま、シリウス様は平然とにこやかな顔でお父様の元へ歩み寄った。そしてそのまま器用に腰を折る。
「ご無沙汰しております、フォルジュ侯爵。いくら怪我の治療のためとはいえ、大切なお嬢様を長い間引き留めてしまい申し訳ありませんでした」
シリウス様の挨拶に、お父様はしばらくの間むっつりと唇を引き結んで黙ったまま、私の包帯も何も巻かれていない足を見つめる。
明らかに不機嫌なその表情に、私が息を詰めて見守っていると、やがてお父様が押し殺したような低い声を発した。
「……責任は、きちんと取って頂けるのでしょうな」
「それは勿論。お許しを頂けるのであれば、今すぐにでも」
どうやらお父様は、シリウス様と一夜を過ごした事で名実ともに『傷物』となった私を心配して下さっていたらしい。
お父様は、爽やかな笑顔で躊躇なく答えるシリウス様をしばらく睨みつけていらしたが、やがて私へと視線を向けた。
「アンジェラ、おまえはそれで本当にいいのか? このままシリウス殿と結婚する事に後悔はないのだな?」
「……っ」
厳しい声で問われて、一瞬声が詰まる。けれども、ここははっきりと自分の気持ちを伝えなければ、と腹に力を込めた。
これ以上怪我している振りを続けていても仕方ないので、シリウス様の二の腕を軽く叩いて床に下ろしてもらうと、姿勢を正してお父様に向き合う。
「後悔はありません。私はシリウス様を心からお慕いしていますし、このままシリウス様と結婚したいと思っています」
真っ直ぐに目を見てそう答えると、お父様は少しの間厳しい顔をしていらしたけれど、やがて安堵したように微かに笑った。
「……そうか、ならばいい」
てっきり、怒られるとばかり思っていたのに。
なんだか肩透かしをされたようで戸惑っていると、不意にお母様がくすくすと笑い出した。
「ふふふ、あなたったら。だから私は申し上げたじゃありませんか。シリウス様はアンジェラの初恋の人なんだから、心配はいりませんよ、って」
「いや、しかしだな……」
「お、お母様⁉︎ 何を仰ってるんですか……⁉︎」
突然とんでもないことを言われて、私は悲鳴のような声を上げてしまう。
お母様がどうしてそんなことを知っているのだろう。
お母様は、顔を真っ赤にして狼狽える私をうきうきと楽しげな顔で見た。
「あらだってアンジェラ、あなた昔から王宮から帰るといつもシャルル王子そっちのけでシリウス様の話ばかりしてたじゃないの。『シリウスさま大好き!シリウスさまのおよめさんになりたい!』とも言ってたわね。憶えてないの?」
お、憶えてません……!
それって何歳くらいの時の話なんだろう。小さな子供の時の発言なんて責任持てないんですけど!
「……へえ? そうなんだ。アンジェラがそこまで僕を思ってくれてたなんて知らなかったな」
いかにも嬉しそうな、シリウス様の声。
私は恥ずかしさのあまり、出来ることなら消え入りたい思いだった。
「それなのにこの人ったら、シャルル王子との婚約をあっさりお受けしてきてしまうのだもの。あの時は本当に失望したものですわ」
「そ、そんな事を言ったって、陛下からの直々の申し入れを断れる訳がないだろうが!」
お母様にため息を吐きつつちらりと横目で見られて、お父様が焦って反論する。その後、私の視線に気付いてごほんとわざとらしい咳をした。
「……私とて、アンジェラに意に染まぬ婚約を強いてしまったこと、すまなかったと思っているのだ。王子と婚約していた頃のおまえは、正直あまり幸せそうではなかったからな。シリウス殿との婚約もお前のために良かれと思って勝手に受けてしまったが、本当にそれで良かったのか気になっていた。だから、おまえがシリウス殿を選ぶと言うのならば、それでいい。――シリウス殿、どうか娘を幸せにしてやって下さい」
そう言って、お父様がシリウス様に向かって頭を下げる。
「お父様……」
思わぬ言葉に、胸がじんと熱くなる。
お父様がそんな風に心配して下さっていたなんて、全く知らなかった。
「わかりました。フォルジュ侯爵のお言葉を深く心に刻み、僕の全身全霊をかけてアンジェラを幸せにすると誓います」
シリウス様もまた真剣な表情でお父様に向きあい、深く頭を下げる。俯いたその背中を、私は感動に目を潤ませながらただひたすら見つめていた。
「――ところで侯爵、一つご相談が。婚約披露と結婚式を予定よりできる限り早めたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「……え? それは別に構いませんが……」
そして、二人がお互いに顔を上げた直後にシリウス様からそんな提案を受けたお父様は、怪訝そうな顔をしつつも頷いた。
シリウス様はこちらを振り向くと、私に向かって輝くような笑顔を浮かべてみせる。
「良かった! アンジェラ、お義父上の許可も頂けたことだし、来週婚約披露、そして来月結婚式でいいかな? 一応あれでも王子だから婚約披露はシャルルに先を譲ったけど、結婚式は僕たちが絶対先に挙げようね」
「え、ちょっと待ってください。それはいくらなんでも早過ぎませんか……⁉︎」
結婚を早めたいとは確かに言われていたけれど、まさかそんなに早くなるとは思っていなかったので、思わず慌ててしまう。
シリウス様はにこにこと晴れやかな笑顔のままで私の肩を抱いた。
「実はミセス・ローズのドレス工房には既に話をつけてあるんだ。シャルル達に負けないくらい豪華で美しいドレスを作ろう。そして君を今まで馬鹿にしてきた奴ら全てに早く、君の美しさと君が既に僕のものであることを見せつけてやるんだ。ああ、楽しみだなあ」
ミセス・ローズのドレス工房と言えば、予約を取るのも難しいと言われる国一番の人気工房だ。それが何故既に話がついているのだろう。
もしかして、元からそのつもりだった……?
シリウス様はそんな私の疑惑などお構いなしに、上機嫌で私の頬に口付けようとする。
それを横で見守るお父様の顔がひきつった。
「シリウス殿、結婚は認めましたが、だからと言って私の目の前で遠慮なくいちゃついていいとは言っておりません! 式までは節度というものを守って頂きたい……!」
「は、はいっ!」
お父様の怒りに満ちたその声に、私はバネで弾かれるようにしてシリウス様の傍から離れる。
「あらまあ、うふふ」
いかにも楽しそうなお母様の笑い声と、苦虫を噛み潰したかのような顔のお父様。
そしてそんな私の姿を見て、シリウス様はいかにも楽しそうに声をあげて笑ったのだった。
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