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41※ロルフ
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さっきからすごい叫び声だ。
屋敷全体に聞こえてくる。
「何が起きてる?」
「いつものことですよ。それよりご自分の心配をなさい」
恰幅のいい白髪頭の下級騎士。
姿を変えたタイロンだ。
「頭に小麦を被っただけでメイドも侍女も君が分からないのか」
「みんな、お互いの顔なんか見ちゃいません。いつ消えるか分かりませんし、下手に仲良くすれば巻き添えを食いますからね。ここの者は目の前のことで精一杯なもんで」
屋敷の端にある見張り部屋の一室。
まだ体の自由が効かない俺はタイロンと同じ下級騎士の甲冑を着てここで休んでる。
私も小麦を被って白髪頭。
上からフルフェイスの兜を着けるのにインクで髭まで鼻の下から顎まで薄く塗られた。
兜は脱いだが、インクは今もそのまま。
間抜けな格好に笑えてくる。
「脱がされて何されるかと思った」
「はは、そのお綺麗なお顔が青ざめて苦悶の表情になるのはたまらんかったですよ。色気にぞくぞくしました。はは」
機会があったら相手してくださいと軽口まで叩く。
「下になれます?」
「婚約者しか無理だ。特に性格。俺は好みにうるさいから」
「残念ですね。やっぱりキスくらいしとけばよかったかな、無抵抗のうちに」
その髭はやる気が失せますと笑い、私も苦笑いをこぼす。
「男色か」
「両刀です。自分は顔が好みなら何でもいいので。性格も性別も歳も気にしません」
なら私の母もか。
絶対に私の国に来るなと言いたい。
溺愛の父がいる。
言えば興味持ちそうなので黙っておく。
「本来の主人は?」
甲冑に着替えさせられたら肩を借りてこの部屋まで来た。
グラッセ王女の命は私を裸に剥いて寝台に転がせておけというものだったらしい。
この男に連れ出して貰わなければ今頃、閨の相手だった。
「別にいませんよ?」
にぃっと頬を歪めて笑って不自然なほど目に剣呑さが浮かんだ。
「メランプスではないのか?」
「なぜ玉座から一番遠いあの方ですか、はは」
「フィンレー王子か?」
「ふふ、だからいませんって。自分の主人は己です。これはただの勤め。王女に仕えろと上が言うならその通りにするだけです」
こんな男もいるんですよと笑う。
「それより体調はいかがですか?」
「腕はあがる」
目の前で上げて見せる。
だが、手のひらが肩を越すだけでそれ以上上がらない。
足も太ももが軽く上がる程度だった。
「もうしばらくかかりますね」
「解毒薬はないのか?」
「さっき皮膚を拭いたくらいです。あとは水を飲んで排泄してください」
目の前にたぷたぷの水袋を置いて、尿瓶はそこと部屋の隅の壺へ指をさした。
顔や露出していた肌を濡らした手拭いで念入りにぬぐったあと、鼻の穴までされたのを思い出す。
あれはそう言う意味かと納得した。
「変態なのかと思った。鼻の穴は」
「はは、何ですか、それ」
機嫌のいいこの男にどこまで何を信用していいのか分からないがグラッセ王女の命を聞く気はないのは分かる。
何度もメイドや侍女、兵士が入れ替わり立ち替わりタイロンと私を探しに来る。
暗がりのこの見張り部屋では私達の小麦を被ってインクを塗っただけの変装を見破れず、タイロンが声音を変えてデカイ体を丸めて年寄り臭い態度で誤魔化せばすぐに出ていった。
私はぐったりと座ったまま横柄に手を振るだけ。
タイロンが俺より死にかけのジジイだからと言えばそれで良かった。
人の入れ替えが多すぎて年寄りの下級騎士が多いそうだ。
それさえもグラッセ王女の目につくと年寄りは汚いと鞭打ちに遭うと彼らが話して、探しに来た奴らは鞭打ちに遭ったのかと勝手に心配をして帰っていく。
「グラッセ王女はどういう方だ」
聞いている限りかなりサディスティックだ。
少し離れた我が国まで噂になっていない。
愚行はこの離宮の中で押さえているのだろうが、ここまで苛烈なら近隣国には公然の秘密なのではないか。
情報の収集が足らなかったと反省する。
「あなたが見て聞いた通りの方ですよ、は、」
先程の上機嫌は消えて冷めた笑い。
「……軽蔑してる」
タイロンの態度から素直にそう感じた。
ぽつりと呟くとタイロンは、ふふと鼻から空気が抜ける。
「さあ、出すもの出して。ユニコーンの乙女も探しに行かなきゃならんのですから」
「先に行ってくれ」
「残念ながら優先はあなたですよ。あなたは王子、婚約者は伯爵令嬢。どう考えても当然でしょう?これは譲れませんよ」
諦めてとっとと回復してくださいとタイロンは水袋を私の手に握らせた。
私とリリィの立場で国交に最も影響するのはどうしても私だ。
私を残しても右も左も分からない離宮で動きようがないのも事実。
タイロンがここを出てリリィを連れて戻るより私も一緒に動いた方がいいのも分かる。
そこまで理解しても気が急いて苦しい。
すぐに水袋を煽ってごくごくと飲み続けた。
屋敷全体に聞こえてくる。
「何が起きてる?」
「いつものことですよ。それよりご自分の心配をなさい」
恰幅のいい白髪頭の下級騎士。
姿を変えたタイロンだ。
「頭に小麦を被っただけでメイドも侍女も君が分からないのか」
「みんな、お互いの顔なんか見ちゃいません。いつ消えるか分かりませんし、下手に仲良くすれば巻き添えを食いますからね。ここの者は目の前のことで精一杯なもんで」
屋敷の端にある見張り部屋の一室。
まだ体の自由が効かない俺はタイロンと同じ下級騎士の甲冑を着てここで休んでる。
私も小麦を被って白髪頭。
上からフルフェイスの兜を着けるのにインクで髭まで鼻の下から顎まで薄く塗られた。
兜は脱いだが、インクは今もそのまま。
間抜けな格好に笑えてくる。
「脱がされて何されるかと思った」
「はは、そのお綺麗なお顔が青ざめて苦悶の表情になるのはたまらんかったですよ。色気にぞくぞくしました。はは」
機会があったら相手してくださいと軽口まで叩く。
「下になれます?」
「婚約者しか無理だ。特に性格。俺は好みにうるさいから」
「残念ですね。やっぱりキスくらいしとけばよかったかな、無抵抗のうちに」
その髭はやる気が失せますと笑い、私も苦笑いをこぼす。
「男色か」
「両刀です。自分は顔が好みなら何でもいいので。性格も性別も歳も気にしません」
なら私の母もか。
絶対に私の国に来るなと言いたい。
溺愛の父がいる。
言えば興味持ちそうなので黙っておく。
「本来の主人は?」
甲冑に着替えさせられたら肩を借りてこの部屋まで来た。
グラッセ王女の命は私を裸に剥いて寝台に転がせておけというものだったらしい。
この男に連れ出して貰わなければ今頃、閨の相手だった。
「別にいませんよ?」
にぃっと頬を歪めて笑って不自然なほど目に剣呑さが浮かんだ。
「メランプスではないのか?」
「なぜ玉座から一番遠いあの方ですか、はは」
「フィンレー王子か?」
「ふふ、だからいませんって。自分の主人は己です。これはただの勤め。王女に仕えろと上が言うならその通りにするだけです」
こんな男もいるんですよと笑う。
「それより体調はいかがですか?」
「腕はあがる」
目の前で上げて見せる。
だが、手のひらが肩を越すだけでそれ以上上がらない。
足も太ももが軽く上がる程度だった。
「もうしばらくかかりますね」
「解毒薬はないのか?」
「さっき皮膚を拭いたくらいです。あとは水を飲んで排泄してください」
目の前にたぷたぷの水袋を置いて、尿瓶はそこと部屋の隅の壺へ指をさした。
顔や露出していた肌を濡らした手拭いで念入りにぬぐったあと、鼻の穴までされたのを思い出す。
あれはそう言う意味かと納得した。
「変態なのかと思った。鼻の穴は」
「はは、何ですか、それ」
機嫌のいいこの男にどこまで何を信用していいのか分からないがグラッセ王女の命を聞く気はないのは分かる。
何度もメイドや侍女、兵士が入れ替わり立ち替わりタイロンと私を探しに来る。
暗がりのこの見張り部屋では私達の小麦を被ってインクを塗っただけの変装を見破れず、タイロンが声音を変えてデカイ体を丸めて年寄り臭い態度で誤魔化せばすぐに出ていった。
私はぐったりと座ったまま横柄に手を振るだけ。
タイロンが俺より死にかけのジジイだからと言えばそれで良かった。
人の入れ替えが多すぎて年寄りの下級騎士が多いそうだ。
それさえもグラッセ王女の目につくと年寄りは汚いと鞭打ちに遭うと彼らが話して、探しに来た奴らは鞭打ちに遭ったのかと勝手に心配をして帰っていく。
「グラッセ王女はどういう方だ」
聞いている限りかなりサディスティックだ。
少し離れた我が国まで噂になっていない。
愚行はこの離宮の中で押さえているのだろうが、ここまで苛烈なら近隣国には公然の秘密なのではないか。
情報の収集が足らなかったと反省する。
「あなたが見て聞いた通りの方ですよ、は、」
先程の上機嫌は消えて冷めた笑い。
「……軽蔑してる」
タイロンの態度から素直にそう感じた。
ぽつりと呟くとタイロンは、ふふと鼻から空気が抜ける。
「さあ、出すもの出して。ユニコーンの乙女も探しに行かなきゃならんのですから」
「先に行ってくれ」
「残念ながら優先はあなたですよ。あなたは王子、婚約者は伯爵令嬢。どう考えても当然でしょう?これは譲れませんよ」
諦めてとっとと回復してくださいとタイロンは水袋を私の手に握らせた。
私とリリィの立場で国交に最も影響するのはどうしても私だ。
私を残しても右も左も分からない離宮で動きようがないのも事実。
タイロンがここを出てリリィを連れて戻るより私も一緒に動いた方がいいのも分かる。
そこまで理解しても気が急いて苦しい。
すぐに水袋を煽ってごくごくと飲み続けた。
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