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小姓
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天幕に戻るとエドが満面の笑みで待っていた。
リーグの件で気が立っていたが、事件のおおもとであるペリエ嬢の問題が片付いた上に見張りとはいえ、昨夜はエヴの部屋への泊まり込みだ。
事が上手くいっていると上機嫌だった。
「その顔はやめろ」
忠告するのに機嫌よく頷くだけで意味はない。
「久しぶりですね、その姿。そんな日が経った訳でもないのに、色々あったせいですね」
獣化して目線が上がった私を見上げて、私も返事に軽く頭を揺らした。
久々の耳と尻尾だ。
エヴが喜ぶかと期待している。
清拭を済ますとヘアーカフを外して貰った髪紐でうなじの辺りに結ぶ。
外れないようにきっちり縛って指でしつこく確認した。
それさえも楽しくて顔が緩む。
「紐に変えるんですか?珍しいですね」
「気に入った」
仕事中にしゃれっ気出す気もなく、地味なこのカフは着脱が楽で、なくしても気にならないという理由で今まで愛用し、紐は全く使わなかった。
「エド、ちょっと見てくれないか?外れないかとかずれてないかとか」
大丈夫と思うが慣れないことにこれでいいのかと気になって、テーブルに置かれた報告を手持ちぶさたに眺めていたエドにそわそわと声をかけた。
初めての頼みごとに意外そうな顔を浮かべながらもすんなり見てくれる。
「えーと、いいと思いますよ。…はあー、本当に珍しい。え?革ですよね?いいんですか?飾りもなくて色も地味ですし、」
地位と身分にさすがに合ってないとあっけらかんと口に出すから眉間にデカイ亀裂が入った。
気に入ったと言ったのに。
本当にこいつの軽口は癇に触る。
「…やかましい。軽口はやめろ」
よかった機嫌が急激に悪化し低い声で脅した。
「え、急に?」
「報告があるからさっさとしろ」
「はい」
こっちの不機嫌の理由が分からずにぼやっとするエドを相手にお互いの報告を済ませて食事に向かった。
「以上が昨日の大まかな流れだ。ジェラルド伯はあちらの出方次第ですぐに矛先を納めたいとお考えだ。肝心のエヴももう罪人に興味はない。不必要な報復や賠償金の吊り上げ目的に長期の対立する予定はない。多少あちらの懐が痛む程度で済ますおつもりらしい」
こちらは頃合いを計って仲裁すると伝えれば、承知と首肯する。
しばらく黙って食事処へ歩いていると、隣のエドがくふ、くふと笑いをこぼして肩を揺らす。
何なのか分からず怪訝に見つめれば心底嬉しいと笑顔を向けてきた。
「それにしても団長!ご家族と親密になった上に、エヴ嬢ご本人とは名を呼ぶほど親しくなられたのですね。ますます進展して喜ばしい!」
「臨時団長としての立場を固めたいそうだ。武人として認めてほしいから地位が上の私に令嬢としての扱いを控えるように頼まれた。あちらは私の名を呼ぶ気はない」
名を呼べることが嬉しいがエヴに他意はない。
そう言ってるのに相変わらず前のめりな考え方は変わらないようだ。
またまたぁ、と揶揄したので叱ろうとしたら、昨日、と言葉を被せてきた。
「昨日は二人っきりで、ふ、ふふふ」
にんまりする口許を手で隠してにまにま笑うのが気持ち悪くて思わず後ろへ下がった。
いかつい四十男が両手を口許に肩を縮めてニヤニヤとすると恐ろしい。
何をやっているんだ、こいつは。
「気持ち悪い。やめろ」
顔をしかめて睨むと、失礼しましたと咳払いをした。
「昨日はなんだ?さっき話をしたろう?」
ペリエ嬢の件は伝えた。
なのに、この気持ち悪い態度は何なんだ。
にまにまするエドを無視して食事処のテーブルについたらすぐに配膳されたパンを千切る。
エドも同じように匙に手をつけてスープを飲んだ。
「いえねぇ、実は城壁の報告で、深夜遅くに屋敷の窓からお二人の熱い抱擁を見かけたとありました。睦まじいお二人におめでたいと喜んでおります」
「ああ、あれか」
含み笑いをしたエドの囁きに、見られていたことを思い出して淡々と返事を返した。
からかうつもりだったのだろう。
思った反応じゃないことに拍子抜けしている。
「抱き締められたがこちらからの手出しは叱られた」
「え、あちらから。やはり団長に心を開いたと言うことですね。おめでとうございます」
満面の笑みに顔をしかめた。
「違う。それなら触っても怒らないだろうが」
「…じゃあ、どういうことですか?」
「褒美だ。深夜の件の」
「え、脅迫したんですか?まさか、他にも、」
気色ばんだ気配を漂わせる。
どうやら身体目当てに仕事を請け負ったと思われたようだ。
勘の悪さに苦虫を潰す。
「ふざけるな。もう黙っていろ」
「そんなぁ、だって皆興味津々ですよ?団員らにも聞かれて困っちゃって」
「お前の軽口は神経に触るから嫌いだ。やめろ。しかも聞いたことを言いふらす気か。エヴはクレインの愛娘だぞ。領内では守護の乙女やら救国の戦姫やら二つ名がいまだに錯綜する程の人気の。今までの手慣れた相手と一緒にするな」
以前は救国の乙女と呼ばれていたが、まだ二つ名が落ち着かないらしい。
しばらく街の食事で出入りしていたら領民から聞かされた。
「…はい」
「お前の的外れな軽口が原因で、溺愛のジェラルド伯とロバート殿を怒らせて、あまつさえ強情で潔癖なエヴが伴侶にならないなんてことになったら、ずっとお前を飼い殺してやるからな。今後お前を小姓扱いしてやる」
ケツは嫁に鍛えられているんだろうと凄めば、ひえっと叫んで謝ってきた。
リーグの件で気が立っていたが、事件のおおもとであるペリエ嬢の問題が片付いた上に見張りとはいえ、昨夜はエヴの部屋への泊まり込みだ。
事が上手くいっていると上機嫌だった。
「その顔はやめろ」
忠告するのに機嫌よく頷くだけで意味はない。
「久しぶりですね、その姿。そんな日が経った訳でもないのに、色々あったせいですね」
獣化して目線が上がった私を見上げて、私も返事に軽く頭を揺らした。
久々の耳と尻尾だ。
エヴが喜ぶかと期待している。
清拭を済ますとヘアーカフを外して貰った髪紐でうなじの辺りに結ぶ。
外れないようにきっちり縛って指でしつこく確認した。
それさえも楽しくて顔が緩む。
「紐に変えるんですか?珍しいですね」
「気に入った」
仕事中にしゃれっ気出す気もなく、地味なこのカフは着脱が楽で、なくしても気にならないという理由で今まで愛用し、紐は全く使わなかった。
「エド、ちょっと見てくれないか?外れないかとかずれてないかとか」
大丈夫と思うが慣れないことにこれでいいのかと気になって、テーブルに置かれた報告を手持ちぶさたに眺めていたエドにそわそわと声をかけた。
初めての頼みごとに意外そうな顔を浮かべながらもすんなり見てくれる。
「えーと、いいと思いますよ。…はあー、本当に珍しい。え?革ですよね?いいんですか?飾りもなくて色も地味ですし、」
地位と身分にさすがに合ってないとあっけらかんと口に出すから眉間にデカイ亀裂が入った。
気に入ったと言ったのに。
本当にこいつの軽口は癇に触る。
「…やかましい。軽口はやめろ」
よかった機嫌が急激に悪化し低い声で脅した。
「え、急に?」
「報告があるからさっさとしろ」
「はい」
こっちの不機嫌の理由が分からずにぼやっとするエドを相手にお互いの報告を済ませて食事に向かった。
「以上が昨日の大まかな流れだ。ジェラルド伯はあちらの出方次第ですぐに矛先を納めたいとお考えだ。肝心のエヴももう罪人に興味はない。不必要な報復や賠償金の吊り上げ目的に長期の対立する予定はない。多少あちらの懐が痛む程度で済ますおつもりらしい」
こちらは頃合いを計って仲裁すると伝えれば、承知と首肯する。
しばらく黙って食事処へ歩いていると、隣のエドがくふ、くふと笑いをこぼして肩を揺らす。
何なのか分からず怪訝に見つめれば心底嬉しいと笑顔を向けてきた。
「それにしても団長!ご家族と親密になった上に、エヴ嬢ご本人とは名を呼ぶほど親しくなられたのですね。ますます進展して喜ばしい!」
「臨時団長としての立場を固めたいそうだ。武人として認めてほしいから地位が上の私に令嬢としての扱いを控えるように頼まれた。あちらは私の名を呼ぶ気はない」
名を呼べることが嬉しいがエヴに他意はない。
そう言ってるのに相変わらず前のめりな考え方は変わらないようだ。
またまたぁ、と揶揄したので叱ろうとしたら、昨日、と言葉を被せてきた。
「昨日は二人っきりで、ふ、ふふふ」
にんまりする口許を手で隠してにまにま笑うのが気持ち悪くて思わず後ろへ下がった。
いかつい四十男が両手を口許に肩を縮めてニヤニヤとすると恐ろしい。
何をやっているんだ、こいつは。
「気持ち悪い。やめろ」
顔をしかめて睨むと、失礼しましたと咳払いをした。
「昨日はなんだ?さっき話をしたろう?」
ペリエ嬢の件は伝えた。
なのに、この気持ち悪い態度は何なんだ。
にまにまするエドを無視して食事処のテーブルについたらすぐに配膳されたパンを千切る。
エドも同じように匙に手をつけてスープを飲んだ。
「いえねぇ、実は城壁の報告で、深夜遅くに屋敷の窓からお二人の熱い抱擁を見かけたとありました。睦まじいお二人におめでたいと喜んでおります」
「ああ、あれか」
含み笑いをしたエドの囁きに、見られていたことを思い出して淡々と返事を返した。
からかうつもりだったのだろう。
思った反応じゃないことに拍子抜けしている。
「抱き締められたがこちらからの手出しは叱られた」
「え、あちらから。やはり団長に心を開いたと言うことですね。おめでとうございます」
満面の笑みに顔をしかめた。
「違う。それなら触っても怒らないだろうが」
「…じゃあ、どういうことですか?」
「褒美だ。深夜の件の」
「え、脅迫したんですか?まさか、他にも、」
気色ばんだ気配を漂わせる。
どうやら身体目当てに仕事を請け負ったと思われたようだ。
勘の悪さに苦虫を潰す。
「ふざけるな。もう黙っていろ」
「そんなぁ、だって皆興味津々ですよ?団員らにも聞かれて困っちゃって」
「お前の軽口は神経に触るから嫌いだ。やめろ。しかも聞いたことを言いふらす気か。エヴはクレインの愛娘だぞ。領内では守護の乙女やら救国の戦姫やら二つ名がいまだに錯綜する程の人気の。今までの手慣れた相手と一緒にするな」
以前は救国の乙女と呼ばれていたが、まだ二つ名が落ち着かないらしい。
しばらく街の食事で出入りしていたら領民から聞かされた。
「…はい」
「お前の的外れな軽口が原因で、溺愛のジェラルド伯とロバート殿を怒らせて、あまつさえ強情で潔癖なエヴが伴侶にならないなんてことになったら、ずっとお前を飼い殺してやるからな。今後お前を小姓扱いしてやる」
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