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世話人が顔を出して挨拶をしたらすぐにエヴに向き直る。
「お嬢様達はそろそろ出なさい、リーグが疲れちまう」
そう諭されて素直に頷く。
私達もと言うと世話人が手を上げて制した。
「せっかくだからもう少しいなさいな。お嬢様方は1日長居しすぎなだけなんです」
リーグだってお嬢様達以外とお話をしたいでしょうし、と笑う。
「何かあればそこのぶら下がってる呼び鈴を鳴らしてくださいな」
エヴも退出の挨拶をすると、大人しく世話人の後ろを追いかけてダリウスを連れて出ていった。
街から雇った女性なので態度や言葉遣いは荒い。
気っぷの良さにまた二人がぽかんと見とれていた。
貴族籍の二人から見れば問われる前に勝手にポンポンしゃべる女人の態度は異様だろう。
「お茶のお代わりだけご用意いたします」
残ったヤンは新しくお茶を私達へ用意した。
「さばけた世話人だな」
「重症者の手当てに慣れています。気配りが細やかですし、安心です」
注ぎ終わると一礼して退室した。
私は立ち上がってリーグの顔を寝台の横
から眺めた。
「だいぶ可愛がられてる」
「猫、扱い、っす」
嫌そうなのに嬉しいと複雑な顔を見せている。
「面白かった」
満足して笑うとくしゃくしゃと顔を歪めてふて腐れた。
「交代だ。話をしたかったんだろう?サライエ」
「あっ、はいっ」
さっと立ち上がって枕元に走ってきた。
食事の間中、ずっとそわそわとリーグを見つめて顔を強張らせていた。
先に退室してもいいが、手持ち無沙汰に元の椅子に腰かけてサライエとリーグを眺めた。
「ガード、押し付けがましいのはやめろ。次は許さん」
ぽそっと呟くと黙って頭を下げた。
「…それで、本気で世話役にあいつを付けるのか?」
「熱心ですのでそのつもりです。何か問題ですか」
「…そうだな」
リーグの傍らでその熱心なサライエに目を細めた。
サライエとガードはダリウスの甘やかしにずっと視線を注いでいた。
最初は目を離せないのは仕方がないとも思えたが、ガードらの伺う気配の濃さにリーグは居心地悪そうに目をそらしてダリウスが運ぶ魚に集中する様には見覚えがあった。
「熱心なのはお前もだ」
今まで見聞きしたあっさりな関係ではなく、今日の激しい問答を含めて急な変化に首を捻った。
エースとして、専門の要として価値を再確認したにしても激しすぎる。
それだけ彼らの心情に強くリーグの存在が刺さっていたのだろうと察するが、このままではスミスの熱視線に追い詰められたラウルに思えて可哀想になる。
「あまり追い立てるな。疲れさせる」
分からない顔で眉をひそめ、お節介気質のガードにどうしたものかと頬杖をついた。
今もリーグが気が引けるから世話されたくないと断るのに、大丈夫だと押しきるサライエをあしらいきれずおろおろしている。
「リーグ、痛みはないのか?」
サライエを遮って問うとほっとした顔でリーグが頷く。
「あ、はい。ラウルの、おかげで」
「よかったな。それで、エヴ達はここで毎食、食事をするのか?」
「ぐうっ!うう、はい」
時間が合えば、と言い訳に呟いた。
「想像ついていたから怒っていない。羨ましいだけだ」
そう言うと申し訳なさそうに眉が下がる。
「しっかり食べて休め。サライエ、世話とは言え嫌がるようなことを無理にさせるな。負担になる」
了承の返事を確認し、刺した釘にリーグの顔が緩む。
「リーグ、いいな?」
「うっす、先輩、お世話に、なります」
サライエもリーグの言葉にほっとして首肯し、少し会話をした後はすぐに退室することにした。
呼び鈴を鳴らして現れた世話人にサライエを頼み、男手に使ってほしいと話すと快く了承してくれた。
「怪我は重いけどリーグは手のかからないいい子ですから。それよりサライエ様もお貴族様でしょう?困ったわぁ、私の方が失礼があるんじゃないか心配だねぇ」
そう言いながらサライエに細々と物の置き場ややり方を指南して笑った。
「いえ、よろしくご教授いただきたい」
「ご、きょう、じゅ?まあ、分からないですけど、本当にやることは身の回りのことくらいで、甘やかすのはお嬢様達が喜んでされてますよ。私らもしたいんですけど」
「子供じゃ、ないっす」
やめてぇ、と小さく呻くのに、はいはいとあしらっている。
どうもクレインは甘やかしが好きな気質らしい。
「お前はうちの団員だ。専門の。頼るなら私達にしろよ?」
不貞腐れたサライエが苦言を呈すると、リーグは、好きでやってねえと顔を歪めた。
「リーグ、私は元の能力を評価している。後遺症次第だが、完治後も残れるように口添えするからな。分かったか?専門の一員として自覚しろ」
「ういっす、あっざす」
ガードは不機嫌に有無を言わせない圧を込めて叱りつけて、リーグは苦笑いしつつ頷いた。
「部隊長に、そんなに、買ってもらえて、感謝っす」
ちょー嬉しいと照れるリーグに顔を歪めたガードの手がうろうろしていた。
部屋にサライエと世話人を残し、その場を退出し通路へ出た。
「満足したか?」
「は?」
「専門に残る気だと分かっただろう?」
「はい」
言葉少なく憮然と頷く姿に照れ隠しが見えて失笑がこぼれる。
「あいつは浮いてると思っていたが逆だったか。多少規律を設けた方がいいのか悩む」
あいつ本人からも話がなかった。
自覚がないのか無視していたのか分からん。
顎に手を当て、隣からの不可解を含んだ視線を無視して考え込む。
「団長、いかがされましたか?規律とは?」
「お前らがのぼせてるせいだ」
「ぐ!」
この反応は自覚がある。
今まで私にも分からないように隠していたのか。
恋慕の類いには見えなかったが怪しく思えた。
判断しかねると、じと目で見据えると激しく首を横に振った。
「決して疚しいことはありません!」
「既婚者は黙れ」
あったら困る。
団員同士の恋愛やら憂さ晴らしやら、上官が小姓を置くことも自由にさせているが、あいつにそういう扱いをされては困る。
水辺討伐用に引き取ったんだ。
閨事に慣れたあいつは知識として理解していたが拒絶していた。
以前、有力者の庇護に入ればいいと軽く言ったらすぐに察してブチキレた。
「分かってますっ。直々のお達しだったのですから!」
目を光らせていますと強く訴えた。
「あいつも気を付けていたし回りにある程度の壁を作っていた。ああ、クレインに預けたのが切っ掛けか」
エヴ達の距離の近さに羨ましくなったと察した。
しかも今回の暴行事件だ。
頭に血が昇ってもおかしくない。
「抑えろ。戻せないと判断したら私が貰う」
リーグが仲間内の誰かを好めば別だがと言いそうになったが口をつぐむ。
お節介なこいつが暴走する気がしたからだ。
「専門が一番能力を発揮できます」
「陸上の中型でさえ苦戦するが、賊相手の対人は悪くない。頻度の少ない専門は臨時で回せばいい。あの気の回し方は従者に向く」
問題あるかと問えば何も言い返せない。
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