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「隣座るぞ」

「はい」

少し尻をずらした。

ベイル部隊長が座ると寝台がきしむ。

身長も筋肉もデカぶつの俺らだ。

二人でごろ寝してよく持つと思う。

隣に座って俺の顔を長々と観察してる。

なげぇな、とうっすら考えていたら、ゆっくり口が開いた。

「まだ代わりと思ってるのか?」

“まだ 代わりと 思って いるのか”

脳ミソに染みるのに時間がかかった。

理解はすぐに出来たんだけど、飲み込めない。

「……は?……マジで?」

その言葉の意味なんてそのまんまじゃねぇか。

“もう 代わり じゃない”

そういう意味だ。

「ダグほどアホじゃなかったな?」

相変わらず人を食ったような笑い。

にやっと笑って片頬が、くいって上がってぽかんと見つめ返した。

信じらんねぇ。

ルガンダ兄さんは?

エセルリナは?

てか、なんで俺?

何考えてんの、この猿。

一番、信じらんねぇのは俺だよ。

聞いた途端、自分の顔がどんどん熱くなる。

なんで心臓ばくばくなんだよ。

目頭熱いのもなんでだ。

何か言いたいのに口パクパクして、心臓が痛いわ胸が詰まるわ。

なんでだよ。

「うーん、まだだったか。そろそろ俺を見て欲しいんだがなぁ」

おい。

そろそろってどういうことだよ。

「い、いつからですか」

「弟を頼もうと思った時から信頼していた。過ごす時間が増えて、今はもっと。……お前ならと思う。片思いを終わらせるなら俺がお前を貰いたい」

にっと口角が上がる。

ふぉぉぉ!

どういうことだよ!

胸と脳ミソを突き破って広がってんのは、めっちゃ嬉しいって気持ちだよ!

顔を隠したいのに固まって動けねえ!

俺、そんなに嬉しいのかよ。

嘘だろ?

ギクシャク動いて顔を伏せようとしたらベイル部隊長に顔を両手で包まれた。

「う、」

息苦しくて目に溜まってた涙がじわじわこぼれていく。

じっと顔を観察されて逃げたいけど、体が強張って動けないし、逃げたらだめだって頭に浮く。

上官には従順って叩き込まれてるせいだ。

「……何の涙かと思ったら、嬉し泣きかぁ。思ったより好いてくれてたんだなぁ」

じっくり眺めてたと思ったら、ほっと顔を緩めて喜んでる。

なんで見ただけで分かるんだよぉ。

見分けるコツを教えてくれよ。

「キスしていいか?」

聞かれても戸惑いが大きすぎて目がキョロキョロする。

優しく挟んだ手で頬を揉むし、肌を撫でられて暖かい視線がくすぐったすぎる。

むず痒くて苦手だったのに、腹の奥がぞわぞわして嬉しいってのが暴れて苦しい。

テンパって声も出せず、あうあうしていたら涙に濡れた目元や頬に触れるだけのキスされた。

がつがつされると思ったのに意外だ。

俺の怪訝な視線にベイル部隊長はフッと偉そうな顔つきで笑った。

「このまま押し倒したらルガンダの二の舞だし?年食った俺はそこまで馬鹿じゃないからな」

強気に見下して余裕の軽口。

根暗なお猿さんはどこ行った。

「で、も、ダ、ダグを、俺はダグを、」

好きなんだけどと言おうとするのに感情ぐちゃぐちゃですんなり出てこない。

甘ったれで素直でエロ可愛いあいつに惚れてる。

7年越しの片想いだ。

モゴモゴとダグの名前を何度も言ってたらベイル部隊長は怪訝そうに首をひねっている。

「……お前がまだダグが好いてるのを知っているが、昔ほどの熱はないだろ?」

その言葉にハッとした。

腑に落ちて頭がすっきり。

本当にその通り。

好きだけどまだ領主のカナン様に囲われてるし、俺は出来なかったのに、アリオンは二人の間に滑り込んで。

身分も頭も武力も、俺の敵わない二人に挟まれてるし、あいつも俺を追い越す勢いで一気に成長した。

ぶっちゃけ油断のならない怖い存在になった。

簡単には負けたくねぇ。

そう思うのはあいつを侮っていたからと気づいちまって、そういう自分が格好悪いし。

エロ可愛いって思っていたけど、今のダグへの気持ちはかなり複雑。

今までの単純な恋慕とは違う形になっている。

「あー、……確かに。ある意味、吹っ切れたのか?」

「俺もルガンダにそうだ」

ちゅ、ちゅ、とまだぼさっとしてる俺の顔にキスしながら呟いてる。

キスがなげぇ。

「あいつと上手くいかなかったのはあいつがアホだったせいだ。断れないからって下半身緩すぎて論外。ずっと俺のこと好きだったと言っても信用出来なくて当たり前だ。あの節操なしのヘタレ」

「死人に鞭打ちまくりますね」

拷問官の俺でもしないぞ。

「親友の特権だ。火事は事故だったし、喧嘩したのも仕方がない。もう俺のせいと思うのはやめた」

「そうですか。……吹っ切れた理由、それだけですか?」

「ふぅん。……何を言ってほしい?」

「別に?」

くそ。

絡むな。

俺のせいと言われたくなったの見透かしやがった。

またくくっと笑いを堪えてる。

「……ダグが幸せそうなのを見たらな。肩の荷が下りて、もう気にならなくなった」

「幸せぇ?あれで?」

三つ巴じゃねぇか。

「……俺もあれはどうかと思う。三人で、何やってんだか。カナン様はプライド高くてダグを手放しで可愛がるのを嫌がるだし、アリオンも奴隷の身分であれ以上望むなら処分されるしかない。……それに、なんだかんだでダグはルガンダに似ている。閨に抵抗がなくて、図太い。ある意味あの三つ巴の関係でいいんだろう」

「確かに、ないですね。あいつ」  

思い当たる。

カナン様の野外プレイの相手もマジで平気だし、回りに男娼扱いを揶揄されても柔らかい笑みひとつで片付ける。

へえ、そうって、それだけ。

他にも色々あるけど、あいつの面の皮の厚さは半端ねぇ。

あの時も軽く手淫くらいオッケーのノリだったし。

てかノリノリ?

二人してあんな清純派の見た目でルガンダ兄さんは二股、三股のヤリちんだし、ダグは開放的なごりごり肉食タイプ。

イメージ壊れたわ。

「妙なバランスだけど、上手くいってる。もう出る幕はなさそうだし」

話は続いてる。

そうっすかと思いながら目をつぶって黙っていた。

ぼんやり考えている間も柔らかいキスがやまない。

くすぐってぇ。

でも嫌じゃなくて気持ちいいから、このまんま。

「ダグを間に、それぞれ好きに可愛がるのを見たら羨ましくなったんだよなぁ。俺も誰か可愛がる相手が欲しい。選ぶなら俺はお前がいい。可愛いから」

「俺ぇ?可愛いぃ?はぁぁ?」

驚いて閉じていた目がカッと見開く。

まったり気分も飛んだわ。

マジか、どうしたんですか?ベイル部隊長。

好みはルガンダ兄さんだろう?

そう考えたら俺を気に入るのも理解出来ない。

意味分かんねぇよ。

「だめか?」

何、その余裕の笑み。

聞きながらも頬擦りみたいなキスしてる。

断られるつもりないな。

強気すぎん?

「いや、予想外で、体格でかいし、拷問官だし。ル、ルガンダ兄さんと見た目が真逆ですけど?」

「見た目なら自覚してないだろうが、いい部類だぞ?白銀の髪も灰色の瞳も見慣れているから気にならない。それだってコルトナーへ先祖代々勤めた誇りの色だろう。自信を持て。特に7年越しの片想いは評価する。一途な奴はもっと好きだ。可愛い」

「ぐ、」

ま、眩しい。

本気で俺を可愛いと思ってやがる。

目の前の顔が笑顔でキラキラだ。

「キスしたいんだが?」

「は、い」

思わずイエスと答えて目をぎゅっとつぶった。

嬉しそうな含み笑いが聞こえて、うわー!うわー!

ふおおお!唇に軽く当たってふわふわするぅ。

俺、それなりに経験あるのにぃ!

童貞処女のおっさんのくせにぃ!

何なのよ、この余裕っぷりはぁ!

「ロニーは可愛いな」

「か、可愛いとは程遠いですよ」

「俺には可愛い」

「た、たらしだ。こういうことするタイプの人じゃないでしょうがぁ、何考えてんですか」

「ああ、そうだ。自分から告白するのは初めて。だけど好きな奴をルガンダみたいに逃がすものか。未練残したまま死ぬのも嫌だし、お前を亡くしてまた童貞処女が続くのもだ」

あいつは反面教師だと付け足して、俺はベイル部隊長の熱意に頭がくらくらしてる。

「ルガンダのことは好きだが、もういないし、気持ちの整理がついた。今はお前がいい。ロニーだけ。お前も自分だけの相手が欲しくないか?その相手は俺じゃだめか?」

またぐっと詰まって胸が苦しくなった。

自分だけの相手、欲しいよ、スッゲー欲しい。

マジで無条件に愛されたい。

ベイル部隊長がルガンダ兄さんを大事にしているくらい。

大好きなルガンダ兄さんがこんなに想われるのが嬉しいけど、死んでからもこんなに愛されてるのがめっちゃ羨ましい。

やべぇ。

気づかなかったけど俺、ベイル部隊長のこと気に入ってる。

ダグに感じてたヤりてぇとか守りたいとかじゃないけど、本格的にハマってる。

自覚したけど感情の処理が追い付かない。

「……自惚れだったか?好かれている自信があったが」

困った顔で首を捻ってる。

茫然としすぎて身動き出来ないんです。

声も出せないくらい。

息するのがやっとなんです。

口はパクパクするだけだし、脳ミソ固まって言葉が出てこないし。

そのくせ涙がボロボロ止まらねぇし。

どうしよう。

「す、すいません」

「……これは断られたのか?」

「やっ、いや、違いますっ」

「ダグが好きだからか?」

「はい、いえ、好きは好きですけど、そうじゃなくて」

頭が回んねぇ。

誤解するような言い方ばっか。

俺は本当に恋愛ベタなダグ並みのアホだ。

「……嫌って訳ではなさそうなんだがなぁ」

言う通りです。

嫌いなんて滅相もない。

ただ何て言えばいいのか分からないんだ。

きごちないけど頭を縦に振って答えるのにベイル部隊長は難しい顔で悩んでる。

伝わってない。

どうしようって焦るばかりでアワアワしてる。

そんな戸惑う俺を見てまた首をひねりながら、さっきのじっとりとした視線で考え込んでる。

「どっちがいい?」

「へ?」

「童貞と処女、どっちでも好きな方やる」

「へ?!え?!」

「お前がいるならだけど。……いや、いるのか?さすがに微妙か?」

しばらく渋面で目を細めて考えたら、項垂れてため息を吐いた。

「微妙だよな。ケツはまだしも未経験の俺がお前を抱くのも危ないし。……いや、おっさんのケツ処女だって嫌だよなぁ。忘れろ。悪かったな、色々と、」

ヤバい!

いつもの引き際あっさりに方向転換した!

「く、ください!」

ここで言わなきゃもう貰えない!

「どっちだ?」

「どっちもです!」

「両方?!」

その答えは予想外だったらしく、ぎょっと目を見開いた。

こっちは上下を考える間もないんだ。

どっちでもいいからベイル部隊長を手放したくない。

「……それでお前がいいなら。……まあ、よろしく」

固まってギクシャクと頷いた。

相対する俺も似たようなもん。

せっかく選ばせてくれたのに、抱く抱かれると自分で選択肢広げちまった。
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