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番外編※リカルド
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「ち、ちがう」
震えて、絞り出された声と私への恐怖を乗せた瞳からは涙が溢れていた。
「ここが、私の場所だと」
うつ向いたまま私の膝に手を添えた。
「泣かなくていい。私といるのが辛いならという提案だ」
「離れたくありません!」
「そうか」
恐る恐る、ゆっくりとラインを腕に包むと応えるように私へ身を傾けた。
「泣かせたくないのに。どうしたらいいのかわかない」
静かに泣く姿に思わず呟いた。
「それは、私もです。悲しそうにされるから。そんな風に見つめられて私もどうしたらいいのかわからないのです」
そう言われたらお互いに手探りで距離を測りあってるとわかった。
「そうだな。すまなかった。辛かったのはラインなのに」
「いいえ、私のことなど。申し訳ありません。お辛いのでしたら、お望みのままに。……すぐに出立のご用意します」
「私のためと言うなら行かなくていい」
「震えてらっしゃいます。無理をされないでください」
「ん?」
言われて初めて自分の手が震えていることに気づいた。
ここまで臆病だったのかと顔をしかめた。
「気にするな。自分のことを考えろ」
「私のことは何も」
「恐ろしい目に遭ったのはお前だ」
「そうですね」
思ったより淡々として恐れのない瞳に違和感を持つ。
引っ掻かき傷、締め付けられた跡を残す手形。
あの時見た光景の痛ましさで心苦しいのにどうにも平然とした空気が落ち着かない。
何が彼女をここまで強くさせているのか。
「なぜそんなに落ち着いていられる?」
「私にはそれよりもっと恐ろしいことがあります」
「何が恐ろしい?」
尋ねるのに何も答えない。
「ライン、答えはないのか?」
「え、と。……えーと」
言葉を探して悩み続ける。
「説明が難しいのならそのうちでいい。今はこのまま」
腕の中で丸くなる宝物を慈しみたい。
するといつの間にか泣き止んだラインが顔をあげた。
表情はどこか芯の強さが漂い、初めて見る彼女に目を惹かれた。
「私には全てどうでもいいことなんです。辛いことや恐ろしいことなんか。誰に何をされても。好きにすれば良いと思うだけで。……誰が私に何をしても。何も。ひどく悲しむことも傷つくこともありません。あの、されて嫌だとは感じますけど」
その一言に、ラインの生い立ちが重なった。
嫌われて侮られて、道具の扱いを受けていたのに家族への未練を残す。
打たれ強さはそこからだ。
そして驚くほどの愛情深さだと思っていた。
だが、今の言葉で今まで見せていた慈愛は関心のなさを意味した。
長く憎み合った継母を彷彿とさせる他者への無関心さ。
あの女が特別だったのではなく、“女”という生き物が危ういのかと頭の片隅をよぎる。
死の恐怖を思い出して背筋が凍るのに、私はそんなラインの関心を手に入れたと高揚した。
「……リカルド王子が、いちばん怖いデス」
「私か?私が一番優しくしていると思うが?」
「……いちばん優しい。いちばん好きだから、いちばん怖い」
他は怖くない、と小さく答えた。
「だから私に怯えるのか?」
「……ごめんなさい」
途方のない満足感に満たされる。
私が彼女を守っているつもりだったが違った。
芯の強さ。
疑いのない信頼と愛情。
「確かに私もお前以外どうでもいいかな」
「え?」
「大切なものは多いが天秤に乗せれば傾く。そういうことだろう?」
自分の死が全ての終わりと思っていた。
忌々しいと憎みながら継母に同情し、ルルドラを憐れんだ。
亡くした妻の思い出に閉じ籠る父を受け入れた。
寂しさに何度も泣いて涙も枯れた。
「リカルド王子?……泣いてる?」
「……ん。ちょっとな。……どうにも、止まらん」
喜びで溢れるのは人生で初めてだった。
震えて、絞り出された声と私への恐怖を乗せた瞳からは涙が溢れていた。
「ここが、私の場所だと」
うつ向いたまま私の膝に手を添えた。
「泣かなくていい。私といるのが辛いならという提案だ」
「離れたくありません!」
「そうか」
恐る恐る、ゆっくりとラインを腕に包むと応えるように私へ身を傾けた。
「泣かせたくないのに。どうしたらいいのかわかない」
静かに泣く姿に思わず呟いた。
「それは、私もです。悲しそうにされるから。そんな風に見つめられて私もどうしたらいいのかわからないのです」
そう言われたらお互いに手探りで距離を測りあってるとわかった。
「そうだな。すまなかった。辛かったのはラインなのに」
「いいえ、私のことなど。申し訳ありません。お辛いのでしたら、お望みのままに。……すぐに出立のご用意します」
「私のためと言うなら行かなくていい」
「震えてらっしゃいます。無理をされないでください」
「ん?」
言われて初めて自分の手が震えていることに気づいた。
ここまで臆病だったのかと顔をしかめた。
「気にするな。自分のことを考えろ」
「私のことは何も」
「恐ろしい目に遭ったのはお前だ」
「そうですね」
思ったより淡々として恐れのない瞳に違和感を持つ。
引っ掻かき傷、締め付けられた跡を残す手形。
あの時見た光景の痛ましさで心苦しいのにどうにも平然とした空気が落ち着かない。
何が彼女をここまで強くさせているのか。
「なぜそんなに落ち着いていられる?」
「私にはそれよりもっと恐ろしいことがあります」
「何が恐ろしい?」
尋ねるのに何も答えない。
「ライン、答えはないのか?」
「え、と。……えーと」
言葉を探して悩み続ける。
「説明が難しいのならそのうちでいい。今はこのまま」
腕の中で丸くなる宝物を慈しみたい。
するといつの間にか泣き止んだラインが顔をあげた。
表情はどこか芯の強さが漂い、初めて見る彼女に目を惹かれた。
「私には全てどうでもいいことなんです。辛いことや恐ろしいことなんか。誰に何をされても。好きにすれば良いと思うだけで。……誰が私に何をしても。何も。ひどく悲しむことも傷つくこともありません。あの、されて嫌だとは感じますけど」
その一言に、ラインの生い立ちが重なった。
嫌われて侮られて、道具の扱いを受けていたのに家族への未練を残す。
打たれ強さはそこからだ。
そして驚くほどの愛情深さだと思っていた。
だが、今の言葉で今まで見せていた慈愛は関心のなさを意味した。
長く憎み合った継母を彷彿とさせる他者への無関心さ。
あの女が特別だったのではなく、“女”という生き物が危ういのかと頭の片隅をよぎる。
死の恐怖を思い出して背筋が凍るのに、私はそんなラインの関心を手に入れたと高揚した。
「……リカルド王子が、いちばん怖いデス」
「私か?私が一番優しくしていると思うが?」
「……いちばん優しい。いちばん好きだから、いちばん怖い」
他は怖くない、と小さく答えた。
「だから私に怯えるのか?」
「……ごめんなさい」
途方のない満足感に満たされる。
私が彼女を守っているつもりだったが違った。
芯の強さ。
疑いのない信頼と愛情。
「確かに私もお前以外どうでもいいかな」
「え?」
「大切なものは多いが天秤に乗せれば傾く。そういうことだろう?」
自分の死が全ての終わりと思っていた。
忌々しいと憎みながら継母に同情し、ルルドラを憐れんだ。
亡くした妻の思い出に閉じ籠る父を受け入れた。
寂しさに何度も泣いて涙も枯れた。
「リカルド王子?……泣いてる?」
「……ん。ちょっとな。……どうにも、止まらん」
喜びで溢れるのは人生で初めてだった。
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