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番外編※リカルド
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ライオネルと入れ替わりに、いつまでも寝室に籠って眠るラインと私のためにディアナが食事と薬を届けに来た。
「奥様のお加減はお分かりになりましたか?」
「いや、まだ一歩も出てきていない」
そう応えるとやつれた顔に一層影を落とす。
「父の様子はどうだ」
「……さすがにお疲れが隠せないようでございます。文官の数人が気遣いを見せておりました」
「困ったね。いつも通り過ごしてもらわないと。ディアナ、君もだよ。下が不安がる」
ハッとして口許を引き締めている。
「申し訳ありません」
「……化粧で色を誤魔化しても腫れているのは分かる」
ぽこっと腫れた頬の痛々しさに眼を細めたら、ディアナは意外にも笑みを返してきた。
「歳でございますから。肌の弛みと言えば他の者は何も申しませんわ」
「ふ、そういうものなのか?」
冗談と分かっているがディアナの勝ち気な応えに笑みをこぼした。
だが、寝室へと向かうディアナをひき止めた。
「私がする。あとは構うな」
そう伝えると頷いて部屋を辞去した。
きっかけが欲しかった。
カートを押してドアのぶを掴むのに。
意気地がない。
回す勇気が出なかった。
そのままもとの椅子に足は逆戻りだ。
「……ハァ」
動かなくてはいけないと思うのに。
いい加減手当てをしてやらねば、様子を見なくては。
ぐるぐると理由を並べるくせに側に行くのが恐ろしい。
なぜ乱暴をしたルルドラより、私へ怯えた眼差しを向けるんだ。
あの視線が私を怯ませる。
机に突っ伏して目頭を押さえた。
こんなに涙腺が緩かったのかと他人事のように、足元が冷えた感覚と沸騰した頭のちぐはぐさに強く目を瞑った。
長くそうしていて、奥からカチリとノブの回る音。
ずる、ずる、とゆっくり引きずる足音の気配で顔をあげそうになった。
起きたのか?
痛むところは?
気分はどうだ?
心の中で沢山の問いかけが巡るだけで声にならなかった。
お休みかなと小さな問い掛けと柔らかくツンツンと指で肩をつついてる。
じっと、やり過ごした。
臆病になった自分に悩んでいる。
殺気混じりの悪意をあしらうことの方が簡単とは思わなかった。
うろうろと不自由そうな足取りで回りを歩いてカートに乗ったクッキーを見つけたようだ。
咀嚼音が聞こえる。
座っていた椅子の足を背もたれにまた床に座った。
盗み見すると私の足元でペタッと床にくつろいで手づかみのお菓子とミルクを飲んでいる。
昔飼っていたペットを思い出し、人目を嫌う様子に友人達から聞いた猫のようだと思った。
猫なら迂闊に話しかけると逃げるかもしれん。
じっと寝起きでボサボサになった長い髪が揺れるのを眺めた。
「……なぜいつも床に座るんだ?おおっと、こら、逃げるな」
「ひゃ!ええ?!お、起きてたんですか?!いたた!」
気が緩んでいた。
ボソッと呟いただけだったが、ラインがびっくりして跳び跳ねた。
「逃げなくていいから。それより足のどこを痛めてるんだ?」
勢いがついてしまえば気楽に捕まえて引きずっていた足を覗く。
「うわ」
剥がれかけた足の爪に顔をしかめた。
「何したか覚えているか?」
なぜこんなところを怪我するんだ。
「……たぶんルルドラ王子を蹴った時に。……こうなりました」
「そうか」
あの時かと思い当たった。
「いったぁいっ」
「新しい爪が生えるまで我慢だ」
「ふぇ、はいぃ」
ぶら下がった爪を押さえつけて上からガーゼで強く固定して巻き付ける。
「……他に痛むところは?」
聞くのは怖かった。
だが、首の隙間から見える手形とみみず腫。
みみず腫は爪で引っ掻いたのだろう。
「いっ、」
掴んでいた手を振り払おうと身を捩っただけで痛みで固まっている。
「……他はありません」
「……嘘をつくな」
「いだだ!」
握った片手を上に持ち上げたら叫んだ。
「これは?」
「ルルドラ王子と、揉みくちゃになった時に。……こうなって、こう。……腕がぐるんって」
むうっと唇をつきだしてふて腐れた顔で説明をする。
どうやらルルドラに腕を捻られたようだ。
受け身のひとつも知らないのだから筋を痛めても仕方ない。
「……湿布だな」
「自分で」
「これの扱い方を知っているか?」
こんな怪我の手当てなど初めてだろう。
火傷の塗り薬だってディアナ達が世話をしていた。
「習えば大丈夫です。難しければディアナさんにお願いしますから」
合わない視線と怯える態度に途方もない寂しさを感じた。
側にいながら。
近いのに果てしなく遠い。
「私では駄目なのか?」
「……何のことでしょうか?」
「私を避けてる」
私の言葉にハッとして、ふるふると頭を振るが、恐怖は隠せていない。
もっとはっきりと感じて離れる必要がある気がした。
「私といるのが苦痛なら、ここから離れて暮らすといい」
以前の別邸。
烏に預けた古城。
静かで落ち着いた場所を。
他にもいくつか用意できる。
「奥様のお加減はお分かりになりましたか?」
「いや、まだ一歩も出てきていない」
そう応えるとやつれた顔に一層影を落とす。
「父の様子はどうだ」
「……さすがにお疲れが隠せないようでございます。文官の数人が気遣いを見せておりました」
「困ったね。いつも通り過ごしてもらわないと。ディアナ、君もだよ。下が不安がる」
ハッとして口許を引き締めている。
「申し訳ありません」
「……化粧で色を誤魔化しても腫れているのは分かる」
ぽこっと腫れた頬の痛々しさに眼を細めたら、ディアナは意外にも笑みを返してきた。
「歳でございますから。肌の弛みと言えば他の者は何も申しませんわ」
「ふ、そういうものなのか?」
冗談と分かっているがディアナの勝ち気な応えに笑みをこぼした。
だが、寝室へと向かうディアナをひき止めた。
「私がする。あとは構うな」
そう伝えると頷いて部屋を辞去した。
きっかけが欲しかった。
カートを押してドアのぶを掴むのに。
意気地がない。
回す勇気が出なかった。
そのままもとの椅子に足は逆戻りだ。
「……ハァ」
動かなくてはいけないと思うのに。
いい加減手当てをしてやらねば、様子を見なくては。
ぐるぐると理由を並べるくせに側に行くのが恐ろしい。
なぜ乱暴をしたルルドラより、私へ怯えた眼差しを向けるんだ。
あの視線が私を怯ませる。
机に突っ伏して目頭を押さえた。
こんなに涙腺が緩かったのかと他人事のように、足元が冷えた感覚と沸騰した頭のちぐはぐさに強く目を瞑った。
長くそうしていて、奥からカチリとノブの回る音。
ずる、ずる、とゆっくり引きずる足音の気配で顔をあげそうになった。
起きたのか?
痛むところは?
気分はどうだ?
心の中で沢山の問いかけが巡るだけで声にならなかった。
お休みかなと小さな問い掛けと柔らかくツンツンと指で肩をつついてる。
じっと、やり過ごした。
臆病になった自分に悩んでいる。
殺気混じりの悪意をあしらうことの方が簡単とは思わなかった。
うろうろと不自由そうな足取りで回りを歩いてカートに乗ったクッキーを見つけたようだ。
咀嚼音が聞こえる。
座っていた椅子の足を背もたれにまた床に座った。
盗み見すると私の足元でペタッと床にくつろいで手づかみのお菓子とミルクを飲んでいる。
昔飼っていたペットを思い出し、人目を嫌う様子に友人達から聞いた猫のようだと思った。
猫なら迂闊に話しかけると逃げるかもしれん。
じっと寝起きでボサボサになった長い髪が揺れるのを眺めた。
「……なぜいつも床に座るんだ?おおっと、こら、逃げるな」
「ひゃ!ええ?!お、起きてたんですか?!いたた!」
気が緩んでいた。
ボソッと呟いただけだったが、ラインがびっくりして跳び跳ねた。
「逃げなくていいから。それより足のどこを痛めてるんだ?」
勢いがついてしまえば気楽に捕まえて引きずっていた足を覗く。
「うわ」
剥がれかけた足の爪に顔をしかめた。
「何したか覚えているか?」
なぜこんなところを怪我するんだ。
「……たぶんルルドラ王子を蹴った時に。……こうなりました」
「そうか」
あの時かと思い当たった。
「いったぁいっ」
「新しい爪が生えるまで我慢だ」
「ふぇ、はいぃ」
ぶら下がった爪を押さえつけて上からガーゼで強く固定して巻き付ける。
「……他に痛むところは?」
聞くのは怖かった。
だが、首の隙間から見える手形とみみず腫。
みみず腫は爪で引っ掻いたのだろう。
「いっ、」
掴んでいた手を振り払おうと身を捩っただけで痛みで固まっている。
「……他はありません」
「……嘘をつくな」
「いだだ!」
握った片手を上に持ち上げたら叫んだ。
「これは?」
「ルルドラ王子と、揉みくちゃになった時に。……こうなって、こう。……腕がぐるんって」
むうっと唇をつきだしてふて腐れた顔で説明をする。
どうやらルルドラに腕を捻られたようだ。
受け身のひとつも知らないのだから筋を痛めても仕方ない。
「……湿布だな」
「自分で」
「これの扱い方を知っているか?」
こんな怪我の手当てなど初めてだろう。
火傷の塗り薬だってディアナ達が世話をしていた。
「習えば大丈夫です。難しければディアナさんにお願いしますから」
合わない視線と怯える態度に途方もない寂しさを感じた。
側にいながら。
近いのに果てしなく遠い。
「私では駄目なのか?」
「……何のことでしょうか?」
「私を避けてる」
私の言葉にハッとして、ふるふると頭を振るが、恐怖は隠せていない。
もっとはっきりと感じて離れる必要がある気がした。
「私といるのが苦痛なら、ここから離れて暮らすといい」
以前の別邸。
烏に預けた古城。
静かで落ち着いた場所を。
他にもいくつか用意できる。
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