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番外編※リカルド
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「……拗れてる」
亡くなった私の母にしか興味を持てなかった父。
気を引きたくて魔女になったルルドラの母親。
道具にされたルルドラ。
全て終わったと思ったのに。
母親への情が心の片隅にあるルルドラには断罪の場を作った兄と死を許した父親は複雑に映っている。
理想の母親として、姉のように。
唯一、女性として慕うラインは私の妻。
物として生きた者は愛する者以外、他者は全て物だ。
全てがどう転ぶのか。
父はまだしも、ルルドラが皇太子として難しいのなら。
それもまた考えに入れるべきかと静かに眠るラインを見つめてじっと考え込んだ。
父のもとにディアナ、ルルドラのもとにライオネル。
それぞれの伝達に私の信頼する者達。
全員、私の顔にぎょっとしていた。
事の内容を知らない一人は久しぶりにそんな顔を拝見しましたと苦笑いを見せた。
以前はフォルクスに頼んで稽古の怪我として誤魔化してた。
あいつは下の立場から上がってきたせいか、不思議とさばけた男で「男なら拳に頼る時もありますよねぇ」と笑い、死んだら困るからと型破りで卑怯な剣術や戦闘を私に仕込んだ。
平民の生活や商人の口八丁、暴力の世界。
母の生前、隊員のひとりだった頃から勉学と貴族社会だけ生きる何も知らない私に面白がって外の世界について入れ知恵する奴で、世話人のひとりだったライオネルは他の使用人のように知らなくていいなどと言わず、己が無知であると知ることに価値があると私の興味あること、知りたいこと、やりたいことは止めなかった。
そして母を亡くし、継母が来てから私の回りの人間は減った。
私を見限って去った者、継母が刈り取った者。
そんな中、残ったライオネル達を守りたくて。
それ以外に生きる糧がなかったかもしれない。
暇になると嫌なことばかり思い出して考え込んでしまう。
仕事があればいいのに。
届いた書類が思ったより少なかった。
父とルルドラが取り合うように仕事をしてるらしい。
気を遣ってなのか、自身のためなのか分からないが。
引き出しから古い見直すだけの書類を出して形ばかり仕事を増やし、やることなくそれを繰り返し読み耽った。
深夜になりライオネルから寝るようにと指摘されても、もう少しこのままと少なくなった書類の束を乗せた書斎机から移動する気になれなかった。
「ルルドラは母親の処分をどこで知ったかわかったか?」
それだけは知らせていなかったはず。
ライオネルは一拍の思案のあと分かりかねると答えるだけだった。
あの女の企てた王妃の毒殺、ルーラの処遇、私の友人達の恨みはルルドラ本人が調べて私が全てを話した。
知ってるのは私と父だけ。
外界には病死。
拿捕に関わった他の人間にはプライドの高い女が自死を選んだとなっている。
私の回りの者たちの中でも実情はライオネルしか知らない。
そしてここまで考えたら切っ掛けは父だと察する。
「……ふぅ。父は子供と思って油断したのか」
子供だからこそ、細心の注意を持ってほしかった。
従順な見掛けによらず、ルルドラは烏に似て傷つきやすく思い込みが激しい激情型だ。
賢さがマイナスに振り切る。
「こうも暴れて、人を簡単に襲うようなら……ラインは別邸に移す。……ルーラ達も。今はしばらく様子を見るが、怪しいと思ったらすぐに報告をしろ」
「畏まりました」
「……父のことも。ルルドラとの間に入ってやれ」
小さなため息をこぼした。
気を回さねばならないことが多すぎる。
ライオネルの言いよどんだ気配を感じてふと目を向けた。
「……今回ばかりは、あなた様の指示に疑問がございます」
「妥当な采配だろう?」
「……分かっております。ですが、なぜあなた様だけ堪えなければならないのかと。私には全てが丸く収まるというのは難しいように思います。一度は手放したお立場ですが、いずれ戻ることも必要かもしれません」
「戻るのは簡単だろうなぁ」
自ら下げた評判で苦労するだろうが、今まで温情となる采配を振っていたことで味方となる者が多い。
陛下という立場から父の厳粛さを模倣しつつ私は慈悲を残した。
王子という産まれ持った地位。
これまで教育者に恵まれたおかげで“身ひとつ”で価値を周囲に見せしめることができる。
私は私の居場所を作るのは得意だ。
だが、ルルドラは違う。
囲いの中で育った。
血筋以外の価値を周囲は知らない。
まだ皇太子として若く幼いこと。
そして三大公爵家全てから生まれの存在を忌避されている。
ひとつは娘を殺され、ひとつは子を成せぬように貶められ、血の繋がる最後のひとつは天に唾を吐く所業に恐れて恥じた。
あれの息子と思えば彼らは蛙の子は蛙と見なし嫌悪している。
公務や年の近い者たちとの集まりに参加しているが、いまだに友人らしい関係は聞かない。
ルルドラの安らぐ相手はラインだけかもしれないとよぎった。
「自分こそ諦めろと言われ続けたくせに。お前に言われてもなぁ。あぁ、私は教師に似たのか。粘り強く周到に立ち回る大事さ」
私の回答は想定内らしい。
会得した様子で微かに頷いて見せた。
唐突な結婚報告と早すぎる妻君の出産、それと全く違う色。
堂々とした態度に覚悟の上と察した。
それでも産まれた子は可愛かったらしい。
私へ向けた眼差しと同じ眼で息子を語る。
幼い頃からこの男の深い情はとても心地好かった。
「お前はそういう男だ」
「あまり良い教育者ではなかったようですね」
「どうかな」
私はお前のように恥じない男になりたかった。
亡くなった私の母にしか興味を持てなかった父。
気を引きたくて魔女になったルルドラの母親。
道具にされたルルドラ。
全て終わったと思ったのに。
母親への情が心の片隅にあるルルドラには断罪の場を作った兄と死を許した父親は複雑に映っている。
理想の母親として、姉のように。
唯一、女性として慕うラインは私の妻。
物として生きた者は愛する者以外、他者は全て物だ。
全てがどう転ぶのか。
父はまだしも、ルルドラが皇太子として難しいのなら。
それもまた考えに入れるべきかと静かに眠るラインを見つめてじっと考え込んだ。
父のもとにディアナ、ルルドラのもとにライオネル。
それぞれの伝達に私の信頼する者達。
全員、私の顔にぎょっとしていた。
事の内容を知らない一人は久しぶりにそんな顔を拝見しましたと苦笑いを見せた。
以前はフォルクスに頼んで稽古の怪我として誤魔化してた。
あいつは下の立場から上がってきたせいか、不思議とさばけた男で「男なら拳に頼る時もありますよねぇ」と笑い、死んだら困るからと型破りで卑怯な剣術や戦闘を私に仕込んだ。
平民の生活や商人の口八丁、暴力の世界。
母の生前、隊員のひとりだった頃から勉学と貴族社会だけ生きる何も知らない私に面白がって外の世界について入れ知恵する奴で、世話人のひとりだったライオネルは他の使用人のように知らなくていいなどと言わず、己が無知であると知ることに価値があると私の興味あること、知りたいこと、やりたいことは止めなかった。
そして母を亡くし、継母が来てから私の回りの人間は減った。
私を見限って去った者、継母が刈り取った者。
そんな中、残ったライオネル達を守りたくて。
それ以外に生きる糧がなかったかもしれない。
暇になると嫌なことばかり思い出して考え込んでしまう。
仕事があればいいのに。
届いた書類が思ったより少なかった。
父とルルドラが取り合うように仕事をしてるらしい。
気を遣ってなのか、自身のためなのか分からないが。
引き出しから古い見直すだけの書類を出して形ばかり仕事を増やし、やることなくそれを繰り返し読み耽った。
深夜になりライオネルから寝るようにと指摘されても、もう少しこのままと少なくなった書類の束を乗せた書斎机から移動する気になれなかった。
「ルルドラは母親の処分をどこで知ったかわかったか?」
それだけは知らせていなかったはず。
ライオネルは一拍の思案のあと分かりかねると答えるだけだった。
あの女の企てた王妃の毒殺、ルーラの処遇、私の友人達の恨みはルルドラ本人が調べて私が全てを話した。
知ってるのは私と父だけ。
外界には病死。
拿捕に関わった他の人間にはプライドの高い女が自死を選んだとなっている。
私の回りの者たちの中でも実情はライオネルしか知らない。
そしてここまで考えたら切っ掛けは父だと察する。
「……ふぅ。父は子供と思って油断したのか」
子供だからこそ、細心の注意を持ってほしかった。
従順な見掛けによらず、ルルドラは烏に似て傷つきやすく思い込みが激しい激情型だ。
賢さがマイナスに振り切る。
「こうも暴れて、人を簡単に襲うようなら……ラインは別邸に移す。……ルーラ達も。今はしばらく様子を見るが、怪しいと思ったらすぐに報告をしろ」
「畏まりました」
「……父のことも。ルルドラとの間に入ってやれ」
小さなため息をこぼした。
気を回さねばならないことが多すぎる。
ライオネルの言いよどんだ気配を感じてふと目を向けた。
「……今回ばかりは、あなた様の指示に疑問がございます」
「妥当な采配だろう?」
「……分かっております。ですが、なぜあなた様だけ堪えなければならないのかと。私には全てが丸く収まるというのは難しいように思います。一度は手放したお立場ですが、いずれ戻ることも必要かもしれません」
「戻るのは簡単だろうなぁ」
自ら下げた評判で苦労するだろうが、今まで温情となる采配を振っていたことで味方となる者が多い。
陛下という立場から父の厳粛さを模倣しつつ私は慈悲を残した。
王子という産まれ持った地位。
これまで教育者に恵まれたおかげで“身ひとつ”で価値を周囲に見せしめることができる。
私は私の居場所を作るのは得意だ。
だが、ルルドラは違う。
囲いの中で育った。
血筋以外の価値を周囲は知らない。
まだ皇太子として若く幼いこと。
そして三大公爵家全てから生まれの存在を忌避されている。
ひとつは娘を殺され、ひとつは子を成せぬように貶められ、血の繋がる最後のひとつは天に唾を吐く所業に恐れて恥じた。
あれの息子と思えば彼らは蛙の子は蛙と見なし嫌悪している。
公務や年の近い者たちとの集まりに参加しているが、いまだに友人らしい関係は聞かない。
ルルドラの安らぐ相手はラインだけかもしれないとよぎった。
「自分こそ諦めろと言われ続けたくせに。お前に言われてもなぁ。あぁ、私は教師に似たのか。粘り強く周到に立ち回る大事さ」
私の回答は想定内らしい。
会得した様子で微かに頷いて見せた。
唐突な結婚報告と早すぎる妻君の出産、それと全く違う色。
堂々とした態度に覚悟の上と察した。
それでも産まれた子は可愛かったらしい。
私へ向けた眼差しと同じ眼で息子を語る。
幼い頃からこの男の深い情はとても心地好かった。
「お前はそういう男だ」
「あまり良い教育者ではなかったようですね」
「どうかな」
私はお前のように恥じない男になりたかった。
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