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ドォン……!
先ほどよりも一段と大きく、そして明確な衝撃が、地下牢獄の石床を揺るがした。
まるで、巨大な生き物が地面の奥で身もだえているかのようだ。
壁に積もっていた埃がぱらぱらと舞い落ち、空気は焦げ付くような異臭を帯び始めた。
「な、なんだ!? この揺れ、まさか……!」
衛兵の一人が恐怖に顔を歪めて叫んだ。
「ひっ……! 下だ! 地下の、さらに奥からだぞ! 何か、来る!」
通路の向こうで、衛兵たちの怒号と悲鳴が混じり合った声が響く。それはもはや、職務を全うしようとする者の声ではなかった。
未知の恐怖に直面した、人間の剥き出しの叫び。
リナは鉄格子の向こうで身を固くした。アリステアが去ってから、まだそれほど時間は経っていない。
彼の無事を祈る心と、この不気味な予兆に対する不安が、胸の中で激しくせめぎ合う。
心臓に直接響くような地響きは、もはや断続的ではなかった。
それは巨大な心臓の鼓動のように、一定の間隔で、しかし確実に威力を増しながら、王城の土台そのものを揺さぶり続けている。
突如、リナが囚われている牢のすぐ近くの壁が、轟音と共に内側へ向かって崩れ落ちた。
「うわあああああっ!」
衛兵の断末魔が響き渡る。粉塵が舞い上がる闇の向こうから現れたのは、およそこの世のものとは思えぬ異形の影だった。
それは、巨大な蜘蛛の胴体に、蠍のように長く伸びた毒々しい尾、そして蝙蝠のような皮膜の翼を持つ魔物。
まさに悪夢が具現化したかのような姿だ。
ぬらぬらと濡れた黒い外殻、無数に並んだ赤い複眼が、ぎょろりと牢の中のリナを捉えた。
カチカチカチ、と鋭い顎肢を鳴らしながら、魔物は涎のように粘度の高い毒液を床に滴らせる。
石畳がじゅう、と音を立てて溶けていく。
「ま、魔物……!? なぜ王城の地下に……!」
生き残った衛兵が震える声で叫び、剣を構える。だが、その足は恐怖で地面に縫い付けられたように動かない。
魔物は人間たちに一瞥もくれず、その複数の赤い瞳を、ただ一点、リナに向けていた。
明確な殺意。そして、まるで誰かの強い意志に操られているかのような、不自然なまでの執着。
(まさか……!)
リナの脳裏に、炎のような赤い髪の令嬢の姿が浮かぶ。イザベラ。
追い詰められた彼女が、最後の手段として、このような禁忌に手を出したというのか。
魔物は崩れた壁の瓦礫を軽々と踏み越え、リナの牢へと迫る。その巨体から放たれる圧倒的な圧迫感だけで、呼吸が浅くなる。
――怖い。
だが、リナの翠の瞳から決意の光は消えなかった。
アリステアが信じてくれた。愛していると、告げてくれた。守るべきものが、守りたい人がいる。
もう、無力なままではいられない。
魔物が巨大な前脚を振り上げ、鉄格子を薙ぎ払おうとした、その瞬間だった。
「――これ以上、貴様に指一本触れさせん……! 化け物めが!」
一筋の銀閃が闇を切り裂き、魔物の前脚を付け根から両断した。
甲高い絶叫を上げ、魔物がよろめく。
粉塵の向こうから現れたのは、黒銀の鎧を纏い、聖銀の剣を構えた騎士。
プラチナブロンドの髪を乱し、紫水晶の瞳に激しい怒りの炎を宿した、アリステアその人だった。
「ケイン、さん……っ!?」
リナの口から、無意識に懐かしい名が零れた。しかし、その瞬間、脳裏に雷が落ちたような衝撃が走る。
忘れ去っていた記憶の断片が、走馬灯のように駆け巡り、目の前の男の真の姿を照らし出す。
「アリステア、さん……っ!」
「下がっていろ、リナ!」
彼はリナを一瞬だけ振り返ると、すぐに魔物へと向き直る。その背中は、どんな城壁よりも頼もしく見えた。
「貴様の邪悪な気配、忘れるものか……イザベラ!」
アリステアの怒声が地下に響く。リナが感じた通り、この魔物はイザベラが召喚したものなのだ。
魔物は切断された脚から黒い体液を撒き散らし、狂ったように暴れ始めた。
残った脚で通路の壁を破壊し、天井を突き崩す。瓦礫が雨のように降り注ぎ、地下牢獄は崩壊寸前だった。
アリステアは卓越した剣技で魔物の攻撃を捌き、的確にその巨体を切り刻んでいく。
しかし、相手は一体ではない。崩れた壁の奥から、さらに二体、三体と、同じような異形の魔物が這い出してくる。
「くっ……!」
数で押し切ろうとする敵に対し、アリステアは徐々に防戦一方へと追いやられていく。
その時、一体の魔物がアリステアの死角を突き、天井を蹴ってリナの牢の真上へと飛び上がった。
「危ない!」
アリステアが叫ぶ。魔物は鉄格子の天井を突き破り、鋭い爪をリナの頭上めがけて振り下ろした。
死を覚悟し、リナが固く目を閉じた――その刹那。
息が、詰まる。――ああ、この人も、私にとってどれほど大切な人だったのだろう……。
衝撃は来なかった。代わりに、生温かい液体が頬に飛び散り、誰かの苦悶の呻きが耳元で聞こえた。
おそるおそる目を開けると、信じられない光景が広がっていた。
アリステアが、彼女の前に立ちはだかり、その身を盾にして魔物の爪を受け止めていたのだ。
彼の背中から肩にかけて、三本の深く抉られたような裂傷が刻まれている。黒銀の鎧は無残に引き裂かれ、そこから鮮血が激しく噴き出していた。
「……あ……」
リナの唇から、声にならない声が漏れる。
「……エリアーナ……っ! すまない、私がお前を……!」
血を吐きながら、アリステアは掠れた声で呟いた。その体が、ゆっくりと傾いでいく。
記憶が、鮮烈な痛みと共に呼び覚まされたのだ。エリアーナと出会い、愛し、そして自らの手で断罪してしまった過去への後悔が、彼を苛む。
「いやっ……! ケイン……っ! エリアーナは、あなたを……っ!」
リナは崩れ落ちる彼を、震える腕で抱きとめた。腕の中に伝わる命の重み。流れ落ちる血の温かさ。
失う。
この人を、失ってしまう。
記憶がなくても、魂が求めた唯一の人を。やっと想いが通じ合った、愛しい人を。
絶望が、リナの心を叩き潰す。そのあまりに強烈な衝撃と、彼を失いたくないという魂の絶叫が、封印の最後の枷を破壊した。
――ドクンッ。
魂の奥深くで、何かが弾ける。
堰を切ったように、膨大な記憶の奔流が、彼女の意識へと流れ込んできた。
王宮の庭園。初めてアリステア王子と会った日。彼の怜悧な美貌と、その奥に隠された不器用な優しさ。
共に過ごした婚約者としての日々。交わした言葉。重ねた視線。育まれていった、穏やかで、しかし確かな愛情。
そして、卒業パーティーでの婚約破棄。彼の苦悶に満ちた紫の瞳。
全てを奪った「忘却の罰」。
辺境の森での目覚め。フィンとの出会い。リナとしての新しい人生。
もふもふの相棒、モカとの触れ合い。
そして――銀色の騎士「ケイン」との再会。理由もわからず惹かれ合い、共に過ごした、かけがえのない時間。
エリアーナ・フォン・クライフォルトとしての記憶。
リナとしての記憶。
二つの人生が、一つの流れとなって溶け合っていく。
「…………エリアーナ」
腕の中で、アリステアが掠れた声で呟いた。
彼もまた、リナを守るために命を懸けたその瞬間に、全ての記憶を取り戻していたのだ。ケインとしてリナと出会い、再び恋に落ち、守りたいと願った日々。
二人を隔てていた忘却の壁は、今、完全に崩れ去った。
「……アリステア……殿下……」
リナの頬を、涙が伝う。それはもう、記憶のない村娘の涙ではなかった。
公爵令嬢エリアーナが、愛する人の名を呼ぶ、切ない響き。
そして、その「殿下」という言葉に、かつて自分を断罪した彼との身分の隔たりと、それでも揺るがぬ愛を同時に感じる複雑な感情が滲む。
「……ああ、そうだ」
アリステアは、血に濡れた手でそっと彼女の頬に触れた。
「俺は、アリステアだ。そしてお前は……俺の、たった一人の……エリアーナだ」
言葉は途切れ途切れだったが、その紫水晶の瞳には、完全な理性の光と、揺るぎない愛が宿っていた。
この魂が、ずっと求めていた。
「やっと、思い出せた……!」
「私も……私もです……! この想いは、決して忘れることなどなかった……!」
二人は、崩れゆく牢獄の中で、互いを強く抱きしめ合った。魔物の咆哮も、崩落の轟音も、もはや二人の耳には届かない。
記憶を失っても、魂は決して忘れなかった。惹かれ合い、求め合い、そして再び愛し合った。
それは運命などという言葉では片付けられない、魂そのものの結びつきの証明だった。
しばらくして、アリステアはエリアーナの肩をそっと離した。深手を負った体で、剣を支えにゆっくりと立ち上がる。
苦痛に歪む表情は消え失せていたが、その顔色は依然として蒼白く、全身から血が失われていることを物語っていた。
しかし、その紫水晶の瞳に宿る怒りの炎は、肉体的な苦痛を凌駕するほどに激しく燃え盛っていた。
あるのは、全てを取り戻した王子の威厳と、愛する女性を傷つけられた男の、冷徹な怒りだけだった。
「……許さない」
低い声が、魔物の唸り声を圧して響く。
「この汚れた手で、私から全てを奪おうとした罪……! そして、私のエリアーナを傷つけようとした愚行……! 決して、許しはしない!」
エリアーナも、涙を拭って立ち上がった。彼女の翠の瞳は、もう迷いも不安も映してはいない。
ただ、真っ直ぐに前を見据えている。
二人の視線が、瓦礫の山の向こう、闇が蠢く通路の奥へと向けられた。
全ての元凶。
二人の運命を狂わせ、この惨状を引き起こした、張本人がいる場所へ。
アリステアとエリアーナは、言葉もなく頷き合う。
取り戻したのは、記憶だけではない。共に戦うという、揺るぎない覚悟もまた、二人の胸に蘇っていた。
これから始まるのは、清算の時。
全ての嘘と欺瞞に、終止符を打つための戦いが、今、幕を開けようとしていた。
先ほどよりも一段と大きく、そして明確な衝撃が、地下牢獄の石床を揺るがした。
まるで、巨大な生き物が地面の奥で身もだえているかのようだ。
壁に積もっていた埃がぱらぱらと舞い落ち、空気は焦げ付くような異臭を帯び始めた。
「な、なんだ!? この揺れ、まさか……!」
衛兵の一人が恐怖に顔を歪めて叫んだ。
「ひっ……! 下だ! 地下の、さらに奥からだぞ! 何か、来る!」
通路の向こうで、衛兵たちの怒号と悲鳴が混じり合った声が響く。それはもはや、職務を全うしようとする者の声ではなかった。
未知の恐怖に直面した、人間の剥き出しの叫び。
リナは鉄格子の向こうで身を固くした。アリステアが去ってから、まだそれほど時間は経っていない。
彼の無事を祈る心と、この不気味な予兆に対する不安が、胸の中で激しくせめぎ合う。
心臓に直接響くような地響きは、もはや断続的ではなかった。
それは巨大な心臓の鼓動のように、一定の間隔で、しかし確実に威力を増しながら、王城の土台そのものを揺さぶり続けている。
突如、リナが囚われている牢のすぐ近くの壁が、轟音と共に内側へ向かって崩れ落ちた。
「うわあああああっ!」
衛兵の断末魔が響き渡る。粉塵が舞い上がる闇の向こうから現れたのは、およそこの世のものとは思えぬ異形の影だった。
それは、巨大な蜘蛛の胴体に、蠍のように長く伸びた毒々しい尾、そして蝙蝠のような皮膜の翼を持つ魔物。
まさに悪夢が具現化したかのような姿だ。
ぬらぬらと濡れた黒い外殻、無数に並んだ赤い複眼が、ぎょろりと牢の中のリナを捉えた。
カチカチカチ、と鋭い顎肢を鳴らしながら、魔物は涎のように粘度の高い毒液を床に滴らせる。
石畳がじゅう、と音を立てて溶けていく。
「ま、魔物……!? なぜ王城の地下に……!」
生き残った衛兵が震える声で叫び、剣を構える。だが、その足は恐怖で地面に縫い付けられたように動かない。
魔物は人間たちに一瞥もくれず、その複数の赤い瞳を、ただ一点、リナに向けていた。
明確な殺意。そして、まるで誰かの強い意志に操られているかのような、不自然なまでの執着。
(まさか……!)
リナの脳裏に、炎のような赤い髪の令嬢の姿が浮かぶ。イザベラ。
追い詰められた彼女が、最後の手段として、このような禁忌に手を出したというのか。
魔物は崩れた壁の瓦礫を軽々と踏み越え、リナの牢へと迫る。その巨体から放たれる圧倒的な圧迫感だけで、呼吸が浅くなる。
――怖い。
だが、リナの翠の瞳から決意の光は消えなかった。
アリステアが信じてくれた。愛していると、告げてくれた。守るべきものが、守りたい人がいる。
もう、無力なままではいられない。
魔物が巨大な前脚を振り上げ、鉄格子を薙ぎ払おうとした、その瞬間だった。
「――これ以上、貴様に指一本触れさせん……! 化け物めが!」
一筋の銀閃が闇を切り裂き、魔物の前脚を付け根から両断した。
甲高い絶叫を上げ、魔物がよろめく。
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プラチナブロンドの髪を乱し、紫水晶の瞳に激しい怒りの炎を宿した、アリステアその人だった。
「ケイン、さん……っ!?」
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忘れ去っていた記憶の断片が、走馬灯のように駆け巡り、目の前の男の真の姿を照らし出す。
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「下がっていろ、リナ!」
彼はリナを一瞬だけ振り返ると、すぐに魔物へと向き直る。その背中は、どんな城壁よりも頼もしく見えた。
「貴様の邪悪な気配、忘れるものか……イザベラ!」
アリステアの怒声が地下に響く。リナが感じた通り、この魔物はイザベラが召喚したものなのだ。
魔物は切断された脚から黒い体液を撒き散らし、狂ったように暴れ始めた。
残った脚で通路の壁を破壊し、天井を突き崩す。瓦礫が雨のように降り注ぎ、地下牢獄は崩壊寸前だった。
アリステアは卓越した剣技で魔物の攻撃を捌き、的確にその巨体を切り刻んでいく。
しかし、相手は一体ではない。崩れた壁の奥から、さらに二体、三体と、同じような異形の魔物が這い出してくる。
「くっ……!」
数で押し切ろうとする敵に対し、アリステアは徐々に防戦一方へと追いやられていく。
その時、一体の魔物がアリステアの死角を突き、天井を蹴ってリナの牢の真上へと飛び上がった。
「危ない!」
アリステアが叫ぶ。魔物は鉄格子の天井を突き破り、鋭い爪をリナの頭上めがけて振り下ろした。
死を覚悟し、リナが固く目を閉じた――その刹那。
息が、詰まる。――ああ、この人も、私にとってどれほど大切な人だったのだろう……。
衝撃は来なかった。代わりに、生温かい液体が頬に飛び散り、誰かの苦悶の呻きが耳元で聞こえた。
おそるおそる目を開けると、信じられない光景が広がっていた。
アリステアが、彼女の前に立ちはだかり、その身を盾にして魔物の爪を受け止めていたのだ。
彼の背中から肩にかけて、三本の深く抉られたような裂傷が刻まれている。黒銀の鎧は無残に引き裂かれ、そこから鮮血が激しく噴き出していた。
「……あ……」
リナの唇から、声にならない声が漏れる。
「……エリアーナ……っ! すまない、私がお前を……!」
血を吐きながら、アリステアは掠れた声で呟いた。その体が、ゆっくりと傾いでいく。
記憶が、鮮烈な痛みと共に呼び覚まされたのだ。エリアーナと出会い、愛し、そして自らの手で断罪してしまった過去への後悔が、彼を苛む。
「いやっ……! ケイン……っ! エリアーナは、あなたを……っ!」
リナは崩れ落ちる彼を、震える腕で抱きとめた。腕の中に伝わる命の重み。流れ落ちる血の温かさ。
失う。
この人を、失ってしまう。
記憶がなくても、魂が求めた唯一の人を。やっと想いが通じ合った、愛しい人を。
絶望が、リナの心を叩き潰す。そのあまりに強烈な衝撃と、彼を失いたくないという魂の絶叫が、封印の最後の枷を破壊した。
――ドクンッ。
魂の奥深くで、何かが弾ける。
堰を切ったように、膨大な記憶の奔流が、彼女の意識へと流れ込んできた。
王宮の庭園。初めてアリステア王子と会った日。彼の怜悧な美貌と、その奥に隠された不器用な優しさ。
共に過ごした婚約者としての日々。交わした言葉。重ねた視線。育まれていった、穏やかで、しかし確かな愛情。
そして、卒業パーティーでの婚約破棄。彼の苦悶に満ちた紫の瞳。
全てを奪った「忘却の罰」。
辺境の森での目覚め。フィンとの出会い。リナとしての新しい人生。
もふもふの相棒、モカとの触れ合い。
そして――銀色の騎士「ケイン」との再会。理由もわからず惹かれ合い、共に過ごした、かけがえのない時間。
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リナとしての記憶。
二つの人生が、一つの流れとなって溶け合っていく。
「…………エリアーナ」
腕の中で、アリステアが掠れた声で呟いた。
彼もまた、リナを守るために命を懸けたその瞬間に、全ての記憶を取り戻していたのだ。ケインとしてリナと出会い、再び恋に落ち、守りたいと願った日々。
二人を隔てていた忘却の壁は、今、完全に崩れ去った。
「……アリステア……殿下……」
リナの頬を、涙が伝う。それはもう、記憶のない村娘の涙ではなかった。
公爵令嬢エリアーナが、愛する人の名を呼ぶ、切ない響き。
そして、その「殿下」という言葉に、かつて自分を断罪した彼との身分の隔たりと、それでも揺るがぬ愛を同時に感じる複雑な感情が滲む。
「……ああ、そうだ」
アリステアは、血に濡れた手でそっと彼女の頬に触れた。
「俺は、アリステアだ。そしてお前は……俺の、たった一人の……エリアーナだ」
言葉は途切れ途切れだったが、その紫水晶の瞳には、完全な理性の光と、揺るぎない愛が宿っていた。
この魂が、ずっと求めていた。
「やっと、思い出せた……!」
「私も……私もです……! この想いは、決して忘れることなどなかった……!」
二人は、崩れゆく牢獄の中で、互いを強く抱きしめ合った。魔物の咆哮も、崩落の轟音も、もはや二人の耳には届かない。
記憶を失っても、魂は決して忘れなかった。惹かれ合い、求め合い、そして再び愛し合った。
それは運命などという言葉では片付けられない、魂そのものの結びつきの証明だった。
しばらくして、アリステアはエリアーナの肩をそっと離した。深手を負った体で、剣を支えにゆっくりと立ち上がる。
苦痛に歪む表情は消え失せていたが、その顔色は依然として蒼白く、全身から血が失われていることを物語っていた。
しかし、その紫水晶の瞳に宿る怒りの炎は、肉体的な苦痛を凌駕するほどに激しく燃え盛っていた。
あるのは、全てを取り戻した王子の威厳と、愛する女性を傷つけられた男の、冷徹な怒りだけだった。
「……許さない」
低い声が、魔物の唸り声を圧して響く。
「この汚れた手で、私から全てを奪おうとした罪……! そして、私のエリアーナを傷つけようとした愚行……! 決して、許しはしない!」
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二人の視線が、瓦礫の山の向こう、闇が蠢く通路の奥へと向けられた。
全ての元凶。
二人の運命を狂わせ、この惨状を引き起こした、張本人がいる場所へ。
アリステアとエリアーナは、言葉もなく頷き合う。
取り戻したのは、記憶だけではない。共に戦うという、揺るぎない覚悟もまた、二人の胸に蘇っていた。
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追放の末、彼女が流れ着いた辺境の村で起こる奇跡。
枯れた畑に花が咲き、貧民街の子どもたちに笑顔が戻る。
そして出会うのは――かつての婚約者とは違う、“真に福を信じる王”。
「貴女がいるだけで、国が光に包まれる。
その力を“呪い”ではなく、“祝福”と呼びたい。」
やがて明かされる真実。
ユーフィリアの前世は、
かつてこの世界に“幸福”をもたらした座敷わらしの末裔だった――。
滅びた家も、失われた名誉も、もう要らない。
彼女は笑って言う。
> 「わたくしの“福”は、誰かの笑顔でできていますの。」
やがて、彼女が撒いた小さな“福”は国を包み、
世界にまで届く“奇跡”へと変わっていく。
滅びから始まる、幸福の逆転劇。
愛も、運命も、全部ひっくり返す“座敷わらし令嬢”の物語――。
🌸 『前世、座敷わらしの末裔でした。婚約破棄されました……お家が滅亡しても知りません。』 🌸
> 失った家よりも、得た笑顔のほうが、ずっと大切。
これは、“福”で世界を変えた少女の優しいざまぁ。
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