俺の羽の下にいて！～他の奴に抱かれないで～

俺の羽の下にいて！ ４

４ 袖にする

　大学の夏休みはあっても　アルバイトの夏休みはないのだが、弟との約束もあり、２週続けてバイトのシフトを外してもらい、類は帰省した。２週間の休みのうち１０日を実家でゆっくり過ごし、残り４日は櫂を連れて東京に戻り、櫂の行きたい東京に付き合った。
東京のマンションは仕事での利便を考えて父親が借りているが、子供を残して夫婦そろって上京するはずもなく、ベッドはセミダブルだが、全体に単身利用向きだ。中学生といえども類より上背もある櫂にベッドを譲り、類はソファで寝ると言ったが、櫂はふたりともベッドに寝ることを主張して譲らなかった。
櫂にとっては東京のどこを見物するより　兄と同じベッドで兄の体温を感じて眠る至福が勝った。東京に出てくれば　兄の暮らすマンションに泊まれる。家に帰ったら父にスペアキーを作ってもらおう。冬休みまで待たなくても兄に会いに来られると思うとうれしくなった。

　画廊のバイトはふたり一組でシフトを組んでいたので、類の相方は　美大生の緑山が多かった。仕事上も先輩だが、緑山は大学３年で年齢もふたつ上だった。卒業後の進路が話題になった時、何も考えていない類は少し恥ずかしかった。緑山は画家として一本立ちしたいが、大菊絵画展で新人賞をとった程度では食べてゆけないので、絵を描き続けられる職業に就きたい。美術教師になるかカフェでも開きたいという希望を持っていた。美術教師のポストは募集自体少なく、容易に空席が出ないらしい。カフェの方は開業資金をどうするか？クラウドで集めるには出資者の興味をひき、資金を提供したい何かが必要云々と熱っぽく緑山は語った。
「君、一緒にカフェをやらないか？」
突然ふられた類は戸惑った。資金はないけどと　答えると
「人寄せパンダになってくれないかな？」
緑山曰く、自分もそこそこイケメンで、君は超イケメン、イケメンがオーナーのカフェ、持ち込み絵画を展示してくれるカフェ、が売り文句で、ふたりの動画でクラウドファンディングで資金集めしようと。類はカフェを経営するのには賛成だが、自分が人寄せパンダになることや動画のアップロードには難色を示した。クラウドファンディングも動画もトレンドだが、こちらに都合のよいことだけでなく、より多くの厄災を引き寄せるような気がした。資金集めは　株式会社を立ち上げ　知人、友人、家族にまずは投資してもらうのはどうだろうと緑山に提案した。経営経済学部の友人を加えることからスタートすることで、話がまとまった。

　金城大学はクオーター制で、夏休み開けてからは　秋季前学期が始まる。類は交際相手がふたりになったことで、忙しくなったし、そのことで、かなりイライラしていた。
　紫乃川は次回の逢瀬を約束しないと帰してくれないが、類は次回までの間隔をあけたいと言ってみた。理由を聞かれて、
「普通の学生生活を送りたい。交わりの後は眠ってしまうので、頻繁な逢瀬は学業に支障をきたす。セフレ生活で、中退するとか　留年になるとかは　絶対避けたい。」
紫乃川は《通学に時間を取られているようだから、キャンパスの近くに部屋を借りるし、車も買ってやる。会う回数を減らさないでくれ》
この日は合意に至らなかった。

　類は星川にも同じく　逢瀬の間隔をあけたい　とつげた。
星川は【アルバイトしなくていい。アルバイトする時間を俺にくれ。アルバイト報酬、それ以上に払う。】
「それじゃ　まるで男娼だよ」と類は怒りをぶつけた。情けなくて泣けてきた。
星川は泣き出した類を抱き寄せて懸命に宥めようとしたが、類は振り払ってオフィスを飛び出した。ドアから出る類の腕を掴んだ星川だが、客に呼び止められ離すほかなかった。その隙に類は裏口から走り出た。

星川はオフィスで類に次の逢瀬の日程を持ち出したのがきっかけで、類ともめ、飛び出した類を　客のせいで追いかけられなかった。客の応対後すぐに類にラインしたが、既読はつかなかった。その夜、マンションに類を訪ねたが、不在なのか居留守なのか応答はなかった。翌日から類は出勤せず、類からのアルバイトを辞めるラインが着信した以降は　まったく連絡がとれなくなった。

　紫乃川は類との話し合いが平行線のまま別れたとき以降、類と連絡がとれなくなり、真っ先に画廊に探りを入れた。類の希望通り、逢瀬の間隔をあけることに同意するつもりで、類を探した。類がどこのキャンパスに通学しているかは聞いていたので、キャンパスで捕まえられると踏んだ。

　類は画廊のアルバイトを辞めることにした。ラインでその旨連絡しただけで終わりにした。
スマホを買い換えてラインのアカウントも変えた。変更後のアカウント、電話番号、メールアドレスは　両親と弟だけに知らせた。住まいは　大学近くのシェアハウスに引っ越した。住民票は実家に置いたままだったので、郵便局に転送届を出し、大学へは変更後の連絡先だけを届けた。