海辺のカフェ(成功の次に訪れる突然死)

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第2章 地球歴2014年晩秋

第2章 海辺のカフェと 常連客・小説家「成瀬元就」

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 第2章 海辺のカフェ と 小説家「成瀬元就」

 あの日から日本小説大賞受賞まで、成瀬は実に精力的に書き続け、自分でもたっぷり成果の上がる仕事に充実感を味わった。受賞パーティーからの帰路、突然立っているのもシンドイくらい疲れが襲ってきた。
どうやって家にたどり着いたかさえ覚えていなかった。食欲も落ち、人に会うのも億劫だった。日がな一日呆然としたまま引籠もり、息だけはしているような日々が続いた。
なにも感じられず、きょうが何日かもわからず、ただ時が過ぎてゆく。しんしんとした冷えに久しぶりに気持ちに張りが戻った。
外は白いものが舞い降りていた。降り続ける雪を眺めるうちに突然「小樽の冬の海」に惹きこまれるような焦りにも似た想いが湧き上がった。
 特急寝台列車「北斗星」に身を横たえた成瀬は、車輪の音とレールの振動に沈み込むように眠りつづけた。
列車は、函館で夜明けを迎えていた。昔、十一月の初めに北斗星に乗車したことがあったが、雪景色には早く紅葉には遅く、なにもない殺伐とした北海道との前触れに反し、盛りを過ぎようとする紅葉に間に合ったことがある。函館を発車してすぐ、大沼を通るのだが、食堂車で和食に舌鼓を打ちつつ、右をみても左をみても紅葉の樹々と湖のコントラストに言葉を失った。このときは、札幌市内の北海道大学も植物園も大地を赤と黄色の葉が覆いつくし、樹々も彩りあざやかで、期せずして最高のもみじ狩りとなった。
晩秋の思い出に包まれたせいかコートに降りかかる雪ひらを払うこともなく札幌で小樽行きに乗り換えた。海岸沿いに走るころ、窓ガラスの曇りを拭う。車窓に舞う雪は、ガラスにあたって消える。どんよりとした空を映して海は暗く深い色に揺れ、岩に砕ける。
小樽の凍てつ海に魅入りながら、煌めく湘南の海を眺めてコーヒーのの香に寛いだあのカフェを思い出していた。

 最初に通りがかったときは、すぐにはカフェとは気づかなかった。通りからカフェのエントランスへは、花々が導き、ドアを開けると、暗い廊下の先に、海が眩しく広がっていた。廊下の両サイドは、天井から床までの造り付けの本棚で、びっしりと本が詰まっていた。カフェのエリアは、どの席からも眼前に海が輝いていた。
そのカフェは、客が選ぶのではなく、マスターお任せのメニューがあるだけだ。
一度目は、帰宅の道すがら、コーヒーを飲んだ。夕日がオレンジ色に海に霞み、見ている間に沈んで、一気に暗くなった。次は、朝散歩に出たとき、パンの焼ける香ばしさに惹かれて入った。焼きたてパン、フレッシュジュース、フルーツ、グリーンサラダ、カリカリベーコン、目玉焼きの朝食を平らげ、おかわりのコーヒーを飲みながら、新聞を広げ、ノートパソコンを持ち込み、いつの間にかほとんど仕事場にしていた。ランチに 鱈子パスタとサラダ、3時にマスター手作りケーキと抹茶、夕食にビーフストロガノフといった具合に1日中カフェで過ごしているときさえあった。
 物書きを生業とする成瀬にとって、ブックカフェは、大いに役立った。オーナーよりも蔵書を把握しているかもしれない。かつては、新聞の連載も手がけ、そこそこ名の知られた作家との自負もあったが、最近は、大学講師の報酬のほうが勝っていて、随筆等は、書いているが、まとまった作品は書けていなかった。
 あの日、海からの風は塩気を含んで、重く体に当たる。カフェのドアを抜けた途端、温かさに頬が緩むんだ。あれは、ほとんど毎日通うようになって、3ヶ月くらい経った春先だったと思う。カフェのエントランス前の花壇に咲いた水仙が揺れるたびに香りを漂わせていた。いつもの席にパソコンを広げたものの筆が進まず、本棚エリアをあてもなく眺めた。一番奥の暗い書棚が気になり、目を凝らした。
初めて見る古書だった。広辞苑より厚さがあり、ほこりを掃うとルーン文字と思しき解読不明の表紙が現れた。開こうとして鍵穴に気がつき、「しおり」がはみ出しているように見えた紐先に鍵が結ばれていた。鍵を指すと 音?というか 声が聞こえたような気がしたのだが、手のほうが先に鍵を回していた。
あとから思い出そうとしても鍵を回した後、「まぶしかった」という記憶以外残っていない。読んだ覚えはまったくない。中身は不明のままだ。
だが、あの日から、書きたいことが降るようで、筆が(PC入力が)追いつかないくらいだった。書いたものは、すべてベストセラーとなった。
日本小説大賞受賞決定に、誰もがむべなるかなと納得し、大手出版社主催の受賞記念パーティーは、誠に盛大であった。


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