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プロローグ
約束のリボン
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春の風が、校門の桜を揺らしていた。
枝の先で、花びらがひとひら落ちるたびに、世界が少しずつ新しく塗り替えられていくようだった。
中学の卒業式が終わった午後。
人の姿がまばらになった通学路で、柚香は、ランドセルのころから見慣れた背中を見つめていた。
「……結にぃ、本当に行っちゃうの?」
泣かないって決めていたのに、喉の奥が震えて、声が滲む。
振り返った結にぃ――綾瀬結翔は、いつものように少し照れた笑みを浮かべた。
「行くよ。高校、受かっちゃったしな」
「“受かっちゃったしな”って……ずるい」
「ずるくないだろ。努力の結果だって」
「結にぃと会えなくなるなんて、やだ」
言葉と一緒に、涙がこぼれた。
結翔は小さくため息をつき、困ったように笑う。
「柚香は、ほんとに泣き虫だな。」
そう言いながら、彼は制服のポケットから何かを取り出した。
薄いピンクのリボンが二本。春の光を受けて、やわらかく輝いていた。
「なに、それ?」
「お守り」
「……お守り?」
「泣きそうになったとき、これを触れば泣かないおまじないになる」
「ほんとに?」
「ほんと」
結翔は、柚香の髪をそっとすくい上げ、ツインテールの結び目にリボンを結んでいく。
指先が髪を撫でるたびに、くすぐったくて、胸があたたかくなった。
「よし、これで泣かない」
「……えへへ、ほんとに?」
「うん。ちゃんと効く。―― でも、柚香に“特別な人”ができたら、そのときはほどいていい」
「特別な人?」
「そう。俺より大事だって思える人」
「そんな人いないもん」
「そのうちできるよ」
春風がふたりの間を抜けていく。
桜の香りがかすかに鼻をくすぐり、リボンが光の中で揺れた。
「約束だぞ。俺より大事だって思える人ができたら、ちゃんとリボンをほどくこと」
「……うん、約束」
結翔が手を振り、校門の向こうへ歩き出す。
その背中が見えなくなるまで、柚香はじっと見つめていた。
指先でリボンにそっと触れる。
春風が吹き抜け、二本のリボンがやさしく揺れた。
――この約束が、あの日の私を、
長い春の先へ導いていくことになるとも知らずに。
枝の先で、花びらがひとひら落ちるたびに、世界が少しずつ新しく塗り替えられていくようだった。
中学の卒業式が終わった午後。
人の姿がまばらになった通学路で、柚香は、ランドセルのころから見慣れた背中を見つめていた。
「……結にぃ、本当に行っちゃうの?」
泣かないって決めていたのに、喉の奥が震えて、声が滲む。
振り返った結にぃ――綾瀬結翔は、いつものように少し照れた笑みを浮かべた。
「行くよ。高校、受かっちゃったしな」
「“受かっちゃったしな”って……ずるい」
「ずるくないだろ。努力の結果だって」
「結にぃと会えなくなるなんて、やだ」
言葉と一緒に、涙がこぼれた。
結翔は小さくため息をつき、困ったように笑う。
「柚香は、ほんとに泣き虫だな。」
そう言いながら、彼は制服のポケットから何かを取り出した。
薄いピンクのリボンが二本。春の光を受けて、やわらかく輝いていた。
「なに、それ?」
「お守り」
「……お守り?」
「泣きそうになったとき、これを触れば泣かないおまじないになる」
「ほんとに?」
「ほんと」
結翔は、柚香の髪をそっとすくい上げ、ツインテールの結び目にリボンを結んでいく。
指先が髪を撫でるたびに、くすぐったくて、胸があたたかくなった。
「よし、これで泣かない」
「……えへへ、ほんとに?」
「うん。ちゃんと効く。―― でも、柚香に“特別な人”ができたら、そのときはほどいていい」
「特別な人?」
「そう。俺より大事だって思える人」
「そんな人いないもん」
「そのうちできるよ」
春風がふたりの間を抜けていく。
桜の香りがかすかに鼻をくすぐり、リボンが光の中で揺れた。
「約束だぞ。俺より大事だって思える人ができたら、ちゃんとリボンをほどくこと」
「……うん、約束」
結翔が手を振り、校門の向こうへ歩き出す。
その背中が見えなくなるまで、柚香はじっと見つめていた。
指先でリボンにそっと触れる。
春風が吹き抜け、二本のリボンがやさしく揺れた。
――この約束が、あの日の私を、
長い春の先へ導いていくことになるとも知らずに。
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