転生したらドラゴンに拾われた

hiro

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最果ての森・成長編

103. 魔物が避ける者たち

 地響きがして、地面が揺れる。
 風圧もすごいのか、周囲の木々が枝葉を揺らしてザワザワと音を立てている。僕は風を感じないから、ジルが魔法でガードしてくれているのだろう。

 ティアが僕の前に出て、低く唸る。もしかして、僕を守ろうとしてくれているのだろうか。
 ジルに大丈夫と言われても、初めて見る者に対しては警戒するのだろう。僕から見えるティアの背中が頼もしい。

  飛来してきた者が、こちらへ向かってゆっくりと歩き始めた。大柄な男性だ。

 まずパッと目を引くのは、真っ赤な髪だ。ライオンみたいにワイルドで、まるで燃えているみたいだ。
 身長はジルより少し高いくらいだろうか。でもその身を覆う分厚い筋肉が、男をより大きく見せている。
 全身に満ちる溢れんばかりの魔力は、僕たちを威圧しているんじゃないかと思うほどだ。

「よおジル。久しぶりだな。会いに来てやったぞ」

 白い歯を見せながらニヤッと笑うその男に、「そうか」とジルが言う。
 
「そいつが噂の子どもか?すんげーちっせえじゃねえか!」

 ジルの淡白な反応は気にもどめず、男は僕に視線を移す。ブラウンの瞳が僕をとらえた。
 なんだか、荒っぽいけど根っこの部分は温かそうな、思わず兄貴って呼びたくなるような、そんな雰囲気をまとっている人だ。

 というか、噂ってなんだろうか。

「···うん?お前、男か?」

 僕をジロジロ見ながらそう聞いてきたので、僕はコクリと頷いた。

「絶世の美幼女って噂はガセだったのか···。あ、もしかして他にも子どもがいるのか!?」

 男がバッと勢いよくジルを見る。

「···いない」

 ジルがそう答えると、男はどことなくつまらなさそうな表情を浮かべた。

 というか、噂って何?
 絶世の美幼女って、何!?

「ちぇっ、男かよ~。女だったら将来が楽し···イデッ!」 

 男がボヤいていると、突然スパーンという気持ちのいい音が鳴った。
 男は後頭部を押さえて痛がっている。

「なーにを言ってんのよ、あんたは!」

 いつの間にか、男の背後に女性が立っていた。
 魔力感知はずっとしていたはずなのに、突然の登場に驚愕する。

「ごめんなさいね、坊や。この野蛮な男の言うことは、なーんにも気にしなくていいからね」

 そう言ってニッコリと笑う女性。
 白銀の髪がサラリと揺れ、真っ白な肌と薄紫の瞳が儚げな印薄を抱かせる。
 しかし、その瞳には力強い光が宿っている。

「イッテーなあ。そんなに強く叩かなくてもいいじゃねえか」

「全然痛くないくせに、なに言ってんの。ほんと、あんたの頑丈さはどうかしてるわ。···そうだわ、もっと腕力を鍛えようかしら」

「お、恐ろしいこと言ってんじゃねえよ!お前、これ以上馬鹿力になってどうすんだよ!?」

 スパーンッ!

「イッデー!!」

「馬鹿はあんたよ!」

 その色白で華奢な腕からは予想できないほどのスピードで繰り出される平手打ちが、小気味よい音を響かせる。

 最初は警戒して唸っていたティアだが、今はポカンとした表情で二人を見上げている。
 突然現れて口論(?)し始めた二人に、僕はどうしていいか分からずジルを見る。
 
「···もう少し水を飲むか?」

 とりあえず、ジルは二人の存在をスルーしておくらしい。

 ジルが池のほとりに座ったので、僕も隣に腰掛ける。
 ティアと一緒に美味しい水を味わいながら、周囲の魔力感知を続ける。魔物たちは遠巻きにこちらを伺っているようだ。
 僕は聞こえてくる声にも耳を傾けた。

「だいたい、あんたはもっと静かに降りられないわけ?」

「あ?何が悪いんだよ」

「あんなに大きな音を立てて、周りがびっくりするでしょう。それに、せっかくいい獲物がたくさんいたのに、みんな逃げちゃったじゃない」

 チラリと見ると、女性が不満げな表情で周囲を見渡している。
 感知している魔物たちがさらに距離をとったのは、偶然···ではないのだろう。

「んだよ、別にいいじゃねえか。あれくらいで驚くなら、その程度のヤツってことだろ。魔物だって同じこった」

 僕、めちゃくちゃ驚いちゃったよ。というより、めちゃくちゃ怖かったんだけど、この場合はどの程度なのだろうか。
 それに、この最果ての森にいる魔物をその程度だなんて、僕は言えない。
 ···いや、別にいいんだ。僕はこれから強くなる予定なんだ。

「今回は小さい子がいるのよ。もっと気を遣いなさいよ!」

「ん?あー、そういえばそうだったな。つい張り切っちまった。すまんな、坊主。···と、そっちの白い犬っころも」

 二人がようやく口論を終えた。
 男が決まり悪そうに僕とティアに謝る。

「ワレは犬っころではないぞ。ダイアウルフなのだ!それに、ご主人がつけてくれたティアという名があるのだ!」

「···ほう、喋るのか」

 男が、面白いものを見つけたとでも言わんばかりの表情でティアを見る。

「そ、そうなのだ!ところでお主らは、何者なのだ?」

 男から自然と滲み出ている迫力に若干気圧されながらも、ティアは僕が一番聞きたかったことを聞いてくれた。

「あら、そういえばまだ名乗っていなかったわ。いやね、私としたことが」

 女性が頬に手を当てて恥ずかしがっている。

「それでは改めて。私、セラフィニーアっていうの。みんなからはセラって呼ばれているわ。でも君たちには···そうねえ、セラお姉さんって呼んでほしいわ!」

「うぃる」

「ティアなのだ!」

 キャハッと恥ずかしがっているセラお姉さんに、僕と、それからティアも改めて名乗る。
 ···心の中ではセラ姉と呼んでもいいだろうか。

「あらあら、可愛いわねえ。二人とも、よろしくね」
 
 セラ姉が目を細めて微笑む。先ほど目撃した平手打ちが夢だったんじゃないかと思うくらい、可憐な笑顔だ。

 続いて、男が咳払いをする。

「名乗るなんて久しぶりだな。···オッホン、俺様の名は、アーダンガルだ!特別に、アーダンと呼ぶことを許可しよう!」

 よく通る大きな声が響いたあと、またスパーンという音が鳴った。

「なーにが俺様よ。あんたなんて、あんたで十分だわ!」

「イッテー!またやりやがったな!」

 どうやら、平手打ちは夢ではなかったようだ。

「ほれ、アーダンって呼んでみな。ちゃんと敬意を持って呼ぶんだぞ!」

 アーダンガルと名乗った男が、僕に名前を呼ぶよう促した。
 チラリとジルを見るとわずかに頷いたので、言われた通りに呼んでいいのだろう。

 僕は、平手打ちから逃げ回りながらもしっかりとこちらに向けられているブラウンの瞳を見る。···動体視力が鍛えられそうだ。

「···あーたん?」

 あ、間違えた。

 言い訳をさせてもらうが、僕は視線を動かすのに忙しかったのだ。

「···ぷっ!あはは!いいじゃない!とっても素敵よ、あーたん!」

 すごい速さでアーダンを追いかけていたセラ姉が一瞬でピタリと立ち止まり、大きく口を開けて爆笑している。

「お、おい。ウィル、といったな?この俺様の名を、何と呼んだ?」

 いや、わざとじゃないんだ。申し訳ない、本当に言い間違えたんです。

「いいか、名前はな、そいつを表す大事な大事な言葉なんだぞ。間違えちゃあ、いけないんだぞ」

 アーダンが名前の重要性を何度も僕に言い聞かせる。
 セラ姉は「『あんた』よりも『あーたん』の方がずっと可愛いわ!」と言って再び爆笑している。

「ほれ、今度はちゃんと言えるよな?言ってみ···!?!?」

 また僕を促していたアーダンが、突然言葉を失い固まった。そして驚愕に目を見開いている。

「あら、どうしたのよ、あーたん?···って、ええー!?!?」

 今度はセラ姉もだ。

 二人の視線の先は···ジルだ。
 ジルはちょっと顔を背けて、若干肩を震わせている。

「ジル、お前···。もしかして、笑ってんのか?」

 アーダンが恐る恐る訊ねる。

「ま、まさか···」

 セラ姉が口に手を当てて、信じられないものを見たかのような表情をしている。

「···俺だって面白いときは笑う」

 二人にとってはまさかの返答に、すでに大きく開いていた目がさらに開がる。

「そ、そうなのか!?俺様はてっきり、お前には生まれたときから顔の筋肉が動かない呪いがかかってんのかと思っていたぞ!」

「失礼な男ねえ、ジルがそんな呪いにかかる訳ないでしょう!表情筋の動かし方を知らなかっただけよ!」

 セラ姉、あなたも結構失礼だ。

 ···あれ?
 さっき、アーダンは『生まれたときから』って言ったよね?
 ということは、アーダンはジルのことを、生まれたときから知っているのだろうか。

「あーた、んん!あーだん、じるがうまれたとき、しってる?」

 危ない、また間違えるところだった。
 僕の問いに、アーダンが胸を張る。

「おお、そうだぞ!俺様はアーダンだ!」

 いや、そうなんだけど、聞きたいのはそこじゃなくてですね。

「そうよ。私たち、ジルよりちょっぴり年上なの」

 アーダンの代わりにセラ姉が答えてくれた。「お馬鹿さんは放っておきましょうね」と付け加えている。

「ジルは生まれたときから物静かな子で落ち着いていて、全然笑わなかったのよ。この男なんて、大声で笑ったかと思ったら今度はギャンギャン泣き喚いての繰り返しで、本当にうるさかったんだから」
 
 ほうほう。つまりアーダンよりもセラ姉の方が年上ってことかな?
 というか、ここまできたらもう分かる。
 二人とも、人間じゃないよね?

「せらおねーしゃんとあーだんは、どらごん?」

 以前テムからチラッと聞いたことがある。四龍帝と呼ばれ、ドラゴンの頂点に君臨する存在がいるということを。

「あらあら、賢いわねえ。大正解よ。ちなみに世間では私が白龍帝、そしてこの男は赤龍帝と呼ばれているわ」

 やっぱり!
 ジルが黒龍帝、リーナさんが青龍帝。
 いずれ他の二龍帝にも会えたらいいなと思っていたが、こんなに早く会えるとは!
 
 ジル並みの魔力を持つアーダンに、驚異的な平手打ち···ではなくて、僕の魔力感知を容易にすり抜けたセラ姉。
 最果ての森の奥に住む魔物が慌てて遠ざかる者たち。

 どちらもただ者ではないとは思っていたが、本当にただ者じゃなかった。
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