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記憶チート

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 「と言うわけで、俺を雇ってくれませんか?」
 「えっと、商品を買いに来てとは言ったけど、働いて欲しいとは言っていないのだけれども?」
 思い立ったら即行動が俺のモットー。
 パン屋の裏手を後にした俺は、そのまま店前に進み、雇ってくれるように女の子に頼み込んだ。

 「恩返しと、金稼ぎが同時に出来るなら、これほど効率の良いことはありません」
 「なんであなたを雇うことが恩返しになると思ったの? マイナスにしかならないのですけど」
 「仕事の経験は豊富です。もちろんパン屋さんで働いたこともあります。給料は安くても一生懸命働きますから」
 「一生懸命働いてくれるのは助かるけど。でもやっぱり無理よ」
 「なんでですか、俺めっちゃ働きますよ、出前だろうが夜勤だろうが愚痴一つこぼさずに働きます」
 これは本当だ、その代わりに動画配信で愚痴とかこぼして発散してたけど。

 「店の中を見てよ」
 焼き立ての美味しそうなパンが並んでいるが、
 「ガラガラですね」
 お客さんが全然居ない。

 「さっきも言ったけど、最近お客さんが全然来ないのよ。繁盛してた時期はバイトさんも多く雇っていたけど、もうお給料も払えなくなりそうだから辞めてもらったわ」
 「炎上した訳でもないのに何でですかね」
 理由はやっぱりあまり美味しくないからだろうか。

 「炎上? 店が燃えたら営業どころじゃないでしょ。他になにか理由があるのかしら」
 「ライバル店とか近くにあるんですか?」
 「そういえば最近増えた気がするわ」
 「なるほど、じゃあ俺がライバル店を炎上させれば」
 「やめてよ、さっきから、うちの給料が安いとか、店に火をつけるとか、冗談でも怒るわよ、バカなの?」
 「ご、ごめんなさい、つい配信のくせが」
 調子に乗り過ぎると口が軽くなってしまう。動画配信ではウケがいいけどリアルだと怒られるだけだから気を付けないと。

 「配信? まぁいいわ、とにかく残念だけど今は雇えない。お客さんとしてなら歓迎するから今日はもう帰って」
 「ちょっと待ってください、一つだけいいですか?」
 「なに?」
 「パンを焼く時に砂糖ってどれくらい入れてます?」
 「砂糖? 確か1~2%だと思うけど」
 やっぱりな、フランスパンみたいに味がない訳だ。貰った他のパンには肉とか野菜がサンドされていて美味しかったけど、それだけじゃパン屋は難しいだろう。

 「騙されたと思って最初に俺にくれたパンを焼く時に砂糖の量を10%に増やしてみてください。それからバターとハチミツと……」
 俺は高級食パンの作り方を伝授した。うろ覚えだけど、なんとかなるだろう。
 「砂糖多め? それにバターとハチミツ? 甘々になっちゃうじゃないの」
 「それが良いんですよ、絶対にウケると思います」
 高級食パン屋でもバイトしたことあるからな、この世界で甘々パンが一般じゃないのなら流行る可能性はある。
 「原料費も掛かりそうだけど……そうね、ちょっとそこで待ってて」

 魔法はあっても食文化とかはまだ発展途上なのだろう。
 前世の記憶チートってやつだな。俺のバイト経験が活かせて良かった。


 しばらくすると厨房の方から焼き立てパンの良い匂いと一緒に嬉しそうな顔をした女の子が出てきた。
 「甘いし風味も良くなってる。それに触感も良いフワフワなパンだ。砂糖やバターの分量が完璧なんだね。凄いや、天才だね君は」
 「いや~それほどでもないですよ」
 こんなに喜んでもらえるとは、パン屋さんのバイトやっててよかった。

 「そういえば名前を聞いてなかったね。私の名前はイースト・ファーンクスだ。みんなにはイースって呼ばれている」
 「俺はホズマ・リョウ。霊長類最強の……いやなんでもないです。ホズマでもリョウでも好きに呼んでください」
 「ホズマ、ありがとうね。これはきっと売れると思うよ、繁盛し始めたら真っ先に君を雇うと誓う」
 「ほんとですか? 良かった」
 これで飢え死にしなくて済む。

 「なんなら住み込みでも働けますけど」
 「住み込みかぁ、ちょっと待ってて」
 マジか、言ってみるもんだな、寝る場所も無いし、可愛いイースと同じ屋根の下で汗水流して働いて、何かが芽生えちゃったりして?
 「おとーさーん、ホズマは住み込みで働きたいんだってー」
 お父さん‼ 家族で店開いてるって言ってたな、そうかお父さんもいるのか。

 「てめぇぶっ殺されてぇのか」
 厨房から大声を上げながら出てきたのは、身長2メートルはある大男。タンクトップでめちゃくちゃな筋肉をこれでもかと強調し、頭には鬼の角のようなものが生えている。
 これがお父さん? モンスターじゃなくて?
 「お、お父さん、落ち着いて下さい。冗談ですから」
 「なんだ冗談かよ、ガハハハハ」
 「お、お父さん、厨房から出てきちゃダメだよ。帽子もちゃんと被ってて」
 イースがお父さんの角を隠すようにコック帽を被せて厨房に押し込むように背中を押した。

 「良いアイディア教えてくれてあんがとな、忙しくなってきたら雇ってやっからよ。よろしくたのむぜ、ガハハハハ」
 豪快な笑い声と共に、お父さんは厨房へと帰っていった。
 「はい、頑張らせて頂きます」
 本気で殺されるかと思った。
 鬼のお父さんだなんて、流石異世界だな。
 ということはイースも鬼なんだろうか? 三角巾で角を隠してたりして? 鬼の女の子が強くて可愛いのは世の通説だから全然有りだけどな。

 とりあえずイースから貰ったパンで転生初日を乗り切ることにした俺は、他のバイトやら宿やらを探す気力もなく、近くの河原で野宿することにした。
 気温も高いし、街の中なら安全だろう。


 ~翌日~

 「おはようございます。今日から宜しくお願いします」
 「早いよ、まだ繁盛してないから。昨日の今日だから」
 やっぱり野宿は怖いのであまり眠れなかったのです。早く雇って下さい。

 「まぁでもお客さんの反応は上々だね、これは人気出そうだ」
 「じゃあ今からでも働きます」
 「あのね、ホズマはもうちょっと人の話を聞かないと苦労するよ?」
 はい、苦労してきました。
 自分でも分かっているんですけどね。

 「いいじゃねぇか、洗い物でもさせとけよ、なぁホズマ」
 「お父さんっ」
 顔は怖いけど良い人だった。

 「日雇いで、給料の代わりに現物支給のパンでもいいならな」
 鬼かっ、そんなのは法律で認められないぞ。
 「なっ?」
 「はい、頑張らせて頂きます」
 お父さんはガハハハハと笑いながら俺の背中を叩いた。

 ~三日後~

 「すまないホズマ、やっぱり給料は出せそうにない」
 もう野宿は限界なんですけど。
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